GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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無印10話前半に当たる話。
司令とクリスちゃんの場面はシリーズ内で掛け値なしの名場面の一つなんだけど、野暮なツッコミするとその前の紙剥がしてトラップ発動の下り、もうちょっとエージェントさん警戒しろよ(汗
司令の発勁で命は助かったけど証拠が全部吹っ飛んだじゃないか(苦笑

それと、よくこの手のバトルアニメだと主人公がライバルキャラから甘いとよく言われることがありますが―――


#50 - 潜入

 今年の暦が七月に入ったばかりの、今日も澄み渡る青空の下。

 緑豊かな山間部の中に敷かれた、蛇の体躯のように曲がりくねったアスファルトの上を、一部除き、窓はマジックミラーのベールに包まれる黒塗りのセダンな車両たちが数台走っていた。

 運転しているのはいずれも黒いスーツ、特機二課のエージェントたち。

 その内の一台だけが、赤塗りのオフロードタイプな大型SUV。

 運転しているのは、二課司令の弦十郎であり、助手席には同乗している朱音もいた。

 

 

 

 

 

 私と司令(げんさん)も含めた車たちが、蛇行だらけの山道に沿って向かっている先は、一連の事件の首謀者のアジトと思わしき場所。

 一種の家宅捜索ってやつだ。

 緒川さんらエージェントの懸命な調査によって、内通者及び、終わりの名を持つ者――フィーネの正体にも、一定の確証を得ている。

 まだ目的地まで距離も時間もあるので、その間私は渡された捜査資料が纏められたファイルに目を通していた。

 今見ているのは、広木防衛大臣暗殺関連の捜査資料。写真も貼付されており、一枚目の大臣たちが乗車していた車は、文字通り蜂の巣で、ドライブレコーダーごと大破されていた。

 ページを捲ると、無残に銃弾の雨を受けて殺された大臣たちの血まみれな亡骸が、痛ましく映されていた。

 だが常人なら目を背きたくなる光景の中に、手がかりは残されていた。

 

 一つは、同車し、大臣とともに殺害された秘書官。

 よく見てみると、彼は頭部、胸部、腹部にまで弾を撃ち込まれていると言うのに、大腿部が綺麗過ぎた。これだけ撃たれて血まみれなら、飛び散った血が付着している筈なのに。

 つまり、秘書官の大腿の上には、襲撃後には消失した何かが乗っていた。

 もう一つは、広木大臣ご本人。警察に発見された当時、大臣の亡骸は左手で右手の甲を掴み覆っており、その甲には円形の火傷痕と骨折が確認された。

 鑑識の結果、大臣は殺害直前、手の甲を発砲で熱の籠っていた突撃銃の銃口で押し潰されていたことが判明。

 もし……この時秘書官が、無事に櫻井博士に渡された筈のデュランダル移送計画に関する機密資料が入ったアタッシュケースを持っていて、襲撃を受けた際、咄嗟に大臣が手に取ろうとしたところ襲撃者たちに妨害され、そのまま撃ち殺され、ケースを〝強奪された〟のだとしたら。

 

 

 大臣暗殺の件も込みで、資料を一通り読み終えた私は、ファイルを閉じた。

 今は窓の外で流れる緑たちを眺める気にとてもなれず、隣の運転席でハンドルを回す司令に目を向ける。

 彼の曇り気味な双眸を見つめていると、苦い色合いがくっきり見えていた。

 内通者の正体もだけど、多分、司令の頭の内では、何度も思い返されているんだろう。

 助けたくて、差し伸べた手を拒絶してしまった………クリスのことを。

 

 

 

 

 

 これは、司令本人から聞いた話だ。

 大規模特異災害が発生したあの日、救出したクリスを司令に託して、翼の援護の為に飛翔し、その場を後にした直後。

 スラスターから吹き荒れる風から、その剛腕で司令はクリスを庇っていたが。

 

「は、離せよ!」

 

