GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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分かる人は分かると思いますが、のっけから翼の中の人ネタをやらかしてます、もちろん某ニチアサ。

最初は三つ編みおさげのつもりでしたが、ネタ成分を入れたくてこうなった。
病室前での葛藤は、同じくニチアサ繋がりでアギト40話での不器用武骨警察ライダーな氷川さんの美杉君お宅訪問を参考にしてます。
この回の氷川さん激おこ顔面ドアップから殻ごと栗ドカ食い(本当に口の中切っちゃった)、なると占いでショボ~ンまでずっと面白い。
美杉教授のお嫁さん発言に対する真魚ちゃんの『あちゃ~』顔も翔一君本人のアハハ~~からのショボ~ンもツボですが。


#18 - EGO ◆

#18–EGO

 

 律唱市立市民総合病院の正面玄関口の自動ドアを潜り、一人の少女が広いエントランスフロアに入ってきた。

 青味がかった長い髪を、二つ結びなおさげで纏め、前髪は七三分け、丸形で縁の無い眼鏡を掛けた一六〇cm台後半な、高一女子平均より一〇㎝高い背丈で、白シャツにベストなリディアン高等科の中間期の制服を着た女子高生。

 腕の中にアレンジメントされたプリザーブドフラワーの花束を携えて、オレンジとピンクのガーベラを中心とした組み合わせである。

 近年は衛生上の問題から、見舞い品にお花を持参するのは遠慮頂いている病院も少なくないが、この市民病院は生花でなければ許されていた。

 

「すみません、草凪朱音さんのお見舞いに来たのですが、病室はどこでしょうか?」

 

 おさげで眼鏡な少女は、本人なりに悟られないよう気も配ってはいたが、妙に周囲を見回りながら、受付嬢に尋ねる。

 

「草凪朱音さんですね―――402号室でございます」

「ありがとう」

 

 眼鏡で二つ結びのおさげ少女は、エントランスから直近な階段を登っていく。

 絶唱の代償で負った深手でここに搬送されてから五日、ICUから一般病棟に移された朱音の見舞いに来て、少々そわそわとしているこの少女の正体は―――何を隠そう、風鳴翼。

 髪型や眼鏡の他にも自分だと悟られにくいように、いつもは絶対領域ができるほどの長さなロングブーツなところを、ハイソックスにローファーの組み合わせであった。

 歩き方にも気を配り、普段はそれこそ現代では時代劇くらいしか見ない侍の如く堂々とした所作なのだが、そうならないよう細心の注意を払っている。

 声のトーンも、いつもより高い。

 まあその注意払い過ぎなのと、もし正体がバレてしまったら……な心配で、よそよそしい感じであり、声量もか細くなっているものの、結果として普段の彼女らしい佇まいを抑え、周囲から悟られにくい効果は出るには出ていた。

 

 

 

 

 

 

 今日、こうしてこの市民病院に来ているのは………それは昨日のこと。

 その日のスケジュールを終えて、弦十郎(おじさま)の邸宅に帰る途中、運転する緒川さんから、突然〝明日は休日〟を言い渡されたのだ。

 本当突然のことで、驚愕の極みだった。

 ニューアルバムの発売も、ライブも、月末に迫っていると言うのに………そこは元から本業だったのかと思うほどマネージャー業が板に付いている緒川さんなので、一日休日を挟んだくらいでスケジュールに狂いが生じることはなく、安心ではあるのだけれど……。

 ただその緒川さんから、今日は装者としての〝鍛錬〟もご法度だとも言い渡され――『じっくり休息を満喫して下さいね』――と、ソプラノボイスにぴったりな温和で端整な顔を笑顔にして言われたのだ。

 だがなぜか? あの時の緒川さんの笑み、覇気も威圧感も皆無で晴れ晴れとしたものだったと言うのに………妙に圧倒させられ、〝否〟と表明してはいけない感覚が押し寄せたのだが、どうしてか?

