GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~ 作:フォレス・ノースウッド
認定特異災害――ノイズが引き起こす災害、事件に対処する機関は、当然ながら日本政府にも存在している。
〝特異災害対策機動部〟――通称、特機部(とっきぶ)
この機関には一課と二課、二つのセクションが存在し、前者は主に民間人の迅速な避難のサポートと、ノイズの進行をできるだけ人口密集地から遠ざける為の誘導に、被害の後処理が主な任務。
一般の人間が〝特機部〟のことを聞かれて思い浮かぶのは、主にこの一課。
なら――第二課は?
ノイズに齎される被害対策を担う点は無論一課と共通しているが、二課には二課ならではの〝一面〟を持っていた。
「ノイズとは異なる、高出力のエネルギーを検知」
「発生地点、音無倉庫街と判明」
その第二課の、地下深くに存在し、オペレーター含めたスタッフたちの肉声が飛び交う本部の司令部。
「まさかこれって―――アウフヴァッヘン波形?」
律唱市の倉庫街が発生源なエネルギーの正体を掴んだ、ポニーテールとマゼンダ色な縁の眼鏡と白衣を着込んだ科学者らしき妙齢の女性が驚きの表情を見せる。
「アーカイブに、該当する聖遺物は存在しません」
そのエネルギーを放っている〝源泉〟は、本来二課にとって馴染みのあるものでありながら、未知なる存在であった。
「未知なるシンフォギア……だと?」
長身かつ筋肉隆々の、1980年代アクションスターにひけを取らぬ肉体と、獅子の如く逆立った髪に、絵に描いた豪胆さと人格者な雰囲気を併せ持った男――この特機部第二課の司令官である彼も、〝正体不明なシンフォギア〟の存在に、驚きを禁じ得ていなかった。
この後、さらなる驚愕を突きつけられることになるのだが――
「ノイズドローンの一機のカメラが捉えました」
――人間のみを襲い、二次的被害を除けば人間の産物には手を出さないノイズの習性を利用し、特機部は無人偵察機――ドローンを活用し、常にノイズの活動と、ノイズに立ち向かう戦士の戦いを記録している。
「映像、出ます」
宙に出現した3Dモニターに、ドローンに搭載されたカメラの映像――俯瞰からの音無倉庫街が映し出される。
「ん?」
長い黒髪と大人びた容姿に背も高い、〝美人〟と称した方が相応しいあの少女……どこかで見たような……まさか――
「〝装者〟と思われる少女の方へ拡大してくれ」
「了解」
コンクリートから上空へ垂直に、かつ円形上に放出されている何らかのエネルギーフィールドの内側に、尻もちを付く幼女と、ギアらしきアーマーを装着している少女の図を目にした司令官は、見た目に違わぬ野太い声で、映像の拡大を指示した。
ある直感を過ったのが、その理由。
「なぜ………あの子がギアを?」
顔が画面のほとんどを占めるくらい拡大された映像を目の当たりにしたことで、彼は自身の直感が、ものの見事に的中してしまった事実を突きつけられた。
あの翡翠色の瞳……見間違いようのない。
〝草凪朱音〟
司令官にとって、共通の趣味を持つ年代差を超えた友人でもある少女が、正体不明な未確認――UNKNOWNの〝FG(フォニックゲイン)式回天特機装束――シンフォギア〟を纏って、ノイズと対峙していたのだ。
いつも見る彼女とは思えない〝戦士〟の眼差しを発する彼女に、さしもの彼も、驚愕を秘めておくことはできずにいる。
彼の驚きをよそに、カメラが捉えた朱音の翡翠の瞳が、こちらへと向かれた。
地球の生命エネルギー――マナの力を取り込んだ〝勾玉〟によって誕生したシンフォギアを身に纏い、凛然と――そして眼光で撃ち貫かんとばかりに力強い眼力で以てノイズと相対していた朱音は、右の掌を広げる。
掌に装着された装甲の円状の部位から、炎が突如噴き出たかと思うと、最初は形状を変動させていた火炎が、彼女の身の丈の半分より長い長さな棒状に押し固められ、紅緋色のアーマーと同色のロッドへと変質した。
それを手に取った朱音は、頭上で高速回転させた後、ノイズに牽制する形で中段構えを取り、同時にロッドの両端が伸長して、彼女の身の丈を越す長柄となる。
〝覚悟しろ――お前たちの好きにはさせない〟
〝変身〟した直後は、ノイズたちにそう啖呵を切ったものの……存分に戦えるかと言えばそうじゃない。
自分の背後には、ここまでどうにか守り抜けた女の子がいる。
足手まといなんて毛頭考えるつもりはないけど、この子をあの数のノイズの攻撃から守りながら戦うのは、中々骨が折れる。
やっぱりまずは、女の子を連れてここを振り切り、安全な場所に連れて行くのが現状最善なのだが……どうするか?
