真剣で私に恋しなさい! ~Junk Student~   作:りせっと

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11話 ~国吉灯、挑まれる~

 球技大会が先週の土曜日に行われ、日曜日という至福の時間を過ごしたあと、待っていたのは月曜日という最も憂鬱な日。皆球技大会の疲れが抜けてない、とか、なんで振替の休日がないんだよ、とか愚痴を言い合って登校しているのはお決まりの流れだろう。

 

 

 

 

 

 それでも、昼休みまで過ごしてしまえば普段の慣れもあってか愚痴の数は少なくなる。話題は休日が欲しいから球技大会の思い出話に切り替わり、生徒皆が話に華を咲かせ始めた。俺のあのプレーは凄かった、とか、あの人のあそこがかっこよかった、とか各々が印象に残った場面を友人に向けて話始める。

 

 そんな昼休みの食堂ではほとんどの生徒たちが球技大会の話をしている中、球技大会とは全く関係ない話をしている生徒2人がいた。

 

 

 

「俺は3・5・7の3連単が熱いと思うんだよ!」

 

 

「また高倍率狙いで行くのかよ? 前回同じことやって財布の中が残念になったじゃねぇか」

 

 

 

 風間翔一と国吉灯だ。風間は己を主張を相手に響かせようと力強く言葉を発しているのに対し、灯は半目で呆れたような顔をして能天気なクラスメイトを見る。

 

 

 

 

 

 女遊びが激しく様々なことをめんどくさがる灯と、女性に興味がなく好奇心旺盛で子供の様に遊びまわってる風間。この2人は一見合わない、仲はそんなに良くないように見えるがそれは全くの誤解である。2人は共通の趣味があった、ギャンブルという共通の趣味が。

 

 

 

 

 

 風間は百代を通して1年生の時から顔だけは灯のことを知っていた。灯は当時直接関わりがなかったことに加え、男子の顔を積極的に覚えようとしないので当然風間のことは知らなかった。彼らが本格的に知り合った場所は賭場、灯がイカサマを駆使しボロ勝ちしているところで風間が「今度は俺と勝負しようぜ!!」と言ってきたことが切っ掛けだ。

 

 その時はイカサマしにくいチンチロで勝負し、結果ピンゾロ出されて敗北という風間の豪運を知ることになった灯の負け。

 

 この目ん玉が飛び出るくらいの出来事から灯も風間の名前と顔を覚えることになる。それと同時にコイツとはあんまり勝負しないようにしようと心に誓った瞬間であった。顔を引き攣りながらカップの中をマジマジと見た記憶は1年経った今でも忘れようがない。

 

 

 

 

 

 それ以来度々賭場で会うようになり自然に仲良くなっていった。今ではこうして昼食を共に取ることだってあるし、休日一緒に競馬場に足を運ぶことだってある。

 

 

 

「いいや! 今回は行けるね!」

 

 

「無謀と勇気は違うっていつになったら学習するんだこいつ」

 

 

 

 現在彼らは今週末行われるレースの打ち合わせをしていた。目の前に定食があるが2人共話し合い……もといどの馬に賭けるかで頭が一杯のためまだ半分も食べていない。

 

 前回の負けなんざ今回のレースで取り戻せばいい! と自信満々な風間を見て、灯はうなだれるようにテーブルに肘をつく。

 

 

 

「んー……そこまで言うなら運試しだ。賭場に行ってくる!」

 

 

 

 そう言うやいなや目の前の半分以上残っている定食を録画してあるテレビ番組を早送りしているかのような速度で食べ始め、食べ終わった瞬間食器を持って風のように食堂を去っていった。

 

 その様子を灯は箸を持ったままボーッと眺めていた。声をかけても止まらないことは1年間の付き合いで充分に理解しているからだ。

 

 

 

「……あいつは落ち着くという言葉が辞書にないのか?」

 

 

 

 風間が出て行くのを見送ってから意識を定食へと戻す。さっさと冷め切らない内に食べてしまおう。そう思った時に今度は別の人が灯に近づいて来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「灯くん、ここが空いているなら義経たちが座っていいだろうか?」

 

 

「相変わらず食堂混んでいてさ、他に場所がないんだよねー」

 

 

 

 義経と弁慶、仲良し源氏コンビが席を求めて食堂を彷徨っていたところで灯を見つけたらしい。

 

