GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~ 作:フォレス・ノースウッド
しかも、ある匂いの濃度が高すぎる気もする回(コラ
ちなみに今回朱音が歌ったのはガンダムUCの挿入歌『A LETTER』です。
歌詞は英語ですが検索すれば訳詞も読めます。
二年前、私が〝手を離してしまったあの日〟によって………響が、シンフォギアの使い手――装者となって、特機二課の司令さんの言葉を借りて〝人類守護の最後の砦〟の責を背負ってしまった事実を、私は未だ……受け入れられず………この先どう響と接していいのかも分からず。
またいつ整理のつかない気持ちが、暴れ出すかもしれず。
藁にも縋る想いで、散々迷惑も掛けて、お世話にもなってしまった………憧憬の気持ちも実は抱いている朱音に、〝朱音から見た響〟って質問、と言うかワガママを、私は投げかけていた。
どうしても自分一人では、どうすればいいのか糸口も見つからない。
それに………夜の中でも色合いがくっきり見える麗らかな翡翠色の朱音の瞳。
根拠はほとんどないのに、この不思議な吸引力のある瞳の持ち主な彼女なら………一抹でも光明をくれると、相手からしたら傍迷惑な期待も……してしまうのだ。
〝幻想だよ……それは〟
〝人ってのは……当人が思っている以上に、面の皮は多いし、厚いものなんだ〟
朱音から――響とは〝長い付き合い〟で、響とはあの姿を見るまで何から何まで〝通じ合っている〟、自分の〝知らない響〟なんていない、と思い込んでいた私にとっては、冷水を掛けられるみたいに痛烈なアイロニーを聞いて、〝それでも?〟と返されても、〝それでも――〟と伝え返した。
それでもこのまま……響の〝今〟を受け止められず、攻め立ててすれ違ったままなのは、私も……嫌だし。
むしろ却って、自分でも身勝手だと思う朱音への〝期待〟が、強くもなっていた。
あの〝人の心は見えづらい〟と意味している言葉の裏を返せば、朱音はそれだけ付き合いの長さに惑わされずに人を見ている。
朱音の翡翠色をした〝碧眼〟なら、もしかしたら………それこそ争い事は大嫌いで、特異災害で一度死にかけたに人助けの為に戦場(せんじょう)に飛び込んできた様が頭に容易に浮かんじゃう響や、装者としての事情を抜きにしても奏さんの死を引きずっていたと窺えた翼さん絡みで、辛い想いをしてきた筈なのに。
他人の、時に理不尽にもなりえると自分が身を以て証明した激情を受け止める器の大きさと、ありきたりな言い方かもしれないけど……心から、慈しむ献身的な優しさの持ち主であると、付き合いの長さはまだ短くても、言い切れる。
「それでも……」
私は〝甘くはない〟とも言った朱音の言葉の意味を承知の上で、我を通した。
朱音は、少しせつなさもある笑みを浮かべると、その場から少し気だるそうに起き上がって、体育座りの体勢になって、緩やかなカーブを描くモデル並みの綺麗な背中を見せる。
何のことない仕草と佇まいなんだけど、可愛らしい寝顔をさっきまで拝めていたのもあって、やけに色っぽく映ってしまう。
いくら憧れの気持ちもあるからって、今日だけでクラスメイト相手に、何をどぎまぎしているのだろうか?
