GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

9 / 75
どんどん原作との話数が広がってまう。

原作:二話目のBパートの真ん中=GAMERA:六話目。

本来朱音の出自の方が異端なのに、それをブッ飛ばしてしまう響の○○な回です。

それと今回は試しに、次回予告を入れてみました。


#6 – 少女の歪み

「ガメ……ラ?」

 

 私の口から――かつての私の〝名〟が発せられた時、響は視線を立体モニターに表示された〝絵〟と私との間を行き交いさせて、その名――ガメラを無意識に呟いていた。

 この絵は私の記憶とイメージを元に描かれた〝自画像〟、鉛筆で描いたのをスキャナーでデータ化させたもの、イメージも入っているのは人間みたいに自分自身の〝鏡像〟を目にしたことがないから、己を目にするのは自然界ではとても珍しいことなのである。

 ガメラとしての生態上、時期によって容姿の差異は激しいのだが、ここは最も厳めしい頃の自分をチョイスした。目覚めたばかりの姿では少し愛嬌があり過ぎる。生体兵器としての自分の説明に、可愛さはネックだ。

 案の定、響にとっては理解が全く追いつかない域の話の濁流に、脳内の思考運動は目に見えて乱れている。

 シンフォギアの諸々の詳細な説明でさえ、ノイズに対抗できる点と起動するには歌声が必要であること以外はほとんど測りかねているので、私の出自までも直ぐに理解してほしいなんてことは酷な話だ。

 見れば風鳴翼も、意識的に組み上げていた〝すまし顔〟を崩して驚きを見せている。ノイズ殲滅に出動する以外は歌手業か学業で忙しい身なので、例のレポートを読んでいる時間などないことは容易に想像できた。

 ノイズ、古代文明の置き土産たる聖遺物、その聖遺物の一部から作られたシンフォギアで戦う日々と言う、人の営みから外れた〝経験〟を何度受けていても、根は良く言うと生真面目、棘のある方で言うと融通が利かない気質には、パラレルワールド――多次元宇宙と前世は飲み込みづらい話でもある。

 

「響、パラレルワールドと前世について、どれぐらい知ってる?」

「あ……えーと、パラレルなんちゃらなら………ちょっと前に偶々テレビのバラエティで見て、前世は弓美ちゃんが前にカラオケで歌ったセー○ームーンの設定を教えてくれたので……どうにか?」

 

 幸いなことに、普段の生活ではほとんど縁のない〝世界〟に対する耐性が、響にはある程度あったと言うことだ。

 二課の皆さんは、弦さんの部下って時点で問題なしだろう。

 

「改めて皆さまにもご説明致しますが、草凪朱音として生まれる以前の私は――こちらの地球とは別次元の世界の地球の、太平洋に存在していた大陸発祥の〝超古代文明〟が生み出した―――〝生きた聖遺物〟でありました」

 

 一億五千万年の眠りで、目覚めた頃には大半が失われていた〝超古代文明人〟としての数少ない記憶を抜き出して、私は語り始める。

 前もって文章と言う体裁は取ったけど、壮大な上に突拍子もない話でもあるので、自分の肉声による言葉での説明も、ある程度は必要だ。

 

「私にインプットされていた記憶が確かなら、その文明はバイオテクノロジーが驚異的に発達し、地球が球体であることは認識され、星そのものを〝神〟として敬い、心棒する宗教的概念が普及していました」

 

 現代にも現存する宗教と同様、その〝信仰〟にも〝宗派〟と言うものが存在し、当然〝原理主義〟、それすらも超える〝過激派〟と表せるシンパと言うものは存在した。

 次第に過激派たちは、自ら人間そのものを〝地球〟を侵す癌細胞だと憎悪するようになり、これ以上人の世が腐敗し星までもその煽りを受けさせまいとと言う考えを芽生えさせてしまった。

 

「その〝過激派〟たちが、バイオテクロノジーの粋を集めて作り上げたのが、災いの影―――ギャオス」

 

