GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~ 作:フォレス・ノースウッド
了子さんが作っていないと言う点ではバリバリ朱音のギアとしてのガメラは模造品なので、tronやzizzlは付かない(でもこの違いって結局何なんでしょう? AXZで言及してほしいのですが)、でもいわゆる上松語っぽさと超古代文明語っぽさを出さなきゃいけないと無駄にハードルを上げたせいです。
読みは『ヴァルドゥーラ エアルゥーエス ズィーア』
メロディは空の境界第五章矛盾螺旋でのクライマックスのBGM『M24』の梶浦語コーラスっぽいのです。
昨日の夜から朝方まで雨を降らし続けていた雨雲は、正午を過ぎた頃にはすっかり市内の上空から過ぎ去って、夏が近づいているのが窺える六月特有の、鮮やかなような淡いような独特の色合いをしている青空を広がらせている陽の光が、地上に降り注がれ、さっきまで雨模様だったのも、草木には無数の雨粒が付着して、澄んだ陽光は雨玉たちを煌めかせている。
山の方角を見れば、七色がくっきりと浮かぶ虹がアーチを描いてもいた。
私は昼休憩の時間帯を利用して、森と隣接し、生徒も教員も余り立ち入らない校舎の裏手側で、スマートフォンを片手に、受話器部分を耳に密着させている。
電話を掛ける相手は、未来だ。
もう何度も発信ボタンを押しては通信の電波を送っているのだが、耳に通ってくるのは、待機音のメロディと。
『ただいま、電話に出ることができません、ピーと音が鳴ったら――』
淡々とした口調で留守電メッセージを勧めてくるアナウンスの音声、あとはゆったりと、この場に流れるそよ風と、それに揺れる草木の葉の音色くらい。
一向に、未来が電話に出る様子を見せてくれずにいた。
「まだ、小日向と繋がらないのか?」
この校舎裏にいる一人であり、リディアンの生徒のほとんどからこういう場所に立ち入るとは思われないであろう翼からの問いに、私は頷いて答えた。
どうして未来に連絡を取ろうとしているのかと言うと………私がまだ眠りの中にいる時にこっそり出て、先に通学して行った筈なのに、彼女が学校(リディアン)に来ていないからだった。
時は、朝に遡って。
入校直後に、司令から雪音クリスとノイズとの戦闘の痕跡が見つかった報告を受けた後、教室に向かった私と響は――
「あ、ビッキーにアーヤ」
教室内に入ったと同時に、〝心配〟が顔に張り付いている創世、詩織、弓美の三人を目にした。
「小日向さん、今日はお休みなのですか?」
「え?」
詩織のこの一言に、響は驚いた表情を見せる。
「ああ、今日は具合が悪いらしくて、大事を取って休むそうだ、だったな響?」
それを目にした私は、予感が沸き上がる時に起きる〝胸のざわめき〟を覚えながらも咄嗟に〝今日未来は病欠〟と言う嘘を述べて、目線(アイコンタクト)も活用してさりげなく響に話を合わせるようにと促す。
「うっ…うん、そう、あはは」
響は後ろ髪を掻いて、ややぎこちなさのある笑みを見せながら、私の話に応じる。
やはり響の性分上と境遇上、顔と口に〝オブラート〟に包むこの手の術(ひょうげんりょく)を求められる状況は、毎日の勉学以上に、苦手な代物だ。
「そうだったんだ………昨日はほんとごめんねビッキー、あんな風に茶化しちゃって………」
ただ、響へ合いの手をする創世ら三人は、それで納得した様子を見せ、昨日の昼食中の一件のことで詫びを入れてはきたが、響と未来を気遣ってか、明らかに何らかの〝溝〟ができてしまったと傍からでも薄々窺えた二人の間に、何があったのかを訊こうとはしなかった。
(すまない……でもありがとう)
国家機密に関わることなので、三人のあえて聞かないご厚意に、心の内でこっそり感謝の念を送った。
「こういう時アニメのキャラだって下手に聞くのは野暮だって分かるしね、一部除くな朴念仁キャラもいるけど」
アニメオタクな弓美の口に言わせれば、こうなる。
