GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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原作なら無印中盤辺りなのに翼のパパさんが結構本格的に登場しているのは山路さんと山路さんの渋ボイス好きな吹替えファンである私の責任だ。

だが私は謝らない(コラ

そんで重苦しい政治劇っぽい空気が原作より倍増しになっていることは平成ガメラの樋口さん繋がりでシンゴジにあやかってのことだ(マテ


#24 - 曇る兆し

 日本の関東の山間にあるかのルネサンス様式風の屋敷。

 そこに隣接する湖の桟橋の果てにて、ネフシュタンの少女――クリスは降り立った。

 足を桟橋上に付くと同時に、疲労で膝ががっくりと曲がり、両の掌と一緒に板に付き、全身に装着されていた鎧は閃光を経て脱着される。

 額から、汗の一部が桟橋に落ちた。

 デュランダルらに乗っ取られた響の攻撃で工場のタンクに叩き付けられ、その際爆発が起きたのを逆手に取り、炎と煙に紛れてどうにか戦場から逃げ延びることができた。

 これによって、デュランダルの強奪と響を連れて帰る〝使命〟は、また失敗に終わってしまったのだが。

 

 

 

 

 あの綺麗ごとを吐くノロマ………何てトンでもなさだ。

 完全聖遺物を起動するには、相応の量のフォニックゲインが必要だって………■■■■は言っていた。

 現に、ノイズを召喚して、自由に操つれるこの〝ソロモンの杖〟、こいつをアタシの歌で起こすのに、半年も時間が掛かっちまった……ていうのに……手に持つ杖の待機形態を握る力が、苛立ちで強くなる。

 なのにあいつは、鉄火場(いくさば)の渦中で戦いながら、ほんの数分くらいでデュランダルを目覚めさせやがった。

 それどころか………無理やり〝力〟をぶっ放しやがった。

 

「化け物……」

 

 歯ぎしりした口から、あいつのとんでもなさをそう口にした。

 戦場で、今だって目を瞑ればはっきりと思い出せ、耳を塞ぎたくなるくらいくっきりと聞こえる爆発、銃声、悲鳴、飛び散る血、砕け散る肉―――兵士だろうと民間人だろうと見境なく〝殺す〟不快な演奏を鳴らしやがる兵器ども。

 あいつが見せびらかした力………そいつらの比じゃない。

 ヒロシマ生まれだったパパが昔、教えてくれた〝核〟並だ。

 

「Jesus(ちくしょう)」

 

 舌が鳴らされて、吐き捨てる。

 このアタシに身柄の確保を命じるくらい………■■■■は、あの野郎にご執心ってわけかよ。

 

 少しだが、自力で立てるくらいにまで体力が戻ってきた。

 とはいえ、今の戦闘で鎧が受けたダメージと、その再生でアタシの体はネフシュタンの組織に侵食されちまっている。

 そいつを全部取り除く、拷問も兼ねた磔にされた体勢での電撃地獄………またあれを受けなきゃならねえと思うと、気が遠くなる。

 

「あっ……」

 

 一瞬こっちに吹いてきた微風から、気配を感じ取って見上げた。

  魔女じみた真っ黒なワンピと帽子の風体な、淡い金髪の妖艶さが匂い立つ、アダムとイヴを誑かした〝蛇〟じみた雰囲気(オーラ)ってもんも漂わせる美女……あいつこそ■■■■……日本(ここ)の反対側でパパとママを亡くして、長いこと紛争地帯のど真ん中で嫌なってどころじゃない散々な目に遭ってきた私を引き取った女。

 今の私にとって、保護者(パトロン)な存在ってやつだ。

 

「杖(こんなもん)に頼んなくたって、あんたの言うことぐらいやってやらあ!」

 

 アタシは待機形態のソロモンの杖を投げつけ、■■■■は顔色一つ変えずにさらりと受け取る。

 

