GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~ 作:フォレス・ノースウッド
あの場面の翼ただの奈々さんだろな、カラオケ回です。
規約に従った上で、劇中朱音たちが歌ってる曲の歌詞を掲載しました。
実際に歌詞が載っている曲の作品コードは全て登録しております。
ゲームセンターでUFOキャッチャーやら、シューティングゲームやら、プリクラ等々、センター内のあらゆるゲームを堪能し切った一向。
「さて……次はどこにする?」
「そうだな……」
お次はどこに行こうかと、モール内の柱に掛けられた地図を眺める中、〝ぐぅ~~〟と、四人の内、誰かのお腹の虫が盛大に鈍い鳴き声を鳴らした。
朱音、翼、未来の視線は、一斉に一点に集約される。
明白なことだが、敢えて言うと、腹の虫が鳴くお腹の主は勿論――
「あはは……お水を差してすみません」
「もう響ってば……」
―――ご飯&ご飯な食いしん坊で、後頭部とお腹を同時にさすって苦笑いしている響である。
朱音はモール内の時計を見る。時刻は午後一時半を過ぎていた。
「丁度いい、次は昼食(ランチタイム)としゃれこもうか」
実は私たち、今日お出かけの言い出しっぺの身ながら、ランチをどうするか全然考えていなかった。安藤さんたちと休日街に出かける時も、ふと目に入って気になったお店で食べるか、寺島さんの影響で量は小出し(響は除く)に店から店で渡り歩いてたりと、大抵その場その場で決めて、ノープランも良いところだった。
でも先頭を歩く朱音の迷いのない足取りからして、お昼をどこでどう食べるかは前から考えていたみたい。
その朱音に案内される形で、私たちが次の目的地の前に立っていた。
招き猫なマスコットキャラも飾られた看板には、『にゃんこ太郎』と言うお店の名前が書かれている。
私も響も初めて訪れるお店で、ネットで見てみたら、最近オープンしたらしい。
「カラオケ………焼肉………どっちなのだ?」
「どっちもなんだ、この店は」
元々全国でチェーン展開しているくらい人気ある焼き肉店で、最近カラオケ事業にも参入したらしい上に、そのカラオケボックスとセットになったのが、このお店とのこと。
つまり焼肉を焼いて食べながら歌って楽しむと言う、なんとも単純な足し算。
このお店に限らず、最近はカラオケとセットになった飲食店も結構多いらしい、と前に流し見してたテレビで見たことがある。
「『二時間食べ歌放題ランチ』でいいかな? 私の奢りで」
「歌ってお肉も食べ放題ッ!?」
お腹が絶賛ペコペコなご飯&ご飯の響は、朱音の口から出て、同時にスマホの立体画面に表示されている広告にも載っている〝食べ放題〟の一単語に真っ先に食いついて、まんまるなお目めを、キラキラと輝かせていた。
いつもながら、口元からは涎もこぼれ始めたので、こういう事態を想定して予め持ってたポケットティッシュから一枚引き出して、ひと吹きしてあげる。
「いいのか? そこまで施しを受けると気が引けてくるぞ」
食べ放題のお値段は、四人分合わせると女子高生の昼食にしては結構高めのもの。
「いいってこと、そもそも割り勘にしたら、未来に借金(キャッシング)してる響君にさらなる金銭的負担を背負わせてしまうからね」
「あ、朱音ちゃん! そこはシー! シーだって!」
食べ放題と言う天国から一転して突き落とされた響は慌てて口に人差し指を建てたけど、もう後のお祭り。
「何? 本当か小日向?」
「はい……詳細は控えますが、響にいくらか貸しているのは事実でして」
誤魔化せるわけもなく、苦笑いで私は翼さんに事実だと伝えた。具体的な経緯と金額は、響への面子を立てて秘匿させてもらいます。
こっちは気長に待つ気でいるけど、下手をすると借りたこと自体忘れる懸念もあるので、事実そのものははっきりさせておいた。
ほんと、だらしないところはとことんだらしがない残念な子なんだよね、響(わたしのしんゆう)って。
