GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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やっとね、デート回の初めまでこれました。

今回バラエティテロップ風の表現がございますが、これは翼が後にバラエティに引っ張りだこになる暗示+ガメラの予告パロでお馴染み水曜どうでしょうのパロネタ(翼の台詞の一部にも)です。



#43 - 装者とて乙女

 空はまだ、厚い曇天で青空が覆い隠され、灰色の雲からは大量の雨水が、まだまだ絶える様子を見せない。

 珍妙な日本語が多く混じるダークで混沌とした未来都市が描かれたかのSF映画のように、太陽はずっと雲海に遮られ、絶えず雨が降り続けてしまいそうな雰囲気を演出しているが、今日の天気予報では、律唱市含めた首都圏周辺の都市の雨天な天候が続くのは、少なくとも一日中とのことだ。

 先程、雪音クリスの隠れ家に訪問し、彼女〝お礼〟を述べてきたばかりの朱音は、右手にシンプルで落ち着いた色合いの雨傘を指して、雨模様の市内を、歩いていた。

 翡翠色の瞳は傘の布に、その奥は葡萄色混じりの黒い前髪で隠され、その美貌が今どう言う表情をしているのか、とても窺えない―――が、時折、唇を強く締めて、己の内側から沸き上がるものを、せき止め続けようとしていた。

 左手で、首に掛けた勾玉(かたみ)を……握りしめたまま。

 

 

 

 

 

 律唱市内にもいくつか点在する、VHS黎明期から現在まで続く大手レンタルビデオソフト店の一店の駐車場。

 ここでもワイパーが無ければ、ガラスが曇るくらいの量の雨粒に見舞われる中、場内で停車している黒色の車の一台の運転席には、血管が浮かぶほどの太い筋肉を有した両腕を組んで運転席に腰かけ、映像ソフト再生機能付きカーナビでアクション映画を鑑賞する弦十郎がいた。

 

『僕は〝今日〟を救う――君は〝世界〟を救ってくれ』

 

 見ているのは、一〇年代後半に公開された、女性がメガホンと取った映画の中で最もヒットを飛ばした、歴史の長い米国のコミックに登場するフィメールヒーローの実写作品だ。

 

『もっと、君と一緒に生きたかった………』

 

 物語はクライマックス真っただ中。

 主人公と行動をともにし、心を通わせてきた〝戦友(とも)〟が、自らの家族の形見を託し。

 

『愛している』

 

 世界の〝今日〟を救うべく、旅立った瞬間を思い出し、主人公は目覚め、自らの秘められた力を覚醒させ、敵役との最後の戦いに挑んでいた。

 そこに、とんとんと車窓を叩く音が鳴る。

 弦十郎はソフトの再生を停止させて、FMラジオに切り替えると、ドアの鍵を解いた。

 

「ご苦労だったな」

「はい……」

 

 助手席に、ノックをした主が乗車する。

 このTATSUYAの一店舗からほど近い廃屋のマンションに隠れ潜んでいた雪音クリスと、先程までお目にかかっていた朱音だ。

 今回のクリスとの接触は、二人がお互い意図したもの。

 クリスが、一時は二課に保護されながらも逃げ去ってしまった直後から、二人は予め打ち合わせる必要なく、彼女と〝会う〟と決め、前身は諜報機関であった二課の情報網で、隠れ家の候補を幾つか割り出した。

 対面役を朱音が担ったのは、彼女自らの志願であり、彼女の〝大人〟に対する、疑念、不信、恐怖、憎悪を直に目にした弦十郎の判断によるものでもある。

 朱音がクリスに説明した通り、あの時点で保護まで進める気はなく、電子マネーが蓄えられたスマートウォッチ――根無し草な彼女の当面の生活を食い繋げる〝保障〟を提供するのが目的だ。

 半年はホテル暮らしが可能な額を朱音のポケットマネーから捻出できたのは、公務員のアルバイト員とも言える二課所属のシンフォギア装者には、月謝制の報酬が与えられている。

 特異災害の最前線に日々立つのもあり、その額は学生が貰い受けるにしては破格のもので、加えて朱音には負傷による特殊勤務手当も含めて、かなりの金額をこの短期間で得ていた。

 元から政府と言う組織内では〝問題児〟扱いされている特機二課と、逃亡犯の身であるクリスの立場を考慮した朱音が、正当に貰い受けた自分の金銭ならば、二課への逆風を強めずに済むと踏んだからだ。

