GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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ようやく新年壱打目です(汗

出だしのクリスちゃんママが歌ってる歌のモデルは『タイム・トゥ・セイ・グッバイ』
聞いてみれば『あ、あの曲か!』と分かると思います。

そんで今回朱音が歌ってる歌のモデルは。ウルフルズの『そら』、いわずと知れたガメラ2の主題歌です。

追記:次の話の出来具合の影響で、前篇を消しました。


#46 - 夢を見つけて

 律唱市内のある駅地下。

 構内に設置された自販機コンビニ、通称ASDの、電子マネーのリーダーに、ヒールの厚さを足しても小柄な、パーカーワンピとフリルスカートの服装でフードを深々と被った少女――雪音クリスは、先日朱音から貰い受け、腕に付けているスマートウォッチをタッチ。

 どれにするか、ガラス越しの商品たちを指でなぞりつつ、迷った末に、ハムサンド、卵サンド、アンパン、パック牛乳のそれぞれ割り当てられた商品番号を入力。

 取り出した商品を、傍らに吊り下げられているレジ袋の束から引き抜いた一枚に入れて、その場を後にする。

 朱音から金銭的援助を受けたクリスは、半ばホームレス同然の根無し草な生活から、ホテルを転々とする日々へと変わっていた。

 最近は全自動精算機を導入したホテルも少なからずあるので、人目に気をつけていればクリス一人でも宿泊することは可能だった。

 階段で地下道から、車両と通行人が行き交う地上を出ると、そそくさと喧噪を潜り抜ける足取りで今泊まっているホテルに入り、エレベーターに乗り、客室(シングルルーム)の前まで着くと、懐に入れていたカードキーで開錠して部屋に入る。

デスク前の椅子に座ると、机上に置かれているレンタルのノートPCを立ち上げてインターネットを繋げる。

 検索サイトから、ワードを入力し、動画サイト内のあり動画をアクセスした。

 画面に映し出されているのは、クリスの母であり、声楽家のソネット・M・ユキネが、コンサートホールにてオペラティック・ポップの代表曲『貴方とともに旅立つ』を歌う、生前の映像。

 買ってきたばかりのサンドイッチを、牛乳を挟んで頬張りながら、クリスは眺める。

 同時に、クリスの頭の中では、二つの記憶(えいぞう)が流れていた。

 

 一つは、遠い昔、幼き日に見た、バルベルデの人々へと振る舞われる、父・雪音雅律のヴァイオリンの演奏と、母の〝歌声〟。

 

 もう一つは、自分が起こして来た特異災害に見舞われた被災者たちに〝歌〟を送る、朱音と翼ら、装者(うため)たちの姿であった。

 

 

 

 

 久々にプライベートで、舞台(ステージ)と戦場(いくさば)以外の場にて朱音たちと存分に歌った後、映画も一本見た。

 お互いの意識が頻繁に入れ替わるようになった二人の高校生の男女が、異なる地、異なる時間に生きている〝壁〟を越えて惹かれ合っていくアニメーション映画であった。

 クライマックスで劇伴も担っていたバンドグループの挿入歌が、ここ一番で流れ始めた頃には、自分も入れた四人全員とも、各々の泣き顔で物語に没頭していた。

 その次は朱音の提案で、市街一面を夕刻は夕陽とともに一望できる高台の公園へと、今向かっている最中であるのだが。

 

「翼さぁ~~ん!」

 

 長い階段を登る中、上から響いてくる立花からの私を呼ぶ声。

 

「三人とも………なぜそこまでまだ甲斐甲斐しいのだ?」

 

 映画館からはさほど離れていなかった為、ここまでずっと己が足一本で移動してきた。

 同じ距離を歩んで来たと言うのに、これでも日頃から歌女としても防人としても欠かさず鍛えている身だと言うのに、私はすっかり肩で息をするほどにくたびれてしまっており、全身に疲労感の重みが伸し掛かる中、どうにか一歩ずつ階段を上がっていた。

 頂上の公園を見上げれば、とっくに立花と小日向は到着しており、大きくこちらに手を振る姿が見えた。

 

「翼(せんぱい)がへばり過ぎなんです、慣れないことばかりでしたから今日は」

 

 あれほど焼肉で摂取したカロリーを全て使い尽くす勢いで、私と何曲にも渡って全力で競い歌い合っていた筈の朱音も、涼しい微笑みで私の鈍いペースに合わせられるくらい体力はまだ余裕が見られ、数段先にて私を待っていた。

 

「手を貸しましょうか?」

「いや……施しはありがたいが、そこまでには及ばんよ」

 