仮にも女の子な自分でもこうなのだから、スケベな思春期男子は彼女のフェロモンに気を失ってしまいそうだ。
「あの子は………響は………」
我ながら俗っぽい想像で脱線しかけたところで、朱音の独特の艶と憂いのある声音で、現実に引き戻される。
「強い自己否定に縛られて、自分が思っている以上に………自分のことを許せなくて………大っ嫌いっで……」
口数は多くもないけど少なくもない、でも口を一たび開けばめったに言葉を途中で詰まらせたりせずお得意の〝歌う〟ように滑らかに語る朱音が、詰まらせて声音を途切れさせながら。
「〝未来の友達〟であること以外………自分には何の取柄もないと思ってる………それが私から見た………立花響って、女の子だ」
「…………」
〝自己……否定………取柄が……ない?〟
語った立花響の人物像(ひととなり)に、頭の中一面が、暗い夜とは全くの正反対に、真っ白になっていた私は、朱音の背中を見つめることしか……できなくなっていた。
〝わたしの力で……誰かを………助けられるんですよね?〟
私の脳裏(スクリーン)に映し出される。
〝私だって、朱音ちゃんと翼さんみたいに〝助けた〟いんです! だから行きます!〟
初めて………立花響って女の子の、太陽の如き笑顔を持つ裏の、彼女の心が抱える影、歪さを目の当たりにした瞬間。
「弦さん……風鳴司令から〝力を貸してほしい〟って言われた時、逡巡も葛藤もなし、〝誰かを助けられる〟って、だけで、あの子は、碌にシンフォギアも使いこなせていないのに、戦場に飛び出しちゃってさ………まるで野生がどんな世界か知らずに、飛び出してしまったひな鳥みたいだった………」
あの日から一か月以上経っているけど、目を瞑れば、まだほんの数分前の出来事なくらい、鮮明に明瞭に、記憶があの時の胸のざわめきごと再生されてしまう。
いやそれどころか………なまじ日常では見ることはなかったかもしれない響の人となりの影の面を、眼前にて視てきたことで、当時よりも今思い出した方が、より背筋に極寒の寒気を覚えてしまう。
季節は夏が近づいていて、日ごとにお天道様の陽光は強くなっていると言うのに………。
「未来にとっても、響にとっても……思い出したくないことを言うけど………例の大規模特異災害の後、生き残った人たちへの中傷(バッシング)があっただろう?」
自分の背を向けている恰好な背後で横たわる未来からは、何の反応も返ってこない。
ほんの微かな息遣いさえ、耳は捉えてくれない。
振り向いて、今未来がどんな顔をしているのか確かめるのも、少し怖くて、できそうにない。
けどその沈黙は、間違いなく響もかの〝魔女狩り〟に遭ったと言うことを、改めて私に示していた。
「そ、それで……」
膝を取り巻く両腕の力が強くなって、締め付けられた膝頭が二つある胸を押し付けて、喉には詰め物ができたような感覚が押し寄せ、言葉を連なるのを妨げようとし、繋げる言葉が上手く浮かんでこない。
アメリカ暮らしの恩恵で、普段は喋っている時でも、歌っている時でも、どちらかと言われれば口も舌も流暢な方な身であるんだけど、響の〝歪さ〟が絡んでくると、途端にこうなってしまう。
戦場にいる時でさえ、胸から沸く詩を奏でる意志を途切らしたことなんてなかったのに。
かと言って、これから話すことをあっさりと淡々に語るのは、それはそれで酷なことでもあり、詰まってしまうも、無理ない。
私は未来に………心がきつく締め付けられるほどな愛する親友の〝影〟を、はっきり口にしようとしているのだから。
あの惨劇の日以来の二年間、未来は死の淵から生還しながらも、生き地獄の渦に突き落とされた響を、二度と手を離すまいと、ずっと傍に居続けようと、ほんの少しでも力になりたいと、親友を支え続けてきた。