 場が落ち着くと、彼女は司令の腕の中から離れた。

 

「あんたもあんただ! ギアも聖遺物すら持ってねえくせにノイズだらけの鉄火場にしゃしゃり出て来てまで、なんでアタシを助けたんだよ!」

 

 この時のクリスの言葉も、尤も。

 いくら驚異的で人間離れした戦闘能力を身に着けている司令でも、人間。

 ノイズに一瞬でも触れてしまえば、炭素分解し、死に至るのは避けられない生身で、奴らの性質の前では、彼でさえ短時間の防戦が手一杯。

 実質、対抗できる武器を持たず身一つでノイズが跋扈する、クリスの言い回しを借りるなら鉄火場――即ち戦場に飛び込むなど、正気を疑われても無理からぬことだった。

 

「俺は―――君を救い出したいんだ」

 

 司令は、そうまでして自ら戦場に赴き、フィーネより引導を渡されかけたクリスを助けた理由を打ち明ける。

 真っ直ぐ過ぎて、眩しすぎる、混じり気なしの本気しかないその言葉と、その想いは、ふと微笑みたくなるほど実に彼らしい。

 

「君より、少しばかりの〝大人〟としてな」

「大人だって………よくもそんな偉そうに抜け抜けと!」

 

 けど、哀しきことに、司令の信念にして哲学であり、常にその高みへ目指して邁進する彼の信ずる〝大人〟の姿と、クリスがバルベルデの戦地で目の当たりされ、心の根深くまで植え付けられた、汚く醜く憎悪し信ずることのできない〝大人〟。

 その……言葉にすればたった一言に宿る意味は、遠く深すぎる溝なほどに、両者の間で余りに大きく乖離しており。

 

「余計なこと以外、いつもいつもいつもぉ……何もぉしてくれなかったくせにぃ………」

 

 フィーネに切り捨てられたことで、より他者からの〝善意〟を受け取れるほど、人を信じられずにいる彼女にとって、司令の優しさは、とても直視できず、受け止められないもので。

 

「何を今更ッ!」

 

 今にも泣き出しそうになる幼子のような顔色で……走り出し、ビルの頂より飛び出し。

 

〝Killiter ~~Ichaival~ tron~~♪〟

 

 イチイバルのギアを纏って、司令の救いの手から目を背けて……逃げ出してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的地の近くまで来た車両は、木々のベールに囲まれた砂利道で止められる。

 静かに降りたエージェントたちは、車の後部席からこれはまた彼らの服装並みに黒塗りのハードケースを取り出した。

 いずれのケースも、中に入っていたのは様々な漆黒の実銃たち。

 

 H&K MP7――短機関銃(サブマシンガン)。

 コルトファイヤーアームズM4カービン――突撃銃(アサルトライフル)

 レミントンM870MCS――散弾銃(ショットガン)。

 

 と、中々の本格的な装備。

 いずれも自衛隊、それもアメリカ軍ならデルタフォース等に相当する特殊部隊にて制式採用されている武器ばかりだ。

 安全の為、部品ごとに小分けされた銃器らを、一つの武器へと組み立てていき、ケプラー製の軽量防弾ペストを着用。

 

「朱音さん、こちらです」

 

 エージェントの一人から、一際小さいハードケースと防弾ベストと腰用のホルスターを渡された。

 まず制服の上にベストとエルボーガードとミリタリーグローブ、ホルスターを身に着け、ケースを開ける。入っていたのは拳銃と、予備の弾倉(マガジン)が二つ。

 SIG SAUER P320、全長7.2インチのキャリータイプ。

 現在のアメリカ軍と、兵隊レギオンの一体を撃破せしめた9㎜拳銃ことSIG SAUER P220に代わり陸自の制式拳銃となっている銃だ。

 私はP320を手に持つと、既に装填されていた二列(ダブルカラム)マガジンを一旦取り出し、スライド動作や空砲での発砲(シングル、ダブルアクション込みで)と、銃本体の動作確認をしつつ、拳銃の弾薬として最もポピュラーな9ミリパラベラム弾十七発分も滞りなくマガジンに籠められているのを確認。

