GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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さて、読者のみなさまにはお待ちだった筈の、一足早い響と翼の対話パート。

本作ではこうなりました。

響の『前向きな自殺衝動』の根源をはっきり知っているのもあって、テレビのと漫画版のとを合わせつつも、結構異なる感じに


#22 - 不和を超えて

 デュランダル移送任務開始時間0500―午前五時が迫り、東からは陽が出始めながらも空はまだ淡い紺色な頃。

 

「防衛大臣殺害犯を検挙する名目で検問を配備、記憶の遺跡まで、一気に駆け抜ける」

 

 二課地下本部内の駐車場では、改めて移送任務の概要を説明する弦十郎と櫻井博士に向かい合う形で、移送任務に参加するエージェントらと、響と、天ノ羽々斬と同じカラーリングなバイクジャケットを着込み、フルフェイスを抱えるヘルメット翼が横に整列している。

 翼はこっそり瞳だけをスライドして響の横顔を見た。

 顔に幾つか流れる汗と、過度に伸びた背筋で、緊張しているのが分かる。

 

 

「名付けて―――〝天下の往来一人占め作戦〟♪」

 

 指をツーピースする博士のネーミングセンスに関してはスルーしてほしい。

 確かに天下の往来――公道に検問を敷くので、大体合ってはいるのだった。

 

 

 

 

 櫻井博士のピンクの2ドアタイプの軽四に、響とデュランダルを保管する大型アタッシュケースを乗せ、それを囲む形でエージェントたちの乗る黒のセダンタイプが四台の陣形で、発進。

 そしてヘルメットを被り、エンジン音を鳴らすブルーカラーなオンロードのスポーツタイプバイクに乗る翼は、博士たちを追走する形でアクセルグリップを廻し、走らせた。

 陽は空を晴天に染めるまでに昇っている。

 ある程度道路を進めると、ヘリのローター音が静かな朝の空気に響いてきた。

 車両の真上にて飛ぶ二課のヘリで、弦十郎も搭乗している。

 それを見上げる翼はいつでも戦闘に入れるよう、神経を張り巡らせて周囲を警戒しつつ、博士の軽四の助手席にいる響との、昨夜の会話を反芻した。

 

 

 

 

 

 

「すまない!」

 

 

 本部内の回廊に設置されたソファーにて、立花と話をする機会に恵まれた私は、ずぶずぶと気まずい沈黙の泥沼に嵌るまいと、逡巡で足踏みする〝気〟を大きく踏み出し、上段から剣を素振る勢いで頭を深々と下げた。

 

〝真面目が過ぎるぞ翼………そうあんまりガチガチだと、その内ぽっきり折れそうだ〟

 

 奏がいた頃、よく言われていた自分の堅苦しい性分を的確に指した言葉。

 冗談半分、本気で心配半分で口にしてた奏のこの言葉の通り………己で己をぽっきり折りかけて、朱音や緒川さんのお陰でどうにか自分の今の〝在り方〟を見つめ直せる〝目〟を持てるようになったことで、改めて立花響に対しての自分の仕打ちの〝酷さ〟が…………身に染みた。

 あの時の〝抜き身〟で愚かな私に、恐怖の欠片もなく戦場に飛び込んできた立花に、哀しく惨い過去があったかなど………考える余裕などなかった。

 

〝同じ装者同士―――戦いましょうか〟

 

 なかったからと言って、ああも刃を突きつけていいわけがなかった。

〝前向きな自殺衝動〟と表せる歪さを抱えているとは言え、あの日あの子の体内に眠っていたガングニールの欠片が目覚める瞬間まで………普通に学生生活に送る少女だったのだ。

 当然、シンフォギアの特性も、戦い方も、戦場を渡り行く術も、アームドギアの生成どころかそのものすら、知るわけもなかった。

 なのに私は、立花の軽率さを咎めるのを通り越して………〝二重基準〟で彼女を糾弾してしまった。

 

