GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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2020年一発目は何とは早々に本編出せました。
朱音とクリスちゃんの《ツイン月光絶唱サテライトバスターキャノン》で、原作よりは被害抑えられましたが、月にとってはとんだ迷惑だよね………シェムハ復活で人類滅亡エンド抜きにしてもフィーネのバラルごと月破壊計画。
本当は翼がカディンギル壊すまで行きたかったのですが……響の暴走を目の当たりにした翼さんが何を思ったのか掘り下げようとしたら案の定一万字越えちゃった(汗、過去は変えられない、でも未来は変えられる――だからこそその前に向き合わないと。
字数にしても読者の読む時間を考慮して一話につき一万字前後とルール決めてるもんだから……やっぱ長すぎると面白くてもダレるしスマホで読んでたら目疲れちゃう筈なので。特に私なんて地の文の分量書き過ぎちゃうから(苦笑


#59 - 破壊衝動 ◆

 朱音とクリスの二人が、カ・ディンギルから放たれる〝災厄の光〟から、狙われた月と、何より地球(せかい)を守るべく、同時に空へと駆け出した直後。

 

 

 

 

 

「朱音ちゃん! クリスちゃん!」

「何をする気だ?―――ッ! よもや……」

 

 カ・ディンギルの全身の輝きが増していく中、黒味の濃く稲妻が繰り返し迸る暗雲の奥へ朱音と雪音が消えた直後。

 

〝Gatrandis babel ziggurat edenal~~Emustolronzen fine el baral zizzl~~♪〟

 

 騒々しい雷鳴と濛々たる重厚な雲々が隔たてても尚、地上にまで届き、響き広がるほどの………私の耳からはほぼ寸分違わず折り重なった、朱音と雪音の二重奏(デュエット)による、美しくも……儚く奏でられるシンフォギアシステムの切札(もろは)の剣……〝絶唱〟の詩と旋律。

 莫大なエネルギーの余波は雲をすり抜け地上にまで届き、視界一面が紅紫(ぜっしょう)の色相で染め上がる。

 

〝いけない奏ッ! 歌ってはダメぇぇぇぇぇーーーーーーー!〟

 

 二年前の奏が命を燃やし尽くすまで歌ったあの時の記憶と、以前己が自殺行為を止める為に私が受ける筈だった〝痛み〟を引き受けて朱音が深手を負った時の記憶が、同時にフラッシュバックする。

 戦場(いくさば)の渦中ゆえ、その記憶らに宿る〝味〟をまともに感じ取る暇もなく、せいぜい口を噛みしめる力が強まる程度しか許してくれぬ状況下にて………同時に防人としての己の脳裏(しこう)に過った〝予感〟は当たっていたのだと、天から降り注ぐ重奏と紅紫の輝きは、私に突きつけてくる。

 二人は重ね合わせた絶唱(うたごえ)の膨大なエネルギーで以て、今まさに月を穿つべく放たれようとしている荷電粒子砲(カ・ディンギル)の砲撃と押し合う気なのだ………と。

 

〝Emustolronzen fine el~baral~ zizzl~~……♪〟

 

 締めの詩を歌い終え、空から響く二人の歌声が、紅紫色な絶唱の余波ごと止んでから………どれくらい経っただろうか?

 実態の刻み進んだ時を計る間もなく、一層輝いたかと思うと、周囲の暗雲を容易く払いのけて、地上すらも白色一色へ一瞬で塗りつぶすほどの閃光とともに、カ・ディンギルの砲口(いただき)から―――月を穿つ光の奔流が解き放たれた。

 程なく、円形状に広がった天空から、閃光が再び迸る。

 塔から放たれる光線の先を目で追えば、相対する形で螺旋状なもう一つの光線が、カ・ディンギルの光(もの)とぶつかり合っており。

 さらに奥へと視線を上げれば、朱音と雪音、絶唱で大型化した巨砲(アームドギア)から発射したそれぞれの光線と熱線を一つに束ね。

 

「一点集束……押し留めっ――返しているだとッ!?」

 

