GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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何とか今月中に更新できましたぞ(汗

最後に翼さんが歌ったのは、前に朱音が翼を号泣させたあの不死蝶の歌でございます。

感想お待ちしていま~す。



#49 - 羽ばたく翼

 神奈川県某所のコンテナターミナルにて発生した特異災害は、装者たちによって根こそぎ駆逐され、完全に鎮静化されていた。

 区画内に残るは、地上に散乱し、大気中を漂うノイズらの亡骸――炭素と、戦闘の爪痕たる破壊されたコンテナにアスファルトに、黒煙の幾つかと、朱音、響、そしてクリスの三人ぐらいである。

 

「あ……クリスちゃん……」

 

 ようやく一息つける状況になって、響は、ほとんど成り行きで共闘に至っていたクリスへと視線を移す。

 彼女に眼差し向けられたクリスは、当人にとしては心中に止めて上手く隠し切っているつもりだろうが、傍からでもあからさまに見受けられる、居心地の悪そうで気まずそうな面持ちになって目を逸らし、慌ててその場から、背を向けて走り出した。

 

「はっ……待って」

 

 思わず籠手(ギア)を纏ったままの手を、クリスへと伸ばし、追いかけそうになった響の肩に、そっと手が触れた。

 

「あ、朱音ちゃん……」

 

 響を引き止めた手の主は、同じく紅緋色の鎧(ギア)を着たままの朱音。

 

「今はそっとしてあげてほしい、あの人にはまだ………時間が必要なんだ、自分と、向き合う為の時間が」

 

 がむしゃらで走り、跳んで、この場から去っていくクリスの後ろ姿を見送りながら、朱音は、クリスの心の〝状態〟を、当人に代わり響に伝える。

 

「今あの人の心は、過ちを犯した自分を許せずに攻め立てる気持ちと、どう償えばいいのか分からない悩みと、どうしても信じることができない〝大人〟への恐怖と憎悪で、ぐちゃぐちゃなんだ」

 

 響がどういう想いで、クリスに〝手を伸ばそう〟としたのかは、朱音も承知しており、できることなら〝救いの手〟を差し伸べたい想いもある。

 けれども、今のクリスに、差し伸べられた手を、素直に取れる心境ではないとも理解している。

 実際、クリスは前に、その大人な身である弦十郎からの〝手〟を、振り払って拒絶してしまった。

 

「こればかりは自分自身の意志でしか乗り越えられないものだし、他者で、まだ大人と言えない歳の近い私たちじゃ、限界がある」

「でも……」

 

 それでも、孤独な身であるクリスを、どうにかしてあげたい気持ちが疼いている響に朱音は――。

 

「この前も言っただろう? 言葉が通じることと、話が通じることは、似ているようで違うって」

 

 前に彼女に伝えた、前世(ガメラ)としての自分も含めた今まで経験で培われた自らの持論(ことば)の一部を引用しつつ。

 

「それに――」

 

 響の右手に、自分の爪の生えた籠手で覆われた両手を、優しく包むように重ね合わせて。

 

「誰かへの手の〝差し伸べ方〟は、何も一つだけとは限らないのさ」

 

 響のその手と、その瞳の順で彼女を見つめて、もう一つ、新たに言葉を付け加えたのだった。

 

「朱音ちゃん…………あはは」

 

 そして、受け取った響と言えば。

 

「ごめん……朱音ちゃんの言ってること、実は全然(ぜぇんぜん)分からないんだけど」

 

 後ろ髪をかきかきと掻いて、肩身が狭そうな笑みを零し。

 

「大事なことなんだってのは、なんとか分かったら………絶対、忘れないようにするね」

「ああ、今はそれを覚えてくれるだけで、いい」

 

 そう、言葉を交わし合って、二人は装束(ギア)の結合を解いた。

 直後、二人の耳にローター音が聞こえてくる。

 とっくに陽は暮れ、完全に夜天となる直前の淡い紺色の空高くを見上げれば、二人を迎えに来た、自衛隊のヘリが、風を巻かせてターミナル内に降りてくるのだった。

 

「お迎えだ、今度こそ先輩の歌を聴きに行こう」

「うん! あ………でも創世ちゃんたちになんて説明しよう……」

「心配ない、もう手は打ってあるよ」

 