 

〝大人だって………よくもそんな偉そうに抜け抜けと! 余計なこと以外、いつもいつもいつもぉ……何もぉしてくれなかったくせにぃ………何を今更ッ〟

 

 目を瞑り、自分が――〝大人〟から差し伸べられた手を払ってしまった瞬間の、彼女の言葉を思い返す。

 さすがに、彼女を最も逆撫でさせる言葉を口にしてしまったのは、〝迂闊〟だった。

 あの嘆きを見る限り、そのフィーネとやらに対しては、少なからず信用していたようだ。

 それがその者からも、今まで虐げてきた憎い大人たちと同じように切り捨てられた………彼女の頑なさは、より強まっている。

 やはり、今の雪音クリスに必要なのは、〝時間〟だ。

 

〝彼女の様子は……どうだった?〟

 

 目を開け直した弦十郎は、朱音にそう聞こうとしていたが、今は控え、少し待つことにした。

 理由は――

 

「ごめんなさい………少し、待って……もらえますか?」

 

 朱音の、俯いて小刻みに震える身体と、それ以上に打ち震え、零し落とされる声、そして重ねた両手の上に置かれる勾玉が、語っていた。

 葡萄色がかった長い黒髪で、双眸を含めた額は、厚いベールに包まれている。

 そのベールの奥から、頬に沿い涙が、滴り流れて小さな河川を引き、一滴目の水玉を、勾玉が受け止めた。

 

「私もだよ………もっと………いたかったよ………」

 

 絞り出す様に零れた声色は、普段より音域が高く。

 

「お父さん………お母さん……」

 

 八年前に、死に別れた父と母を呼ぶ声は、心なしか……幼さを醸し出していた。

 流線に沿って、前髪に隠れた瞼から溢れる涙は流れ続け、勾玉にはまた一つ、二つと水玉の数が増えていく。

 

(朱音君……)

 

 彼女が涙に暮れるわけは、当人に問うまでもなく、弦十郎は察した。

 草凪朱音と言う人間を、激変させた、八年前の特異災害。

 あの日から、現在までの八年間、心の奥の深い海に封じ込めてきた〝想い〟が、雪音クリスと交流を試み、心に触れようとしたことで、海上にまで現出してしまったのだ。

 そこには、紅蓮の豪火で生命を不条理に陥れる災厄に、毅然と勇壮に立ち向かう鬼神の如き、戦士の姿も。

 まして、底も果ても見えぬ絶望と言う闇の中で、確かな〝光明〟を、生ける者たちに照らし、エールを送る、輝ける歌姫の姿もない。

 今ここには、愛する存在の命と、ともに生きて過ごす時間を、永遠に失われ、悲しみに暮れ、打ち震える小さな少女しか………いなかった。

 ラジオから、ピアノ一本のよる、静謐な劇伴が流れてくる。

 外の雨音と重なり合い、本来かみ合わない筈の二つのメロディは、不思議にも協和を齎していた。

 弦十郎は、隆々とした分厚い左腕を……朱音の後ろ髪に回し、肩を抱いた。

 

「っ……」

 

 彼の腕に流れる熱を感じた朱音は、弦十郎の横顔を見上げた。

 雨模様を眺めたまま、口を結ばせたまま、弦十郎は何も言わずに左腕で抱き寄せ、朱音の頭(こうべ)にできたエンジェルリングに、右手をそっと、触れた。

 言葉にするまでも、なかった。

 彼の手と、腕から伝わってくる温もりが、外の光景と同様に、雨が降り注いで揺らめく朱音の心に、流れ込んでくる。

 目元にまた涙が、胸から沸き上がる情感とともに、溢れてきた。

 親子ほどの歳の離れた〝友〟の腕の中で、涙はまた、幼子のような咽び声に乗って………流れ出していくのであった。

 

 

 

 

 

 ほんの少し時間が経って。

 雨の勢いは、先程と比べてかなり弱まり、細かい小雨がほそぼそと市内に降り続けている。

 本格ハンバーガーをお手頃な値段で堪能できると言う、タウン誌でも何度か取り上げられたこともある、テイクアウトも可なバーガーカフェの出入り口から、袋を携えて弦十郎が出てきた。

 今日はまだ昼食を取っていなかったが為の、買い出し。

 その足でTATSUYAの駐車場に戻り、運転席の扉を開いて乗車した。

 助手席には、大分落ち着きを取り戻した様子な朱音が、涙で濡れに濡れた自身の顔を、ハンカチで拭き取っていた最中。

 

