GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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のっけからリコリコの千束みたいなことをやってる朱音。
時々、いかに小説と言う媒体で映画っぽい演出ができるかをやりたがるのですが、原作を尊重すると大抵朱音の日常パートでやりがちです。
でもそうまでして朱音の日常を描いているのは、日常と言う大地に地に足付いてるからこそそこで生きる命を守ろうとする朱音の信念も際立つと、思っているからです。

ちなみに無印の主な舞台を独自設定で『東京都律唱市』としたのは、原作でもルナアタックで崩壊するまでのリディアン校舎と二課旧本部はG以降の設定集で『東京番外地・特別指定封鎖区域』と、一応東京都内のどっかにあるけど23区内じゃないよなと思ったからもあります。
一方でG以降のリディアン近辺って、横浜ですよね、XDUのロード画面で出てくる地図でも、横浜辺りが中心でしたし。

サブタイは、漫画版の最終話から。


#69 - FINE

〝~~~♪〟

 

「うっ……」

 

 ベランダの窓越しに注がれる気の早い夏特有の夜明けの光と、スマホから我が《シンフォギア――ガメラ》と同じ出自を持つ光の巨人のテーマ曲が流れるアラームで目が覚めた。

 あれ? 私の部屋の天井ってこんなのだったかな?

 まだ寝ぼけている私の意識は、目に映った天井のデザインの違いに疑問が過るも、段々頭の中の眠気の靄が晴れていくことで思い出す。

 そうだ……昨日に前に住んでたマンションから引っ越して、その日は新しい住まいの整頓に追われたんだったな。

 陽が沈む頃には作業が終わって、夕食を取って、少し夏休みの宿題を進めて、偶には夜更かしするのも良いかな~~と、所有してる円盤状のお宝たちから映画を見まくっていたのだった。

 

「う~ん」

 

 寝そべっていたソファーから起き上がって髪をかき上げながら、眠りに着いた直前の記憶を探ってみる。

 えーと、東宝特撮怪獣の一体である守護怪獣の〝レオちゃん〟が活躍するシリーズの完結編のエンドロールまでは覚えている……と言うことは、あのあたりでそのまま寝落ちしてしまったらしい。幸い照明もテレビも映像ソフト再生機も、搭載されたセンサーで私が使用していないことを感知して自ら電源をオフできる機能があるので、それ程電気を無駄に消費してない筈だ……多分。

 

「あっ……」

 

 とは言え、いくら一人暮らしだからって、上はタンクトップ(と首に勾玉)で下はパンツ一枚なラフ過ぎる格好のまま、ソファーを寝床に今まで熟睡してたのは頂けないなと自嘲して、頭も身体もすっきりさせようと、腕と背筋を垂直に伸ばしつつ浴室へと向かった。

 モーニングシャワーで完全に昨夜の眠気とはおさらばした後、ちゃんとした部屋着に着替え、仏壇の前で正座し亡き両親にはしたない格好を晒してしまった件のお詫びも込みで合掌、それからラジカセの電源を点けて、アニメ実写問わず数々の名作邦画を彩らせてきた名作曲家《久堅丈(ひさかた・じょう)》の音楽を流し出させる。

 

「~~~♪」

 

 スピーカーから響く楽器と一緒に、口笛で伴奏しながらの朝食作り。

 今回はほうれん草ときのこも交えたスクランブルエッグと、アボカドレタスハムサンドと、フルーツを加えたコールド豆乳スープの組み合わせにしてみた。

 

「いただきます」

 

 合いの手をして食べようとしたが、その前にふと、私のハイスクールライフの朝にしては珍しくテレビを点けて、アメリカ暮らしが長かった私からは相変わらず内容が中途半端な日本のニュース番組を見てみる。

 やっぱり今朝も、今から三週間くらい前に起きた《カ・ディンギル》での終焉の巫女との激闘と言う……私たちシンフォギア装者と特機二課の長~い一日が、表向き〝大規模特異災害〟の体(もちろん緒川さんたちエージェントによる情報操作である)で報道されていた。