 

 

 

 

 私と響を乗せた陸自の汎用ヘリは、アスファルトの地上から上昇する。

 

「ひぇ~~」

 

 私はもう何度も乗っている上に、飛び慣れている身だから平気だが、初めてヘリコプターに乗った響は、独特の揺れに戸惑いながらも、地上からどんどん離れていく窓の向こうの光景を、興奮と不安が混ざった瞳で眺めている。

 操縦している自衛官さんから、ご厚意で水なしで飲める酔い止めを貰ったので、さすがに飛行中に酔って、トップ○ンだのエア○ルフみたいだのと意気揚々で乗ったはいいが派手にリバースしちゃったお喋り鈴虫、もとい北海道生まれのアクターさんみたく吐いちゃう心配は無いだろう。

 別の心配は………あるんだけど。

 少しでも紛らわそうと、宙を並走する雲海たちと紺色な夜天の星々を見つめる。

 

 響が、装者としての運命を背負ってしまったばかりの頃と比べれば、私は響の、命がけの〝人助け〟に対して、前より尊重ができるようになっている。

 あの子の意志と覚悟が、本気だってことは重々受け取っているし。

 戦場に飛び込む以上、そこに潜む目に見えなくて、人の心を蝕む魔物の毒に触れずに済むことは残念ながら不可避だが………みすみす奴らに響を呑み込ませる気はないし、手を尽くすことはできる。

 浅黄との繋がりすらも断とうとした前世(あのころ)の私と違って、〝一人〟ではないのだから。

 技量面に関しても、絵に描いた素人だった最初の頃と違って、今の響は、まだまだ未熟で、まだ粗削りなところがあり、まだアームドギアを具現化できていないにしても、一介の戦士だ。

 彼女の胸中に宿るガングニールの力も、使いこなせるようになってきている。

 ただ………あの、絶唱に匹敵するほどの膨大なエネルギーを発生させた現象から、このままガングニールが、何事もなく、何の代価も要求することなく、響に人助けを為すための力を貸してくれるとは、思えない………。

 現にあの絶唱並のエネルギーによる拳撃を見せた戦闘後に、櫻井博士が書いたレポートにも。こう記していたではないか。

 

〝立花響の心臓にあるガングニールが、彼女の体組織と融合している〟――と。

 

 響の、あの境遇で育まれてしまった、未来との確執を乗り越えた今でも少なからず残っている筈の〝前向きな自殺衝動〟を踏まえれば、彼女とガングニールの関係性は、こう……言い表せるではないだろうか?

 

〝お互いに、大量のガソリンを、投げかけ合う〟

 

 今はまだ、可能性の問題なのかもしれない。

 でも、これよりさらに響が磨きを掛けて、ガングニールの秘めたる力を引き出し続けたなら、いずれ――。

 

 窓(ガラス)に、ヘリ内部の灯りで照らされた私の、眉を潜めた顔が映された。

 おっといけない……〝懸念〟は忘れるべきではないけど、こんな表情で翼のライブを見に行くわけにもいかない、と気分を切り替えようとする。

 折角、開演に遅刻してまで守り切った翼のライブなんだから、存分に楽しまないと損だろう?

 心なしか、自分でもびっくりするくらい、翼の歌っている姿が、視覚も聴覚も、空気感さえはっきり想像できていた。

 全く……窓に映る自分の顔は、ウキウキとしたものになって、明らかに胸の鼓動も興奮で高鳴っている。

 そう言えば、懐からスマホを取り出して、メールを確認する。

 緒川さんからの返信が来ていた。

 メッセージを読んで―――私の中の昂るどきどきとした鼓動(きもち)がさらに舞い上がりそうになって、うずうずとさえしてきた。

 本当………嗜好(すきなこと)にはとことん、単純で現金で、欲に忠実なんだから私って人間(やつ)は。

 でも、自重を心がけはしても、この気持ちそのものに、悪い気になんてなりはしない。

 だって今日は、翼が自分の〝翼〟で飛ぶ、記念となる日でもあるんだから。

 思わずヘリから飛び出して、そのまま変身して会場まで飛んでいかないよう、逸る気持ちを落ち着かせるのも兼ねて、暫く夜空を鑑賞することにする。

 ここまでの高度なら、真下の地上が大都会でも、星々と月がとても綺麗だった。

 これなら今夜は、ずっと忘れられない思い出に、なりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 時は少々、朱音たちがヘリで会場に向かう頃より遡り。

