真剣で私に恋しなさい! ~Junk Student~   作:りせっと

12 / 31
10話 ~国吉灯、参加する~

 土曜日。普段だったら川神学園は休日で学園に向かう生徒たちは部活動がある者だけだろう。だが本日、正確に言うと今回の土曜日は生徒全員が登校している。

 

 

 

 

 

 本日は川神学園の行事イベントの1つである球技大会が行われる。

 

 川神学園は年に1度このような運動行事がある。毎年通常体育祭、球技大会、水上体育祭の3種類の中からどれかが選ばれる。今回は学長が行なったダーツの結果、球技大会に決まった。内容はバスケットボールやバレーボール、サッカーもなどのメジャーなスポーツが主だが、異色なスポーツもあったりする。セパタクローとか誰がやんのかと言った話だが。それ以外にもこの川神学園でしか行われない球技もある。

 

 ちなみに3種類の中で最も人気が高いのは水上体育祭だ。なぜならば豪華な景品は沢山でるし、皆が水着になって動き回るから。岳人とヨンパチ等の男子諸君は女子の水着が堂々と見るチャンスだ! と水上体育祭になることを望んでいたのだが、その野望は叶わなかった。当然男子皆は肩を落とすことになった。その落ち込んでる中にダーツを投げた学長本人もいる。

 

 

 

 

 

 それでも、球技大会を待ちわびたぜ! と言わんばかりに数多くの生徒たちはいつもよりも高いテンションで登校していた。キャップ何かがその例だろう、普段勉強しない&お祭り事大好きな彼はいつもより早起きしてこの球技大会に備えた。新しいシューズも買って準備は万端である。実際にヒーロー気質な彼は活躍すること間違いなしだろう。

 

 武士の末裔が多い川神には運動が得意な者が多数いる。これが本日テンションが高い生徒が多い理由であり、更に言うならば普段から戦闘が盛んに行われる理由でもある。

 

 勿論運動が得意じゃない者だっている。例としては諸岡辺りだろうか。その生徒らは若干足取り重く学園に向かったのだが、それでも楽しもうという気持ちを持つ者が多いのだろう。登校時には笑顔を浮かべている生徒がほとんどだった。

 

 

 

 

 

 そんな一大行事が行われる中、国吉灯は何をしているかと言うと――

 

 

 

「…………11時か……」

 

 

 

 何時も通り、盛大に寝坊をカマしていた。寝癖が目立ち、目も半分ほどしか開いていない。どこまでもブレない男なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい兄ちゃん、今日学園で何か行事あるんじゃないのかい? こんなとこいていいの?」

 

 

 

 灯は起きて特に急ぐわけでもなく、マイペースに準備した後学園に向かおうと思ったのだが「……腹減ったな」と空腹を覚えたので目的地に向かう前に腹ごしらえをすることに決めた。

 

 

 

 

 

 腹を満たす場所は御用達である梅屋。目の前には豚丼の大盛りが置かれている。

 

 この豚丼を作った男、”釈迦堂刑部”は灯が川神学園の生徒であることを知っている。だから梅屋で呑気に飯を食べようとしていることが少し気になったのだ。

 

 

 

「いちゃダメだな、だけど寝坊しちゃったし腹減ったから仕方ないでしょ」

 

 

「なんでこんな日に寝坊すんだか」

 

 

「昨日ナンパした女の子と紳士タイムになったから寝坊したのは必然だったかもしれん」

 

 

「ちゃんと避妊したのか」

 

 

「そこは抜かりない」

 

 

 

 備え付いてある割り箸を割りながら釈迦堂の問いに答える。とても梅屋でするような会話内容ではないがあいにく客は灯1人だけ、当人たち以外に聞かれることもないので気を使う必要がない。

 

 

 

 

 

