GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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ま~た前話との間をあかせてしまったな。

本作を描いたのは『ビッキーを救いたい』と言うのも理由だったのですが、いざ描こうとすると匙加減がむずいったらむずい(汗

あんまり階段を登らせ過ぎちゃうと、じゃあ原作の無印からGXまでかけての積み重ねは何だったんだになりかねないもので。

防人つつもこの剣――可愛いな翼さんはさらりと筆進めんでたと言うのに(オイ


#33 - 剣の厚情

#33 - 剣の厚情

 

 朱音が未来に、〝自分から見た立花響像〟を打ち明け、二人がちょっとした友に対する〝誓い〟を交わしたほんの少し遡った頃。

 

 

 

 

 クレジット機能も有している自前のスマートフォンを、二課本部内に置かれている紙コップ式自動販売機に翳し、ディスプレイに並ぶ商品の中から、自分の分の緑茶と、立花の分のホットココアを押す。

 順番に取り出し口に移されたコップを手に取り、近くのレクレーションルームに入る。

 ソファーとテーブルが置かれた中は薄暗く、壁面に敷かれたスクリーンには、映画が放映中だった。

 好みが偏っているきらいはあるが、映画好きな司令――弦十郎(おじさま)の影響もあり、本部にはこうしたホームシアターの設備が置かれている。さすがにこの手に掛かる費用は叔父様のポケットマネーから捻出されて作られたが、流れている映画は、叔父様が所有しているコレクションから引っ張り出してきたソフトのではない。

 自分が言うのも何ではある話だが、映画マニアでもある叔父様が嗜みとする映画は、無敵の戦闘能力を持った主人公が悪党を次々となぎ倒し、成敗し、無双する様を描く類を筆頭としたアクション映画にジャンルが偏り過ぎているので、装者とはいえ女子二人で鑑賞するには向かなかった。

 それで白羽の矢が立ったのが、奏が生きていた頃、ツヴァイウイングの活動と防人としての務めの合間の休息に、一般人に変装して、今のシネコンにはない昔の形態で鑑賞できる数少ない映画館でのリバイバル上映にて見に行ったことがおり、勢いでソフトも買ってしまった、八〇年代に公開された男女の意識の入れ替わってしまう模様を描いた青春映画だ。

 一時期、この映画の影響で、『もし、奏と意識が入れ替わってしまった』シチュエーションの妄想に囚われてしまったことがある。

 それはもう………とても他人に明かせぬ域な〝意識(なかみ)は自分な奏〟の妄想の数々。

 奏も生前ついぞ知ることはなかった、奏から教わった言葉に喩えるならそう………〝黒歴史〟なこの秘密、こればかりは朱音にまで知られるわけには………むしろ朱音だからこそ知られるわけにはいかない。

 もしそうなれば、大笑いされた挙句、あの翡翠色の瞳を向けて性別問わず見る者を惑わせてしまいそうな、少女な年頃を超越する〝魔性〟な微笑みを見せられかねず………また向けられた私は恥ずかしさの余り、頭と顔に熱が充満しその場で卒倒してしまう自信がある。

 この場に立花がおり、先輩としての責任感が胸の内になかったら、下手をすると想像しただけでそのような事態を招いてしまいそうだ。

 

「立花、あったかいものでもよければ」

「あ、あったかいもの、どうもです」

 

 ソファーの一角でスクリーンを見ていた立花に、ホットココアを渡し、彼女の隣に座る。

 片手で持つ茶を飲み、苦味を堪能しながら、湯気を上げるココアに、息で何度かさざ波を起こした後ゆっくりと口に入れて甘味を味わう立花を見る。

 中身は男子なヒロインが朝の着替えに四苦八苦する場面に入ったところで、立花の口元が笑みを象ったと思ったら。

 

「なんていうかその……意外でした」

「何がだ?」

 

 立花当人から、何やら曰くありげな言葉を受けた。

 

「翼さんって、何でもこなせる人ってイメージがありましたから、お部屋のことを聞いた時は、少しびっくりして」

 