 あの災厄の一日で、私立リディアン音楽院高等科は完全に跡形もなく倒壊し、近辺の大地も当分は草の一本も生えてこない更地と化してしまった。当然あの辺りは立ち入り禁止区画となっており、《東京番外地・特別指定封鎖区域》――通称《カ・ディンギル址地》なんて名づけられたと友里さんたちから聞いた。

 けど、粉骨砕身の甲斐あって、元リディアン校外の律唱市都市部への被害は、人的含めて最小限に抑えることはできた。

 ギャオス三匹を駆逐するのに、渋谷の街を丸ごと炎上させて、一万人以上の死傷者を出してしまったあの頃に比べれば、守護者として、幾分か進歩できたかな。

 私はテレビを消し、代わりにラジカセからラジオ放送を流して、改めて朝食を取り始める。

 うん、やっぱり朝食は陽の光とそよ風を浴びて、ラジオに耳をすませて取るのが一番だと、サンドイッチの景気の良い歯ごたえと一緒に噛みしめ、アイスカフェオレを一飲み。

 

「おっ?」

 

 ミルクとコーヒーの配分は変えてないのに、なんだか今朝はいつもより甘く美味しく感じた。

 

 

 

 

 

 さて、私が律唱市からどこに引っ越したのかと言うと、神奈川県横浜市の鶴見区にある十階立てマンション。

 勿論、幕末の開国から発展し、日本三大中華街があり、東京二三区を除いた日本一の人口を誇り、特撮映画の聖地も多き首都圏の一角な大都市である。

 そんなかの中心市街の道路を、私は愛用のクルーザーバイク――《ワルキューレウイングF6D》を駆り進んでいた。

 どうしてこっちに引っ越したのかと言うと……丁度いくつかある〝理由〟の一つたる建物に近い交差点の信号が赤になったので停車。

 ロマネスク建築様式風のこの建物こそ、新しいリディアン高等科の校舎である。二学期からはここが私たちの学び舎になる。

 見た目に違わず元々はミッション系の高校だったが廃校し、取り壊しになる寸前のところで政府が施設土地共々丸ごと購入したらしい。

 学校側にとっては新たな校舎が見つかって幸いなのだが……前に私が住んでいた律唱市内のマンションからはかなり距離がある為、なむなく引っ越しを決断したのだ。

 学生寮を使えばいいのでは?と言われるかもしれないが、私がリディアンに入学したいと祖父(グランパ)に伝えた際。

 

〝ハイスクールライフを日本の音楽学校でか? 〝可愛い子には旅をさせろ〟とも言うし、大いに賛成―――と言いたいところだが、一つだけ条件がある、寮に頼らずに一人暮らしをすることだ〟

 

 と、条件を提示されたわけである。グランパの教育方針は基本、本人の意思尊重でのびのびとやりたいことを応援する主義、ではあるんだけど、だからこそ時に厳しさを垣間見せることもあった。

 前述の日本の諺も、本来の意味は〝かわいい子ほど敢えてつらい思いをさせよ〟で、親日家であるグランパも当然それを分かった上で引用したし。

 

〝仮にも親元を離れて新生活をスタートさせるのだ、生半可な気持ちで日本に帰らせんし、寮生活なんてぬるま湯などもってのほかだ――自立を決めた以上、己の生活は自分の力で創造し、開拓すべし―――なんてな、まあ朱音の生活力なら一人暮らしはさして苦にもならんだろうさ〟

 

 加えて、私は〝グランパ語録〟と呼んでリスペクトしているグランパ自身の言葉で激励してくれたのだ。

 グランパの気持ちをありがたく受け取った以上、ちゃんと応えてあげないと――と言うわけで、敢えて寮には入らずに一人暮らしをしているのである。

 実際グランパの言う通り、日本に戻ってからの一人暮らしをきついと思ったことは微塵もないわけだし。

 グランパのダンディで艶やかな渋い美声を思い出しつつも、私はリディアン新校舎を後にして、目的地へと夏の青空の下でバイクを走らせていく内に、潮風の香りがほのかに感じ取り始めたところで到着。

