GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~ 作:フォレス・ノースウッド
ここから暫くのイメージED:ドリカム/何度でも
※挿絵追加(2023/11/25)
翼なら、もう大丈夫。
鋼鉄だけで作られた、ただ固いだけの脆く、敵はおろか自分自身をも傷つける抜き身の刃だった面影を感じさせないくらい、以前の彼女からは〝脱皮〟している。
戦闘の際は、磨き抜かれている剣技含めた、研磨された〝日本刀そのもの〟な戦闘能力は、精神の枷が解かれて存分に発揮されているし。
日常では面白い部分も込みで〝女の子〟な一面が顔を出すようになり(でもシャワーの時にあんな恥ずかしがることないのに、私からすれば翼のスタイルは〝名刀〟並に綺麗だし、全体的に着物と調和する絵に描いた大和撫子だと思うんだけど)。
デュエットを通じて間近に拝めてもらっている歌声も、活き活きと溌剌として、解放感、そして〝熱〟を感じさせるものになっていた。
もし奏さんの墓参りに行って報告する機会があれば、世話焼き好きそうなあの人も安心して、あちらの世界に居たまま見守ってくれるだろうし。
津山さんも、次のライブでは心置きなく観客席からエールを送れること間違いない。
現に最近の翼の様子をメールでご報告をしたら、喜びを分かち合う同僚たちと一緒に写った写真付きの感謝の返信を返してくれた。
ただ……その津山さんら自衛官の皆さまの写真内にあった垂れ幕、なぜ翼を差し置いて私の退院祝いだったのだろうか? と気にはなったけど、嬉しくもあったので変に勘ぐらないことにした。
一緒に青空の向こうまで飛ばす勢いで歌い踊り、改めて翼は大丈夫だと確信した日曜の翌日な月曜日。
昨日の時点で、翼に誘われる形で来てはいたけど、平日にて勉学に励む学生としては久しぶりに、私はリディアン高等科に通学していた。
とっくに衣替えがされていたので、中間期の制服を着た大勢の学生たちが歩く朝の風景に対し、妙に新鮮さを覚えて、瞳が映させられていると。
「アーヤ、おはよう」
創世、詩織、弓美の三人と鉢合わせ、そのまま四人並びで校舎へと向かう。
「お体の方はもう大丈夫そうですね」
「ああ、念の為、後何回かは検査に通わなきゃいけないんだけど」
「でも一昨日まで入院してたとは思えないくらいピンピン、アニメキャラ並みの回復力だわ」
「私の体は歌えば治るようにできていると言ってもいい」
「お、あれだけ歌が大好きのアーヤなら、確かにその体質っぽそう」
私はどや顔で〝現代に生きる防人だ〟と豪語した昨日の翼をモデルにこう返した。
彼女にはその大のつく真面目な性分だからこその、天性の域なコメディアンの才能がある。
歌舞伎座で言えば〝二枚目〟の路線なアーティストとしての《風鳴翼》のイメージを崩さない為の留意が二割、日本のコメディアン―漫才師ならボケ役に当たる翼の〝面白い〟一面は、当分自分だけにとっておきたい欲求半分が八割の比率で秘密にしておく気でいるけど、案外長い付き合いで常々そう思っていた緒川さん辺りが、プロモーションの放心をそっち方面に転換しそうな気もしていた。
実はこの後の今年度中に、新曲の宣伝も兼ねてゲスト出演したあるクイズバラエティにて、翼のかの隠れた〝才能〟が全国、どころか全世界に知れ渡ってしまうことになるのだが、言わずもがな、この時の私も、翼本人も、知る由も、知る術もない。
「待って頂戴、どう聞いても今のイ○ム・ダ○ソンのもじりよね、それ?」
「ご名答」
生粋のアニメマニアな弓美のおっしゃる通り、元は女ったらしだが空が恋人で貰った勲章の分だけ没収もされた問題児エースパイロットの名言だ。
女好きと軍規などクソくらえ、ランチを一四回も奢らせる性分はともかく、架空の人物ながら〝好きこそ物の上手なれ〟を地で行く彼には、私も敬意を持っていたりする。
「課題の方は大丈夫そうですか?」
「心配ない、義務を果たさずして自由は謳歌できないんだし、みんなのフォローも貰った分、期日内には仕上げるさ」
入院中の授業のブランクは、その期間の分のノートを見せてくれた創世たちのフォローのお陰もあり、どうにか全教科着いてはいけるだろうし、提出しなければならないレポートも、昨日の夜の内に集中して取り組んだ分六割ほどは進めたので、提出期限には何とか間に合いそうだ。
このように、勉学と、さっき述べた翼に関しては………問題はないんだけど。
むしろ………学生の領分外にある問題の方が、厄介な上に数も多いとも言えた。
その日の最初の授業は英語だった。
日本の学生としては面倒、けどバイリンガルの帰国子女で、英語が体に染みついている身な私からすれば一番退屈な教科である、担当の先生方には申し訳ないけど。
いつ教科書を読んでも不可解に思う……仮にも国際的に活躍できる人材を育てないのなら、なぜ英語からわざわざ日本語に変換し直すのか?