朱音の言い方はオブラートに包んだものだけど、要は響には現状、支払い能力は全くないと、後何年かすれば使えるようになるクレジットカードの審査並みに厳しいものだった。
実際、私が貸している金銭は、今のところ一文も一銭も戻ってきていないので、否定できない〝事実〟ではある。
「と言うわけで私の奢りでも遠慮はしなくていい、でも『タダほど高いものはない』なんて言葉もあったかな」
「うぐっ………」
すっかり場の仕切り役な朱音も、笑顔でさらりとさらに〝釘を刺し〟、響は胸に手を当てて少し呻き声を上げた。
朱音って気前と面倒見は良いんだけど、同時に甘くない強かさもあって、飴と鞭の使い分けが上手い。
時々見せる厳しさも何というか、決して頭ごなしに突きつけたりしなくて、表現(いいまわし)が上手いと言うか、水が土の根深くまで、しっかり伝わってくるって感じ。
よりもっと分かりやすく喩えるなら、童話の〝北風と太陽〟の、太陽の方かな。
〝少し―――頭冷やそうか〟
ただ、さっきのUFOキャッチャーの時に見せた、晴れ晴れとしてるのに背筋が凍る笑顔の様に、とことんストレートに厳しくなる、時を通し越して底冷えに怖い時もあるけど。
ほんのついさっきのこととは言え、あの表情は喜色満面なのに蛇に睨まれた蛙みたいになる威圧感たっぷり笑顔を思い出すだけで背中に寒気が走ってきた。
仲根先生の、主に響に落とされる〝雷〟の方が、まだ温かったと思えてくるくらいに。
人柄の良い人ほど、怒った時は一際怖いって………本当なんだね。
「いらっしゃいませこんにちは」
「高校生四人です、ステージルームは空いてますか?」
「はい、ご案内いたします」
店員さんに案内されて入室した四人でもまだ余裕のある広いステージルームの固執には、天井のミラーボールにカラオケ用のテレビにスピーカーにマイクに注文もできる専用パッドと、テーブルの上には焼き網に換気扇と、どちらの店で見かける光景が合わさっていた。
「飲み物は何がいい? お酒と烏龍茶以外はどれでもござれだけど」
パッドからメニューを開いて、『二時間食べ歌放題ランチ』注文した朱音が、飲み物は何がいいか聞いてくる。
当然私たち全員未成年なので、アルコール類はご法度だけど……どうして烏龍茶も? 地味に気になった。
「ほえ? 焼肉と言ったら烏龍茶じゃない?」
「実は肉の脂と言うのは、喉を保護してくれて歌うのに心強い味方となってくれるが、逆に烏龍茶はそれを洗いざらい流してしまうから〝天敵〟となってしまうんだ」
人差し指で自分の喉をとんとんとして、響の尤もな疑問に応える朱音。
「へぇ~~そうなんだ」
私も朱音からの目から鱗な知識に感心していると。
「はぁ………あっ………」
口を半開きにして〝しまった……〟みたいな、何だか泣きそうな表情と、言葉にならない声で悔しさに震えている翼さんを目にした。
なんとなくだけど、察しがついた。どうやら翼さん、肉の脂と烏龍茶にまつわる知識を自分の口から解説して披露したかったのに、朱音に先越されてしまったみたいだ。
ご……ご愁傷さまです、翼さん。
注文して少しすると、部屋の壁のスリットが入っていた箇所が開いてコンベアの付いたレーンが伸びると、真っ白に光るご飯やお肉や野菜の乗ったお皿と四人分のドリンクが自動で運ばれてきた。
この自動配膳システムは、今の時世ではチェーン店でよく見る光景だけど、きっと初めてこの機能を体験した人たちはさぞかしびっくりしただろうな。
朱音はトングで、運ばれてきた材料を予め温めていた焼き網で焼いていく。
まずは、始めに食べるのが定番のタン塩。
タイマーで測ってるわけでもないのに、朱音はさっと肉を裏返すと、丁度いい感じに表面が焼き上がっていた。
「焼肉も大層な手慣れ具合だな」
「うちの祖父(グランパ)がバーベキューより焼肉派でね、向こうの『丑角(うしかど)』はバチモンって豪語するくらいのお奉行さんだから」