 同じくその模様を見上げていたフィーネの言葉が驚愕により中途で途切れて言い替えられる。

 何せ、二人の合体光線はカ・ディンギルの光束を押し留める拮抗状態などころか………押し返すほどの善戦振りを、地上にいる私たちに見せつけていたからだ。

 今二人が必死に最悪の災いを齎せし〝凶光(きょうこう)〟を押し留め、フィーネがその事実に注目している間に本体を破壊すべきか? と思考(かんがえ)が過ったが。

 いかん、その手は使えぬと………即座に、脳裏に浮かんだ方法は〝危険すぎる〟と断念した。

 具体的な数値までは分からずとも、今眼前の巨塔からは、月を一撃で粉々に破砕できるほどの莫大なエネルギーがデュランダルから放出されており、塔自体が砲身であり………制御装置に等しい。

 今下手に塔(カ・ディンギル)本体に攻撃を加えれば、月へ一直線に進むそのエネルギーが制御下と言う枷から解放されると同時に暴発して………この地球(ちじょう)から大災厄を招きかねない。

 だが、このまま手を拱いていては………空を今一度見上げれば、もう直ぐ迫る〝現実〟が、私達に突きつける。

 一度はカ・ディンギルの光を押し返していた朱音たちの合体光線は、じわじわと着実に、月が浮かぶ方角へと、押し戻されていた。

 絶唱が齎す膨大な力は、されど一時的なもの……言うなれば〝自分も他者も、全てを破壊し尽くす――滅びの歌〟。

 二人のシンフォギア――ガメラとイチイバル、そして彼女たちの己が肉体自身には、その歌を奏でた〝代償(バックファイア)〟が……この瞬間にも容赦なく牙を向き、襲いかかって朱音たちを蝕んでいる。

 対してカ・ディンギルには………〝不滅の剣〟と言う伝承に偽りない、量も質もともども強大なエネルギーを半永久的に生み出し続けることのできるデュランダルからの恩恵を受けている。

 そんな両者が、エネルギーをぶつけ合い………長期戦に至った場合、どちらに軍配が上がってしまうか、日を見るに明らかであり。

 

「あっ……」

 

 私たちが、遥か彼方の天空で奮戦している戦友たちに何の助けもしてやれず、手をこまねいている間を冷笑するかの様に………絶唱のバックファイアから受けたダメージで拮抗状態を維持できなくなった朱音たちを巻き添えに呑み込んで………災厄の光が、月に届いてしまった。

 しかし………朱音たちの必死の奮闘は、決して無駄骨には終わらず。

 

「仕損ねたと言うのかッ!?」

 

 フィーネの愕然とした叫び。

 一発で確実に月を穿てるほど、出力だけでなく、狙いも正確に照準を定めていたであろうカ・ディンギルの光の筋は、直撃コースから大きく逸れ、月の側面を掠め通り抜けた。

 それでも月には、齧られた林檎の如く抉れた深手を負われたが………フィーネにとっては最高の、対して私たちにとっては最悪の事態は、どうにか免れた。

 

 確かに……免れたに違いないが………雪音と、そして朱音………二人はどこに行ったんだ!?

 

 彼女らの安否を訊こうと通信を、叔父様(しれい)たちのいる二課避難シェルターに繋ぐと、状況を正確に把握しようと慌ただしく折り重なった職員たち声が響き合っていて………なのに私の聴覚は。

 

〝ガメラ、及びイチイバルの反応………消失(ロスト)〟

 

 藤尭さんが下した宣告(じじつ)を、はっきりと聞き捉えてしまった。

 MIA……即ち、朱音達は消息を絶って〝生死不明〟となってしまった事実に。

 

「そん……な……」

 

 立花も、同様だったらしく………先程まで戦場(いくさば)の渦中にて毅然と立っていた脚が、糸の切れた指人形の様に崩れ落ち、膝と尻餅が荒れた大地の砂利を掻き鳴らした。

 程なく、水玉が大地に何滴も落ちる音とともに………嗚咽混じりの、貰い泣きしてしまいそうな悲嘆さに満ちた立花の涙が、ぽろぽろとたくさん……前髪に隠れた瞼から落ちていた。

 私の心(なか)の……〝泣き虫で弱虫〟な自分が、立花と同様の心境に陥りそうになるところを、防人としての自分が〝ここは戦場〟であることを忘れるなと発破を掛けて宥め。

 

〝そんな筈がない………二人がそう易々と死に絶える筈がないッ!〟

 