 先に述べた〝黒歴史〟ほどではないが、お世辞にも褒められたものではない、歌女な偶像としての〝風鳴翼〟としては想像しがたい、自分の一面が話題に上がり、恥ずかしさで頬の熱が緑茶のよりも上がるような感覚に見舞われ、思わず隣の立花に見られぬようそっぽを向いて茶を一口。

 

「その……ああ言ったところに、気が回らないものでな……」

 

 実を言えば私……部屋を整理整頓する能力が、皆無(からっきし)なのだ。

 自分に部屋を一つ割り当てられたとして、二・三日ほど経った頃には、部屋中に物が無造作かつ無秩序に散乱し、足場となる床の範囲が極端に狭くなってしまう。

 

〝これは少々……散らかし過ぎではないか?〟

 

 幼き頃からこんな調子で………〝お父様〟からのプレゼントでもあった〝自室〟も、何日からするとあっと言う間に散らかり、当初は〝好きに使ってよい〟と言ってくれた父も、かの惨状を前に苦言を呈してしまうほどだった。

 今現在は、父との多いとは言えない眩い思い出も生まれていた幼き頃以上に悪化しており、酷い時には………この間など、リモコン一本探すのに苦労して、自室の至るところをを虱潰しに回るもそれでも見つからず、逆により散らかって足場もなくした部屋の真ん中で力なく項垂れると言う新たな〝生き恥〟を自ら生み出してしまった。

 こんな体たらくゆえに、私の部屋は定期的に緒川さんが隅から隅まで掃除し、作り立て匹敵するまでに綺麗すると言う了解ができているくらいである。

 そう……緒川さんとは言え、あの人にはしたなく嫌らしい下心などほんの僅かな欠けら分すら持ってはいないとは言え、異性である男性たる彼に、女性な我が身の自室の整理を委ねているのだ。

 

〝翼………いくら緒川さんでも………それは女の子としてはダメだと思う〟

 

 さすがに朱音も、この私の体たらくさを知った時は若干引き気味で、いつもなら米国暮らしで鍛えられたユーモアを交えるところを、ストレートに苦言を呈していた。

 

〝弦十郎(ダンナ)は一体、どーいう教育してたんだ?〟

 

 さしもの奏も、昔自室の惨状を直に拝んだ際は顔中呆れかえっていたものだ。

 奏を失って以来、誤った鍛錬で〝抜き身の硬いだけで脆い刀〟となっていた自分から大分脱却し、精神面で余裕が出てきた上に、同じ装者の身なのに朱音の磨かれた〝女子力〟の数々と公私の両立力をも目にしては、己がだらしない一面に気恥ずかしさを自覚できるようにもなっている。

 と言うよりも、自覚せざるを得ない。

 朱音から例の直球な苦言を貰った時、少しムキになった私は、半ば負け惜しみに『ならば朱音の部屋を今すぐ見せろ』と突きつけた。

 まだ朱音は私が負わした深手で入院中だったから、無理だろうと高を括っていたが………程なくチャットの返信で、朱音に割り当てられた病室の写真と、彼女の住まいの部屋の写真二枚が送られてきた。

 どちらも見事に整理整頓されており、特に掃除も行き届き、秩序が維持プライベートな私室を見せられた私は、清々しく一本取られ、圧倒的な女子力の差を前にして撃沈させられた。

 朱音は常日頃から部屋の手入れが行き届けるよう、掃除し終えた直後の自室の写真のデータを敢えて自らの携帯端末に保存していたのである。

 さすがだ………私の浅知恵への返り討ちなど造作もない。

 

〝翼の部屋だけはやめておいてくれ、傷心の響にあのダストルームは精神衛生上、宜しくない〟

 

 朱音の鍛えられた女子力を前にしては、その忠告を聞き入れるしかなかった。

 

〝剣(つるぎ)だから〟

 

 ああ……なぜあの頃の自分は、己のだらしなさをあのような言い訳で説明つくと思ったのか……羞恥の熱の度合いが強くなっていく顔を、両手で覆い被さりたくなる。

 い、いかん……私なりに傷心な立花をどうにかしようと計らっている最中と言うのに。

 立花が図らずも奏の置き土産たるガングニールの欠片によって〝シンフォギア装者〟となり、人類を脅かす特異災害から人類を守る〝防人〟の責を背負ってしまった事実によって、幼き頃からの親友で、私たちのラストライブに立花を誘った張本人でもあった小日向未来との間に溝ができてしまった。

