GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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劇中流れているBGMのモチーフ。

映画『夕陽のギャングたち』のテーマ曲『Giu' La Testa』
映画『ニューシネマパラダイス』の『愛のテーマ』

つまり、愛ですよ。


#31 - 揺れる想い

 陽が暮れる時間がどんどん延びてきている六月の夕刻。

 窓の外は、まだ微かに赤味のある丸い陽の光が顔を出していた。

 少し窓の向こうを見ていた私は、自分の今の住まいたるマンションのキッチンで、今日の夕食を――〝二人分〟、作っている最中。

 ミニコンポからは、数々の名作映画の音楽を手掛け、一〇〇歳近いご高齢の身ながら、今でも現役な作曲家の歴代劇伴が流れ、今はイタリア風西部劇のジャンルを作った一人であるイタリア人映画監督作で、革命家と盗賊、二人の男の不思議な友情を描いた映画の、口笛含めたコーラスが印象的なテーマ曲が程よい音量で響いている。

 その曲に続いて、次は監督になるまでに映画に魅せられた男の物語なイタリア映画の名作のテーマ曲が流れ出す。

 メロディに聞きながら私は、主食の一つで、グリルで西京風に焼いているサワラの様子を窺いながら、黄金色な丸鶏スープの中の鶏肉、ポテト(ジャガイモ)、にんじん、玉葱、大根、糸こんにゃくに三度豆、くらげにヤングコーンらを圧力鍋でぐつぐつと煮込ませている。

 勿論、日本の伝統的庶民の味の代表たる料理――《肉じゃが》である。コラーゲンもたっぷりで、女子の肌にも良い仕様。

 

 もう少しだなと、長年の経験で後どれ程煮込み必要か、箸で差し込んだポテトの柔らかさから、直感で時間を割り出すと、ちらりと……〝彼女〟を見た。

 彼女とは―――未来のこと。

 

 ソファーで、足を丸め込む形で座る未来は、日没したての黄昏時に入った空を、ただじっーと見つめていた。

 とりあえず……お昼の時の濁流じみた〝発露〟の時より大分、落ち着きを取り戻している様子で、何よりではある。

 今日のお昼時の未来は、それこそこの二年、無自覚に溜め込み続けてきたものを、洗いざらい、吐き出していたのだから………。

 

 

 

 

 

 走行ご遠慮な校内の回廊内を、響を翼に任せた私は、未来の背中を追いかける。

 お互いの距離はおよそ一〇メートル。

 元陸上部の面目躍如か、未来の走る速度は全く衰えがない。

 だからと言って、このまま引き離される気も、未来を見失う気もさらさら私は持っていない。

 

 響が、なけなしの勇気で踏み込んできたその手を払ってしまった未来を、このまま……〝独り〟にしていいわけがない、させない!

 

 靴を履き替えもせず、我武者羅に走る未来は校舎を飛び出し、グラウンド、体育館含めた高等科施設全体を囲む森の中に入り込んだ。

 

「未来ッ!」

 

 未来の体力が消耗するまで、悠長に走り続ける気のなかった私は、自分と未来以外に人気のない、その風と葉が触れ合う音色が聞こえる緑の下で深く息を吸い、未来の名を、森の隅々まで響き渡らせる気で叫ぶ。

 私の声が木霊する中、ここまでずっと走り続けていた未来の足が、ようやく止まった。

 陸上部現役時代でも、これほどの長い距離を全力で走ったのは初めてだったようで、後ろ姿でも大分息が荒れているのが分かる。

 

「…………」

 

 疾走を止めても、背中を向けたままの未来に。

 

「ごめん………」

 

 深々と、頭を下げて謝る。

 

「………なんで朱音まで謝るの?」

 

 一分の半分ほどの沈黙を経て、未来はそう返してきた。

〝も〟と表現したところを見るに、響にも同じ問いを掛けたらしい。

 私は頭を上げ直し、足音も控えるくらいそっと、彼女の背に近寄る。

 