「何? 弦さん?」

 

 大粒の涙を流し切って、すっかり赤く腫れた目尻の上に、平時より一際潤いを含んで光沢が増した翡翠色の瞳で、朱音は自身をまじまじと見つめる弦十郎を、首を傾げて見つめ返した。

 

「あっ……大分落ち着いたようだなと思ってな……」

 

 涙と言う〝化粧〟で美貌がさらに引き出された朱音に少々見惚れていた弦十郎はハっと我に返り、半ば誤魔化す形で、袋から包み紙のくるまれたハンバーガーと、ホットコーヒーの入った紙コップを出して、朱音に手渡した。

 

「ありがと」

 

 朱音は、同年代の友人を相手にしていそうな砕けた口調と微笑みを見せて受け取り。

 

「いただきます」

 

 合いの手をして、食前の挨拶を置いてから包を開いて、見事なふっくら加減のバンズに挟まれた瑞々しさが残るレタス、ベーコンととろけたチーズと交わり合ったトマトソース、そして肉厚なパティが積み重ねられたバーガーを、ぱくっと頬張り始める。

 弦十郎は、食事中な朱音の光景を、先の涙化粧を目にした時と一転、微笑ましい眼差しで見ていた。

 

「今、子どもっぽいって思わなかった?」

 

 車内なのもあり、相手の視線に気づかぬわけもなく、朱音が眼差しの意味合いを問う。

 今では上司と部下による公的な関係性が付け加えられた二人だが、それを踏まえなくても良い場では、自然と歳の差を超えた対等な〝友〟の間柄となり、口調も気さくでフランクなものになる。

 

〝デキる女の観察眼と勘を、バカにしちゃ痛い目見るわよ、弦十郎君♪〟

(了子君の言う通り、バカにはできんな)

 

 その昔、櫻井博士から聞いたお言葉を思い出しつつ。

 

「すまない、美味しそうに食している朱音君が、えらく可愛らしく映ったものでな」

 

 素直に白状する弦十郎。

 実際バーガーを食べている朱音は、その大人びた美貌で、〝もきゅもきゅ〟なんて音色が聞こえてきそうな、ほっこりほんわかとした面立ちと様相で味わっていた。

 

「不服だったか?」

「いいえ、謹んで〝お褒めの言葉〟と受け取っておくわ」

 

 と、慎ましく返答した朱音ではあるが、日頃から自身の発育が進み過ぎた容姿にコンプレックスを抱えている彼女にとって〝可愛い〟呼ばわりされることは、むしろ最上級の褒め言葉であり、珍しく女言葉を用いるのは、それだけ嬉しいと言うことである。

 実際、頭の周りに音符の記号――♪が複数、浮遊して周回していそうなくらい、口元からうふふと、喜色満面のより上機嫌な調子で、バーガーによる食事を再開させていた。

 それは――

 

(朱音君も、年頃の、そして一人の、うら若き〝乙女〟だ、それを失わせたくはない)

 

 弦十郎の心中で口にした通り、朱音もまた、装者だとか前世は生態系の守護者だったなどとか以前に、一人の年頃の〝少女〟であると言う証左に他ならないことであった。

 

 

 

 

 

〝~~~♪〟

 

 弦さんが買ってきてくれたハンバーガーとコーヒーを食べ終えた直後、制服の布地越しにスマートフォンから着信音が鳴り始めた。

 

「翼からか?」

「sure(そう)」

 

 翼のスマホからの電話には、彼女がツヴァイウイングを為す片翼だった頃のアルバムの収録曲であり、元は声優兼アーティストだったお方の曲をソロでセルフカバーした歌が流れるよう設定してある。

 私の日本語意訳で、『純真なる第一歩』と言う題名な一曲だ。

 実は、翼の歌を最初に聞いたのがこの曲で、そこからツヴァイウイングも存在も知った。

 いわば私と翼たちを繋げた、思い出の歌でもある―――と言うエピソードはさて置いて、折り畳まれたまま演奏中のスマホを展開すると、着信画面に『風鳴翼』と彼女の名前が表示された。

 でも……なんでだろう?

