GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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久々に一万字越えのボリュームでしたが、久しぶりに筆のノリの良かったので、思った以上に早く最新話投稿できました。

原作ではクリスちゃん一人での絶唱でしたが、こちらでは―――とくとご覧あれ。


#58 - 破滅の災厄、抗う絶唱 ◆

「〝月を穿つ〟……」

 

 一同の今の心境を代表する様に、弦十郎は〝櫻井了子〟を遥か昔より乗っ取っていた超先史文明の巫女(ぼうれい)――フィーネが自らの目的を表明した時に用いた〝言葉〟を、オウム返しをした。

 

「私たちが了子さんと会ったのは、あの実験よりもっと後ですが……どうして誰にも違和感を持たれなかったのでしょう?」

「フィーネ自身は〝食い潰した〟と言ってましたが、実際のところは了子さん自身の人格と混ざり合ったのでしょう、だからわざわざ演じるまでもなく、長年胸の内にバラルの呪詛を解く計画を進めながら〝櫻井了子〟として、我々と接することができた」

 

 あおいが疑問を表し、緒川が推測を述べている――フィーネが自ら語ったもう一つの事実………己が血を受け継ぐ子孫から子孫へ、肉体を乗っ取り、輪廻転生を繰り返し続ける巫女の秘術。

《リインカーネイション》。

 櫻井了子はフィーネに、肉体も、人格も、何より人生ごと〝乗っ取られていた〟……先祖である筈の存在から実質〝殺されていた〟と言う残酷な真実に、口こそ出さなかったが、二課の面々の中で響と同じくらいに、少なからず大きなショックを内心受けていた。

 

「司令さん……大丈夫ですか?」

 

 しかし、ある程度は顔に滲み出ていたらしく、それを先に気がついた未来から案ずる視線と言葉を投げかけられ、あおいら部下たちからも同様の心配の眼差しを向けられた。

 

「いやすまない……数千年分も積み上がった〝妄執〟を前に、俺達のたかだか長くて一〇年程度の付き合いでは無力も同然かもしれない」

 

 弦十郎と彼女の付き合いは、フィーネが櫻井了子の内にて覚醒してから二年後、特機二課の司令官に赴任してから、かれこれ一〇年目となる。

 

「それでも、同じ時間を過ごしてきたんだ……その全てが〝嘘〟だったとなどと………俺には到底……」

「司令……」

「〝甘ちゃん〟なのは承知だ………」

 

 獅子の如く精悍な弦十郎の双眸に、陰りが差し込む。

 つい先程に、フィーネから〝甘さ〟を突かれて刺し貫かれた自身の傷に手を触れて、弦十郎は朱音から重々忠告されるまでもなく、負傷の痛み以上に痛いほど自覚している自身の〝気質〟を自嘲しつつも。

 

「そいつで痛い目を見ても尚………どうしても拭えぬ、俺の〝性分〟さ」

 