「何も言っても言い訳になる………でも響も装者だった事実に未来がここまでショックを受けたのは………〝未来を傷つけたくない〟なんて言い訳で黙っていた私の――」

「朱音は何も悪くない!」

 

 謝った理由を述べていた途中、未来の叫びが遮った。

 

「あの日………私が……響を誘わなかったら………一人にしなかったら…………響があんな目に遭わずに済んだのに……なのに………どうして?」

 

 未来の口から、零れ呟かれた一言を端に、彼女の全身が、疲労のものではない揺れを見せてきた。

 そして、次の瞬間には――

 

「どうしてなの!?」

 

 縋りつく様相で私に詰め寄り、制服の胸部を掴み上げて、揺らす。

 

「どうして………どうして響ばっかり! 苦しまなきゃいけないの!? 辛い目に遭わなきゃいけないの!? 辛い想いを背負わなきゃならないの!? 響が一体何をしたって言うの!?」

 

 生い茂る木々の下の、宙を流れる風よりも、草木を震撼させそうな未来の号叫。

 二つの瞼の周りは、流された涙で赤く腫れあがっていると言うのに、未来の瞳からはなおも、大粒の涙でできた水流が、溢れ出るのを止めてはくれない。

 

「あの日あのライブに来ていただけで、ただいただけで………ただ生き残ったってだけで……一生懸命に生きようと頑張ってきただけなのに………あんな想いをして…………これ以上響に………何を……」

 

 分厚い涙のベールに覆われた未来の瞳は、私の姿こそ映しだしているものの、未来自身には違う〝光景〟が投影されているのが分かった。

 

「なのに………私………さっき響に……〝友達ではいられない〟って………あんな酷いこと」

 

 未来を過度な自責に蝕ませる、つい先程、響に向かってそう言い放ってしまった言葉と、二人の在り方を一変させてしまった過去。

 

 テレビ画面越しに知った、自分も行くはずだったツヴァイウイングのライブの惨劇。

 生死の狭間を彷徨いながら眠る親友――響の帰還を、ひたすら願う日々。

 一日でも早く歩けるように、体から上がる悲鳴(くつう)に耐えて、リハビリに励む響を見守り、支え、応援する日々。

 後遺症も残らず、無事退院できた矢先に待っていた悪意に呑まれ堕ちた級友たちや、同じ街に住む人々からの、不条理な〝生存者狩り〟。

 不条理に耐え抜けられず、家族を残して、一人消え失せてしまった響の〝父親〟。

 愛する友が受けた地獄の数々を間近で見せつけられ、内心あの日特異災害に巻き込まれずに助かってしまった罪悪感に苛まれながらに、誰も彼もが響を糾弾する側に愚かしく流される中、独りその濁流に抗い、自分の中傷の対象にされるのを、そして日々スプリンターとして情熱を傾けていた〝陸上〟をも捨てる覚悟で、親友であることを貫き続けた日々。

 

 この春リディアンに編入し、私達と会い、新たな友達ができるまでの、暗闇の中も同然だった二年間の記憶(トラウマ)が、明確な映像で、一度に未来の頭の中のスクリーンが映している様と、響が人々から特異災害(ノイズ)に立ち向かう責務を背負ってしまった因果に対して、どうすることもできず無力で、突き放す言葉を突きつけてしまった自身に攻め立てる様が、私の目から見ても、理解できてしまっていた。

 

「ねえ……朱音……あるんでしょ?」

 

 この言葉の先がどう繋がり、未来が何を言おうと、私に伝えようとしているのかを……。

 

「他にも聖遺物があるんでしょ? それをシンフォギアにできる技術があるんでしょ? なら私にも使わせて! 私に戦わせてよッ!」

 

 未来は訴えてくる。

 心より発せられる感情の形こそ違うけど、弦さんから〝君が地獄に堕ちることなっても?〟と警告されても構わず、むしろ自ら落ちる気概でノイズと戦う力――シンフォギアを求めた奏さんと、似た響きで、求めてくる。

 

「訓練が必要なら受ける! どんなに辛くたって耐えてみせるから――お願いッ! お願いだから! 私に――」

 