このやり取りの後、ホームルームにて、担任の仲根先生から未来は病欠で休むと連絡の電話があったと聞かされ、私の咄嗟の虚言はある意味で〝嘘から出た真〟となってしまった。
そうして未来の座席が空白のまま、午前の授業が進められていく流れの中、
私は授業への意識を逸らさないようにしながらも、今は勉学に使うべきな頭には気がかりが張り付いて………引きはがすことができないまま、時間はお昼時にまで進んでいた。
本当に未来は、体調不良で休みをとったのだろうか?―――と。
響とのすれ違いの問題に関しては、今はそんなに心配していない。
昨夜のやり取りの時に見せてくれた、憑き物が落ちた未来の面持ちとあの置手紙の文面を見れば、響への想いと響が置かれた現実への哀しみ、そして罪悪感に心がかき乱されることはそうないだろう。
響の方も、今は自分から踏み出して未来と向き合おうとしている。
少なくとも、昨日みたいに互いを想い合い過ぎて、不本意にも傷つけ合ってしまう事態にはならないと言い切れる。
「さすがに勘ぐり過ぎだと思うぞ 単に体調が優れず休息しているのならそれに越したことはないのでは、この場に奏もいたら『心配なのは分かるけどさ、気にし過ぎだぞ朱音』と言ってくるだろう」
そう………なんだけど
翼の言葉に、頷かされつつも、顰められた眉間から疑念が離れない。
奏さんの物真似(似ているかと言われれば少し怪しいが、雰囲気は出てる)も披露した翼の言う通り本当に、私の家を出て学校まで行く道中、具合が悪くなり大事を取って休むことにしたのなら、それに越したことはない。
自分の心にそう語り掛けても、胸の内の〝ざわめき〟は、収まってはくれない上に、単なる考え過ぎだと片付けられない理由があった。
午前の授業の合間の小休憩中に私は、未来のスマートフォン宛てにSNSアプリのメールを送っていた。
送信からほどなくして、〝既読〟と時刻が表示された。
未来が私からのメールを読んだと言う何よりの証明なのに、あれから一向に、返信がこないし、くど過ぎない程度に何度か電話も掛けてはいるが、先程の通り待機音の音色とが流れるばかり。
せっかく踏み出そうとしている響を、憶測とすら呼べない自分の〝懸念〟のせいで無用に不安へと陥れたくもなかったので、現状は翼にしか打ち明けていない。
情報の秘め方、明かし方、そして扱い方を見誤ってしまうと、どんな痛い目を被ることになるのか………ここ数日に、突きつけられる形で思い知らされたからな。
「そろそろ亭午の休息も終わりだぞ」
「うん……」
亭午、古風な言い回しを好む翼らしい表現を通じて、お昼休憩時間も終わりに近づいていると知らされた私は、一旦教室に戻ることにする。
できれば杞憂で終わってほしいんだけど、そう願いたくもなるからこそ、胸のざわめきが収まらない。
けど自分でも、なぜこうも妙に〝未来と連絡が取れない〟状況に直感が引っかかりを覚えるのか、まだその原因もはっきりしていない。
なんなんだ?
一体私は、何に〝引っかかっている?〟
〝――出現地点から、イチイバルの波形パターンが検知された〟
不意に、今朝の司令(げんさん)との通信の際、彼が発した言葉の一部がリフレインしてきて、脳内で何度も反響される。
間髪入れず、私の思考は、脳裏にとある〝可能性〟を投影させてきた。
いや……まさか………確かにこの数か月自分が見てきた〝小日向未来像〟なら、ああいう状況に巡り合ったとして、そう未来が行動を移してもおかしくはない………でも――。
驚愕が己の顔に現れる直前、大気を伝って――〝特異災害発生〟を報せるサイレンが、響き渡ってきた。
私と翼は顔を合わせ、頷き合う、各々の己の面持ちを〝戦士〟のものに変身させて、突風の如き勢いで大地を蹴り上げて走り出す。
未来のことが気がかりでもあるが、今もそうは言っていられず無事に避難できると願うしかない。
