GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~ 作:フォレス・ノースウッド
無印なのにXVでやっと明らかになったバラルの関する真相をそこまで踏み込んじゃっていいのと我ながらツッコミたくなるくらい踏み込んでます。
それ言ったら翼のパパさんもですが。
原作以上に原型留めず倒壊したカディンギルですが、そこで積年の妄念に変質してしまった終わりの巫女の呪詛が留まるわけもなく。
ゆえにそれを止めるのにビッキーの存在が重要になってくるのですが。
シェルター内では、避難した二課職員たちが引き続きモニターを通じて装者たちと終わりの巫女の激闘をオペレートし続けている。
「朱音ちゃん、ネフシュタンの反応、消失しました」
『了解、シェルターへの影響はできるだけ抑えたつもりですが、そちらは?』
「大丈夫、少し揺れた具合で、私たちも未来ちゃんたちも無事よ」
『良かった……』
カ・ディンギルの完全倒壊を報せる振動が走る中、オペレートをこなすの一人の友里がその朱音と報告をし合い、彼女は安堵の息を零したところで。
「後、朱音ちゃんの予想は大当りでしたよ」
藤尭は、自分が操作するタブレット端末の立体モニターに神のものらしきレリーフが映された写真の幾つかを表示させた。
その中には、黄道十二星座のやぎ座、ローマ神話に登場する怪物《カプリコルヌス》、西アジア最大にしてメソポタミア――超先史文明と深い繋がりのあるユーフラテス川とチグリス川、その湿地帯の中にて現代まで現存しているかの文明の都市――《エリドゥ》の寺院たちもあった。
《バベルの呪詛》を隠していた月ごと破壊しようとした天を仰ぎ見る塔だった廃墟を見つめたまま、地上へとゆっくり降りていきながら、私は藤尭さんからの調査報告を通信機越しに聞き、自分の推理が当たっていたことを知る。
フィーネの言っていた〝あの方〟の正体を、その名は――《ENKI(エンキ)》。
メソポタミア神話に登場する神々――《アヌンナキ》の一人で、生命と回復を司る神、その名の由来はシュメール語で〝EN〟が王、〝KI〟が山を意味している為……〝大地の王〟と意味しているのではと、現在の考古学で最も有力視されている。
『しかし、よくりょうこさ………フィーネの言っていた〝あの方〟の正体を掴めましたね』
「私からすればむしろ、ヒントが多過ぎたくらいですよ」
私は自分の推理の根拠を、二課の方々に説明し始める。
クリスから《カ・ディンギル》の一言を聞いた時点で私は、フィーネはメソポタミア文明と、かの文明の神話に登場する神々――《アヌンナキ》と深い関係性を持つ存在だと見抜いていたし、実際に終わりの巫女が自らの正体を明かす前から、草凪朱音(わたし)以外にも自分の様な境遇を持つ人間は他にも存在している可能性を、以前から持ち合わせていた。
その上で、なぜアヌンナキの中で奴が〝あの方〟と表した神がエンキだと行き着いたかと言えば……私の考古学に関する知識は、私が小さい頃、両親が生前した頃より読み漁っていた父が所蔵していた書籍の数々の中の一冊『世界神話辞典』からの引用になるけど。
エンキとは――世界の創造主にして、知識と魔法を司る神でもあり、まだ人間が野蛮で無法な生活(いわゆる狩猟生活のこと)を送っていた頃に海より現れ……手工業、農業、文字、法律、等々の概念を教えた。
つまりエンキは、アヌンナキの中で最も超先史文明そのものと当時の古代人たちとの関わりが深い神にして、人間と言う生物に〝文明社会〟と言う概念そのものを与えた〝創造主〟そのものと言っても過言ではなく、かの時代の生き証人と言えたフィーネの存在によって、人類最古の文明が発祥の神話の数々は、ほぼ実際に起きた歴史(できごと)であった……と、証明されたのだと断言してもいい。