「己の未熟さすら向き合えなかったばかりか………人を守るべき剣で、君を斬りつけてしまうところだった……」

 

〝私は立花響を受け入れられない……ましてや力を合わせて戦うことなど、風鳴翼が許せる筈がない〟

 

 奏が血反吐に塗れて勝ち得たガングニールを、まるで我が物顔で纏うその姿が直視できなかった、許せなかったくせに。

 

〝奏の………奏の何を受け継いでいると言うのッ!〟

 

 本来一朝一夕で為しえるものではないアームドギアの実体化を強いり………運命の悪戯で適合者となったに過ぎない彼女を、勝手に〝奏の後継者〟にして押し付け、あんな醜態を見せてしまった。

 装者だと認められないくせに、〝先輩〟と言う立場を、八つ当たりの〝正当化〟の言い訳にして………我が愛機である以前に国の所有兵器である天ノ羽々斬――シンフォギアで、彼女に不条理な暴力を振るいかけてしまった。

 あの時朱音が止めてくれなければ………どれ程の〝過ち〟となってしまったか………守る為に振るう剣で、守るべき命を傷つけてしまった己と罪悪感、立花響と言う少女を歪ませてしまった〝現実〟を前に、良心を刃にして己を斬りつけ、本当に心がぽっきり折れてしまっていたのは………明らかだった。

 改めて、すれ違い、傷つけあうばかりであった自分らにとって、朱音の存在がどれ程大きく、同時に苦労を掛けてきたのか、痛感させられる。

 

「そんな………翼さんが謝ることなんて、ないですよ……」

 

 頭を深々と下げた私の耳に、戸惑っている様子な立花の声が聞こえた。

 

「翼さんの気持ちなんて考えず、人助けができるって調子乗って、中途半端に出しゃばってきた………私がいけなかったんです」

 

 それを聞いた私は、訴え返しそうになる。

 

 違うんだ!

 君がそう思い詰めることも、攻め立てることもないんだ!

〝責め〟を受けるべきは……理由がどうあれ、あの日ファンのみんなの想いを利用しようと、君の心をこうまで歪ませる因を作った私たちなんだ!

 

 口からそう言い放ちかけて、固く唇を封じ込める。

 ここで私がどれだけ……〝君のせいではない〟と必死に伝えても、却って立花……は〝自分のせい〟だと自分を攻めてしまう。 

 あの惨劇を生き残ってより立花が受けた〝地獄〟は、あの子の元からあったと見える気質たる内罰性を、〝自己否定〟の領域にまで過度に強まらせ、歪めてしまった。

 加えてこの子は、私と比肩できる程……もしかしたらそれ以上に、強情でもある。

 きっと、どうあっても立花は、朱音曰く〝無自覚に大っ嫌いな自分〟が悪いと、譲らないだろうし、さっきみたいに無理やりにでも笑って取り繕ってしまうだろう。

 

「立花が、〝戦士〟としての覚悟を決めてここにいることは、今ならば承知している」

 

 下げていた顔を上げて、正面から立花の双眸と向き合わせる。

 

「だからこそ、、明日戦場に馳せる前に、聞かせてほしいのだ――」

 

 朱音は私の暴走を止めた夜から程なく、立花に〝戦う理由〟と言う宿題を出していた。

 今その朱音は、不徳な私の不始末で負った傷で出られない。

 

「――貴方の、戦う理由」

 

 今さら、先輩の面を被るなどおこがましいのは承知の上で、私は朱音からの宿題を、立花がどんな形で見出したか、問いかけた。

 彼女を信用していないわけではない………その逆、信頼したいからこそ、その戦う意志も、覚悟も〝本気〟だと信じているからこそ、一度拒絶してしまった身だからこそ、本人の口から聞いておきたかったのだ。

 

「すみません………上手く、説明できないんですけど………」

「一晩でも待つさ」

 

 朱音の影響か、お固い自分の口から、ちょっとしたユーモア込みのフォローが出た。

 