 朱音は純然たるご厚意で、手を差し出してきたが、我ながら意地っ張りな私は丁重に遠慮させてもらい、なけなしの体力を振り絞って残り僅かな段数を何とか登り切って、目的地に辿り着けた。

 荒くなった息を整えようと、幾度か深呼吸。

 すると全身の疲労感が、ライブにてプログラムの曲を全て歌い切った瞬間に似た、心地いいものへと変わった。

 少々汗が浮き出た額や首筋に、宙に吹くそよ風が沁み込み、疲れた身体の癒しとなって気持ちいい。

 髪の揺れる感触すら、長いこと味わっていたいと思わせる程だ。

 

「う~~ん、美味しい」

 

 腕を伸ばし、実った胸を膨らますほどの呼吸で、空気を頬張った朱音がそう零す。

 私も、同じ心境で新鮮な驚きを感じた。

 澄んだ空気と言うのは、これほどまでに旨味のあるものだったのか。

 

「あ、朱音ちゃんと翼も見て見て!」

 

 立花に促され、目を開けてフェンスの向こうへと向けると。

 

「お、いいタイミングで来れた」

 

口の息が呑まれ、瞼が大きく開かれていく目が捉えたものは、私の意識(こころ)を釘づけにさせる。

 そこには、沈みゆく太陽の、今日の最後の輝きに照らされた………〝世界〟が広がっていた。

 朱音からのお墨付きに違わず、ここは律唱の街々も、その先の東京湾すらも一望できた。

 

「はぁ……」

 

 胸の奥の、そのまた奥深くの、己の魂の、感服の音色(ふるえ)が昇り、吐息となって現れる。

 この前、朱音と哀悼の歌(いのり)を奏でた時も、かの日差しを浴びて歌ってはいたが、こうして改めて眺めると、夕焼けとは………こんなにも綺麗で、心を揺さぶらせる風景であったのか…………。

 夕暮れ時の一際に鮮烈な陽光は、地平、水平線の遥か彼方まで広がる空を、そこに流れる雲を暁色に染め上げ、大から小まで、あらゆる建築物は影絵となって地にそびえ立っている。

 海原を見れば、遠間からでも揺らめく水面が陽光を受けて無数の光点を点滅させていた。

 沈みゆく太陽の円が、東京湾に触れ始め、海面は陽光で一筋の道ができ、空は少しずつ夜の紺色へと変わりゆく。

 

「わぁ~~」

「きれい……」

 

 半ば釘づけとなっている立花と小日向が、感嘆の声を上げる。

 私も、その光景に心ごと、目を奪われる。

 それなりに長く過ごしてきた筈の律唱(このまち)で、このような森羅万象が生み出す芸術にも等しい、幻想的な趣きさえある絶景が存在するとは………思ってもみなかった。

 何より……〝初めてだ〟。

 こんなにも………〝世界〟と言うものを―――

 

「―――広くて、綺麗だと思ったのは…………あっ」

 

 この情感を、胸の内で呟くつもりが、無意識に声にしていた。

 一泊の間から、自覚し、反射的に手を口元に添える。

 今日は何だか………〝知らない世界〟ばかり見てきたような、感覚だ。

 

「翼(せんぱい)」

 

 そこに、私を呼びかける、朱音の声と、私よ目を見つめ合わせてきた、朱音の……暁の光で一際煌びやかな、翡翠色の眼(まなこ)。

 

「その〝広くて綺麗な世界〟とそこで生きている命が、こうしてまた一日を終えて、明日に繋げられるのは、先輩が守ってきたくれたから、ですよ」

「な………な、なんだ、そんな………改まって………」

 

 奇襲を受けたも同然な私は、彼女からの眼差しを直視できなくなり、しどろもどろとなる。

 夕陽の刻であることがこれ程にありがたいと思ったことはない、頬の赤味を誤魔化してくれるのだから。

 困惑する以外にないではないか………いきなりそのようなことを口にされて。

 私にしてみれば………防人としての己も、歌女としての自分も、今でもまだまだ半端者だと自負している。

 引いた目測で振り返っても、奏を喪って………朱音たちに救われるまでの、虚しく惰性に、自分を見失い彷徨うがままに、修羅の剣に固執して戦いに明け暮れ過ごしてきたこの二年は、やはり生き恥ばかりで、周囲の人々に迷惑と負担を被らせてばかりな、無様なもので、とても称賛を受けられるようなものには見えなかった。