「見せてやるよ!あいつらよりアタシの方が優秀だってことを―――アタシ以外に力を持つ奴は全部ぶちのめしてやるッ!」

 

 そうでなければ………アタシはアタシの〝望み〟を叶えるどころか、また……一人ぼっちになっちまう。

 二度目も失敗してしまった………もし次の〝三度目〟もやり遂げることができなかったら………。

 

「そいつが、アタシの目的だからなッ!」

 

 不安を無理やり払おうと、そう口では強がって、アタシは■■■■に〝杖〟がなくてもやってやると豪語してしまった。

 言ったそばから心の中では、〝なんてバカなことをほざいてんだよ……〟と自分の馬鹿さ加減を恨みそうになる。

 一度目の夜戦の時点では、碌にギア使いこなせてりゃしないヒヨっコで鈍くさいノロマ。

 

〝相手は人です! 同じ人間なんです!〟

 

 またあのノロマの、偽善者じみた綺麗言(キレエゴト)を頭が勝手に流して、イラついて、舌が鳴って歯ぎしりして鳥肌が立った。

 たく………あんなのいちいち気になんかしやがってたらバカを見るだけ、地球の反対側がどんな世界か碌に知りもしないガキの戯言だと一蹴すりゃいい。

 

〝忘れるものかッ!〟

 

そのノロマと、クールなギアの色と反対に煽られやすくて熱しやすい、切れたナイフでメンタルボロボロ剣士は敵じゃなかった………短期間で今はその時より〝強く〟なっていやがる。

 特にあの青い剣士………一体何が切っ掛けで、あそこまで清々しく吹っ切れたのか知らねえが、ネフシュタンの鎧に亀裂を入れてしまうくらい、本来持っていたらしい戦闘能力ってもんを引き出せるようになっちまっている。

 だってのに、こっちの戦力(アドバンテージ)をみすみす捨てて削ぐのは………ほんとバカのやることだ。

 

「なら、やたら交戦を避けていた〝星の姫巫女〟にも、正面から打ち勝てると言うわけね」

 

 私の心中を、知ってか知らずか………■■■■はアタシにとって一番の障害(たんこぶ)を、体に絡みついてくる蛇みたいな感じで追及してきやがった。

 

「あ、当たり前だ!」

 

 図星だってのを見透かされまいと、余計に語気を強めて反論してしまう。

〝星の姫巫女〟

 そう■■■■が呼ぶのは、生まれが異端なシンフォギア――《ガメラ》を持つイレギュラーな装者――草凪朱音。

 異名を■■■■から耳にし、心の中でそいつの本名を口にしたアタシの胸が、またざわめく。

 オカルトじみて信じられない話――前世の記憶があり、その前世では〝生体兵器な怪獣〟だったと、いやでも信じさせられてしまう………戦場を知り、とんでもなく固い〝信念〟を宿した猛者の目を持つ戦士。

 アタシにとって、完全聖遺物を以てしても、最も、戦いたくはない相手。

 それ以上に、戦う以前に、最も直に、正面から見えたくない―――相手。

 そんで………アタシの〝願い〟を叶える為の意志を、ぐらつかせて、揺らがせてきやがる相手。

 今や単なる厄介な敵を超えて、自分にとって最も――アタシ自身を脅かしてくる………存在だった。

 

 

 

 

 数日後。

 東京都内の、長年多くの芸能人、政治家、実業家、著名人の弔いの儀の場となってきた碧山セレモニーホールでは、広木防衛大臣の葬儀が粛々と、大々的に執り行われていた。

 現職の大臣だっただけあり、会場には各々喪服に身を包んだ遺族、総理含めた閣僚、国会議員、政府官僚、後援者、生前親交のあった者たちが参列し、祭壇には数えきれない多数の献花が供えられていた。

 各テレビ局を中心に取材の為来ているマスメディアも、カメラを手に葬儀の模様を撮影している。

 参列者の中には、いつものラフさを潜めて喪服(スーツ)を、礼儀よくきっちり着込んでいる弦十郎も、勿論いた。

 