 

 その事態に直面した防人としては〝先輩〟の身な私と朱音は、協議の末、一旦は彼女らの距離を取らせ、じっくり落ち着いて考える時間を与えることにした。

 二人は今同じ寮の部屋で同居している住環境、溝ができている状態で同じ屋根の下にでもいたら、心情のすれ違いが余計に深まり、決定的な確執に至ってしまう恐れがあったのだ。

 それでまず一晩は、立花を私が、小日向を朱音がそれぞれ面倒を見ると言う手筈となった………のではあるのだが………。

 

〝今ここで立花の手を離せば、立花を一人にしてしまえば、必ず後悔する……だから……離せない〟

 

〝不出来さばかり見せてきた身だが、それでも立花の背負う苦しみ、悲しみを和らげてやりたい………だから………頼む〟

 

 小日向より拒絶の涙を貰ってしまい、再来とばかりにかの〝二年間〟で散々突きつけられた己の〝一生懸命〟の否定を、よりにもよって立花の人間性の拠り所ともなっている一番の親友から、再びその痛みを味あわされると言う憂き目に遭ってしまい、なのに独りで、一人ではとても負いきれない〝悲しみ〟を抱え込もうとしていた立花に、ああは威勢よく言っては見たものの…………やはり奏に朱音みたく、他人を励まして勇気づけるのは、私にとって難題に他ならなかった。

 さっきは言うなれば無我夢中に〝波〟に乗れていたから為し得たものの、いざ意識的に行おうとすると、不器用な性分が災いして上手いやり方が思いつかず、立ち往生してしまう。

 

 立花には全く悪気があって言ったわけではない――〝なんでもこなせる〟と言う、歌女としての私の偶像が作り上げ、積み上げてきた虚構(イメージ)。

 皮肉だな……真実は、実態はまるで真逆。

 私は、戦うことしかできず、戦場(いくさば)以外には何も知らぬ〝剣〟。

 いや……戦い以外に自分には何もないと、自分の世界を、己自身を狭めて、自らを人の身ならざる感情無き剣――兵器に仕立て上げようとしてきた阿呆者だ。

 しかも……奏を失い、朱音たちと会うまでの二年間を思い出してみても、災い人を守る防人として同朋な一課や自衛隊の兵士らと碌に連携を取らず、一人ノイズの群体に切り込んで独断専行を繰り返してばかり、挙句は国家機密の塊でもあるシンフォギアでの私闘騒ぎに、文字通りの自殺行為で、朱音に深手を背負わせてしまったあの絶唱。

 こんな身勝手な独奏(スタンドアローン)を繰り返しては、〝兵器〟としても………〝出来損ない〟だ。

 その証拠に、傷心の後輩を励ますことさえままならない不器用さ。

 どうにか、少しでも気晴らしにはなると、映画を見せるまでには来たが、そこから先………どうするのが最善か、手も言葉も中々……浮かばない。

 

〝真面目が過ぎるぞ翼、そんなにガチガチだと、その内ぽっきりいっちゃいそうだ〟

 

〝誰かを想う〝涙〟に、間違いなんて、ないのですから〟

 

 奏と、朱音から、労いをくれた時のことを思い出す。

 

 こう言う時、どちらも面倒見のいい〝姉御肌〟の持ち主たる二人なら、私みたく悩みに陥るまでもなく、自然とできると思うと………羨ましくある。

 まあ、私みたいな不出来者を相手にしては、元より生来から持ち合わせていたとしても、面倒のよさも育つと言うものでもあったのだが。

 何せ二人とも、装者としては後輩に当たる共通点がある。

 

 今ごろ朱音は、同じく傷心の筈な小日向を、どうしているのか?