この面倒くささを助長するやり方が、今でもなぜ続いているのか、上履きへの履き替えは納得できても、こちらはさっぱり分からない、明らかに日本の学生たちに英語力が中々浸透しない原因の一つの筈なのに……海外からの観光客を乗せる機会も多い人力車の車夫さんの方が堪能に喋れる事実を知った時にはアイロニカルを覚えたもの、実践を前にしては、所詮机上は空論か。
なんてジョークしてみたけれど、今の自分にとっては好都合でもあるので、今教科書の何ページであるかぐらいは聞く耳立て、ノートを取る素振りをしながら、私は赤い線が混じる罫線が刻まれた紙面と、手に持つシャーペン、藤尭さんらソースな情報たちを使って、今までの〝おさらい〟をしている。
機密事項な単語はアナグラム含めて暗号にしつつ、一九二〇年代中期までのアメリカのビジネス業界にて使われていたスペンセリアン風の書体で記しているので、たとえ隣のクラスメイトがのぞき見しても、一文たりとも読まれる心配はない、何しろ英語圏の現代人からでも読みにくいと評判で、書けない人の数も少なくないのが実態な筆記体である。
そこまでしてペンと紙を使うのは、この方が頭の整理に利くのが理由だ。
今から一〇年前、櫻井博士が開発し、特機二課の前身でもある聖遺物の研究を担っていた非公開の政府組織――《風鳴機関》の所有物でもあった第二号聖遺物――《イチイバル》が紛失。
組織の長であった今の風鳴家の当主らしい、写真を拝見した時はいかにもな風貌をしていた《風鳴訃堂(かざなりふどう)》は引責辞任、次男であり当時公安警察官だった弦さんこと風鳴弦十郎がその座を引き継ぎ、今の二課に再編された。
自分たちのことは棚に上げて、世襲制だの七光りだの揶揄したり、難癖つける連中がいたのが手に取るようにイメージできた。
一度、偶然にも弦さんらをいびる官僚どもを目にしたことがある。
私がいることを気づいた連中が慌てて口を引っ込めて掌を返した様は、ある意味笑いものだった。
つい私も『I admire your being eager but I can´t respect at all(お仕事熱心ですね、全く尊敬できませんが)』と投げ放ち、装者であり、ある意味で公務員のアルバイターな身であれど、正規の軍人でも警察官でもなく、帽子も被っていないのに敬礼をしてやった。
基本的に〝無帽での敬礼はありえない〟を利用したジョークだ。
弦さんら二課と一課、自衛隊の方々へのリスペクトはあっても、ああいう連中の犬になった覚えはない。
自らの信条で、こういうグレーで汚くて世知辛い〝大人の問題〟には巻き込ませたくない弦さんから、あの後苦言は呈されたけれど、私からしてみればその手の問題にも直面する覚悟で装者をやっているので、大人しく目隠しされるのを甘んじる気もない。
再編してから八年後、今より二年前、バル・ベルデ共和国への国連軍の介入が切欠で、長年行方不明だった雪音クリスが保護され、裏では虎の子なシンフォギアの正適合者候補の一人として日本に帰国しながらも、直後に謎の失踪。
雪音クリスの、バル・ベルデに続き二度目となる行方不明が報じられた日、ツヴァイウイングのライブの裏側で行われていたネフシュタンの鎧の起動実験は、暴走事故を起こして失敗、直後の大規模特異災害の混乱の最中紛失。
奏さんの殉職と同時に、第三号聖遺物―《ガングニール》も失われた事態を考えると、広木大臣が相当、二課の存続に奮闘していたと、今の二課の風向き具合から見ても分かる。
そして現在、体内に聖遺物を宿した響の体質を目当てに、イチイバルとネフシュタン、その上ソロモンの杖も携えて、雪音クリスが二年の空白から姿を現した。