そうでなければ響はきっと、悪意に呑まれた哀れなティーンのファッカーども、手を差し伸べず何もしてくれなかった大人たち、家族を見捨てて逃げた父親、自らを谷底の闇に突き落とし、それを許した社会、世界、しまいには命と引き換えにしてでも助けようと、命の炎の全てを歌にして歌い果てた恩人の奏さんにまで、恨み、呪い、絶望の繰り返しの果てに………自分のスマートフォンに遺書を書き記して、誰にもSOSを発することなく、ある日突如として身を投げていた……かも、しれない。
響が新天地での新たな生活の始まりの日に、新たな友達を自分から作りにいけるだけの積極性、社交性、明るさを取り戻せていたのは、やはり未来の尽力も大きいのは間違いない。
だが………〝甘くない〟を表した私からの忠告を受けた上で、それでもと未来が応えたのだ。
それに………そうやってずるずると〝言い辛さ〟を〝気遣い〟って言い分にしてきた結果、あんな形で未来に響の〝因果〟を直面(つきつけ)させてしまったのだ。
こんな中途で、投げ出すわけにはいかない。
「その経験で、今の響には……響自身すら自覚できていない………〝自己否定〟が住み着いているんだ」
慎重に言葉と表現を選びながら、私は続ける。
〝諦めるなッ!〟
あの災厄で生死を彷徨いながらも、それでも響が生き延びられたのは、身も心も、そして命をも最後まで燃えあがらせて歌い切った奏さんの〝人助け〟もあっただろうけど、それだけじゃない。
家族と、友達と、もう一度一緒に、美味しいご飯を食べ合って、笑い合って日常を過ごしたい〝欲求〟もあっただろうし。
〝生きたいッ!〟
どんな生命も、最後の最後まで生きたいと言う想いがあり、人間だって同じ。
だからガメラであった私も、断ち切ろうとした人との繋がりを、あんな惨劇まで起こしたと言うのに、最後まで絶ち切れなかった。
あの子の中にもあった筈な、命あるものの本能、理屈を超えた〝望み〟。
響の〝一生懸命〟は、家族の為、友も為、奏さんの為でもあったけど、自分が行きたいと言う欲求、想い、即ち〝自分の為〟でもあった筈なのだ。
なのに、その先に待っていた〝同じ人間〟からの、あの子の家族をも巻き込んで響に向けられた謂れなき糾弾、中傷。
〝生存者狩り〟の過熱が和らぎもしない中、我が子である響含めた家族に背を向けて、一人逃げ去って蒸発してしまった父親。
これらの経験(しうち)で、響の、一人の人間として尊厳は、幼いゆえに発展途上にあったアイデンティティーは、ずたずたに切り刻まれてしまった。
元より………不条理を相手に戦い、立ち向かう術など持ってはおらず、争いごと、人と人との衝突、繋がりの間に起きる不和には人一倍以上に好まない一面もある響は、人並み越えたの優しさが仇となり、こうなってしまったのは、自分も周りも不幸に陥ってしまったのは、〝自分の一生懸命〟のせいだと、一番悪いのは〝自分の為に頑張った自分〟なのだと、自らを断じてしまい、傷だらけの心の深層に、嫌悪も劣等感も通り越して、自ら〝自己否定〟の四文字を刻み込んでしまった。
日頃〝趣味〟として励む人助けも、響の生来の優しさでもあるが、同時に自己否定から派生した。
〝自分は他者の為に頑張らなければならない、誰かの為にしか頑張ってはならない〟、
それと――
〝本当は必要とされる自分になりたい、自分を承認してもらいたい〟
自己嫌悪では生ぬるいくらいの強迫観念の産物であり、自分の命を危険に晒す状況を前にしても、それで誰かを助けられるのなら―――誰かに貢献できる、助けとなる自分になれる機会があるのなら、逡巡も葛藤もなく我をも忘れて、その先に待つのは地獄であろうとも構わず飛び込めてしまう、時に無謀で投げやりな人助け――歪さの源でもある。
そして、自覚も許さぬ自己否定の念の強さゆえに、命を賭けるのも厭わぬ人助けすら、趣味で生きがいではあっても、誇れる取柄ではない。
だから、あの子にとって………かつて奏さんの愛機であったシンフォギア――ガングニールは、人助けが自分の〝取柄〟となり得るチャンスで。