 もう一つモニターが出現し、そこには同じく私が描いた〝ギャオス〟の絵が表示された。

 イメージ混じりの自画像と違い、何度も何度も、嫌と言うほどその異形を目にしただけあり、ほぼ実物そのままを描くことができた。

 この場にいるほとんどは鳥なのか蝙蝠なのか、または翼竜なのか判別できない鋭角的で禍々しい異形に対し嫌悪感を露わにしている、特に女性陣――翼と友里さんら不快感を露骨に見せ、響も少なからず引いた様子が顔に出ていた。

 

「こいつらは見た目に違わず凶暴で、近くに生物が存在すれば見境なく捕食し、食料が無ければ躊躇いなく仲間同士で食い合い、口からは超音波で高層ビルさえ両断する超音波メスを発射する性質を有していますが……最も奴らを脅威たらんとしていたのは、遺伝子構造です、弦さん」

「ああ」

 

 ギャオスの全身像と切り替わる形で、同じく私が記憶を元に描いたギャオスの染色体が表示される。

 

「〝一対〟だけ? まさか……」

「えーと……中学の理科で習った染色体って確か、人間だと」

「二十三対、鶏は三十九、アマガエルで十一、自然界で一対だけと言うのは本来ありえないこと、しかもどの生物も進化の過程で遺伝情報には〝無駄〟が出てくるのですが、奴らのにはそれが全くないどころか、あらゆる生物の利点のみを掛け合わせた良いとこどりな………完全無欠の一対なわけです」

 

 古代人だった自分がこのギャオスの生態を聞かされた時の感情は、今でもはっきり覚えている。

 奴らに対する拒絶感、不快感、〝断じてこの異形を一匹たりとも生かしてはならない〟衝動が荒波の勢いで押し寄せただけでなく、それを作り上げてしまった人間たちにも、〝本当に同じ人間が作ったのか?〟と、思わされてしまった。

 

「この遺伝構造のお蔭で、ギャオスはどんな劣悪な環境下でも短期間で適応でき、しかも卵より孵化してから数日で翼長約15メートル、数週間で百五十メートルまで急成長できる上、性転換もできる上に単位生殖も可能、一度に卵を十個以上も産み落とし、成長した個体も同様のサイクルで繁殖していくので――」

「まさに………場合によってはノイズすらも凌駕しかねない、人類どころか地球全体の生態系にとっても害悪な〝特異災害〟ね」

 

 櫻井博士の発言は的を得ている。人間しか襲わないノイズと違い、ギャオスはあらゆる生物の命を見境なく食らうどころか………世界そのものを破壊してしまうと言ってもいい。

 決して広くはないメディカルルームの空気の重さが、ここにいる人間たちの感情に応じる形で、急速に増加していくのを私は感じ取る。

 奴らの本性を踏まえれば当然の感情………こんな〝生きた遺物〟がこの世界の地球の先史文明時代、つまり超古代にももし作られ――〝現代にもし蘇ったら?〟――そんな最悪の想像を過らせてしまうのは避けられない。

 

「そして、ギャオスに対抗すべく作られたのが前世の貴方――ガメラ」

「はい」

 

 無論、過激派たちの過激を通り越した破滅思想によって生まれたギャオスどもによる破滅の道を回避する為の打開策を講じた。

 それが最後の希望――ガメラ。

 地球の生命力――マナを力の源とする――〝守護神〟。

 身長約八十メートル、甲羅など亀に酷似しながら、二足歩行する体躯、口の両端に一際伸びた牙、シンフォギアの特性の一つよろしく、外見、体組織をより戦闘に適したものへと短期間で〝進化〟できる身体構造、血液の色は緑色。

 体内にはプラズマ変換炉を有し、あらゆる熱エネルギーをプラズマエネルギーに変換、貯蔵。

 四肢を引き込み、そこから火炎を放射することでジェット機の如く飛行可能。

 と言った、ガメラであったの自分の大まかな生態を述べていった。

 