『丑角』とは、海外進出もしている焼き肉チェーン店の一つで、アメリカでも全米に渡ってアメリカ人たちに人気らしく、お店や地域(日本人がたくさん住んでいる街とか)によっては、日本でお馴染みの焼肉を食べられるところもあるそうなんだけど、やっぱり文化の違いで、どうしても私たちの知る焼肉像と違う点が、色々あるお店も少なからずあるとのことだ。
今日も面白いカルチャーギャップを話しつつ朱音は、両面とも適度に焼かれたタン塩を、それぞれお皿に乗せる。
自分の食べる分もきっちり確保しながら、四人均等に渡るように。
「いただきま~す♪」
前もって塩で味付けされているとは言え、朱音の巧みな焼き加減もあって、そのまま食べても肉そのものの美味しさに、舌が喜んで味わっているのが分かった。
私でもこうなので、タン塩をご飯に多めで巻き付けて一口で口の中に入れてリスみたいになっている響は、それはもう美味しそうに食べている。
勿論これは序の口。
三角バラ、ロース、カルビに、イチボやザブトン等々と、朱音の手で、赤味と脂身のお肉たちが次々と焼き上がり、私たちの舌を大層堪能させていった。
「あゃっ……く、草凪、折角だからこのトマト、差し上げようか?」
「先輩、そういう見え透いてお見苦しいご厚意は慎んでご遠慮致しますので、しっかり食べて下さいね♪」
「は、はい……」
なぜかサラダの一部なトマトを上げようとする翼さんと、それを笑顔でやんわりとオブラートに包みつつ、でもストレートに跳ね除けた朱音とのやり取りがあった。
実は、食生活も込みでストイックなイメージがある翼さんには、トマトが苦手と言う一面もあった。
勿論、厳しいところは厳しい朱音が、苦手だからと言って大目に見るわけもなく。
「チーズと一緒にサンチュで巻いて食べてみて」
かと言って、無理やり食べさせるほど鬼でもない朱音なので。
「おお、これなら私の口でも食せられる、かたじけないあっ……草凪」
苦手でも食べられる食べ方をレクチャーすることでフォローして、ここでもしっかり飴と鞭を使い分けていた。
「ところで、歌の一番手は誰にする?」
次のお肉、三角バラを焼こうしている朱音からの言葉で、思い出す。
お肉の美味しさで、ここが〝カラオケ〟をする場でもあることをあわや忘れかけてた。
けど喉はここまで食べてきたお肉の脂でコーティングされていると思うので、歌うにはもってこいのタイミングかもしれない。
「では、歌の先陣は私が切り開こう」
真っ先に、翼さんが勢いと景気よく乗り出してきた。
パッドを手に取って、検索を始める。
「おお~~~ッ!」
ランチタイムで高くなっていた響のテンションがさらに上がる。
不思議なもので、カラオケボックスの中では、さっきのゲーセンの時みたいな奇声も気にならなかった。
「翼さんの生歌をカラオケで聞けるなんて、私たちぐらいだよッ!」
「う……うん」
一応平静な感じで椅子に腰かけている私だけど、内心実は、響と同じくらい興奮して待ちわびている。
ああ……胸の奥が、ドキドキしてる、なのに息は、少しでも油断しちゃうと、呼吸を止めてしまいそうだった。
だって、一介のファンでしかなかった自分が、ツヴァイウイングの………あの翼さんと、プライベートでご一緒して、しかも カラオケの場で生の歌声を聞けるなんて、思ってもみなかった。
この前、朱音とデュエットを披露した翼さんの歌う姿を間近で拝めた影響でもあるのか、蘇ってくる………翼さんと、そして奏さんのツヴァイウイングの歌を夢中になって聞いていた、あの頃を。
一度は色褪せてしまっていたあの頃の思い出が、一気に鮮やかさを取り戻してきた。
毎日、何度も、時間が許す限り飽きるくらいあの二人の歌声を聞いていたのに、全然飽きる兆しがなくて、聞き入ってたっけ。
その勢いも余って、響にツヴァイウイングを紹介した……んだったね……。
〝~~~♪〟
思い馳せて、待ちわびていた耳に、入ってきた前奏。
あ……あれ?