〝分かりました!〟
〝一緒に頑張ろう!〟
心の深層(おくそこ)では、日々無自覚な自己否定で自ら傷つける己の存在を、認めてもらいたい、必要とされたいと言う欲求(エゴ)も、自覚のないまま抱えている響にとっては………まさに〝福音の啓示〟も同然だったんだと、あの時の寒気を覚えた響の笑顔と喜びを、今思い返して、そう見出していた。
前に翼にも話したけど、私はたとえ行いが〝他者の為〟であっても、それが自分の心から発せられている以上、それはEGOだと思っているし、人間(わたしたち)そのものが二面性の激しいEGOISTであると考えている。
この人間の側面が在ることを。受け入れた上で、私――ガメラは今でも、人を愛している。
けど世の中、自分のように考えられる人間は、そういない。
響も、その一人だ。
なまじ人の〝濁〟の面を直視させられ続けられたことで、響は充分善良な人となりの主なのに、あの子の中の人の〝善性〟のハードルが、極端に高くもなっていると言え、それが人助けに駆り立てる原動力の一つともなっている節がある。
響自身が知覚し切れていない、なのにあの子の今の人格に深く結びついてしまっている、余りにも強すぎて、あの子を支配していると表現しても過言ではない、巧妙に隠れているくせに、実は傍から見ていれば剥き出しも同然な――〝衝動(リビドー)〟と言う猛獣。
かような猛獣が、いつも何かしらの形で突き立て、突き立てられた本人は気づかぬまま、気づくだけの暇も得られぬまま、まともに止まる術も知らぬまま激走し続ける。
それが、決して甘くない見方も含んだ、今の私から見た立花響って女の子の人となりの………〝一部〟。
あの歪さたちが響の全てだなんて……思いたくはないし、決めつけたくない。
だって――初めて会ったあの日。
私の歌声に、心から感動したと、春一番な勢いで息巻き、私と違ってまだまだあどけない可愛らしさの残る面立ちから。
〝よろしくね、朱音ちゃん〟
本当に太陽に負けない晴れやかさと、眩しさを持って、見ているだけで身体の奥からぽかぽかと温かいものが込み上げてくる笑顔を、私は拝めることができていた。
たとえ内に影(ゆがみ)が巣食っていたとしても、その輝きは、紛れもなく本物で、あの子の心の底から沸き上がったものだと。。
あの日以来の、級友としての数か月分の付き合いでも、日常で見せる響の色んな表情(かお)は、決して内なる影を隠す為の偽りのものでも仮面などでもなく、響って女の子そのものな――一面(かお)なんだと、はっきり言い切れる。
でも、その光の分だけ、響と……そして未来に存在する影も、際立ってしまうのだ。
「多分、そんな響にとって………胸を張れるたった一つの〝取柄〟が………未来、君なんだ」
家族を押し寄せる不幸を前にバラバラになり、自分に向けられた中傷を放ってきた連中にさえ、彼ら彼女らにそんな醜悪な行為に至らせたのは自分の一生懸命が原因だと、自分のせいなんだと自傷させてしまう響と、たとえどんな不条理の荒波が押し寄せようとも、響の親友で居続け、これからもずっと親友であり続けようとしてきた未来。
彼女の献身は、日々傷だらけの自分にさらなる傷を刻ませ、一人冷たい沼に沈みかけていた筈の響にとって、文字通りの〝陽だまり〟であり……温もりをくれる〝希望〟でもあった。
自分自身を信じられずに拒絶し、居ても居なくても変わらない、いらない人間だと無意識に詰り続けている響にとって、未来は幼馴染の親友を、唯一の自分の誇れる、立花響って人間を肯定してあげられる数少ない〝存在〟となっていたのだ。
たとえ、その関係性にも、看過できない〝歪〟があったとしても。
打ち明けると、装者となる日以前から私は………二人の歪さの片鱗を、実は目にしていた。