 

 

 

 

 締めであるお別れの儀――告別式が終わり、広木大臣の亡骸を乗せた霊柩車が火葬場へと出棺し、その日の葬儀の流れは一通り、滞りなく終わった。

 

「弦」

 

 火葬の儀に立ち会う遺族親族を除き、参列者たちが各々帰宅の準備入る中、弦十郎はある男に呼び止められる。

 弦十郎は、独特の渋味がある声の主で、本日の大臣の葬儀に参じてくれたその男に頭を下げる。

 

 五〇代前半、和装な喪服を着こみ、横髪の一部は灰色。

その佇まいと六角形上な眼鏡のレンズの奥の容貌を、言葉で端的に表すと、冷徹で怜悧、厳格にして武骨、静かに燃え上がる炎を連想させる眼力を秘めていた。

 

「律唱の屋敷まで送っていこう」

「いや、そこまでは……」

「〝彼ら〟は先に下がらせてある」

 

 彼らとは、弦十郎に同伴していた二課所属のエージェントのこと。

 

「それに、今は兄弟としてお前と話しているのだ、堅苦しさは抜きにしよう」

「なら、兄貴の言葉と厚意に甘えて、乗せてもらうとするか」

 

 先程、弦十郎を〝弦〟と読んだこの男の名は――風鳴八紘(かざなり・やひろ)

 総理大臣支援機関でもある内閣官房内、内閣情報調査室の長として情報収集活動を統括する〝内閣情報官〟であり、日本の国防、安全保障を諜報面から担い、支える〝影の宰相〟とも称せる切れ者にして、風鳴弦十郎の実兄である。

 

 

 

 

 

 風鳴兄弟を後部に乗せ、八紘の付き人が運転する車両は、律唱市方面へと向かって都内を走っていた。

 

「本部の防衛強化の進行はどうなっている?」

「了子君の言葉を借りて、『予定よりプラス一七パーセント』進んでいる、元より、設備の拡張を前提とした設計をしていたからな」

 

 固く結んでいた葬儀用の黒ネクタイを緩めて、第一ボタンを外しながら弦十郎は兄の問いに応えた。

 

 ネフシュタンの鎧の少女の確保も兼ねていた、デュランダルを国会議事堂地下〝記憶の泉〟に移送させる計画、櫻井博士命名――〝天下の往来独り占め作戦〟は………痛み分けの失敗であったと、言わざるを得ない。

 狙いが響とデュランダルだった少女の目的こそ阻止されたが、身柄をまた確保し損ね、その響が起動した不滅の聖剣を手にしたことで起きた暴走(アクシデント)で、あわや〝原爆〟並の大惨事を引き起こしかけたのだから。

 結果、次期防衛大臣にスライド就任が決まっている石田爾宗副大臣ら上からのお達しで、移送計画は頓挫、木っ端役人な特機二課にとって骨折り損な話だ。

 結局デュランダルの管理は、二課本部最奥区画――アビスにて厳重保管される状態に逆戻りした。

 その代わりの〝飴〟として、本部の防衛機構の強化作業の認可を貰ったわけなのだが………要は面倒ごとを二課に強いた挙句―――

 

「俺達木っ端役人へ、体よく面倒ごとを押し付けられちまった……」

 

 ――に、等しく、その事実に弦十郎は皮肉な笑みを浮かべてぼやくのだった。

 

「ぼやくのはもう少し先にとっておいた方がいいぞ、弦、後ろ盾だった広木を失い、石田が後任となったことで〝親米派の防衛大臣〟が誕生するとなれば、二課への〝圧力〟が強まるのは避けられん」

「覚悟は、しているさ」

 

 弦十郎がつい先程述べてもいたが、リディアン地下二課本部は、元より改造強化拡張を前提とした作りで設計、建造されており、その本部改造計画自体は前々から政府に何度も申請を出していた。