 その狭間にいる〝自分〟は、そう主張していた。

 だって、仮にも雪音はあのバルベルデの紛争地帯の地獄を生き延びた。

 朱音とて、己と私、二人分の絶唱のバックファイアを受けて深手を負いながらも生還した。

 かの二人は………まだこの世を去ってなどいない、生きている………まだ生きている筈だと、私の心の一部が〝希望〟を捨てまいと抗って叫んでいる最中。

 

「――――ッ!」

 

 全身に、不快感の鳥肌を上げさせてくる、下賎極まるフィーネの嘲笑が地上に鳴り響き渡る。胸中に拭えぬ不愉快さを覚えて、ふとフィーネの方に目を向ければ、案の定……再び暗雲に覆い尽くされた空に向かってその邪悪に歪んだ破顔を向け。

 

「己を殺して月への直撃を阻止したか………だが無駄なことだ、とんだ犬死だと表する他ない」

 

 余りにも非常且つ冷酷に、朱音たちを……侮辱した。

 

「嗤ったか?」

「ん?」

 

〝~~~♪〟

 

 次の瞬間、私は戦場の中でなければ自分でも驚愕する程な神速の駿足でフィーネに肉薄し、憤怒の籠った歌声から袈裟掛けに振り下ろした我が剣(アームドギア)の一閃で、フィーネの肉体を両断して切り抜けた。

 

「ふふ……」

 

 今私が奴に刻みつけた傷も、ネフシュタンは容易く再生させ、その顔は未だ下衆な笑みが象られている………そうなることぐらい私も重々承知、それでも我が胸の内から湧く怒りの炎は、先に自らを〝新霊長〟などとほざいた外道に一撃振るわねば―――。

 

「命を燃やしてまでも大切なものを守り抜こうとする〝炎(いし)〟を――」

 

 この怒れる言葉(おもい)を、奴にぶつけなければ……気が済まなかったのだ。

 

「――貴様は無駄とせせら笑うかッ!?」

 

 朱音を、雪音を、そして奏をも汚辱の唾を吐きつけた………この鬼畜外道に!

 

「お前たちの命だと、たかが知れている……」

 

 許せない……。

 

「安さが爆発し過ぎているのだよッ! 草凪朱音も、雪音クリスも―――天羽奏もッ!」

 

 戦友(とも)たちの命そのものさえ〝安い〟などと罵った、フィーネの悪逆無道の数々を許しておくことなど、最早私には到底できぬ相談だった。

 何としても、奴の野望を阻止せねばならない………たとえ今戦えるのが、私一人だとしても、奏たちが、私の大切な友たちが、命がけで守り抜いたものたちを、喪わせない為に!

 

 我が心(むねのうた)にて――決意を固め直そうとして我が得物(アームドギア)を正眼に構えた――最中だ。

 

「Guuuuuu~~~~………」

 

 とても人間のものとは思えぬ………狂暴な獣らしき………唸り声とともに、背筋どころか、全身が凍りそうな禍々しく殺意に満ち満ちた殺気を感じ取り、戦慄する。

 しかもその唸り声を……よく耳をすませて吟味してみれば………まさか、この殺意の主は……。

 

「たち……ばな」

 

 信じ難い思いで、正眼の構えのまま……目線を移した。

 信じたくはなかったが……私の眼が捉えた光景は、現実のものだと受け入れるしかないと……防人としての〝己〟が、警告してくる。

 唸り声と殺意の主は――紛れもなく、ゆっくりと前傾の体勢で立ち上がった……立花だった。

 周囲の瓦礫の破片は地上からの重力を逆らう形で浮き上がり漂い、彼女の顔はとうに漆黒に染まり、口内の犬歯は吸血鬼もしくは人狼を連想させる牙が伸び、双眸は……逆鱗に触れられて逆上した猛獣の如き殺気を一層強く放ち………身も毛もよだつ、魑魅魍魎の類から発していても遜色のない怪しく黒ずんだ深紅の色合いで発光させていた。

 前にも、見たことがある………そう、デュランダル護送任務の戦闘中に立花が不滅の剣を手にした際に、起きたものと全く同じ………悲哀の情に打ちひしがれた対花の心の隙を突き、聖遺物が……奏の忘れ形見である筈のガングニールが〝弾〟を込めていた――。

 

「暴走……だとっ……」

 