 マガジンの一つを装填し直し、銃身をスライドさせて一発目をチャンバー内に待機させ、ホルスターに入れた。

 一応私も、この手の武器の扱いには心得がある。

 引き金を引いて、撃つことも込みで。

 二課所属の装者となってからは、よく友里さんと射撃場で的相手に打ちまくってもいるしね。

 

「できれば、アームドギアと訓練以外に本物を持たせたくはなかったし、同行もさせたくなかったのだがな」

 

 相手が司令じゃなかったら――『どっちも兵器なのに、使い手を〝ワンマンアーミー〟にするシンフォギアならセーフで、銃はアウトなんですね』と皮肉(ジョーク)を返していたところだけど。

 

「今さら言いっこなしですよ」

 

 相手は弦さんなので、ジョークにはしないでおいた。

 私も実銃を携行してまで同行しているのは、二課の諜報網ならいずれフィーネの居所を掴むと踏み、前もって司令にその折には同行させてほしいと進言しておいたからである。

 フィーネが、《ソロモンの杖》を使ってノイズを召喚して抵抗してきた場合の対抗戦力としてだ。

 当然、たとえ装者でも子どもが子どもでいられる内は、子どもらしく日常を謳歌してほしい、前にも言った気がするが〝大人同士の問題(いざこざ)〟にはできるだけ巻き込ませたくない司令からは、今みたいに苦い顔をされたけど。

 でも人として、また戦う道に踏み込んだ時点で、この手の問題と無関係のまま、都合よく〝人助け〟をしていられると思ってはいなかった。

 必要とあらば、この黒光りする武器を手にすることだって厭わない。

 

〝Si vis pacem, para bellum〟

 

 パラベラムと言う単語(ことば)に刻み込まれた――意味(ことば)

 

〝汝、平和を欲さば、戦への備えをせよ〟

 

 その覚悟で、シンフォギアを――ガメラを手にしたのだから。

 

「それに向こうがソロモンの杖を持っている以上、シンフォギアがなければどんな武器を持っていても丸腰同然です」

「そいつは俺も分かっている、だからこそさ」

 

 彼の心遣いにも感謝してるけど、なればこそ。

 あの堕天使じみた匂いを感じさせられた奴ならば、たとえ二課の人たちが相手でも躊躇わずノイズを寄越してくるのは確実、特異災害相手ではどんな銃も、司令の拳さえ紙鉄砲未満になり、シンフォギア装者がいなければどうしようもない。

 一方で。ノイズ以外を相手にしなければならない可能性もあって、護身用として特別に銃の携帯も許可された。聖詠を唱えてギアを纏うより、銃を抜いて引き金を引く方が遥かに早いのは厳然たる事実だし、ギア自体お忍びとは無縁の騒がしい兵器である。

 あくまで護身の為なので、可能な限り弾は消費せず、一朝ことあったとしても相手に必中で当ててはならないハンデ付き、私が攻勢的に武力行使するのは、ノイズを相手としたのみだ。

 装者の中で私一人なのは、響の目の上のたんこぶである学業や、翼の歌手活動なども理由なんだけど、フィーネの正体に関して………二人に伝えるには憚られる事情も少なからずあった。

 司令が同行を渋ったのは、それも理由の一つである。

 彼としては、全て終わってから、私たちに真相を話したかった筈だから。

 

「司令……――いいえ、弦さん」

「な、なんだ?」

 

 私は一度、司令への呼び方を。

 

「一人の友人として忠告しておきます、私は貴方の人柄がお好きですし、日々の心遣いには感謝しています」

 