「フィーネは、そのエンキ含めた神々(アヌンナキ)と意志を代行して人々に伝え、人と神を繋ぐ架け橋だったのですよ、ただ……」
悲願を打破された行き場のない激情を自分に向ける為、カマを掛けるのを兼ねた私の煽りを受けた時のものを含めた、奴のエンキに対する様子と態度と言葉を思い返し。
「自分を新霊長と自称しながらも、神一人に巫女の領分を超えた感情を持ってしまった様ですが………」
明らかどころか露骨の域で、フィーネのエンキに対する感情は、仕える身としての忠義をも、神に対する信仰心をも通り越し過ぎたものだった。
『そう言えば……』
「藤尭さん?」
おまけに――。
『いえ、ついこの前あの人から恋話(こいばなし)を聞かされたことがありまして』
どうも私がこっそりクリスと接触した日に、翼たちと藤尭さんに緒川さんは、櫻井了子から恋愛話を聞かされたらしい。
〝もう遠い昔になるわ………こう見えても呆れちゃうくらい一途なんだから……〟
『まさかあれが冗談抜きで言葉通りだったなんて……その時は思いもしなかったすよ』
「そうでしょうね」
最早〝恋は盲目〟も通り越した重過ぎる恋慕だな………と、苦笑う。
本音を言うと、奴が呪詛を解くために犯してきた諸行のたちに対して、到底私には許せそうにない。
特に……人間同士の不協和音と、それが招いてきた流血と悲劇の歴史を起こす元凶を絶つと言いながら……自分含めた人々の憎悪を抱かせているノイズを利用して多くの命を奪い、残された人々に生涯消えぬ傷跡を残した上に、月の破壊によるカタストロフィの引き金を引こうとし………挙句、今度こそ滅亡へ至りかねない人類同士の世界規模の大戦争を勃発させかねない独裁的支配……彼女の一人の人間でしかないと思うからこそ、その大罪に数々を慈悲で赦すことはできないだろう。
けれど、数千年ものの長き時に渡る妄執に変質してしまった……その悲恋な境遇には何も思わないわけじゃなく、むしろ憂いでいる気持ちすらある。
実を言えば私も人のことを言えず、前世の……それも一介の超古代人だった頃からの〝慕情〟ってやつを、未だに胸の奥に抱えているからね。
ゆえに……疑問が残り、拭えない。
〝私はあの御方と並びたかった―――人の身が同じ高みに至ることを許してはくれず……その超常の力で怒りすら表し……〟
フィーネの言葉が確かなら、奴が天と地を繋ごうと建てた〝バベルの塔〟を破壊し、人類から《統一言語》を奪い、相互不理解と言う混乱(バラル)を齎したのは、他ならぬエンキだ。
だがかの神様は……アヌンナキの中で、最も人に寄り添った善良なる神……現在にまで伝え残っているメソポタミア及びシュメール神話の中の彼と、ほとんど違いはないだろう。
彼の偉業は、人間に文明社会を授けただけに止まらない。
同じ神々が起こした問題の数々には、率先して解決しようと尽力し。
神々(アヌンナキの王)であるエンリルが、地上に増えすぎた人類が起こす喧噪が耳ざわりだと言う身勝手理由で起こした、干ばつ――飢饉――疫病、その上大洪水といった破滅の災厄に対し、仮にも王に反逆することになるのを覚悟で人類を絶対に見捨てず、救い続けてきた。
確かにその後で開かれた神々の集会で取り決められた人類存続の――〝過度にその数を増やさず、自然界の掟に従い続ける〟――条件を、バベルの塔と言う形で人間自身たちは破ってしまったとは言え………自ら統一言語を奪う呪いまで掛けるなど、約束を破った〝罰〟にしても、いくらなんでもやり過ぎだと、自分の想像の範疇であると踏まえても……思わざるを得ない。
神話で伝えられてきた〝人物像〟はおろか、フィーネ自身が語り、知っていた筈の〝人柄〟とも、余りにかけ離れ過ぎている……かの高潔な神は何の意図で、あれ程までの強行的な行為に至ってしまったのか?