 多分、この二年………色々と公私ともに面倒を掛けさせてきた自分の後ろめたさかもしれない。

 それに、折角緒川さんから機会を頂いたのだ。

 こんな機会、明日以降はとても巡り合えそうにない。

 なので、二度に渡って……防人の風上にも置けぬ醜悪な自分の〝暴走〟を止めてくれた彼女に、謝罪も兼ねた見舞いに行くことにし、こうして変装しつつ病室に向かっている。

 

『402』号と札が立てかけられた病室の前に着いた。

 

「…………」

 

 もう目の前だと言うのに………私は廊下と病室を隔てる境界(とびら)を開く為のボタンも付いたインターホンを押そうとしたところで、身動きが取れなくなった。

 ど………どうすればいい?

 額から、緊張がしみ込んだ嫌な汗が、したりと頬を伝う。

 ここまで来るまで全く意識していなかったと言うのに、いざ目前に控えるところまで至ると………突如として、どういう顔で、どういう態度で訪問し、彼女にどう言葉をすればいいか………分からない感覚に襲われた。

 一応、前もって決めておくか?

 

〝先日は本当に済まなかった………これはせめてもの〟

 

 ダメだ……何と言うか、これは少しばかり固すぎる気がする。

 では、にこやかにかつ気さくに――

 

〝や、やあ、今日たまたまお暇ができたので来てみたら、ご健全そうで本当良かった良かった〟

 

 もっとダメだ! 言語道断だ! こんな軽薄な様を思い浮かんだ己にぞっとして顔が青ざめる。

 生死の境を彷徨わせるほどの深手を負わせた分際の身でこんな態度、無礼千万の域を超える所業だ!

 くぅ………もうこうなれば、出たとこ勝負と言う奴だ!

 ここでぐだぐだと足踏みしているくらいなら、対策など動いてから立てる臨機応変の気で、まずはこのインターホンを―――くそ!

 押すだけ、この右のひとさし指をたった一押しするだけで良いのだぞ!

 なのになぜ、震えが止まらない? 左腕で花を抱えているので、左手で震えを抑えることもできない。

 ケータイのバイブレーターかと我ながら突っ込みたくなる程震える右手を踏ん張らせて、何とか押そうとするが、 一度ならず、二度も空振る。

 三度目の正直で、今度こそと指を突き出そうした矢先―― 

 

「あ、あの……」

「ひゃあ!?」

 

 ――まさかの背後からの不意打ち!?

 体が飛び跳ねそうなくらい驚き、うっかりドア開閉のボタンを押してしまい………あげくバランスを崩して。

 

〝バタン!〟

 

 開かれた自動扉から病室の床へ仰向けに、真っ逆さまに転げ落ちてしまった。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 呼びかけてきた看護師の女性が、私を案じてくる。

 

 何と言う……恥晒しだ。

 

 どうにか、見舞いの花と後頭部は死守できたが………私の心は不覚を取った自分への情けなさに、苛まれそうになった。

 いっそ、近くに穴があるのならそこに入ってしまいたい………。

 

 

 

 

 後に、数々のバラエティ番組で数えきれない〝爪痕〟もとい偉業を残すことになる風鳴翼の、ある種の才の片鱗が見えた瞬間だった。

 

 

 

 

 草凪朱音本人は、402号室のベッドにはいなかった。

 見舞い品の花を預けてもらった看護師に聞いてみれば、彼女は今屋上にいるかも、とのことだ。

 あれ程の傷で、目覚めてからまだ二日目だと言うのに、もう今日の時点で、まだ杖の補助が必要とは言え歩けるようになるなどと………二十一世紀も二十年代に入ってより日進月歩著しい現代医療の恩恵があるにしても、何と言う生命力の主なのか。

 装者としての彼女に会ってからと言うもの、驚かされてばかりな気を覚えながら、屋上庭園に繋がる階段を登っていた。

 エレベーターも繋がってはいたが、超高層ビルや、それ以上な二課の地下本部と言った超高速型でもない限り、できるだけ階段を使う主義なので乗っていない。

 階段を登り終えて外に出ると、薄暗い室内にいたせいで、日光の眩しさに目が反射的に閉じ、腕で光を遮った。

 外の光の強さに慣れると、初夏に入って色合いの濃くなり始めた青空、緑と花、赤レンガに彩られた庭園が視界に広がる。

 あの看護師が言っていた通り、患者服を着て私からは後ろ姿で、きめ細やかで真っ直ぐと、太陽光でエンジェルリングが煌めく黒髪が風でなびいている草凪朱音は、フェンスの前で佇んでいた。