 横浜港瑞穂埠頭にある《横浜ノース・ドッグ》、かつては在日米軍が使用していたが、今は海上自衛隊の港湾施設となっており、南側に目を向ければ響の口元から涎が零れそうな中華料理店たちが立ち並ぶ横浜中華街、チョコレートが大好物な海獣の襲撃も受けた歴史ある赤レンガ倉庫、某機動戦士シリーズ一作目の主役ロボ一分の一等身大サイズが大地に立つ姿が拝めるようになっている。

 バイクを埠頭内の駐輪場に停めて、ヘルメットを外して髪を靡かせ整えると、ノース・ドックに停泊する船舶の中で、一際目立つホワイトの船体に赤いカラーラインが添えられた潜水艦一隻を見据えた。

 

《二課仮説本部》

 

 旧リディアン校舎地下に代わる、特異災害対策機動部二課の本部施設である。潜水艦自体は、海自が開発を進めていた次世代型を二課用に改造(ノイズ発声検知システムやシンフォギア・システムのバックアップ等々)されたもの、本格的な新本部が建造されるまでは、この艦が一応の〝本部〟だ。

 とは言え仮とは付けられているけど、艦内での二課職員の長期生活を考慮して、最新の医療施設も生活居住区(昨日の引っ越しまで私も暫くお世話になった)も娯楽施設も、さらに装者用に訓練スペースと、シンフォギアが歌唱して戦闘する運用方針上、フォニックゲイン計測機能も有する本格的なレコーディングスタジオまで備える至れり尽くせりな充実仕様となっていた。

 フィーネの起こした大災厄で前の地下本部が崩壊してからそれ程経ってないのに、よくこの短期間で用意できたな~~と感心させられる。

 もうこの二課用に魔改造された潜水艦をそのまま正式な本部にしても良いのでは? なんて突っ込みは、野暮か――と内心ぼやきながら、艦内のキャットウォークを進む。

 今日仮説本部に来たのは、日課の一つとなった装者としての鍛錬(トレーニング)に励むのもあるんだけど。

 

「すみません、今日も響ってお見舞いに――」

「ええ、来てますよ」

 

 通りがかった医療スタッフに訊いてみて、やっぱりと思った。

 私の脳裏は、後に《ルナアタック》と名付けられることになる、終焉の巫女――フィーネが引き起こした災厄―――私にとって現状人生でいちばん長い一日の終わり頃を反芻し始めた。

 

 

 

 

 

 装者たち自身と、彼女らを見守る者たちの合唱によって覚醒したシンフォギアの《限定解除》の形態(すがた)を纏った朱音たちの歌で極限まで力を解放したデュランダルの斬撃が、フィーネの自我(いし)をも取り込んで暴走する破滅の黒竜を完全に撃破せしめた頃には、空は蒼穹から暁色に変わり始め、すっかり太陽は沈みゆく夕方へと時間が通り過ぎていた。

 地下シェルターの出入り口の一つが開き、未来と弦十郎たち二課の面々が地上に出てくる。

 

「司令さん、本当に大丈夫なんですか?」

「一人で歩く程度なら、問題はない」

 

 フィーネに胴体を串刺しにされ、常人ならばショック死してもおかしくない出血量を出す程の重症を負った弦十郎は未来から容態を案じられ、事実痛みで眉間に少々皺ができて顔色もまだ青みがかってはいたが、脅威的な生命力で、当人も言った通り一人で歩けるまでには回復していた。

 

「翼さん、響と朱音は?」

 

 翼とクリスの下へ辿り着くと、未来は親友たちが一緒にいない理由を訊く。

 

「あれを見ろ」

 

 翼が指差した先は、ベイバロンが消失し、白く濃い靄(けむり)が立ち込める爆心地(クレーター)。

 その白煙の中から、全身がボロボロながらまだ五体満足ではある《ネフシュタンの鎧》を纏ったままのフィーネの腕をそれぞれ肩に担いで歩いてくる朱音と響の姿が現れる。

 