学生寮としては破格のスペースで、二人で共用しても余裕が残る部屋におじゃました時、わざわざ二段ベッドの一段目が物置となっているのを見た。
毎日一緒に入浴をしていると、雑談を通じて聞いた。
女子高の寮生活であることは差し引いても、二人のスキンシップは近すぎると言う印象を受け………どこか常にお互いの温もりを、相手の〝生きている〟熱を感じずにはいられない様を覚えた。
基本同年代の女の子にはファーストネームに〝ちゃん〟を付けるのに、未来にだけは呼び捨てで名を呼んでいた。
その頃の私は、二人の間柄に対し、仲睦まじくて微笑ましいと思った以外は、特に気にはしていなかった………と言うよりも、気に止めない振りをしていたって方が、正確かもしれない。
単に親友の一言では片付けられない、二人の間にある〝影〟を直感で嗅ぎ取りながらも、私自身、他人には容易に見せられない、打ち明けられない影を抱える身だったから、友人だからと言って、相手のデリケートな領域に下手に踏み込むわけにはいかないと、気づいていないことにして、見過ごしてきたのだ。
ただ、良いか悪いかなんて見方を払っても、二人の今の関係性が………ある種の……傷の舐め合いの相互依存でもあるのは、否めない。
二人みたいな余りに近すぎる、近づき過ぎる関係は、ちょっとしたズレや綻びで一気に、瓦解してしまう危うさがあると、私も尊敬しているあるシンガーソングライターの格言から聞いたことがある。
親しき仲にも〝礼儀〟が必要、と言うことだし、私もそれには同意する。
だけど、その歪さが、響と未来の心を繋ぎ止めて、日常を過ごす日々にまた至らす道筋となったのも、また事実でもあるから、二人の在り方を否定することもできない。
それに、普通に女子高生として日常を過ごす分には、まだ高校生活の初めの初めな時期の時点では、何も問題はなかった。
今は………皮肉なことに、ガングニールが目覚めた瞬間から生まれたその〝綻び〟で、互いを寄せ合い過ぎた二人の間に繋がる糸は――。
「まあ、あんまり鵜呑みにはしないでくれ、あくまで私からはそう見えただけっ――」
言い方に、慎重さを何段も重ねに重ねて言葉にしていた私の耳へ、乱れた息が発する音色が進入してきた。
「未来っ……」
振り向くと………そこには、短いサイクルで収縮と膨張を反復する胸を握りしめるように手を当て、口が開かれたまま息が大荒れとなって苦しみだしている未来がいた。
余りにも、私にとって、ショッキングだった………響の………〝真実〟。
頭の中が本当に、辺り一面隅から隅まで真っ白になって、なのに目の前が真っ黒一色になって、息も急に苦しくなってきて、そのまま意識が飛んで行ってしまいそうになりかけた………ところへ。
「未来!」
次の瞬間、私の名前を呼ぶ声が聞こえて、柔らかで良い匂いが鼻孔を刺激して、バラバラになりそうだった意識が集まって、何とか我に返っていた。
頭はまだ混乱してて、まだその状態から抜け出せない。
目の前には、横たわる私を覆い被さる形で、端整で艶やかな顔立ちが暗闇でもくっきりと見せる間近から、朱音の翡翠色の瞳が、私の目を見つめている。
「今は何も考えなくていい、私の目をだけを見て、これから言うことをしっかり聞いて」
戸惑っているせいで、小刻みで不規則な形だけど、どうにか翡翠からの目線を合わせたまま、朱音に頷き返せた。
長くて引き締まった朱音のしなやかな腕が、私の背に周り、彼女の手の助力を受けて、そっとその場で起き上がる。
「まずは肩の力を抜いて、そう、次はゆっくりと鼻を吸って―――」
そのまま背中をさすられながら、朱音の指示の通りのことを体にさせる。
朱音の手の温かみを感じながら、何度か深呼吸を繰り返していく内に、また荒れそうになっていた体は、平静をなんとか取り戻して、乱れてた息も大分、穏やかでゆるやかな状態になっていた………ところへ。
〝響自身にすら―――自覚できていない、自己否定〟
