GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者:第一楽章 #57-月を穿つ
ようやく最終決戦のコングを鳴らせました。装者たちに了子さん=フィーネが自分の正体と目的を語るシチュは原作と同様ですが、案の定細かい部分は変わってます。
具体的には二課側が『転んでもただでは起きない』&ゼロワンの刃さん並(?)にちゃっかりしてる朱音、無印の段階でアヌンナキの単語を口にしちゃいました(;^ω^)。
後、カ・ディンギルに関する元ネタを割かしはっきり言及と。


#57 - 月を穿つ

「まだその姿を―――私達の前で見せつけるか? 櫻井ぃ……了子……いや――フィーネッ!」

 

 灰色の濃い雲海が夏の蒼穹を覆い、リディアンがあった地上からは二課本部(いつわりのすがた)から本性を現した天を仰ぐ塔――《カ・ディンギル》が、旧約聖書の《バベルの塔》の記述に負けず劣らずの巨体を地上に現出した中、もはや廃墟としか言い様のないリディアン校舎の一部の屋上から……〝櫻井了子〟の姿のまま、しかし眼鏡越しの面立ちはアダムとイヴと失楽園に追いやった蛇の如き邪悪な本性を露わにして、傲然とした眼差しと邪さを隠しもしない笑みで見下ろすフィーネへ、私は怒れる叫びをぶつける。

 頭の思考は平静に、かつ冷静だと言うのに、胸の内(こころ)は、様々な形をした幾多の熱い怒りの感情たちが……渦巻いていた。

 その内の幾つかを、しいて挙げるなら、ヤツの腹の内に抱えていた〝野心〟の為に、数多くの人々の〝生命(いのち)〟を利用し、弄び、奪い。

 その上――。

 

〝I Love you, SAYONARA〟

 

――同僚(ほうゆう)である司令(げんさん)たち、二課の人たちに対するあんな〝決別〟のメッセージを残しておきながら、私達を惑わせる為に、わざわざ櫻井了子の風体で出迎えてきた下衆さ、畜生さ。

 なまじ五感が人並みより良いだけに、フィーネからは奴自身のものではない〝血の匂い〟を嗅ぎ取る………おそらく……〝完全聖遺物〟をも圧倒する驚異的戦闘能力を持ってる司令にも、かの手段で彼の〝優しさ〟を悪用し、隙を突いて打ち勝ったことだろう。藤尭さんの暗号メールで、司令含めた二課の面々は避難できたと一応分かっているので、どうにか彼も無事だと信じてはいるけど。

 

「嘘ですよね、そんなの嘘ですよね……了子さんが……フィーネだなんて」

「………」

 

 フィーネの策は効果覿面で、現に響は櫻井了子が首謀者(フィーネ)であった事実を前に、信じられず困惑と混乱を露わにし、装者の中で最も付き合いが長かった翼も、沈黙の中で戸惑う自身の胸中(おもい)を隠し切れずにいる。クリスも天涯孤独な自分を利用する為に拾い、挙句切り捨てた奴への憤怒を抱えている一方で、二人を案じる気持ちが籠った視線を送っていた。

 

「さっさと正体を明かしたらどうだ? いい加減〝その姿〟でいるのも飽きてきたのではないのか?フィーネ」

 

 だから私は、奴にそんなまやかしが通じない旨を、先の言葉に続き、櫻井了子ではなく〝フィーネ〟の名を呼び、今度は静かに怒れる心情を瞳から放つ眼光を中心に、表明する。

 私がそう言い放った瞬間、その時を待っていたとばかり、フィーネは〝櫻井了子〟のトレードマークとも言えた……纏めていた髪を解き、眼鏡を外すと同時に足下に捨て、踏み壊した。

 直後、フィーネの全身が金色の光を放ち出した。

 その最中(チャンス)を逃がすまいと私は、ヘリに搭乗している間に予めマナーモード兼オープンチャンネルに設定していたスマートウォッチから通信電波を飛ばし、端末は私達のいる場からそう遠くない地点――二課本部の避難シェルターから発せられていた周波数に反応、端末が自動で暗号通信モードになり調整(プリセット)された。

 さすが藤尭さん、先程の映画を使った暗号も込みでナイスプレー。

 

〝コチラ フジ ミンナ ブジ〟

 