その為に、巫女の立場を超えて自身を愛してくれた人間の人生までも、狂わせてしまったと言うのに。
あ、いけないな………現状の自分が知り得た情報程度では、思考の泥沼に嵌ってしまうだけだ。
考察をお開きにし、万が一二次災害に対応している一課や陸自からの救援要請にすぐ応じられる様(それと……万が一祖国の片割れがこの状況を好機と見て翼たちとシンフォギアに手を出しかねなかった、何せ変身より銃をホルスターから抜いて撃つ方が速い)ギアを纏ったまま、翼たちの下へ行こうとした矢先。
〝~~~♪〟
変身中は衣服ともども勾玉(コンバーターマイク)に格納されている通信端末(スマートウォッチ)から、またコールが掛かり、ギアアーマーを通じて掌の上にタッチパネルモニターを投影させると、二課からのものではない暗号通信であり、送信元は――『内閣情報調査室』。
「はい、こちら草凪朱音です」
『お役目ご苦労であった、草凪朱音君』
通信に応じると、『SOUND ONLY』と表示された画面から、予想通り渋みの利いて厳格な声色をしたお声が聞こえてきた。
「わざわざ直接の労いのお言葉感謝致します、公的な状況下では〝はじめまして〟となりますね、風鳴情報官」
相手はこれまた予想が当たり、何の因果か翼のライブの日にお会いした、風鳴八紘内閣情報官その人だった。
『やはり、感づかれていたか………お忍びで〝風鳴翼のライブ〟に来ていた件は――』
「ご心配なく、長官の弟様含め、誰にも一切口外していません」
『忝い……』
あの日八紘長官もライブに来ていた件は、ご本人を除けば私しか知らないし、相手の事情を考慮して、翼本人含めて誰にも伝えずに墓場まで持っていくつもり――なんてことはさて置き。
「ところで、一介の装者でしかない私にわざわざ暗号通信で連絡してきた理由をお聞きしても、よろしいでしょうか?」
『おっと、そうだったな……』
単刀直入に本題を切り出してみると、八紘長官は渋くも上品で心地いい二枚目なそのハスキーボイスを、少々こそばゆい調子で発した。
これは〝良い意味〟で似た者親子だね、翼も長官も。
『どうしても君には、個人的に伝えておきたかったものでね……………我が娘の〝夢〟を、守り続けていることに………心より……感謝、している』
長官なお声含め表向き厳かさを維持したまま、感謝の言葉を送ってきた。
けどなまじ五感が鋭い上に、ギアを纏った効果で一層向上している聴覚は、確かに捉えていた。
八紘長官、いやむしろ八紘ダディと言うべきか、この方が喜んでいることを………聞いているこっちも〝貰い微笑〟してしまった。
「そのあり難きお言葉、丁重に貰い受けた上で、私も祈っていますよ」
『ん? 何の話だ?』
疑問符を浮かべるところは弦さんにも瓜二つだな、と思いつつ。
「貴方が誰よりも風鳴翼の〝夢〟を応援しているのだと、いつかご自身の言葉で伝えられるようにです」
『朱音君……』
「では失礼します、長官の娘さん含めた戦友の介抱がございますので」
と、私は通信を切り、程なく津山さんからのメールでクリスが目を覚ましたと言う連絡を確認した上で、改めて翼たちの方へと向かっていった。
朱音がフィーネを打倒し、カ・ディンギルをただの瓦礫の山と変えて勝ち抜いてからも、私は眠る立花の傍から離れずに、ギアも纏わせたままでいた。
緒川さんからの、エージェントの調査で判明したフィーネとしての櫻井了子のアジトに乗り込んだ際に遭遇した、米国のPMCの傭兵部隊の亡骸で、奴は裏で米国と一時の利害の一致で取引していたことを伝えられたからだ。