「あれは?」
警戒を怠らず、あらゆる方角に目を向けていた私は、すっかり日が暮れ、夜天となった空に、ノイズとは違う滞空する飛行物体をを見つけた。
ギアの力で、五感も強化されているのか、夜だと言うのに物体の輪郭がくっきり見えた。
二つのプロペラで動く無人機――ドローン。
しめた……ノイズが跋扈するこの状況でドローンが飛ばされているってことは、あれは〝特異災害対策機動部〟が保有している機体と見ていい。
本来、日本政府が〝秘匿して保有している兵器〟であるこのシンフォギアを、一介の民間人――つまり自分が使っている様を目にしたら、放ってはおけない筈……そこを上手く利用すれば、この子の安全を確保できる―――なら決まり。
「来て」
「うん」
脳に送られた情報によれば、〝アームドギア〟と呼称されるらしいロッドを右手で構えたまま、私は一時しゃがんで女の子を左手で抱き寄せ、再び抱き上げた。
まだ、周りはノイズを妨げるフィールドが張られているが、私の変身が完了した以上、そろそろこの〝防御壁〟も消失してしまうだろう。
現に、フィールドの勢いはみるみる落ちていき、厚みも薄くなっており、ノイズどもはいつでもこちらを襲えるよう、待ち構えている。
この障壁が完全に消えれば、奴らは一斉に攻め掛かってくる――その瞬間が――この包囲網から一気に脱出するチャンスだ。
「高いところは苦手?」
前もっての確認も怠らず。
私の質問に、女の子は首を振って答えた。
さすがにこの子を抱えた状態で〝音速越え〟は叶わないが、私も久々に〝飛ぶ〟身なもので、肩慣らしのハンデとしてはむしろ丁度いい。
もうじき、だな。
円形状の光の輪郭の明度も弱まり始めたかと思うと、あっと言う間に、ノイズから私たちを守っていた障壁が消滅した。
予想通り、邪魔ものがいなくなったノイズたちは、人を襲う本能のまま、包囲網の円を維持したまま、距離を詰めてくる。
内何体か、両腕を伸ばしてきた。
距離、約十メートルまだだ……ギリギリまで粘れ、タイミングを見誤るな。
よし―――そこだ!
「――――」
焼き払え!
〝歌〟を奏でつつ、ロッドの打撃部分から、鉄さえ融解させる〝プラズマの火炎〟を放射し、同時にその場からバレエダンスの要領で全身を一回転させる。
円を描いて吹き荒れる灼熱の豪火は、肉薄してきたノイズたちの先頭集団を糸も簡単に呑み込み、奴らに断末魔の奇声を鳴らせて灰も残さず焼き尽くしていく。
今だ!
360度まで回転仕切ったところで―――両の足裏に備えられたスラスターユニットを点火、白い噴流を放出し、こちらの攻撃を受けて態勢を崩しているノイズへ煙幕代わりにばら撒いた。
「掴まってなさい!」
白煙と暴風の二重攻めで敵がたじろいでいる隙を突き、スラスター出力を急上昇させて、その推進力を糧に飛翔、ノイズに溢れた倉庫街――地上から離れていく。
生物でありながら、飛行機よろしくジェット噴射で空を駆けた〝私〟ならではの飛行方法。
行ける………肉体組織は人間な上に十五年以上のブランクと言う不安要素はあったけど、自分が思っていた以上に、感覚はちゃんと〝飛行〟のイロハを忘れずに覚えていた。
「す、すごい……本当に飛んでる」
恐がるどころか男の子に負けじと興奮した様子で地上を眺めながら、慣れた様子で宙を走る私にも感嘆の眼差しを女の子が向けてきた。
実際、久々なだけで飛び慣れてはいたんだけど。
よし、ドローンもこちらを追走している。このままできるだけノイズのいない区域にまで飛んで行けば………けど、敵もすんなり振り切らせてはくれない。
案の定、海生生物のエイに似た群青色の飛行型ノイズが、こちらに接近している。
前方から三体、後方から二体、挟み撃ちにする魂胆だ。
「させるか!」
この姿であの〝火球〟を最も効率よく撃つとなれば――〝銃〟の形にとる他ない。
