GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~ 作:フォレス・ノースウッド
シリアス展開大好きな歪んだ性分のせいで、無印の時期なのにGの時のハードテイスト漂う回となっております。
「今度は―――私が相手だ」
爆発の煙(ベール)を振り払って、紅緋色の鎧(アーマー)を身に纏い、たった今自身を撃ち落とした火球を放つ大型銃(ライフル)の銃口を向け、翡翠色で鋭利な瞳より物理的圧力さえ感じさせる眼光を発する装者――草凪朱音が鉄火場(いくさば)に馳せ参じた状況に、ネフシュタンの少女は、口が開かれたままでありながら、戦慄で〝閉口〟させられていた。
〝嘘だろ? あんだけの怪我を、負ったってのに………〟
絶唱を絶唱で以て吸い取り、その莫大なエネルギーの猛威を受けて、全身血まみれな重傷を負ってから、それ程長くは経っていないと言うのに、今こうして自分の目の前に現れ、対峙している事実を、少女は信じられずにいた。
響の心からの言葉、しかし同時に少女の逆鱗に触れる言葉によって一瞬で沸き上がった憤怒で歪んでいた美貌は一転して青ざめ、頭に昇っていた血流も急激に下がり、全身に渡って沸騰するほど昂っていた熱は瞬く間に冷え込む。
自覚している以上に、朱音に対して強い脅威を覚えている彼女の両目は、震えに震えていた。
当人すら知らず知らず内に、体の一部たる足は一歩、後方へと退いてさえいた。
「雪音――クリス」
「なっ!?」
〝アタシの名前ッ―――なんで!?〟
朱音と相対している状況により頭が混乱する影響で、足を下げたことも気づけぬ中、自身の名をその相手より呼ばれたクリスの心に、驚愕の衝撃が上乗せされた。
「く、くりす……ちゃん?」
朱音の背後から、たった今彼女が口にしたネフシュタンの少女の名を、響がつぶやく。
「気を抜くな響、ノイズを操れる〝ソロモンの杖〟を持った仲間が隠れ潜んでいる可能性もある」
〝敵対している相手にも〝ちゃん〟付けか……響らしくは、あるな〟
内心にて朱音はこう呟きつつも、気を抜くことも、戦士の眼差しを解くこともなく響に警告を伝える。
「ッ!?」
朱音から名を呼ばれ、バイザーの内の頬に疲労のものではない汗を流していたクリスの表情の狼狽さが増す。
響への先の忠告には、クリスへのいわゆる〝かまをかける〟意味合いも込められており、相手の反応から朱音はあの〝完全聖遺物〟への正体に対する確信を得た。
《ソロモンの杖》
ソロモンとは、《旧約聖書》にて記された古代ユダヤの歴史書――《列王記》に登場する古代イスラエル王国、三代目の王の名だ。
高位の魔術師としての一面もあったソロモン王には、〝Goetic daemons〟、和名では〝ソロモン72柱〟と呼称される悪魔たちを召喚、自在に使役する魔術も有していた。
その魔術の行使に使われた聖遺物こそ、かのソロモンの杖であったのである。
一三年前に国連にて議題が上がる以前より存在自体は観測されていたノイズへの研究により、現代にまで伝わる先史文明期の神話や伝承に登場する〝人外・異形・魑魅魍魎〟の類の正体はノイズのものであるとの説が出ている。
それを踏まえて朱音は、入院中の間にノイズを召喚し使役する完全聖遺物の特性に該当するものを探し、ソロモンの杖であると行き着いていたのだ。
「あれだけ大判振る舞いをして、どんな聖遺物か突き止められないとでも思ったか?」
口元を不敵に笑みを象り、さらなる挑発を朱音はクリスに投げつける。
「朱音ちゃん」
一方、目元は全く笑っていない――むしろ義憤に彩られたガメラの眼光そのもの。
「分かっている」
背後に佇む響の呼びかけには応じながらも、眼光は対峙するクリスを一点に突きつけていた。
響の声音にはどんな〝意味合い〟を込められているか、朱音は汲み取ってはいるし、できることなら応えてやりたいとも思っている。
しかし一方で、胸の内に義憤の熱をも抱える朱音の脳裏には、先のクリスの襲撃に巻き込まれた未来と子どもたちに――
〝そこまで……〝争い〟を憎んでおきながら………〟
――装者としての戦いで、自身が直に目の当たりにしてきた………〝特異災害〟にと言う名の不条理で命を奪われた人々と、残された人々の姿が、鮮明に明瞭に再生されていた。
一歩、また一歩を近づいてくる草凪朱音に、血の気が物凄い速さで引いていたアタシの頭は、厚底(ヒール)越しに足が、地面から顔を出していた大きめの石と接触してことで、何とか我に返った。
このバカ………鉄火場の渦中で見えちまってるんだから、最早やり合うしかないってのに、もう後がない背水の陣だってのに……何やり合う前から退いちまってんだアタシ………。
〝やたら交戦を避けていた星の姫巫女にも、正面から打ち勝てると言う〟
〝あ、当たり前だッ!〟
■■■■からの言葉に、まんまと煽られて、ああ応じちまって――
〝アタシ以外に力を持つ奴は、全てぶちのめしてやるッ!〟
――ああも強気に宣言しちまった以上、絶対に引くわけにはいかないんだ。
引いていた足を一歩踏み出し、蛇腹鞭を握る力を強めて構え、闘気を相手めがけ投げつける。
そうだ………力を有し、今まさに戦う意志を持ち、日本政府の、汚く下衆で外道な大人どもから〝紅蓮の戦乙女〟などと崇め立てられている草凪朱音(こいつ)も………アタシの願いを果たす為に倒さなければならない、アタシの――〝敵〟だッ!