 妙に慌てふためいた調子でスマホを耳に当てて、私が出るのを待っている翼の姿が、脳裏にいきなり浮かび上がってきた。

 とりあえず、まずは応じようと画面をタッチして。

 

「Hello?」

 

耳に当てると。

 

『きっ、きききき聞いてくれ朱音ッ!』

 

 不意に押し寄せた想像通り、大慌てで、てんやわんやな状態だと、端末ができるだけ本人の肉声に近づけた合成音声だけでも簡単に窺える翼の大声が聞こえてきた。

 

『立花から………デートを申し込まれたのだ!?』

「な……なんでそこで疑問形?」

 

 いま……確かに〝デート〟って単語が入ってた気もするんだけど………語尾に疑問符が付いちゃうほどの翼の慌て様を前に、思わず私は聞き返していた。

 

 

 

 

 なんとか落ち着くようにと翼を促し、私に電話を掛けるまでの流れを詳しく聞いたんだけど―――。

 

「なぁ~んだそんなこと?」

 

 本人には申し訳ないけど、こちらからは笑いの種な話だった。

 現にバックミラーに写った、まだ目元の赤味が残ってる私の顔はすっかり満面の笑みで、思いっきり笑い飛ばしている。

 無手な左腕も、勝手に振り上げて、手首にスナップを利かせて宙を縦に振っていた。

 

『え……え? えぇ?』

 

 翼からしてみれば笑い飛ばされるなど考えもしていなかったので、言葉にもならない〝え〟の連呼でできた戸惑いの声を上げる。

 

「言うなれば〝言葉のあや〟、よりストレートに表現するならジョークと言うやつだよ、響からのあのお誘いは」

 

〝せっかくですから翼さん、その日私たちと一緒に、デートしましょ〟

 

 響が翼に投げたと言うこの言葉――〝今度の休日、一緒に遊びに行きませんか?〟って意味であり、それ以上でもそれ以下でもない。

 言うなれば、響の提案に入っていた〝デート〟とは、彼女なりのユーモアを含んだ言い回しによるジョークである。

 それをコメディの域で真面目が過ぎる天然ちゃんなお方の翼が、そのたった三文字の単語に過剰反応して、勘繰り過ぎただけのことである。

 

『そうなのか………はぁ……良かった……』

 

 私からの説明に納得してくれたようで、胸を撫で下ろして翼は一息吐いた。

 

『でも……』

 

 だけど、まだ少なからず不安を覚えているみたいだ

 

「そんなに緊張するもの?」

『あ、当たり前よ………』

 

 

『私には、今まで休息の刻(とき)を娯楽に興じる経験なんて……奏がいた頃にも、あまり……なかったし』

 

 確かに、翼の性格と今までの、聖遺物と特異災害と、それと血の呪縛と言える家らが絡んだ〝身の上〟を想うと、休日に同い年か歳の近い同性の友人と遊びに出掛けるなんて、それこそ〝未知の世界〟な代物で、どう踏み入れていいか分からず足踏みしてしまうのは無理からぬ話だった。

 

「そんな固くなることはない、私たちでフォローにレクチャーもしてあげるから」

 

 けれど、せっかくの大舞台(コンサート)を前にして、緒川さんが齎してくれたつかの間の休息である。

 この好機(チャンス)、生かさないなんて手はない。

 

「どうせなら、思いっきり羽を伸ばそう、みんなに最高の歌を届ける為にもね」

『う……うん』

 

 私から背中を押された翼は、線が細くてぎこちなく、トーンも高いお声と、顔が少々照れつつもはにかんでいると窺える様子で、頷く。

 普段ならどこから来るのか聞きたくなる自信に満ちて、自らを〝剣だ〟と〝防人〟だと、中低音の声色な侍風の時代がかった口調を無意識に心がけているところがある翼ではあるけど、間違いなく、こっちの方が翼の素の口調(ねいろ)であると、言い切れた。

 

「あ、でも――」

『へぇ?』

「さっきはジョークとは言ったけど、もしかしたら響のあれって、ダブルデートしようって意味だったのかも」

『だ、だだだだだっダブルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーッ!』

 

 スピーカーフォンに設定していないと言うのに、受話器から、翼の絶叫が、風圧までも付いて盛大に大音量で轟く。

 こうなると予測して今の発言をかました私は、直前でスマホを耳から遠ざけた。

 さすがプロのアーティスト、単純な大声でも魅せてくれる貫録。

 

『ど、どどどどうする!? どうすんの!? どうすれば? どっしてどうしての? どうしようッ!?』

 