「前にも、朱音ちゃんからそんなこと言われて、考えに考えたんですけど………」

 

 一度ここで、沈黙の間を置いた立花は――

 

「正直、まだ自分でもよく分かって、なくて……」

 

 ――続けて、そう答えると、ソファーから立ち上がった。

 

「私、人助けが趣味みたいなもので……」

「人、助け?」

 

 立花曰く〝趣味〟のことも、朱音を通じて知ってはいたが、敢えて初耳だと装った。

 

「だって、勉強とかスポーツって誰かと競い合って結果を出すしかないけど、人助けは競わなくてもいいじゃないですか、私には朱音ちゃんや翼さんみたいに特技とか誇れるものってないから………せめて、誰かの助けになりたいって………でも、朱音ちゃんにはそれだけじゃ、気持ちだけじゃ足りないって言われて………辛い思いをしてきた翼さんや、私たちを助ける為に大怪我した朱音ちゃんを見て、ただ助けたい気持ちだけじゃダメなんだってことは………痛いほど分かったんですけど………」

 

 私に背中を向けながら、そう少しづつ繋げていく立花の言葉に、腰かけたままじっくりと耳を傾ける。

 

「原因はやっぱり……〝あの日〟かもしれません」

 

 あの日、〝私たち〟を一変させてしまった………あのライブの日。

 

「奏さんだけじゃない………あの日、たくさんの人がそこで亡くなりました………でも、私は生き残って、今日もたくさんご飯を食べたり、笑ったりしています」

「だから立花は、その人たちの代わりに、なりたいとでも?」

 

 あの夜立花は、泣いているのに、水道管の豪雨を利用して泣いてなんかないと強がる私に、こう言いかけたと言う。

 

〝これから一生懸命頑張って、奏さんの代わりになって見せます!〟

 

 その意図を察した朱音によって引き止められたが、もしあの時、その言葉を聞いていたら、自分のことを棚に上げて、糾弾していたかもしれない………二度と、彼女とこうして向き合うことはなかったかもしれない。

 何せ私も、奏を助けられなかった自分が許せなかった余り、自分でも自覚のないまま、奏の代わりになろうと、奏になろうと、朱音の言葉で〝修羅めいた生き方〟で己を追い込ませていたからだ。

 

「前は、そうでした………でも、今は…………私に守れるものなんて、小さな約束とか、何でもない日常くらいかもしれませんけど―――」

 

 後ろ姿を見せていた立花が、ようやく私の方へ向いた。

 

「―――自分の意志で、助けたい、守りたいんです、いつまでも守られたことを、負い目に思いたくないから」

 

 全身も、顔も、歳相応よりあどけない丸みのある双眸も、真っ直ぐ私に向け、先程の哀しい〝愛想笑い〟から一転、強い意志に彩られた眼差しが、立花から発せられていた。

 その眼差しから、彼女の〝意志〟は本気で本物だと言うことを、私は受け取った。

 

「なら――」

 

 私もソファーより立ち上がり、今までできなかった―――立花の瞳を正面から見据える。

 

「今貴方の胸にあるその〝想い〟を、強くはっきり思い描くことだ、そうすれば、ガングニールは貴方に力を貸してくれよう」

 

 散々迷惑を被らせ、生き恥を晒してきた未熟者ゆえ、こんなことを表するのはおこがましい限りなのだが。

 

「私も、望んで貴方と、肩を並べられる」

 

 ようやく私は、立花響を、ともに戦う装者(なかま)として受け入れ、向かい入れることができた。

 

「翼さん……」

「だが――」

 

 喜びと驚きが交わった表情を浮かべる立花の両肩に、私は伸ばした両の手を置く。

 

「――気をつけろ立花」

「へ?」

 

 一見、屈託も屈折も感じさせないこの少女の内に潜む歪さ――強迫観念。

 

〝他者の為なら自分の命を躊躇いなく投げ出し、どんなことでも自分のせいだと自傷してしまう、強烈な自己否定の念〟

 