 ――〝暴走〟の引き金が引かれてしまったのだと、この結論に、至る他なかった。

 

「―――――ッ!!」

「立花ッ!」

 

 天へと向かって……さらに強大かつ、凶悪な咆哮を上げる立花。赤味がかり粘液じみた滑り気を有した漆黒のエルネギーの波動が、吠え上げ続ける立花の全身を一気に埋め尽くし、侵食してしまった。一層荒れ狂った雄叫びと同時に、周りの瓦礫と砂塵を巻き込んで四方に迸る衝撃波………その勢いは私が立つ位置にまで届いていた。

 

「ふっ……」

 

 咄嗟に腕で暴風から防護した私に対して……フィーネはこの瞬間が訪れるのを待っていた、とでも言わんばかりに。

 

「どうだ? 再び天羽奏の〝置き土産〟の暴走に憑りつかれた融合症例第一号――立花響を目にした感想は?」

 

 腕を組ませた涼しくも白々しい面立ちで、立花の変貌を無慈悲に薄ら笑う。

 

「制御不可となった〝力〟に………やがて意識は塗り固められてゆく様を、とくとその眼(まなこ)に――刻み付けるといい」

 

 フィーネのその言葉を通じ、私は思い出す………〝櫻井了子〟が記録していた聖遺物に関するレポートの、立花とガングニールに関する記述に書かれていた文章を。

 

〝最新の検査の結果、立花響の心臓にあるガングニールの欠片と彼女の体組織との融合が以前より進んでいると判明、驚異的な回復力とエネルギーも、その影響の産物と思われる〟

 

「お前は端からそのつもりで、奏と立花にガングニールを!?」

 

 お世辞にも、余り気持ちのいい話ではなかったが………その時フィーネだと知る由も無かった私は、櫻井女史(かのじょ)ならば対応策も見いだせると信じてしまい………ある種の楽観を抱いてしまった。

 

〝アタシは翼と違って第二種(いんちき)適合者だから、LiNKERを飲まなかった途端にこのザマだ……〟

 

〝あやねちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーん!!〟

 

 シンフォギアに限らず、聖遺物そのものが人の身が扱うには難儀を極める〝諸刃の剣〟であることを…………私は知っていた筈だと言うのに、それを纏っての戦いの日々で改めて思い知った筈だと言うのに………至らぬ我が身への悔しさで歯が強く軋んだ。

 

 

「どちらも向こうから舞い降りてきた偶然の産物であったがな」

「だがその偶然とやらはさぞ僥倖だったろうな! 己が血肉と聖遺物との融合を目論んでいた貴様にとってッ!」

 

 なんと……白々しい! 奏も……立花も……ある意味ではガングニールの欠片(シンフォギア)そのものでさえ、奴の目論見の為の実験動物(モルモット)にされていたのだ。

 

「否定はせん……さて……」

 

 私の皮肉(ジョーク)を軽く払ったフィーネは、立花に目を移す。

 

「まず狙うは私か……いいぞ、存分に憎め、その自我を果て無き憎悪で消し尽してしまえ!」

 

 立花の方も紅い眼と犬歯と、そして明確な殺意を剥き出しに、むしろ歓迎すらしているフィーネへ殺気をぶつけたまま、怒れる肉食動物の様にその場で四足の体勢となると――奴めがけ飛びかかり、指先から伸びた爪を突きたて襲いかかった。

 フィーネはそれを鞭の一振りであっさり受け止めると同時に、もう一振りの一閃で立花を容易く薙ぎ払う。

 

「立花!?」

 

 吹き飛ばされた立花は四足の体勢で地に降り立った………凶暴さを剥き出しにフィーネを睨みつけるその姿からは、痛みを感じている様子が全く見られない。

 戦友にこんな比喩をするのは忍びないが、佇まいこそ獣に似ている、だが………とても獣と表し難い、むしろ獣こそ〝生き延びる為〟恐怖を敏感に覚え、脅威となる存在には不用意に近づかず、然れども時に怯えを隠し牙を向いてまで障害を排除しようとする臆病な生物………今の立花からは、そのような素振りさえ皆無だ。

 これでは、最早――。

 

「最早、人に非ず、人の姿と獣の威儀の皮を被った―――〝破壊衝動〟の塊ッ!」

 