 さらに同じく藤尭さんが送り主である、微弱な振動(バイブ)を用いたモールス信号による伝言(メッセージ)で、司令たちが無事に避難できたことも掴んで一安心し、そのままメッセージを送り返した。これだけで〝既読〟したと返信するには充分。子どもの頃に初めて見て以来、今も時々鑑賞している冒険活劇ジャパニメーション映画をきっかけに、モールス信号に一時期嵌っていたことがあって、それが今回役に立ったな。

 けどフィーネに悟られるわけにもいかないので、特に響には申し訳ないけど………暫く〝敵を欺くにはまず味方〟からを実行するしかないと、分かっていても心が痛んだ。

 安堵と傷心が共在する心中を表さぬ様、ポーカーフェイスに徹しつつ。

 

「気をつけろ、奴の肉体とネフシュタンは細胞レベルで融合している」

 

 数時間前の櫻井了子との通信で薄々その可能性が浮かび、あの金色の光で得た〝確信〟を忠告の言葉に変えて私は三人に忠告した。

 アジトの現場検証の結果、フィーネはアメリカの傭兵部隊の奇襲で先手を打たれて重傷を負った。服にこびり付いた出血量から見て、致命傷だったのは想像がつく。

 あんな深手を負った状態で、部隊を返討ちにするとしたら……完全聖遺物、それも担い手が受けた傷をも治癒させるネフシュタンの鎧との生体融合しかない。

 それは奴にとって一か八かの博打だっただろう。

 クリスをけしかけて響を狙っていた理由は、今まで前例がない未知の領域人と聖遺物の生体融合のメカニズムと、メリットデメリット双方と、そしてそれが生み出す〝化学変化〟のデータが欲しかった――が、理由の一つで間違いない。

 事実、ガングニールと融合している響がデュランダルを手にした際、暴走を招いたのだ。

 科学者にして技術者であるフィーネにとって、コントロールできない兵器はナンセンス、できれば完全に御する方法を見つけたかった筈だが、傭兵部隊に銃口を向けられ追い詰められた時の状況では、逡巡もしていられなかったと想像がついた。

 

「ええッ!?」

「生体……融合だとッ!?」

 

 私の忠告の意味を理解した翼とクリスから、驚愕の声を上がった矢先――フィーネの姿を隠していた光(ベール)が収まり。

 

「そんな……」

 

 今にも残酷な真実を突きつけられ、泣きそうな声色を響が発して膝が崩れ落ちる中……フィーネはネフシュタンの鎧を纏った姿を私達に見せつけてきた。

 

「それが真の姿か……」

 

 奴の髪と瞳の色が金色に染まっている、あれこそフィーネとしての姿と言ったところか。ネフシュタンの装束も、クリスが使っていた時と異なり奴の容姿の一部以上にけばけばしい黄金な蛇の鱗状の鎧を纏った風体を、私達に傲岸と見せつけてきた。

 人それぞれの感性によっては、美しいと表する者もいるだろうが。

 

〝How……bad taste(なんて……悪趣味)〟

 

 内心、ネフシュタンの形と、それを着込んだヤツの姿を前に毒づく。

 少なくとも私の感性(ひとみ)からは、肌の露出具合を差し引いても………とてもじゃないが〝美〟を一欠けらも見い出せそうにない。

 これなら月光降り注ぐ夜天の下で、泳ぐ様に優雅に飛んでいた〝柳星張(しゅくてき)〟の方が――ずっと遥かに美しかったよと、私は皮肉を零した。

 

 

 

 

 

「うっ……」

 

 自身の呻き声がエコーする中、暗がりに閉ざされた瞳を開くと、瞼の外から来た併存する暗闇と光を前に咄嗟にまた目を瞑る。

 今度はゆっくり少しずつ、段階を踏んで周囲の環境に眼(まなこ)を馴染ませて、弦十郎の意識はようやく、緑がかった非常灯に照らされるこの薄暗い空間が、二課用の避難シェルターの中であり、フィーネとの戦いで負った傷の手当てを受けた身体は、災害用ベッドに横たわっているのだと気がついた。

 その場から起き上がろうとするが、フィーネに胴体を串刺しされてからそれ程時間も経っておらず、案の定痛みが重く響く。腹部に巻かれた純白の包帯には、彼の血が痛々しく滲んでいた。

 

「司令! 安静にしてないと!」

 

 弦十郎が目覚めたことに気がついた〝あったかい飲み物〟を作っていたらしい友里が、彼の下に駆け寄る。

 

「いや、起きる程度は問題ない、応急処置をしてくれたのは緒川か?」

「はい」

 

 応じた緒川も弦十郎の下に歩み寄り、しゃがみ込む。

 