まだ確定した証拠まで掴んではいないが………もし広木大臣の暗殺もフィーネと米国の共犯であり、聖遺物含めた超先史文明の異端技術の独占をかの国が狙っているとしたら、気を抜きたくても抜けない。
シンフォギアも、それを扱える装者(わたしたち)も、連中からすれば喉から手が欲しい代物……その上もし、立花が〝融合症例〟の身であることも、フィーネを通じて存じている可能性もある。
そして今、米国が私たちを拉致する凶行に走ってもおかしくない状況な中。
いや、異端技術を虎視眈々と狙っているのは米国だけではない……それ以上の〝最悪〟があるとすれば………〝鎌倉〟の――。
「おまたせ」
朱音も、おそらくほぼ同じ理由でギアを解かぬまま戻ってきて、ようやく少しばかり気が休められた。
「誰と話していた?」
「津山さんからクリスが目を覚ましたって連絡があって」
「津山……」
実を言うと、薄情にもその名を再び聞くまで記憶は封じられていたと言うのに。
〝君たちの歌―――忘れませんッ!〟
一瞬であの人の名前どころか、防衛省で広木大臣ら相手にN計画のプレゼンテーションがあったあの日、私ともども奏に揶揄われている姿に、私達(ツヴァイウイング)と助け、助けられ……ライブのリハーサルの為スタジオにおっとり刀で向かおうと走っていた私たちを見送る彼の笑顔までもが鮮烈に思い出せられた。
「まさか津山一等陸士!?」
「Damn right(その通りだよ)、今は陸士長まで出世して一課に出向中」
私の蛮行で、装者としては一人で特異災害に対応している間に知り合い、この前のライブでも見に来ていたことも………何より立花と同じく、片翼(ソロ)となってからもずっとファンでいてくれたことも聞かされた。
これは……ちゃんと津山さんにもお礼する機会を設けなければと、記憶の奥底に封じ込める形で忘れていた事実に対する申し訳なさと一緒に、心に決めた。
この朱音の余りに自然な応対とと、懐かしいお方の名を聞いた驚きで、友がその時通信していた相手は〝お父様〟でもあったと知ったのは、まだもう少し先の未来の出来事である。
「それより、まだギアを起こしているだけで手一杯でしょ? 手を出して」
「あ、ああ……」
差し出した私のと、橘の手をそれぞれ握った朱音の全身が、フォニックゲインの光に包まれ。
「慈しむ音色よ~~癒し手となり~~彼の者たちを快気せよ~~♪」
朱音の前世の平行世界ではルーン文字の原型だったらしい超古代文明語の音色に合わせ、繋ぎ合った手を通じて………エネルギーが私と立花の身体に流れ込んでくる。
訛りの様に重たかった全身は、みるみる軽くなっていき。
「気分はどう?」
「最高だ、もしこの後ライブが待っていても、予定通り行えるくらい」
そう断言できるまでに、私の肉体は朱音の歌声によって回復していた。
シンフォギアに、こんな使い方もあったのかを舌を巻かされる一方。
「この芸当はもしや、ガメラの頃から使えたものか?」
「まあね、熱エネルギーの取り扱いは得意だったから、これはその応用」
「そうか……」
納得はしたけど、今までノイズか、フィーネの様な災厄を相手に戦う以外にシンフォギアが、我が心象風景を読み取り生み出す歌を扱ったことが無かった為………言葉通り〝歌で傷を癒す〟術を会得した朱音が羨ましい想いが沸き上がるも。
「けど、翼たちだってできないことじゃないよ」
「っ………そうだな」
何も〝戦う〟だけが、人を守る唯一の方法ではないと、今の私は知っている……なればこそ――。
「その為にも、もっと修練に励まなければ」
「うん、その意気」