 朱音たちが、〝この日〟に限って時と場合を弁えず出現したノイズを一匹たりとも漏らさず掃討していた時と同じ頃。

 

 今日の翼のライブの舞台に選ばれたのは、都心でも有数の大型多目的ホールである《イーストハイパーアリーナ》。

 特設ステージを取り囲む観客席は、隅から隅まで大多数ファンたちに埋め尽くされ。

 今か今かと待ちわびるファンらの喧噪が流れてくるステージの舞台裏では、イベント用の制服(シャツ)を着るライブスタッフたちが、本番直前だからこそ、抜かりなく準備作業に勤しんでいる。

 人と人とが生み出す賑やかな空間の中、翼はスタッフから提供されたアウトドアチェアに腰かけ、瞳を閉じて開演の刻(とき)を待ちわびている。

 翼のこの佇まいは、精神をなだらかにすべく黙想に耽る、武士(もののふ)の様。

 その傍らに置かれた折り畳みテーブルの上には、翼がわざわざ住まいの弦十郎の邸宅より持参してきた、この前のデートでゲットした狼っ子のお人形。

 それと、ピースサインをした生前の奏と自分が写った写真が置かれていた。

 

 

 

 

 

 どうやら本番の時を待っている今の私は、傍目からは自然に〝落ち着いている〟と見えているらしい。目を閉じていると聴覚が鋭敏となるので、アルバイトの身らしい一部のスタッフ同士の、作業の傍らの会話(やりとり)から窺えた。

 内、いくつかを抜き出すなら。

 やれ――オーラたっぷり――だの。

 やれ――さすが孤高の歌姫――だの。

 リディアンの学び舎を歩いている時と………よくもわるくも余り変わらない。ここでも素直に喜べぬ〝実態より自分を大きく見せる〟己の才(タレント)が大いに発揮されているようで………複雑な心境にもなる。

 実際のところ、今の私は……〝どうにか平静を装える〟状態にあった。

 両翼(デュオ)だった頃も、片翼(ソロ)なってからも含めて、歌女としての場数も積み上げてきたと言うのに、いつ以来だろうか?

 手を、そっと胸に当てる。

 これ程まで、こんなにも、心の臓の鼓動をはっきり感じるのは。

 奏と死に別れた、あの日のライブよりも強くて。

 

〝ああも~~う! 本番前の時間がこんなに長ったらしいなんて思いもしなかったぁ~! もうできることならこの場でぐるんぐるん回りてぇ~~!〟

〝そ……そうだね……〟

〝あれれ~~? もしかして翼ったら、ガチガチのバリバリに緊張とかしちゃってる?〟

〝あ……当たり前でしょ! だってこんな大舞台、初めてだし……〟

 

 もっと記憶を遡れば―――初めて奏と大舞台に立った日を思い出した。

 奏だって大規模のライブはあの日が最初だったのに、緊張の欠片も感じさせない意気がたっぷりで。

 反対に私は、小山座りのまま、まともに身動きはできないのに全身は強ばって震えるくらい緊張と重圧と重責に支配される体たらく様で。

 

〝かぁ~~うちの相方ってば真面目ちゃんが過ぎるね〟

〝もう………奏ってば私に意地悪だ……〟

 

 案の定、意地悪な奏から大いにからかわれて、軽いデコピンまで貰う有様だった。

 何とか大きな恥も失敗も起こすことなく、初舞台を終えられたが、無我夢中が過ぎて、本番の最中の記憶は、ほとんど残っていない。

 今宵、私に押し寄せる緊張の波は、その日に匹敵するものだった。

 なのに、不思議だ。

 まざまざと感じれば感じるほど、この張り詰めた感覚は嫌じゃないし、悪くない。

 むしろ………この武者震いは………心地良く、胸の奥が無性に高鳴ってくるのだ。

 平常心を失うなと、自らに言い聞かせ続けないと、定められた本番の時より前に、舞台上に飛び出して、その勢いのまま歌い出してしまいそう。

 