〝自分は自分の為に頑張ってはいけない、常に他者の為にしか頑張ってはならない、人の善意を証明し続けなければならない〟

 

 こうして対話を交わしたことで、私は、朱音の立花への〝人物評〟が、的を射ている確信をより強めていた。

 

「己の命を度外視した他者への救済は、いつ起爆するか分からない爆弾を抱えて悪路を全力で走るようなものだ」

 

 立花も、そして朱音も、ノイズの猛威から人々を救う旨を持っているのは同じ………しかし二人には、決定的な〝相違点〟がある。

 

 朱音は、どんな大義、題目、理由でも、誰かを守るべく命を賭けてノイズと戦うことは、誰かの想いを振り切って、悲しませる自分の〝エゴ〟なのだと言った。

 かつて奏も持っていた。自分の心の内側と、外側の世界にいる自分と向き合う〝目〟。

 それを持っているからこそ、自身の信念を曇らせることなく、奏は最後まで歌い、戦い貫き、朱音も防人の使命を全うしている。

 だからこそ、二人の勇姿と歌の輝きは、私に立花の心の〝影〟を、より色濃く見せてくる。

 

〝人助け〟をしたい、誰かの為に頑張りたいと言う立花の胸の内には、他者に認められたい、自分の存在を示したいと言う欲求――エゴが確かに在る。

 

〝私たちと一緒に戦って下さい!〟

 

 私に拒絶されたあの夜の言葉と、反対に認められた瞬間の反応から見ても、立花の心にだって存在するその欲求は、人によって差はあれど、誰も彼もが例外なく、私とて持っているものであり、それ自体は決して〝悪〟ではない。

 

 厄介なのは………立花自身が全くの無自覚どころか、無意識に見ないようにしていることだ。

 他者から〝承認〟されたいとは、つまるところ〝自分の為〟である。

 他者の為にしか頑張ってはならない、ましてやエゴなど持ってはいけないと、己が自覚している以上に〝自己否定〟の念に囚われている立花にとってそれは………最も認められない〝事実〟であり、私が爆弾とも表した〝影〟である。

 このまま装者として、過酷な戦場の中にて戦い続けていけば………立花の内なる影は、確実に彼女を蝕ませていく。

 最悪、あの時絶唱を謳おうとした私以上の〝破滅〟に、自ら踏み込んでしまうかもしれない。

 命を燃やした奏に救われたその先に待っていたのが………そんな顛末など、悲し過ぎる。

 

「私もそうであった身ゆえ、よく分かる……そんなものを抱えたままでは、本当の意味で人助けは為し得ないぞ」

 

 はっきり断言できるのは、他ならぬ私も、己が内なる影に呑まれかけたからだ。

 本当は、よりもっと明確に、自らの歪さを立花に伝えたかった。

 だが………自らが受けた迫害も、家族の輪が壊れてしまったのも、自分のせいであり、そんな自分を許せずにいる立花には、最も受け入れがたい〝残酷〟だ。

 きっと、朱音から自らの強迫観念を見抜かれた時の私と、比にすらならぬほど………拒絶してしまう。

 それ程………今の立花の心は危うい均衡によって成り立ってしまっていると、この対話で教えられた。

 

「…………」

 

 私に気圧されているからでもあるとは言え、ほとんど立花は、私からの忠告の意味を読み取れずに困惑している様子を見せてくる。

 

「今は分からずとも良い………」

 

 この忠告で、立花の〝血を吐きながら続ける悲しいマラソン〟に至りかねない〝前向きな自殺衝動〟を、ほんの少しでも緩和できたとは、思っていない。

 この先、何度〝言葉〟を投げかけても………簡単にはいかないだろう。

 一度や二度でどうにかできるなら、朱音も〝叔父様〟も妥協したりはしていない。

 仇討ちに燃えていた奏と、奏を失った哀しみに沈んでいた私………今の立花の心は、それ以上に頑なに固められてしまっている。

 だからと言って、易々と諦め、投げ出してなど、たまるか。

 