 

 年月をかけて磨き上げた女子力を存分に生かして、堂の入った美味しい料理を振る舞っていそうだ。

 実際にまだ見たことないと言うのに、髪を纏めたエプロン姿が板についた朱音が料理を作る姿が、やけに鮮明な形で想像できてしまっていた。

 そして十代の少女離れをしたあの包容力で以て、傷心な小日向を包み込み、温めているに違いない。

 何をやっているのやらと、自ら脱線しかける無様さに溜息を零しそうになり、本題にまで至れずに困っているところへ。

 

「あの……翼さん………」

 

 立花の方から、こちらかしたら助け船を出してくれた形で切り出してきた。

 

「遠慮はするな、今のうちに出せるものは出しておけ、内側に溜めてばかりの果てに自壊しかけたのが、少し前の〝私〟だ」

 

 手をこまねいて足踏みしていたのは事実なので、ありがたく乗り込むことにする。

 

「それでも、昼の時も申した通り、立花の背負う、苦しみ、哀しみを和らげるだけの受け皿は、持ち合わせるまでに育んだつもりだ」

 

 全く……内心手詰まり寸前に困っていたと言うのに、いざ口に出すと、ペラペラと流暢かつ威厳あるように話せている自分に、ポーカーフェイスの裏で心中は己自身に呆れていた。

 

〝忍術では、火薬を使う〟

〝武器としてか?〟

〝目くらましさ、まやかしと演出は戦いにおいて優れた武器となる、敵に自分をより大きな存在であると錯覚させることができるのだ〟

 

 不意に、昔叔父様が鑑賞していたのを偶然見た、毎晩裏通りで意味もなく人が死ぬほどの悪漢が蔓延る犯罪都市で、蝙蝠の衣装で悪と戦うスーパーヒーローの誕生秘話を描いたらしい映画の一幕で、主人公が忍術を学ぶ場面が思い出される。

 映画の後半で考え方の違いから主人公と衝突することになるその忍術の師の言葉を借りるなら、自分は自分を実態より大きく演出して見せる技に長けているらしい………偶像を背負う者としてはありがたい能力かもしれないが、私個人としてとても素直に喜べる才ではなく複雑だ。

 この辺の私の才のことはさておき。

 

「………私………自分なりに覚悟を強く決めたつもりでした……」

 

 もう少し時間が掛かると踏んでいた私の予想より早く、立花は打ち明け始めた。

 

「奏さんに翼さん、朱音ちゃんみたいにはなれなくても、守られた分の負い目も力にして、私が守りたいと思ってるものを、ちゃんと私の意志で守るんだって……」

 

 頬が、先程とは別種の〝照れ〟に覆われる。

 立花のその言葉を前にしては、さすがに、心中では喜びの気持ちを偽れそうにない。

 人としての尊厳を徹底的に足蹴にされ、強すぎる自己否定に囚われた立花に………散々な仕打ちを行ってきたのだ。

 ファンとしても、装者としても、防人としても、私一個人としても、幻滅されてしまっても何らおかしいことではなかったと言うのに、私の名をも挙げてくれた。

 少なからず負い目もあるだけに、嬉しさを感じない方が、無理な話だ。

 

「だけど………全然ダメダメな上に………朱音ちゃんにはほんと世話ばっかりかけっぱなしで」

 

 うっ………胸の奥にて、微かだが、しかしじわりとくる痛みが走る。

 立花には何の落ち度もない。

 私もまた、むしろ私の方が、朱音に世話をかけてばかりと言う事実に心が痛んだだけのこと………いや、世話って言葉では生ぬいな。

 様々な都合上、私は直にこの目で朱音の戦いぶりを見た機会は少ない。

 最も拝めたのは、私の不届きさが端を発したあの私闘ぐらいと言う有様なのだが………それでも防人の戦いで研磨された私の目は、朱音の勇姿から、前世での〝守護神ガメラ〟としての戦いが、いかに孤独で過酷だったかを感じ取っていた。

 それこそ最初から同じ使命を背負った仲間とともに務めを果たせるようになったのは、シンフォギアの力を手にしてからが初めてであったと言うのに。

 いくら多くの修羅場は潜り抜けてきてはいても、装者としては立花と同じく新参者で、人の身で〝守護者〟となったばかりだった彼女に対し、防人の務めを切り捨てた凶刃を突きつけ、一人対ノイズとの最前線に放り込ませ、その上絶唱の代償(バックファイア)を背負い込ませ、生死を彷徨わせもしてしまい………本当に苦労ばかり掛けてしまった。