 だが、議員連盟の根強い反対で、長いこと何度も却下されており、その反対派筆頭は、〝突起物〟と揶揄され厄介者、はみ出し者扱いされている二課を信頼し、彼らの数少ない理解者、支援者であった広木大臣その人であった。

 曰く――〝非公開の存在に、大量の血税と、制限無き超法規的措置を与えるわけにはいかない〟――と。

 一見辻褄の合わなさそうなこの広木大臣の姿勢は、〝理解者〟だったからこそのもので、二課に過度な力を与えず、法令の遵守と公務員の一員である自覚を忘れさせないことで、余計な横槍、組織の枷に捕われ身動きが制限されることなく、身軽に活動できるようにとの取り計らっていたのだ。

 不慮の死に見舞われた広木大臣を補佐してきた石田副大臣の後押しによって、改造計画は受理され、既に着工に入ってはいる一方で、そこには素直に喜べない事情もある。

 朱音が〝腰巾着〟と揶揄した通り、アメリカには対等かつ毅然とした態度を持っていた改憲派の広木大臣とは正反対に、石田副大臣の立ち位置は〝親米派〟。

 彼が次なる防衛大臣となったことで、日本の国防政策に、アメリカの意向が通り易い、より辛辣に言えば口出しがしやすい状況に、ひいては二課の活動に〝足枷〟が嵌められやすい状況になってしまったのである。

 本部の防衛機構強化が急務な状況とは言え、改造計画の受理も、見方を変えれば、恩を受けたと同時に〝弱み〟を握られたとも言えるのだ。

 

「兄貴は、この〝一連〟を、どう考えている?」

「最も〝徳〟を得たのが米国であるのは………無視できぬ事実でもある、しかしまだ断定は禁物だ、日米の同盟関係に溝を入れることを目的に、あえて米国の暗躍を匂わせ疑心を招いている可能性も否定できん………その上ネフシュタンにノイズを使役する杖と、完全聖遺物を複数所持している点から、国家または国家規模の資金力を持った組織が背後に存在しているのは確かだ」

「さすがだな」

 

 気品さえある落ち着いた渋味の声からも、特機二課、ひいては日本国そのものが置かれている状況を、常に冷静な視点で見据えようとしている辺りから見ても、彼の〝切れ者〟さが窺えよう。

 弦十郎も、公安警察時代に養われた〝直感〟で、ほぼ同じ考えに行き着いていた。

 余りにもアメリカが〝暗躍〟しているかもしれない匂いが、立ち過ぎていたからである。

 

「この程度の考察、弦の趣味仲間でもある〝紅蓮の戦乙女〟も、容易く導き出すぞ」

 

 逆を言えば、前世(ガメラとして)の記憶があり、政治への関心が高いアメリカ人でもあるとはいえ、十代の女子高生でそれくらいの視点を持っている朱音の眼の鋭さも、驚嘆ものだ。

 実際弦は、彼女にこの状勢について意見を窺ったところ、〝自由の国を疑ってくれと言わんばかり〟と揶揄を用いていた。

 

「紅蓮の……戦乙女? 朱音君のことか?」

「そうだ、この短期で特異災害を相手にあれ程の武勇を轟かせたのだ、二つ名の一つや二つ、定着するものだよ」

 

 八紘の情報筋によると、政府関係者の中には、密かにファンとなっている輩も結構いるらしい。

 

「特に改憲派からの支持は、相当なものらしい」

 

〝だろうな、同じ〝守護者〟として、彼女は自衛隊(かれら)を心から尊敬している〟

 

 一時期の翼と異なり、積極的に連携を取り、戦闘の後は歌を振る舞う等で自衛官たちから、その高校生離れし、プロのモデル顔負けの凛としたルックスも相まって人気を得ていることは弦十郎も知っていたが、今兄から齎されたのは初耳だ。

 

「最初の内は、アメリカが差し向けたスパイ疑惑を掛けていたと言うのに……とんだ掌返しもあったものだ」

「連中も、人の子な証左さ」

 