駆け上がりながら私たちは、左腕のスマートウィッチの端末を操作すると、機器の側部が展開、内部に収納されていた小型通信機を取り出して電源を入れ、耳に付け、司令部と、早朝時のノイズ発生の調査で現場周辺にいる司令との回線を繋ぐ。
「状況を教えて下さい!」
翼が現況の詳細を求めた。
『発生地点は大まかに三か所、おそらく、早朝未明に観測されたノイズと〝関連性〟がある筈だ』
端末が表示した立体モニターに映されている市内の俯瞰図には、司令の言う通り、主に三つの地点(エリア)に分けられる形で、ノイズの反応を示す赤く点滅する円が記されている。
なんて……数。
俯瞰図に表示された点と円の数と密度を前に、絶句する。
物量で言えば、あの最後の戦いで、空を埋め尽くすほどのギャオスどもが齎した〝絶望〟に比べれば、見方によっては可愛いものかもしれないが、それでも円の数範囲が示す〝特異災害〟の規模は………今まで自分が戦ってきたものより、遥かに上回っていた。
「朱音ちゃん! 翼さん!」
避難誘導が迅速に行われたようで、人気が深夜くらいに消えた中央棟エリア内の道路沿いに面した辺りで、響とも合流をする。
まだ未来とは仲直り一歩手前なのもあって、私としては複雑だけど……いくつか修羅場を潜ってきた為か、前と比べるまでもなく響のあどけない顔立ちからは、精悍さが帯びていた。
無論、この状況下において、感傷に浸かって溺れる気はさらさらない。
「こちら朱音、装者全員揃いました」
『分かった、翼と響君は〝73式〟に乗ってくれ』
私がこの報告をした直後、道路に大型の荷台(キャビン)を背負った暗緑色の大型トラック――陸自の輸送車両《73式改》が止まる。
二課には装者を一刻も早く、かつ一般人にできるだけ悟られぬよう現場に向かわせる為の〝足〟となる自衛隊のものと同じ輸送車両も大小含め所有しており、このトラックもその一台。
特異災害発生時は市街地に多くの自衛隊の車両を拝むことは多々あるので、お手頃にカモフラージュの役も果たしている。
「さあ、こちらへ」
「はい!」
二課のスタッフに促される形で、荷台に付いたドアから二人が乗車すると、75式陸自トラックは戦場となっていく市街地へと走らせていった。
『復学したばかりなところ済まないが、朱音君は司令部が指示するルートに従って空から急行してくれ』
「了解」
私だけ乗車しなかったのは、現状唯一単独で〝飛行できる〟装者であり、現場との距離を踏まえれば、直接飛んで出向いた方が早いと言う判断からである。
「〝無理〟は慎んで対応します」
とは言え、昨日の今日まで翼のような〝正適合者〟でも、命にも関わる重々しい負担(バックファイア)を背負うことになる絶唱と言う〝無茶〟の代償として入院生活の身だった上に、退院前日に出動もしたばかりの自分にも大規模の戦闘に駆り出さなければならない状況に後ろめたさも覚えていると、厳然とした司令としての顔から少し滲み出ているのを目にしたので、遠回しに気遣いの返答をしておいた。
通信を一旦斬り、念の為人が残っていないか周囲を確認し、首に掛けている勾玉(シンフォギア)を手に取った。
狙いがデュランダルでも、響とも思えない、己の願いのために非情に徹しようとして、けれどなり切れなかった雪音クリスと言う〝ストッパー〟もいなくなった………この大規模な〝特異災害〟。
フィーネの本当の目的が何であれ、その為に………多くの生命(いのち)を災厄の不条理で呑み込もうとするのなら、私の――いや、私たちの歌(ほのお)で以て、薙ぎ払ってやる。
〝Valdura airluoues―――giaea (我――ガイアの力を纏いて、悪しき魂と戦わん)〟
「ガメラァァァァァァーーーーーーーー!!」
聖詠を唄い、輝く勾玉をその手で空へと掲げて、閃光に包まれた朱音は、シンフォギア装者であり守護者(ガメラ)でもある戦装束への変身を終えると同時に、両足のスラスターを勢いよく点火させて飛翔した。
特異災害の天敵たるシンフォギア装者を乗せた75式は、市街地内の道路を走行しながら荷台の後部のハッチを観音開き式に開かれ、下部からはマシン用の昇降タラップが伸びた。