 以前〝一人の人間〟としての緒川さんからも、立花からも希望をもらったんだと言われて、それはまんざらでもない。

 だが……厳しい見方を取れば、それは結果論でもある。

 どう見比べてみても、やはり自分のこの二年より、自ら装者にして歌女の道を選んだ奏と、再び〝守護者――ガメラ〟の道を選んだ朱音のこの数か月の方が、人々に〝希望〟を与えていたように、どうしても見えてしまう。

 だから………世界と、そこに生きている人々が今日を終えて、明日に続けられるのは自分が守ってくれたから、などと改まって言われた言葉は、私には夕暮れの陽光より、眩しすぎた。

 もし、本当に緒川さんに立花たちの言う通り、自分の〝歌〟が誰かの力になっていたのなら、喜ばしくはある。

 でも、それをはっきり自らの誇りとするには………まだ、自信も、確信も足りなかった。

 もう二年経つと言うのに、私は………舞台裏の片隅で不安に揺れながら縮まっているあの頃のまま…………いや、実際の時以上に長きにわたる遠回りをし続けて、やっと〝奏といた頃〟と言う振り出しに戻れたばかり、なのだ。

 

「だからこそ、先輩には、翼には知ってほしかった」

「な……何を?」

 

 わざわざ名前(よびすて)に言い直した朱音に、私はさらに身構えさせられる。

 幸いにも、立花たちは夕暮れの景色に夢中であった。

 

「自分では〝戦う以外に何もない〟、今日を〝知らない世界〟に来たと思っている翼も、この世界に立って、そしてその世界の色んな〝命〟と繋がって、生きているんだって」

 

 微笑んで、語り掛けてくる朱音。

 何……だろうか?

 朱音の今の笑顔は、友となってからのこの短期間で、様々な形で幾度も目にしてきた………が、その不思議な笑みは、初めて見る〝顔〟だ。

 まさについ今しがた私たちに照らされる、この夕焼けの輝きの如く、麗しくて、たおやかで、柔らかで、温かな。

 今の自分の表現では、朱音のその形容を言葉で表すには、これが精いっぱいだ。

 

 ただ―――お陰で、見つけられたものがある。

 ああ……そうか。

 今、ようやく私は、はっきり分かった。

 

〝なあ翼、誰かに歌を聴いてもらうってのは、結構気持ちのいいもんだな〟

 

 あくる日にて、奏がふと零した奏の、ずっと分からずにいた、あの言葉の意味を。

 そして奏が、何の為に、胸の内にどんな想いを持って、最後の最後まで、歌を歌い続けてきたかを。

 

 

 

 

 

 それから、およそ十日の時が過ぎた。

 かねてよりの翼のソロライブが翌日に迫る中、その日は舞台となるコンサートホールにて入念なリハーサルが行われていた。

 

「リハーサル、良い感じでしたね」

「はい」

 

 経過は順調、翼自身のコンディションも、心技体ともに良好を越えて好調であり、いつでも明日の本番を迎えられる中、ホール内に訪問者が来たと知らせる足音が反響する。と

 その訪問者は、ジャージ姿の翼といつものスーツと眼鏡姿の緒川と正面から向かい合う形で、歩み寄ってきた。

 

「トニー・グレイザー氏……」

 

 穏和な面持ちに驚きを見せた緒川は、ラウンド型なブロンド色の髭を蓄え恰幅の良い長身から英国紳士的な気風を携える朱夏なご年代ながら、瞳は若々しい瑞々しさを秘めているそのイギリス人の名を口にした。

 トニー・グレイザー。

 イギリスの大手レコード会社『メトロ・ミュージック』のプロデューサーであり、翼に海外移籍と進出を持ちかけ、巷を騒がせた張本人である。

 

「中々良い返事を頂けないので、こちらから直接交渉の為に出向かせて頂きました」

 

 グレイザーは流暢ながらブリティッシュな気韻も感じさせる日本語で、訪問した理由を明かす。

 

「Mr.グレイザー、その件ですが……」

 

 マスメディアにはまだ正式に公表してはいないものの、翼側からは一度グレイザーからのスカウトに対し、断りの返答を送っていた。

 が、その回答はグレイザーにとっては、とても納得しかねるものだった。

 逆を言うと、向こうからの回答が納得できる代物であれば、喩え謹んで断られたとしても、彼は了承する気ではあったのだが、そうはならなかった為、直接翼本人と面と向かい合う形で返答を聞くべく、自ら腰を上げてイギリスより来日してきたのである。

 

「先日お伝えした通りっ―――あ、翼さん……」

 

 緒川の言葉を、翼の手が制止させる。

 

