第一話
誇り高き女よ、山よりも高く! そなたの望みは常にかなう
『Enlil and Sud』―ウィキペディアから引用
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暖かい何かに包まれながら意識がゆっくりと覚醒していく。ふわふわとした意識の中でほのかなハーブの匂いが頭を駆け巡った。においにつられて頭の回転が速くなっていく。何かに包まれた感覚はベットに包まっているからだと分かった。
どうも…昨日は寝落ちしたみたいね。ベットで寝た記憶がまったくない。誰かがベットに私を運んできてくれたのかしら?人を招きいれた覚えはないし。私は一人暮らしだ。じゃあなに?誰かが私の家に入り込んで私を誘拐したの?でもこんな高級そうなベットにねかせるかしら?…わからない。混乱した私はとりあえずゆるゆるとまぶたを開けた。
そこはロココ様式の黄金の天蓋に包まれたベットの上だった。
寝室…としては大きい。20畳くらいかしら?広すぎてよくわからない。
周りを見るとすべて曲線を特徴とした白基調金縁の家具で囲まれていて、いかにも高そうな雰囲気をかもしだしている。
右側の腰くらいの高さのタンスの上には使用感のあるバッグとテディベアのような、それでいてさらに高級そうな熊のぬいぐるみが飾ってあった。左側の前のほうに化粧台らしきものの上には御伽噺に出てきそうな楕円状の鏡が壁がけされている。
見れば見るほど豪華でかわいくて私好みだ。こういう綺麗な家具って作れる素材も人もいないから買えないのよね。
最初は誘拐でもされたかと思ったけどどう見ても違う。白馬の王子様が迎えに来たとか、じつは狐に化かされてるとかのほうがしっくりくる。まあ、どれだろうとこんな貴重な体験、堪能しないほうがもったいないわ。
勢いをつけて思い切り横になる。最高級、という言葉がふさわしい余裕のあるはずみかたで、少し体が浮いた後、もう一度落ちてきた私の体をゆったりと包み込んだ。ふう…いいわぁ…ここにずっと住みたいなぁ。
しばらくぬくぬくした後ベットからはいでて見る。ふと気づいた。誰が着せたのか知らないけれどツルツルとシルクのような服を着ているみたい。心地よい感触を感じながら、自分の服装を確かめる。
どうやら私は真っ黒なドレスを着ているらしい。
ここだけゴシック調なのね。好きよ、そういうの。
上は真っ黒なコルセット、胸元と袖口にフリルをふんだんに使い袖口は二の腕くらいまで、そこから先はピッチリと腕にフィットした肌着と手袋で隠している。真っ黒な肌着のほうには銀色の糸がゆったりと纏わせている。
下は真っ黒な(スカート調のドレスという意味での)ペティコート、これでもかというくらいフリルをつけている。真っ黒なタイツと靴でまた隠している。
絶対に肌を見せないコーディネートだ。全ての衣類に銀色の刺繍とアクセサリ、過度な装飾が施されているから綺麗にまとまっている。
夜空をそのまま服にしたようなデザインだ。
…ものすごく見覚えのある服ね。それにこの部屋も。さっきは気いていなかったけれど、ここは私が『ユグドラシル』で使っていた部屋にそっくり…この服も同じデザイン。これって何億ぐらいするのかしら。
仮に私があのゲームをやっていたのがばれてこのようなことをされたとしても、愉快犯にしては金がかかりすぎている。とすると、私は寝落ちしたときにうっかりユグドラシルのカーソルを押してしまったのか。それもない。私は枕のにおいを感じ取れた。あのゲームににおいという要素はないのに。だからここは現実のはず。でもリアルの身長よりもだいぶ高いように感じる。…わからない。考えたところで結論は導きだせない。
現状の把握は進めておくべきね。