〝アームドギア〟の生成に必要なのは、エネルギーとイマジネーションなのは分かっている。その二つが揃えれば、武器の変成など―――右手に持つロッドが、金属音をいくつも鳴らして形を変え、グレネードランチャーとショットガンの特徴を掛け合わせた紅緋色で円筒状の銃身をした〝飛び道具〟となる。
それを構え、トリガーを引いた。
銃口から、鉛の弾丸――ではなく、〝プラズマの火球〟を発射。
初発が前方の一体に命中、瞬く間にノイズの体組織を燃焼させ、爆発。
続けて、二発、三発と連射、さらに右肘のスラスターを吹かして素早く後方に転換、もう二発の火球を撃ち放ち、背後の飛行タイプも蒸発させる。
全弾命中、自分以上のスピードで飛べる災いの影どもに比べれば、当てることなど造作もない。
足と背中のスラスターで飛行を続けながら、進行方向にいる飛行タイプを先んじて撃ち落としていく。奴らはいずれ消滅する運命だが、これ以上犠牲者を増やさない為の措置だ。
「お姉ちゃん、見て」
女の子が地上の方へ指を差し、指先の奥へ目を向けると、工場地帯の道路に黒色の乗用車が三台、空にいる私たちを追いかけている。
「おいでなすった……ってとこか」
見ようによってはヤクザの車両にも見えてしまうが、特機部所属の人間たちが乗っていると見て間違いない。
「大丈夫、特機の人たちだから、保護してもらいなさい、お母さんたちもあの人たちに助けられていると思うから」
「お姉ちゃんは?」
「もう少し、ノイズ退治に行ってくる」
「わかった」
警戒の度合いは引き下げず注意し、高度を下げて行った。
ブレーキを掛けてから停止までのラグも計算に入れて、約三十メートルの距離を取ってアスファルトに着地、実体化させていたアームドギアを一時解除する。
若干の間を置いて、黒い車両三台も停車した。
程なく、スーツにサングラスと言う、どこのSF映画に出てくる仮想世界のエージェントか、はたまた地球に住むエイリアンたちの監視を担う組織の方のエージェントにもそっくりな、黒づくめの風体の男たちが降りてくる。
「特機部の方々ですよね、この子を保護してもらいたいのですが」
服装に突っ込みたい気分を抑えて、女の子の保護を依頼すると。
「分かりました、お任せください」
黒づくめの内、グラスは掛けず、茶髪で温和そうな顔つきにソプラノボイスが特徴的な青年が、名乗り出た。
どこかで見たような顔だけど、今はそんな場合ではないか……私は女の子を抱きかかえたまま、その青年に女の子を手渡した。
「その……人命救助は有り難いのですが、あなたには色々とお聞きしたいことが――」
そして案の定、私が身に纏っている〝シンフォギア〟の件で、色々聞きたそうな様子を見せてきた。
別に文句はない、この力のことを考えれば、重要参考人扱いで一時連行されることは予想できるし、反抗する気はさらさらない。
「お姉ちゃんは何も悪いことしてないもん」
「いや、それはお兄ちゃんたちもよく分かっていますよ………ちょっとこのお姉ちゃんから、話を聞きたいだけで」
「私もじっくりあなたたちのお話を聞く所存ではあります、ですが――」
後方から気配を感じ取った私は、素早く銃形態のアームドギアを具現化させながら振り向き。
「―――」
〝歌唱〟で威力を高めた火球を銃口から連射、こちらから五十メートル先の空間の揺らぎから出現した直後のノイズたちを、プラズマの炎による先制攻撃で屠った。
「ごめんなさい、事情聴取はもう少し後ってことで」
銃口からの煙を吹く私は、そのまま両足のスラスターを噴射し。
「ノイズがシェルターを襲ってますので、急がせてもらいます」
強化された聴覚が、戦車の砲弾、ミサイル、機関銃等の火器の発射音を捉え、現在地と方向を照らし合わせて、場所が市内のシェルターの一つだと感づいた私は、素早くその場から離陸した。
「君! ちょっと!」
「行ってらっしゃ~い!」
ある程度高度を確保すると、後進翼の飛行機な体勢を取り、両腕の内側前腕部にもスラスターを展開して、足裏のと一緒に点火。
〝高速飛行形態〟となって、叶わぬと分かりながらも奮戦する自衛隊とノイズたちのいる戦地へと、急いだ。
