GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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境界のゴジラ第二部をシンゴジ公開前には完結させようと優先したので、間が空きましたが最新話です。

今回のメインの挿入歌/『Next Destination』(レンタルまたはネットで試聴して見て下さい)


#23 - 悪夢を止める歌

 ネフシュタンの少女が持つ〝ソロモンの杖〟より召喚されたノイズたちに四方を囲まれる格好となった響。

 

〝――――♪〟

 

 しかしこの状況となっても響は、落ち着いて周囲、全方位に気を巡らして構えを取り、胸のマイクより流れる演奏をバックに、自身の戦闘歌――《撃槍・ガングニール》の、人の手が持つ熱と、それを取り合うことで深まる暖かさも謳った詩を唄う。

 同じ〝構え〟でも、攻撃できる隙だらけだった以前のとは比べるまでもなく見違えている。

 人型数体が、まず時間差をつけて突進してきた。

 それをステップとすり足で全て避けた響に、前部に触手を生やした鈍い赤紫色の蛞蝓型が突撃するも、響はアスファルトを抉るほど右足を踏み込んだ勢いから掌底を突き出して迎え撃ち、敵の肉体を四散させた。

 二匹目の突進には右腕をハンマーよろしく振り下ろして粉砕し、背後から不意を突いてきた手が三日月状の刃となっている人型にひじ打ち、もう一体を上段後ろ蹴りで、さらに斬りつけてきたもう一体の手首をつかみ上げて引きつけ、そのまま背負い投げた。

 物量差のある状況ながら、響は徒手空拳で以て、確実にノイズたちを撃破し、圧倒する。

 繰り出される拳撃も蹴りも、初めてギアを纏った直後のと比べるまでもなく、拳がノイズの肉体に直撃せずとも纏う衝撃波で近場にいた個体を複数巻き添えで倒してしまう程の威力を有していた。

 

「こいつ……」

 

 工場内の円筒の上から見下ろす少女も、この短期間で急速に〝腕〟を上げている響に、驚きを隠せずにいたが、与えられた〝命〟を全うすることを忘れる程呆けてはおらず、ソロモンの杖を通じてノイズに指示を与え、蛞蝓型たちが一斉に触手を伸ばして響を捕えようとする。

 不規則な軌道で迫る触手の網を、響はステップを利かせて掻い潜り、懐に踏み込んで拳打を叩きつけた。

 

「だが、少しはやれるようになったってッ!」

 

 ノイズの操作を除けば静観の位置にいた少女も、円筒から跳び上がり、蛇腹の鞭を響のいる地上めがけ振り下ろす。

 攻撃を察知した響はその場から跳び上がって鞭の牙から逃れるも、少女はむしろそれを狙っていた。

 

「今日こそは――」

 

 飛べない響を空中に〝おびき出し〟、自由に飛行できるこちらのアドバンテージで攻める為に。

 

「モノにしてやるよッ!」

 

 高速で一気に距離を詰めて迫る少女に対し、響は咄嗟に両腕をクロスさせるも、飛行速度を相乗させたキックが直撃される直前――

 

「ナにッ!?」

 

 両者の間から割り込んできた闖入者の突撃で、少女は弾き飛ばされた。

 

「翼さんッ!」

 

 機械仕掛けの馬――バイクを駆り、たった今この戦場に駆け付けた翼であった。

 

「彼女は私が引き受ける、立花はデュランダルと櫻井女史を守り抜けッ!」

「は、はい!」

 

 

 

 

 翼の駆るバイクは、半円を描いて地面に降り、スピンを利かせて急停車する。

 

 「足手まといの庇い立てで恥晒しに来たのか? 〝出来損ないの剣(つるぎ)さん〟よ」

 

  ほぼ同時に降り立った少女の挑発的笑みから、翼が前の戦闘の際の言葉を用いた煽りを受けても、その時のようにまんまと煽られ、乱すこともなく、バイクより降車し、太腿部のアーマーに収納していた〝柄〟しかない刀型アームドギアを取り出すと、刀身が形成された。