「ったく、この変人(スクリューボール)たちが」

「だが、二人とも二人らしい、ではあるな」

 

 つい先程まで〝戦争〟をし、当人にとっても斬鬼に絶えなかったとは言え、あわや現代の文明社会どころか地球(せかい)そのものを滅ぼしかけた張本人を救出してきた戦友たちを、翼とクリスは各々らしい表現(いいかた)で出迎える。

 

「緒川さん、これを」

「はい」

 

 朱音はフィーネを担ぎながらもう片方の手に持つ、爆心地から回収したカード状の大気形態となっている《ソロモンの杖》を緒川へと投げ、受け取った彼は持っていたジェラルミンケースへと収納させる。

 これは聖遺物を一時的に保管する特殊ケースで、二課職員以外の人間には容易く開けられぬ様に何重にもプロテクトが掛かる仕様となっていた。

 

「お前達……どういうつもりだ?」

 

 その張本人たる櫻井了子――フィーネは、なぜ自分を助けたのかと朱音と響に問う。

 

「私、人助けが趣味ですから」

 

 響はフィーネの腕を担いだまま、日頃から人助けをする度に未来(しんゆう)たちにも口にしている言葉を発し。

 

「私も、人助けを生業としているものでね」

 

 朱音も同様に、前世から揺るがぬ〝災い〟と戦い続けている理由を口にする。

 

「何を、バカなことを……」

 

 二人の言葉に、フィーネはそう切り捨てる様な返答をするも。

 

「勘違いするな、私が助けているのはお前じゃない」

 

 と、朱音は付け加える。この場にアニメオタクの弓美がいたら『ライバルキャラのツンデレ発言かよ』などと突っ込まれそうだが。

 

「お前に生涯を乗っ取られた子孫だ、それに私の友達と違って、私はお前の諸行の数々を易々と免じるつもりはない」

 

 淡々とした口調で呟く朱音のそれは、その手の創作の人物が主人公に表す時の一種の照れ隠しではなく、本音だった。

 ガメラとしては、今でも〝人類〟に対する大きく深き〝愛〟は健在ではあるが、今は一人の人間でもある彼女は、人間の個人に対して〝好き嫌い〟は少なからずある。

 櫻井了子には好感を抱いていたからこそ、かの女性の人生を奪い、その人格(こころ)を殺したも同然なフィーネの行為には、怒りを今も胸に秘めていた。

 この感情には似た境遇を持つ身ゆえの〝同族嫌悪〟も混じっていると、朱音本人も重々自覚している上でだ。

 

「〝罪を憎んで人を憎まず〟、ってやつさ」

 

 加えて今回の事変も込みで、フィーネが数千年にも渡って繰り返してきた蛮行の為に、人類の歴史に数え切れぬ影を残し、多くの人間の人生を狂わせ、多数の命を犠牲にしてきた。

 何より朱音(ガメラ)から見ればフィーネは《ギャオス》とその変異体たる《柳星張》を生み出し、《超古代文明》が破滅に至らせた者達と同類の、一線を越え過ぎて凝固したイデオロギーを持つ者であるのは紛れもない事実であり、朱音は終焉の巫女が犯した大罪そのものをみすみす帳消しにする気は無かった。

 

「まあ、とにかく、もう終わりにしましょう……〝了子〟さん」

「私は、フィーネだ」

 

 響から了子と呼ばれた終焉の巫女は、この己が名で以て一蹴しようとするも。

 

「だとしても、了子さんは了子さんです、ずっと昔に〝死んだ〟なんて言われても、それが本当でも、私にとっては……〝櫻井了子〟さんなんです」

 

 それでも響は、フィーネと名乗るこの女性は〝櫻井了子〟なのだと言い貫き、ポーカーフェイスな朱音と対照的に笑顔を向け、二人は椅子代わりに丁度いい岩場に、彼女を座らせた。