「ガメラは――予め作られた甲殻の肉体に、マナを注入させることで生み出されました」

「マ……マナ?」

「メラネシアや太平洋諸島の宗教で根付いている、万物に宿る超自然的な力って意味なんだけど、私は地球の生命エネルギーそのものととして〝マナ〟と呼んでいる」

 

 しかし、弦さんたちへの説明では省いたけど、ガメラとしての〝私〟が生まれるまでの道のりは、前途多難で険しいものだったと、摩耗している記憶でも覚えている。

 ガメラの生成に携わった科学者たちは、多数のプロトタイプたる〝器〟を作り、マナを注入させたのが……失敗。実験体は全て、息吹を吹き込まれたと同時に、マナが器に定着し切れず拒絶反応を起こして死亡してしまったらしく、亡骸は海底に遺棄されたらしい。

 行き詰った科学者たちが次に打って出た手段は―――人間の魂を取り出し、マナと器の〝パイプ〟の役割を担わせようと言うものだった。

 科学者たちの中で誰がそんな〝非人道的〟なやり方を思いついてしまったのかは知らない………だがその頃には既にギャオスは大量繁殖し、人間の領域(テリトリー)どころか、地球全体の生態系まで侵略されていった終末そのものな時世もあり、手段など選んでもいられなかったのだろう。

 さすがに目星のついた者を拉致して強制とまではいかず、魂を献上する役となる人間は志願制の形で集められた。

 その中に、唯一の〝女性〟として………私もいた。

 

「だが結局、マナと定着できたガメラは君一人しか生まれず、しかもその頃には滅亡の一歩手前で間に合わなかった」

「ええ……だから次なる時代の為に、私は海の底で封印されました」

 

 そして、自分が見た現代の街の風景からして20世紀末頃の時代に、文明の発展と引き換えに積み重ねられた地球環境の破壊で、超古代に産み落とされていた耐久卵から新たなギャオスたちは生まれ………私もまた〝時のゆりかご〟から解き放たれた。

 

「私が覚えているガメラの記憶は、現状ここまでです」

 

 と、この場にいる面々にはそう言いはしたが、勿論嘘、20世紀末頃に覚醒して以降のガメラとしての記憶は全て、現代人としての私の脳にきっちり刻まれてしまっている。

 

 八年前の………あの夏の日の〝惨劇〟が齎した精神的苦痛――ショックによって。

 

 忘れるわけがない………幼き自分の目の前で、父と母が生きたまま炭となって崩れていき、同時に前世の記憶の奔流が一気に蘇ったあの〝瞬間〟を――鮮烈過ぎて、一欠けら分たりとも、忘れられない。

 胸の奥から、何度目かもしれない実体のない〝しこり〟がのしかかってきた。

 持前の勘と、前身が情報機関だった組織柄で〝あの日〟のことを調べ上げて把握していたからか………弦さんも二課の人たちも、私がいつ前世の記憶を〝持ってしまった〟かは、聞かなかった。

 響も、聞いてはいけない雰囲気を薄々察したのか黙したまま、明るく社交性溢れる一方で、少し周囲に流されやすい面もある子だけど、今回はその一面が彼女自身を助けたな。

 私も何の準備もなしに、〝あの日〟のことを知らせて心を痛ませたくはなかった………〝ガメラの戦い〟と同等に、刺激が強い上にデリケートな代物なのだから。

 

 ノイズどもに対する黒い感情がないと言えば嘘になってしまう………今でも私の胸の内には、〝哀しみ〟と一緒に、消しても消したくても消しきれない〝憎悪〟の火が未だに灯されている。

 

 紙の新聞、インターネットの記事、テレビのニュース番組の報道、メディアを問わず〝ノイズに関わる情報〟を集めて、ファイルに何冊も纏めていたのは………特異災害に対する〝備え〟の一環でもあったけど……その暗い〝炎〟を灯し続けたいが為でもあったと、今は自覚できている。