 実は、朱音が装者となった当初、日米二重籍者であり、今年の春までアメリカ在住だった彼女を〝スパイでは?〟と疑念を抱く政治家、官僚も少なからずおり、弦十郎は一時期、彼女への〝情〟は胸に秘めつつ、経歴を改めて調べ上げた上で、彼らへの説得に追われていた。

 それが今ではアイドル視じみた目を向ける輩もいるのだから、ボヤきも零れると言うもの。

 補足として、八紘ら一部の人間を除き、ガメラとしての彼女の出自は伏せ、表向き〝以前より目星を付けていた適合者候補で、先の特異災害に巻き込まれた際、肉親の形見がシンフォギアに酷似した特性を発揮した、原因は目下調査中〟と言う真と嘘を交えた虚言で通している。

 朱音と彼女のギアの特異性を利用されないが為の措置でもあるが、先史文明技術や聖遺物自体懐疑的に見る者も少なくないのに、前世だの生体兵器だの言っても信じてもらえるわけない――のも理由に入っている。

 

〝娘に対しても、今のくらい気兼ねなく話題に上げたって……………バチは当たらんだろうに………〟

 

 弦十郎は、自分たちにとっては〝たんこぶ〟に当たる連中にやれやれと呆れると同時に………〝娘〟に対する兄の態度に対する〝憂い〟が、また込み上げてきた。

 八紘には、もう一八になる娘が一人いる、それが誰であるかは、ここで明言するまでもない、その娘と八紘との間には………できてからもう一〇年近くも経っている〝溝〟があった。

 弦十郎もどうにかしようと尽力してきたが、二人が似た者同士な〝親子〟であるのもあり、上手くいっていない。

 溜息を吐きそうになり、弦十郎は気晴らしに車窓の外へ目を向けた。

 

 丁度、先日の移送計画で戦場の一つとなり、復旧作業で生産活動が停止されている薬品工場の近くを走っており、しかも車両は軽い渋滞で進行が緩やかなものとなっていた。

 

「…………」

 

 この状態を逆手に取り、弦十郎は〝戒め〟として、破壊された工場内のタンクを、まじまじと見上げていた。

 

 

 

 

 

 その頃、風鳴兄弟の会話で話題に上がっていた朱音本人は――

 

「へくちっ!」

 

 あざとい域で可愛らしい、この手の噂をされた影響によるくしゃみを発していた。

 

 

 

 

 

 怪我人な入院患者であっても、病人ってわけではないのに、くしゃみが一つ、なぜか出て鼻を吸った私は今、歌手業の合間を塗った翼と、腕のスマートウィッチに搭載の二課関係者専用のテキストチャット風アプリで、連絡を取り合っていた。

 当然、同時間帯に、弦さんとそのお兄さんが私の噂をしていることなど、この時の私は知る由もない。

 

『どうかしたか? 朱音』

 

 角度調整機能付きなガラス製のオーバーテーブルには、チャット画面が表示され、翼からの返信が来た。

 このオーバーテーブルは、タッチパネルに携帯機のゲームを据え置きハードで遊べるが如く、携帯端末内のアプリを、ワイヤレスかつ大画面で使用できる機能をも持っている優れもの、テクノロジーさまさま、と言うもの。

 

『いや、ちょっとくしゃみが出ただけ』

『そうか、それより……今朱音が送ってくれた資料だが……』

 

 さっきのくしゃみが出る直前、私は翼の端末宛てに、ある資料(データ)を送っていた。

 

『やっぱり……彼女も〝適合者の候補〟だったんだな?』

『ああ、こうして見比べれば…………バイザーをしていたからとは言え、なぜあの時に気づけなんだのか………』

『でもそんな余裕、あの時の翼にはなかっただろう?』

『それは、そうなのだが………だとしてもだ』

 