荷台内部から、バイクの駆動音が鳴り響いたと同時に、一台バイクがアクセルを吹かして、タラップに沿って急発進。
その鋼鉄の馬を駆る騎手(ライダー)である翼は―――
〝Imyuteus amenohabakiri tron (羽撃きは鋭く――風切るが如く)〟
―――聖詠を唱え、彼女の歌声に呼応して実体化された鎧(ギア)を纏いて、さらに急加速する。
自身と愛機のシンフォギアと同じブルーカラーながら、スレンダーな体躯の主であるライダーとはアンバランスにも傍目から見えるスポーツツアラータイプのバイク――NINJA1000は、自らを〝剣〟と定義する翼の信条の通り、周囲の大気を切り抜け、彼女の名の通り、吹き荒れる風へと変え、荒々しい音色を鳴り響かせながら疾駆。
アームドギアを手にし、両脚の曲刀(ブレード)を前方に展開、切っ先の峰部分を連結させ、胸部のマイクから響く音色をバックに歌唱を開始させた翼は、前方のノイズの群れと言う名の〝戦場〟へ、勇壮に、果敢に切り込んで行った。
また、別の戦場でも。
〝Balwisyall nescell gungnir tron (喪失へのカウントダウン)〟
半ば〝一心同体〟も同然な、胸に宿りし欠片(ガングニール)が、響の歌う聖詠の響きによって、橙色の輝きを発して目覚め、光と同色を基調としたアンチノイズプロテクターが装着。
先陣を切って肉薄してきたノイズの一体を、大地を力強く踏み込んで放たれた正拳(ストレート)の一打で以て、ほんの一瞬で炭素に変えて圧砕し、余波の域を超えた衝撃波は、さらに複数のノイズを一度に打ち砕いた。
そして―――胸部のマイクより流れる戦闘歌の〝前奏〟も、変化を起こし始めていた。
こうして、長い紆余曲折を得ながらも、三人の装者は、同じ戦場で〝災い〟に立ち向かっていった。
朱音たちが、特異災害との戦闘を開始する少し前――
律唱市内全体に特異災害を報せる警戒警報がけたたましく鳴り響く中、鳴海商店街でも、シェルターへと急ぎ避難しようとひた走る市民たちで溢れかえっていた。
「おばちゃん、私たちもシェルターに行こう」
下手に踏み込むと将棋倒しを起こしかねない多数の人間たちによってできた〝濁流〟に、未来は一度圧倒されかけるも。
「クリスも早く――」
平静を保たせて、特異災害の濁流から少しでも離れようと避難をクリスに促そうとしたが………そのクリスの顔を目にして、掛けた言葉が途切れてしまう。
「クリス?」
再び名前を呼ぶも、クリスの聴覚に未来の声は全く届いていない。
目の前の何重にも重なった悲鳴を飛び交わせて逃げ惑う群衆の一点を見据える瞳は、大きく開かれたまま、足を一歩、二歩を後ずさらせる。
呼吸も忘れかけ、震えが全身に、手の指先にまで行き渡るほどに、クリスは牙を剥き出しにした猛獣に睨まれ恐怖に駆られた幼い子犬のように、酷く怯えを見せていた。
未来はクリスの異変に戸惑うも、このままいつノイズが近くまで押し寄せるか分からない中でこの場に止まるわけにもいかなかったので、クリスの手を取ろうと自分の手を伸ばした矢先。
「クリス!?」
クリスは群衆と真逆の方角へと、いきなり走り出して行った。
追いかけようにも、群衆の渦中へと真っ向から脱兎の勢いで逆走して駆け抜けていくクリスの姿は、あっと言う間に見えなくなってしまった。
「君、そっちに行ってはいけないッ! 戻ってくるんだ!」
いつノイズが襲いかかってもおかしくないこの状況下でも、市民を一人でも生かすべく誘導灯を持った手で円を描いて避難誘導に尽力する自衛官の一人は、精一杯声を上げて、一人逆走する少女――クリスを呼び止めようとした。
〝この大馬鹿! 何やらかしてんだ………アタシ〟
しかし人ごみによる濁流の中、我武者羅に疾走するクリスには、彼の声を耳にする余裕など、ほとんど全く持ち合わせてはいない状態にあり。
〝パパッ! ママッ!〟