 自分も、シンフォギアを纏って、戦いたいと、戦わせてほしい。

 

 責めも、苦しみも、辛さも、響ではなく自分が背負うべきだと。

 

 罰を負うべきは、愛する友を死の淵と、生き地獄に突き落とした自分が相応しいと。

 

「未来……」

 

 縋りついてくる未来の両肩に、私は自分の両手をそっと触れ、泣き濡れた彼女の瞳を見据える。

 

「前にも言った筈だ………誰にでも扱える〝力〟ではないと」

 

 響への強い慕情が、激しく混沌に渦巻き、己の心を自傷する未来へ。

 

「何より――」

 

 私は、心を厳格なる〝鬼〟にさせて。

 

「――君と響を、より不幸に落とすだけだ」

 

 突き放し過ぎずに、けれど厳然と、粛然と、激情の余り破滅に流されようとしていた友を、諭す。

 

 一転して、荒れ模様だった未来の様相が、鎮まり、周囲の森は静けさを取り戻す。

 

 こちらの背の高さもあって、私を見上げる格好だった未来は、数泊置いて私の言葉の意味を呑み込んだ様子で…………そのまま、膝から大地に崩れ落ちた。

 

 私は改めて………思い知らされた。

 幼い頃からの長い付き合いな、ただの〝親友〟から変質してしまった、響と未来の関係性を。

 

 誰も彼もが響のと言う人の尊厳を傷つけ、脅かし、否定する中で、一人ずっと響の友達で、居続けようとする未来。

 

 血を通わせた大切な肉親すらも離れていき、絶望の奈落の底に堕ちかける中、ずっと未来が、友達で居続けてくれた響。

 

 この二人が抱える………歪さ………〝共依存〟を。

 

 

 

 

 

 

 あの後、翼と相談し合いつつ、本人たちにも了解を取った上、一度二人の間に距離を取らせることにした。

 今の二人では、お互いへの慕情と、寮の相部屋で同居している環境も込みで、すれ違いと傷つけ合いを深めてしまうだけだ。

 未来には一晩、私の住まいにて泊まらせることになっている。着替えも寮から持ち込み済み。

 今頃翼が面倒を見ている響の方は、二課本部内の宿泊室、さすがに定期的に緒川さんの手入れがないと、あっと言う間に汚部屋(トラッシュハウス)となってしまう弦さんの屋敷内の翼の自室に立ち入らせるわけにはいかないので、そこは私が釘を刺しておいた。

 翼も女の子なのではっきり私から言及された時は、一応納得する一方しょぼ~んとショックを見せていたが、当然の措置。

 散らかった魑魅魍魎もとい私物たちが跋扈する部屋に、傷心の響を放り込むわけにはいかない、たとえ本人から可愛く『意地悪だ』と拗ねられてもだ。

 

 熱で泡立った黄金色のスープの中で、具材丁度いい具合に煮込まれたのを確認した私はガスを切る。

 グリルで焼いていたサワラの西京焼きたちも、程よく焦げ目が付いて焼き上がった。

 

 入院生活以来久々な、お手製の夕食ができあがり、各お皿に盛った料理一式をテーブルに並べていく。

 

 流した涙の分だけ疲れも溜まった未来の体に、滋養を与えるのが先決である。

 

 

 

 

 

 

 お昼に色々と吐き出してしまい、午後は授業を受けるどころじゃなく、迷惑も面倒もかけてしまった朱音からのご厚意で、彼女のマンションの一室に泊まることになった。

 響はと言うと、翼さんのところで一晩過ごすらしい。

 ふらわーの藍おばちゃんの言う通り、お腹が空いている時に何か考えると嫌なことばかり浮かぶので、ソファーの上で体育座りをしたまま気晴らしに外の景色を見て、コンポから流れている映画の音楽で有名らしい(大河ドラマも担当したこともあるとか)作曲家さんの、夕陽にぴったりな郷愁を感じさせるゆったりとした音楽に耳を傾けていた。