そのクリスを体よく利用していた首謀者の名が―――フィーネ、終わりの名を持つ者。
奴が聖遺物をかき集めて、何を行おうとしているかは一度置いておいて、現状はっきりできる事実を整理しよう。
フィーネ自身には、資金力もコネクションも豊富な一方、奴自身の目論見を実現する為の手足たる駒は、二課のエージェントたちによる捜索が続いている雪音クリス、しいて他を上げると例の内通者くらいしかおらず、およそ〝組織〟と呼べる体ではない―――と、私は割り出していた。
わざわざ完全聖遺物を携えて、雪音クリスが半ば正面から堂々と響を誘拐しようとしたどころか、私を響から遠ざけ足止めさせる役すら彼女が担っていたのが根拠。
何しろ、響が初めてガングニールを纏ってから、クリスが現れるまでの間、あの子を浚う機会は、山ほどあった。
特に装者になりたての頃の響は、絵に描いた素人そのもの。
通学、または下校中のあの子へ不意を突く形で、聖詠を唱える暇も与えぬ手際で連れ去るくらい、可能だったのに、そうはしなかったと言うことは、その命を直接与えられる傘下にあり、実行できる数の人員を持っていなかった。
一方で、広木防衛大臣の暗殺。
もしフィーネの思惑も関与していたとすれば………the united states of Americaが、奴に支援をしている可能性が高い。あのソロモンの杖も、かの国から貸与される名目で手にしたと思われる。
余りに自由の国を疑ってくれと言わんばかりの大事と状況だったから、迂闊に断定するのは危ないと言い聞かしてきたけど、今は祖国の片割れも関係していると仮定した方がいいと考えている。
私も祖国を疑うのは忍びない、そこまで星条旗の政府に関わる人間たちは愚かではないと信じたくもあるだけれど………。
苦味に堪えて、どう考えてみても反芻しても、今広木大臣を亡き者にしてまで得を手に入れることのできる存在が、米国以外に見当たらないのだ。
恐らく、フィーネは巧言令色に、高いリスクを払うだけのメリットはあるなどと合衆国をそそのかした。
この推論の根拠は、フィーネに切り捨てられた時に見せた、雪音クリスの、奴への依存の高さ。
二課のデータベースの記録によると彼女は、『バル・ベルデ』での悲惨な境遇から、大人たちに対して重度の不信と憎悪、攻撃性を抱えているとあった。
無理もない………日本(ここ)の反対側で彼女が出くわした大人どもは悉く、幼い少女の身も心も痛めつけてきた〝鬼〟〝悪徒〟ばかりだったと、荒々しく現代兵器を模したアームドギアによる攻撃に乗せて歌っていた戦闘歌の、刺々しくパンクテイストな歌詞と歌い方から、窺えた。
そのクリスが、憎む〝大人〟の一人の筈なフィーネに、あそこまで依存していた。
彼女本人には悪いが、アダムとイヴを失楽園に至らせた蛇――悪魔も同然な悪辣さで、ボロボロに荒み切った少女を、自らの命に忠実な駒に落とすまでに隷属させたに違いない。
私の祖父(グランパ)はよく口にしていた………〝悪魔ってやつは大抵、天使の声と微笑みに化けて囁いてくる性質の悪さの持ち主〟だと。
心を閉ざす一人の女の子をも誑かした〝天使の皮を被る悪魔の囁き〟ならば、自由の国を唆して凶行に走らせてもおかしくはない。
私の推理が当たっているのなら、向こうも向こうで、話に乗っかり、聖遺物を提供しつつも、隙あらば、奴をも出し抜こうと腹に一物持っていることだろう。
一度タガが外れれば、どこまでも残酷に堕ちて悪魔の快楽って酒を生み出してしまうのが人間(ヒト)、災いの影ギャオスを生み出してしまった超古代文明の頃から見てきた、一度たりとも忘れたことのない悲しい事実であり、業の一端。
人の悪しき一面をも利用し、聖遺物をかき集めて………フィーネは何をしようと言うのか?