 防人モード(翼が眼鏡を掛けている時の緒川さんをマネージャーモードと呼んでいたのにあやかって)の口調と、素の女子な口調が、声色の高低込みで言ったり来たり右往左往し、アメリカシチュエーションコメディドラマの日本語吹替染みた、あわあわガチガチの大慌ての騒がしいハイテンションで捲し立てる。

 ドカドカと足音の反響音も聞こえるので、向こうでは、全身を震わせつつ、味のある赤くなった表情(かお)で、周囲をぐるぐるぐるりとせわしなく回っているのが手の取るようにイメージできた。

 

『あ――朱音ぇ……わ、私は一体どうしたらい~いッ!?』

 

 ご、ごめん翼。

 今私、まともに受け答えできる状態ではないんだ。

 やっぱり―――この剣君(つるぎくん)、もとい切れ味抜群な天然を発揮する翼って、ほんと、オモシロクァワいいッ♪

 口固く閉じて、手で覆って補強しないと、今にも笑い袋並の爆笑が飛び出してしまいかねない状況。

 ミラーで自分を見たら、目元だけでも破顔しているのが明白なニヤケ様で、さっきとは種類が真逆の涙が浮かんじゃっている。

 引き締まり具合とくびれには自信がある腹部も、よじれそうでねじれそうな、強めの圧迫と一緒に、盛大にけたたましく騒ぎまくって笑いまくっていた。

 正直呼吸もままならなくてきつくもあるんだけど、それすらもむしろ――気持ちいい♪

 

『ねえねえ! 朱音ぇ! 聞こえてるッ!? お願いどうにかしてよ!助けてよ! カモン!ヘルッミー!』

 

 でもさすがにこれ以上、パニックな翼を放っておいたまま、爆笑に酔っているわけにはいかないので、事態を収束させるとしよう。

 

(我が翼(めい)をからかって困らせるのも、ほどほどにしたまえよ)

(善処します♪)

 

 嬉しさと困り気味が混ざった笑みから、口パクでそう伝えてきた弦さんに、私も同じ方法で応じた。

 

 勿論、さっきの爆弾発言はジョークであったと翼に諭して、落ち着かせた頃には。

 

〝朱音も私にいじわるだ……〟

 

 声だけでもムスッとした顔なのが分かる拗ねた翼が、若干子どもっぽい調子でこう言った。

 ああもう、自分の方が年下であると承知の上で言いたい――かわいい♪

〝も〟と言い表すくらいだから、奏さんが存命の頃は、どれだけ彼女が翼をからかっていたのやら。

 もし生きている頃に出会えたら、翼の弄り仲間として意気投合していたかもしれないと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 さてさて、ちょっとした(?)騒ぎから幾日過ぎて、デート当日の、休日。

 梅雨真っただ中の六月で、事実この数日は雨の降る頻度が多かったと言うのに、幸いにもこの日は快晴そのものなお出かけ日和となった。

 朱音たちが休日、遊興に出かける際の主な待ち合わせ場所ともなっている、この瑞ヶ丘公園も、晴天の恵みを受け、園内の色たちは、鮮やかさを増していた。

 時刻は、午前九時四五分。

 園内の、朱色の太鼓橋の傍にて、白のVネックに青のテーラードジャケット、淡いベージュのハーフパンツにハイニーソ、髪型はいつものワンサイドアップから一本結びにして、伊達眼鏡も掛けてニット帽も被ってと、芸能人の身ゆえに目立たぬよう変装も込みで留意しつつも、明らかに気合いの入った服装(ただし緒川によるコーデである)をした翼が立って、他の面々が来るのを待っていた。

 

 

 

 

 

 

 スマートフォンの待ち受け画面に表示されたデジタル時計の時刻を見る。

 ようやく、待ち合わせ場所に来てから一五分が過ぎた。

 実時間はたった一五分、なのに体感では一時間は過ぎた気がする。

 集合時間は午前一〇時だと言うのに………私はそれよりも早い、三〇分前に着いてしまい、朱音と立花と小日向が来るまで、立ち往生を余儀なくされていた。

 原因は………昨夜に遡る。

 私は比較的寝つきは良い方で、よほどの支障がない限り寝床に横たわってから遅くても五分には眠ってしまうのだが………昨夜に限って、やたら目が冴えてしまい、中々寝付けなかった。

 気晴らしに何かしようとすれば却って眠れなくなるは必定なので、必死に寝床にしがみ付いて、ひたすら羊を数えに数えて眠ろうとして、あんなに悪戦苦闘していたと言うのにいつの間にか眠っていた、いつ頃かは……結構時を費やしていた気はするが、具体的な時間は、今や全く覚えていない。