良くも悪くも縁のある彼らだけど、同じ〝生命〟を守る戦士でもある――なら、やるべきことは……とう決まっていた。
律唱市、ノイズ災害用第三シェルター出入り口の近辺では、シェルター内にいる市民たちを狙ってか、ノイズの軍団が進行していた。
群れる異形どもを相手に、陸上自衛隊第一師団所属の戦車隊、及び歩兵部隊が迎え撃っている。
彼らにとって、誇張抜きに〝背水の陣〟だ。自分たちがやられれば、シェルターの内部にいる避難民たちはほぼ無防備に晒されてしまう。
ノイズに唯一対抗できる、特機二課所属のシンフォギアの担い手は現在一人しかおらず、他の区域にも群体が出現している為、もう暫くは彼らが粘るしかなかった。
しかし、防衛網は着実に後退する一方だ。
機関銃の銃弾も、戦車の砲弾も、ミサイルさえ、ノイズたちの身体をすり抜けてしまう。
〝位相差障壁〟
ノイズたちが人類最大の天敵たらしめるのが、この能力。
かなり分かりやすく説明するならば、自らの〝存在の度合い〟をコントロールするこで、ノイズ自身は対象に接触できるが、反対に相手側からは立体ホログラムに等しい状態となってしまう。この〝反則技〟で人類側の通常兵器はほとんど通用しないのだ。
一応、通常兵器でもダメージを与えることは不可避ではないが、それがノイズが攻撃を仕掛けようとした瞬間をカウンターで狙う神業を要求されるか、周辺の環境に与える被害を完全無視した波状攻撃によるゴリ押しであったりと、はっきり言えばデメリットの方が大きい。
それでも、無駄弾を消費するだけなのは承知の上で、自衛官たちはなけなしの時間を稼ごうと、距離を取りつつ攻撃を継続していた。
「怯むな! 装者が到着するまで、何としても死守するぞ」
この防衛網を指揮する、声優をやっていても不思議ではない渋みのある声と彫りの深い容貌の指揮官が発破を掛ける。
彼らも民間人を見捨てて逃げる気など、持ってはおらず、何としても守り抜こうする意志を捨てていなかった。
引く気がないのなら潔く灰となれ、そう言わんばかりに、有肺類型のノイズたちが飛び上がり、虹の軌道で、空からの突進を仕掛けてきた。
迎撃の雨を、上空へ降らせるが、弾のほとんどはどうしてもすり抜けられてしまい、微々たりとも阻みとならない。
「っ!」
覚悟を決めていた隊員たちが、息を呑んだ―――その刹那。
「―――」
歌声が、ややハスキーさのありながら、水のせせらぎのように澄んだ美しさも有した、聞く者を鼓舞させる力強さも帯びた少女の歌声が、戦場に響き渡る。
この世界の自衛隊員にとって、この状況そのものはさして珍しいものではない――が、二課所属の装者とは明らかに違う誰かの歌声に、彼らの脳裏で〝誰だ?〟と言う疑問符が浮かんだ直後、厚いアスファルト抉って引きずる轟音が響き、炎できたカーテンが、降下していたノイズらを焼失させた。
正体は、ギアを纏いし朱音。
高速飛行形態から、速度を維持したまま大地に降り、そのままスライディングで戦闘の隊員たちの前に躍り出て。
「ハァァァァァーー!」
ロッド形態のアームドギアから発した火炎放射で、彼らを間一髪救ったのである。
本当に間一髪だったな………急いでいたせいで道路には大きく痕が付いてしまったけど、彼らも代え難い命、助けられるチャンスがあるのなら、躊躇ってはいられなかった。
その隊員たちが、呆気にとられた様子で、私を釘づけにしている。
この人たちからしたら、いきなり見慣れない〝装者〟が現れたのだから、無理ないと言われれば、無理ないけど。
「後は――任せて下さい!」
ロッドを構え、両足と背部のスラスターを噴射し、アスファルトスレスレを沿う形で、ホバリング移動で疾走した私は――胸部の勾玉から響く音色に乗り、胸の奥から浮かんでくるルーン文字の原形たる超古代文明の言語で形成された歌詞を唱えて、身の周りに浮遊するプラズマの火球を、計十球、生成。
放て! ホーミングプラズマ!