クリスは手に持つ蛇腹鞭を振り上げ、朱音めがけ勢いよく上段より振り下ろした。
獲物に襲いかかる蛇の如きしなやかさと、地面ごと抉らんとする速さで、朱音の頭上目がけ鞭の先端の刃(きば)を、朱音は相対するクリスを見据えたまま。
〝意識を変えろッ――戦いは直ぐ目の前――♪〟
最小限の動作で軽やかに躱し、胸部に装着されている勾玉より流れる、弦楽器たちと打楽器たちと金管楽器たちに、コーラスらで彩られた水流をイメージさせるハイテンポで厚みのある重層的な伴奏(メロディ)に乗り、ルーンの原形(アーキタイプ)たる超古代文明語で編まれた歌詞を奏で始める。
対するクリスは一撃目に続き、両手にそれぞれ持った蛇腹鞭を、一際荒々しく機関銃を乱れ撃つように連続で振るう。
繰り出される打撃の威力は、今までの戦闘で振るわれたのより、遥かに凌ぎつつも、言い方を変えれば、ひたすら〝力任せ〟によるものとなっていた。
それでも音速を超えるスピードを有し、完全聖遺物の一部でもある〝蛇〟であり、直撃を受けた大地は大蛇が荒々しくのたうち回った跡にも見える痕が刻み込まれていた。
まともに当たれば、アンチノイズプロテクターを纏っていてもただでは済まない攻撃の数々を、朱音は鍛えられた反射神経と動体視力、実戦で磨かれた直感と、両足のスラスターによるホバリングを生かし、響を巻き込むよう彼女から距離を稼ぎながら、スケーティングの如く軽やかに最小限の動きで回避していく。
マルコ第五章に登場する悪霊と同名の宇宙生物群の女王から繰り出された無数の深紅の帯による苛烈な逆襲をかつて貰い受けた彼女(ガメラ)からすれば、ネフシュタンとクリスの打撃は、温いものだった。
〝我は戦士~~絶望に飛び込む者~~〟
伸びやかで、力強く勇壮な戦闘時特有の歌声も、少女の猛攻と言う雑音(ノイズ)に晒されていても、全くブレも揺らぎを見せてはおらず、クリスの耳にもはっきり聞き届いていた。
〝くそっ!〟
クリスの舌は鳴らされ、下手に口内の肉を嚙むと、そのまま切ってしまいそうな強さで歯に力が入り込む。
自分とネフシュタンの攻撃が当たらないだけではない………朱音の〝歌声〟は、雄姿は、払おうともがけばもがくほど、クリスの心に波紋が起き、荒波にさらされた船よろしく大きく揺らがせる。
〝なんで………こうまで……〟
先の響の言葉を投げかけられた時のように、〝綺麗言〟と切り捨てることすらできず………心中の動揺は、荒くも不安定に蛇行する鞭の軌道と重なっていた。
「それ以上、そんな歌をォォォォーーーー!!」
無理やり音色をかき消そうと、右手の方の鞭が朱音の足下めがけ、迫る。
一打目は朱音が跳躍して避けられるも、元よりそれを狙い目にしていたクリスは即座に左側の鞭を逆袈裟上に振るう。
だが、最早稲妻の如く乱舞する〝蛇〟の猛攻を―――朱音は右手で、手練れの獣が一瞬で食らいつく敏速さで、掴み上げた。
一際鋭利となって突きつける、朱音――ガメラの眼光。
「っ!」
クリスは、ここは鉄火場(せんじょう)であることを、ほんの刹那忘れた。
右の拳は掴み上げた鞭の胴体を握りつぶし、朱音は力の限り〝蛇〟をクリスごと引き寄せ、同時に背部のスラスターを点火させて猛加速。
地上の重力を振り切らんとする強烈な引力に、クリスはただ流されるしかない。
〝受けるがいい―――〟
伴奏はより重々しく猛々しいものに転調し、左手は掌の噴射口より放出された炎に包まれ、歌唱で昂るプラズマの火はガメラの左手となり。
〝バニシングゥゥゥゥーーーーー〟
大型ノイズをも一撃で焼き尽くす、爆熱拳――《バニシングフィスト》を。
〝フィストォォォォォォーーーーーー!!〟
白銀の鱗(よろい)で覆われているクリスの鳩尾に――叩き込んだ。