 暴走の底なし沼に沈むほどの長時間、完全聖遺物三つを取り込んでいながらまだ〝櫻井了子〟の肉体が死していないのは、最初に融合した《ネフシュタンの鎧》の再生能力の賜物。鎧は未だフィーネが纏っている以上、その力の行使は一応まだ可能と踏んでいる朱音は、警戒心をすっかり解いている響と違って、何が起きても即応できるよう腕を組む。

 それこそ9mmパラベラム弾に刻まれた――〝汝、平和を尊ぶなら戦への備えをせよ〟の言葉のままに構えている中。

 

「なぜノイズが存在する理由を教えてやろうか……」

 

 フィーネが一息こぼしたのを経て。

 

「《バラルの呪詛》で《統一言語》を失った人間が、同じ人間を殺す為に作られた殺戮兵器――だろう?」

「っ――!?」

 

 終焉の巫女が発しようとした内容(ことば)を先んじて朱音が言い放ち、当人は思わず彼女の顔を見上げる。

 朱音の発言に響も、翼とクリスと未来に弦十郎ら二課の面々も、驚愕で息を呑むか絶句する表情をそれぞれ浮かべた。

 

「その翡翠色の碧眼は、どこまで見通したか? 地球(ほし)の姫巫女」

「前々から、特異災害について調べていて、薄々」

 

 朱音はガメラとしての記憶が蘇ってから程なく、現在まで独自にノイズに関する調査を進めていた。ノイズの仕業であることが明確な事件の記録から、それらしき事柄が記された史実、史料をこの八年の間、少女ができる範囲内ながら徹底して集め、リディアン編入の為日本に帰国してからも取りまとめた資料をわざわざ持ち込むくらいに。

 

「そして二年前のネフシュタン起動実験と、私と響が装者となってから起きた特異災害の数々含めて、お前が関与した事件諸々で確信へと至ったがね、奴らがこの世界における災いの影――ギャオスだと」

「人が……人を殺す為に、ノイズを……」

「そうだ、奴らを格納する次元の狭間――《バビロニアの宝物庫》は扉が開け放れたままでな、特異災害のほとんどは、そこから漏れ出た産物に過ぎん」

 

 響の口から零れた言葉を拾う形で、フィーネはノイズの正体を補足する。

 

「お前はその宝物庫にいるノイズを、使役こそできないが、この三次元の世界に放り込むことはできた、その能力でツヴァイウイングのライブ中に起動したネフシュタンを強奪しつつもカモフラージュとして、わざと会場に大量のノイズをけしかけた」

「ふっ、まるで実際に目にしたかのような察し振りだな……」

 

 朱音の推理に対し苦笑うフィーネの反応は、それこそ二年前の大規模特異災害の真相を物語っており、警戒は解かぬまま朱音は翼と弦十郎の様子を横目で窺ってみると、かの事件の真実を知って苦い表情を見せる叔父と姪の姿があった。翼など、今にも殴り掛かりたくなりそうな衝動を抑えようと、握り拳を振るわせている。

 

「クリスもフィーネがノイズを呼び寄せられることは知っていたのだろう?」

「ああ」

 

 クリスは自身が纏うギア――イチイバルのアーマーを指で突き。

 

「こいつを使った訓練の時は毎度毎回、フィーネが連れてきたノイズたちを何度も相手にさせられたからな、《ソロモンの杖》が手に入って、あたしがそいつを叩き起こしてノイズを操れるようになるまで、気が気じゃなかったさ」

 

 その時の記憶を思い返した様子で地面を眺め、極めて実戦そのものだった対ノイズ戦の訓練のことを打ち明けた。

 

 ただしフィーネでも、召喚したノイズを意のままに操れる〝兵器〟として扱うには、それを為し得られる聖遺物を手にする必要があった。

 それこそ――《ソロモンの杖》、ノイズを創造した者たちの意図通り、人間を殺戮するマシンとして運用できる唯一の制御装置たる完全聖遺物。

 

「その《ソロモンの杖》が、アメリカ政府から提供された代物だってこともか?」

「いや、あたしも今朝まで組んでる相手がアメリカの奴らだってことまで知らなかった、でもフィーネがそれらしい誰かと電話してるとこは何度も見たことあったけどよ……そうまでして連中は何がしたかったんだ?」