 灯と釈迦堂の出会いは半年程前になる。今でこそ梅屋で働いている釈迦堂だが、当時は定職に就くこともなくやりたいことだけをやってフラフラしていた。そんな中、梅屋で灯の姿を初めて見つける。そこで灯の強さに目をつけたことが知り合った切っ掛けだった。

 

 

 

 

 

 釈迦堂は元川神院師範代だ。修行不足等で現役の時よりも実力は落ちてこそいるが、百代や鉄心と同じように相手を見ただけでおおよその戦闘能力を見抜くことが出来る。そこでこの男は自分と同じくらい……いやそれ以上? と感じ取る。この小僧…おもしれェっ、そう思い興味本位で声をかけた。

 

 この相手を強制的に戦闘体制を取らすような挑発じみた挨拶に当初は一発触発、とても一般人は近づけないような空気をお互いに出すという最悪な出会いをした。2人共豚丼を食べながらも売り言葉に買い言葉、その時にいた店員は気絶してもおかしくはなかった。

 

 

 

 

 

 だが今ではそんな空気を出すことなく度々梅屋で飯を共にしている。どこか似ている……オブラートに包み隠さず言うならばダメ人間同士、仲良くなるには対して時間もいらなかった。今ではたまに飲みに行ったりする程だ……割り勘でだが。

 

 

 

「これ食べたら寄り道せずに向かうさ」

 

 

 

 ちなみに先ほどから灯のスマートフォンが鳴り続けている。着信履歴が大和、大和、ワン子、岳人、クリス、委員長、小笠原、ワン子、クリス、諸岡、とクラスメイトからの早く来いよコノヤローと言わんばかりだ。

 

 だが着信には出ない。出たところで早く来いと催促を喰らうだけ、ゆっくり昼食を食べることが出来なくなるから。クリス何かは球技大会に関係ないことも含めて電話越しでも色々言われることは目に見えている。怒られるのは1回だけで充分だ。

 

 

 

 

 

 2年F組で最も運動神経が良く、戦力として期待されていたのは灯だ。だからこそ球技大会前日も遅刻だけは絶対すんなよ! と皆から強く言われていたのだが、結果はご覧の通りである。

 

 

 

「しっかし毎回思うんだが、死ぬほど梅屋の店員の服装が似合わねぇな」

 

 

 

 釈迦堂のプー太郎時代を知っている灯からすれば、この男が真面目に働いていること自体が驚きなのだ。

 

 

 

 

 

 元川神院の師範代だ、仕事なんかは探せば沢山あるだろう。だが釈迦堂という男は自分がやりたいと思うことしか続けない。護衛の仕事とか引き受けても護衛の対象が気に入らない奴なら仕事ほっぽって帰ると、本人は言っている。やりたくないことはやらないと言う点は灯と似通っている。

 

 

 

 

 

 そんな釈迦堂が今、真面目に働いているのだ。灯が何時も通り梅屋に入って席に座ろうとしたら「らっしゃい!」と威勢のいい声をだして梅屋店員の服装を着た釈迦堂が立っていた。その時の灯は人生で1番間抜けな顔をしていただろう。あの釈迦堂が働いているだと……っ!? と絶句した。

 

 

 

「うっせぇなぁ。いいんだよ、これが俺の天職なんだから」

 

 

「賄い食えるから居座ってるだけだろ?」

 

 

 

 釈迦堂が梅屋で働き続けている理由は1つだ。賄いを食べることが出来るから。単純な理由だが、この男が今までない程しっかり働いているのはこの賄いの存在が大きい。

 

 

 

「好きなものほど好きになれっ言うじゃん? それそれ」

 

 

 

 働いてお金がもらえて、賄いである豚丼が通常よりも安い値段で食べられて、釈迦堂が自分で言った通りに梅屋は天職なのだろう。

 

 

 

「釈迦堂のおっさん見てるとその通りだと思わざる得ない」

 

 

 