 公的から私的、友達としての呼び名に直し、弦さんの人となりを、笑みと一緒に口に出す。

 ほんの一瞬、彼の精悍な顔が戸惑った。

 どことなく、照れ臭そうにも見えた。

 そんな、好漢と言う概念そのものが人柄となっているこの人に、耳が痛いどころじゃないきついことも伝えることになるけど。

 この前の、父と母を亡くした痛みがぶり返して……涙に暮れた自分をそっと抱きしめてくれたように、彼が自分を想っているからこそ、案じているからこそ。

 私も、同じ気持ちでもあるからこそ、心を鬼にして。

 

「ですが、酔いも甘いもかみ分けてきた大人としては、些か貴方は――身内に甘すぎる」

「朱音君……」

 

 はっきりと突きつける形で、彼の瞳を正面から見据え、忠告を送る。

 

「仮にも同じ屋根の下、胸に姦計を秘めつつ同じ時間を過ごしてきた相手です、必要とあらば……貴方のその〝アキレス腱〟を突くことも、辞さないでしょう」

 

 風の都のヒーローを通じて読んだ、とある小説の私立探偵も、言っていたな。

 

〝強くなければ生きていけない、優しくなければ生きている意味がない〟

 

 私はその言葉の、半分どころか全てに同意する。

 そして―――時にはその優しさを、巧妙に〝隠す〟強かさも必要であることも。

 

 特に、弦さん――司令たちが相手にしなければならない相手には、尚更だ。

 

 

 

 

 

 戦闘も込みで、エージェントたちと私の潜入準備が整う。

 司令だけが、いつものスーツをラフに崩した風体、彼の肉体自身が、そこらの銃器と比較にならない、日本(このくに)では憲法にすら抵触しかねない強力無比の武器なので、余計な武装は必要ないのだ。

 湖と崖の上に挟まれた地にそびえ立つ、ルネサンス風だがところどころ奇妙な形状も混じっているこの屋敷こそ、フィーネの隠れ住まい。

 ほとんど一人しか使われていない筈のアジトの割には、特機二課ひいては日本への挑発か嫌味とばかり、無駄に規模が大きく、自然(みどり)の中で自己主張が激しく目立ちたがり……な、趣きを感じさせられた。

 セオリーなら、建物内に進入する場合、チームを何手かに分かれるところなのだが、私たちは一纏めのまま、正面扉を開けて………やけに物静かな屋敷に入り込む。

 手分けをすれば、もし私がいない方へノイズが襲撃してきた場合、対処できないからでもあった。

 外観同様に、ガラス越しに陽光が差し込む内部の回廊も、ルネサンス……の後期の、マニエリスムの建築様式に似ている内装だった。

 まるで当時の時代に飛ばされたかのような空間の中で、現代の衣服に現代兵器で身を固め、Close Quarters Battle、略してCQBの体捌きで進む私たちは、えらく異物に映し出され、唯一堂々とした佇まいで歩む司令はそれ以上に異様さを醸し出していた。

 いつでも戦闘に入り対処できるよう、心がけている点は変わらないけど。

 

「っ……司令」

「どうした?」

 

 私の嗅覚が、酸味混じりの焦げた匂いを捉える。

 

「硝煙の匂いです、多分、この先の大広間」

 

 端的に言うと、火薬が炸裂し、銃口から鉛の弾が発射された時に飛び散る匂いのことで。

 つまり、私たちより先に武装した者たちが屋敷に押し入り、一時は静謐な自然の音色をかき乱すくらい派手に銃声が鳴り響いていたと言うことだ。

 私たちは足を速めさせ、先を急ぐ。

 近づくほどに、硝煙と違う匂いが嗅覚を刺激し、額の眉をひそめてくる。

 これは、人の血の……匂いだ。

 

 

 

 

 

 その大広間では、先程まで命があった血まみれの者たちが、倒れていた。

 銃器と戦闘服で身を固めていた、兵士たち。

 彼らこそ、広木大臣の命を奪った張本人たち。

 既に全員が、事切れて――死んでいる。

 彼らに並んで散乱するガラスや壁面、椅子やテーブルなどの家具、建物そのものを構成していた血肉たる無数の破片と、操作卓と複数の大型モニターも含めた内壁にいくつもできた銃痕と亀裂が、ほんの少し前の時間にて起きた惨状を、当事者たちに代って語っていた。