 

 クリスは実際に米国政府とコンタクトを取っていた様子を見ていたことを話している内に、なぜかの政府がフィーネと手を組んでいた。

 

「大方、先史文明のオーバーテクノロジーを新たな資源として目を付けつつ、その技術を独占(ひとりじめ)してかつての威信を取り戻し、再び国際社会の覇者にでも返り咲こうと、《ソロモンの杖》込みでこっそり聖遺物集めに躍起になっていた、ところだろうね」

 

 とは言え、いくら密かに聖遺物を掻き集めても、それを取り扱う術がなくては宝の持ち腐れ未満。

 

「だからフィーネに憑依される以前から聖遺物研究の権威でもあった櫻井了子と密かに結託し、二課のセキュリティに度々クラッキングし、実行犯は民間軍事会社所属の傭兵部隊だけど、彼らに広木防衛大臣を暗殺させたのも、あちらと、終焉の巫女の差し金」

「まさか、櫻井女史からの依頼で米国が大臣を殺めたと、だが……」

「例のデュランダル移送作戦そのものが、双方の企みで練られた出来レースだったのさ」

 

 なぜ米国が、そのような凶行に走ったのか疑問が拭える翼に、朱音は理由を説明する。

 

「クリスと戦う形で響を歌わせることで、フィーネの計画に欠かせないピースの一つたる〝不滅の剣〟を目覚めさせ、同時に人と聖遺物が融合した最初の一人でもある響が、どれだけの力を引き出せるかのデータ収集も兼ねていたのさ」

 

 フィーネにとっても、米国政府にとっても、喉から手が出る程欲しくてやまなかった貴重なデータを得る上で格好のシチュエーションを作り上げる上で最大の障害こそ、二課の最大の理解者であるからこそ、敢えて二課の超法規的活動に対する抑止力となる役目を自ら買って出ていた、広木防衛大臣その人。

 

「広木大臣は、女史と米国が仕組んだ八百長試合を行う上で最も邪魔な存在だったが為に……殺されたのか」

「damm right(その通り)」

 

 事実、彼が暗殺されてから瞬く間に、デュランダルの移送作戦は弦十郎が前に口にした通りの〝木っ端役人〟の集まりでしかない二課の有無を言わせぬ勢いで実行された。

 この一件も込みで、フィーネの暗躍に関与していた米国政府ではあったが。

 

「まあ、フィーネと政府の協力関係も、いずれお互いが邪魔になって破綻する一時的なもの、おそらく広木大臣を暗殺したのと同じ部隊を奴に差し向けて、口封じに始末しつつも貰えるものは奪おうとした………」

 

〝アメリカ国民の一人として、恥ずかしい限りだ、全く〟

 

 朱音は心中、祖国の片割れが犯した愚行に対し、呆れを通り越して哀れみさえ感じていた。

 

「それで以て、部隊の襲撃を受け負傷した終焉の巫女は、一か八かの賭けでネフシュタンと生体融合して彼らを返り討ちにし、その勢いで《バラルの呪詛》破壊計画を実行に移し、相互理解を阻む月を穿とうとした―――と言うわけだな、了子くん」

「お前まで、まだその名で私を呼ぶのか……」

 

 つい先程の戦闘にて、確実に殺す気で突き刺した筈の弦十郎の傷を見つめながらフィーネは、言外に〝甘ちゃん〟だと詰る様にも、されど彼らしいと納得した様にも見える表情を見せ。

 

「お前をどう呼ぶかは、俺の好きにさせてもらうさ」

 

 弦十郎も、フィーネの発言の裏にある意味を察した上で、そう切り返す。

 

「だが……これで分かっただろう?」

 

 フィーネは岩場から立ち上がり。

 

「《統一言語》を失った人間は、手を繋ぐことよりも相手を殺すことを求めた、ノイズさえも、今宵私が起こした騒乱さえも、人の世と言う大河の一端に過ぎん……私がわざわざ秘術で以て介入せぬとも、言葉を散り散りにされた人類は互いを理解できず、争い、殺し合い、血を流し合い、痛みでしか繋がれぬ歴史を繰り返す……」