私は、その和の香り漂う弦の響を主役としたメロディを、聞き間違いかと一瞬想い、両目が点になった。
さっきまではしゃいでいた響も、私とほとんど一緒なぽか~んとした表情になってる。
どう耳をすましても、やっぱり聞こえてくるのは、時々テレビのチャンネルを回している時に見る歌謡ショーの番組か、下手をすると大晦日のアーティストたちが紅と白に分かれて競うかの特番ぐらいしかお目にかけていない―――〝演歌〟そのものな、音色でした。
そしてモニターには、『恋の桶狭間』と言う、演歌には疎い自分たちでも演歌だと分かる、演歌らしい、私たちも名前は存じているあの織田光子さんの名曲(なにしろCD冬の時代と言われたご時世でCDが二千万枚も売れたと言う怪獣並みと言ってもいい大ヒット曲)の名前が、大きく出てきました。
「渋い……」
まさかの翼さんのチョイスに、私の口はこの一言が零れるので精いっぱい。
まだ呆気に取られている私と響をよそに、天井のミラーボールが色んな色の小さな光を張り巡らす中で、翼さんは私たちに深く、粛々と一礼すると。
「唇に~な~んてことするの? 罪の味~教えたの~あなた~~悪い~人~~♪」
顔を上げると同時に、音色に乗って歌い始めました。
聞き慣れたあの歌声とは真逆の、でも翼さん以外の何者でもない、独特の澄んだ高音の利いた歌声が、演歌らしいこぶしも利いて込められて奏られ、私たちの耳に響いてきます。
「二人とも、驚いた?」
ぽか~んと口を開いたまま聞いていると、朱音が茶目っ気たっぷりで瞼を猫の輪郭にさせた笑顔を向けてきた。
本当に驚いた、驚かされた、驚きが隠せなかった………本当その通り、他に言い表しようがない。
私たちがこんな心境になるのも無理はない話で、翼さんが歌そのものに嵌ったきっかけが演歌なくらい〝演歌マニア〟であることは、今までメディアからでも公式でも一切、公に明かされたことのない事実だった。
「朱音ちゃん、翼さんが演歌好きだったの知ってたの?」
「私もつい最近知った身だが、前から薄々そうではないかと思ってた」
朱音の話では、以前から翼さんの歌声からは演歌の趣きを感じ取っていたらしい。
ネットでの翼さんの評判でも、演歌との繋がりを言及した意見は、自分が知る限りでは見たことなかったので、朱音の聴覚と音感の鋭さが窺える。
「多分、演歌の癖を矯正するのに相当苦労もした筈、〝日本海が見える〟なんて言われるくらいに」
「~~ッ!」
そう朱音が言った直後、一瞬だけどサビに入る直前だった翼さんの歌唱が若干乱れを見せた。
今の翼さんのリアクションから見るに、本当に言われたことがあるらしい。
「お許しください~~嫉妬は~乙女の花火~~♪」
けれどもそこはプロのアーティスト、何事も無かったかのように持ち直した。
堂に入った、貫録すらも感じさせる、こぶしを強く利かせた翼さんの歌声と、歌う姿。
すっかり私たちは、夢中になって聞き入っていました。
そして、これは後から翼さんに聞いた話だけど、昔実際に奏さんから『翼の歌声って日本海が見えるよな』と言われ、ツヴァイウイングデビューまでに何とか演歌の癖が抜けた歌い方をマスターしようと特訓の日々を送っていたとのことです。
「さあ、二番手は誰だ? どこからでも来い!」
アーティストとしても、守りし者(翼曰く防人)としても、風鳴翼と言う一人の人間にアイデンティティーの根幹を為す一角でもある『恋の桶狭間』を熱唱し終えて、私たちから拍手を貰った翼は、〝挑戦を受けるッ!〟みたいな得意満面な調子でマイクを差し出してきた。
私は何番手でもいいんだけど、一応確認しておく。
目線を響に向けると、響は顔と手を左右に振って、〝ごめん、無理だよ〟と表情で言ってきて、〝どうぞどうぞ〟と手(ジェスチャー)で譲ってきた。未来にも目を向けると、ほとんど同様のリアクションを彼女からも取られた。
すっかり翼の、場を歌謡ショーに変貌させる大熱唱だったオンステージを前に、ファンな二人は聞き入っていた反動で及び腰になってしまっている。
ここはカラオケ、みんな楽しくノリよく歌い合えばそれでOKな場。別に歌唱力の白黒を決めたりだとか、歌手としてプロデビューできる全国規模のオーディションの類をやってるわけじゃないんだから、そんな遠慮しなくてもいいのに、やれやれ。
しょうがない。
「それじゃ、私が行きましょうか」
私が名乗り出て、次の曲選びを検索し始めた途端、響と未来はわくわくも籠ったエールの眼差しを送り、翼は両腕を組んでどんと来いと待ち構えている。
こうも期待されていると、応えないわけにはいかないな、せっかくだから、こちらもみんなをあっと言わせるチョイスをしよう。
私は直感、そして心の赴くままに、次の曲をあの〝歌〟に決めた。
それじゃ、行きましょうか。
曲を選んだ朱音は、手にしたマイクをくるくると器用に回して小さな壇上に上がる。
テレビ画面には、英語の曲タイトルが出てきた。
直訳だと『別の日が来る』、かな?