 実は途中から、朱音の作っている最中な料理の良い香りも、たんまり味わっている。

 そうでもしていないと………せっかく朱音の〝歌声〟で落ち着けたのに、あの日々と、響が背負ったものと、響に辛く当たってしまった自分への〝痛み〟がまた疼き出してしまいそうだったからでもあるんだけど。

 多分、無意識に口笛で曲の演奏に加わっている朱音の作る料理の香りが、実際いい匂いでもあった。

 せめてお腹の虫だけは鳴ってほしくない、たとえ朱音本人が気にしなくても、私が気にして恥ずかしいからだ。

 ちらりと、エプロンを着て、髪をアップで纏めて、普段はさらさらとした長髪で絶対見れない綺麗な白磁のうなじを晒し、小皿に少量入れた肉じゃがの汁の一部を吸って朱音の後ろ姿を見る。

 大体の見た目と味は想像できるから何とかなるなんて考えてしまう、典型的なお料理できない人間に属している私でも、場数をこなしていると見るだけで判るくらい、メロディを奏でながら、だと言うのに、手際よくきびきびとスピーディに作っていた。

 一体どうすれば、音程を外さず演奏しつつ、同時にああも手早く進められるのだろうか?

 

「未来、夕食ができたから食べよう」

 

 気がつけば……テーブルに、肉じゃが、給食でも食べたことがある西京焼き、ホウレンソウのゴマ添え、豆腐とワカメの味噌汁に雑穀ご飯と、そうそうたる夕ご飯が並んでいる。

 時計を見ると、調理を初めてから一時間も経ってない。

 こんな短い時間で作られたとは思えない、響だったら間違いなく、瞳はキラキラと輝かせて、口の中に溜まった唾液が口から零してしまいそうな出来栄えたる料理の数々に、自分のお腹も、早く〝食べたい〟なんて欲求を、自分の理性に向けて絶えず呼びかけ始めた。

 危ない………油断の隙を突いてお腹の虫が鳴くところだった。

 

 私も、響に人のこと言えないくらい――〝ごはんアンドごはん〟――だ。

 

「いただきます」

 

 手を合わせて挨拶し、実際に食べてみる。

 四月以来久々な朱音の手料理は、響がうきうきと、生き生きと喜ぶ顔で食べる姿がはっきり浮かぶくらいの、美味しさが、口の中一杯に広がり、ほっぺがとろけそうになる。

 朱音が作り始める前は、一口もできるか怪しいくらい食欲がなかったと言うのに、全部食べ切るまで、箸が動きを止めてくれそうにない。

 

「そんなに早く食べなくても、料理は逃げやしないよ、未来君」

 

 それほど食いつきが良かったらしく、初めて会った日から吸い込まれそうに綺麗だと思った翡翠の瞳を私に向けて、目つきと口元を猫っぽく艶やかに微笑むこの夕飯の作り主の朱音から、こう言われてしまった。

 朱音が今にも猫耳と尻尾を生やしてきそうな猫顔で相手を君付けする時は、〝イタズラモード〟に入っている証。

 こういう態度と仕草は、同じ女性からだとあざといであったり猫かぶりだったり等々、不評を生み易いんだけど、朱音はほんと自然にさらりと見せて、どきりと来るほど様になっているのだから、彼女の天然さに恐れ入る。

 

「う……うん」

 

 自分でも分かるくらい、こっくりと頷くの顔のほっぺの熱が急に上がり、恥ずかしさで猫背に丸まり、慎ましさを意識しながら食べた。

 とは言うものの、結局美味の誘惑を前に、雑穀ご飯と肉じゃがは、もう一杯おかわりをしてしまったんだけど………あの二つを組み合わせて生まれる中毒性の高さときたら、これ以上食べ過ぎないようにしないと、響のように何杯も食べても膨らむのは日に日に盛られる〝胸〟だけ、とはならないのだから。

 

 けど、久々に食べる朱音の手料理は、やっぱり美味しくて……泣きじゃくる私に聞かせてくれた〝歌声〟が思い出されるくらい、体と心の芯から、沁み渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 消灯されて、外から微かな明かりが入ってくる薄暗い、いつも見ているのと違う天井を、見上げている。