一斉に、火球たちをノイズらへと向けて放った。
威力は銃形態のアームドギアから放たれるものより少々譲るが、その代わり対象を追尾する機能がこの火球たちにはある。
半分は地上にいる個体に命中し、火球が起こした爆発は近くにいた個体たちを魔添えにして炭化。
飛行タイプも、何体かは回避したが、追いかけてくる火球を前に呆気なく着弾して爆発四散した。
今度こそ覚悟してもらうぞ―――この世界の〝災いの影〟よ!
スラスターの出力を上げて急加速し、ホーミングプラズマの攻撃で足並みを乱した群れの渦中に一気に飛び込み、ロッドの先端から、プラズマエネルギーを直剣状に押し固め、右横薙ぎ、袈裟掛け、右切り上げの順で、炎の刃――バーニングエッジがノイズの肉体を次々と両断していく。
私が希望したとは言え、弦さんの奇天烈ながらも厳しい修行の数々は、決して無駄ではなかった。
シンフォギアの〝形〟で蘇ったこの〝地球(ほし)〟の力を、十全に使いこなせている。
でも、油断してはならない………ギアの力で奏でられる私の〝歌声〟は、ノイズをこちらの物理法則下に置き、確実に我がプラズマの炎で殲滅させられる効力があるけど………だからこそ慢心は禁物。
かつて私が戦ってきた怪獣は、いずれもそんな慢心を持つことは許さない強敵ばかりだった。
あのノイズらとて、まだ未確認の個体が存在しているかもしれないし、どんな隠し玉を持っているか分からない………何が来ても動じぬよう、気を引き締め、歌い続けろ!
自身への戒めの欠かさずに、逆風の軌道で、ほぼ真下から炎を纏ったロッドを切り上げ、大地から噴き出すマグマの如き様相な炎の衝撃波―――バニシングウェーブでさらに多くのノイズを焼き払った。
このまま、人間一人殺せるまま自然消滅するのを恐れ始めたからか………こちらの猛攻を前に辛うじて生き残っていた個体たちが、一か所に集い始めると、一つとなりて変化し、頭と胴体が一体となり、巨大な口を携えた巨体となった。
目測で分かる限りでは、身長三十メートル………いわゆる〝怪獣〟より小ぶりではあるが、巨体なことに変わりない。
巨大ノイズは、その肥大化した巨体から、高速回転する刃をいくつも飛ばしてくる。
私もスラスターの噴射で飛翔、各々独立した動きで、この身を切り裂こうと迫りくる刃たちを全身のアーマーに備え付けられたスラスターを活用して躱し、またはロッドで打ち払う。
あれだけの巨体で、しかもノイズの集合体、下手な攻撃で肉片を散らせば逆に敵を増やすことになる。
なら――強大な火力を以て、一撃で撃破するしかない……のだけれど、それだけの威力のある攻撃を放つには、一度足を止めないと、それにはこの刃たちが邪魔だ。
しかもいくら打ち払っても、巨大ノイズが新たに続けて発射してくるので、絶えず動き続けていないと餌食にされてしまう。
敵はこちらの消耗が強まったところを、その巨大な口で一呑みする気でいるらしい……どうする?
「っ!」
攻めあぐねていた最中、巨大ノイズの肉体から爆発が上がった。
今のはまさか……自らの発する歌声が響く眼下の地上では、さっきは擦り抜けられていた自衛隊の攻撃が命中していた。
「―――」
そうか、自分とギアの歌の効力で、ノイズはこの世界の物理法則化にねじ伏せられている……だから通常兵器でも、決定打にこそならずとも、攻撃を当てられる。
さすがに何の痛みも感じないわけでなく、飛び回る刃の動きが精細さを欠け始めていた。
その光景に、守護神だった自分の記憶の一端が再生される
あの時、あの〝宇宙怪獣〟との戦いの時に自衛隊が放ったミサイル………今ならば分かる……あれは、私を助ける為に決行された〝援護〟であったと。
そして、この世界の彼らの援護が見出してくれたチャンス、逃すわけにはいかない!