彼女の意識の大半は、否が応にもぶつ切りに何度も再生されるバルベルデ共和国で体験した凄惨な過去の記憶と――〝この事態を招いたのは自分だ〟と自身を攻め立てる罪悪感と、一刻も早く自分自身を、この瞬間にも逃げ惑っている恩人たる未来ら含めた〝日常〟を過ごしていた人々から遠ざけなければならないと言う焦燥と強迫観念に占められていた。
〝あいつらのことを想うなら……やっぱり………さっさと出てっておけばよかったんだ…………くそッ!〟
未来たちへの恩義の気持ちが強いからこそ、その恩を甘んじて受け取ってしまったことに、悔やむ想いでクリスの胸が締め付け、舌打ちが鳴らされる。
いくらどれだけクリスを始末するべく追手にノイズを差し向けても、そのノイズの天敵たるシンフォギアを有して扱える上に、彼女の潜在意識によってワンマンアーミーにも等しい驚異的な広域殲滅力を手に入れた決闘の神ウルの愛弓(イチイバル)を前にしては、返り討ちにされてしまう。
だからフィーネは、その矛先を、クリス当人から外し――
クリスが無意識の内に尊い、敬っている――温かく、眩しい日常(せかい)を大規模の特異災害の形で、クリスが最も憎む〝争い〟によって破壊する。
―――隠れ潜むクリスを炙り出す為に、彼女の精神を最も追い込むこの悪辣が過ぎる手段(やりかた)を選んだ。
警戒警報が鳴り響いて程なく、クリスは今律唱(このまち)に現れた大量のノイズの狙いが、デュランダルでも、立場上敵対しながらも、対話しようとし、助けてもくれた融合症例(あのバカ)でもなく、逃亡者たる自分であることを悟り………ひたすら、ただひたすらに走り続けた。
走ることに意識を向けすぎて、瞼が固く閉じていることさえ自覚していない。
疾走による体力の消耗で、息も荒くなり始めながらも、走る速度を微々たりとも緩めないクリスの目の前に、一つの〝物体〟が、ガラスの破片とともに落ちてきた。
飛び散った破片と同時に響いた重苦しい衝突音で、我に返って駆け続けた足を止めたクリスは、目を開けて…………愕然とする。
ビルの窓を突き破り、彼女の眼前で落ちてきたのは、炭素の塊。
即ち、ノイズと、逃げ遅れて心中させられた人間の成れの果てだ。
目の当たりにしたクリスの脳裏に、人間だった生前の姿から余りにもかけ離れた禍々しく夥しい〝肉片〟の数々がフラッシュバックし、狂ったように頭を抱えて振るわせ、再び走り出した。
しかし、いくら心臓が荒ぶるほどにまで走っても……逃げても逃げても逃げても………振り払おうとしても、忌まわしき〝悪夢(きおく)〟は、クリスの意識に染みついたまま離れようとしない。
それどころか、体力を削りに削って走れば走るほど――
殺意に呑まれ、殺し、殺され合う大人たちの怒号も、彼らが撃つ機関銃の銃声も。
戦車の砲撃も、その砲弾の着弾による轟音も。
大気が鳴くほどの高速で飛ぶ、戦闘機が落とした爆弾による爆撃も。
争いに巻き込まれた人々の悲鳴も、炎と黒煙を上げて荒れ果てた街々も。
犠牲となった………多くの人々の、亡骸も――。
――より鮮明となって、クリスの良心(こころ)を深々と突き刺し、抉っていき。
酷使され続けた脚は、特異災害で傷つけられた道路によって挫かれ、クリスはコンクリートに転倒し、叩き付けられた。
「いてぇ……」
綺麗に洗濯させてもらったワインレッドのワンピースは汚れただけでなく、ところどころ生地が破れてしまっていた。
「Jesus(ちくしょう)……」
全身の痛覚が呻き声を上げる体を、無理に立ち上がらせようとしたクリスは、力を込めた右手に、ある感触を覚えた。
割座で尻餅をつかせたクリスは、掌を見て………息を呑んだ。
瞳が映したのは………擦り傷のできた手にこびり付く、黒い炭素。
先程、クリスの目の前に落ちてきたのと同じ、無情に炭素に変えられてしまった人間。
当然、ノイズらによって生きたまま………死に行く恐怖と、絶望に、しがみつかれて逃れることもできず。