 朱音が寮から持ってきてくれた自分の寝間着を着ている私は、ワンルームマンションなのに結構広めなロフトに置かれた寝具で横になっていた。

 近くの小さな窓を見ると、晴れていた昼間と一転して、外は雨模様。

 ガラスには、次々と張り付いて滴り落ちる、空から落ちてきたたくさんの雨粒………何だか涙にも見える。

 外を眺める余裕がある私はこの通り、リディアン高等科に編入して、二人きりの寮生活が始まって以来、初めて響のいない夜を送る中、中々寝付けずにいた。

 

 そう………初めての、響のいない夜。

 

〝これ以上………私………響の友達じゃいられない………ごめん〟

 

 泣きながらあんな言葉を、響に突き刺しておいて、絶対にもう二度と離さないと決めておきながら突き放しておいて、なのに謝る狡い手も使っておいて。

 気がつくと、響のことばかり考えている。

 ちょっとしたことでも、響に絡めて考えてしまう。

 二人で暮らせるようになって以来、夜眠る時は………毎日間近にあった、一日の終わりには必ず〝生きている〟と感じていたかった響の温もりに、私は薄情にも焦がれてしまっている。

 

 朱音に当てない様、彼女の目覚まし時計を発光させると、まだ午後一〇時の後半。

 とりあえず目を瞑っていても、瞼を閉じ続けることすら億劫になって開いてしまう。

 仰向けになっているのもきつくなってきて、寝返りを打ってみると。

 

「あっ………」

 

 そこには、普段は制服が上手いこと着やせして隠している大きい膨らみの谷間が覗く、黒のタンクトップパジャマと、引き締まってるけど柔らかそうな太腿に張り付くスパッツな格好な、薄明りの暗闇でも溶け込まず、逆にくっきり浮かぶ長い黒髪、筋肉質なのに透明感のある白い柔肌に均整が取れて魅惑的で、自分と同じつい数か月まで中学生だったのが信じられないプロポーション(高校初の体育の前の着替えの時は、色気より食い気な性格なのに体つきがどんどん女性らしく発育が進む響を毎日目にしてたのもあって、すんごく負けた感があった、アニメマニアの板場さんによればその時の私はライバルに打ちのめされたホ○オ○ユルっぽかったらしい、全く知識がないからさっぱりだけど)の持ち主である朱音の寝顔が、本当にそれこそ目と鼻の先な間近にあった。

 細やかな彼女の吐息を、肌が、耳が捉えて私の感覚を刺激してくる。

 当然瞳も、すやすやと眠る朱音を見据えてしまっている。

 だって朱音って、こんな子どもっぽい可愛い表情で………眠るんだなと、。

 

 当の本人にとってはコンプレックスだそうだけど、それでも同い歳なのに大人びた美貌とスタイルと、時々ふと見せる高校生離れした艶やかな佇まいを見せる時がある朱音に、同じ女子ながら、今のも入れて見惚れてしまうことがよくあった。

 あのシンフォギアを纏った時の姿さえ、眼力だけでノイズを倒してしまいそうな勇ましさだった上に、凛としてて、美しかった。

 なのに一方で………あどけないって言葉が似合うこの寝顔も含めて、年頃の女の子な〝顔〟も見せてくるのだから、ほんとある意味恐ろしい。

 

 その朱音の、寝息を立てる無防備な寝姿を前にして、私の胸はなぜか鼓動が強まっていた。

 女の子と一緒に寝るなんて、それこそ響と毎日してきた筈なのに………どうしてこんなにも恥ずかしさを覚えているのか。

 ともかく、朱音の寝顔を拝んでいたんじゃ余計に眠れないので、反対側に寝返りを打とうとしたら。

 

「未来」

 

 ハスキーで掠れているような、でも水のせせらぐ音が思い浮かぶ透明感もあるような、朱音の独特の艶と品がある朱音の声が、私の名を呼ぶ。

 

「起きてたの?」

「今、起きたところ」

 