「だがどうか、この不出来な先輩の言葉を、重々よく覚えておいてくれ」

 

 何度だって、呼びかけ続けよう―――〝私たち〟で。

 

「は……はい」

 

 納得し切れないながらも、立花は頷いた。

 

 

 

 

 

 この昨夜の立花との〝対話〟が再生されながらも、櫻井女史らの乗る前方の車両との車間距離を維持させて、この機械仕掛けの馬を走らせていた。

 移送ルート周辺の市民誘導は完了している為、私たちが進む道路の周りには民間人が一人もいない無人状態。

 今のところ、経過は順調、一課の協力も得てルート上に複数配備された検問(チェックポイント)の内、一つ目であるETCを定刻通り通過し、首都圏へと繋がる高速道路に入る。

 車両は河川上に繋がれた高架橋に。

 まだ何の動きもない………だが一直線にしか道なきこの橋上、仕掛けてくるとすれば―――脳裏に一筋の稲妻が走り、胸の奥より不穏が騒ぎ始めた。

 防人としての研鑽と実戦で研いできた〝戦士の勘〟――本能の警告に、私は咄嗟にハンドルを右側に切り、同時に車体を傾けた。

 タイヤが通り掛けたアスファルトが、爆発し、風圧の直撃を受けるギリギリのところで横切る。

 続けて左側、また右側と、左、右と、アスファルトを稲妻上に描いてスラロームし、連続して起きる爆発の猛火から、どうにか呑まれずに避ける。

 飛び散るアスファルトの破片も、幸いにして掠める程度で済んだ。

 上空から攻撃が降り注いでいない……となると、紫の人型の爆雷が橋の内部に埋め込まれていたのか?

 敵の奇襲のからくりを読み取ろうとする中、今度は橋上が震撼し、移送車両前方の道路に巨大が亀裂が走った。

 同時に亀裂の手前にて、爆発が再び起きる。

 櫻井女史のと、エーンジェントが乗用している車両一台はどうにか通り抜けられたが………残りの三台が爆発でバランスを崩してスピンし、どうにか急停止する。

 私も急ブレーキを掛けて車体をほぼ真横にし、バイクはタイヤから金切り音を鳴らして道路に濃い跡を描き、たった今現れた断崖の瀬戸際で止まった。

 分断させされた………今の亀裂で崩落したアスファルトは真下の河川へと落下し、できた溝はこちらの進行を阻ませる。

 アクセルを私は吹かし、一旦逆走、橋上の溝と距離を稼ぐ。

 急がないと………ネフシュタンの鎧には飛行機能がある、今頃あの少女が立花とデュランダルを奪おうと櫻井女史の車両を追走している筈。

 翼などと言う〝名〟でありながら、私と天ノ羽々斬には、朱音と朱音のギア――ガメラのように長時間の飛行ができない………そんな自分がもどかしかった。

 剣に感情は必要ないとほざきながら、情の濁流に流されるまま戦ってしまった………あそこで判断を見誤っていなければ、朱音が深手を負うことも。

 いかん……悔やむのは後だ!

 溝から百メートルよりUターンし、フルスロットル全開、エンジンを荒々しく演奏(ならして)疾走。

 

〝羽撃きは鋭く――風切るが如く〟

 

 我が聖詠を歌う。

 バイクジャケットの内のギアが起動し、アンチノイズプロテクターが装着された。

 足の曲刀を展開し、スラスターを点火させ、バイクの加速力を上げる。

 瀬戸際に肉薄すると、ウィリー走行で前輪を上げるとともにスラスターの出力も上げ、断崖より跳び上がった。

 まず向かうは向こう岸――されどそこには、群れをなすノイズらが位相転移していた。

 

「押し通るッ!」

 

 その阻み、切り開かせてもらう!