 そう………〝苦労〟………その方が相応しい。

 だからこの罪悪感(いたみ)は粛々を受け止めつつ、この身に胸中を吐露してくれている立花に、耳を聞き入れる姿勢を忘れぬように、強く心がける。

 

「今日も………未来………友達から、これ以上シンフォギアで人助けをする私と……『これ以上、友達でいられない』って……言われちゃって」

 

 膝頭に乗る立花の握り拳が、震え出している。

 

「どうして……あんなことに………」

 

 投げ出す気など端から持ってはいないが……て立花を最も苦しめる問題は、私にとっても難題だった。

 何せ困ったことに、立花を今最も悩ます悩みは、私からは縁のない話だった。

 あの時緒川さんが言ってくれたように、彼も叔父様も二課の人たちも、私を〝対ノイズ兵器〟などと見なして扱ったことなどはないし、今ならば、一時は〝修羅めいた生き方〟に固執していた愚かな私をいつも案じ、思っていてくれていたし、私のこの宿命に対して、憂いていたことも理解している。

 それでも現状唯一ノイズに対抗、撃破せしめ、担い手が極端に少なく、虎の子なシンフォギアを扱える数少ない適合者の一人だったゆえ、今まで私は、己にとって大切な存在から、戦場(いくさば)に臨む、言い換えれば危険に飛び込むことに対して、止められたり、拒絶されたりした経験が……ないのだ。

 無論、最も近しい筈の〝肉親〟から、案じているからこそすれ違い、ぶつかり合い、ましてや嘆かれたことも、ほとんど………ない。

 

「立花……」

 

 こんな人並み外れた生い立ちを抱える私であったものの、幸いにして、立花の悩みの原因が、具体的に認識できてはいた。

 ほとんど、朱音から仕入れた情報と、朱音の推測(みたて)の恩恵によるものなのだが。

 

〝相互依存〟

 

 朱音は翡翠色をした慧眼で、幼馴染たる立花と小日向、現在の彼女らの在り方を、そう表していた。

 私も言い得て妙だと、あの、小日向に拒絶されてしまった直後の立花の後ろ姿から、言い切れる。

 まるで………何もない虚無が広がる乾いた風が吹く荒野に、たった独り、取り残されてしまった。

 あの時私の瞳はそんな風に、映った。

 

 

「急な質問をするのだが………二年前の私たちのライブに、どういう成り行きで参ずることとなった?」

「えっーと………その………」

 

 案の定、急な質問の内容に響は戸惑いを隠せずにいたが、応じる姿勢を見せる。

 

「未来が、誘ってくれたんです、一緒にライブを見に行かないかって、そもそも私にツヴァイウイングを紹介してくれたのも未来で、あの日は親戚の都合で行けなくなって、特異災害に巻き込まれずに助かったんです………けど」

 

 笑みが浮かぶほど思い出話に花開きそうになった立花は、言葉の途中で顔に何やら気がついた表情を見せた。

 

「気づいたか立花? 小日向はずっと、あの厄災の荒波に巻き込まれることなく助かってしまった自分と、己の手の届かぬ遠くまで立花の手を手放してしまった自分を、今日まで攻め続けていたのだ、立花たちと〝日常〟を過ごす裏で」

 

〝あの時自分がああしていなければ………私の大事な人はあんなことにならずに済んだのに………自分はおめおめと助かってしまった〟

 

 立花の心の深層に巣食うものが〝前向きな自殺衝動〟だとすると、小日向のそれが抱えるのを言葉にするなら、こうなるだろう。

 もっと短く表するなら―――〝後悔〟。

 それと――罪悪感。

 私にも………この類の痛みを齎す傷を、身を以て経験している。

 

〝ダメだよ奏……〟

 

〝アタシの我がままに、付き合ってくれ〟

 