「助かった……何とか咄嗟に急所から外せたが……お前の適切な処置が無ければ危なかったところだ」

「大事は越した様で、何よりです」

「司令、あったかいものでも」

「ああ……忝い」

 

 元より司令に呑ませる為に作っていた、傷に効く作用のある亜鉛やクエン酸などを織り交ぜた清涼飲料水(あったかいもの)を差し出し、受け取った弦十郎は、満身創痍の身体に障りない程度にゆっくり飲み、ふとこの一連の事態に巻き込まれてしまった級友たちと会話の形でケアに勤しむ未来の様子の窺いつつ。

 

「俺が了子君に負けてから、状況はどうなった?」

 

 自分が意識を失っていた間の事態の推移の報告を、部下たちに求めた。

 

「本部はこのシェルター含めた一部機能を除いて、ほぼ完全に櫻井了子――フィーネによって掌握されました」

「やはり……本部そのものが〝天を仰ぐ塔〟だったか……」

「はい」

 

 緒川は、二課本部自体が《カ・ディンギル》であった事実も込みで、ここ直近の激変を積み重ねた事態の推移を簡潔かつ分かり易く要約して弦十郎に報告する。

 まさに……〝最悪の状況〟以外の何ものでもない。

 

「ですが早急に避難対応できたお陰で、二課職員に死傷者は一人も出ず、未来ちゃんの友人も怪我一つ負っていません」

「そうか……俺が悠長に眠っている間、ご苦労だったな………しかし……」

 

 幸いにも、万が一この〝最悪〟が起きてしまった場合の対処が迅速だったお陰で、二課職員と本部に避難してきた民間協力者の未来と級友たち含め無事に、非常シェルターに退避できたこともあおいから伝えられたことで、その点では弦十郎も、ほっと安堵の息をつくことはできた。

 万が一……〝本部が乗っ取られる〟と言うアクシデントを想定して、情報処理のプロの藤尭を筆頭としたオペレーターメンバーの尽力により、機能のバイパスを本部から切り離しておいたお陰で、予備電源込みでシェルターもフィーネのハッキングから逃れて生き延びている。

 

(提言してくれた朱音君には、また感謝せねばな……)

 

〝もし司令が負けた場合、本部がフィーネに乗っ取られる可能性があります〟

 

 ここまで迅速に対応できたのは、朱音がフィーネのアジトへの捜査の際に自ら同行を進言した折、その最悪の事態も言及していたお陰でも、少なからずある。

 しかし、それでも弦十郎たちが置かれている状況が、強い逆風の渦中であることには……変わりない。

 

「カ・ディンギルは言うに及ばず、イチイバルとネフシュタンの紛失、広木防衛大臣の殺害手引き、デュランダルの狂言強奪……僕たちを長年欺き続けた彼女の暗躍は、他にも色々とありそうですね」

「俺達は……ずっと彼女の掌の上で踊らされてきた……わけだな、くっ……」

 

 実際、首謀者(フィーネ)――櫻井了子に関する調査を本格的に進めていけば、叩けど叩けど、むしろ叩けば叩くだけ、疑惑の埃が大量に噴出することだろう。

 傷の痛み以上に、弦十郎の口の中と、胸の内に苦味が広がり……思わず歯ぎしりするくらいの、この手で彼女の蛮行を食い止められなかった悔しさ含めた苦い想いが、傷の痛みとともにぬめぬめと渦巻く中。

 

「そうまでして了子君は………天を仰ぐ塔と聖遺物の数々を以て……何を果たそうとしている?」

 

 まだ未だ〝謎〟のままピース………フィーネの〝真の目的〟を。

 カ・ディンギルですら、その目的を達する為の手段に過ぎないことは弦十郎でも分かっている。

 なら彼女は――そうまでして、何を為そうとしているのか?