 共に歩んできた確かな過去(じかん)たちを胸中で思い返しながら、偽らざる自分の〝本音〟を零した中。

 

 ~~~♪

 

 朱音の〝聖詠〟が合図となり、装者たちとフィーネとの間で戦端が開かれる。

 

「藤尭さん、響たちとも通信を繋げられますか?」

「勿論」

 

 未来が通信を要望し、藤尭がそれに応じて向こうの戦況を映すタブレットを操作した直後、その端末が別の通信を傍受した。

 

「繋いでくれ」

「はい」

 

 立体画面に、その通信相手の姿が表示される。

 

『部下ともども無事なようで何よりだ、弦』

「八紘兄貴」

 

 相手は内閣情報調査室の長にして弦十郎の実兄にして。

 

「兄貴って………緒川さん、もしかしてこの方は」

「はい、風鳴八紘(やつひろ)内閣情報官、翼さんの父君でもあります」

 

 緒川が未来に説明した通り、翼の〝父〟でもある風鳴八紘その人であった。

 

「面目ない………俺達だけで事態を収集することはできなかった」

『悔やむのは終息させた後でもできる、今は――〝今〟できる努めを果たす時だ』

「ああ、そうだな」

 

 兄からのエールに、微笑んで返した弦十郎の双眸に意志(ひかり)が灯し始めていた。

 そう――まだ何も、終わってはいないのだから。

 

 

 

 

 

 先に聖詠を奏でて変身し、フィーネと戦闘開始した朱音から少し遅れる形で、響たちもそれぞれのギアを目覚めさせる歌詞を唱えて鎧(アーマー)を着装した直後。

 

『響! 聞こえる?』

「未来!?」

 

 ガングニールのヘッドセット内から、未来の声が響の耳へと伝わり、彼女は親友の名を思わず呟いた。

 

『ごめんね……連絡が遅れて、私も安藤さんたちも司令さんたち二課の人達も無事に避難してる』

 

 藤尭の助力を借りて通信を繋いだ未来は、自分たちは無事に〝生きている〟と伝えられた響は。

 

「良かった……本当に……良かった」

 

 櫻井了子――フィーネから自らの正体を、目的を、そして数千年分ものの〝妄執〟を聞かされている間さえ、胸の内に渦巻いていた親友たちの命の安否の懸念が払拭され、安堵の息を零し。

 

『私たちは大丈夫だから、響は、響が今できることに集中して』

「うん!」

 

 と、未来相手には力強く応じこそしたが、内心はまだ櫻井了子(りょうこさん)と戦うことへの逡巡が残っている。

 また……二課の人達に比べれば少ないものだが、弦十郎同様に〝過ごした時間〟の全てが嘘だったと思いたくない想いも。

 けれど響なりに、いつまでもその気持ちに引っ張られてもいられないと、自分に言い聞かせていた。

 事実彼女は、自分たちが送る〝何でもない日常〟を壊し、争いの元凶を経つと言いながらその〝争い〟を起こし………たくさんの人々を犠牲にして、傷つけてきた。

 そして今、自分たちが戦わなければ………もっと多くの人達が犠牲になる。

 朱音や翼の言う通り、ここは〝戦場〟であり……〝覚悟を決め〟なければならない………響は躊躇う己が気を奮い立たせた。

 

 

 

 

 

 

『すみません翼さん……本当はもっと早くこちらの状況を伝えたかったのですが……』

「いえ、緒川さんが謝る必要はありません」

 

 一方翼も、通信機越しに緒川から――フィーネがネフシュタンの鎧を纏っている最中にて、朱音がシェルターに隠れ潜む二課と連絡し合っていた件も含めた、カ・ディンギルが地上に出現するまでの経緯を聞かされており。

 

「フィーネの真意を洗いざらい炙り出す為に、〝敵を欺くにはまず味方から〟の策を取ったのだと、緒川さんの説明で把握できましたから」

 

 敢えて暫く朱音以外の装者とコンタクトを取らなかった理由も承知していると、緒川に返答を送った。

 