 杖こそ付いているのに、先日まで意識不明の重体だったと思えないほど、立ち姿はしっかりとしている。

 先程生き恥をかいてしまった作用か、病室の前にいた時よりは体が緊張に苛まれていない。

 それでも心臓は、奏と二人で〝両翼〟だった頃のライブの本番に匹敵するほど、忙しく動いてはいるも、向こうがこちらに気づくまで待つようなせこい手は使いたくないので………互いの距離を詰め、呼びかけようとした時だ。

 

〝――――♪〟

 

 私に背を向けたまま………まだ頭や二の腕と包帯が幾つも巻かれている彼女は、歌の前奏らしきメロディを奏で始めた。

 両耳にはイヤホンらしきものはなく、音楽プレーヤーを持っている様子でもなく、アカペラで歌おうとしているらしい。

 どんな、歌なのだろう?

 歌手活動の賜物で、ゆったりとしたリズムな歌い方から、伴奏はシンプルにピアノ一本だと推測できるくらいで、私にとっては知らない歌だ。

 そう………知らない………筈、なのに――

 

「………」

 

 私は、影縫いを掛けられてしまったのだろうか?

 

「ご機嫌な蝶になって~~♪」

 

 草凪朱音の、躍動的で、同時に切なさも備わった澄んだ歌声で、彩られるその〝詩〟は………私の身体を、動けなく……釘づけに、させる。

 

 その歌の詩を、要約するならば………。

 

「煌めく風に乗って~~今すぐ~~君に~会いに~行こう~~♪」

 

 かつて――〝翼〟があった。 

 ひとたび風に乗れば、どこまでも行けた、どこまでも飛べた。

 どこまでも高く、どこまでも遠く。

 高らかと、真っ直ぐに、純粋に、自由に、胸の想いは一点の曇りもなく、無限大の大空へと、羽ばたいていけた。

 

〝両翼揃ったツヴァイウイングは、どこまでも飛んで行ける〟

 

 そう……奏と二人で一対の翼――ツヴァイウイングだった頃の、私。

 でも、奏を……片翼を失ってしまった今は、もうあの頃のように、飛べない。

 片翼が無くとも、片翼だけでも、飛んでみせると……意気込み、助走(はしり)続けてきた。

 けれども………ダメだった。

 どんなに走っても、身体に鞭打って走り続けても………私は〝一人〟では、私の〝片翼(つばさ)〟だけでは、音色の青空へと飛び立てなかった。

 飛ぼうとする度、無様に地に落ち、空に見放され、情けなくのた打ち回り、飛び立てぬ己に打ちのめされて。

 

 正に、今の私の……〝生き恥〟を晒してばかりな在り方を表しているとしか、言いようのない――

 

「無限大な――夢の後の――何もない世の中じゃ~~♪」

「っ!」

 

 慎ましく、ゆったりと、そっと語るが如く、情感を秘めさせて歌っていた彼女の歌声が、大きく深呼吸を一回、したのを気に一変する。

 せつなさ、やるせなさ、もどかしさ、それらを以て緩やかに奏でていた声量と音色は、まるで強く大地を踏み込ませて、それでもと飛翔しようと、疾走し始める。

 

「STAY~しがちな~イメージだ~らけの~~頼りない翼でも~~♪」

 

 高まる歌声が、それを発するエモーションが、さらに昇っていく。

 熱気を有した風が、身体に押し寄せてきた。

 太陽の熱でも、宙に吹く自然の風でもない。

 その熱も、風も、彼女の〝歌声〟から放たれたものとしか………思えなかった。

 温かで、柔らかで、熱い。

 

「き~っと飛べるさ~~Oh――My――LOVEッ♪」

 