 胸のマイクより、翼の戦闘歌――《絶刀・天ノ羽々斬》の前奏とコーラスが流れ出し、剣を構えぬ構え――無形の位の体勢にて、悠然と、凛と、少女へ向け、歩み出した。

 鉄火場となった場所が火薬庫同然なだけに、下手な攻撃は使えないが、それは相手も同じ、そしてスペックでは、こちらの方に分がある。

 

「だったら今度こそぶち――」

 

〝ぶちのめす〟と言い終える前に少女の声は途切れ、不敵な笑みも消える。

 なぜなら―――一回瞼を瞬く僅かな間で、翼は自らぼ得物(アームドギア)の有効範囲内にまで肉薄していたからだ。

 

〝は……速い!〟

 

 一転バイザーの奥の顔から焦燥の汗が流れる少女は、歌い始めた翼からの一刃目――右切上、二刃目――袈裟掛け、三刃目――右薙らの連撃を辛うじて避ける。

 避ける必要が、無いにも拘わらず………ネフシュタンの鎧の防御力とパワーならば、翼の攻撃を真っ向から受け止められると言われればそれまでだが、少女が防御より回避を選ぶほど、今の翼の攻撃は、ただ速いだけでなく、鋭利な覇気を持っていた。

 後退する少女以上の速さで、四振り目の太刀が来る。ある程度、思考内の焦燥の熱が和らぎ、四刃目の斬撃を蛇腹鞭で受け止めようとする。

 刃と鞭がぶつかる寸前、片刃が〝寸止め〟で停止し、少女の視界から翼が一瞬消えた。

 驚く暇すらなく、バイザーに覆われた少女の頬に、衝撃が〝二度〟走り、頭が揺れ動く。

 四刃目はフェイントであり、その隙を突いた一回転からの右手の裏拳が一度目。

 一見隙が大きそうなこの技は、回転すること相手の視界から外れ、消えたと錯覚させる効果があり、現に少女は惑わされたところで一度目の裏拳が決まり、続けてもう一回転から左脚足刀部からの上段サイドキックによる〝二度目〟もヒットした。

 

「――――ッ!♪」

 

 さらに演奏と歌詞がサビに入ると同時に、アームドギアからの突きも決まり、少女の左肩部のネフシュタンの鎧に火花が散る。

 

〝何が変わったんだ? この間と……まるで動きが……違う〟

 

 これ以上の翼の攻勢を継続させまいと鞭を振るい、距離を稼ぎつつも、先日に相見えた時とはまるで〝別人〟などころか、完全聖遺物を纏ったこちらを圧倒させる翼の戦闘技術と闘気を前に、戦慄すら覚えた。

 今の突きで、左肩部の鎧(アーマー)に亀裂を作らせていたからだ。

 少女――クリスに理解するのは無理な話だ。

 今相手をしているの風鳴翼は、長年の実戦で磨かれていながらも、心理的影響でストッパーがかけられて持て余していた〝戦闘能力〟が、十全に引き出された〝戦士〟だと言うこと。

 

 

 

 

 

「はっ…」

 

 眼前の戦闘を、半ば観戦する立ち位置な櫻井博士は、背後から〝圧力〟を感じ取って振り返る。

 

「デュランダルが……」

 

 発生源は、ケースの中にあるデュランダル。

 光を発しているらしく、ケースの隙間より、金色の薄明光線が漏れていた。

 

「これは……まさか……」

 

 零れる光は強まり、ケース全体が大きく震撼したかと思うと、内部のデュランダルが突き破り、立ち昇り、地上より約六〇メートルの宙にて、静止し鎮座した。

 この戦場に響く歌――フォニックゲインによって、聖剣――デュランダルは、覚醒、起動したのだ。

 

 

 

 

〝あれが………デュランダル〟

 

 前回の戦闘の時と遥かに凌ぐ、俊足と剣速、そして洗練された刀剣の刃の如き闘志と気迫を以て攻めてくる翼相手に、どうにか相対距離を、刀(アームドギア)の攻撃範囲(リーチ)外に維持させながら呟いた。