 それでも、ある時期の天羽奏のようにその〝衝動(ほのお)〟に駆られるまま仇討ちに走ったり、あの日シンフォギアを手にしたことで〝爆発〟しなかったのは………その先に待っているのは〝破滅〟しかないのだと………邪神にその情念を利用され、弄ばれた〝とある少女〟から教えられたからだろう。

 でなければ………地球は私に〝ガメラ〟を託したりはしない。

 ただでさえ………〝力〟そのものは恐れ、畏敬すべき存在であり、それを忘れれば使い手を心身ともに歪めてしまう危険を伴う………ましてやそれが地球そのものが由来となれば、それこそギャオスを生み出した連中と同じ――〝地球の意志の代行者〟――などと言う意識を植え付けられて暴走を引き起こしかねない。

 

 

 

 伝える情報を選り抜いても長くなってしまった前置きは終わり、ここからが〝本題〟だ。

 

「朱音君、例の〝勾玉〟を見せてくれないか?」

「はい」

 

 私は、制服の内側にしまっていたペンダント――勾玉を取り出して、弦さんたちに見せる。

 

「一昨日のあの日、こちらの地球のマナを浴びて、ガメラと同様の力を宿すシンフォギア――聖遺物となったのが、この勾玉です」

 

 私と〝あさぎ〟の心を繋げたそれによく似たこの勾玉は……まだ片手で歳を数えられる頃に、父と母から誕生日祝いにプレゼントされたものだ。

 現代ではお守りとしてよく使われているけど、こちらの世界での古代日本ではどういう用途でこの装身具が使われていたのかはまだ不明、どうしてこんな形状をし、何が由来となったかすら諸説あってはっきりしていない。

 ただ、父は勾玉を、神羅万象と交信する為のある種の〝通信機〟の役割があったのでは? と解釈していた。

 

「正確には、櫻井博士が開発したシンフォギアをモデルにした〝模造品〟ではありますが、歌で活性化されて起動、鎧と武具となり、ノイズをこちらの物理法則にねじ伏せて確実に殲滅できると言った使用法は、正規のものとほとんど変わりありません」

「君が使い方を知っていたのは?」

「〝地球〟から脳(ここ)に教えてもらったのです、これは〝歌〟で戦うものであると」

 

 自分の頭を指さして、そこに直接〝How to use〟の情報が送られたことを表現し、星そのものもまた生命であり、生きている以上そこに〝意志〟と言うものは存在していると、解説した。

 一方、確たる自我を持った私たち人間に比べると、その意志はあやふやで決して〝明確〟なものではない。

 もっと踏み込んだ表現をするなら、かの地球生まれのウ○トラマンみたいなもの、と言うか出自は私のシンフォギアと全く同じと断言してもいい。

 少なくとも、〝他愛ない雑談に興じれる相手ではないのは確か〟と、少しジョークも交えながら説明に加えておいた。

 少々笑いの琴線に触れたようで、友里さんと藤尭さんらオペレーター組から笑みが零れた。

 逆に風鳴翼は、こちらのユーモアに若干怪訝そうな顔になる……ちょっと真面目過ぎだと思うぞ、と突っ込みそうになった。多分〝相棒〟もそう言った苦言を何度も口にしていたと想像できる。

 

「なるほど、朝の君の〝説明書を読んだ〟って発言、あながち間違いではないってことか」

 

 脳内に表示された説明を読んだとも解釈できるので、私は今朝たまたまコ○ンドーの劇中の台詞と被った弦さんからの質問に対して『説明書を読んだのよ』と応えたのだ。

 

「ふ~~ん」

 

 半縁な眼鏡を隔てた櫻井博士の瞳が、濃密な好奇心に彩られて煌めくのを目にした。

 未知なるものに対する強い〝探究心〟は、やはり科学者と言ったところか、別にその心情そのものは否定はしない。

 父も母も、その探究心から考古学者となることを選んだわけでもあるし、〝人類の進歩〟の源でもあるのは疑いようがない。

 けれども……やはりどこか〝アダムとイヴを誑かした蛇〟を、博士のその眼差しから連想させられてしまう。

〝マッド〟と付くほど黒くはないと、自分の勘が確信していると言うのに。

 