奴の思惑を掴む為に必要な、現状最もはっきりしている手がかりは、今のところ、クリスがあの時発したあの言葉。
〝人は呪いから解放され、バラバラになった人類は元に戻る〟
なぜクリスを誑かす為の虚言も捨てきれないのに、有力な糸口かもしれないと思えるのは、少し前に、似たような言葉を耳にしていた……から。
〝人類は、呪われている〟
~~~♪
リディアン独特のチャイムが鳴り響いて、今日の英語の授業の終わりを告げてきた。
整理と思案はこの辺にして、学生の本分、授業に注力する方へ頭を切り替えないと。
机に置く教科書とノートを次の教科に組み替えて、今日の授業に出てくる分を大まかに予習し直し始める中………ふと目にしてしまった。
未来が一人、教室からそそくさと出ていき、その背中を、縋るように見つめている響の姿。
舌が苦さを感じ取る。
デュエットを通じた翼からのエールが無かったから、もっと感傷的になって、罪悪感で落ち込んでいたかもしれない。
今朝からずっと、響と未来はこんな調子。
未来は堅苦しい表情で口を固く結んでしまい、響はそんな親友に、一声も掛けられずぎこちない視線を送ることしかできず。
「立花さん!」
「はぁ、はい!?」
「教科書の続きを読んでごらんなさい」
「すみません………ぼんやりしてました」
「最近酷くなっていませんか? 次の課題レポートは、必ず期限内には提出するように、いいですね?」
「はい……すみません」
「草凪さん、代わりに続きを読んでもらえますか?」
「はい」
一際授業にも身が入らず、担任の仲根先生からきついお叱りと、期日内での課題提出の催促も受けてしまっていた。
いつもは心配の眼差しを送っている未来の瞳は、机に向けられたまま、シャーペンを持った手だけが、淡々と、早々と動き廻って、ノートに書き込んでいる。
響が今、装者の一人である事実を伝えられず、ずるずると引き伸ばしていた時から、そう簡単に、親友が〝命がけの人助け〟をしている事実を受け入れられないと懸念はしていた。
ずっと、あの日親友が死の淵を彷徨い、自分は特異災害に巻き込まれずに助かってしまった自分を、責め続けてきたらがゆえに。
けど………実状は自分の懸念以上に深刻だった。
頑なな親友の態度に萎縮して、響は想いを一言たりとも伝えられずにいる。
〝自身が、大事な人とともに過ごす日常を守る〟
一昨日のやり取りで、私が出した〝宿題〟に対し、響がそう答えを見い出したのだと、私は汲み取っていた。
だけど今、特異災害から人々と自分も過ごす日常を守るどころか、守るべき日常を、大事な存在とともに送ることすら、ままならなくなってしまっている。
このままだと………響が無自覚に抱える、心に巣食う強すぎる〝自己否定〟が、さらにあの子を追い詰め、自分の命を天秤にすら置かない無謀で投げやりな〝人助け〟にのめり込んでしまう。
そうなってしまえば、体内のガングニールは、あの爆発的エネルギーを、響の摩耗していく心にぶちまける、大量のガソリンと何ら変わらなくなってしまう。
未来も自分の心を自傷し続ける親友に、抱え込む罪悪感の影を、より強くさせしまう。
自分も経験があるから分かる。
今日の未来が見せる無表情は、それだけ感情が、いつ理性の堤防を決壊させてもおかしくないことを知らせる信号で、苦しんでいると示すSOSでもある。
そうして互いが互いを、傷つけ合い続けてしまう。