 

「なにが……どうなってやがんだ……これ……」

 

 

 死屍が散らばる光景の中を、兵士たちより後だが、弦十郎たちよりも先に闖入していた訪問者が、そう呟いた。

 直後に、訪問者たる少女の背後より物音がした。

 彼女――クリスが振り返った先にいたのは、弦十郎と、右手にP320をぶら下げた朱音であった。

 

 

 

 

 

 

「ち、違うぅ――アタシじゃない! こいつらをやったのは」

 

 どういう訳と経緯かはともかくとして、自身を散々利用した挙句切り捨てた奴の屋敷に訪れていたクリスが私たちに、この惨状を起こしたのは自分ではないと咄嗟に訴えかけてきた。

 エージェントたちが大広間に入って状況を調べる中、私は彼女に銃口を向けないようP320の安全装置(セーフティ)のスイッチを入れてホルスターに仕舞うと。

 

「端から貴方の仕業とは思っていない」

「え?」

 

 第一発見者であるクリスに、この惨状を演出した犯人の候補には入っていないと返しておいた。

 戦争を深く憎んでいる彼女に、殺しも、ましてや相手が武装して殺す気だったとは言え、こんな殺戮行為などできるわけがない。

 身構えている彼女をよそに、私は亡骸の一人に近づき、しゃがみ込む。

 胸部から腹部にかけて、蛇腹状の刃の凶行と思われる、肉を抉り切った傷が刻まれ。骨も臓器も露わになっていた。

 ネフシュタンの鎧の蛇腹鞭が凶器とみて、間違いない。

 顔つきと体格と、そして気質と言う匂いで、同郷の人間、アメリカ人だと一目で分かった。

 男の首元に掛けられていた二枚の認識票(ドッグタグ)を、グローブ越しに手に取る。軍隊や兵士を扱ったフィクションでもよく出てくるこれは、戦死者の身分証明書である。

 国ごとに材質形状も枚数も異なってくるが、二枚式の場合、一枚は生存者が回収して戦死報告用に、もう一枚はその死者が誰なのか分かるよう、当人に添えられたままになる。

 

「………」

 

 タグに英語で刻まれていた文字を見た私の顔は、苦味だらけの色合いになる。

 これとよく似た形状をしていた認識票が、さっき車内で読んでいた捜査資料の犯行グループの候補リストに載っていた。

 名称も込みで詳細は伏せるが、これはアメリカのとあるPMC(private military company―― 民間軍事会社)に所属している傭兵が身に着けているものだ。

 完全に犯人を特定させるには、まだもう一押しの調査による証拠の獲得が必要だけど………彼らの亡骸そのものが、私に突きつけてくる。

 二一世紀に入り立ての頃に起きた戦争で、悪評も含めて名を上げてきたPMCの一つに、わざわざこの時勢でこんな汚れ仕事を依頼し、フィーネと利害の一致で内通していたクライアントなんて………一つしかない。

 私の祖国の一つ、かの自由の国のかじ取りを担っている、実質聖遺物の異端技術を独占し研究の最先端を行く日本を快く思わないアメリカ政府に関わっている連中。

 最初に過った自分の直感は、当たっていたと言うわけだ。

 口の中が苦虫を噛んでしまう。

 当たってなど……ほしくはなかった。

 恐らく、一時は手を組みながらも、異端技術の独占と言う目的の上で邪魔になったフィーネを証拠隠滅も兼ねて始末しようと、彼らを差し向けたが仕留めきれず、ネフシュタンを纏った奴に返り討ちに遭わされた………ってところか。

 

「風鳴司令、これを」

 

 エージェントの一人が、司令を呼ぶ。

 亡骸の一人の胸部に、紙が一枚張り付けられていたのを見つけていた。

 