「朱音ちゃ~ん、できればその勾玉、詳しく分析したいのだけれど、いいかしら?」

 

 一昨日の身体検査の依頼に続いて、誤解を招きかねない声音で博士はそう尋ねてきた。

 響もその時のことを思い出させられたらしく、少し引き気味に苦笑っている。

 

「お気持ちは分かりますが……どうも地球が用心として、私以外の者の〝歌〟にはたとえ適合者でも使えないようプロテクトらしきものが掛かっているみたいでして………解析はほとんど不可能かと」

「あら……それは残念」

 

 先程からある程度の〝嘘〟も交えながら発言をしている私だが、今のは本当、使い方をレクチャーされたあの時、人の言葉に翻訳すれば――『この力を扱えるのは私だけ』――となる情報も受信したのだ。

 人から見れば地球の意志はあやふやだと表したが、意外に悪用されないよう対策を講じるだけの強かさは持っていたりする。

 

「まあ、地球様が我がシンフォギアをモデルにしただけでも、良しとしましょう♪」

 

 こちらの予想に反して、櫻井博士は大人しく引っ込んでくれた。

 もうちょっとぐいぐい調べさせて押してくるものだとばかり考えていたので、内心ほっとしつつも若干拍子抜けてしまう。文明の産物でなく、地球そのものが生み出した〝聖遺物〟など、科学者にとっては喉から手が出る代物だからだ。

 とりあえずは、悪用されるリスクが一つ減ったと、安心させてもらうことにした。

 

「すまない響、長話に付き合わせた」

「気にしないで朱音ちゃん、あの……それで」

 

 ずっと聞き手のままでいるのもそろそろ窮屈になる頃合いだと思って、私からの説明はここでお開きにし、響へ彼女にとっての一番の疑問を弦さんたちに投げかける。

 

「朱音ちゃんのシンフォギアについては何とか分かりました………けど私には、聖遺物なんてものは持ってもいないし、地球から力を貰ったわけでもありません……なのにどうして」

「その原因は、身体検査の結果判明したわ、これを見て」

 

 陽気さと呑気が鳴りを潜め、真面目な物腰と声色になった櫻井博士がモニターに表示させたのは、胸部の骨と心臓が映し出されたレントゲン写真。

 心臓部には、何かの破片らしき小さな物体が、見る限り十個ほど付着している。

 

「この〝影〟が何なのか、君には分かるな?」

「はい、二年前のあの怪我です」

 

 彼女の言う二年前とは、最後となってしまったツヴァイウイングのコンサート中に起き、死者と行方不明者が一万二千八百七十四人も出るほどの大参事となったノイズらによる特異災害のことだ。

 その日ライブを見に来ており、突然の災厄を前に避難が出遅れてしまった響は、ギアを纏ったツヴァイウイングとノイズとの戦闘に巻き込まれ、重傷を負いながらも……九死に一生を得た。

 前に体育の授業前の着替えの際、丁度欠片のある位置の表皮に、音楽記号であるフォルテのfの字に似た傷痕を見たことがあるが………待てよ。

 私は、地球から送られた記録を引き出す………あの子のあの怪我は、天羽奏がノイズの猛攻から彼女を守っている時に………と言うことは――

 

「心臓付近に複雑に食い込んでいた為、手術でも摘出できなかったこの無数の破片、検査の結果……これはかつて奏ちゃんが身に纏っていたシンフォギア、第三号聖遺物――ガングニールの破片の一部であることが分かったの」

 

 そう言うことだったのか………あの時響を瀕死に追い込んだものの正体は、ノイズの攻撃を受けて破砕したアームドギアの一部………なら響がガングニールを纏った謎も解ける。

 