「後は私たちで奴の蛮行を止めてみせます、敵が櫻井了子な以上、カ・ディンギルの制御をハッキングで奪取するのは困難な筈です」

 

 翼の推測通り、櫻井了子(フィーネ)が自ら設計し、弦十郎の言葉を借りれば〝庭〟も同然な元二課本部(カ・ディンギル)………事実彼女からのクラッキングを受けた際、完全に掌握されるまでの時間を少し引き伸ばすだけで精一杯であり、ソフトウェア面からかの荷電粒子砲たる巨塔の操作権を奪い取るのは、ほとんど不可能と言えた。

 

「では――聞いたな二人とも」

「はい」

「まあな」

 

 月の破壊を阻止する為の最も近道かつ最短距離な手段(ほうほう)は、カ・ディンギル本体かフィーネ、そのどちらかを――打破するしかない。

〝現状〟………それを為し得られる戦力は、シンフォギア装者たちだけだ。

 

「これで後顧の憂いはない―――いざ、推して参るぞッ!」

 

 翼の号令を皮切りに、三人もフィーネの野望を何としても食い止めるべく、戦場へと飛び込んで行った。

 

 

 

 

 

〝意識を変えろ~~今ここは戦火の渦~~♪〟

 

 曇天の下、朱音の凛と澄んで力強い歌声による超古代文明語の詩が響く宙では、飛行できる彼女とネフシュタンを纏うフィーネが何度も交差して、互いの得物――ロッドと蛇腹鞭の衝突音を掻き鳴らしていた。

 

《プラズマブレット――烈火弾》

 

 何度目かのすれ違い様、振り向くと同時にアームドギアを拳銃形態に変え、両手で構えて、プラズマエネルギーを実体弾に押し固めた弾丸を発砲するも。

 

《ASGARD》

 

「その程度の指鉄砲で、この障壁を破られると思うな!」

 

 嘲笑うフィーネがその手を〝まっすぐ翳して〟生成したマゼンダ色のエネルギーバリアが弾丸を受け止め、着弾した弾は爆発するもフィーネには一切のダメージを通さなかった。

 

(やはりヤツ個人の能力か……)

 

 しかし、前世(ガメラ)の分も含めれば装者の中で最も修羅場を潜った経験を多く有する朱音は、その程度で悲観しておらず。

 

(わざわざバリアで凌いだと言うことは、ネフシュタンと融合した肉体にも私の炎は厄介なわけだな)

 

 むしろ、ポーカーフェイスで歌い続けて、発砲し続けながら敵の能力を冷静に推し測っていた。自分の攻撃をあのバリアで受ける際、フィーネがその場で〝足止め〟しなければならないことも、今の攻撃で見抜く。

 

(今だ!)

 

 朱音は上空へ、一瞬ながらアイコンタクトを送った。

 

〝~~~♪〟

 

 刹那、響の歌声の音量が大きくなってきたと思うと。

 

「ハッ!」

 

 フィーネが真上を見上げると、アンカージャッキで降下速度を上げて垂直に彼女めがけ正拳を突き出す響の姿。

 二人が空中戦をしている間、響は翼とともに跳躍。

 

「立花、乗れ!」

「はい!」

 

 大剣(アームドギア)の側面を踏み台にさらに飛び上がり、フィーネの頭上を捉えた上で攻撃を仕掛けてきたのだ。

 咄嗟に《ASGARD》を張って響からのパンチの直撃は免れるも、予め引き絞られていた腕部のハンマーパーツの炸裂により繰り出された膨大なエネルギー波を、滞空した状態では耐えきれないとフィーネは判断し、拳とバリアが衝突した瞬間地上へと急降下して、その身に受ける衝撃を最小限に抑える。

 彼女が地面に着地した瞬間。

 

《MEGA DETH PARTY》

 

 待ってたとばかり、クリスの腰部ユニットから展開されたポッドから大量の小型ミサイルが。

 

《烈火球・嚮導――ホーミングプラズマ》

 

 朱音の周囲に生成された、複数の火球(ホーミングプラズマ)が。

 

《千ノ落涙》

 

《蒼ノ一閃》

 

 さらに翼のエネルギーの諸刃の驟雨と、大剣から迸る三日月状のエネルギー斬波が――同時に放たれフィーネに迫り行く。

 

「数にものを言わせたところでッ!」

 