 文字の羅列だけでも、悔しさで苦虫を嚙み潰した顔を翼がしているのが分かった。

 送信したデータの中身は、世界的に高名であったヴァイオリニスト――雪音雅律、その妻にして声楽家だったSonnet・M・Yukine(ソネット・M・ユキネ)。

 私も、小さい頃テレビで、片や演奏、片や歌唱する姿も込みで何度も目にしてきた音楽家夫妻である………いや、あったと過去形を使うべき、だな。

 雪音夫妻は、音楽活動の傍ら、NGO活動団体にも身を置き、紛争が現在でも絶えない国々に何度も訪れては、難民救済といったボランティア活動を精力的に行ってきた。

 その活動の一環で、南米に位置し、当時政変が起きたばかりで国交も断絶するほど混乱状態にあった『バル・ベルデ共和国』へ、一人娘を連れた夫妻は、同じNGO団体員らと国連の使節団とともに入国するも………激化の一途を辿っていた内戦に巻き込まれ、行方不明となった。

 やがてまもなく………紛争の猛威で生前の姿からほど遠い、惨く痛ましい亡骸の姿で、夫妻は発見された。

 だが……両親に同行していた一人娘の消息は、確認できず、生死不明となった。

 それから年月は経ち、二年前の、ツヴァイウイングのラストライブより数か月前に、その一人娘が発見、保護され、世界的規模で、大大的に報じられた。

 その頃の記憶を抜き出すと、確か当時の新聞記事には、生死不明直前に撮られた写真と一緒に………長きに渡っていつ戦火の牙で死ぬか分からぬ中〝捕虜生活〟を強いられ、その影響で重度の〝人間不信〟に陥っていた、と記されていた筈。

 しかし、あのラストライブの前日でもあった日本への帰国当日、失踪を遂げ………二度目の行方不明となった。

 

 なぜ、戦火の犠牲となったこの〝音楽一家〟のことを上げたのかと言うと――

 

〝くらえよッ!〟

 

 ネフシュタンの少女を見えた時に覚えた………既視感の正体を掴もうと、記憶の海に何度も何度も潜っていく内に、テレビ画面越しに見た………ソネット・M・ユキネの晴れ舞台で歌う姿が、まず浮かび、続いて報道番組より彼女の面影がある、まだエレメンタリースクール低学年の年頃だった一人娘のことを、思い出したからだ。

 

 私はその一人娘と、あの少女が〝同一人物〟なのかはっきりするべく、二課の司令室と翼の端末に、予めレポート形式に纏めていた雪音一家の詳細を送り、こうして事実を確定させたのである。

 尤も、送る直前には、藤尭さんが持ち前の高い情報収集能力で少女の正体に行き着いていたわけでもあるのだけれど、さすがエキスパート。

 

『しかし………なんの目的で彼女は立花やデュランダルを狙う連中に加担している』

 

 翼のその疑問に関しては、私もまだ答えを見つけられていない。

 一応………COPSやFBIのプロファイルもどきで、それらしい〝仮説〟は立てているものの。

 

『話は突然変わるんだけど…………あれから、響の様子は、どう?』

 

 今の私は、二年の時を経て、ネフシュタンの鎧を纏って現れた少女の〝目的〟以上に、その少女に向かって戦略兵器クラスなデュランダルの巨大〝光刃〟を振るいかけてしまった響のことが………一番の気がかりだった。

 

『過剰に責を背負いこんでしまっているのは……相違ないな』

『そう……』

 

 噛みしめる口の中で、苦味が急速に広がり。

 

〝私のせいだよッ!〟

 

 弦さんたちから、あのライブで真相を聞かされた日の、自責の念どころではない、自分自身を攻め、極度に断罪する響の泣き顔がフラッシュバックして、胸の中が………締め付けられる感覚に見舞われ。

 同時に、未だ未来に、響が今置かれている状況を知らせていないことへの、罪悪感もぶり返してきた。

 

 ―――ッ♪

 

 直後、病室内に備えられているインターフォンが、鳴り響いた。

 

つづく。

 


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