 完全に私は、圧倒されていた。

 全身は未だ、まともに身動きができない。

 なのに、熱唱と言う言葉では物足りないまでの熱量で歌い上げる草凪朱音の歌は、この体の、血の一本一本を、骨の一本一本を、神経の一本一本を、細胞の一つ一つを、胸の中の奥の奥にまで、響き渡っていく。

 胸の内にまで、込み上がってくる〝熱〟………気がつけば、私の頬に水気が。

 手に取ると、それが涙だと分かった。

〝あの日〟から………二度と流さぬと誓っていたのに、止まらない。

 なのに私は、溢れる勢いで流れるその涙を、否定できなかった……切り捨てられなかった。

 飛べる、飛べるよ、飛び立って行けるさ!

 たとえどんなにみっともなくても、情けなくても、無様でも、弱弱しくても、頼りなくても、何度も止まってしまっても、無限に、飛び立てるさ――どこまでも!

 

 むしろ……どうして否定できようか?

 彼女の〝歌〟に込められた………そして、かつて奏の歌にも込められていた―――この温かさを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 歌い終えた朱音の耳は、やっと背後から響く泣き声を耳にする。

 気づいた彼女が振り向くと、膝を付いて崩れ落ち、重ねた両手を口に着けて泣いている翼を目にし、ハッと驚いた朱音はまだ杖の補助が必要で上手く走れない足と脚を、傷を疼かせず留意しながらも急がせて駆け寄る。

 翼は構わず、泣き続けてきた。

 この二年、凍てつかせようとしてきた心の溜め込んできた想いを、洗いざらい、流し出して。

 

 

 

 

 

 彼女に促される形で、ベンチに座る。

 流れ続けていた涙の勢いが、ようやく和らいできた。

 水気の増した鼻をすする。

 自分の顔は今、どうなっているだろうか?

 鏡を見るまでもない………きっと目の周りは腫れあがって、顔はぐちゃぐちゃになっているに違いない。 

 

「どうぞ」

 

 隣に腰かけ、私の心が落ち着くまで黙して待っていた彼女が、患者衣のポケットに入っていたと思われるハンカチを差し出す。

 

「かたじけ……ない」

 

 私はそれを受け取り、涙の雨ですっかり濡れている顔を吹き、ぐすっとまた何度か鼻をすする。

 

「大分、落ち着きました?」

「あ、ああ……」

 

 問いに応えようと彼女の方へ振り向くと、私は………彼女の目に釘づけとなった。

 十五歳……今年で十六歳、自分より二年分年下なのに、年相応より大人びて、美人と呼ぶに相応しい美貌を、さらに彩らせる………滑らかなカーブを描いて吊り上がる瞼の合間に宿る、翡翠色の瞳。

 

「あの……私の顔に何か?」

「いや……そういうわけじゃ……ない」

 

 両目の翡翠に疑問符を浮かべる彼女から慌てて目を逸らし、ハンカチを返す。

 一瞬、こちらを見つめてくるその瞳に、我を忘れていた。

 それぐらい………あの〝翡翠〟は、本物の翡翠と見紛う澄んだ透明感と、輝きを有した綺麗なもので、吸い込まれそうな感覚さえあった………どうも彼女の目は〝魔性〟があるらしい。

 もう一度、こっそりと彼女を見てみる。

 患者服の袖から伸びて、ところどころ包帯の巻かれた二の腕と両脚、顔と言った柔肌は絹の如き透明感で肌触りがいい、無駄を削いで研磨されているくせに肉付きもいい筋肉を包み込んでいる。

 間近で見れば、きめ細やかな黒髪は一本一本が陽光を受けて艶を放ってストレートに延びている。

 親日家で日本の武道、武術に精通し、現在もアクション映画でも現役なハリウッド俳優の孫だけあり、ベンチに座す姿は姿勢が良く、患者服でも隠せない均整の取れた色香漂う八頭身な全身の美しさをより美しく見せる。

 見れば首に掛けられた勾玉――シンフォギアが乗る胸………胸も………大きかった。

 どうやら着やせする体質らしく、巧妙に布地がカモフラージュしているが、それでも私の眼は、彼女の胸の大きさを、はっきり捉えていた。

 数字にして九五はあった十七歳の時の奏ほどではないが、それでも今の朱音と同じ齢の十五歳の頃の、当時八九だった奏くらいはある。

 つい、自分のと見比べてしまった。

 もう私、とっくに今年の誕生日を終えて奏より一歳年上の、十八歳になってしまったのに、自分のより彼女の方が大きい………って、何人の胸と自分のを見比べているのだ?