 自分が持つ〝ソロモンの杖〟は、起動するまで半年の時間を掛けたと言うのに、デュランダルはこの鉄火場(いくさば)で流れる歌で〝飛び起きた〟事実に納得いかないものの、起きてくれたのなら好都合………シンフォギアと違って、起床した完全聖遺物は使い手をえり好みするほどワガママじゃない。

 どうにか風鳴翼(こいつ)を振り切って、デュランダルを手にしちまえば、逆転できるし、完全聖遺物を三つも手にした勢いに乗れば、融合症例(どんくさいノロマ)だって■■■■の下へ連れ帰られる。

 今度こそ〝命〟を果たす為にも―――何が何でもこの〝剣〟から振り切ってやる!

 

「おらよ」

 

 大分翼のスピードに目が追いつき始めたクリスは、まず右手の方の蛇腹鞭を彼女目がけ、荒れ狂うように振るった。

 やはり前回と比して難なく躱されるも、どうにか攻勢がこちらに向いている、そして完全聖遺物を二つ持つアドバンテージを活用させる。

 蛇腹鞭を荒れ狂う龍の如く振るいつつ、少女はソロモンの杖から新たなノイズを召喚した。

 飛行型四体に、口から発射する粘液で対象を捕縛する駝鳥型、二体だ。

 少女は杖を通じてノイズに指示を送り、飛行型たちはヘリのプロペラよろしく自身を回転させた旋回形態になり、常に翼をを取り囲む形で旋回。

 駝鳥型たちも、巨体に似合わぬ機動性で動き回りながら、粘液で捕える機会を窺う。

 

〝こいつらでどうにか……〟

 

 今召喚した個体で翼をどうにかできるとは端から期待してしない。

 あの戦闘能力を前では、足止めにすらならないかもしれないが………ほんの少しでも時間を稼いでくれるならば、それだけでよかった。

 急ぎ少女は、虚空に浮遊するデュランダルを手にすべく、飛翔した。

 

 

 

 

 くっ……どうやらネフシュタンの少女は、ほんの僅かでもノイズで時間稼がせる間に、完全聖遺物にしてはやけに目覚めの良いデュランダルを奪取する気でいるらしい。

 こちらの足止め役たるこの者らを〝千ノ落涙〟で一網打尽と行きたいところだが、あの技はある程度動きを止める〝間〟が必要と言う泣き所がある。

 今までの戦いでは、ノイズの動作が緩慢かつほぼ無秩序なものだったからこそ泣き所が戦場(いくさば)で露わとならずに済んでいたのだが………明確に人の意志を介した彼らは想像以上に機敏で統制が取れていた。

 口元が自嘲で綻んだ………出来損ないながらも、最も長い時間鍛錬と実戦を潜り抜けてきたが、朱音のお陰で吹っ切れた今でも、まだまだ至らぬな。

 

 だがしかし―――まだ鍛えたりぬこの剣、舐めてもらっては困るッ!

 

 

 

 旋回形態の飛行型四体、駝鳥型二体は、数の利と機動性を生かして翼を取り囲む形で追い込もうとする。

 回転するその身そのものが〝凶器〟な飛行型が切り裂こうと次々襲い来るも、翼はダンスと剣術のすり足を掛け合わせたステップで素早くも軽やかに避け、手に持つ得物(アームドギア)を上空へと放り投げた。

 二体の飛行型が挟み撃ちするべく迫る中、翼は逆立ち、脚部の曲刀(ブレード)を展開して、回転――《逆羅刹》で迎え撃つ。

 リーチでは翼に分があったが為に、二体は逆羅刹の刃でほぼ同時に切り裂かれた直後、もう一体が、逆立ったままの翼へと急接近。

 足を地面に付け直した翼は、その足がノイズの身体に触れるギリギリの高さで跳び、落ちてきたアームドギアをキャッチしてその身を縦状に廻らせる。

 丸い円を描いた翼の剣筋は、不意を突こうとした一体を両断。

 そこが狙いであったのか、駝鳥型二体は、翼を中心点に向かい合う形で彼女目がけ嘴より粘液を飛ばした。

 