 朱音たちのお陰で、戦士にして歌女でもある装者にとって矛盾そのものだった〝感情無き剣〟に執心、修羅に突き進んで堕ちていくばかりだった自分から脱することができた今でも、私は………あの日、あの時、Linkerも服用せず、肉体が薬物の禁断症状も同然な状態だった奏を引き止められなかったことを………悔やみ、自分だけが助かってしまった事実に、未だ時に胸の奥が疼く時がある。

 たとえ奏本人が、命燃え尽きるまで歌い続けた自身の決断に悔いを持っていなくとも………よしんばあの日生き残れたとしても、適合者で居続けるために肉体に投与され続けたLinkerの代償で、生い先をが決して長くない現実が待っていたとしても、簡単には拭えなかった。

 小日向にもまた、あの日にて拭いたくても拭えぬ痛みを発する〝傷〟を抱えてしまった。

 後悔と罪悪感に苛まれる中………生死を彷徨う親友が生き長らえるのを日々願い、幸良く生還できたと言うのに、その矢先、生存者たちへの誹謗中傷に晒され、肉親の一人にすら半ば切り捨てられてしまった立花の苦難を、間近で………しかし当事者とも言えぬ立場から、見せつけられてきだと、私の想像でも窺える。

 その上、立花がシンフォギア装者としての宿命(さだめ)を背負ってしまった事実まで突きつけられたのだ。

 友に降りかかる理不尽を目の当たりにしてきた小日向の目からは、ギアの装束を纏った姿は………朱音ら級友たちと送る日常で、微々たるものでも和らぎ、癒されていた筈の〝傷口〟が、荒ぶるほどに痛ましく開かれるものだった。

 

「小日向からすれば……装者として〝人助け〟をする立花の姿に対し、〝友が人類守護の責務を負ったのは自分の罪のせい〟だと、胸が抉られる感覚に迫られたのかもしれない」

「……………」

 

 私より伝えられた〝事実〟に、立花は言葉どころか一声すらも出なくなっている。

 立花曰く〝趣味〟であり、彼女にとって生きがいであった〝人助け〟に励む〝一生懸命〟が、己にとって最もかけがえのない親友を傷つけてしまう現実を突きつけられたのだ………ショックで無言にもなってしまう。

 立花がシンフォギアで以て人助けに尽力すればするほど………皮肉にも小日向の心を苛ます〝苦しみ〟は増していくと言う、なんとも……皮肉な構図があった。

 

「今小日向と、確実によりを戻せる方法は………なくもない」

 

 こう切り出した私に、立花は縋るような目線で、それを教えてほしいと訴えかけてきた。

 このままその先を口にしてもいいのか? と躊躇いが過る。

 自覚し切れていない〝自己否定〟の念に捕われている立花にとって、酷な言葉を発しようとしているからだ。

 これが、朱音が〝先輩〟として味わってきた苦悩の味か……しかしここで挫けるわけにはいかない。

 

「捨てればいい………〝装者としての自分〟を」

「ッ―――」

 

 恩人たる友も噛みしめてきたその味が広がり、重く閉ざされかけた口を開く。

 立花の、息が呑まれる音がした。

 

「装者となる以前の通りに、日常の内側での人助けならば、小日向も咎めはせぬし、友として共に日々を送れるだろう」

 

 とまで言ったところで、立花の様子を窺ってみる。

 心中の状態が反映されている形で、朱音とは正反対に丸みのある幼さを残した二つ瞳は、揺れ動いているのが見て取れた。

 

「だが、それはできない―――かと言って、小日向とこのまますれ違ったままなのも嫌だ――そうだろう?」

「…………はい」

 

 見るからに立花は、小日向とよりを戻したいが、その為に〝装者としての自分〟と決別することもできず〝板挟み〟となって、萎縮していた。

 

「すまない、さすがに言い方が悪かった、ただ私は立花を咎めているのではない………小日向の〝友達ではいられない〟と言う言葉は、立花も今こうして味わっている〝エゴとエゴの板挟み〟による苦しみから零れたものだと言うことを、知ってほしかったのだ」

「え……えご?」

「そう、エゴだ」

 

 やはり立花の性格と境遇上、その単語には特に好ましくない印象を持っているようで、戸惑いを見せながら反復していた立花に、鸚鵡返しをする。

 