 会話が続いている中でも灯の箸は止まってはいない。豚丼の大盛りを10分足らずで食べきり伝票を持ってレジヘと向かう。食べたあとは当然学園に向かう……それを考えた時、灯の足が止まった。

 

 

 

「どうした?」

 

 

「この後皆から色々言われると思うと……な、軽くめんどくなってきた」

 

 

「俺が言うのもなんだがちったぁ真面目にしたらどうだ?」

 

 

「自分が真面目に働いているからって似合わんこと言うな」

 

 

 

 会計ピッタリの小銭を釈迦堂に手渡し、レシートと受け取らずに梅屋をあとにする。灯は今度こそ寄り道せずに学園へと向かう……その学園に向かう足取りは少し重いような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直江大和は悩んでいた。この状況を打破するにはどうすればよいか? 最善の手を打つにはどのような指示を出せばいいのか?

 

 

 

 

 

 現在2年F組は”川神ボ-ル”にて、2年S組と対決している。義経たちが編入して来てある程度S組との確執は取り払われたが、それでも問題児が多々所属しているF組をS組の生徒たちは見下してくることが多い。そのお高く止まった奴らを見返してやる! と意気込んでF組はこの競技に臨んだ。

 

 だがS組は大和たちが想像していたよりも遥かに強かった。勉学も然ることながら運動能力……川神ボールにおいては戦闘力も必要だろう、それらをS組の生徒たちは持ち合わせていた。

 

 

 

 

 

 ここで川神ボールにおいて少し説明しておこう。

 

 川神ボールは野球をベースとして作成された競技だ。大部分のルールは野球とほぼ一緒だが最大の違いは守備側はボールを持っていれば走者に攻撃してよいという事だ。当然走者もボールを持った者に反撃していい。武道が盛んな川神らしいルールが追加されている。後の大きな違いは9回まで行われている訳ではなく、サッカーみたく時間制限があると言うことぐらいだろう。

 

 

 

 

 

 このルールを頭の中に入れてS組のメンツを見てみよう。野球が最も得意である九鬼英雄。その付き人であるあずみだって相当な戦力。運動能力、戦闘力共に高い能力を誇るマルギッテに不死川心、源氏トリオに井上準に榊原小雪。運動では役に立たないがS組のブレインである葵冬馬。

 

 はっきり言って非の打ち所が見つからない。狙うのであれば葵のところだがそれはS組も理解している。当然葵をカバーするシフトを組んできた。

 

 

 

 

 

 その結果4-1で負けている。むしろここまで4点で抑えてきたことを褒めるべきだろう。

 

 

 

 

 

 だが勝負は最後まで何が起こるかわからない。今F組は最大のチャンスを迎えていた。2アウトながらも満塁だ。追いつくならここしかない、ここで追いつかなかったらどこで追いつくんだと言わんばかりの状況。

 

 この最大の好機をどうやって掴み取るかを大和は悩み続けている。この場面でバッターは大和本人なのだ。自分はワン子やクリスほどの運動神経を持ち合わせていない。凡退してしまう可能性が極めて高い。だがここで相手ピッチャーのマルギッテを完璧に打ち崩せそうなバッターはいない。なので代打を出しても無駄……だが自分が行っていいものなのか? その回答を見つけるため頭を回転させている。

 

 

 

「どうするんだ軍師? 時間もなくなってしまうぞ」

 

 

 

 クラスメイトである大串が決断を出せと急かす。切り札で出てくれと頼んでいたF組担任の小島は既に使ってしまった。現在2塁にいて大和をジッと見ている。小島もどのようだ判断を出すのか気になっているようだ。

 

 

 

「大和……頑張って!」

 

 

「やるしかないだろう、大和?」

 

 

 

 ワン子とクリスが大和に発破をかける。

 

 

 

「……そうだな、行くしかない…か」

 

 

 

 考えた結果、そしてクラスメイトたちの声を聞いて大和は自分がバッターボックスに立つことを決意する。ベンチに置いてあった近くの金属バットを力強く握り打席へと向かう。自分は打てる、と鼓舞するかのように。