 スピードタイプの翼が捕われれば、自力で解くには困難な粘液―――が、廻る翼は、掌を広げた右手を地面に伸ばし、地面に突き立て接着させると、大地に亀裂の入るほどの衝撃を走らせた。

 弦十郎直伝な、彼の我流拳法の応用で、手からギアのエネルギーと同時に浸透勁を発し、その反動で高く跳び上がる。

粘液は対象を捕縛できず絡まり、本来翼を捕えたところへ攻撃する筈だった飛行型がその網へとぶつかり、行動不能となった。

〝今だッ!〟

 跳躍の慣性に乗って舞う翼は、アームドギアを持った左手を空へ掲げる。

 上空にて水色なエネルギーの直剣――〝千ノ落涙〟が出現し、地上目がけ降り注ぐ。

 雨は駝鳥型らの頭部に突き刺さり、彼らの粘液に捕われた飛行型も串刺しにする。

 

「なッ!?」

 

 デュランダルを目前にしていた少女は、自身にも降ってきた直剣の雨の奇襲に阻まれ、気を取られた。

 

「行けッ! 立花ァ!」

 

 響の周囲にもいる個体たちにも〝落涙〟を浴びせ。

 

「絶対に―――」

 

 剣の雨の中を全力で駆け抜ける響は、足裏の靴底(ヒール)が押し潰されるほどの強い踏み込みから、全身を総動員させた渾身の力で、デュランダルへ一直線に跳び上がる。

 

「させるかよ!」

 

 少女も雨を掻い潜り、響より先に聖剣を手にしようとするも――

 

「渡すもんかァァァァァァーーーーーーー!!!」

 

 ――ギリギリの紙一重の差で、幸運の女神は、響に微笑んだ。

 彼女の、まだアームドギアを顕現できていない〝手〟は、聖剣を握りしめる強さで、掴み取った。

 

 だがその幸運は、朱音が以前口にしていた〝戦場に潜む悪魔〟も、同時に〝微笑む〟ものだった。

 

 響が手にした瞬間、聖剣より響き渡る………甲高くとがって、けたたましく強烈に大気中に反響される――〝叫び〟。

 それは本来聞こえぬ〝悪魔〟の嘲笑を、聖剣自身にとっても、図らずも代弁していた。

 

 

 な………何だ? 今のは?

 まるで邪悪な悪鬼が高笑いでもしたかのような………轟音だった。

 まだ聴覚に〝耳鳴り〟の影響が濃く残っている中。

 

「デュランダルが……」

 

 不滅の聖剣は、立花に握られたまま、未だ滞空し、刀身に帯びた金色の輝きは、かの轟音とともに、光も、エネルギーの出力も………増大させていく。

 先端が音叉に似た形状だった刀身が、三角上に伸長され、金色の光も天へと向かって立ち昇り、〝柱〟となった。

 

「その剣を早く手放せ!」

 

 その光景から、私の〝戦士の勘〟が警告を発し、立花に聖剣を握るよう呼びかけるも………彼女に起きている〝異変〟に、戦慄を覚えた額から、汗が一滴伝って落ちた。

 比喩ではなく………本当に立花のまだ幼さを残した貌は、独特の癖がある髪ごと黒く染まり、双眸は怪しく――赤く発光し、吸血鬼を連想させるほどに、歯ぎしりする犬歯は鋭利となっているように見えた。

 

「Ugaaaaaaaaaa――――――――ッ」

 

 獰猛なる獣じみた唸り声は………確かに立花の口から、発せられていた。

〝暴走〟………だと言うのか?