豪炎(ごうえん)を纏う拳が放つ衝撃は、鱗に太い亀裂を走らせ。
〝バカな……ネフシュタンが……こうも……〟
ガメラの拳を象らせた炎は、朱音の拳より打ち放たれ、クリスの小柄な体躯は激しく突き飛ばされ、地上に叩き付けられる。
園内の風景の一部たるコンクリートは衝突で粉微塵に砕かれ、土をも抉り取って風穴を作り出していた。
全身にまで広がる激痛に、クリスは苦悶の面様となって呻く。
鳩尾に打ち込まれた部分の鎧も、穿たれた大きな跡ができて彼女の素肌を露わにさせていた。
なんて、威力だよ………ネフシュタンがこうも簡単に、紙みたく食い破られちまうなんて。
いや……威力だけじゃね………あんだけのパワーで、鉄をも一瞬で燃やし尽くすらしいプラズマの火付きの重たいパンチをぶち込まれたってのに……鎧の破壊に止めて、アタシの体は痛みで喚いてはいても、火傷の一つもない。
こんだけの〝力〟を、あいつは自分の手足も同然に、物にしていやがる。
見た目の武骨さに派手さと裏腹に、あの炎の拳は洗練された〝芸達者〟で成り立っていた。
前々から、突起物の記録した映像で戦いぶりは目にしてきたが………映像を隔てたのと、直に目にするのは、全くの別物だった。
空からこっちを見下ろし、射貫いてきそうな眼力を発した姿からは、無駄で余分な力も、隙らしいものも見当たらない。
まるで………熟練のハンターな獣だ。
あ………実際、前世はバカでかい〝怪獣〟だったんだよな。
「がぁっ……うぅ………」
草凪朱音(あいつ)から受けた分のダメージが和らぎ始めたところで、今度は肌が見え見えな鳩尾に蛇に強く噛みつかれた感じなひでえ痛みに晒された。
このままじゃ………あいつにぶちのめされる前に、ネフシュタンに〝食われちまう〟。
けど………〝アレ〟を纏うのは………忌々しいアタシの■を使うのは………。
畜生……どうしてあいつは、鉄火場(いくさば)がどんだけ悲惨で凄惨で惨たらしいのか知ってる筈なのに、そのど真ん中にいても尚、ああも真っ直ぐに………歌を……〝歌えるんだ?〟。
クリスから〝熟練のハンターな獣〟と表された朱音は、悠然と地上に降り立ち、右手より発した炎をロッド形態のアームドギアに変え、彼女への視線を微々たりとも逸らさずに歩み始める。
鳩尾に叩き込んだ朱音のバニシングフィストでネフシュタンにできた風穴は、みるみる小さくなる一方で、鎧の再生が進むごとに少女の苦悶の表情が強まっていくのを目にした。
〝再生と引き換えに、肉体を侵食しているのか……〟
朱音の眼光は、ネフシュタンの鎧が持つ〝諸刃の剣〟の側面を見抜く。
かの〝青銅の蛇〟は、たとえ損傷を負い、原型と止めぬほどに破砕されても、瞬く間に自力で元の形に修復させてしまう自己再生能力がある。
だが、一度再生が始まってしまうと、鎧の傷口から、装着者の体に侵食してくる厄介な(デメリットも存在していた。
〝なんて……皮肉〟
旧約聖書における青銅の蛇は、モーゼの導きで約束の地へ目指す旅をしていたイスラエルの民が、道中その過酷さに耐えかねて不平不満を口にしたのが切っ掛けで怒りに駆られた神が遣わした〝炎の毒蛇〟に噛まれ苦しむ民を救うためにモーゼが作り上げた仰ぎ見るだけで毒蛇の猛毒の洗礼を受けても生き長らえる〝福音〟であった。
それになぞらえるなら、バニシングフィストは〝炎の毒蛇〟の毒で、鎧は毒牙に対する救いの手になる筈だと言うのに、逆に青銅の蛇は担い手に苦痛を与えている。
伝承とかけ離れたこの実態、朱音のように皮肉を覚えるのも無理はなかった。
〝これが背水の陣な以上、聞き入れてくれる可能性はほぼないが……〟
「福音の蛇に喰われたくなければ鎧を外せ、私も矛を引く」