 

 

 

「大和くん本人が出てきたねん」

 

 

「F組にはもうマルギッテを打ち崩せる代打はいないからな、代打を出しても意味がないって考えたんだろう」

 

 

 

 解説役を引き受けた燕と百代も真剣な顔つきで打席へと向かう大和を見つめる。ここで追いつかなければF組の負けは決まってしまう。それを2人は理解している、見る方も力が入ってしまうものだ。

 

 

 

 

 

 だが――この緊張した場面に似合わない声がグラウンドに届いた。

 

 

 

「おーおー、盛り上がっているじゃん」

 

 

 

 国吉灯、漸く球技大会に参加。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさに救世主。ナイスタイミングとしか言い様がない。この最も大事な場面でF組最強のバッターがやってきた。

 

 S組もそれを理解しているのか、キャッチャーである英雄は灯を見つめながら眉間に皺を寄せた。なんと厄介な奴が来てしまったのだろうと。

 

 

 

 

 

 しかし……F組の皆は灯を歓迎したいが素直には出来ない。なぜならば――

 

 

 

「テメェ!! 何堂々と遅刻してんだよ!!」

 

 

 

 岳人が言う通り、遅刻したからである。しかも全く反省の色を見せていない。

 

 

 

「昨日あれだけ言ったのに……」

 

 

「国吉灯! お前という奴は!!」

 

 

 

 クリスが灯に近づき胸ぐらを掴む。この大事な行事に遅刻した灯がいつも以上に許せないらしい。それは灯もわかっているのか、いつものように逃走はせずに掴まれた瞬間両手を上げてクリスを落ち着かせようとする。

 

 

 

「落ち着けお嬢……! 遅刻した理由にはちゃんと訳があるんだ」

 

 

「訳?」

 

 

「あぁ、昨日ナンパした女の子としっぽりしていたらいつの間にこの時間にな……」

 

 

「「死ね」」

 

 

 

 灯のどうしようもない理由にクリス……じゃなくて岳人とヨンパチが怒る。それはもう怒る。2人共目で人を殺せそうな視線を灯に送る。だが灯は妬みの視線よりも目の前の騎士様を何とかすることで頭が一杯だ。こんな理由でクリスが納得するはずがない。更に胸元を掴む力が強くなる。

 

 

 

「まぁ落ち着けクリス」

 

 

 

 大和がこの場を収めるためにクリスをなだめる。まだまだ言いたいことが沢山あったのだろう、だが状況が状況だ。時間がないのを理解しているので渋々胸ぐらを掴んでいた手を離す。

 

 

 

「灯、分かってるだろうな?」

 

 

 

 大和とて遅刻した灯に言いたいことは沢山ある。だがそれよりも優先するべきことがある。大和が灯にバットを渡す。先ほどまでは自分が打席に立つ気でいたが、自分よりも適任な奴が現れた。それは灯も分かってることだろう。

 

 バットを受け取ると緊張した様子もなく軽い足取りで打席に向かう。

 

 

 

「まぁ任せておけって。遅刻したことチャラにさせてみせるわ」

 

 

「灯ー!! ここで打たないと後がひどいぞぉ!!」

 

 

「灯くん!! やっちゃって!!」

 

 

「国吉ーー!! 分かっているだろうな…ッ!」

 

 

 

 皆から激励が飛んでくる。ただ小島のは激励ではなく脅しのような気もするが。

 

 

 

「ここでF組は灯くんを代打に送るみたいね」

 

 

「当然の采配だな。逆にS組は厳しくなったんじゃないか?」

 

 

 

 燕はまだしも百代は灯の実力をある程度理解している。S組に取って今の場面で最も回ってきて欲しくないバッターがやって来てしまった。

 

 

 

 

 