 対するフィーネは、ネフシュタンの蛇腹鞭の数を増量。

 鞭たちはそれぞれ自我を持つが如く独自に動き、クリスのミサイル郡を薙ぎ払って宙に花火を上げ。

 朱音の《ホーミングプラズマ》も、翼の《千ノ落涙》ごと、彼女(ガメラ)の〝宿敵〟の如く弾き飛ばし、火球は周辺の大地に墜落して炎上、諸刃も砕け散って消失。

 《蒼ノ一閃》さえ、鞭の横薙ぎの一撃(いっせん)で真っ二つに切り裂かれ、霧散した。

 だが――これで対峙する装者たちのフィーネの間に巨大で黒く蠢く煙幕(ベール)ができ。

 

「ハァァァァーーー!!」

 

 それを隠れ蓑に翼は刀を手に、一気にフィーネとの距離を詰め、黒いベールを祓うと同時に、果敢に切りかかる。

 横薙ぎの一太刀目、右切り上げの二太刀目はフィーネの鞭とぶつかり合ったが、上段からの唐竹な三太刀目は蛇腹鞭は翼のアームドギアの刀身を蛇の如く絡みつき、そのままフィーネは翼の得物を手元から強引に掠め取り、刀は高く宙に舞う。

 続けざまに繰り出された鞭の攻撃を、翼はバック転で回避して一旦距離を取りつつ、両手で逆立ち。

 

《逆羅刹》

 

 今度は高速回転する両足の刃(ブレード)で攻め立て。

 

「ダアァァァァーーー!」

 

 まだ宙の残る煙幕から響も飛び出し、己が肉体からの打撃を繰り出してきた。

 二人の同時攻撃に対し、フィーネは後退しながら翼の攻撃には鞭をプロペラよろしく回転させ、今の自身と同じく〝融合症例〟な響の強力な猛攻には《ASGARD》で凌ぐ。

 ところが二人は突然、攻撃を止めて後退した。

 装者たちの意図を推し量ろうとしたところで、身体に拘束力を感じ取るフィーネ。

 

「まさか……」

 

 と――背後に振り返れば、曇天の下の地上でもできたフィーネの影に、先程弾き飛ばした翼のアームドギアが突き刺さっていた。

 忍の末裔の一端たる緒川譲りの拘束忍術――《影縫い》。

 ダメ押しに《千ノ落涙》による《影縫い》の枷の重ね打ちに、ネフシュタンを纏うフィーネの肉体は、蛇腹鞭ごとまともに動かすことができなくなる。

 

「我は戦士~~〝災い〟を焼き払う炎~~♪」

『本命はこっちだぞッ!』

 

 《影縫い》に気を取られているフィーネに、朱音のアーマーの胸部(まがたま)から――〝エコーがかかった声〟――が、彼女の歌声が轟く中にて響いた矢先。

 

《超烈火球――ハイプラズマ》

 

 空中にて滞空し、ライフルモードのアームドギアを構える朱音がトリガーに指を掛けて引き絞り、出力向上の為の酸素も注入されたプラズマエネルギーのチャージを終えた砲口から、フィーネの肢体を容易に丸ごと呑み込む絶大な火球(ハイプラズマ)が。

 

「火球(ファイアボール)とセットで――持ってけダブルだッ!」

 

《MEGA DETH FUGA》

 

「ロックオンアクティブッ!」

 

 クリスの肩から背中に掛けて形成された彼女の背丈を越す大きさのアタッチメントに担がれた大型ミサイル二基が、同時発射。

 巨大火球一発と一対の大型ミサイルは、影縫いの拘束を解こうもがくフィーネへ、見事直撃し、プラズマと重火器の化学変化による大爆発の焔が地上から騒然たる爆音とともに舞い上がった。

 

 

 

 

 

「まだ気を抜くな」

 

 爆発を眺める私は、油断は禁物と仲間たちに忠告する。

〝やった〟などと、自分の戦術眼は楽観視を一切していない。フィーネと細胞レベルで生体融合しているネフシュタンの鎧は、今の私とクリスの大技が与えたダメージすら奴の肉体を再生させてしまうだろう。

 だが五体満足に戻るまでは……相応の時間が掛かる筈。

 

「奴が再生中の今の内に、カ・ディンギルを叩くぞ」

「相分かった」

「ああ、根本からぶっ潰してやる」

 