頭に、さっきの朱音の言葉の一部はフラッシュバックする。
パニックな状態から抜け出せて、頭の中が整理されてまともに動けるようになったことで、最初聞いた時は呑み込み切れなかった〝朱音から見た響の姿〟って情報が、段々と読み取れてきた。
朱音はあくまで〝自分からはそう見えただけ〟とフォローしていたけど………寒い………部屋の中は全然寒くないのに、むしろ間近に朱音がいて、温かい筈なのに………理解が進めば進むほど、今まで感じたことのない悪寒で、体中が震えてくる。
知らなかった………ずっと………二度と離れない、離さないって決めて、響の傍に……寄り添ってきたのに。
確かに………あんな酷い仕打ちを受けて、家族にまで飛び火して、響とお母さんとおばあちゃんを残して………お父さんがいなくなってしまったのだ。
あの騒ぎが収まって笑顔をまた見せてくれるようになってからも、私は私が知る響が戻ってきてくれたこと喜ぶ一方で、響の心にはまだ、消えない影が指し込んでいて、それは簡単には晴れないものではあると、思っていた。
でも……〝自己否定〟なんて言葉が出てくるくらい、響が、自分でも知らない内に自分を許せなくて断罪しているなんて……思ってもみなかった。
笑顔をまた見せてくれるようになった頃と同じ時期から、響は毎日〝人助け〟に邁進して、それを自分の〝趣味〟だと言うようになった。
私は本人相手には〝お節介の度が過ぎる〟と時々苦言は呈していたけど、心の中では響のその人助けを尊んで、応援してた。
どんな形であれ、響が心から必死に何かに取り組み、打ち込んでいる姿からにも………嬉しさを覚えていたから。
でも……響を人助けに駆り立てるものに………そんな暗くて重たい理由も混じっているなんて、考えもしなかった。
変わらずに……〝生きてくれている〟と思っていた、私を〝陽だまり〟と言ってくれる響の、太陽そのものな笑顔の裏にあるものを………なんて私……片時も響を思わない時間はなかったのに………今まで、気づきもしなかったんだろう?
「どうしたら……いいの?」
目の前の朱音に投げたものじゃない。
誰に問いかけたわけでもなく、思わず口からそう零れ落ちていた。
自分の心が、相反(くいちがう)気持ちで、また乱れて、暴れそうになっていく。
できることなら、響の人助けを応援してあげたい、誰かがその頑張りを偽善だと詰ったとしても、自分は響の一生懸命を、肯定してあげたい。
それとは反対に、身にも心にも鞭を打ち込んでボロボロになって、まるで罰を受けるみたいに、そんな後ろめたい理由で、人助けをしてほしくない、ノイズが溢れる戦場に、突き進んでほしくない。
これじゃ……救済に奴隷として、こき使われてるようなものじゃないか。
叶うのなら………響がずっと、自分の知る響のままでいてほしい。
だけど………自分のことを全然信じてあげられず、私と〝親友〟でいることがたった一つの取柄だなんて、自分の存在を肯定できる唯一だなんて、思ってほしくはない。
そんな………余りに悲し過ぎる。
もっと響には―――響が自信持って誇れるものを、たくさん見つけてほしい。
あんな重たい真実を知っても………私はやっぱり、響の傍にいたい。
これからも、ずっとずっとずっと―――響の体温(ぬくもり)を感じられる近さで、響の力になってあげたい、支えてあげたい。
その想いと、裏腹に………今となっては、ただ傍から離れないだけが、響のためになっているのかと………疑念も生まれてしまっていた。
「分からない………」
俯いて悩める私は、ぽつりと耳に落ちてきた朱音の声を拾って、顔を上げてみると………伏し目がちになった翡翠色の瞳から、物憂いでる佇まいを漂わせて、乾いた笑みを浮かべる朱音がいた。
〝今はいない〟
少し前に、両親のことを打ち明けた時のと、同じ表情をしていた。
「私も、どうしたらいいのか……さっぱり分からない………何をしても………結局〝響〟の傷を疼かせてしまいそうで………毎日、悩みっぱなし」