 またしても立花をこのような姿に至らしめた元凶が、白々しくも高らかに友の今の有様を謳い上げたが………不快こそすれ、否定はできなかった。確かに奴の言う通りと認めるしかなかった。

 立花は再び狂暴さに満ちた咆哮を上げ、先のより素早さも激しさも荒々しさも増した勢いで大地を亀裂(ひび)割らせて飛び上がり、五指から伸びた爪を生やすその手を腕ごと振り上げフィーネに迫る。

 

《ASGARD》

 

 奴はまた腕を真っ直ぐ翳し、朱音の火球すらも防ぐ強度を有した紅紫色の盾(バリア)を多角形状に張り、悠々と待ち受ける。

 対して立花は、技術も知恵も戦術も理性も皆無に、闇雲な力任せで拳と膝蹴りを同時に盾の表面に叩き込む。

 しばし両者は、震撼と稲妻(ひばな)を散らせて拮抗していたが………フィーネの言う通り〝破壊衝動の塊〟に洗脳されているも同然な立花は、盾を粉々に破砕して突破し。

 

〝相手は人です! 同じ人間なんです!〟

 

 あれ程、人間同士の争いを忌避していた立花の肉体を操る〝破壊衝動〟は、一切の躊躇なく肉体は櫻井女史(にんげん)であるフィーネの胴体を、爪と腕力で刺し貫き、そのまま逆風の軌道でフィーネの胴体を頭部ごと抉り裂いた。

 なりふり構わぬ力技で上半身を真っ二つにされつつも立ち尽くすフィーネの臓物ごと露わに体内から、鮮血の噴水(シャワー)が激しく噴き上げられる。

 常人ではとても正視できぬ奇怪千万の姿のまま、フィーネはこちら側に瞳を向け、嘲笑を見せつけた。

 いくらネフシュタンの再生能力でも痛覚はある筈……なのにあれ程の深手を負わされても自身以外の人間全てを見下す振る舞いを表し続ける奴に対し、これでも長年戦場(いくさば)に身を置き、奏含めた人の死を間近で目にしてきた私でも、思わず固唾を呑み一際増した不快さで引く中……さらなる驚愕の光景が瞳に映される。

 

「馬鹿な……」

 

 フィーネの肉体は枝分かれし始め、それぞれに肉体再生が施され……奴は分身、否……分裂したのだ。

 

「くっ!」

 

 しまった……虚を突かれて再び私の胴体は両腕ごとネフシュタンの鞭によって捕えられてしまう。

 その間に、暴走する立花は増殖したフィーネへ構わず、技術も知恵も戦術も皆無だが……〝破壊衝動〟の赴くまま繰り出される単純にして強力無比な殺意と凶気に満ちたおぞましき攻撃で、奴を常人の理性では目を背きたくなるほど残虐に殺し続け………その度にフィーネの肉体は再生と同時に分裂、それぞれに独立した意志を持って増殖し続けていくも、立花の猛攻で鞭の拘束力が弱まった瞬間を突いて、胴体周辺からフォニックゲインのエネルギーを放出し枷からどうにか逃れ。

 

「立花!それ以上荒れ狂う聖遺物の濁流に呑まれ続ければ――〝人間(たちばな)〟で無くなってしまうぞッ!」

 

 既に魂はとうの昔、私が大人たちに促されるがまま〝歌い〟天羽々斬を目覚めさせてしまった瞬間からフィーネに殺されていたとは言え………たとえ奴にとっては偽りだったとしても、短き間ながら〝櫻井女史〟とあれ程仲の良かった立花が、人同士の争いをあれ程望まない立花が………女史の肉体を殺戮し続ける姿は痛ましくて見るに耐えられず、思わず私は通じるかどうかも分からぬ立花の心へ訴える。

 

〝uh………っ〟

 

 立花はフィーネ〝一人〟への虐殺行為を止めた……が、私の懇願が立花の〝心〟に届いたわけではない……その心を固い殻で覆わせつつ侵食させているガングニールの〝破壊衝動〟が、私の声を耳障りな雑音(ノイズ)と認識しただけ。

 証左として、立花の肉体を乗っ取る〝衝動〟は、敵意を隠しもしない前傾姿勢のまま、犬歯を剥き出しに唸り声を上げ、血色の眼(まなこ)から殺気を私に突きつける。

 