 いつの間にか、気持ちよさそうに閉じていた瞼は開いてて、薄暗くても吸い込まれそうな翡翠色の瞳が、私に向けられていた。

 

「そういう未来は、眠れないのか?」

 

 眠れずにいるのは本当なので、頷く。

 

「朝よりは、落ち着いたんだけど……」

 

 朱音のご厚意の数々のお陰で、無理やり無表情で堅い澄まし顔でいないと、平静すら装えなかった、現に抑えきれず激情が破裂してしまった私の心は、なんとか静けさを取り戻せた。

 

 でもなまじ、鬱々とした気分から落ち着けたことで………申し訳ない気持ちが湧いてくるし、落ち着けても、簡単に拭えない気持ちも抱えている。

 

 理由はどうあれ、人助けで頑張っている響に、以前は級友だった仲な記憶を綺麗さっぱり忘れたいくらい響の尊厳を散々貶めた連中よりも酷いこと言って………傷つけてしまった。

 今までの〝繋がり〟を、壊したくなかったくせに………自分で壊してしまいそうになって、ごめんなんて言葉を、あんな狡くて汚い使い方をして。

 こんな私を〝陽だまり〟と言ってくれる響が、あのライブ以来から、どれだけ傷つけられてきたか………嫌ってほど、見てきた筈なのに。

 

 事情を知らない安藤さんたちにだって、八つ当たりも同然に、いきなり何も言わず逃げ出してしまった。

 

「ごめん……今日は……」

 

 何より、朱音にとんだ迷惑を掛けてしまった。

 

「私――」

 

 言葉を繋げようとした私の口が、朱音のすらりと細い人差し指で止められる。

 唇に触れた指の柔らかい温もりと感触で、心臓が肩と一緒にびくりと来て、顔がほんの一瞬で火照ってしまった。

 暗がりの中で、ほんと助かっている。

 

「その件、おあいこで言いっこなしって決めただろう?」

「そう、だったね……ごめん」

 

 朱音曰く、自分も私への気遣いを言い訳にして、響もシンフォギアの使い手の一人である事実を打ち明けず、ただただ引き伸ばしてきた責がある、と言い、それでも私のせいと譲らない頑固な自分との対案として〝おあいこ〟と切り出したのだ。

 それでも………朱音に対しても、〝罪悪感〟がある。

 いくら朱音から自分にも非があると言われても、悪化させたのは自分の方。

 

 一昨日まで、朱音は装者としての過酷な戦いで負った大怪我の治療の為に入院してて、退院したばかりなのに、あんなはしたなく泣き喚いて、理不尽で無茶苦茶な言葉をぶつけまくって。

 

 何より………私たちが少しでも〝日常〟を平穏無事に過ごせるように、人知れずノイズと戦っていた筈でもあるのに………響を傷つける形で、朱音が必死に守ろうとしていたものを壊しかける〝過ち〟を犯しかけてしまったのに。

 

「あのね………」

 

 どこまでも心から深く気遣ってくれている朱音に聞くのは、ちょっと言い難くはあるんだけど。

 

「朱音から見た響って………どんな子?」

「なんでそれを、私に聞く?」

「色々………響のこと………分からなくなって」

 

 私は今の響を、どう謝ればいいのか、どう見ていいのか、どう向き合えばいいのか、全然、分からずにいる。

 

〝響にだけは、隠し事……したくないな〟

 

 少し前、シンフォギアで戦う朱音を目にした直ぐ後に、私は、明らかに〝隠し事〟をしていた響に、こんなワガママを、口にしていた。

 

〝わ……私だって、未来に隠し事………しないよ〟

 

 対して、嘘も隠し事も下手くそな響は、そう応えてくれた。

 思い返してみても、偽りのない本心であることは、信じられる。

 

 だから、分からない………私がこの想いを伝えた時点で、響は装者で、私にすらそのことを隠さなきゃいけない〝秘密〟を抱えていたのに。

 

 その上、特異災害を間近で見て、装者の一人だった奏さんも含めたたくさんの人が命を奪われて、自分も危うく死にかけた響だって、分かっていた筈だ。

 ノイズに立ち向かうことが、どれだけ辛く、苦しいものか。

 