 その間に――荷電粒子砲(カ・ディンギル)の破壊を優先する。この先史文明の亡霊が蘇らせた巨塔(バベルタワー)から先に息の音を止めておけば、この塔によって破壊された月が齎す大厄災を防ぐことはできるからだ。

 塔を破壊すべく、私たちはギアの出力を上げようとした最中……大地に接地した足が振動(いわかん)を……〝殺気〟とともに感知する。

 

「みんな地面から離れろ! 下から来るぞッ! クリス掴まれ!」

「あ、ああ!」

 

 指示を出しながら咄嗟に私は単独での飛行手段を持たないクリスの腕を掴んで飛翔し、翼と響も、それぞれのギアが備える推進器で高く飛び上がって後退。

 直後、私たちが立っていた大地にて閃光が迸って大きな亀裂が走り、裂け目からマゼンダカラーの蛇腹(しょくしゅ)が幾つも飛び出してきた。

 後一歩遅かったら………あの触手どもに串刺しにされるか真っ二つにされるか、どっちにしてもただでは済まなかった………鞭どものリーチのギリギリ外な辺りで私たち地に降り直し。

 

「………」

 

 目にした光景を前に、私たちは瞳を大きく開いて絶句する。響など思わず手を口に付けていた。

 炎の中から現れたフィーネの肉体は、まだ完全に再生し切っていなかった………具体的に表現することすら憚れるくらい、常人ならばとうに即死している致命傷を負っていると言うのに、立ち上がり………嘲笑を私たちに向けている。

 

「お前たち程度ではままならない……」

 

 あの不気味な光景を前に言葉を失っている間に。

 

「完全聖遺物と同化を果たした〝新霊長〟たる、この私の前ではな!」

「新霊長……だと?」

「そんな世迷言! 人の在り方まで失ったかッ!?」

 

 フィーネは再生し終え、自らをそう表し、私の口は鸚鵡返しを零し、翼の口からも戦慄から来る叫び声を上げた。

 未だ震撼の尾を引く私たちをよそに、フィーネはその場から浮き上がり、全ての蛇腹鞭の先に黒ずむエネルギーを集束し始める。

 

《NIRVANA GEDON》

 

 以前クリスも使い、三発一度に発射しただけで彼女の息を荒らす程の疲労を齎した〝重力波〟をそれ以上の数で生成していながら、全く苦にしていない涼しい顔で、漆黒の球体を放とうとしていた。

 

「お前らはアタシらの後ろにいろ!」

「私たちで何とか防ぎきる!」

 

 私はシェルシールドを実体化させ、クリスは握り拳の両腕をクロスさせると腰部のアーマーから金色のリフレクターを展開し、同色でひし形状の粒子が私たちの周辺に漂い始める。この光粒子(クリスタル)たちが、イチイバルの――クリスの〝盾〟ってわけか。

 ついに重力波の球体たちが、鞭の先端から同時に打ち放たれる。

 

「リフレクタァァァァーーー!」

 

 自分のシェルシールドから編み出したプラズマフィールドと、クリスのリフレクターフィールド。私たちはお互いのドーム状の〝盾〟を重ね合わせた瞬間、重力波たちとフィールドが激突。

 

「うっ……」

「くそっ……たれ」

 

 重力を用いた攻撃だけあり、球体そのものの重い衝撃だけでなく、全身に伸し掛かる圧力が強くなる苦痛で、私たちの口から呻き声が漏れ出す。

 おまけに周辺の大地の重力のバランスも崩れ、普段ならなんてことのない〝ただ立つ〟ことさえ、困難を極める状態に陥る。

 

〝~~~~♪〟

 

 だが私たちもこの重力の荒波に屈する気はさらさらない………必死に全身で大地を踏みしめ、歌い続けてギアの出力も盾の強度も維持し続けて、どうにかフィーネの攻撃をしのぎ切った………が。

 

「よく耐えきったな、だが代償は高くついたぞ」

「Jesus(ちきしょう)」

 

 スラングを声に出してしまった……それぐらい最悪の事態。

 砲台(カ・ディンギル)全体が輝きをし始めた………塔の先端の砲塔より荷電粒子砲を月へめがけ放つ為の、デュランダルを動力源としたエネルギーチャージがついに始まってしまった。