 大体、私だって八〇は一応越えているし、大きければ良いものでもないだろう?

 それに〝剣〟を振るう私からすれば……所詮は脂肪の塊な膨らみなど、防人にとってはむしろ邪魔ではないか! ハンデ! 障壁ではないか!

 ああそうとも、乳房(あれ)は、剣たらんとする己には敵だ………敵であると言うのに、防人には必要ないと言うのに………なぜだろうか?

 強がって突っぱねようとすればするほど………なんだか、虚しくなってきた。

 あ、あれ?

 ふと、気がつく。

 決して多くはないが、彼女と顔を合わせるのは、少なくもなかった筈なのに………初対面みたいな、もしくは新鮮な感覚が過っているのだろうか?

 ああ、そうか………私、彼女を……〝彼女たち〟を見ていたようで、見ていなかったんだ。

 食堂で、唇にご飯粒を付けて挙動不審だったあの子をフォローした――初めて会った時も。

 同じ日の夜―――装者として再び会った時も。

 あの子のことを認められずに刃を向け、その刃で彼女のアームドギアとぶつけ合った時も。

 私の絶唱のエネルギーを、絶唱で吸い取り束ねて……代償のバックファイアを受けたあの時も。

 

 奏がいなくなった今、私は〝一人〟だと……奏を死なせてしまった自分は〝独り〟で戦わなければならないと………思いつめてしまった余り、隣にいる少女の〝容姿〟さえ、まともに見ていなかったのだ。

 

「その、今日窺ったのは………その……本当に……申し訳ないことをした………」

「風鳴……先輩……」

 

 ようやく、見舞いに来た目的の〝一つ目〟に辿り着けた。

 刃を交えたあの時に、彼女が言っていた通り………私は〝鋼鉄だけでできた鞘のない抜き身の刀〟だった。

 

〝それが――守護者のやることですか!?〟

 

 腕が固く伸び、膝の上に乗せたその先の手の震えが、強くなる。

 装者と言えども、人であり、防人が守るべき命。

 なのに、当たり前の事実を忘れ、守る為に振るう筈な剣で………脅かしてしまった。

 

 それどころか、彼女には散々、不甲斐ない〝先輩〟な自分のせいで、苦労させてしまった。

 シンフォギア装者としては、あの子と同じ新米だったのに、一度目の暴走であの子に刃を突き立てた私を一戦交えさせられた上、一人戦場の最前線へ主戦力として駆り出され。

 私が本来、担わなければならなかった後輩の指導も押し付けて。

 挙句、ネフシュタンの鎧を纏ったあの少女の出現で、我を忘れた二度目の暴走で、こんな怪我を負わせてしまった。 

 

 なのに彼女は、どの面下げて見舞いにやって来た私を、攻め立てたりするどころか………いきなり泣き崩れて醜態晒したと言うのに、私が落ち着きを取り戻すまで待ち、ハンカチを渡してくれる気遣いまで………。

 その優しさが、今の私には陽光より眩しかった。

 

「今まで、散々迷惑を被らせておきながら………いきなりこんなことを聞くのは不躾がましいのは分かっている! だが……」

 

 私は、その眩しい光を放つ源な彼女の方へ向き、勢い任せで〝投げた〟。

 

「教えてほしい! どうしたらそう―――強くあれる? どうしたら……君や奏のように、優しさと強さの両方を持って、人を守れるのだ?」

 