スピーカーからは、ピアノの音色が流れて来た。
何だか、月明かりが注ぐ真夜中の、水の中のイメージ思い浮かんでくる、静かな旋律。
「この曲前奏結構長いから、少し待っててほしい」
そう前置きを口にした朱音の言葉通り、暫くはピアノの独奏による前奏が続いた。
水面のさざ波が、大きくなる様に、音色のテンポが上がる。
朱音は両手でマイクを握りしめて、一度目を閉じる、同時にピアノのソロが終わり、ギターのメロディが響いてきた。
まるで………少しずつお陽さまの光が昇って、空を照らしていく様な。
そして、閉じていた朱音の瞳が開かれた瞬間。
〝―――ッ!〟
一変して、大音量が耳に押し寄せてきた。
「ひぃ! あ~~びっくりした……」
響もびっくりして、変な声を上げる。
「Another day~~~Co~mes~~♪」
荒々しくハードな、ギターとベースとドラムによるパンクロックサウンドと言う荒波に乗って、ライブハウスよりも小さい舞台の上、朱音の歌声が歌の名前を発し、日本人離れしたネイティブな響きで英語の詩を奏でていった。
伸びやかで力感たっぷりかつ迫力もたっぷりに、パッションを迸らせて訴えかけてくる、朱音の歌唱(ボーカル)。
「As long as you are here~~~I wil Sing~~~―――ッ!♪」
それと、サビの頂(いただき)に挟み込まれる、見上げるほどに巨大な怪獣が、天空へと上げる咆哮にも似た、〝叫び〟そのものな――〝スクリーム〟
私たちは、息を呑んだまま、釘づけになっていた。
朱音が歌い終えた頃には、トラックを疾走したわけでもないのに、呼吸が少し乱れていた。
それぐらいに、二曲続けた、翼さんと朱音の〝歌〟に、圧倒されていたのだ。
一番手が翼。二番手が朱音。――の順から始まった昼食(ランチ)も兼ねたカラオケシングタイム。
最初こそは一人一曲ずつ四人均等に歌う機会を設け、響も未来も、この場での自分の持ち歌を何度か披露していたのだが。
歌う割合が均等になるよう努められていた〝秩序〟は、段々とそのバランスを変質させていった。
正確には、朱音と翼が歌う割合が、どんどんどんどん、増えていった。
お分かりかと思うが、敢えて言うとこうなっていったのは、大体この二人の歌姫の熱の入った歌唱が原因である。
片翼(ソロ)となった現在も、日本のアーティストのトップ街道を走り続け、海外の音楽界も認めるプロ中のプロな翼。
そこらのプロとは比べものにならぬ、並みのプロでは深々と頭を下げること請け合いな、プロ顔負けの歌唱力とパフォーマン力を持つ朱音。
そんな〝口からCD音源〟レベルなこの二人の〝初手より奥義を仕る〟な選曲と歌い様は、お互いの歌女(うため)としての心(ハート)に〝火が点いて滾り、踊り昂る〟には―――充分過ぎた。
(あ……あれ?)