「奏ちゃんの………置き土産ね」

 

 何て………皮肉だろうか。

 

〝お願いだ! 目を開けてくれ! こんなところで死ぬんじゃねえ―――諦めるな!〟

 

 

 天羽奏の、声が枯れるのも構わず必死に叫ぶ声が、頭の中で反響する。

 掌に乗る勾玉――シンフォギアを、私は握りしめ、その右手を左手の指で包み込んだ。

 勾玉そのものの重みは、どちらかと言えば軽い方……でもこれに宿っている〝力〟は………とてつもなく重いものだ。

 私は、この重みも、その選択の先にある茨の道も、母さんたちをどれだけ悲しませることになるか、全て覚悟の上で、人のまま―――再び〝ガメラ〟となった。

 

 けど響は……選ぶ猶予すら与えられずに、〝人類の希望〟を背負ってしまうことになってしまった。

 無情なる事実を前に、歯が強く食いしばられる。

 

〝ありがとう……生きていてくれて〟

 

 禁忌の扉を開く直前に見せた、天羽奏の清らかで眩しい笑顔が、離れない。

〝憎しみ〟を乗り越えて、優しさと強さ、両方を持っていたあの人が、自分の命と引き換えに響を救ったのは、心から〝生きてほしい〟と願ったからであり………命を賭けてまでノイズとの死戦(たたかい)を送ることではなかったと言うのに。

 

 どうして………どうして運命と言う奴は、そんな〝因果〟この子とあの人の二人に、押し付けたんだ!

 

 いや………二人じゃなかった………彼女も入れて〝三人〟だ。

 

 片翼でもあった大切な相棒に先立たれてしまった歌姫―――風鳴翼。

 

 残酷な〝真実〟を突きつけられた彼女は、今にも咽び泣きそうに弱弱しく震えて、おぼつかない足取りでメディカルルームから出ていった。

 

 辛辣な言い方をすれば、響が遠因となって、天羽奏は命を散らしたのだ。

 その響が、彼女のと同じガングニールの装者になってしまった………穏やかでいられるわけがない。

 退室したのも、響を目にしていることで、精神的外傷(トラウマ)が彼女の意志と関係なく、疼いて暴れまわり、ここにいてはとても耐えられそうになかったたから。

〝戦場(せんじょう)〟では気丈に振る舞い、研ぎ澄まされた刃の如き佇まいで、鍛え抜いた剣腕を以てノイズたちを切り伏せていった彼女ではあるけど、本当は――

 

「あの……」

「どうした?」

「この力のこと、やっぱり誰かに話しちゃ、いけないんでしょうか?」

「響、そんなことをしたら、君と、君の大事な人たちの命が危ない、勿論未来も例外じゃない」

「え? 命って……」

「政府がシンフォギアをずっと隠し続けているは、その力が強すぎるからだ………それが露見してしまったら――」

 

 ノイズの猛威に晒されたこの地球で、現在唯一対抗できるシンフォギアを持っていると言うことは、ある意味で世界(にんげんしゃかい)を手中に収めるに等しい。

 その上この日本は憲法で、本来戦争行為も、武力も持ってはならない決まりになっている……自衛隊ですら未だグレーな立ち位置だと言うのに、シンフォギアの存在は、完全に憲法の条文に抵触してしまう。

 もしそんな兵器が明るみとなったら………同じく特異災害に悩まされている国家群が黙ってはいない。

 国によっては平気で内政干渉をけしかけてくるだろうし………ギアの生成技術と適合者を強引に手にしようと裏工作に打って出る可能性も高い、自分も無論、ターゲットの一人に入る。

 極めつけは、響の体質………適合者でなかった彼女が、偶然の不幸によるものとは言え、体内に聖遺物を埋め込まれたことで、後天的な〝装者〟になってしまった。

 こんなことが露見してしまえば………多感な年頃の少女を〝兵士〟に仕立て上げる悲劇だって、起こり得るかもしれない。

 世界の〝タガ〟は―――間違いなく外されてしまう。

 