 一刻も早く発射を止めなければ、災厄の光が解き放たれてしまう。

 

「やらせんッ!」

 

《蒼ノ一閃》

 

 砲台を破壊すべく翼が大剣からエネルギーの刃を振り飛ばすも。

 

《ASGARD》

 

 六角形(ヘキサゴン)状に形成されたフィーネのバリアによって、呆気なく阻まれる。

 あのバリアさえ対処できれば、カ・ディンギルの破壊自体はそう難しくないと言うのに。

 

「だったらァァァァ――」

 

《MEGA DETH FUGA》

 

 今度はクリスが、先程私の火球と同時に放った大型ミサイル二基の内の一基目を、フィーネめがけ再び発射した。

 けど荷電粒子砲の光線発射は、時間の問題………だとすると、月の〝完全破壊〟を阻止する手段は一つ。

 きっとクリスも、同じ方法を脳裏に有して実行しようと考えている筈。

 

「二課臨時本部、こちら朱音」

 

 ならば――私は、いや私たちは、一つの〝決断〟を下そうとしていた。

 

 

 

 

 

 フィーネは重力操作で飛び上がり、その大きさからは想像もつかぬ機動性と性格な追尾性で自身を撃ち落とそうとする大型ミサイルとチェイスを繰り広げ、フィーネも当たらぬまいと回避と退避に追われる中。

 

「スナイプデストロイッ!」

 

 クリスのこの一声を合図に、ミサイルが突然矛先をカ・ディンギルへと急速軌道修正した。元より砲台が狙いであり、フィーネはフェイントだったのだ。

 

「させるかァッ!」

 

 対するフィーネも直撃を許す気は毛頭なく、直撃寸前のミサイルの胴体を蛇腹鞭で一刀両断し、砲台本体には爆風に晒される程度に終わる。

 

「もう一発は!?」

 

 一発目を切り落としたフィーネは、二基目のミサイルがどこから来るか見渡す。

 

(二人だと?)

 

 しかしいくら見渡してみても、ミサイルの姿を捉えられないばかりか、地上にいる装者が響と翼の二人しかいないことに気づいた。

 二人の瞳は、上空を見上げている。

 

「上かッ!」

 

 視線の先を辿って、フィーネも空に目線を移すと。

 片やスラスターを吹かして飛行する朱音と、もう一基のミサイルに手でしがみ付くクリス、猛スピードで空中を上昇する二人が雲海を押し通して行くのを目にした。

 ここまで距離を離されては、ネフシュタンでも二人に追いつくことは適わない。

 

「朱音ちゃん! クリスちゃん!」

「何をする気だ……ッ! よもや……」

 

 同じく雲の向こうへと飛翔していった朱音たちを見上げる翼の胸の内に、二人が行おうとしている〝手段〟の予感が過る。

 その予感は、まさしく当たっていた。

 

 

 

 

 

 

 空と地上の間に流れる厚く黒ずんだ灰色の雲の中に入る直前。

 

〝この暗黒を飛び越えろ~~今を未来に繋ぐ光(みちすじ)は~~その先にしかない~♪〟

 

 私はギアと潜在意識(むねのうた)が即興(アドリブ)の共同作業で作詞作曲した超古代文明語詞の歌を歌唱しながら、ジェット回転するシェルシールドを脳波コントロールで自分とロケット代わりのミサイルにしがみ付くクリスの前方に据え、エネルギーフィールドを貼った。

 前世含めた私(ガメラ)の飛行能力は、メインの推進力こそジェット噴射だが、反陽子を用いた浮遊機能をも用いている。これで身長八〇メートルの巨体でも安定して飛べる上に、既存の航空機や飛行できる地球上内の生物の範疇を超えた三次元高機動飛行を可能にしていた(ギアとしてのガメラは、上腕部に巻かれている腕輪に付いた黄色の球体より浮遊力を発する仕組みとなっている)。

 シェルシールドにもこの反陽子浮遊システムを備えており、それを応用したフィールドでクリスに掛かるGの負担は大分軽減された為。

 

「どうやら考えていることは一緒だったみてえだな」