「もう少し、お時間を頂けないでしょうか?」

「と言うことは、考えが変わりつつあると?」

「はい」

 

 グレイザーはしばし、以前と明らかに変わった翼の、曇りが消えて晴れやかさが澄み渡る〝眼〟をまじまじと見つめていた。

 

「なるほど………分かりました、〝今の君〟が出す答えであれば、どのような形になろうとも、その意志を尊重しましょう―――明日のライブ、一ファンとしても楽しみにしていますよ、Ms.ツバサ」

 

 

 

 

 

 この時グレイザー本人に対し、〝時間が欲しい〟とワンクッション置いた翼であったが、実際のところは、とうに〝心〟は決まっていた。

 

 

 

 

 

 この、翼の意志が決まった直接の〝きっかけ〟は、遡ること、かの響たちと四人によるダブルデートの日の、翌日。

 午前の分の授業が終わり、リディアン校舎に昼休みを告げるチャイムが鳴り響く中、ノートと教科書を整頓する朱音。

 

「草凪さん、今日のお昼はどうしますか?」

「ごめん、今日も〝先約〟が入ってて」

「例の〝人見知りの恥ずかしがりやさん〟な新しい友達と?」

「そう」

「そろそろ私たちにも紹介してよね、その子、何となくあんたや響くらい、アニメキャラ並みにキャラ立ってそうなイメージあるのよね」

「いずれちゃんとするさ」

 

 ランチトートを手に教室を後にしようといくつか歩を進めた朱音は、一度立ち止まると。

 

「そうだ、先に名前だけでも教えておくよ、風鳴翼先輩だ」

 

 ある意味で、爆弾発言を創世たちに放り投げてまた歩き出した。

 

「な~んだ風鳴翼さんか………って」

「今、確かに〝風鳴翼先輩〟とおっしゃいました……よね?」

「私たちの聞き間違いじゃ………ないってことは………」

 

 一泊置いて。

 

「「「えぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーー!!!」」」

 

 三人の口から同時に轟く、絶叫が起きた。

 

 

 

 

 リディアン校舎の屋上庭園の一角で、私と翼は今日の昼食(ランチ)を取っていた。

 最初にサンドイッチをご賞味させて以来、日にもよるけど平日のランチタイムは時々一緒に、雑談を交わしながら送るようになっていた。

 翼によると、学校でお昼を取れる日は、緒川さんお手製の弁当を食べることもあるそうなんだけど、最近は二課のエージェントの仕事も忙しくて調理する時間の確保に苦労しているらしく、ならばと私がフォローを願い出たのがきっかけ。

 

〝感謝します、翼さんのご健康、お願いしますね〟

 

 あの家事超人でもある緒川さんから全幅の信頼付きで快く了承してくれたので、私としても気合い入れて袖を捲るくらい腕がなるものだ。

 

「今日もまた本格的だな……」

「ちょっと気合い入れすぎちゃった♪」

 

 ランチトートから楕円型の弁当箱二人分(じぶんとつばさぶん)取り出して、蓋を開ける。

 今日は七草と玄米混ぜご飯に、鶏胸肉と三色ピーマンのチンジャオロース風炒めとオクラ出し巻き卵にニンジンサラダの組み合わせにしてみた。

 

「朱音はここまでのものを作れると言うのに………くっ………私は味噌汁一つすら満足に作れない」

 

 ただ、つい腕がなり過ぎた結果、今みたいに翼がどよよ~んとショックを受けてしまう時があったりすることも。

 聞けばこの間、時間ができた時に思いきって料理にチャレンジし、ネットの検索で見つけた『メッチャ簡単味噌汁の作り方』と言う題名なHPに載っていたレシピを参考に味噌汁を作ってみたそうなんだけど………どんな結果になったかは落ち込む翼が雄弁に語っていた。

 本人から確認できただけでも。

 

 ぐつぐつと湯を沸騰させて、折角の香りも旨味も消し飛ばす―――初手からもうスリーアウト。

 切った筈の油揚げが全部繋がっている。

 大根の桂剥きをやろうとして薄く剥き過ぎ、沸騰したお湯でほとんど溶かす。

 適量を端から無視して、高級味噌を大量投入。

 メッチャ簡単どころかメチャクチャのオンパレードだった。

 材料を切るくらいならこなしそうだと思ったけど、やっぱりノイズを刀で切り捨てるのと、包丁で食材を丁寧に切るのとは、勝手が違うわけで――〝餅は餅屋〟と言うことだ。

 

「でも猫の手も知らないでいきなりやるのは頂けないし危ないよ、剣術で言うなら基本的な刀の持ち方も知らずに真剣持たせて藁を切れと言うようなものじゃない……」

 