 彼女に深手を負わせた罪悪感と失意で、本当に〝心がぽっきり折れかけた〟あの夜。

 緒川さんからくれた言葉のお陰で、どうにかそのまま壊れずに、踏みとどまれた。

 だが……どんなに〝私の歌は人々に、勇気を、希望をくれている〟と励まされ、それが真だとしても、私は依然として無様で、防人とは程遠い出来損ないで情けない〝剣〟のままだ。

 こんな身でギア――天ノ羽々斬を纏い、歌っても、また……守るべき命はおろか、自分自身をも無慈悲に傷つける〝過ち〟を繰り返してしまうだけ。

 でも………自分一人の頭では、どれだけ考えても分からない、答えどころかその片鱗すら、見つけられずにいた。

 どうすればこんな〝出来損ない〟の身から、そびえ立つ限界(かべ)を超えられるか………その方法を、未だ私は見つけられずにいた。

 

「今の私には分からない………今まで………何の為に、何を支えに剣を振るい、歌ってきたのか………分からないんだ」

 

 他力本願と揶揄されても仕方ない。

 彼女が求める答えを示してくれるとなどと、そんな都合のいいことを考えてはいない。

 が、自分一人ではどうにもならない以上、せめて……ほんの少しの光明は、欲しかったのだ。

 かつて、地球の守護者――ガメラであり、今でも前世の自身が使っていたのと同質の力で、防人の使命を、曇りなく一路で、全うしている彼女から………。

 

「…………」

 

 案の定として、いきなりの、奇襲にも等しい私の質問に、彼女は戸惑った様子で、瞬きも忘れて大きく開いた翡翠色の瞳を、私の瞳に向けていた。

 彼女の反応は無理なきこと、そう簡単に言葉にできるわけもない………やはり、虫の良過ぎる話、だったな。

 

〝すまない………今のは、忘れてほしい〟

 

 と、言おうとした直前だった。

 

「そう……ですね……」

 

 彼女は、少し困った表情で微笑みながら、青空を見上げる。

 

「〝エゴ〟……です、私の……」

 

 答え難い私からの問いに、彼女はそう、答えた。 

 

「え?」

 

 エゴ―EGO―欲望。

 日本語と英語、どちらにしても……決して良い意味とは言えない。

 ノイズドローンが撮影した映像と、エージェントたちが作成した報告書越しではあるけど、彼女の勇姿は私も目にしていた。

 あれ程………苛烈に、鮮烈に、猛々しく歌い、戦い。

 同時に、彼女の歌は人々に確かな希望を与えて、勇気づけている。

 その姿は、私にとって私が求める〝防人〟そのものだと言うのに………なぜなのだ?

 

「だって……」

「だっ…て?」

 

 どうして、その一言を使ったのか?

 その疑問で、鸚鵡返しをしてしまう。

 

「私は父と母の〝願い〟を押しのけてまで………戦うことを選んだのですから……」

 

 彼女は――草凪朱音は、今は亡き自身の両親との〝別離〟を、打ち明け始めた。

 あくまで事実だけを淡々と記された、無駄はないけど素っ気なくもある報告書を通じてではあるが、私も一応、彼女が体験した〝惨劇〟を知っている。

 奏の両親と同じ、考古学者であった彼女の父母は、夏の長期休暇を利用して当時小学生だった彼女を、太平洋で浮上したと言う、岩塊で覆われた先史文明の遺跡に連れて来て見学させていた。

 それが、悲劇の始まり……発掘中、突如して……ノイズが多数出現、停泊していた船舶には、位相歪曲反応を感知して自動的にSOSを送る機能があったにで、迅速に救出部隊が現場に向かったのだが、その時彼らが目にしたのは………母親であった〝炭〟を全身に被り、その母に庇われたことで生き残り、泣くこともできず震えていた〝一人娘〟だった。

 何の因果か、奏が味あわされたのと……ほとんど同じ境遇なんて。

 

「父も母も、本当はもっと……生きたかった筈なんです、もっと色んな過去の文明の謎を解きたかっただろうし、私の成長を見たかっただろうし………孫の顔だって………でも私と自分たちの命を天秤に掛けて………私を生かすことを選んだんです………なのに、私」