未来の目は見た、確かに見えた。
二人の瞳に映る、彼女らの〝心の炎〟を。
翼は織田光子氏のディスコグラフィを筆頭に、遠い昭和の懐かしき時代の曲から現代でも新たに生まれ出ている和の香りたっぷりな演歌、歌謡曲を。
朱音は古今東西の映画、または特撮スーパーヒーロー(弓美ほどではないが時々アニメ)の、作品を彩る主題歌やここと言う名場面で飾られてきた挿入歌の数々を中心とした――それぞれのラインナップでせめぎ合う。
朱音が六〇年代に公開された殺しのライセンスを持つ英国スパイの代表作の主題歌を、映画の作風雰囲気ぴったりに艶やかに色味を帯びた声で歌えば。
翼は同じく六〇年代に、当時の日本の酒の場を謳ったブルースを、ムーディーに渋く歌い。
〝キラッ☆!〟
「流星にま~た~がって、あなたに急上昇~~oh~oh~♪」
朱音が、某ロボットアニメの超○空シン○レラアイドルのかの曲(こらそこ、朱音なら銀○の妖精の方が似合うんじゃないと言わない)を、劇中の振り付けも、サビの出だしのキラリ☆も完璧にトレースしてキュートに歌うと。
「ああ~~津軽海峡~~冬景色~~♪」
ならばと翼は、二〇世紀昭和の時代の演歌歌手の代表格がブレイクするきっかけとなった演歌そのものとしてもトップクラスの知名度を誇る歌を、北海道と青森の間に流れる海の雪景色を明瞭に想起させるくらいに熱唱し。
「Come together~~right now~~over me~♪」
二〇世紀を代表するバンドグループのボーカルのソロの代表曲でもあり、アメリカンコミックのヒーローたちがチームを組んで悪に立ち向かう実写映画の主題歌としてカバーされたこともある名曲を朱音が唱えれば。
「今~一人一人の~~胸の中~~目を~覚ませ!♪」
対して翼は、かのガラケーで変身する仮面の戦士の主題歌を主演俳優自らが昭和歌謡風にアレンジしたカバー版を歌唱し。
「Be~the one~Be the one~All right~明日の地球を――投げだせないからッ!♪」
だったらと朱音は、九〇年代の邦楽を盛り上げたミュージシャンたちのコラボでもあり、日本のベ○トマ○チなボトルで変身する仮面戦士の主題歌を熱唱する。
「響は次何歌うか決めた?」
「いや~~もうほとんど持ち歌使い切っちゃったし、聞いてるだけでお腹一杯になっちゃうって言うか………未来は?」
「あはは……実は私も、何度かここがカラオケだってこと、忘れてて」
カラオケとしてはいかがなものかと言いたくもなる状況になりかけていた。
が、今やこの場は朱音と翼によって、カラオケボックスと言う空間の皮を被ったライブ会場と化している。
なので、響たちからしてみれば、聞き手側にいるだけで、堪能し、満たされていた。
何せ、あの色気より食い気のご飯&ご飯な響が、いつもより食べる量が少ないなるくらい(それでも常人からは腹八分目どころか十分目をとうに通り越しているが)だ。
それほどまでに二人の奏でる音楽に魅入られているに他ならない。
一方、ここまで全力投球で歌い続けている二人の喉は、全く一向に消耗を片鱗すら見せる気配がない。
しまいには、二重奏(デュエット)と言う形でのメドレーセッションまでに至っていた。
歌い手が二人、観客も二人、ミニマムだが、ミニライブでは収まり切れない
トランプカード×昆虫または蝙蝠×吸血鬼モチーフの仮面戦士の主題歌も歌ったこともあるアーティストの、ただ夢を見ているだけではいられない女性の心情を謳ったデビュー曲。
お酒のCMでもお馴染みであり、一度は苦い思い出となった想い人への恋慕を、今でも胸に宿す恋心を描いた一曲。
バスケットボールに青春を捧げる高校生ドラマを描いたスポーツ漫画原作アニメの金字塔のタイアップ曲。
王子様を目指す男装の麗人な少女が、世界を革命する力を求めて決闘に挑む九〇年代アニメのオープニング曲。
と、同じ歌い手による。
秋葉原を舞台に、AIペットを巡る少女たちの友情とバトルを描いたアニメの主題曲である、日本語訳で『誕生』を意味する題名な一曲。
「残~酷な~天使のように~~♪」
「少年よ~~神話にな~~れぇぇ~~~♪」
そして、次なる曲が、荘厳なる前奏(コーラス)。
同じく九〇年代、爆発的な社会現象を起こしたかのロボットアニメの名曲。
〝~~~♪〟
(え、英語!?)