「待って!」

 

 一瞬、太陽光を反射させた亡骸から伸びる筋を一つ目にした私は、紙に触れる直前だったエージェントの手を掴んで制止させる。

 

「よく見て下さい」

「はぁ……」

 

 気づいたエージェントが息を呑む。

 

「ブービートラップです、下手に触ると部屋ごと吹っ飛びますよ」

 

 亡骸の、正確には紙にから天井に向かって伸びている、仕掛けられていた罠、爆弾の起爆装置と繋がっているとおぼしき糸。

 

「よ、よく気がつかれましたね……」

「目は良い方なので」

 

 数値に変えて三〇.〇くらいはあったガメラの頃の自分ほどじゃないが、今の自分も罠を目で見つけられるくらいは良い方である。

 もし糸が切れて起爆していれば……司令のデタラメ、もとい我流拳法の発勁で爆発の衝撃はかき消され、これ以上の死者は出さなかっただろうけど、広間の奥にあるモニターといった場に残っている〝証拠〟は、粗方消されていた筈。

 

「他にも仕掛けがあるかもしれません、ご遺体と現場の扱いは慎重に、証拠は自分が証人であると主張することはできないのですから」

「はい」

 

 トラップはこれ一つとも思えないので、エージェントの皆さんに釘を差しておいた。

 フィーネが、司令たちがここに来るのを見越して張っていたのは違いない。

 自分を殺そうとし、逆に殺した連中の亡骸を罠に利用する悪辣さ、捻くれたアイロニカルな意味で………天晴だよ。

 

 それにしても………紙に血で書かれていたこの文字。

 

〝I LOVE YOU SAYONARA〟

 

 スマートウォッチのカメラでその文字を撮り、データを本部に送った。

 文字の筆跡も、重要な証拠の一つになる。

 次にネットでこの単語の検索を掛けてみる。 わざわざ血を墨代わりに書いてまで、二課、そして司令にこんなメッセージを残すくらいだ。

 単に私たちを惑わすデタラメな単語の羅列だと、早計に片付けない方がいい。

 ヒットした。

 八〇年代にあるポップスバンドグループのディスコグラフィの一つに、同名の曲があった。日本の大晦日の風物詩な歌番組でも歌われた曲だとのこと。

 案外この曲の歌詞に、手がかりが隠されているかもしれないな。

 

「コンピュータのデータの方は?」

 

 手がかりと言えば、大広間に置かれていた様々な拷問器具と並んで異彩を放っているコンピュータ機器。

 一人がパッド型端末と繋いで、データを回収している。

 機器にも相当銃弾が撃ち込まれているから、中身ごと破損している恐れもあったが。

 

「バックアップはどうにか取れそうです、しかし暗号化されている上にウイルスの危険性もあるので、中身の解読には時間が掛かるかと」

「運よく残っていたところを手にできただけでも、儲けものですよ」

「ええ、うちの情報処理のプロたちなら、やってくれますよ」

 

 彼の言うプロたちとは、友里さんと藤尭さんたちオペレーターの方々だ。

 そして、機器の近くに残っていた血溜まり、と言う決定的な証拠を、前職は警視庁の鑑識官だったらしいエージェントの一人が丁重に採取していた。

 これだけあれば、何とかフィーネを合法的にお縄につかせることはできるかもしれない。

 それで済むだけなら……良いんだけど。

 楽観は禁物だと自分に言い聞かせ。

 今は、テラス屋敷のテラスにて何か話している、司令とクリスの姿を目にした。

 

 

 

 

 

 一度は振り払われてしまったけど、司令なら……弦さんなら、きっと。

 

つづく。

 




朱音の証拠云々の台詞は攻殻の原作漫画での少佐の台詞『死体は黒幕や情報源を語ってはくれない』から来てます。

※現実の陸自の制式拳銃は2018年時点でもソルジャーレギオンを倒した9㎜拳銃のままでございます。

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