とりあえず、思いついたことからやってみる。指パッチンはできない。自分のにおいを嗅いで見ると植物性の香水の香りがした。視力はすごぶるいい。部屋の隅々まで見渡せる余裕がある。じゅうたんが敷いてあったから試しに触ってみると、毛の一本一本まで知覚できるようだった。髪の毛を触ってみると、まるで針のように硬い。引き抜いてみると、マツの葉っぱを70cmほどにした黒よりの紫色の髪だった。ただし、私のアバターだったらこの髪はマツの葉っぱじゃなくて、竜血樹という木にはえる、マツに似た葉っぱのはず。一束持ってよく見えるように目の前に持っていっても同じ。まるで昔からこうであるかのようだ。ここはゲームの中なのか、それとも現実なのか。どっちも危うくなってきたわね。ここは現実で、ゲームでもあるってところかしら。ありえない。でも、もしこれが本当なら、面白いことが起こっているってことだ。だれかに嵌められたにせよ。夢の中にせよ。楽しみたくなってきた。それにしても誰も来ないわね。来ても困るけど。
ゲームの中であるとしたら、この家具たちは私の作品なのね。タンスの近づいて、じっくりと見つめてみた。さすが私。私のいいところをちゃんと押してるわ。ロココ調の豪華できらびやかな特徴をしっかり抑えてる。
とっても綺麗…
つい衝動的に膝をついてほっぺたをタンスに擦り付けてしまった。
一通り部屋を回り隅々まで見た後、最後に残しておいた化粧台の前に立った。鏡に映る私の顔はリアルのものじゃない。キャラクリエイトに数日かけて作り上げた自慢のアバターがそこにあった。まるで白雪姫の魔女のような、妖艶な顔立ち、強い眼光。種族独特の磨き上げた木の光沢を持つ淡い紫色の肌、真っ赤な瞳。そして頬に蛇のようにとりつく青い紋様。なんて素敵なの。素晴らしい出来栄えに5分ほどうっとりと顔を見つめた。ふと思いつく、あのセリフを言ってみてもいいかしら?一度言ってみたかったの。強い好奇心を持ちながら鏡に問いかける
誰よりも傲慢に、世界の全てが自分のものであるかのように高飛車に。
「鏡よ鏡。世界で一番美しいのはだぁれ」
「それはもちろんあなた様でございます。ニンフルサグ様」
わお!びっくりしたー。まさか返事が来るなんて…
なんとか驚きの表情を隠し、いぶかしげに鏡の中の男を見た。
すると、白い燕尾服姿の執事風の男はうさんくさい笑顔を浮かべながらにこやかに言った。
「おはようございます。お早いお目覚めですね。ご夕食の用意を致しますか?」
私を様づけした所からこいつは私の部下なのだろう。たしか執事役として創ったNPCと同じ格好だ。とりあえず今は話を合わせるしかない。演技には自信があるし、即興もできるけど考えながらやるのはむずかしい。どこかでぼろが出てしまうだろう。
「ええ…20分後に食卓で食べるわ。」
「かしこまりました。ではご到着しだい、手鏡越しに一声お掛けください。すぐにできたてをご用意いたします。ご息女もお呼びしたほうがよろしいでしょうか。」
「…そうね」
「それではお待ちしております。」
一礼すると男は鏡の奥へと消えていった。
…ふう。とりあえずこんなもんかしら。こう、不意打ちでくると対応しづらいわ。色々対策を立てましょう。
まず、この世界はゲームがそのまま現実になってしまった世界ってことにしましょう。それを踏まえたうえで私が何を出来るか考える。
左手をさっと振ってコンソールを出してみる。…いつまでたっても出ない。次。
髪に意識を集中する、するとまるで意識があるように動き出した。髪の一本一本を自在に動かせるみたい。一年前はここまで精密には動かせなかった。じゃあどれくらいまで持てるの?髪を腕ほどの太さに束ね、それを数本作る。それを動かしてぬいぐるみ、花瓶、ベット、少しずつ重いものを持ってみた。最後のベットも難なく持ち上げられた。