 

「その〝目的〟、本人から直接聞き出せそうですよ」

「何……だと?」

 

 改めて脳裏に疑問が過った中、立体モニターを投影したタブレットPCを操作している藤尭から、思わぬ〝朗報〟が齎されてきた。

 

「リディアン敷地内の防犯カメラの一部がまだ生きてましたので、それをこちらと繋げてみたら――」

「私にも見せて貰えますか?」

「もちろん」

 

 藤尭はPCを弦十郎たちに見せようとし、未来も級友のフォローをしている傍ら、避難の折に知った〝櫻井了子が黒幕〟と言う事実と、何より装者である友たちを案じる気持ちらでできた気がかりが胸中に抱えていた為、気になってモニター内の映像を見に来て。

 

「響……朱音……翼さんにクリス……」

 

 モニターに映された装者たちの名を、思わず呟く。

 未来の瞳からでも、彼女らが今まさに〝黒幕〟と対峙しているのだと容易に想像できた。

 

「音声も朱音ちゃんのファインプレーで、彼女の通信機からの電波をキャッチして、暗号通信の形で同調させました」

「了子君に悟られずどうやって?」

「いわゆる〝変身中の隙〟ってやつですよ」

 

 さらに〝モールス信号〟で、こちらは無事であるメッセージを藤尭は送り、内容そのまま送り返された形で、朱音からの既読の返信を受け取った。

 

『それが真の姿か……』

 

 PCのスピーカーから、朱音の声が響く、フィーネに知られぬ様音声は向こうからの片道通行に設定して対策済み。

 彼女の咄嗟の機転と、それを即座に対応できた藤尭のファインプレーによって……首謀者自身の口から語られる〝目的〟が、シェルターにいる弦十郎たちにもリアルタイムで知ることになる中、一同は固唾を呑んでモニターを注視し、耳を傾けた。

 

「〝了子〟……」

 

 

 

 

 

「じゃ……じゃあ了子さんがフィーネなら………〝本当の了子さん〟は?」

 

 未だ了子がフィーネだった事実から叩き付けられたショックを引きずる、装者の中で最も〝櫻井了子〟としての彼女と仲が宜しかった響は、それでも一度地の崩れ落ちた両脚をどうにか立たせ、黄金のネフシュタンを纏うフィーネに問いかける。

 

「この身の本来の主たる〝櫻井了子〟の意識は、とうの昔、私によって〝食い潰された〟と言っても過言ではない――」

 

 フィーネは響の問いを応じながら――。

 

「――かつて平行世界の生体聖遺物も同然な怪獣――《ガメラ》であった、そこの紛い物のシンフォギアの担い手の様にな」

 

 朱音に指を差すと同時に、皮肉な表現もたっぷりにこう付け加えた。

 翼ら三人は驚きでほぼ同時に、フィーネから半ば槍玉に挙げられたも同然な言葉を受けたばかりの朱音に目線を移す。

 三人とも、彼女が前世の記憶を持ち、その前世がパラレルワールドの地球の古代文明に生み出された生態系を守護する怪獣――ガメラであったことは存じている。響と翼は当人の口から直に、クリスもフィーネからの口頭(せつめい)越しにだ。

 

(そう来たか……今ので大体分かった)

 

 対して朱音本人はと言えば、フィーネの皮肉にも戦友から向けられた驚愕の視線にも全く揺さぶれることなく、鋭利な翡翠の瞳を相手に見据えたまま。

 

「その口ぶりからして、お前も超先史文明(ちょうこだいぶんめい)の差し金らしいな………大方自分の子孫たちの肉体にちょっとした切欠で憑依して復活できる因子を遺伝子に埋め込んでいた、ってところか?」

 

 フィーネ自身の言葉から導き出した、彼女の正体の関する確信を――。

 

「何だよ? その〝ちょっとした切欠〟って」

「おそらく十二年前の、翼の歌声で行われた天羽々斬の起動実験」

 

 ――突き出す様に提示し、言い当てる。

 

「何だとッ!?」

 

 かの実験の当事者の中心だった翼は、さらなる驚愕を顔に浮かべ、叔父(げんじゅうろう)によく似た声(はんのう)を露わにした。

 

「その時から既に……櫻井女史は……」

「左様、櫻井了子の意識はその時に死んだと言っても良い、我ら超先史文明の巫女フィーネの秘術――」

 

 まるで、今を生きる人間の心身を乗っ取り、塗りつぶす過去から蘇る亡霊の如き……復活の術、その名は。

 

「――《リインカーネイション》によってな!」

 

 人類史上では《古代メソポタミア文明》の一つに当る《バビロニア文明》と呼称される超先史文明は約二千年以上前の紀元前に滅んだが、その血統は櫻井了子含めた末裔たちによって現代にまで密かに受け継がれていた。子孫たちは、己が肉体に流れる血のルーツを知らず世界中にて無数に散らばっており。

 

「草凪朱音のご推察の通り、我らの子孫に流れるその血、その遺伝子には、アウフヴァッヘン波形と接触した際、フィーネのとしての記憶と能力が再起動する因子が埋め込まれている」