まだ右に左にと周囲に目線を移動させる雪音クリスから闘志が残っていることを感じ取りつつも、朱音は響の想いに応えるべく、ダメ元で彼女に勧告を投げるも。
「誰がッ!」
クリスは即、拒否の意を示し、立ち上がる。
「ハッ――響、Get down(伏せろ)‼」
「え?」
相手の意図を察して息を呑み、翡翠色の瞳を見開いた朱音が、響に警告を放ったと同時に。
「吹っ飛べよッ!」
肉体を侵食する鎧を、敢えて脱着――アーマーパージさせた。
全身に装着されていた鱗は粉々に欠片となって、弾丸の如き速さで全包囲に飛び散り、木々をなぎ倒し、多量の土埃を巻き上げ、周囲の園内の景観を破壊して鈍い色合いの爆煙を巻き上げていく。
朱音の下にも高速で飛ばされた破片が迫るが、アームドギアを回転させることで迎撃し、事なきを得た直後。
〝Killiter ~~Ichaival~ tron~~♪〟
濃い煙の奥より、雪音クリスの〝歌声〟で唱えられた………〝聖詠〟が、こちらに響いたかと思うと、ワインレッドの光球が出現する。
「イチイバル……〝ウルの弓〟か」
朱音は、聖詠を構成する単語の一つであり、クリスが纏おうとしている〝シンフォギア〟の名を口にした。
「エリア内に新たな〝アウフヴァッヘン波形〟検知!」
「アーカイブデータと照合完了、間違いありません、コード『ichii-val』です!」
二課本部司令室でも、新たに現れたシンフォギア――イチイバルが発する〝アウヴァッヘン波形〟の反応を捉え、室内は一同のどよめきと驚愕が宙を漂っていた。
《イチイバル》
北欧神話に登場する雷神トール、別名ソーの義理の息子である決闘の神ウルが愛用し、イチイの木より作られた〝イチイの弓〟。
十年前、櫻井博士が北欧神話由来の聖遺物の欠片より作り上げた、第一号聖遺物――天羽々斬に続く二番目のシンフォギアが、紛失すると言う事態が起きた。
そのシンフォギアこそ、クリスがたった今聖詠で起動させたイチイバルであった。
「よもや第二号聖遺物(イチイバル)までもが……渡っていたとは……」
弦十郎にとっても、彼が実父の後を継ぐ形で二課の司令官を任じられる切っ掛けとなった因縁のあるシンフォギアが再び現れたこの状況に、歯噛みする口の中は苦味で充満していくのだった。
爆煙が晴れるとともに光球が消滅し、濃い赤紫のインナースーツとワインレッドのアーマーとヘッドギア、胸部には正規のシンフォギアである証なアーマーと同色のマイクが装着されたクリスの姿が露わになる。
「歌わせたなぁ………」
マイクより荒れ狂うギター音を中心としたロックテイストな伴奏が流れ、両腕前腕部の籠手(アーマー)が、二挺のクロスボウガン型のアームドギアとなってグリップがクリスの手に握られ、ボウガンにマゼンダ色のエネルギーの矢が一挺に五発、計十発装填。
「アタシに歌を―――歌わせたなぁぁぁぁぁーーーー!!!」
心底忌々しく、苛立たしく、しかし嫌悪感にどこか嘆きも帯びて怒り狂う叫喚を上げて。
〝―――――ッ!♪〟
マゼンダの光の矢を、戦闘歌に乗せて一斉に放つ。
対する朱音はロッド形態のアームドギアを円状に描いて振り回し、連射される光矢の内、自身の直撃コースの矢を打ち払う。
矢が着弾された地点は、爆音と爆煙に混じって土埃が舞った。
英語と日本語の両方を交えた、憤怒で昂った猛獣が牙を剥き出す様を比喩できるほどの闘争心、攻撃性、自身と家族を狂わせた何もかもに対する憎悪が塗りたくられた歌詞と謳う物凄まじいクリスの歌声が戦場に轟き響く中、アームドギアのクロスボウガン二挺が三銃身二連装のガトリングガンに変形。
〝重火器に変形した!?〟
弓矢由来のシンフォギアが現代兵器へと変質した事実に、朱音も驚きを沸かされる。