私にとっては憧れでもある朱音が、弱音を零している。
ちょっとそれにびっくりはしたけど、朱音だって………人の子に変わりない、弱音だって吐きたくなる。
ましてや………付き合いの長い自分でさえ気持ちが乱されるほどの、響の自分を顧みない〝陰〟を、この何か月、何度も目にしてきたのだ。
「ごめん………色々……響が、苦労かけさせちゃって」
つい、いつもの癖で、響の保護者面をしてしまい。
「未来、それは君が謝ることじゃない、謝ってもらいたくて口にしたわけじゃない」
朱音から苦言を返されてしまった。
とは言え、実際今の響が〝困ったさん〟なのは、逃れられない事実でもある。
昔から響は、周囲の意見に流されやすいところがあるくせに、一度こうと決めたことはがんとして譲らない頑固なところもあった。
シンフォギアでの命がけの人助けも、やめろと言われても絶対やめないだろうし、実際私から拒絶された今でも、もし――助けを求める声が聞こえたら、瞬く間に助けようと突っ走るのは間違いないし。
下手なことを言えば、朱音の言う通り、却って響が自分を攻めて傷つけさせかねないことになるだろうし。
実際、私に糾弾された時の響を今思い返してみれば………胸の奥で隠れているコンプレックスが、酷く疼いてた。
「まあ確かに、ほんの一瞬でも目を離せられないくらい、危なっかしさのある子ではあるよ、響って」
ああ………やっぱり響に代わって、頭を下げたくなってしまう。
今の一言だけでも、どれだけ朱音が苦労してきたか、想像できてしまったからだ。
頭の中で、胸の内では悩みながらも厳しい態度で、先輩として響を指導する朱音の姿を浮かべていると。
「私も、未来みたいに………ずっと変わらず続いてほしいと、願わずにいられなかった時があった………でも」
朱音の言う〝願わずにはいられなかった時〟が何を差しているのか、心当たりはあるので、敢えて今は訊かないことにしつつも、続くその〝でも〟って言葉から。
「そうは、いかないんだ……何があってもずっと響の傍にいてあげたいと思ってる未来には、申し訳ないんだけど」
これから何か大事なことを、私に伝えようとしていると、漠然とながらも……分かって、耳を傾ける。
「私の祖父(グランパ)が昔言ってた……〝ひな鳥はいつまでもひな鳥じゃない、いつか自分だけの生き方って翼を見つけて、己の力だけで、羽ばたく時が来る〟んだって……私が大好きでたまらない子どもたちもね、ずっと〝子ども〟でいられるわけじゃない………音楽教室のあの子たちだって………歳を重ねて大きくなって、いつか大人になる………それは私たちも同じ、今私たちは、その自分だけの〝翼〟を見つけて、飛び立つ為に鍛え上げる時期にいる」
言われてみれば………その通りだ。
もう後、何年かすれば、大人の仲間入りが待っている高校生である私たちの今は、その時が来るまでの準備期間でもある。
「勿論、響も例外じゃない、いつかあの子も、自分の〝翼〟を見つけて、それを自分で羽ばたかせて飛ばなきゃならない時がくる」
響への思い入れの強さで、朱音の言葉に籠る意味が、ずしりと胸に響いてきた。
リディアンに編入して以来、ずっと続いてほしい……それこそ永遠に変わらずにと願わずにはいられなかった日々は、いずれ終わりが待っているんだって。
私はともかく、その事実を前に、響のことで、不安が忍び寄ってくる。
自分を強く信じられる人間なんて、世の中そういないだろうけど………それ以上に響はあの二年で、自分を信じてあげられずにいる、人助けを通じて〝誰か〟に手を差し伸べようとして頑張っているのに、自分自分には差し伸べられずにいる子であることは、今日一日で重々思い知らされたからだ。
もし、そう遠くない未来にある〝巣立(そのとき)〟が来たら………響は、飛び立てるのだろうか?