 

 復活のトリガーとなる《アウフヴァッヘン波形》……つまりは聖遺物の深き眠りを覚ますことのできる〝適合者〟の〝歌声〟に他ならない。

 

「十二年前、まだ幼子の頃であった風鳴翼が偶然引き起こした天羽々斬の覚醒は、同時にあの場にいた櫻井了子の内に眠っていた意識(わたし)を目覚めさせたのだ………そしてフィーネとして覚醒したのは――この〝櫻井了子〟ただ一人だけではない」

 

 歴史と言う名の大河に、その名を刻んで来た多くの偉人たち、英雄たち。

 その流れの中、世界中に散らばり、先祖たる超先史文明の巫女の依代の〝器〟となった子孫たちは、パラダイムシフトとも呼ばれる人類史の転換期――《技術的特異点(シンギュラリティ)》が起きた瞬間に、何度も直に目にし、立ち合ってきた。

 多次元宇宙(マルチバース)の一角たるこの次元(せかい)の人類の歴史は、実質フィーネの血を引く者たちの介入、干渉、暗躍を受け続けてきた歴史でもあると断言できよう。

 

「まさか……シンフォギアシステムもその特異点だと言うのか!?」

「その様な〝玩具〟、為政者たちから我が計画に必要なコストを捻り出す為の福受品でしかない」

「〝玩具〟……だと……」

 

 自らが創造したシンフォギアシステムを玩具扱いし、自分以外の他者全てを見下し愚弄するかの如き、血も涙も感じさせないフィーネの物言いと立ち振る舞いに、翼の心は驚愕よりも怒りの感情が上回り、ついに堪忍袋の緒が切れ。

 

「貴様の戯れの為に……奏は……私達の歌を聞き届け、希望を見い出してくれた人々は……命を散らしてきたと言うのかッ!? フィーネッ!」

 

 その怒りの影響で、呼び名も〝櫻井女史〟からフィーネへと変わった。

 憤怒の激情をフィーネへどうしてもぶつけずにはいられないのは、翼だけではなく。

 

「特機部二からアタシを分捕って都合よく利用した挙句、裏でこそこそとアメリカの連中ともつるんで、律唱(このまち)の人達(やつら)を散々巻き込んだのも、そいつが理由だってのか!? ふざけんなッ!」

 

 手段(やりかた)こそ間違えてしまい、図らずも自身が憎んでいた〝争いの火種〟をばら撒いた罪を背負ったことで……簡単には拭えない、消えてくれない〝罪悪感〟をも抱えてしまうことになってしまったが……〝世界から争いを失くしたい〟想いは、心から真の願いであったクリスもまた、怒れる旨をフィーネに叩き付ける。

 

「そう、全てはこの――」

 

 対するフィーネは装者たちからぶつけられる怒りを全く歯牙にもかけず。

 

「――地より屹立し、天にも届く一撃を放つ、荷電粒子砲――《カ・ディンギル》を以て………この暗雲の向こうにそびえし今宵の月を――穿つ為にッ!」

 

 天を仰ぐ塔を見上げ、この巨塔の正体を打ち明け、自らの〝目的〟を、ドスをも利かせた声音より高らかに宣言する。

 

「つ、〝月〟を……」

「〝穿つ〟と言ったのか?」

「それでどうやって、お前がアタシに言った〝バラバラになった世界を一つにする〟って言うんだよ!?」

「っ………」

 

 塔そのものが、巨大な荷電粒子砲である《カ・ディンギル》で、曇天の奥にて今も尚地球の周囲を回り続けている月を穿つ――破壊する巨大兵器。

 この事実を前に翡翠の瞳を見開いた朱音含め、装者全員が、各々の想像を超えていたが為に驚愕の情で、呆気に取られかけた。

 

「もしや……お前だと言うのか? 神々と人々が共生していた最後の時代――《バビロニア》にバベルの塔を作り上げ、〝神の怒り〟を買う末路に至らせたのは……」

「然り……」

 

 だがそれでも思考を働かせて、ここまで明るみになった真実の断片(ピース)の数々から導き出し、言葉にした朱音の推理にフィーネは肯定の意を示し、先程まで常に嘲笑を浮かべていた顔を、一転………しおらせて俯かせると。

 

「私はただ……〝あの御方〟と並び立ちたかった……」

 

 自ら〝月を穿つ〟目的に秘められた源泉を……追想して語り始める。

 