しかも、朱音は出だしから続く一番目の歌詞を、英語の訳詞で詠うアレンジまで披露した。
帰国子女で英語も堪能、現に英語詞の歌をいくつも朱音は歌っていたと言うのに、響は仰天させられる。
対して翼は、彼女の〝アドリブ〟に全く動じることなく応じ、英語詞に歌い替え。
二人は詩を日本語と英語とで行き交いさせた目覚ましい協調(ハーモニー)を見せてきた。
〝英語は何て言ってるかさっぱりだけど凄いよね!〟
と、もう何度目かもしれぬ、胸から昇る興奮と感嘆の気持ちを共有しようと、響は未来(しんゆう)に伝えようしたが、前述の言葉は彼女の口からは出ずに。
「み……未来?」
頭を傾げて、友の名を口にして訊ねる。
「え? なに響?」
「その、上手く言えないんだけど………なんか未来の様子が気になって、はは……」
朱音と翼が高らかに歌う姿を、口が慎ましく開き、瞬きも忘れてまざまざと見つめる彼女に、響は自分でも上手い表現が見つからない、言い知れぬ感覚が過ってきたのだ。
「朱音と翼さんって、良い意味で〝ライバル〟だなって、思ってたの」
未来は響からの問いかけに、微笑みと一緒に答える。
「ら……らいばる?」
「そう、だって二人とも、あんなに楽しそうに〝負けないぞ〟って、競い合ってるんだもん、ライバルって言葉が一番ぴったり………私が陸上やってた頃は、そう呼べる相手がいなかったから、ちょっと羨ましくてね」
ライバル――好敵手。
英語だと、『対立し続ける相容れない相手』と意味合いでもあったりと、特に欧米の方では好ましくないイメージも有してはいる。
「「残酷な~天使の~テーゼッ! 窓辺から~やがて~飛び立つ! ほと――ばしる熱いパトスでッ――思い出を裏切るな~らッ!♪」」
それでも、この二人の歌女の関係性の一つを、一言で表すならば、未来が言ったように、この言葉が最も似合うだろう。
朱音も翼も、今ではお互いへの感情に、〝対立〟の二文字はない。
むしろ、戦士としても歌い手としても互いの実力を認め、敬意の念を抱き、人となりも含めて、戦場でも舞台でも、強い信頼を築きあげている。
その上で――〝負けられない〟――と、意識し、リスペクトし合いつつも、競い合って歌い合い、共に自らの〝歌〟をより磨き上げ、高め合っている。
「きっと――〝競う〟ってことも、その人たち次第、なんだよね」
ならばやはり、好敵手(ライバル)であると表するのが、最も相応しい。
「「この宇宙(そら)を~~抱いて輝く~! 少~年よ神話にな~れッ!♪」」
―――――――
朱音と翼はメドレーを一度切り上げて歌い終え、場は響と未来の拍手で包まれた。
「さあ、今度は四人全員で思いっきり歌おう」
「「えぇぇぇーーッ!?」」
「お、それは良い提案だな」
朱音からの突然の提案に、当然二人は驚愕。
それはつまり、天下のトップアーティストと一緒に歌うことに他ならない為、足踏みせざるを得ない。
「こんなチャンス、滅多にないんだから、この波に乗らない手はないよ」
「朱音ちゃん、なんか妙にノリノリじゃない?」
「あら? 私はいつだって波(ノリ)に全力で乗るのは得意なんだ、知らなかったかい?」
いつにも増してテンションが上がって押しの強い朱音は、こう返す。
こうして、本当に滅多にお目に掛かれない四重奏(カルテット)で、次なる曲の幕が上がる。
「瞳の~奥の真実~吸い込まれそうな~♪」
「笑顔の裏の真実に~~♪」
「柔らかな~~愛!♪」
「僕が届け~~に行くよ~~~♪」
選ばれた曲は、朱音が『純真なる第一歩』と意訳し、翼が運命を感じたと言うあの狼っ子も登場する魔法少女のアニメの、代表曲。
「「「「僕の名前を呼~んで~~~あの日のように~~笑いかけて~~♪」」」」
抒情的(リリカル)なメロディに乗って、四人の歌声が響き合い、奏で合っていった。
つづく、と見せかけてもう少しおまけ――その頃司令室では~~♪(リディアン校歌)
「司令、大変です」
「どうした?」
「ポイントX-913にフォニックゲインの反応が見られます」
「何だと!?」
ちょっとした、騒動になっていた。
今度こそ――つづく。
翼さんと朱音の今回のデュエット曲は、奈々さんとコラボしたことがあるアーティスト縛りで選んだのですが、結果ほとんどが90年代の曲になっちゃいました(汗