 目の前でこうして起きているのに、私はこの現象を信じがたい目で見上げている。

 完全聖遺物は、確かに起動するには多量のフォニックゲインが必要であり、丁重に目覚めさせるのにも困難を伴う代物、現に………二年前私たちの歌声を聞いたネフシュタンは、眠りから無理やり起こされた腹いせとばかり、暴走し、あの少女が纏って現れるその瞬間まで、姿を消した。

 だが………理論上では、一度完全に起動すれば〝誰にでも〟扱える………筈だったと言うのに。

 何がデュランダルを、あそこまで荒ませる?

 何ゆえ、立花を―――悪鬼か、それとも修羅かと表せざるを得ない禍々しい形相に、歪めさせているのだ?

 

 

 

 

 

「ちっ……」

 

 少女も空中から、聖剣の猛威に呑まれようとしている響を目の当たりにして、舌を打ち鳴らして。

 

「碌に制御もできねえくせに、そんな力を―――」

 

 ソロモンの杖より。

 

「――見せびらかすなァァァァーーーー!!!」

 

 新たに飛行型ノイズを、大多数呼び寄せた。

 辺り一面を埋め尽くそうとする群体は球状に響の周囲を何度か円周すると、杖を通じて発せられた少女の指示通り、一斉に突撃形態となって、押し寄せる。

 

 その猛攻を、暴走する響は………否、響をその暴力的な力で〝傀儡〟へと貶めている〝聖遺物たち〟は、彼女の身の丈を超す〝刃〟を、横薙ぎに、一周して振るい………たった一薙ぎで放たれた高熱のエネルギー波は、突撃してきた飛行型たちを全て焼き払ってしまった。

 

「…………」

 

〝聖遺物たち〟による圧倒的な力に、少女は粗暴な口振りを吐くことも、瞬きすることすらも忘れ。

「はぁ………」

 反対に、櫻井博士は科学者の性か、開口したまま我を忘れ、恍惚とした眼差しで見上げていた。

 聖遺物の猛威は、ノイズらを一掃した程度では全く衰えを見せず、響の意識を〝破壊衝動〟で覆い染めたまま、剣を振りかぶり、少女へと突貫する。

 戦闘能力は向上しても、まだ響自身が使いこなしていると言えない身ゆえ、全く使われていなかった腰部の推進器(スラスター)を噴射させて。

 

〝不味いッ!〟

 

 我に返った少女は、袈裟掛けに振り下ろされた聖剣の大振りな刃を、蛇腹鞭で受け止めようとした。

 刃と鞭がぶつかり合った瞬間、暴発同然に放出されたエネルギーの炸裂が、爆発を引き起こす。

 その爆圧で、少女は吹き飛ばされ、タンクの一つへと叩き付けられ、新たに巨大な〝焔〟と爆音を上げさせた。

 

 

 

 

「ハッ!?」

 

 屋上で、ずっと勾玉を握りしめながら、戦場の渦中にいる響に翼たちを案じていた私は、いきなり現れたビジョンを前に、投影された目を右手で覆った。

 胸の奥が圧せられて………息も、肩が大揺れする程に荒々しくなる。

 見た………確かに私は見た。

 ここより離れた場所での、今こうして起きている〝事態〟を。

 まるで、憤怒で暴れ狂う〝怪獣〟そのものとしか言い様のない凶暴な面持ちで、目覚めたデュランダルを振るい、ネフシュタンの少女を追い詰める響の姿を。

 

 ビジョンと同時に、確かに、感じた。

 滑りとした真っ黒い泥が、体の中の奥の奥へと侵食されていく感覚と―――

 全部壊せ!

 全て破壊してしまえ!

 何もかも吹き飛んでしまえ!

 壊せ、壊れろ、壊せ、壊れろ、壊せ、壊れろ、壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろッ!

 

 ミンナッ―――コワレテシマエッ!