「〝あの御方〟?」

「メソポタミア神話に登場する神々………〝アヌンナキ〟の内の誰かだろうさ……」

「アイツはその神様とやらに仕えてったのか?」

「堂々と自らを〝巫女〟と称したんだ、間違いない……」

 

 巫女――またの名を〝預言者〟。

 神に仕え、神のお言葉を聞くことができ、神自身に代わってその言葉を信仰者の人々に伝える力と、お役目を与えられた者たち。

 フィーネも、その巫女たちの中の一人だった。

 ある時彼女は、自身が仕える神への、お役目の範疇を超えた愛に駆られるが余り、並び立とうと思い立った余り………〝あの御方〟に届くほどの天を仰ぐ塔《カ・ディンギル》――《バベルの塔》を建てようとした。

 

「だがそれはあの御方の逆鱗に触れた……人の身が同じ高みに至ることを許してはくれず……その超常の力で怒りすら表し……」

 

 塔は天より落ちてきた激しい雷光の驟雨によって、破壊され崩れ落ち………。

 

「人類同士が交わす言葉まで砕く程の果てしなき罰――《バラルの呪詛》を人類にお与えになってしまわれ、地球より去って行かれた」

(〝Common Language〟………〝統一言語〟の喪失)

 

 同時に、その時は〝たった一つ〟しか存在していなかった人間の言語(ことば)――《統一言語》は、バラバラに乱され、散らばってしまい、当時の超先史文明人たちはお互いを理解し合い、お互いに想いを伝え合い、……和〟を齎すのに必要だった唯一の〝言葉〟を失ってしまった。

 これがこの次元(せかい)に於ける……旧約聖書の創世記第十一章にも記された〝バベルの塔〟の真相の一端だった。

 

「何故、月が古来より〝不和の象徴〟と言い伝えられてきたか……それは――」

 

 静かに人類から統一言語を失わせる因果を生み出してしまった己が罪を静かに語っていたフィーネは、さらに一転、歯を激しく軋ませ、暗雲が覆う空の遥か彼方にて鎮座する月へと見据え。

 

「月こそが――《バラルの呪詛》の源だからだッ!」

 

 心底、月に宿りし呪いに対する……忌々しい己が心境を剥き出しに。

 

「私が招き、長年人類の相互理解を妨げてきたこの呪いを、月を穿つことで解き……世界を再び、一つへと束ねる! 永遠を生きるこの私に、余人が歩みを止められることなど、できはしない!」

 

 月を破壊してまでも果たそうとする自身の悲願の一部を、声高く宣言した――直後。

 

 

 

 

 

〝Valdura~airluoues~giaea~~♪(我、ガイアの力を纏いて、悪しき魂と戦わん)〟

 

 

 

 

 

《烈火球――プラズマ火球》

 

「朱音ちゃん!」

 

真っ先に聖詠を唱えて変身した朱音の手が携え構えた得物(アームドギア)の銃口から、トリガーが引かれプラズマ火球が発射され、フィーネに着弾して爆発。ネフシュタンを纏う先史文明の巫女の姿は爆炎に覆いかぶされた。

 首謀者の目的を聞き尽した以上、最早聞き手でいる必要はない。

 また……向こうが未曽有の大災厄を起こしていると分かった以上、躊躇する暇(いとま)もない。

 

(防がれた……奴自身が持つ力か?)

 

 手応えを感じなかった朱音は、敵の手数を推察しつつ出方を窺いながらも。

 

「Incoming――Make up your mindッ!(来るぞ――覚悟を決めろ!)」

 

〝~~~♪〟

 

 三人、特に響に発破を掛けると共に、その場から駆け出し、スラスターを点火させて飛翔。

 同時に爆炎のベールを、無傷のフィーネが突き破る。

 正面から相対する両者は相手めがけ肉薄し、ロッドと蛇腹鞭、互いの得物をぶつけ合い、戦端が開かれた。

 

「呆けるな! ここは今や戦場(いくさば)だ、私達も行くぞッ!」

「ああッ!」

「は、はい」

 

〝Balwisyall~nescell~gungnir~tron~~♪(喪失までのカウントダウン)〟

 

〝Imyuteus^amenohabakiri~tron~~♪(羽撃きは鋭く、風切る如く)〟

 

〝Killiter~Ichaival~tron~~♪(銃爪にかけた指で、夢をなぞる)〟

 

 翼の号令を端に、三人も聖詠を唱えて装束(ギア)を纏い、フィーネを止めるべく戦火に飛び込んで行った。

 

つづく。

 


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