まるで、お互いの温もりをもっと感じたいが余り、自分の針が相手を傷つけ、相手の針が自分を傷つけるのも構わずに身を寄せ合い過ぎてしまう………ヤマアラシみたいだ。
当然、その先にあるのは……関係性の、破滅。
初めて会った時に見せてくれた響の笑顔、あの陽光も守りたかったから、私はまた〝ガメラ〟となることを選び、戦っている。
そのような末路に、至ってたまるか………あの子たちの笑顔を、失わせてたまるか。
だからこそ、私にも責任がある。
未来に、真実と一緒に、響がどうして戦うことを選んだか伝える為に、根気よく対話しなければならなかったのに………彼女の心情を案ずるのを言い分にして、ただ時間だけを先に先にと引き伸ばして、後回しにしてしまった。
その癖、翼の気遣いがなかったら、歌声を貰わなかったら、ただ未来に伝えられなかった罪悪感に一人沈んで、独り善がりの一人相撲、全く以て情けない。
まず放課後に、未来と対話する機会と時間を作る。
今日の響の様子から見て、多分、あの二年間の経験ゆえに、想いの丈をぶつかり合ってまで対話することに臆病になっているきらいがある。
響本人には忍びないけど、今日の心理状態を見るに、とても響自身の言葉だけで、未来と正面から向き合えそうにない。
未来も未来で、響と話そうとしても、想いと裏腹に心が乱れて、突き放した言葉ばかり口から出てしまう状態にある。
腹を割って話すなど、夢のまた夢だ。
ならせめてどうにか、離れていく二人の距離を、縮めるくらいはさせてあげないといけない。
午前の分の授業が終わり、昼休み。
今日は日直当番の日であった私は、級友たちを先に行かせ、黒板周りの掃除と、学級日誌の記入を先に済ませて、昼食用のお手製弁当を片手に、食堂に向かう。
昼休みの内に、未来と面と向かって機会を取り付けておきたかった。
食事を終えた時くらいに、まずは『放課後時間を取れないか?』と切り出した方がいいだろう、いきなり本題からはリスクがある。
本日も各学年の生徒らが多数、学食または購買のパンに弁当でお昼を取って談笑し、賑わっている大広間の食堂内を進んでいると、未来を見つけた。
見つけたのだが、できれば一人でいたい気な未来本人に反し、一人ではない。
未来の向かいの席には、大盛りのラーメンを頼んだらしい響が腰かけ、二人に創世たちが立ったまま何やら話しかけていた。
皆の下へ近づく中。
「ビッキーったら、内緒でバイトとかしてるんじゃない?」
「えぇっ! 響が!?」
「本当ならナイスな校則違反ですよね、それ」
三人のこのやり取りで、無表情に黙々とハンバーグ定食を食べ進めていた未来の手が止まり、立ち上がると同時に走り出し。
「未来!」
響も即座に後を追いかけ出した。
取り残された三人は、どうしてこうなったのか見当がつかず、顔に疑問符を浮かべ。
「あ、草凪さん」
最初に私の存在に気づいた詩織が、呼びかける。
「あの、お二人に何かあったかご存知ですか?」
「さあ、私にもさっぱり」
守秘義務のあるシンフォギアが絡む問題なので、事情を知らず茶々を入れてしまった三人には知らない振りをしながらも。
「ただ、ジョークをジョークだと流せる余裕が二人にないことは私でも分かった、預かっててくれ」
と、付け加え、弁当を彼女らに預けて二人の後を追った。
響も響なりに、未来と腹を割って話そうと、向き合おうとしていたのだろう。
自力で踏み出そうとする意気には敬服したい………ただ……場と、間と、巡り合わせが悪過ぎた。
静寂と集中が求められる授業中はともかく、談笑しながら昼食を取る女子たちがひしめく空間の中で、あのような固く重い空気を醸し出していたら目立つ。