〝本番前のこの時間とかっさ、間がもたないってか………こちとらさっさと大暴れしたくてうずうずしてんのに、それすらままならねえ〟

 

 ああ………やっと、奏がライブの度に味わってきた気持ちを、理解できた。

 そう、私は本番直前の奏のように、飛びたくて飛びたくて、うずうずしているんだ。

 みんなに、早く届けたくて、たまらないんだ。

 朱音たちが、〝希望〟だと言ってくれた―――私の歌声を。

 

「翼さん、そろそろお時間ですよ」

 

 緒川さんの、穏やかで品の良いソプラノボイスが、本番がもうすぐそこまで来ていると報せて来た。

 どうにかここまで耐え忍べられて、ほっとする。

 もう少し遅ければ、紙一重の時間で、あわやフライングしかけるところだったから。

 

「はい」

 

 精神を平静に保つ為に閉じていた瞼を開かせると。

 あ、あれ?

 私の、日々の歌手業において、違和感を齎す光景が目の前に現れる。

 緒川さんが……眼鏡を付けていない……だと?

 

「どうされました?」

「緒川さん、眼鏡はどうされたのですか?」

「あ、これは失礼、いつの間にやら外していました」

 

 訊ねてみると、普段は好青年な物腰ながら油断も隙も一分たりとも見せない、珍しく緒川さんは、少々慌てた様子でスーツの内ポケットから眼鏡を出して掛け直した。

 緒川さんは、歌手――風鳴翼のマネージャーでいる時は伊達眼鏡を掛けており、その間は絶対に外すことはない。

 なのに、先の狼狽様から見て、無意識に外していたと言うことは……もしや。

 息が、詰まりそうな感覚が過る。

 首に吊り下げている、水色の集音器(コンバーター)――天羽々斬。

 最初に目覚めさせて以来、ほとんど常に身に着け、半ば血肉の一部にも等しくなっている、眠れる〝シンフォギア〟に、思わず手が触れ、握りしめる。

 覚悟を……この手に握るものを、マイクから剣に変えなければならぬ宿命が、また舞台にて忍び寄り、押し寄せようとしているのだと……腹を括ろうとした。

 

「翼さん、実は朱音さんからさっき連絡がありまして、伝言を預かっています」

 

 最中だ。

 意識を歌女から、切り替えようとしていた私は、友の名を聞き、一時保留させる。

 

「朱音から……なんと?」

 

 まずは、その〝伝言〟とやらの中身を窺うことにした。

 

「『急にパーティーに呼ばれたので、少し遅れるけど、翼はマイクを手に歌を届けてほしい』――そうです」

 

 緒川さんのソプラノボイス越しに、朱音の凛と澄んだ声が、聞こえてくるようだった。

 言伝を聞いた私の、張り詰め、戦場(いくさば)に傾きかけてていた全身が、呼吸が、意識が、歌女としての自分の下へと、帰ってきた。

 予感が過った瞬間より、ギアを握り続けていた手が、撫で下ろされる。

 全く………今頃、〝パーティー会場〟に向かっている朱音と立花を思い浮かべて、笑みが顔に象られた。

 

「承知しました」

 

 特に朱音、彼女は奏並みの意地悪な上に、その上ずるいヤツだ。

 悪い意味ではない、むしろ恩義……感謝の気持ちから、来るものだ。

 あのようなお言葉を伝えられては―――応えないわけにはいかぬではないか。

 私の〝夢〟を、守ろうとしてくれる者たちがいる。

 なら、私がこの手に取るべき選択(もの)は、ただ一点。

 

「では朱音たちにお伝え下さい、『戦場(いくさば)に立つお前達にも、我が歌を届けてやる』、と」

「分かりました」

 

 緒川さんに返信の言伝を頼み、ローブを脱いで衣装を露わにした。

 今の私は、知っている。

 友たちによって、それを教えてもらった。

 風鳴翼が歌う舞台は、決して戦場(いくさば)だけではないのだと。

 鞘から抜きかけていた剣を、防人としての己を納刀し、この手にはマイクを握る。

 

 本番まで、秒読みと迫る。

 

 私は、住まいより持ってきた狼の子どものお人形を見た。

 