 灯はグラウンドを見る。すると――律儀にもブルマを履いたマルギッテがマウンドに立っていた。

 

 

 

「ふっ……!」

 

 

 

 灯は思わず顔を逸らしてしまう。肩が小刻みに揺れているのを見ると笑いを堪えているようだ。

 

 

 

「な! 何を笑っているのですか!?」

 

 

 

 灯が顔を逸らして笑っている理由は分かっている。だがそれでも口に出てしまった。顔を赤くしながら灯に問い立てる。

 

 

 

「だって……21歳がブルマ履いて堂々と立っているんだぜ? これは面白いだろう……ッ!」

 

 

 

 灯は若干半笑いのまま再度グラウンドに顔を向けマルギッテを見る。

 

 マルギッテは非常にスタイルが良い。出るとこは出て引っ込んでいるとこはしっかり引っ込んでいる。その成熟されたボディに体操服、ブルマはあまりにも不自然だった。もうとても純情な少年たちには見せられないような格好である。若干ブルマが食い込んでいるのが特にそう思わせた。

 

 

 

「何かもう……イメクラだよな?」

 

 

「…………!?」

 

 

 

 灯の一言にマルギッテの顔が恥ずかしさと怒りで更に赤くなる。赤面とはこのことを言うのだろう。思わず握られている野球ボールを握りつぶしそうな勢いだ。

 

 

 

「なんでマルギッテが私たちと同じ体操着を着ているのか気になっていたんだけど……灯が原因だったのか」

 

 

「おう、俺が賭場で勝ったんだ」

 

 

 

 弁慶は今朝からなぜプライド高い彼女がブルマなんて履いているのかが気になっていた。が、今その疑問は解決した。かわいそうに……そんな目でマルギッテを見ている。

 

 

 

「国吉灯!!!! 早く打席に立ちなさい!!!!」

 

 

 

 羞恥心に耐えられなくなったのか、早くゲームを再開させるようにと灯を促す。それと同時に付けていた眼帯を引きちぎるようにして外す。この男相手に手加減してられない否、出来ない。

 

 

 

「おぉ怖ぇ怖ぇ」

 

 

 

 そう言いながらも全く怯えてない様子、何時も通りの飄々した雰囲気でバッターボックスに入る。

 

 

 

「さ、来いよイメクラ嬢」

 

 

 

 右打席に立つ。左手でバットを持ち、先端をマルギッテに向け手首でバットを上下にクイックイッっと動かし1つ挑発を入れる。

 

 プライド高くて、現在怒りと羞恥心で満ち溢れている彼女がこの挑発に乗らないわけがない。歯を思いっきり食いしばり、まるで往年の敵を目の前にしたかのように敵対心を向ける。

 

 

 

(落ち着けマルギッテ)

 

 

 

 英雄がサインでマルギッテを冷静にさせようとする。このままだと灯にブラッシュボール……頭部目掛けて投球しそうなので是が非でも落ち着いてもらいたい。

 

 

 

(……ッ!)

 

 

(挑発に乗っては相手の思うツボだ)

 

 

(……そう…………ですね)

 

 

 

 マルギッテは1つ深呼吸する。目の前の男が憎い。自分にこんな格好をさせた挙句、それを全力で馬鹿にする灯を許すわけにはいかない。だがここで乱闘なんて起こしては試合が台無し、最悪学長の介入だってある。それはダメだ。勝つならば灯を抑えるしかない。そうすればS組の勝ち、自分の勝ちは確定だ。

 

 

 

(初球は?)