「………っ」

 

 自分と双眸(ひとみ)と立花の鮮血(ひとみ)が合わさった瞬間、ほんの僅かながら………私は固唾も飲めなくなる程、ここがいくさば――否、朱音ならそのように着飾った表現を用いず〝せんじょう〟と表するだろう――戦場であることを忘れかけそうになった。

 フィーネは今の立花を聖遺物による〝破壊衝動の塊〟とほざいたが………自分にはそれだけではないと、かの鮮血(ひとみ)から発する殺意からそう思わざるを得なかった。

 それが真実(まこと)か、私の思い過ごしの産物か……今戦場(せんじょう)のただ中にいる身にどちらなのか知る術はない。

 だが、確かに言える事実が、二つ……かの衝動に塗りつぶされた立花の姿を通じて、突きつけてくる。

 まず、立花とて……〝人間〟であること。善良の化身の如きお人よしで、〝前向きな自殺衝動〟による強迫観念以前に心からの善性で見返りを求めず人助けに励み、人同士の相争うことを嫌う人となりだとしても……人である以上は、かつて私にも、奏の心も蝕ませた〝負の感情〟と無縁ではない。

 小日向と言う親友(ひだまり)の心の支えがいたにせよ、あの惨劇の生存者たちを苦しめた誹謗中傷(まじょがり)によって、立花の心に住まう負の感情の影は確かに強まって潜んでいた筈であり………たとえ血肉に聖遺物(ガングニール)の欠片が無くとも、戦士(ひと)の心身を蝕む戦場にいる以上。

 

〝奏はもういない………いないと言うのに………他に………他に何を縋って―――何を〝寄る辺〟に、戦えと言うのだッ!〟

 

 あの時の私の様にいつ理性の堤防が決壊しても、おかしくなかった。

 そしてもう一つの……事実。

 立花に……〝破壊衝動〟と言う名の漆黒の沼に、突き落とす………そんな運命(ざんこく)を招いたのは………櫻井了子(フィーネ)だけではない。

 この風鳴翼(わたし)も入れた、特機二課(わたしたち)……全員だ。

 

〝すまない………そして………ごめんなさい………立花……〟

 

 奏はこんな運命(のろい)を背負わせたくて……命を燃やし尽くしてまで……立花(きみ)を何としても助けようとしたわけではない。

 

〝アタシの歌は、アタシの生きた証、たとえ燃え尽きる運命(さだめ)でも、覚えていてくれる人がいるなら、怖くない―――ありがとう………生きてくれて〟

 

 今なら分かる。

 奏が最後に奏でたあの〝歌〟は、祈りであり、願いであり……祝福だった。

 だから最後まで〝歌女〟として生き抜き………その命を立花へと紡いだと言うのに。

 

〝ごめんね………奏……〟

 

 けれど……感傷の沼に浸り、罪悪感と後悔に嘆き暮れるのは………後だ。

 

〝Ahaaaaaaaaa――――――ッ!〟

 

 ほんの瞬きの間……〝弱虫の泣き虫〟でいた私の意識は、迫る〝破壊衝動〟の砲口によって防人(せんし)へと再び〝変身〟する。

 強力かつ凶暴であるが、力任せで単純極まる衝動の攻撃を紙一重で躱しつつ、跳躍で後退して一旦距離を取り、勢いに任せ過ぎた余り体勢の立て直しに手間取る隙に、我が得物(アームドギア)を正眼に構え直した。

 フィーネは分裂したまま、まだ暫くは私と立花が争う姿を高みから見物する気でいるようだ。

 しかしお陰で、ある確信を得た。

 私は、まだ朱音も雪音も、命を散らしてはいないと〝信じている〟………その上で二人が命がけで《カ・ディンギル》の月を穿つ破滅の光を食い止めてくれたお陰で、あの天を仰ぐ塔は奴の想定以上に消耗しており、まだ第二射まで猶予があると言うこと、フィーネの目的は奴の言う〝呪詛(のろい)〟ごと月を破壊することなら、悠長に相争う私達を嘲笑って見物しつつも、早急に二射目の準備に取り掛かっている筈。