 

 曲刀を伸長させて前方へと向け、各々の切っ先を連結。

 左手にはアームドギアを手に、ノイズの敵陣へと真っ向から突っ込む。

 向こう岸に着くと同時に、駆け抜けながら、アームドギアの刃と、曲刀の刃を以て、群れの中を切り抜けていった。

 

 立花………どうか持ちこたえていてくれ!

 

 

 

 

『鎧の少女、移送車両に急速接近中!』

 

 一方、高速を出た櫻井博士たちの車両へ、翼の見立て通りネフシュタンの鎧の少女――クリスが追走していた。

 クリスは翼の斬撃おも受け止めた蛇腹状の鞭を振るい、残るエージェントの車のタイヤを的確に狙い、破壊。

 

「あ……」

 

 響は、弦十郎の修行の一環で見たアクション映画そのものな光景――車が回転しながら宙を舞う様に、響は言葉は出ずにいる。

 

「安心して、二課(うち)のエージェントはあの程度でくたばらないわ」

 

 博士の言う通り、横転した車の扉からは怪我こそしているもエージェントたちが自力で出てきていた。

 しかしこの状況は不味くはある。

 車内にデュランダルがあるお陰で、少女は積極的に攻撃はしてこないものの、完全聖遺物に追いかけられる車など、動く〝棺桶〟そのものだ。

 

「命あっての物種って言うし、いっそこのままデュランダルを放置して私たちは逃げま――」

「そんなのダメですッ!」

「ごめんごめん、冗談よ響ちゃん」

 

 まだジョークをかませる余裕こそあるも、博士の額には焦燥の汗が見られた。

 

「弦十郎君、この先薬品工場なんだけど、どうすればいいかしら?」

 

 博士は耳に付けた小型通信機から、上空にいる弦十郎に指示を求める。

 

『〝敢えて〟そのまま入り込め、狙いがデュランダルな以上、攻め手を封じられる』

 

 弦十郎は敢えて、戦地とするには二次被害の高い、危険過ぎる薬品工場を選んだ。

 敵の目的がデュランダルの確保であることを逆手に取り、起爆力の強い攻め手を使えなくさせる効果を狙ってのことだ。

 

「勝算はあるの?」

「思いつきだ、〝神のみぞ知る〟ってやつさ」

「そのアバウトさ、どこの特務機関の作戦部長かしらね?」

 

 博士はアクセルを力の限り踏み込み、工場内部に進入。

 

「そんな小細工でッ!」

 

 少女は車の足元のアスファルトに鞭を打ち込んだ。

 今の攻撃でスピンした博士の車は、敷地内のパイプにタイヤが引っかかり、建物の外壁に衝突。

 

 車内の人間もミンチにさせかねないほど大破するも―――その前に聖詠を唱え、ギリギリのところでギアを纏えた響が、博士とデュランダルが保管されたケースを抱えて車外に脱出し、着地していた。

 

「了子さん、ケースをお願いします」

「貴方はどうするの?」

「守りますッ!」

 

 そう宣言する響のあどけなさが残る容貌は、〝戦士〟の気迫に彩られている。

 

「こっちも空手で戻るわけにはいかねんだよッ!」

 

 少女――クリスは、腰に携えていた〝ソロモンの杖〟を手に取り、黄緑色の光線を発してノイズたちを召喚させ。

 

〝―――♪〟

 

 彼らと対峙し、構えを取る響の胸のマイクから、戦闘歌の前奏が流れ始めた。

 

 

 

 

 その頃、朱音は屋上庭園にて首都圏の方角へと見つめている。

 

「始まった、か……」

 

 朱音からは移送に関する詳細な状況をリアルタイムで知る術はない。

 だが、直感で〝戦端〟が開かれたと、悟っていた。

 

「…………」

 

 首に掛けている〝勾玉〟を、強く握りしめる。

 自身と心を通わせた少女――〝アサギ〟と、全く同じ握り方で。

 その勾玉には、微かに輝きが帯びていた。

 

つづく。

 


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