 

 

(外角低めのストレートだ。外れてもいい、思いっきり投げろ)

 

 

 

 英雄の指示に従い1つ頷く。その後セットポジションに移行し全力で投げる。ボールは英雄のミットに心地よい音を立てて納まる。

 

 

 

「ストライーク!!」

 

 

 

 審判の声が響き渡る。外角低めギリギリ一杯のストライク。

 

 

 

「ねぇ、マルの球。速くなってない?」

 

 

「……眼帯外したしあれだけ灯にいじられたら怒ってアドレナリン出るしなぁ……」

 

 

「おいおい……灯の奴大丈夫かよ?」

 

 

 

 ワン子の言う通り、マルギッテの球速は先ほどよりも上がっている。心なしかストレートのキレも上がっているように見える。有に145キロは出ているだろう。充分プロで通用する実力。これも(国吉灯……殺す!!)この気持ちが心を占めているから成せることだろう。

 

 

 

「今日1番のボールを投げてきたね」

 

 

「ここを押さえれば時間の関係上でS組の勝利がほぼ確定。全力で投げるのは当然だ。ただマルギッテにはそれ以外の理由も混じって投げてるな……」

 

 

 

 燕と百代、2人が見ても今のボールはピカイチだ。簡単には打てないだろう、そう思わせる一球だ。

 

 

 

 

 

 ただ灯はそのストレートに驚いた様子もなく悠々と見送った。タイミングを図っているだけか? それとも1球目は見逃すと決めていたのか? ともかく慌てた雰囲気は一切見えない。

 

 

 

(うむ!! いい球だ!!)

 

 

 

 ミットに入ってくる重い球が非常に心地よく感じる。これならばこの男だろうと抑えられる、そう思わせるような投球。

 

 

 

(次は?)

 

 

(今のストレートなら早々打たれないだろう、次は内角低めにストレートだ。当てるなよ?)

 

 

(了解です)

 

 

 

 サインをしっかりと確認し、再度セットポジションからミット目掛けて全力で投げる。その球は先ほどよりも更に速くなっている、150キロ出ているんじゃないか。

 

 

 

 

 

 そのストレートを――

 

 

 

 

 

「ハァッ!」

 

 

 

 灯は全力でフルスイング。野球の専門家が見たら非常にバランスが取れていない、力任せのスイング……それでもボールが拉げ、金属音がグラウンドに響き渡る――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え!?」

 

 

 

 ショートを守っていた義経は思わず声を上げた。自分の右側に何かが通った気がする、いや紛れもなく通った。それは何か? この場に置いて通るものはボールぐらいしか考えようがない。通ったのはまだ分かる。だがその通ったスピードが問題なのだ。あの義経が反応出来ないほどの打球速度。それが義経の右を通り左中間を真っ二つに割る。

 

 

 

「打ったー!! これは物凄い打球だ!」

 

 

「これは快心の当たりだー!!(凄い速度……どれだけの力でスイングしたんだろ……)」

 

 

 

 解説の百代は思わずテンションが上がった。この最高の場面で灯は見事結果を出したのだ。しかも自分ですら一瞬ボールの行方を見失ってしまった程の打球。つくづくあの男は自分を楽しませてくれる、そう思うしかない。

 

 同じく解説の燕も最大の好機にヒットが出たことにテンションが上がるが、心の中では灯の筋力に驚きつつ冷静に状況を見る。

 

 

 

「回れ回れ!」

 

 

 

 3塁ランナーだった源がホームに帰ってきて他2人のランナーに聞こえるように声を張り上げる。

 

 2塁ランナーの小島、そして1塁ランナーの京がホームに生還する。これで同点。F組ベンチは大いに湧いた。皆がベンチから立ち上がり源と同じく声を張り上げる。

 

 現在打った本人は3塁へ向かおうとしている。京が生還したことを確認すると更にスピードを上げる。まだボールはこちらにこない、これならランニングホームランも狙えるだろう。

 

 

 

 

 

 だが左中間を割ったボールを取ったのは――那須与一。

 

 

 

「は! これ以上はやらせねぇ…よ!!」

 

 

 

 与一がボールを取った時、灯は3塁へ到達しようとしていた。あの様子だと本塁を狙うだろうと与一は考える、だがそれはさせない。正直弁慶に無理やり参加させられた球技大会、この川神ボールだったがここで逆転されて終わるのは正直気分が悪い。だからこそ……本塁到達は阻止する!