朱音からの励ましもあって、いつか〝戦い〟以外のシンフォギアを用いた助け方を会得してみせると、我が歌を生む源たる胸の奥にて誓いを立てた私は、その意気込みのままに、まだ雲海に覆われてはいるが、その向こうにて確かにある〝青空〟を見上げると。
〝何故、月が古来より〝不和の象徴〟と言い伝えられてきたか……〟
「バラル……」
不意に空よりも先にて地球を周回し続ける月と。
「翼?」
「いや……彼奴(あやつ)の言葉通りなら、その呪詛とやらは今の月より私たちを呪っていると、急に思い浮かんで……」
〝それは――月こそが《バラルの呪詛》の源だからだッ!〟
〝バラルの呪詛〟に対するフィーネの呪詛(ことば)が、頭の中で走り、声に出し。
「わざわざカ・ディンギルの様な大がかりな戦略兵器など用いずとも……シンフォギアで――呪詛を解くことはできるのでは?――と、不意に過ってな」
同時に浮かんできた考えも口にしていた………これは決して、絵空事な発想ではない。
現状はまだ理論上の域を超えてはいないが、シンフォギアは大気圏外でも活動できる〝宇宙服〟としての機能も持ち合わせている。
私の天羽々斬含めた正規のギアのスペックでは、重力を振り切り大気圏を突破する飛行能力は持たない、が――。
「確かに私の〝ガメラ〟なら、青空を跳び越えて月まで行くことは……できる」
空を駆けられる朱音と、彼女の半身も同然なギア――ガメラなら可能だと、友も上空を見上げて断言。
「でも、月面に建てられた〝バラル〟を発する装置(いせき)の破壊は……余りお勧めはできない、かな」
――しつつも、どうにも気乗りしない様子を朱音は見せる。
「なぜ?」
「藤尭さんたちからもう聞いているでしょ? 人類に文明社会を伝授したエンキ含めた、アヌンナキのことは?」
「一応、大まかには………っ」
なぜ朱音が〝お勧めできない〟と言ったか……その根拠が思い至った。
どこまで神話と、実際にフィーネが直に目の当たりにしてきた超先生文明の歴史が一致しているか、または相違しているかは分からないが……かの時代に生きていた人々は、アヌンナキらによって何度も滅亡の危機に瀕していた。
「バラルがフィーネの言う通り、〝人類が神々と高みに至る道を阻む〟抑止力なら………実際に呪詛が発動される以前から、事前に用意されていただろうし」
「万が一人類が遺跡に到達したとしても、門番を置くぐらいの対策は講じているか……」
「でも連中の張った〝罠〟が、その程度のものとは思えないんだ……」
「それは……どういう?」
けど朱音の思考と直感は、私の想像を遥かに上回る〝危険性〟を見い出している様で、問うてみると。
「私も、上手く表現できない……だけど、私の心が囁くんだ……もし呪詛を解いてしまったら……〝滅亡よりも悪い未来〟が……待ち受けているかもしれない」
「〝滅亡よりも……悪い未来〟」
抽象的だと言うのに………不思議と説得力のある朱音の言い回しを、私は鸚鵡返しをして……息を大きく呑み込む。
人智を超越した神々なら、確かにその様な………アヌンナキの意志を代行して人類に伝える預言者(フィーネ)すらも知らぬ〝最悪の運命〟を招く罠を張り巡らしていても、あり得ない話ではない。
「一つはっきり言えるのは、それこそ〝パンドラの箱〟そのものだよ、バラルの呪詛は……」
「そうだな……」
たとえ、繰り返されてきた人類の流血の歴史を生む元凶そのものであろうとも……朱音の懸念の通り、不用意に手を出さない方が賢明だと、私もそう判断を下し、朱音とともに、雲海のベールに覆われた月を見上げるのだった。
「うっ……」
朱音と翼の耳に、ぼんやりとした吐息混じりの響の声が聞こえてきた。