特に創世の言った〝バイト〟………実はあながち、間違ってはいない。
「すみません、さっき生徒が二人、走っていませんでしたか?」
廊下内で、不思議そうな面持ちをする他クラスの学生や先生たちに尋ね周り、未来が衝動的に走って行った先を突き止めようとしていると。
「朱音?」
この棟の屋上に繋がる階段の前で、これから食堂に行く途中らしかった翼と鉢合わせた。
「響と未来、見かけなかった?」
「いや……見てはないが、何があった?」
「be estranged……(溝ができた……)」
走りながら、端的に一言で説明すると、直後に階段から未来が、元陸上部の経歴に違わぬ俊足で走り去っていった。
潤む目に、涙が浮かび、雫を飛び散らせて。
「立花は任せろ、朱音は小日向を」
状況を読み取ったらしい翼が願い出。
「ありがとう、助かる」
私は翼の厚意を受け取って、見失うまいと、未来の背中を見据え、追いかけて行った。
翼は未来が降りてきた階段を登り、もしやと屋上まで辿り着くと。
〝当たりか……〟
屋上の中央付近にて、佇んでいる響を見つけた。
翼のからは後ろ姿しか窺えないが、全身が震え、両の拳を握りしめ、今にも崩れ落ちてしまいそうな、心ここにあらずな佇まいが、ここで何が起きていたかを語っていた。
「立花!」
翼が呼びかけると、響は彼女がここにいる驚きで両肩を飛び上がらせるも、顔を見せたくない様子で、振り向こうとしない。
「どうしたのだ?」
翼は響へと、一歩また一歩と少しずつ歩みながら、続けて呼びかける。
「な……なんでも………」
背を向けたまま、何でもないと翼に答えようとする響。
しかし、無理やり笑顔にしようとした声音には、隠し切れない、抑えつけられない〝嘆き〟がはっきり表出している響は――
「へいき……へっちゃら、です」
――その場から、少しでも翼から離れようと、逃げ去ろうと、独りに自ら飛び込もうと、走り去ろうとした。
全力疾走で、翼を横切ろうとするも、翼の、かつてアームドギアを突きつけて拒絶の意を示した右手は、神速の居合の如き速さで、響の左腕をしっかりと掴み取った。
その翼の手を振り払おうと、響はもがく。
執拗なまでに、涙で濡れてしまっている顔を、翼に見せようとしない。
〝お前ら……ノイズと戦ってんだろ!? 奴らと戦える武器も持ってんだろ!? だったら私にソイツを寄越せッ! 奴らをぶっ殺させてくれッ!〟
初めて会った時の、家族にノイズを殺されたばかりの奏を思い出すほど……手負いの獣めいた、荒れ模様であった。
つい数か月までは戦いを知らぬ素人だったと言うのに、同年代の少女離れした腕力に解かれそうになりながらも。
「はなっ………はなしっ………離して!――下さい!」
「ダメだ――離さん!」
翼は頑として離さない。
「今ここで立花の手を離せば、立花を一人にしてしまえば、必ず後悔する……だから……離せない」
手を払おうとしていた響のもがきが、ぴたりと止まった。
「不出来さばかり見せてきた身だが、それでも立花の背負う苦しみ、悲しみを和らげてやりたい………だから………頼む」
静寂に帰していく屋上にて、一筋のそよ風が、二人の髪を、なびかせた。
つづく
終盤の翼とビッキーの下りは、これ書き始めた段階から絶対入れたかった場面。
翼は右手で、ビッキーが『左腕』なのがポイントだったり。
あとちゃっかり朱音のアドレス入手している津山さんである(コラ