『まあね』

 

 余裕ができたクリスの質問に、フォニックゲインのチャージも兼ねた歌唱で取り込み中な口に代わり、伴奏を流す胸の勾玉(マイク)からの電子音声で応じた。

 正規のシンフォギア同様に、私の〝ガメラ〟も歌い続けていないとその性能を維持することはできない。

 前から、装者、特機の二課と一課、自衛官の方々らを一括りにして〝戦友〟たちと歌いながら口頭で会話できないかと思案して思いついたのがこの方法、これでギアの出力(スペック)を落とさず戦闘中でもやり取りができるし、急な不意打ちにも対処し易くなる。

 

『使える最善(カード)は、使う時に使わなければ手札に控えておく意味がない、特に世界の存亡がかかっているとなれば』

「そいつは……そうだな、後さ……」

『皆まで言うなさ、クリスが言いたいことは分かってる』

 

 時間がないので、こちらからクリスが訊ねたいことを。

 

『私は前にお前に送った言葉を、覆すつもりはない』

 

〝その命、無用に捨て鉢にしてくれるなよ〟

 

 以前クリスに伝えた〝言葉〟を、自らの胸にも改めて言い聞かせて刻みつけ。

 

『自分の命も、他の命も、最後まで〝生きること〟を諦めたくないから――命を掛けているんだ』

「お前……」

 

 雲の大海を通り抜け、段々近づいている月を真っ直ぐ見据えて、私は装者として、守護者(ガメラ)として、何より人としての〝信念〟の一端をクリスに伝えた。

 

「正直アタシは、お前みたいにそんな大それたことを堂々と口にして貫き続けようとする度胸も根性も……まだ全然持ってねえ」

『そんな御大層なものでもないよ、諦めが悪くて欲張りで、泥臭い〝信念(しろもの)〟さ』

 

 でも私はその〝信念〟を美麗に装飾したくはない自嘲の想いも、打ち明ける。

 前に翼に言った通り……結局のところ私の〝エゴ〟でしかない。

 私が背負っている〝罪〟の数々を踏まえれば………そしてフィーネが自ら私たちに晒し尽した〝悲願〟の為に犯してきた所業の数々を思えば、尚のことだ。

 

「そんでもアタシからしたら、隣の芝生は青いってか、眩しいんだよ……でも」

『クリス?』

 

 クリスは一度、自分の顔に憂いを表して俯かせる、その横顔を私は見つめる。

 

「お前に言われた通り……お安く〝捨て鉢〟にするつもりもねえよ……パパとママが授けてくれたアタシのも、他の多くの……誰かのも!」

 

 クリスは、俯いた顔を月へと向き直して応えた。

 彼女の確かな決意の〝音色〟を目にし、頷いた私も再び月面を見据える。瞳が捉える視界は、青空から無数の星々の光が明瞭に見える世界(うみ)へと変わった。

 成層圏をも飛び越え、大気圏――地球と宇宙の境界線の間近な場所(ちてん)で、私たちは留まった。

 シンフォギアには正規のものと我が模造品も込みで、宇宙服の機能も有しており、空気が極端に薄い大気圏どころか、ある程度は宇宙空間内での活動も可能だ。

 

「ここで良いのか?」

「二課の情報処理のプロの計算は正確だ」

 

 藤尭さんの指定した地点に到着した私達は、塔の先端を中心に〝災厄の光〟を内に溜め込んでいる、偽りの天を仰ぐ塔にして、破滅を齎す巨塔――《カ・ディンギル》と対峙し。

 

「よし、それじゃ――行こう!」

「ああ、アタシの――アタシたちの――」

 

 これから私たちが歌う〝歌の名〟を――。

 

「「絶唱ッ!」」

 

 ――甲高く、言い切った。

 

 

 

 

 

 

 天と地の境界(はざま)にて――。

 

〝Gatrandis babel ziggurat edenal~~Emustolronzen fine el baral zizzl~~♪〟

 

 朱音とクリスは、お互いこれが初めての〝二重奏(デュエット)〟とは信じ難いほど相手と息を合わせ、自分たちの歌声を重ね合わせて。

 