 

 ペンダントにしている、両親の形見でもあった勾玉を右手に乗せる。

 

「ずっと……自分の気持ちを誤魔化して生きてきました………仇討ちなんかして何になるんだと分かったような振りして………でも、本当は力が欲しくてたまらなかった………」

 

 今は、彼女の言う〝力〟を内包している勾玉を握りしめ、左手を胸に当てた

 

「奴らが許せないって気持ちは、まだこの胸(この)中には、くすぶってますし………」

 

〝許せない〟って発言に、私は一瞬驚かされた。

 少なくとも彼女の戦いから、家族の復讐の為に戦っていた頃の奏のような……〝暗さ〟も抱えた熱が、感じられなかったからだ。

 けど、彼女だって人の子であり、奏と同じく目の前で家族を殺されたのだ。

 しかも相手は血も涙もないノイズ………そんな存在が〝仇〟では、拭いたいくとも拭えるものではない。

 

「奴らが踏みにじろうとする生命(いのち)と……色んな生命が奏でる〝歌〟を守れる力を求める気持ちも、あの日までずっとくすぶらせてました」

「生命が奏でる……歌?」

 

 彼女の使ったその表現に、私は二度目の鸚鵡返しをした。

 

「はい、普段気づいていないだけで、世界はいつも音楽が鳴っているんですよ、風の音、その風に吹かれて揺れる草花の音、風に乗って空を泳ぐ鳥の飛ぶ音、その鳥や虫の鳴き声、流れる川の水音、その川に流れて飛び跳ねる石たちの音、青空をゆったり進むあの雲、お天道様から降り注がれる光にも………どんな生命にもメロディがあって、歌を作っていると、私は思っているんです」

 

 どうやら………それが彼女を、ノイズを皆殺す為の復讐の戦いでなく、人々を守る意志で戦う彼女の、〝原動力〟らしい。

 

「なら……なぜその〝信念〟を、貴方は……エゴなどと表したのだ?」

「だってそうでしょう? さっきも言いましたが、私は家族の〝生きてほしい〟願いで、こうして今でも生きているんです、ならどんなお題目を掲げたって、ガメラと同じ力を持つこのシンフォギアを纏ったって、自分の命を………危険に晒して戦うことに変わりないんです」

 

 再び、彼女は青空を見上げる。

 この世にはもういない、家族が今いる〝黄泉の国〟を見ているらしかった。

 

「あちらにいる両親は、自分の無力さに嘆きながら………私を見守っているでしょうから………その想いを振り切って戦うことは、どう足掻いても、エゴなんですよ、私の――」

 

 改めて、自分自身の戦う旨を、信念を――〝EGO〟――だとはっきり言い放った彼女は、そのネガティブな意味合いの言葉とは裏腹に、青空に負けじと、晴れやかな笑顔を見せて。

 

「だからせめて、この胸の中にあるエゴと向き合って、自分の〝心〟に従って………歌っているんです、参考になったかどうかは、分かりませんけど」

 

 最後に謙遜を付け加えた彼女――朱音に、私は――

 

「いや……なったよ」

 

 そう、答えた。

 

 

 

 

 見つけられなかったのは………当然だ。

 なにせ私は、定められた戦う宿命への悲観と、それを使命感で無理やりねじ伏せ、誤魔化しまったことで、そもそも自分だけの〝戦う意義〟を見出してこなかったのだから。

 奏と言う片翼――パートナーを持ったことで、ようやくそれを形にする機会が、得られたと言うのに私は――

 

〝奏と二人でなら戦える〟

 

〝奏と一緒なら、頑張れる、歌える、飛べる〟

 

 余りにも奏を、寄る辺にし過ぎた余り、自信の持てない自分をまやかす余り、戦う理由も……歌う理由も………何から何まで奏に、依存してしまっていたんだ。

 

 反対に奏は、復讐の念を乗り越え、自分だけの〝意義〟を見つけてしたと言うのに、そんな奏を、すぐ近くで見ていた筈なのに。

 

〝一振りの剣〟などと、〝人類守護の務めを果たす防人〟などと、偉そうに息巻いていた自分が愚かしい。

 