 だから、分からなくなる………隠し事をしたくない私にまで隠さなきゃならないのに。

 

〝いいんだよ未来………いいの……だって――〟

 

 争いごとに対して、あんなにも拒否感を持っていたのに………人助けの為だとしても……命を賭けてまで〝戦う〟ことを、選んでしまったのか。

 

 小さい頃からの長い付き合いなのに………親友としてずっと傍にいたくて、ずっと近くで支えていきたいと思い続けていたのに。

 でも……いくら頭に響への疑念が渦巻いて……あんな酷い仕打ちをしてしまった後なのに、今でも私は、思わずにはいられない、抱かずにはいられない。

 

 できることなら、私にとっては太陽な………響と、一緒にいたい……響の……傍にいてあげたい。

 

 人の為に頑張ろうとする親友を、助けて上げたい………支えて上げたい。

 

 響の言う〝ひだまり〟として、温めてあげたい。

 

 そしてできることなら………自分にも、欲しい

 たとえこの私の欲求が、朱音の言う通り〝不幸〟を呼ぶもので、その意味を重々理解できていても……求めずにはいられない。

 

 

 響が辛く、苦しく、哀しい思いをまたしなくても良いように、背負わなくても良いように―――あの朱音みたいに、大事な人を守れる力と、それを扱える〝自分〟になりたい……なりたくてたまらない。

 

 だけどその想いが強まっていくと、そうでない現実の自分と、シンフォギアを纏った響の姿が、私の心をぐらつかせる。

 

 現在(いま)の響の在り方は、自分が招いてしまったものだと………自分の〝罪〟なんだって、疼き出す。

 

 自分の起こした痛みに苦しみながら、どんどん遠くに行ってしまう響を追いかけたくなる。

 

 行ってほしくない………行かないで………いかないで―――イカナイデッ!

 

 整理のつかず、いつまた……今日のように暴れ出すか分からない〝気持ち〟で、藁にも縋る思いで、友達で、憧れの人にも等しい朱音に、尋ねていた。

 散々迷惑をかけておいて、これ以上朱音に頼るのは忍びなくも思うけど、こうでもしないと、押し潰されそうだった。

 

「朱音なら………私の知らない響を、知ってるんじゃないかって」

「幻想だよ、それは」

「………」

 

 なぜ? なんでそう応えたの?

 朱音が返してきた言葉の意味が、いまいち分からず、無言と目線『なぜ?』と、問い返していた。

 

「だって人間は、自分自身でさえ、他人との付き合いって〝鏡〟を見て、自分がどんな人間かの手がかりの一部をやっと手にできる困った生き物でもあるからさ、私も、誰も彼も例外じゃない、人ってのは、当人が思っている以上に……面の皮の数は多いし、厚いものなんだ」

 

 辛辣さも、シニカルさも、シビアさも、どこか物悲しささえ籠っている朱音の言葉に、私は大量の水を一気に打ち付けられた感覚に見舞われた。

 けれど、同時に、頷かされもした。

 良くも悪くも、そのどちらの意味でも私は……朱音の語った〝真実〟を、体験してしまっている。

 

 

「そう私から言われても………聞きたい? 私か見た立花響って〝女の子〟のこと」

「うん……」

 

 それでも、引くことはできそうにない。

 

「生憎私は、親しいからこそ時に厳しくあらねばならないと考えている性分の身でもある、未来からしたら、甘いばかりの話じゃない、それでも?」

「それでも」

 

 あえて厳しい眼差しで、我が子を諭そうとする、母親を思い浮かばせる表情(かおつき)で語り掛ける朱音に、私ははっきり、そう答えた。

 

つづく。




実は朱音の最後の言葉は、ある意味ラスボスへの痛烈なカウンターとなっていたり(コラ

フィーネ:〝呪い〟さえ解ければ人類の相互理解云々でさらなる高みに云々

朱音:呪いが解けた程度でお互いどころか自分自身を理解できるほど人の面の皮は浅くもないし少なくもねえ

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