〝Gatrandis babel ziggurat edenal~~♪〟

 

 静謐にして厳かに……嫋やかに……されど気丈で確固たる意志の籠った己が歌声で以て、広大な世界そのものへと聞かせるが如く、無伴奏の声楽を唱えゆく。

 武器であり、兵器であり、担い手の心を形にする、シンフォギアシステムの禁忌にして切札たる〝決戦機能〟の一つ――絶唱の〝詩〟を。

 

〝Emustolronzen fine el~baral~ zizzl~~……♪〟

 

 最後の一節を唱え終えた瞬間、二人の全身からマゼンダ色の膨大なエネルギーが発せられた。

 クリスのものは、再び放出した粒子(リフレクター)と同形の菱形(クリスタル)が四葉、もしくは蝶の羽根の様に並んだ形に。

 朱音のものは、自身の誕生月――神無月の花であるガーベラの花の姿に似た姿に。

 それぞれが重ね合わさって彼女らを包み込み、いずれも二人を中心軸にして、半径約二〇メートル以上もあるフォニックゲインの集合体な、一種の〝揺り篭〟となる。

 そのの中で、クリスの無数のリフレクターがくまなく散らばり、エネルギーたちがクリスタルからクリスタルへと絶えず反射して飛び交う中。

 

 クリスの両手にそれぞれ握りしめられた拳銃状のアームドギアが合体、巨大化し、砲身だけでも一〇メートルものの長さを誇る一つのキャノン砲となり、胸部の前で砲身を向け。

 

 朱音の右手の噴射口から発する炎で象られた主武装(アームドギア)であるライフルも、変形、クリスのものに匹敵するほど伸長して巨大化し、紅緋色の円筒状の砲身を携える、武骨さと流麗さが同居した形態たるランチャー砲となって、腰だめに構えた。

 

 絶唱の恩恵で大型化した二人の巨砲(アームドギア)の砲口が光を発し出し、リフレクター間を飛び続けるエネルギーの移動速度が速まって……集束率が高まっていく。

 狙う先は無論、稲妻すらも発して先端の円形の明度がさらに増し、不気味な轟音(うめきごえ)を高まらせていく――荷電粒子砲(カ・ディンギル)。

 巨塔と相対する二人のアームドギアの出力も、チャージの音量共々急速急激に上昇していき、砲口の輝きの眩しさが激しくなっていき。

 

 朱音とクリスがトリガーを引いて、各々の巨砲から光線と熱線を解き放つのと、巨塔から地上が一瞬ホワイトアウトさせるまでのバースト現象を引き起こして周辺の雲海をも払う勢いで〝災厄の光〟が解き放たれたのは――ほぼ同時だった。

 

 二人の熱線と光線が、DNAの螺旋状に集束して回転する一つの光束となって、カ・ディンギルの破滅を誘う災厄(かがやき)の筋と、衝突。

 双方の光線は拮抗するどころか、一時は装者たちの一点集束された光束が押し返すほどだった。

 しかしカ・ディンギルには……実質〝永久機関〟と言い切れる動力源のデュランダルからの絶え間ないエネルギー供給の絶大な恩恵(バックアップ)を受けており。

 対する朱音とクリス、ガメラとイチイバルには、絶唱の代償(バックファイア)が無慈悲に襲い掛かって来た。

 砲身にも、全身の装束(アーマー)にも痛ましい亀裂が、ひび割れる音と同時に次々と走り。

 歯を食いしばって必死に踏ん張る二人の口の端から血が滴り、瞼からも血涙が流れ出しており、見た目からの想像以上に、彼女たちの肉体も全身から軋みを上げていた。

 それでも尚、災厄の光を押し留めていたが……やがて荷電粒子砲の勢いの方が勝り始めて、二人の絶唱の二重奏による合体光線はじわじわ押されて行き。

 

 やがて完全に形勢は逆転され………朱音とクリスの光束は押し負け雲散霧消し、

二人は月を穿とうとする邪悪な〝破滅(ひかり)〟に―――呑み込まれた。

 

 

つづく。

 


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