「俺たちは、機密ではなく、人の命を守りたいからこそ、シンフォギアの存在を秘密にしてきた……その為にも、どうかこの力のことを、隠し通してはもらえないだろうか?」

「あなたに秘められた力は、それだけ大きなものでもあるの、響ちゃん」

 

 特異災害対策機動部が、必死になってシンフォギアの存在を秘密にしていたのは、つまるところ、そんな〝悲劇〟を起こさぬ為でもあるのだ。

 

「草凪朱音君、立花響君、日本政府、特異災害対策機動部二課として―――君たちには協力を要請したい」

 

 毅然とした物腰で弦さん、いや……風鳴司令は、私たちと正面から向かい合う形で、私たちに協力を求めてくる。

 だけど、その逞しく隆々な体躯と精悍な容貌の裏には、本来〝大人〟として守らなければならない〝子どもたち〟に、人類の存亡と命運を託して、戦場に送り出さなければならない〝現実〟に対し、無力さを噛みしめているのだと、私の目は見抜いてしまった。

 一体どれだけ、その非情な現実を突きつけられながら………シンフォギアの戦士である少女たちの、戦場に向かう〝背中〟を、目に焼き付けてきたのか……。

 

「どうか、君たちのシンフォギアの力を、対ノイズ戦に役立ててはくれないだろうか?」

 

 改めて――頼まれるまでもない。

 これ以上奴らの暴虐によって、生命が無慈悲に蹂躙され、私も味わったあの〝哀しみ〟で、人々を苦しませない為にも、風鳴司令たちが味わい続けさせられた苦しみに対し、少しでも報いる為にも、そして何より………〝誰もが心から歌える世界〟を取り戻す為にも、私は元より――〝戦う覚悟〟はとうにできている。

 

 だが………私は直ぐに自分の意志を表明することはできなかった。

 隣に立つ響の横顔から………不安を煽らせる〝胸のざわめき〟を、覚えたからだ。

 

「私の力で……誰かを………助けられるんですよね?」

 

 響の問いに、司令と博士は頷き、程なくして――

 

「分かりましたッ!」

 

 ――一昨日まで普通の学生であった筈の少女は、余りにも早く、余りにも躊躇せず………承諾の旨を明かした。

 目の当たりにした私の胸のざわめきはより強く、より酷くなっていく。

 

「朱音ちゃん! 一緒に頑張ろう! 翼さんと三人で」

「え?」

「あ、そうだ私! 翼さんにも挨拶してくる!」

「ひ――響! 待って!」

 

 私からの制止も利かず、響は慌ただしくその場から掛け出し、開かれたオートドアを走り抜けていった。

 正常に閉ざされたドアが、却ってこっちの不安を煽り立ててくる。

 

 どうして……なんだ?

 

 一度死にかけた筈なのに……ノイズがどれだけ恐ろしい存在か身に染みて知っている筈なのに……どうして……〝誰かの助けになる〟だけで、ああも簡単に、命を掛けられる?

 

 何があそこまで………生き急ぐようにあの子を駆り立てている?

 

 脳裏を渦巻く疑問に答えを見いだせない中………特機二課の本部中に、けたたましいサイレンが、鳴り響いた。

 

つづく。




次回予告

「なら、同じ装者同士、戦いましょうか?」

「俺は同士討ちさせる為に、あの子たちにシンフォギアを託したわけじゃない!」

「覚悟とか、構えろとか言われても………全然分かりませんよ!」

「そこの覚悟無き〝半端者〟より、貴方と戦う方が興じれそうだ………草凪朱音」

「どうして二人が戦わなきゃいけないのッ!」




「二度は言わない、二度と―――〝天羽奏の代わりになる〟などと言わないでくれ!」




次回、『不協和音』

となる筈が、ボリュームの関係上二話分に伸びる&嘘予告っぽい感じに。
一応上記の台詞は全部入ってるんですが(汗

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。