 

 沈みゆく夕陽を見つめて歩を進め、装者たちと二課の者たちに背を向ける。

 

「だから私は……この道しか選べなかった」

 

〝風が、唸っている〟

 

 自らの偽らざる〝本音〟を少なからず明かしているのであろうフィーネの言葉に応じるかの様に、夏に入ろうとしている七月には似つかわしくない、侘しさと哀愁が漂う微風が吹き、朱音たちの髪を靡く。

 戦闘で荒れ果てた大地と、そこに降り注ぐ夕焼けの筋も相まって、荒野に佇む終焉の巫女の背中が発するもの悲しさが際立っていた。

 フィーネのそんな後ろ姿を見る朱音は、ある意味で自分たちは今、〝過去〟を見ているのだと感じ取る。

 

〝思い人に置いていかれた、人間(ひとり)の姿――か〟

 

 きっと《バラルの呪詛》で、創造主エンキとの繋がりを一方的に経たれ、無言の別れを告げられた瞬間も、このような光景だったのかもしれないと、想像しながら組んでいた手を下ろしつつも、斜に構えた体勢のまま黙してフィーネを見つめる朱音に対し。

 

「了子さん」

 

 一人響は、その場から踏み出し。

 

「私なんかじゃ、了子さんが何千年も昔から、どんなに辛くて、悲しい思いをしてきたのか……分かりたいけど、よく分からないです……でも――」

 

 フィーネの背中に歩み寄りながら。

 

「――この歌(むねのうた)が、私の大事な人たちが、教えてくれました、人が言葉より強く繋がれることができるって、それを忘れずにいられたら、呪いを乗り越えて……分かり合うこともできる筈です」

 

 静かに、響なりの、最速で、最短で、真っ直ぐ、一直線に、自身の心に沸いた想いの丈を、フィーネに贈る。

 

「………」

 

 響からの歌(おもい)を確かに聞いたフィーネの背筋が伸び、肩を震わせる。

 一瞬、嗚咽を思わしき呻きを、背中越しに発するも。

 

「ッ!!」

 

 嘘だと言わんばかりに振り返り、敵意とともに邪悪な大蛇染みて歪んだ嘲笑を響達に突きつけ、ネフシュタンの蛇腹鞭を振るう。

 咄嗟に響は攻撃を躱すと同時に、鞭の優位性が削がれるまで距離を詰めて拳を繰り出すも、目と鼻の先の狭間で寸止めたが。

 

「私の――」

 

 元よりフィーネ蛇腹鞭の矛先は、響ではなく、彼女にとって忌まわしき呪詛を携える――月。

《カ・ディンギル》の荷電粒子砲で傷ついた月面の欠片(いちぶ)だけでも、地球に落とそうと、鞭を放ったのだ。

 

〝――勝ちだッ!〟

 

 自らの勝利を宣言し、月の欠片の落下を果たそうとするフィーネだった―――が、暁の空にて浮かぶ月光へと突き進むネフシュタンの蛇腹鞭は、光(プラズマ)の帯に絡め捕われ、勢いを喪失。

 

《旋律囃――フォニックビュート》

 

 朱音は、両手首から放出した帯(ビュート)で、ネフシュタンの蛇腹の先端と根本を同時に縛り付け、一時的とは言えベイバロンの巨体も封じた握力と超放電(プラズマ)の高熱で、そのまま焼き切り、間髪入れずに跳躍。

 

〝The~curtain~fell~ッ♪〟

 

《即興歌唱》で〝幕切れ〟だと歌い放って飛び蹴りをフィーネの脳天に見舞う。

 フィーネは大きく後方へ突き飛ばされるも、尚もその場から立ち上がるが。

 

「ゼロ距離なら、障壁(シールド)は張れないな」

 