〝ファイト♪〟

 

 表情は変わらないのに、何だかその子から、こうエールを送られている気がした。

 

 そして、あの頃の私もいる写真に笑顔とピースで写る、奏を見た。

 

〝真面目が過ぎるぞ〟

 

 生前の奏のあの言葉が、脳裏で聞こえてきた。

 写真を通じて、黄泉の国よりいつも欠かさず私を放っておけず見守っているかもしれない奏に、この二年間失われた、でも取り戻せた、笑顔を送る。

 心配ないよ、奏。

 今の私は、今でも泣き虫の弱虫かもしれないけど、昔ほど――奏が度々言ってたような真面目が過ぎる真面目な子じゃないから、あの頃より、ぽっきり折れたりなんかしない。

 だから、見ていてね。

 奏がいるそっちにも、聞こえるくらい届けて、くれてあげるから。

 私の―――とっておきの、〝歌〟を。

 

 

 

 

 

 翼は手にするマイクを、胸の前に置き、両手で包み込む。

 目も閉じた。

 祈りを捧げるように。

 いよいよ――本番(そのとき)だ。

 瞳を開け、凛然とする佇まいで、晴れ舞台と言う名の光が差すステージへと、翼は一歩ずつ、踏み出した。

 

「できれば〝あの人〟にも……見て頂いてほしかったのですが」

 

 緒川は、翼の後ろ姿を見送る一方で、彼女に聞こえないくらいの小声で、一人呟き。

 柔和で端整な顔に、名残惜しそうな表情を見せて、自分の携帯端末の画面に移されている文面(メール)を、見つめていた。

 

 

 

 

 

 演出で薄暗くなった会場に、スポットライトに照らされた翼が踊り出る。

 主役の登場に、観客席の多数のファンたちから、予め打ち合わせでもしていたかのように、息ぴったりで一斉に歓声を上げ、ペンライトを掲げている。

 その様は、夜の海に煌めく夜光虫のよう。ファンたちの歓びのコーラスに乗り、ライブの一番槍たる曲の、伴奏が場内のスピーカーたちから流れ始めた。

 様々な色のライトが、踊るように照らし出されたステージの中央に踊り出でた翼は、歓声の止まぬ観客たちへ、微笑んで手を振ると、メロディに合わせて、両手で握ったマイクを頭上に掲げ下ろし。

 

〝~~~♪〟

 

 一番一番槍を飾る歌の名は――《FLIGHT FEATHERS》。

 愛する者との離別――悲しき過去(きおく)は消えずとも、天にも届かせる勢いで今を飛び立とうとする様を、日本語と英語、二つの言語の言葉が交互に組み合わさった独特の詞によって唄われるこの曲は、ツヴァイウイング時代、翼が初めてソロでお披露目した歌でもある。

 曲名の意味は――〝羽ばたく翼〟。

 今の翼に、これほど相応しい曲もあるまい。

 多色に煌めくライトに照らされた壇上にて、躍然と晴れ渡って歌う翼の姿は、まさに大空にて、羽を大きく広げて舞い、自由に飛び回る鳥、そのものだった。

 

 

 

 

 

 観客の渦中にて、かのトニーグレイザー氏も、一介のファンとして静かな佇まいと眼差しで、ライブを見守っている。

 だが彼の瞳には、確かな眩さが、発せられていた。

 

 

 

 

 陸自のヘリ、途中からエージェントのお車に乗せてもらい、ようやくライブが開かれているイーストハイパーアリーナに到着した私と響。

 受付スタッフにチケットを見せて、ペンライトを貰い、ホール内に入る。

 

「こっち!」

「うぁ、待って!」

 

 予め指定席までのルートを頭に入れていた私は、響を案内しつつ、スマートウォッチの時計を見る。

 時刻から、全体(プログラム)の三分の一は過ぎてしまっていた。

 周りに人気がないのを良いことに、私たちは全速力で回廊の中を走り、けたたましく足音を鳴らして階段を駆け上がる。

 勿論、通路には〝走ってはいけませんよ〟と利用者に呼びかける注意書きが掲げられているんだけど、大目に見てほしい。

 私も響も、遅れた分だけ一秒でも見逃したくない、ファンとしての〝性〟ゆえの衝動が抑えきれなかったのだ。

 よし、あの階段を登り切ればもう直ぐ――。

 