「後退して下さい! 巻き込まれますよ!」
まず部隊に後退を進言し、飛び回る刃をプラズマ火球で撃ち落とし、銃形態のアームドギアをさらに変形させる。
銃身が伸び、前方に突き出された三つの突起が、正面からは三角を描けるように展開される。
歌の声量を高めながら、それを両手で構えた。三つの爪――突起の先から、電磁波の稲妻が迸り、銃口の前でそのエネルギーを集束させる。
奴のあの〝青い光〟は、電磁波を応用したマイクロ波の光線だった。
ならば―――同じ〝プラズマ〟を扱える自分でも。
超古代文明語の歌とシンクロし、爪のマイクロ波のエネルギーの出力はより飛躍的に高まっていき、銃口にもプラズマエネルギーがチャージされ。
〝穿て―――ブレイズウェーブシュート!〟
トリガーを引き、火薬の役を担うプラズマが、弾丸役たるマイクロ波に衝突、その刺激で球体上に圧縮したエネルギーは、火炎のゆらめきと超放電を持ったオレンジ色のプラズマ炎熱光線となって解き放たれた。
周辺大気の分子と原子すらイオン化させるプラズマの奔流は、自衛隊の攻撃に気を取られた巨大ノイズの頭部に直撃。
着弾地点から体組織が燃焼されたノイズは、散らばり分裂する暇もなく、ほとんど一瞬の内に全身がプラズマの火に覆われ。
「gyaaaaaaaーーーーーーー!!!」
断末魔を上げながら閃光となって蒸発し、散った。
銃身の一部分から通気口が現れ、排熱の白煙を上げる。
「はぁ……」
ノイズの気配も、空間歪曲の気配も感じなかったので、歌を止めて深呼吸すると、疲労感が体に押し寄せてきた。
そう言えば………体力に自信があったからってその残量を弁えず走り回って、ほとんど間を置かず変身して戦闘に入ったんだったな……その上初陣でこんな大技使えば、疲れもくっきりと来る筈だ。
まだ体力は残っている内に、ゆっくりと高度を下げて、アスファルトが敷かれた地面に降り立った。
心の内で念じると、アーマーが解除され、元のリディアンの制服姿に戻った私の耳に、何やら喚声らしきものが入り込んできた。
「え?」
それは、自衛隊員たちから湧き出る勝利の〝歓声〟だった。
それだけ、今まで苦杯を舐められ続け、シンフォギアの装者に頼らざるを得なかった現実に………シンフォギアとなったこの〝勾玉〟を手にするまでの自分と同じ、悔しさを噛みしめられてきたのだと、彼らの喜びから読み取れた。
「ありがとうよ、装者の嬢ちゃん」
その中から、指揮官らしき………どこかク○ガの杉○刑事に見た目も声もそっくりな男の人がこちらに歩み寄ってきて。
「お蔭で、ノイズの奴らに一泡吹かせられた」
感謝の言葉を述べてくれた。
「いえ……私こそ民間人の身で、でしゃばった真似を」
自衛隊とは苦い思い出も少なくないのもあって、指揮官からの賞賛にはこそばゆいものを感じてしまう。
彼らから見れば、私はどこのものとも分からないシンフォギア――極秘兵器で勝手に戦場(せんじょう)の渦中に入り込んだ身………幸い彼らの守り手としての沽券は傷つけられてはいないものの、頭はちゃんと下げておかないと。
「気にするな、二課の風鳴の野郎が、『責任は俺がとるから遠慮なく援護してやってくれ』って頼んできたもんでな」
「かざ……なり?」
え? 今、この人〝かざなり〟と言ったか?
「ひょっとして、風鳴弦十郎さんのことですか?」
「お? 嬢ちゃんあいつと知り合いだったのか?」
「ええ……まあ、趣味友と言いますか」
苦笑い気味に答える。
本人から職業は警察官だと聞いていたけど、まさか特機の司令官をお勤めになっていたとは………いや、ノイズみたい人間の常軌を逸した存在が相手なら、むしろあの人――弦さんみたいな人が案外相応しいのかもしれない。
さて………ここで待っていれば、さっきの特異災害対策機動部の、多分情報統制を担っている隊員たちも来る筈、その前に災害伝言サービスで響たちに連絡を取っておいて、互いの無事を――
〝Balwisyall Nescell gungnir tron 〟
制服の内ポケットからスマホを取り出し、災害用のアプリを起動しようとした矢先………私の脳裏に、聞き覚えのある声で、歌が奏でられた。
「どうした嬢ちゃん?」
「聞こえませんでしたか? 歌が?」
「いや……今はさっぱり聞こえねえな」
だが、幻聴とも思えないし……あの響き、もしや――シンフォギア。
その単語を思い浮かばせた時、胸が膨大なエネルギーを感じ取り。
「はっ……」
コンビナートの塔の一つの頂きから、エネルギーの柱がそびえ立っていた。
瞳が捉えた現象から、私は確信する。
今日、シンフォギアの装者となったのは―――私一人ではなかったと言うことを。
つづく。