その不条理の〝象徴〟たる炭素は、クリスの掌の中だけではなかった。
炭素に塗れた手の向こうを見渡す。
彼女の周囲には、漆黒の死が至るところに散らばっていた。
大気の宙にさえ、数え切れぬ無数の黒い微粒子が、死した魂がどこにも行けずに彷徨っているように、漂っていた。
そのいずれもが、ほんの少し前の時間まで、ノイズに襲われるその瞬間まで、生きていた………生きていた筈だった沢山の〝命〟の、残滓たちだ。
この残酷な現実を前に、クリスは崩れ落ち、人の炭素(ちにく)がこびり付いたままの右手を強すぎるくらいに握りしめ、項垂れた顔の額に付けて、咽び声を上げる。
悲鳴を上げる少女の心は、落涙となって瞼から流れ出していく。
〝何が戦争の火種を無くすだ!?〟
結局自分のやってきたことは、〝争いを無くす〟とは程遠く…………ただ日常と言う平和な世界とに、火種をばら撒いただけだった。
〝アタシが………アタシが殺しちまったも………同然だ………〟
その世界の中で、暮らしている人々を、自分の火種で引き起こされた戦火に、引きずり込んでしまっただけだった。
この惨状を招き入れてしまった自分が、ただただ……恨めしい。
〝アタシがこんなバカをやらかさなきゃ………〟
「―――――――――ッ!」
無残に破壊された日常の中で、天へと向かって、クリスの言葉にすらできない慟哭が、轟いた。
クリスの嘆きに引き寄せられたのか………いつの間にか、群れるノイズたちは、彼女を取り囲んでいた。
どの個体も、獲物をようやく見つけたとばかり、クリスを見据える。
内、腕の先が五指の代わりに鉤爪となっている人型の数体が合体し、体高はおよそ一〇メートルの、腕の爪がさらに伸長され、鋭利となった個体へと変化した。。
「そうだ………」
クリスは、まだ落涙が止まらず、慟哭の叫びで乾いた喉に潤いが戻らずにいながらも、全身に力を入れ奮い立たせて、立ち上がり。
「アタシはここだ……ここにいるぞ……だから――」
炭素だらけの手で、ペンダントの待機形態(シンフォギア)を握りしめ、対峙する。
「―――関係ねえヤツラにまで…………巻き込むんじゃねえッ!」
嘆きで濡れたままの顔から、この街に放たれた全てのノイズと戦う悲愴な決意も交えた戦意を打ち放って。
「―――ッ♪」
聖詠を唄おうとした。
だが、炭素まみれな空気が、潤い切っていない喉に侵入し、歌声を上げようとしたクリスを激しく咳き込ませてしまう。
彼女の不調を大目に見るほど、ましてや聖詠を唱え終えてシンフォギアを纏うのを許してくれるほど、相手のノイズらが悠長ではなかった。
少女をこの場に散らばる炭素(ぎせいしゃ)の一人にすべく、彼らは四方を挟み撃ちに襲い来る。
〝しまっ――〟
クリスの瞳が映す、無慈悲な〝死〟そのものが―――呑み込もうとした。
ほんの僅かな、刹那。
挟み撃とうとしていたノイズたちが、クリスを強襲する前に、火花と炭素に変わりはて、嬌声(ひめい)すら上げることなく、爆音とともに四散。
鉤爪でクリスを貫こうした巨人な融合型も、刃の先が届くことなく、天空から〝ナニカ〟が垂直に降下してきて、大地(コンクリート)を震わせたと同時に、縦に真っ二つに一刀両断された。
その時、クリスは幻覚を疑い、意図せぬうちに目をこすらせる。
堅固で武骨な甲羅を背負い、粉塵を舞い上がらせて降り立った………〝怪獣〟の、背中を、目にしていたからだ。
正体は、言わずもがな、翡翠色の瞳から、災いそのものを射貫かんとする鋭い眼光を発する―――朱音。
空からクリスの悲鳴を耳にした彼女は、急ぎこの場に駆け付けてきたのだ。
急速降下する朱音は、上空よりホーミングプラズマを生成、一斉発射し、一度に小型ノイズの群れをその火球で焼失させ。
両手には、自らの炎で編み上げたアームドギアの新たなる形態たる、彼女の身の丈を遥かに越えた紅緋色な長柄の斧槍(ハルバート)を携え、大きく上段に振りかぶり。
〝~~~ッ!♪〟