 そんなこともあって………今朝、日差しを浴びて覚醒した時、時刻も確認しないまま遅刻すると早とちりしてしまい。

 急ぎ準備を整えて、せっかく緒川さんが整頓してくれた部屋を早速少々散らかせてしまいつつも待ち合わせ場所に向かったら、結果として早めに付いてしまい、己で己を無駄に待たされる身となってしまった。

 先日もあんな〝生き恥〟を晒しておいて、また朱音、そしてもし生きている奏にでも知られたら大笑いされる種をばら撒くとは私め………頬の熱が上がってきた。

 大体……朱音と言い奏と言い……なぜにどうして、ああも私に意地悪をしておちょくって来るのだろうか?

 太鼓橋の下に流れる澄んだ水面を見れば、両腕を組んで、唇を固く閉めた口の中を膨らませてムスっとした面立ちとなっている自分がそこにいた。

 全く……あの二人は私を芸人かコメディアンの類だとでも思っているのだろうか?

 

※思われています(ぴんぽ~ん♪)

 

 拒絶するほど嫌ってわけではないが………時々、まんまといいように翻弄される自分が悔しくなる時がある。

 せめて朱音には、対等な友として、同じ歌を愛する歌女として、災禍に立ち向かう戦友として、防人(しゅごしゃ)の大先輩として、多大かつ惜しみない敬意(リスペクト)と、そして少なからず好意な感情を抱いているからこそ――

 

〝私を軽くみないでもらおうか〟

 

〝いつまでも道化のように踊っていると思うな〟

 

 ――と、あの我が友にははっきり物申しておこう。

 これでも、装者としては、こちらの方が一日の長があるのだからな。

 うむ、そうしよう。

 

※むしろ高く買われています(ぴんぽ~ん♪)

 

 

 

 

 

 

 五分後、待ち合わせ時刻まで後十分。

 太鼓橋の手すりに背をもたれて、目を瞑り待つ翼に。

 

「おはよう翼」

 

 朱音の大人びた落ち着きと品のある、だが晴れやかさに爽やかさもある声が聞こえてきた。

 一瞬、『遅い!』と言いかけて、翼はその言葉が口から出る前に何とか呑み込む。

 この時点でかなり待たされたが、こうなったのは自分が招いたことで、朱音はむしろ程よい時間で来たのだから、咎めるのは筋違いである。

 

「もしかして待たせた?」

「いや……私もつい先程来たばかりだ――」

 

※ウソです

 

 既に結構待っていた件を知られまいと、事実と真逆の発言をして、目を開かせると。

 

「おはよ……」

 

 刹那、翼は自らの視界が捉えた光景を前に、釘付けとなり、半開きとなった唇は声を一時失う。

 くっきり鎖骨が浮かぶ両肩と、おへその美肌が眩しい、フリルの付いた黒のオフシュルダー。

 長い美脚にぴったり張り付いて、曲線に沿ったミディアムスキニージーンズとウェッジソールサンダル。

 勾玉――ガメラを掛けた首には網目のチョーカー。

 両耳にはクリスタルの勾玉なイヤリング。

 葡萄色がかった黒髪を、うなじを拝めるアップスタイルで纏め、ナチュラル風味に化粧された美貌は、翡翠色の瞳の煌びやかさを、これでもかと一際目立たせて。

 たった今待ち合わせ場所に参じた、朱音の〝私服姿〟と、今の彼女の姿から放出される、色香、気品、綺麗さ、オーラを前に翼は……圧倒されていた。

 

「朱音………つかぬことを聞くが?」

「うん?」

「そのお姿………全て、自分でコーディネイトしたのか?」

「そうだよ、今日の為に結構奮発したんだ」

 

 独力での、ファッションコーデ。

 突きつけられた事実を前に、翼の精神は大きな衝撃を受けた。

 大地に足を踏みしめ、立ち続ける力すら削がれてしまい、その場で、ふらふらふらりと不格好な舞を踊り、近くにあった太鼓橋の手すりに縋りつき、そのまま崩れ落ちた。

 

「翼? どうしたの!?」

「何も聞かないでッ!」

 

 今にも泣きそうな声で、そう言い返す翼。

 彼女にとって、草凪朱音と言う女の子は、色んな意味で、好敵手(ライバル)でもあった。

 

つづく。

 


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