 なのにまだ塔が輝き出してエネルギーを集束させていないと言うことは、砲身そのものである塔自身がまだ再開できぬ程に、冷え切っていないと言うことだ。

 状況は依然として不利に変わりないが、好機の光明はまだ残っている………朱音たちの奮戦を無駄にさせない為にも、絶対に逃すわけにはいかない。

 

〝何としても、立花も―――カ・ディンギルも止めるッ!〟

 

 胸中にて決然と佇む決意を固め、引き締め直した最中。

 

『翼さん! 聞こえますか!?』

 

 災厄に立ち向かうのは、決して私〝独りではない〟と改めて齎してくれる……〝福音〟が舞い降りた。

 

 

 

 

 

 対峙する二人の装者……奇しくも響が装者に覚醒したばかりの時と、全く真逆に反転された因果(じょうきょう)。

 正眼に構える刀(かたな)の切っ先を闇に覆われた戦友(とも)へ向け、最早かつての抜き身で鋭くも脆いものではない、硬軟の調和の取れている凛と研ぎ澄まされた眼光を発している、剣客と呼ぶに相応しき――翼。

 最早〝獣〟ですからなく、剥き出しの犬歯から唸り声を上げ続け、真紅の光る眼が捉えたものを無差別に破壊するだけの〝破壊衝動〟の檻の中で固く閉じ込められたままの響。

 

「立花……」

 

 実際の時間は、十秒にも満たない―――が、当事者である翼の体感時間は、数十倍に広がる程の張り詰めた緊張感が、体内にも体外にも漂い流れている。

 だからこそ、集中の糸を切らさぬ様……沈着さを維持し続けていた中。

 

「来い……」

 

 静かに、されど確かにはっきり聞こえる声量で、翼はそう言い放つと同時に、刀を正眼から雄牛の構えに変え、剣先を平行に突きつけた瞬間。

 

〝Uhuuuuuuu―――Gaaaaaaaa――――ッ〟

 

 それが端となったのか……響の心身を蹂躙したまま捕えて離さぬ〝破壊衝動〟は、人の口から発せられているものとは到底聞こえぬ禍々しさが溢れだす咆哮を上げ、姦しい亀裂音とともに粉塵と破片を舞わせた勢いで、大地を蹴り抉り突進。

 瞬きも許さぬ刹那で、翼に肉薄し、凶刃が伸びた五指で彼女の串刺しにすべく、刃そのものも同然と化したその〝左手〟を突き出した。

 対して翼は、両手で構え持っていた刀(アームドギア)を、地面に突き刺して――。

 

 

 

 

 

 次の瞬間、肉が裂かれる音から………続けて血の雫が荒れた戦地に落ちる音がなった。

 

《千ノ落涙》――《影縫い》

 

 敢えて得物を一度手放した翼は、自身を突き刺そうとした響の両腕を白刃取りすると同時に彼女の影に光の諸刃を突き刺し、忍の末裔たる緒川譲りの拘束忍術を用い。

 

「紙一重だったな……」

 

 胸部の中央に爪の先が刺さり、傷口から血が流れ落ちながらも、どうにか〝破壊衝動〟の暴走を食い止め、慎重に爪を引き抜き。

 

「立花………改めて詫びさせてくれ………私達が招いたこの災禍に巻き込んでしまったことを………」

 

 右手でアームドギアの柄を握り直し、自身の血で濡れた響の左手を自身の左手で掴み、持ち上げ。

 

「奏から託された力を、そのように使わせてしまったことも………そして立花(きみ)には、ご飯が大好きでささやかな人助けが趣味な、少女のままでいてほしかった…………本当に、すまない………やはり謝るべきは―――私たちの方なんだ」

 

 今自身の胸中にて確かにある偽らざる想いの一つを、響に語り掛け。

 

「その上で、聞いていてくれるかしら…………防人としての………守護者(まもりて)としての………私の〝歌〟」

 

 と、言い終えると同時に掴んだ響の手をそっと下ろし。

 

「私も、奏に助けられたこの命、無駄にしないから」

 

 全身は漆黒に染まったままにして、真紅に光ったままの瞳の目尻から涙を流す響を横目に………一度〝年相応の少女〟となっていた面立ち、眼差しを〝戦士〟へと変え………無形の位にて悠然と、歩み出す。

 

 

 

 

 

 今まさに、始まろうとしている………防人の、否……〝防人たち〟の反撃が。

 

つづく。


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