「っ!」

 

 幸いにも一緒にいる響を除いて、ここまで誰も人を見かけなかったからか、背後に人の気配を感じ、反応した身体が振り返る。

 

「朱音ちゃん?」

「ごめん、ちょっと花を摘んでくるから、先に行ってて、席は入場して直ぐ左手の方だから」

「うん、分かった」

 

 先に階段をいくつか登っていた響から尋ねられ、咄嗟に彼女を先に行かせる。

 出入り口の扉が開いて閉まったのを確認して、ここまで走ってきた通路を遡り。

 

「すみません!」

 

 瞳の向こうの、通路の先を歩くお方へと、呼びかけた。

 私たちと入れ違いで会場から出てきた相手の方は、私の声に応じてくれて、後ろ姿のまま立ち止まる。

 着流しの着物に羽織を着こみ、足袋に黒草履に帽子(パナマハット)な、和風にして昭和初期風と、二重で〝和〟の香りが漂う風体。

 爪を巧妙に隠し持つ鷹の如き風格を携えた、壮年ほどのお歳と見える男性だった。

 ただのファンの一人であったなら、私は構わずそのまま入場していただろう。

 でも………さっきこの人から覚えた気配(かんかく)………敢えて名は伏せるけど、私が知っている、誰かと、そして誰かに似ていたのだ。

 一人なら気のせいとも言えなくはないけど、二人ともなると。

 しかもその内の一人は――今、会場の中心にいる。

 これではどうしても、翼のファンとしての衝動を飛び越えて、気になってしまったのだ。

 

「まだライブ、始まってから半分も経っておりませんが、もうお帰りになられるのですか?」

 

 私は、御方に訊ねる。

 

「今の私には、これで充分だ」

 

 御方は、正体は明かせないと言いたげに帽子を深く下げる。

 六角形状の眼鏡の端が、辛うじて見えた。

 

「それにこれ以上あの場に止まれば………我らが血で穢してしまう、彼女には、夢の空で飛び続けてほしいものでな………では失礼する」

 

 渋味と、鋭利さの利いたそのお声で答え、毅然とした中に切なさも交えた背中を見せたその方は、去って行った。

 

 御方は、結局自らのお顔を見せてはくれなかった。

 向こうがそれを望まなかったのだから、私も無理やり拝むつもりはなかったけど、私自身の〝直感〟は、確信を以て私に告げてくる。

 

「風鳴……八紘」

 

 囁く直感のままに、彼の名を口から零れる。

 風鳴の家の〝業〟の深さ、有体に言うなら――〝闇〟の片鱗を、垣間見た気がした。

 

「貴方も……人知れず泣くお方なのですね」

 

 ならばと、私は階段を登り、扉を開ける。

 一時休憩に入っているようで、観客たちは粛々と、でも興奮は完全に隠し切れずに、わやわやと次の舞台(うた)の幕が上がるのを待っているのが、会場内の音色で窺えた。

 ちょっと奥を見通すと、今日は休日な津山さんたちが見つけ、向こうも私に気づいたようで手を振ってきた。

 私もニコやかに手を振り返す。

 この距離とこの人だかりで私を見つけられるなんて、中々良い目をしているな。

 

「お待たせ!」

 

 そのまま創世たちと合流し、周りの不快にならない程度にやり取りし、あの人の背中を思い返しながら、私も待ちわびる。

 

 なら………せめて御方(あのひと)の分まで、しかとこの目と身体と、心に刻み込もう。

 

 翼の、夢に羽ばたく―――〝歌〟を。

 

 

 

 

 

 

 ライブは続く。

 自他ともに歌以外の口も手先も不器用な翼ゆえ、奏のように器用にMCは努められず、ましてインターバルにウェットに富んだトークも期待できない。

 その分、歌そのものに、全力で臨む。

 出し惜しみはしない、一曲一曲に、全身全霊で打ち込む。

 だからこそ、朱音たちも含めた観客たちは彼女の本気に打ち震え、胸が高鳴り、昂ぶり、会場全体を充満させるほどの熱気で、翼に歓声のエールを絶えず送り込んでいく。

 歌い手と聞き手たちによる一体感(シンクロ)が、高まっていき。

〝ソロ〟になって以来、過去最高に躍動的で、抒情的で、エモーショナルな翼の歌声で、これまで世に出して来たディスコグラフィが奏でられていった。

 