「不安を覚えるのは無理ないさ………でもこればかりは………エールを送ったり、背中を押してあげることができても、それ以上のことはしてあげられない、これは〝自分との戦い〟で、自分に立ち向かって打ち勝てるのはつまるところ―――自分しかいないから」
「………厳しいね」
「言っただろう? 〝甘くはない〟って、私にとって〝甘さ〟と、そして〝優しさ〟は、似て非なるものだ」
ちょっと前の自分だったら、絶対に聞き入れられない、受け入れられず拒絶してしまっていたのが分かる、朱音の厳しくも、温かさもはっきり感じ取れる言葉が、沁み込むように、私の胸に響いてくると。
「だから――」
不意に、朱音の両手が、そっと顔を挟み込んできたと思うと、彼女は目を閉じて、おでこを私のおでこに触れてきた。
「あっ……」
響と一緒に眠る時と、おんなじ近さだと言うのに、ここまで近くで見る朱音の顔と、頬に伝う朱音の手の熱に、心臓の鼓動の勢いが急に速まって、風邪でもひいたんじゃってくらい、顔中が火照っていく。
なのに私の目は、開いたまま、言葉のまんま目の前の朱音の顔を焼き付けるように眺めていた。
「響が自分の翼で飛べるようになるまで、私たちが―――支えてあげよう」
閉じていた瞼が開いて、夜の中でも煌めいている翡翠色の瞳が、露わになって、私は息を呑んでいた。
「そしてその時が来たら…………祝って、あげよう」
額を密着させ合うほどの近さから、少し離すと、そう言って、微笑みかけてきた。
四月に会ってから、朱音の色んな笑顔を見る機会は、結構あったけど、今まで見たことがない……微笑みだった。
なんというか………上手く言えないけど………〝慈愛〟と言う言葉そのものを、人の顔で表したみたいな、そんな面差しを見せてくれた朱音に。
「うん」
と、私は頷き返す。
いつの間にか、相反(いきちがう)気持ちが飛び交っていた私の心は、静かで、安らかなものになっていた。
ここからは、ちょっとした余談。
「そ……それでね、朱音」
照れ顔な未来は、下に向けた目線を右に左に動かす。
「ん? どうかしたか?」
「いや………ちょっと………近すぎるよ………何だか、キスされそうで」
「じゃあしょうか」
さらりと発せられた、艶を帯びた囁き声。
「へぇ?」
少々滑稽味のある反応を未来が見せた刹那、一度離れた朱音の顔が、また未来の顔へと近寄ってくる。
口紅を塗っていないのに潤っている唇の形を変えて、瞼をゆっくりと閉めながら………迫る高校生離れした容姿の級友に。
「ダ――ダメダメダメダメダメッ! ストップストップ!」
暗闇の中の静謐さを打ち破るほどに、未来は大慌てでストップを申立てた。
さすがに朱音は途中で取りやめた。
「私――まだやったことなんてないんだよ!」
「あら? てっきりファーストは経験してると思ってた」
しかし、未来を慌ただせるには充分な、ジョークを投げてきた。
「ないって………今までそんな機会なかったよ………もう」
「おや残念」
少々名残惜しそうに、艶やかに応える級友の一連の行為と言動に。
〝もしかして朱音って………その………りょうと――なんじゃ〟
ある疑惑が浮かぶも。
〝考え過ぎ……かな〟
時にミステリアスになる朱音へのそれ以上の追求は、控えることにした。
「今ので眠気が飛んじゃったよ……」
「ごめん♪」
とは言え、今の刺激的行為のせいで、真夜中だと言うのにすっかり睡眠欲が洗いざらい体の外へ飛んで行ってしまっていた未来は。
「ごめんだけじゃ足りない………だから―――お昼に聞かせてくれた歌、もう一度、聞かせて」
今日の昼間、泣き崩れていた自分を癒してくれた、朱音が奏でた歌のリクエストを申し込んだ。
「OK」
朱音は快くリクエストを了承すると、未来の頭をそっと、自分の膝に乗せた。
「あ、朱音?」
「特別サービス」
膝枕など、小さい頃母親にしてもらってからご無沙汰だった未来は当然ながら最初は戸惑っていたものの、鍛えられていながら柔らかく、肌触りのいい、微熱に包まれた太腿の感触に、未来は身を委ねる。
〝~~~♪〟
口笛での前奏を経て、朱音は、日本語で『手紙』と題された歌を唄い始め、未来は聞き魅入られながら、夢の世界へと意識を泳がせていった。
つづく。