 

 響であって………響でない…………抑えても抑えきれない、ドス黒く毒々しく、吐き気にも襲われる〝否定〟に埋め尽くされた、衝動。

 

 常識的観点では、表現の一つに〝不可思議〟だ、〝異様〟だと上げられるこの現象………私には心当たりがあった。

 手の中で、柔らかな熱と輝きを秘めている〝勾玉〟、恐らくは………装者の戦闘によるフォニックゲインの増加した影響で、あちらでの状況がマナを伝って勾玉がキャッチし、私に見せている、と思われる。

 地球(ほし)が記憶していた装者の〝戦記〟を脳内に送られた経験から踏まえれば、当たらずも遠からずだった。

 

「ッ!」

 

 脳裏に、新たなビジョンが映し出される。

 聖遺物に翻弄され、暴走の濁流に呑まれている響が、ネフシュタンの少女がタンクの一部に叩き付けられて起きた爆炎に向けて………怪獣の体高に匹敵する長さにまで膨れ上がったデュランダルの膨大なエネルギーの刃を、上段から振り下ろそうとしていた。

 

 前に私が響に伝えた警告―――戦場に潜む悪魔が、〝人助け〟の為に災いと戦う彼女を、今まさに嘲笑っていた。

 

「ダメだッ!」

 

 ビジョンから推して、戦場となっているのは薬品工場………そんな可燃性物質が密集しているも同然な場所で、あれ程の規模の攻撃を振るったら。

 私自身の脳が、フラッシュバックの形で、私に再生(みせる)。

 再び守護者となる道を選んだ以上、私が、絶対に忘れてはならない〝罪〟。

 

 なりふり構わぬ私(ガメラ)の戦いで、多くの人々を吹き飛ばし、踏みつぶし、焼き尽くし………業火の津波に呑み込まれた………〝渋谷の惨劇〟。

 

「響! 目を覚ましてくれ!」

 

 もし、人間相手に、戦略兵器並みの〝破壊〟を起こしてしまったら………度を越した〝自己否定〟に囚われているあの子は――

 

「響ィ!」

 

 理性では戦場より離れた屋上(ここ)で叫んでも、どうにもならない、そう分かっていても叫ばずにはいられない。

 まだ傷の尾が引く体で無理を押して駆けつける?

 ダメだ………たとえ今から〝変身〟して飛んでも、間に合わない。

 だが………何か手を打たないと、どうにかしないと………思案する間もまともに残されていない中、惨劇を止める方法を探ろうとした私は、まだ輝きと熱を持つ〝勾玉〟を目に止めた。

 そうか……向こうで起きている事態をこちらでも認識できるのなら、その逆も。

 確証を固めている時間はない。

 

 イチかバチか―――これに賭けるッ!

 

 

 

 

 朱音は両手で、包み込むように、されど強く勾玉を握りしめ。

 背筋を伸ばし、大きく息を吸い込んで――奏で始めた。

 

 

 

 

「Gu―――――ah―――――――!!」

 

「立花ッ! もういいんだ! 剣を下ろせッ!」

 

 どう見ても、完全聖遺物を纏っているとは言え、一人の少女相手に過剰極まる攻撃を、方向を上げながら浴びせようとしている立花に、私は何度も何度も呼びかけるも、全く応じる気配がない。

 やむをえまいと、剣(アームドギア)を大剣にし、武力行使で止めようとするも………逡巡と、懸念が過る。

 もしあれ程のエネルギーを生み出しているデュランダルに、刺激を加えて、暴発するような事態を起こしてしまったら、最悪、この周辺一帯は壊滅、立花もただでは済まない。

 しかし、このままみすみす手をこまねいていれば………最悪の事態を起こす〝引き金〟は引かれてしまう。

 

 破壊を齎す光の大剣が、とうとう振り下ろされ始めた。

 

 彼女の想いを無下にせぬ為にも、覚悟を決めろ―――風鳴翼ッ!

 

 意を決し、立花へ切り込み、防人の務めを果たそうとした―――その時だった。

 

「止まった………だと……?」

 

 刃を上段より振り下ろそうとしていた、デュランダルの柄を握る立花の両腕が、突如動きを止める。

 

「何が……」

 

 状況の変異に面食らい、戸惑う中、私の聴覚………違う、私の脳裏にて、確かに聞こえた、響いてきた。

 朱音………朱音なのか?