右手を動かしてアイテムを取り出してみる。空中に手がもぐりこみ、化粧品を取り出せた。使うという意思を見せると独りでに動いてメイクアップをした。どうもかなり細かく命令できるようね。数時間分の化粧が一瞬で出来たわ。
化粧品をしまい、右手を自分にかざし呪文を唱える。
周りに淡い緑色の光が輝き、やがて消えた。とりあえずは機能するみたいね。
気になることは一通り試した。結果は良好かしら。少なくともすぐにやられることは無いだろう。
結論、この世界はゲームで同時に現実でもある。動揺する時間もおしいから無理やり納得する。
さっきの執事も映像ではないのでしょう。
最後に自分の種族を詳しく思い出す。食事をするならカルチャーショックは避けなくちゃいけないわ。
私の種族は主に
ドライアードというのは長く生きた樹木に宿る精霊のことだ。本体からは離れることは無く、もしも離れたり、本体の木が死んでしまうとドライアードも消えてしまう。人間には非干渉的だけど、気に入った人間は誘惑し、本体に取り込んでしまう習性がある。数十年,下手すると数百年間、囚われたままの姿で生きたまま保存されるらしい。
ユグドラシルではおおよそ今のとおりの設定だけど、プレイヤーは特別自由に動ける個体という位置づけだった。主に誘惑系、ドルイド系の魔法を覚え、効果範囲も強化でき、付属の触手が使い勝手のよいものだったけど、魔法において人間種の
ドライアードの最上位種、クリフォトは種族ではなく概念に近い。
元ネタのユダヤ教神秘主義思想カバラでは、存在しない悪の世界の考察としての役割を持っている。カバラとは人智の及ばない不思議なことを探求する思想だ。存在する…物質を司る
根源的な疑問はこれだ。
なぜ神は悪徳をつくりたもうたのか。善と悪の知識の実はなぜ悪の側面を持っているのか。なぜリリスというものを創ったのか。悪魔を創ったのか。その理由を探っていき考察し、体系化したのがこのクリフォトというわけ。天地創造の際の事故だったとか、他の神話から拝借したためだとか。宗教的なものや、倫理的、現実的なものまで様々な考察がされている。個人的には、思想体系だから考察はそれこそ人の数だけあってこれが正しい答えだ、というのは無いと思っている。
これに対してユグドラシルでは別の位置づけがされている。長い年月を経たドライアードは『ユグドラシル』本体の子、
ユグドラシルの(微妙といわれている)メインストーリーでは、『ユグドラシル』を救おうとしたドライアードがセフィロトになる儀式をする際にラスボスである『九曜の世界喰い』が介入。ドライアードはクリフォトとなりプレイヤーに襲い掛かってくる、という展開があり、その衝撃と共にかなり有名な種族になっている。毒の霧や腐敗する沼などいやらしい地形を作り出し、周りのものを溶解するため、出現するととても嫌がられた。
こんなものね。
ドライアードって一体何をたべるのかしら。太陽光?月光?それとも肥料とか?最悪人間ってこともありそうだ。覚悟はしておきましょう。それに私の娘、という設定、は好意的では無いはずね。何も説明しないで、一年間も家を空けてた母親帰ってきたとして、暖かく迎える子供よりまず殴りかかる方が多いだろう。修羅場になりそうだ。けれど、ここで一緒に夕食を食べなかったらどうなるかわからない。
けれどそれくらいは乗り越えて見せるわ。私は娘をモキュモキュしたいの。モキュモキュしたいの。
本職はアイドルなのよ?絶対にハートを鷲づかみにしてみせるわ。
足取り軽く、自信たっぷりに歩き出した。
主人公、ニンフルサグの顔は白雪姫の魔女で思いつく人は分かると思います。削除されるので明記できませんが…
ものすごく美しいですが怖くもあります。ヒントは白い雪。服装は参考にしていません。顔色も違います。
リアルの彼女はピッチピチの18歳です。外見は。
ちなみにニンフルサグが抜き取った髪の毛は執事が大切に保管しました。