二振りのガトリング砲身が高速回転し、毎分数千発分の大量の25m弾が発射された。
〝この数と威力、《イコライザー》並か……〟
アメリカ空軍航空機に搭載されている回転式機関砲GAU-12《イコライザー》に匹敵する弾丸の暴風雨――《BILLION MAIDEN》に、現代の重火器が来るなど予想していなかった朱音は回避を優先せざるを得ず、スラスターの出力を上げて逃れようとする。
「朱音ちゃん!」
響は近づくことすらできず、乱射を避ける術すらない緑の木々たちは矢継ぎ早に撃ち込まれた弾で胴体を蜂の巣にされ、力なく倒れていった。
〝~~ッ―――ッ―――!!♪〟
クリスの戦闘歌がサビのパートに入ると、歌声はロックのシャウトの域にまで声量が昇り立ち、腰部のひし形状のアーマーから、ミサイルポッドが展開され。
〝ミサイルまでもか!?〟
ガトリングを乱射したまま、ポッドからミサイルが出し惜しみを微塵たりともせず、一斉に飛ばされた。
自動追尾機能をも有した誘導ミサイルの大群――《MEGA DEATH PARTY》は、朱音を取り囲む形で迫り、ほぼ同時に起爆して大爆発が生み出され、彼女を呑み込んだ。
爆炎にガトリングの弾をダメ押しに打ち込んだクリスは、大技を使用した代償の消耗で、攻撃を中断する。
額にも頬にも両肩にも、大量の疲労による汗が湧き出、肩で息をするほど呼吸が酷く乱されていた。
〝やった……か?〟
胸の内にてクリスがそう呟いた直後、彼女にそれは〝フラグ〟だと突きつけるかのように、立ち昇る煙(ベール)から銃声が響き、クリスの両側面にて炸裂(バースト)が発生。
近距離で起きた爆発の轟音に、クリスの両耳は強烈な耳鳴りで一杯になり他の音が妨げられた。
一時目が固く閉ざされながらも、重い瞼をどうにか開かせたクリスは、爆煙から人影を垣間見て、咄嗟に利き腕の右腕側からガトリングガンの銃口を向けようとしたが―――銃身に突如として上から衝撃がかかり、バランスが大きく崩される。
〝あいつのアームドギアァ!?〟
異変に右側へ移されたクリスの目は、長い銃身の隙間に飛び込む形で朱音のアームドギアが地面に突き刺さっていた。
〝しまっ――〟
気づいたクリスはデッドウェイトと化した右手が持つアームドギアを手放すが、時既に遅し。
耳鳴りがまだ残響し、上空から奇襲してきたロッドに気を取られてしまっていた間に、朱音は歌唱で高めたスラスターの推進力に乗ってクリスへと一気に肉薄。
初手に掌底を、クリスの下あごに打ち込み。
二手目に、両手を挟み込むように側頭を叩き込み頭と両耳を揺さぶり。
そこから疾風怒涛の勢いで、先程バニシングフィストが打ち込まれたばかりの鳩尾に再度右手からの掌底、下腹部に左手によるアッパー、ヘッドギアへ右腕からの肘打ち、再度鳩尾へ左膝げりを叩き入れ、流麗な一回転からの右足上段足刀蹴りを見舞わせた。
足刀蹴りの衝撃に流されるまま、クリスは横に倒されてしまう。
意識までも飛ばされまいと維持しながらも、目を開けて態勢を立て直そうとするが――
「悪いな」
左手のガトリングの銃身が朱音の足に踏み込まれ。
「現代兵器の恐ろしさは、嫌と言うほど知っている」
かつて自衛隊からの攻撃を通じて、現代兵器の洗礼を受けてきたガメラでもある朱音の右手に現れたSIG SAUR P226をモデルとした銃身が紅緋色のハンドガンの銃口が、クリスの頭部に向けられていた。
一度は追い込んだ筈のクリスが、逆に追い込まれる側となってしまったのは、彼女の兵装選択のミスが原因だった。
大量の自動追尾ミサイルを前に朱音は、その正確な追尾力と自身を取り囲むミサイルの陣形を逆手に取り、足を軸に回転しながらロッドから炎を放出。