上空から双眸を下ろすと、眠っていた響のと口が震え、意識が目覚めかけている。
「響」
「立花」
「あっ……」
二人の呼び掛ける声に応じる形で、響の瞳はゆっくりと目を覚ました。
まず身体の状態を調べる為に手で触れて、特に異常はないと確認した朱音は、そっと響を起こす。
ただ、ガングニールの破片が組み込まれた胸部の、音楽用語のフォルテの記号に似た傷痕に接触した瞬間、勾玉(マイク)が一瞬点灯して反応するほどのエネルギーの残滓を感じ取りはしたが、朱音をその懸念を顔に出さずにおいた。
「あ……あやね……ちゃん」
「大丈夫、私も翼もクリスも創世たちも二課の人達も、そして未来も皆、無事だから」
まだ意識がおぼろげな響に朱音は安心させようと、装者として〝守りたい〟と胸に抱くくらいに、彼女の大切な人たちの名前を挙げ。
「よ、よかった………つばささん、も………っ!――」
「響!」
響は一度、微笑みかけた………が、同じく響を案じる翼の姿を目にした瞬間、激震で歪み、両手でその顔を覆い隠して俯き震え出す。
手の隙間からは、多量の涙が溢れ、リディアンのスカートの裾と脚へと零れ落ちていた。
「ごめんなさい………私………翼さんを」
ガングニールの暴走の影響もあったとは言え、響は〝殺戮衝動〟に駆られるまま、あわや翼に手を掛けようとした………最悪殺しかけていた可能性も、否定できない事実であり、その瞬間がフラッシュバックした響に、酷いショックを与えていた。
「もう過ぎたことだ………私も、あや……朱音たちも………立花には何の遺恨もない、それに立花はギリギリのところで留まることができ、衝動の闇から戻ってこれたからこそ、立花を助けることもできたのだ」
翼は、響が犯しかけた凶行を水に流すだけでなく………〝破壊衝動〟に呑まれた自身を、たとえ僅かでも抑えることはできたからこそお互い〝助けられた〟のだと、伝えるも。
「でも、でも………私、何もできませんでした……皆必死に了子さんを止めようと………〝守ろう〟と頑張ってたのに………私だけ……」
「そんなこと――」
無力さと、罪悪感と、自責の念の沼に捕われてしまい、自身を攻め続ける響に、翼は〝否〟だと、返そうとするも。
「朱音………」
肩に触れた朱音がそれを止め、首を横に振った。
最初は朱音の意図が分からず〝なぜ止める!・?〟と問い質したくなりかけたが………すぐに翼は自分で理由を察した。
〝泣いてなんかいませんッ! 涙なんか………流してはいません………風鳴翼は、その身を鍛え上げた戦士です、だから―――〟
(今の立花は………〝あの時の私〟だ……)
あの時は知らなかったとは言え、立花の人生を狂わせてしまった当事者の身でありながら、あまつさえ彼女刃を向けてしまい……〝抜き身の刃〟を朱音に折られるのも当然な蛮行を犯してしまった。
翼は以前の自分の姿を、響と重ね合わせる形で思い返し………朱音の判断の通り、今はそっとしてあげようと決めた――最中だった。
「何っ!?」
突如、朱音と翼のギアで強化された感覚がほぼ同時に、強大なエネルギーを感じ取った。
この膨大にして荒々しさ………まさか――《不滅の剣――デュランダル》!。
『カ・ディンギル跡地の地下、最深区画アビス周辺より確認されたエネルギー反応
はの正体は………デュランダルです』
その、まさかだった。
Jesus(ちくしょう)………と、心中私は悔しさでスラングを吐いて毒づく。
迂闊だった………〝先生文明の亡霊〟の、今や呪いの域にまで達した妄念との〝戦役(たたかい)〟はまた――終わってはいない。
つづく。