 先の蹴りで腫れ上がったフィーネの額に、朱音はSIG SAUER P320を模した拳銃(アームドギア)の銃口を突きつけた。

 終焉の巫女の境遇に思うところはあった一方、先程からポーカーフェイスの裏で警戒を怠っていなかった朱音だが、フィーネの発言の内の――。

 

〝この道しか選べなかった〟

 

 ――から、最後の足掻きをすると、その手段は月とこの地上を巻き込む〝災い〟だと看破し、彼女の凶行を阻止せしめた。

 

「それに、もうネフシュタンに捧げる供物(にくたい)も残っていまい」

 

 現に、フィーネの額の傷は治癒される気配がない……即ち、櫻井了子の肉体は限界の一歩手前であり、《ネフシュタンの鎧》は最早再生する意味はないと、成体融合していた終焉の巫女を見限ったに他ならず。

 

「お前の負けで終幕だ、余興(アンコール)もない」

 

 と、朱音は泰然と、しかしはっきりと告げた。

 完全に手札を使い果たしたフィーネは、自身の悲願を最後の最後まで打破し尽くした相手に、敵意で歪んだ眼差しを朱音に見せるも、すぐにその容貌を嘲笑へと変え。

 

「そうだ、撃て」

 

 引き金を引けと、むしろ朱音を煽り出す。

 

「この身がここで朽ち果てようとも魂までは絶やせはしないッ!聖遺物とアウフヴァッヘン波形が世界に在る限り!永遠の刹那に生き続ける巫女たる私は、何度でも蘇るッ! どこかの場所!いつかの時代! 今度こそ世界を束ねる為にッ!! さあ〝地球の姫巫女〟ッ!私を櫻井了子から解き放つがいいッ!!」

 

 自ら朱音が構える銃を握り、眉間に銃口を抉る様に押しつけ、撃てと――殺せと、輪廻転生を繰り返す自分にはここで死しても無意味だと、挑発し続けるフィーネに対し。

 

「だが、断る」

 

 余りにも呆気なさすら覚える調子で、あっさりと銃口を下げ、アームドギアの結合を解き、銃を霧散させた。

 

「なぜ?」

「私はこれでも天邪鬼でね、それと言った筈だフィーネ、私はお前に人生を奪われた〝櫻井了子〟を助けたんだと、あ~あと、私の友達がまだお前に伝えたいことがあるみたいだから」

 

 と言い伝えると、朱音はフィーネに背を向け、響の下へと歩み寄ると、そっと友の肩に手を置いて離れる。

 

〝ありがとう、朱音ちゃん〟

 

 頷いて感謝の視線を朱音の背中に送ると、彼女はそのままサムズアップと一緒に、エールを響に送り返す。

 フィーネと再び向き合った響は。

 

「何を――」

 

「了子さん、お願いがあります……貴方の言う、どこかの場所、いつかの時代で生まれ変わる度に、私たちに代わって伝えてくれますか?」

 

 フィーネの片手を、そっと自分の両手で包み、握りしめて伝える。

 

「世界を一つにするのに、力なんていらない、言葉を越えて……私たちは未来に手を繋ぎ合えることはできるって、私たちじゃ伝えきれないかもしれないから、いつかの未来に全部伝えられるのは、きっと了子さんだけだから」

 

 もう一つの、自分自身の心からの想い――胸の歌を。

 

「その為にも、私たちが――現在(いま)を守っていきます!」

「ひびき……ちゃん」

 

 伝え終えた直後、聞き受けられたフィーネ――櫻井了子の目尻から、雫がこぼれ出し。

 

「ごめん…なさい……ごめんさない……」

 

 大粒の涙を頬に流しながら、もう片方の手で、響の両手と握り重ねようとした。

 

「私は――」

 

 ――が、その手が触れる前に言葉も途切れて……倒れていく。

 地に伏せられる直前、駆け込んだ朱音が、〝櫻井了子〟の肉体を抱き止めた。

 

「了子さん?了子さん!」

 

 響は意識を失った彼女の身体を擦り、名を叫び続けるのであった。

 

「了子さぁぁぁんッ!!!」

 

つづく。

 

 


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