 この澄み渡る情感豊かな歌声……間違いなく、朱音のものだった。

 しかも、歌声が奏でるミディアムチェーンなこの曲は、私と奏の、ツヴァイウイングのディスコグラフィの一つ――《Next Destination》だった。

 

 私だけではなく、戦場の動向を半ば静観する身であった櫻井女史にも、様子を見る限り………聞こえているらしい。 

 

「立花?」

 

 段々と歌声がより明瞭に聞き取れていく中、暴走させられていた立花にも変化が………葛藤しているかの如く、全身は震え出し、左右に揺れる顔を染め上げる暗黒が色合いが薄くなっていき、デュランダルの刀身に纏われているエネルギーの刃が、出力ごと、縮小され始めていた。

 

 これらの現象がどういうカラクリのものかは、今は置いておこう。

 

 私はアームドギアを通常形態に戻し、剣先を地面に突き立て、柄から手を離し、呼吸を整理させる。

 もし朱音の歌声――フォニックゲインが、立花の暴走と、デュランダルの凶行を止めようとしているのなら…………賭けてみる価値は、あるッ!

 

 

 

 朱音の歌声に続く形で、翼も《Next Destination》を歌い始めた。

 

 翼の歌声も、マナを通じて、朱音の脳裏に届く。

 

 顔を合わせるまでもなく、言葉で交わすまでもなく、互いの歌声で、お互いの意志を疎通させる二人は、頷き合い、二重奏(デュオ)で、サビに入った。

 二人の意志の応じ、天ノ羽々斬から、伴奏も流れ出す。

 

「「~~~~♪」」

 

 シンフォギアの助力も受け、時に交互に、時に重ね合わせ、まるで長年ともに歌ってきたと錯覚を促すまでに歌声がシンクロし、相乗し、ハーモニーを生み出す二重奏が、戦場に広く、高々に響き渡らせていった。

 彼女らの歌の力――〝フォニックゲイン〟は、響を乗っ取り暴れ狂っていた聖遺物たちを、宥めていき。

 

「「――ッ、――――!!♪」」

 

 サビの締めとなる詞を、 絶妙なる調和と、天をも越えんとする声量とビブラートで、長く、長く響かせ、こだまさせ、歌い上げた。

 

 光の刃は消失し、デュランダルは沈静化。

 響の容貌も元に戻ると同時に意識を失い、地面へと落ちていく。

 

「立花!」

 

 駆け出そうとする翼だったが、完全聖遺物の暴走を止めるほどのフォニックゲインを生成した代償で、肉体は疲労困憊の中にあり、上手く走れず、進まない。

 

「しまっ――」

 

 亀裂の走ったコンクリートに足が引っかかり、前方に転倒しそうになるも、ならばとブレードの推進部を噴射しさせた勢いに乗ってスライディングし、両腕を伸ばしてギリギリのところで、響をキャッチさせ、ほっと息をついた。

 

 不滅の聖剣――デュランダルが起こしかけた〝災厄〟は、二人の歌姫によって、こうして阻止されたのであった。

 

 

 

 

 

 

 一方朱音も、体力の大半をフォニックゲインに持っていかれ、まだ傷が癒えきっていない体が倒れ込みそうになるも。

 

「朱音さんッ!」

 

 念には念と、この時彼女の護衛を務めていた緒川が駆け寄り、スーツの似合うシャープながら鍛えられた腕と胸部が受け止めた。

 そのまま朱音は、疲労を背負った体を休める眠りにつく。

 

「全く、貴方には、いつも驚かされます」

 

 安堵の息を吐いて胸をなで下ろした緒川は、翼を救ってくれた恩人でもある少女へ、そう呟いて、微笑みを送ったのだった。

 

つづく。

 




この下りは前々から決めていたのですが、選曲に悩みに悩み、結果あやひの歌うED曲をオリ設定で出すと言う暴挙に

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