ギター、バイオリン、エレクトリックチェロら弦楽器と、透明感のあるコーラスをメインとした荒ぶる自然の如き重層な演奏をバックに、超古代文明語による戦闘歌を歌い上げながら、炎で鮮やかに美しく赤熱化された武骨ながらも流麗に形作られた三日月状の刃を、真正面に振り下ろして、融合型を一閃の下に叩き切った。
両断された融合型は、プラズマに染まった切断面から、原型を止めずに飛散していった。
「Get down‼(伏せろ!)」
時を置かずして、背後にいるクリスに警告を発し、半ば反射的に言われた通り彼女が地面へしゃがんだところへ、とても少女の細腕で扱うのは不可能だと思う他ない重々しい大型のハルバードを苦も無く持ち上がらせ、頭上にて一回転させ、右斜め上から、信じがたい瞬速で、遠心力を相乗させた横合いの一閃を振るい、クリスを後ろから襲おうとしていた二陣目のノイズたちを切り伏せた。
その際に起きた余波たる暴風は、朱音の戦闘歌で位相差障壁を無効化されてはいたが、刃の直撃を免れたノイズらさえ、撃破させてしまった。
この世界の災いの影であるノイズには、もう一つ特筆すべく性質がある。
人間と心中するにしても、自然自壊するにしても、正規のシンフォギア装者に滅せれたにしても、彼らは消滅を迎える時、生物が性的快感を覚えた際に上げる嬌声によく似た断末魔を上げる。
が、朱音に授けられた地球(ほし)が創造せし異端のシンフォギア――ガメラと、彼女自身の強き〝想い〟が生み出す炎は、ノイズに最期の叫びを響かせることすら一切許さずに、特異災害そのものを焼き払う豪火となるのだ。
朱音とガメラ、両者が組み合わって生まれる戦闘能力を、一度はこの身を以て味わったと言うのに、クリスは戦闘の突風に晒される中で、瞬きも忘れた驚嘆の眼差しで、人類最大の脅威を圧倒せしめている彼女を、まじまと食い入るように見上げていた。
ノイズと対峙していた時でさえ、流れ続けていた涙も、止まっていた。
〝ガァァァァァァァァ―――オォォォォォ―――――ンッ〟
そして、躍動する大地を顕現化させたようなその勇姿と、溢れんばかりの意志が込められた翡翠色の瞳から、見た。
確かにこの時、クリスの目には―――見えたのだ。
「あれが……」
最後の希望、守護神――ガメラの、畏怖が沸き上がるまでに厳つくも、勇壮さに満ちた巨躯で大地に立つ、勇姿を。
「……ガメラ」
つづく。
原作みたいに司令が駆けつける展開だと思いましたか?
残念ながら(ナニガ?)こちらでは朱音――ガメラです。
てか普通、あの下りでクリスちゃんを助けるのは我らが主人公ビッキーなんですよね(汗、身も蓋もないこと言うと(その後の翼さんソロライブ回では駆けつけて助けてましたけど)。
未来との仲直り展開があるにしても、クリスちゃんを助けた際にクリスちゃんから『アタシはいいからとっとと他のヤツラ助けに行け!』とツンデレ対応されてあの名場面に繋げることもできなくはないですし(コラ。
でもクリスちゃんの抱える『大人たちへの疑念と不信と憎悪』は同年代のビッキーら装者ではどうすることもできず、それを払拭させられるのはOTONAの代表格たる司令しかいないんですよね。
だからこそ普通美少女主役のアニメで下手するとブーイング出しかけない『女の子にピンチに駆けつけるのがおっさん』な展開がシンフォギアでは成立できちゃうと言う(オイ
身も蓋もないこと言いますと、朱音がクリスちゃんのピンチに駆けつける場面は『バットマンVスーパーマン』でワンダーウーマンがライダー夏映画での次のライダー登場場面よろしく駆けつける場面と、ガンダム鉄血のオルフェンズ一期一話でバルバトスが鉄血メイスを叩きこんだ初陣場面と、真ゲッター1のゲッタートマホーク(どうみてもサイズ的にハルバートだろなツッコミは野暮)がモチーフです。
AXZ含めた今後の原作で出てくるであろう聖遺物と被らず、かつロマンと、平成ガメラの武骨さ猛々しさ、それを美女なルックスな朱音が振るった時のギャップ等々踏まえると、やっぱ斧系だろと。