 これでは、いくら鍛えても鞘無き抜き身で脆く、折れやすく、守るべき命も、自分自身も傷つけるだけの〝剣〟にしかなりえないではないか。

 どんなに片翼だけで飛ぼうと一心不乱に羽ばたいても………堕ちていくばかりだったのは、道理だ。

 

 まだ、答えは見えない。

 目の前には、深くて濃い霧が、まだまだ立ち込めている。

 でも、回り道ばかりして、迷走を繰り返して………ようやく私は、始発点へとどうにか辿り着いた。

 今度こそ、私自身の〝心〟で、見つけるのだ。

 

 朱音の胸に確かに在り、奏の胸にも確かに存在していた、自分だけの〝熱〟を――

 

 

 

 

 

 そう、噛みしめたことで………あの子のことが、急に浮かんできた。

 なら……あの子は一体。

 

〝立花響〟

 

 本人にとっても、奏にとっても、思いもしなかった形で……ガングニールを継いでしまったあの少女。

 

「先輩……どうしました?」

 

 顔にある程度出ていたらしく、朱音が翡翠色の瞳でこちらを覗いて問うてくる。

 

「あ、いや……」

 

 心に余裕ができて、拒絶感が薄らいできている為か、今度はそれと引き換えに、あの子に対する不可解が靄となって頭の中へ、入り込んでくる。 

 装者となったばかりの時の彼女は、戦場の過酷さを知らぬ〝半端者〟だったのは疑いようがない。

 その点は、朱音も共通認識だった筈だ。

 だが……二年前に特異災害の恐ろしさを、直に体験して、生死の境を彷徨って生き延びた筈でもあると言うのに。

 

「なぜ貴方の……君の友達、立花響が、なぜああも躊躇なく戦場(いくさば)に入り込んできてきたのか、今さらながら………気になって……」

 

〝私、戦います、慣れない身ではありますが、一緒に戦えればと思います!〟

 

 叔父様から、協力要請を受けた直後の時の彼女を思い出す。

 思い返すと、まるで部活に入り立てで、その部の競技の経験すらない初心者な新入生が、先輩に挨拶するような感じに見えた。

 

〝分からないのに、いきなり覚悟とか、構えろとか言われても……全然分かりませんよ!〟

 

 私に拒絶の意志が込められたアームドギアの刃を向けられた時だって、無論真剣である凶器を突きつけられたと言うのに、その時の彼女の顔は恐怖を覚えるどころか、なぜ〝戦おう〟とほざいた私に対する意図が理解できないと言った風であった。

 

 なぜ……奏に助けられた命を、ああも無頓着にも等しく……。

 

 庭園は外が穏やかな陽光と、ほのかな風で気持ちいいと言うのに、私の背中には、薄ら寒さが張り付いて、全身が震える。

 

 ようやく私は、あの子の〝歪さ〟を知覚した。

 

 

 

 朱音も、その歪さを直視させられてきたのだろう。

 あの子のことが話題に上がった瞬間から、彼女の大人びた美貌に、苦味の影が差し込んでいた。

 

 やがて彼女は、左腕に付けていたスマートウォッチから立体モニターを宙に投影させて、右手の指で操作すると、それを私に見せる。

 

 モニターに載っていたのは………あの二年前の惨劇から始まった、ある社会問題の記事。

 

 そして私は、立花響の〝歪さ〟の根源を、思い知ることになる。

 

つづく。

 




改めてこの回で朱音が歌っていたのは――

『Butter-fly』:デジモンアドベンチャーOP主題歌
歌:和田光司
作詞・作曲:千綿偉功

――でございます。
奏繋がりでガンダムW EW特別篇主題歌もありかなと思ったけど、私的にこっちの方がぴったりかつ、前の話でも自衛官たち相手に歌わせてたので。

ちなみに、物語が分岐した感を出したくて、朱音の病室は、原作での翼の病室と同じ番号になってます。

しかし最近って生のお花を見舞いに持参するのお断りしている病院が多いそうですね。

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