「実は、前にお詫びも兼ねて朱音の見舞いに行った際に、どうしたらそこまで〝強さと優しさを両方持って、人を守れるのか?〟と尋ねたのだが、その時朱音は、〝自分のエゴ〟だと答えたんだ」

「あ、朱音ちゃんが……」

 

 顔一杯に、大層驚いた表情を立花は見せる。

 当然か………立花にとって朱音は奏と並び、ある意味で立花が求めずにはいられない〝理想〟でもあるのだ。

 その朱音の口からエゴなんて言葉が出たと聞けば、驚愕も避けられまい。

 

「朱音に言わせれば、人間どころか全ての生きとし生けるものにエゴを持たぬ生命はいないらしい、霞を食べてひっそり生きている無我無欲そうな仙人すら、世俗に関わらずに生きていたい欲求――エゴを持っていると、言っていたな、彼女にとっては〝エゴ〟もまた、持つ者の向き合い方、使い方次第なのだと捉えているのだろう」

「向き合い方………使い方………次第ぃ……」

 

 あの見舞いを機に積み重ねた交流を通じて知った、かつて地球の生命エネルギーより生まれしガメラであった出自の影響もあるであろう朱音の独特の生命観を話す。

 ここまで来て朱音の助力を借りなければならないのは、一応装者としては先輩な身として少し複雑ではあるが、そんなことを気にしていては目の前の悩み惑う少女すら救えないぞと言い聞かせる。

 実際、自分も朱音がいなければ、こうして立花と接することすら叶わなかったかもしれないのだし、せっかくの恩を生かすと思えば、どうってことはない。

 

「だからこそ、朱音はエゴが持つ清濁、陽(ひかり)の面と陰(かげ)の面、その全てと向き合った上で己自身を形作る一部として受け止め、人も含めた生命そのものが奏でる音楽を守りたいと言う自分自身の確たる〝信念〟を胸に、歌女(うため)として、防人として―――強く在れるのだ」

 

 いかん、余り朱音のことを語り過ぎると、本題から逸れてしまう。

 

「まあ、つまりだ立花………私が……言いたいのは――」

 

 いざ意識的に本題に軌道修正しようとすると、一時は滑らかに発せられていた私の不器用な口の流れは、また悪い方になって言い淀む。

 

「エゴもまた、目を背けた分、己に牙を向いてくるものであるが、向き合えば、味方ともなってくれるものでもあり――」

 

 まだまだ………先輩として不甲斐ないなと、自嘲したくなりつつも、必死に次へ次へと繋げていく。

 

「そして、己と他者のエゴと向き合った上で、立花の心からの想いを、小日向にしっかりと伝えてほしいと、言いたかったのだ」

 

 ここまで、何とか言い切っては見せた。

 だが、自分の拙い言葉が、どこまで立花の心に響いたか、少し不安もある。

 何だか妙に気恥ずかしくもなり、つい視線も逸らしてしまうが――

 

「翼さん」

 

 少しの間の後、名を呼ばれ、向き直してみると、そこには笑みを取り戻している立花がいて。

 

「ありがとうございます、やっぱり翼さんも、私の憧れです」

「た、立花?」

 

 ガッツポーズのような握り拳をしたかと思えば、急にその場から立ち上がった。

 

「だって、私があの日負った大怪我からの辛いリハビリを乗り越えられたのも、翼さんの歌に励まされたからです! 今もこうして、翼さんから元気を貰いました、だからもう一度、未来とちゃんと話をしてみます!」

 

 どうやら不安は、杞憂だったようだ。

 私は、かつて〝感情無き剣〟固執して破滅に落ちかけていた頃は忌々しく映りながらも、今は眩しさと温かみを感じさせる立花の笑みに微笑みを返しながら。

 

「何だか、私が励まされているみたいだな」

 

 そう、呟き返した。

 

「へぇ? あれ?」

 

 立花はきょとんとした顔になり、心当たりが見つからず疑問を浮かべる様が、私には微笑ましく映されて、また私の口元は綻ぶのだった。

 

つづく。

 

 


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