ミサイルは炎のカーテンに激突して爆発し、爆風も爆圧も朱音の高濃度のプラズマ火炎に阻まれて届かずに終わる。
さらにミサイルの起爆力をも利用して自分の身を隠し、遠隔操作もできるロッドを上空へ放り投げ、ハンドガンを生成して爆煙越しにプラズマ製の40S&W弾を二発発砲、
クリスの真横で弾丸を炸裂させ聴力を一時奪い、上空に待機させていたロッドを急降下させてガトリングの片割れを串刺しにし、その攻撃力の高さと広域殲滅力の一方で、機動力を補助または向上させる機構がなく、またガトリングの長銃身ゆえの小回りの利かなさといった〝泣き所〟を防戦中にて見抜いていた朱音は、隙に付け入って今の相手にとって不得手な肉弾戦に持ち込み、持前の武術による打撃の連打で逆転へと至らせたわけである。
下手に動けば即刻撃つと忠告せんとばかりに、朱音のハンドガンはほとんどブレを見せることなくクリスを突きつけ。
クリスはと言えば、ハンドガンの、弾丸が飛び出てくる円形の銃口を、自身の意志と反して己の目によって凝視させられ、呼吸すら忘れかけようとしていた。
〝パパッ! ママッ!〟
脳も勝手に、悪い意味で全く色褪せてなどくれぬ過去(きおく)を、再生する。
最初は、フラッシュバックで断続的に………しかし、次第にはっきりとした映像になっていく。
生前の姿を止めぬ惨い亡骸となってしまった物言わぬ両親を必死に揺さぶって呼びかける幼い少女。
その少女に、アサルトライフルの銃口を向ける武装した〝大人たち〟。
〝やめろ―――やめてくれッ!〟
少女の現在たるクリスは、己自身に記憶の再生を止めるよう頭を振って訴えるも、途切れる気配が見えない。
大人たちは、幼いクリスにとっては全く理解不能な言語――〝言葉〟で一方的に言い合いって彼女を捲し立てると、母親から愛情込めて編んでくれた銀色の髪を強引に引っ張り、両親の亡骸から引き離し、連れ出そうとする。
クリスは愛らしい顔立ちがぐちゃぐちゃになるほど泣き喚いて、止めるよう〝大人たち〟に訴え続けるも、彼らは全く聞き入れてくれることはなく………彼女はその後、凄惨で過酷な運命を――
「怖いか? 君の憎む兵器を持つ私を」
底深い記憶(かこ)の沼に溺れかけた直前、クリスは朱音からの悲哀が籠った声によって、我に返り、いつの間にか銃口を下ろしていた彼女を見上げた。
「なら、その目で見てみろ――」
朱音が左手の指を差した方角へ、思わずクリスは目を向ける。
「これが、〝恐るべき破壊の力〟を持つ私たちが引き起こした、君が心から憎悪する―――〝争い〟の、惨状だ」
そこに存在していたのは……皮肉にも、クリスが紛争渦巻く『バル・ベルデ共和国』で、何度も何度も、数えきれるほど目と脳に焼き付けられてきた戦火の〝傷痕〟以外の何ものでもない………荒廃した大地の他ならなかった。
〝ちがっ………チガウ………〟
自分自身が胸の内に抱いていた〝願い〟………それとは全くの真逆な、彼女が生み出したものでもある〝現実〟。
〝アタシが…………アタシがしたかったのは………〟
その乖離が………クリスを容赦なく突きつける中…………上空から、彼女に襲いかかろうと迫る人の世に雑音をまき散らす〝影〟が――
つづく。
クリスちゃんの過去の描写は、スピルバーグのプライベート・ライアンが元、ふとしたことで外壁が崩れ、建物の中で隠れていたドイツ兵と鉢合わせ、銃を向け合いながら意思疎通が全く取れずに片や英語、片やドイツ語で哀しいドッチボールをし合う描写、中々衝撃的ビジュアルでした。
ビッキーのハンマーパーツ展開による絶唱パンチは、次回までお待ちを、やっぱり人助けの為に使ってほしい自分の我がままのせい。