 

 与一がキャッチャーである英雄目掛けてボールを投げる。思いっきり肩をぶん回しての送球はレーザービームを産み出し一筋の矢になった。

 

 

 

「ちょ!? 与一くんすご!!」

 

 

 

 ワン子がそのレーザービームを見て驚く。

 

 

 

「大丈夫だ! ボールの到達が早くても灯ならキャッチャーをぶっ飛ばせる!」

 

 

 

 ワン子とは対照的に大和はこの状況を冷静に見る。与一の送球は確かに早い。それに真っ直ぐ英雄のところに向かっている。が、それでもこれは川神ボール。ボールが先に届いたとしてもまだ終わりじゃない。ましてやランナーは灯、F組最強の男だ。英雄が相手なら勝てるはず。

 

 

 

「ちぃッ! ……英雄様!!」

 

 

 

 あずみもそのことに気がついているのか英雄の代わりに送球を受け取り自分が灯の相手をしようとする。だがそのあずみよりも早くボールを受け取ったものがいた。

 

 

 

「九鬼!! ここは私がやる!!」

 

 

 

 マルギッテだ。英雄の前に立ちふさがり強引に与一からの送球を受け取る。灯は丁度3塁とホームの真ん中辺りにいる。送球は間に合った。ここからが川神ボールの本領発揮、本当の勝負になる。

 

 

 

「おーっと! ここで灯VSマルギッテ!」

 

 

「マルギッテの一撃を灯くんがどう捌くか? これで勝負が決まるね」

 

 

 

 マルギッテが灯に体を向け、獰猛な笑みを浮かべながら戦闘体制を取る。この状況でなら問題なく戦うことが出来る。そして灯も逃げることが出来ない。彼女にとってこのような笑みが浮かんでくるのは仕方ないことだった。

 

 それに対する灯は焦る様子は全く見られない。スピードを緩めることなくホームへと激走する。

 

 

 

「Hasen! Jagt!!」

 

 

 

 先手はマルギッテ。走ってくる灯目掛けて、グラブをはめてない右手で全力のボディブローを放つ。そしてそれが……綺麗に決まる。

 

 

 

「おいおいもろに直撃だぜ!?」

 

 

「灯!!」

 

 

 

 岳人とクリスがクリーンヒットしたことに動揺が出る。あのマルギッテが本気で放ったボディブローを喰らったらいくら灯でもヤバイ、そう思ってるのだろう。

 

 当然S組もそう思った。あれは完璧に入った、灯は倒れてタッチアウト。時間も時間だし、これで試合終了だ。F組がS組に負けるはずがない! と再度見下そうと考えた者もいただろう。

 

 

 

 

 

 だが――

 

 

 

「フン!」

 

 

 

 灯は倒れなかった、いや怯みもしなかった。あれだけ綺麗に入ったのに顔も歪めず堂々としている。

 

 今のマルギッテのボディブローは熊をも倒すような一撃だった。勿論手加減なんかするはずがない。なのになぜこの男は倒れない? なぜ怯みもしないんだ? どんな体をしているのだ? マルギッテはホンの一瞬混乱してしまう。

 

 その一瞬を容赦無く突く。今度はこちらの番だと言わんばかりに、自分の腹にマルギッテの拳が入っているのなんか気にせずに同じく腹めがけて正拳突きを撃つ!