 そうして、あっと言う間に、残す曲は、プログラムでもシークレット扱いされている一曲を残すのみとなった。

 

「今日は思いっきり歌って、本当に気持ちよかった……こんな想いは久しぶり、ずっと忘れてたけど、やっと思い出せた………私、こんなにも歌が好きなんだ、聞いてくれる皆の前で、歌うのが〝大好き〟なんだッ!」

 

 今、自分の心の赴くままに、自らの想いを翼は言葉にし、観客に伝え。

 

「これも皆のお陰、ありがと~うッ!」

 

 はれものが落ちた喜色満面の表情から、感謝の気持ちとして手を振ると、観客も応じてペンライトを大きく振り、歓声と拍手を送った。

 

「そして、今日最後の曲に入る前に、みんなにお知らせしたいことがあります」

 

 そして翼は、打ち明け始める。

 

「みんなも知っているとおり、今海の向こうから歌ってみないかってオファーが来てて………迷ってた……ずっと自分が、何の為に歌いたいのか、分からずにいたんだけど、でも、でも今は、もっとたくさんの人に自分の歌を聞いてほしい、届けたいって思ってる、たとえ言葉は通じなくても、歌で伝えられるものがあるなら………世界中の人に、私の歌を聞いてもらいたい………送り届けたい!」

 

 朱音からのアドバイスの通り。

 とことん、はいつくばって、もがいて、足掻くくらいに、悩みに悩み、自分自身に、問いかけ続け。

 その最果てにて、自らの心に浮かんだ〝歌〟のままに、自らの選択を、決意を、観客に〝告白〟する。

 

「今までずっと、奏と一緒にいた頃から、私の歌が誰かに助けになると信じて歌ってきた、だけどこれからは――みんなの中に、〝自分〟も加えて歌っていきたい………だって私は、こんなにも歌が大好きだから………こんな私のワガママを、聞いてほしい」

 

〝届いてほしい〟

 

 目を閉じ、心の内で、さらにそう一言、亡き相棒(パートナー)へ想いを送る。

 

 完全なる静寂が、流れる中、すると。

 

〝届いたぜ――翼の歌〟

 

 はっと、目を開ける。

 

 見上げれば、観客たちの、祝福のエールが轟いた。

 

 さっきのは、幻だったのだろうか?

 いや、そんなことない。

 聞こえた。

 確かに聞こえたんだ。

 確かにこの胸に、聞こえてきた。

 

 奏の――声が。

 

「………」

 

 ついに感極まって、翼の瞳より、涙が筋となって、頬に流れ落ち。

 

「ありがとう……」

 

 言葉(おもい)を、送り返す。

 ステージの向こうの、空にいる〝親友(とも)〟へと。

 

 

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 

「それでは、最後の曲に行きたいと思います」

 

 頬の涙の筋を拭い翼は。

 

「この曲は、次の新曲にしてカバー曲でもあり、私の夢を後押ししてくれた人たちの、一人でもある友が、歌ってくれた曲です」

 

 本日最後の、歌への前口上を述べる。

 

「―――っ」

 

 翼が歌の名を発した瞬間、会場内は驚愕のどよめきが走るのをよそに、バックバンドの前奏が開始。

 エッジの利いた、シンセサイザーが彩るギターサウンドが、会場に澄み渡る。

 戸惑いは歓喜へと変わり、観客たちのコールも合わさって、翼は最後の歌を歌い出した。

 

 

 

 翼が今宵のライブの最後に飾らせた歌。

 それこそ、朱音が歌い、翼自身に〝もう一度、飛べるよ〟と、心を解きほぐした――あの歌であった。

 

 

 

つづく。

 




さすがに内閣情報官と言う重要な官職に着いてるパパさんがお忍びでライブに行けるか? と我ながら突っ込みましたが、どうしてもね、翼の歌う姿を見てほしかったんですよ……。
もっと言うならパパさんを出したかった吹替オタの衝動です(コラ

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