 想像するだけで笑いが込み上げかけた一方、さすがに私も剣術を比喩に使って苦言を呈したくもなった。

 

「全く以てその通りだ………面目ない………どうかこの未熟な己を叱ってほしい」

「いや待って、そこまで思いつめることないから」

 

 翼は、椅子に座っていなければ、地面におでこと両手を密着させるくらい深く陳謝した。

 この典型的料理音痴な翼とこんなやり取りを交わし、物陰に隠れている創世と詩織に弓美の三人組に『最初からバレバレだ、後でちゃんと説明するからお引き取りを』とこっそり手早くスマホでメールをした。

 時々一緒のランチを『先約がある』と丁重に遠慮するわけを知りたくて、こっそり着けてきたってところか。

 後でどうやって翼とランチを食べ合うくらいの仲になったか聞かれるだろうが、前もって言い分は考えてあるので(だから敢えて、その友達が翼だと堂々と言ったのだ)、問題はない。

 

「「頂きます」」

 

 合掌で一礼した私たちは、ランチを取り始める。

 最初にサンドイッチを食べて以来、すっかりお気に召したようで、今日も満面で、頭の周りに音符が回ってそうなくらい陽気に美味しそうに笑顔で食べている。

 見ているだけで、こっちも貰い笑みをして、自分の作った料理を美味しく味わえられたのだった。

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

「おそまつ様でした」

 

 陽の光とそよ風を気持ちよく食べ終えて締めの挨拶もし、片付けた直後、翼は周囲をきょろきょろと、ミーアキャットみたく見回して近くに私以外に人がいないことを確認する。

 

「大丈夫、今は私たち以外誰もいやしないよ」

「――のようだな、ならばこれで心置きなく渡せる」

 

 翼は制服の内ポケットから、長方形の紙の束を取り出してテーブルに添えた。

 これって、もしかして………。

 

「その、な………昨日の、細やかながらのお礼だ、受け取ってくれ」

 

 少し照れた様子で翼が差し出したのは、なんと開催日当日まで十日を切った彼女のライブチケット。

 

「立花と小日向のと、あとあの三人の級友の分もある」

 

 しかも、響と未来の分どころか、創世たちの分も入れて六枚もあった。

 

 実は装者としてのガメラとなる以前から、かの翼のライブには行きたいと思っていたのだが、当然チケットは一枚手にするだけでも一苦労で、しかも装者としての活動で中々買う機会に恵まれず、その数少ない機会すら悉く籤運に恵まれないまま販売終了してしまった。

 何度か再販売も行われたけど、開始して五分も経たずに完売して乗り遅れる始末だったし、しかし津山さんたちはちゃっかりゲットしていたので、知らされた時はほんと悔しかった。

 

「ありがとう翼♪」

 

 半ば諦めかけていた中での、翼本人からのお礼としてのプレゼント、私は大気圏を突破しそうな勢いのバタフライな気持ちで舞い上がり、歓喜一杯に受け取る。

 気がつけば昨日のゲーセンで、運命を感じたと言うお人形を一発でゲットした翼ばりにくるくると舞っていた。

 今の翼の歌声を、改めてライブで他のファンの方々とともに拝みたいと願望があっただけに、まさに福音。

 勢い止まらずに、ついには日本のネオ・サイケデリアバンド『エモーフルズ』のスカイと言う歌を口ずさむ。

 いつもは苦々しく思う、この興が乗るとところ構わず歌い出す癖も、この瞬間は歓迎したかった。

 

「私の歌声など、いつも間近で聞いているではないか」

「一緒に歌うのとライブで見るのとじゃ、また違った格別さがあるの」

「そう言うものなのか?」

「そう~なのさ~♪」

「私はライブを〝見る経験〟はまだないから、よく窺えんのだが、喜んでくれて幸いだ」

 

 天気も良いし、気分も良いし、なんてGOOD DAYでしょう♪

 この気持ちのまま、ライブ当日を迎えたいところだけど――その前に。

 

「それで、本番前には何とかしておきたい〝悩み〟があるんじゃない? 翼」

「あ……」

 

 胸に手を当てて俯く沈黙は、今日の翼を見た時から漠然と感じ取った、今彼女にがある〝悩み〟が今、その心の内に抱えられていることを、語っていた。

 絶好のコンディションで本番を迎えてほしいので、直ぐにでも聞いてあげたいんだけど。

 

〝~~~♪〟

 

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

 

「続きは………放課後でいいか?」

「分かった」

 

つづく。

 

 


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