 

 

 

「グッハァ……ッ!?」

 

 

 

 灯の拳もクリーンヒット。メリメリッと音が聞こえるかのように腹にめり込んでいく。腸が潰れるような感覚、一瞬息が出来なくなる。先ほどのマルギッテの一撃を遥かに超える威力だ。

 

 

 

「良い一撃だったな、だがこんなもんじゃ俺は止まらん……ぞッ!!」

 

 

 

 腹に拳が入ったまま灯はマルギッテを持ち上げるようにして吹き飛ばす。自分がホーム帰るのに邪魔するんじゃねぇ。そんな気持ちがありありと見て取れる。

 

 今のマルギッテに抵抗する力は残っていない。たった一撃喰らっただけで体力を根こそぎ持っていかれた。数秒空中を舞った後に受身を取ることも出来ず地面に落ちる。

 

 

 

 

 

 これで邪魔する者はいなくなった。ボールはマルギッテが空中に舞った時に彼女のグラブから転がり落ちた。ランニングホームラン達成。そしてその瞬間――

 

 

 

「タイムアップ!! 試合終了!!」

 

 

 

 審判が時間が過ぎたことを宣言する。F組は最高の勝ち方で川神ボールを締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつが日向さんの孫か」

 

 

「そうじゃよ?」

 

 

 

 場所は移り変わる。ここは学園長の部屋。そこには2人の男が窓から先ほどまで行われていた川神ボールを見ていた。

 

 1人は川神学園の学長である川神鉄心。もう1人は鉄心の愛弟子であり今は西で川神学園と同じような学園……天神館の学長である”鍋島正”だ。

 

 

 

「あの赤い髪の姉ちゃん、相当強いはずだろ? その攻撃喰らってもろともしないとは……」

 

 

 

 鍋島から見て……いや、誰が見てもマルギッテは強いと思うだろう。その強者の拳を喰らってもビクともしなかった男……国吉日向の孫である国吉灯に鍋島は非常に興味を抱いた。

 

 

 

「んで師よ。あの国吉灯ってぇのはどんくらい強いんだ?」

 

 

「間違いなく壁は超えとるよ。じゃがその先は全く分からん」

 

 

「分からない?」

 

 

「あやつがこの川神に来てまだ1度も本気で戦っているの見たことないし」

 

 

 

 灯がこの川神にやって来て1年ちょっと立つが今だに明確な強さは分からない。百代とやりあえるのだから恐ろしく腕が立つであろう。だが百代と戦った5分間じゃ本当の強さなんて見抜けないし、何よりあの時灯は本気を出してなかったと予想している。強さの底が全く見えない。

 

 

 

「あれほどの腕だ。師の孫あたりが黙ってないだろ?」

 

 

「モモはしょっちゅう嗾けとるよ。だが国吉はそれを相手にせん」

 

 

 

 今日も灯は相手してくれなかったーっと百代が嘆いていたのを何度も鉄心は見ている。何ども挑みに行くなとは言っているが、心の底では鉄心は百代と灯が戦ってくれるのを望んでいる。百代の戦闘衝動を抑えるのに1役買ってもらえるし、この先孫のライバルになりえる灯の実力を知りたいのだ。

 

 

 

「日向さんも気まぐれなとこあったからアイツも気が乗らねぇとかじゃねぇのか?」

 

 

「それは否定出来んの」

 

 

 

 何せどこまでもマイペースで勝手気ままな男だ。単にめんどくさがっているだけかもしれない。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 鍋島は思わず腕を組んで悩み始める。是非とも灯の実力を知りたい。自分が現役時代にお世話になった日向の孫だ。日向には師と共に様々なことを教えてもらったし、実際に鍛えてもらったり稽古と称して戦ったことだってある。その孫の実力はどんなものか実際に見てみたい。どうやったら見れるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し考えたがすぐにいい案は出てこない。そして――

 

 

 

「まぁいいさ、なるようになるだろ」

 

 

 

 考えることを放棄する。ともかく近いうちに1回会ってみて話してみよう。そこから何か得られる物があるかもしれない。

 

 

 

 

 

 もう1度窓からグラウンドを見る。そこにはクラスメイトと共に騒いでいる灯の姿が目に入った。




 くぅ~疲れましたw これにて10話終了ですw


 作者としては感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見等をいただければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。