 

 

 

 

 川神学園の食堂は非常に人気がある。料理の質も然ることながら種類も豊富。何より学生向けに作られたこともあって値段に対して量が非常に多い。大盛りを注文したらスポーツを普段からやっているような人でなければ食べられなさそうな量が出てくる。

 

 なので昼休みから10分もすれば食堂は満席となる。食堂へのスタートダッシュに遅れた者は今の義経たちのように席を探して歩き回るか、ジッと席が空くのを待つしかないのだ。元から灯の隣に空いていた席に加え向かい側に座っていた風間が賭場へ飛んでいったことで丁度席が2つ空いたのだ。

 

 

 

「源氏コンビか、どっちも空いているから是非座ってくれ」

 

 

 

 灯からしてみれば美女2人とランチが出来るのだ、断る理由がない。もし先に2人が席を探しているのを見つけたらそこらへんの野郎共を強引にどかして場所を作ろうと考えるくらいだ。

 

 2人はテーブルに定食セットを置いた後、義経は行儀良く着席し、弁慶は何時も変わらず気だるそうに席に座った。

 

 

 

「ありがとう!」

 

 

「サンキュ~」

 

 

 

 2人が礼を言って食べ始める。それと同時に周りにいた男子生徒たちが変な形でざわめき始める。少し耳を澄ましてみると「俺あってこそバレーボールで勝利することが出来たんだ!」とか「あのピンチは俺のファインプレーで切り抜けたんだよな!」など自分が球技大会で如何に役立ったかを話しているようだ。

 

 弁慶は美女だ、それもとびっきりな。義経だって弁慶とはベクトルこそ違うが美少女に変わりない。そんな彼女たちとお近づきになりたい、そして願わくば彼女にしたい……と考えている奴は多いので露骨なアピール合戦が始まったのだ。

 

 が、その健闘虚しく彼女たちは周りの男子生徒の話なんて聞いてもいない。今は定食を食べることが優先であり何より――

 

 

 

「今日も義経ちゃんは凛々しくて可愛らしいな。弁慶もいつも以上に色っぽい……やっぱり良い女だなぁ」

 

 

 

 彼女たちの隣と真正面にいる男が全力で2人を口説いているからだ。周りの男子生徒涙目もいいとこである。更に言うと自分が如何に球技大会で活躍したかを語っても、灯以上の活躍をした生徒何ていない。代打逆転サヨナラ満塁ランニングホームランに比べたら他の生徒の武勇伝何て霞んでしまう。

 

 それに2人同時に口説くとかはっきり言って女性を落とす気あるのか? と問いただしたくなるがこの男に取っては関係ない。目の前に美女、美少女がいる。なら話しかけないとダメだ。そんなシンプルな思考回路を持っているのだから。

 

 

 

「か、可愛い……義経がか? あ、ありがとう」

 

 

「初々しい反応だな」

 

 

「まだ主には口説かれるとか分からないんじゃないかな」

 

 

 

 義経は非常に純情で真面目な性格をしている。そんな彼女は灯の言葉にどう反応していいか分かっていない。とりあえず自分が褒められたことぐらいは理解出来たのでお礼を言うがそれは灯が望んでいる答えではない。

 

 だけどそんな義経の反応も可愛らしいと思ったのか、灯は口説くのを失敗したのに関わらず肩肘を付きカラカラと笑っている。

 

 

 

「そんな可愛らしい主と比べて部下はどうよ? 口説かれること多いんじゃねぇの?」

 

 

「私? そんなことないよ」

 

 

 

 今まで島で義経と与一も合わせて3人で暮らしてきたので弁慶を口説く者はいなかった。また川神に来ても武蔵坊弁慶と言う名前、それに常人離れした怪力を見て腰が引けた者がほとんどであり、真正面から直接口説こうとする奴は灯とS組の葵ぐらいしかいない。それでも何とかお近づきになりたいと考える者がラブレターで間接的にアタックを仕掛けるが、彼女は文字媒体では靡かないのでほとんどが失敗している。

 

 

 

「なんだ、皆腰抜けばっかだな」

 

 

「ふふ、灯みたいな人早々いないって。あと私を口説きたかったら食べ物持参が必須だから」

 

 

「それは餌付けって言うんじゃね?」

 

 

 

 川神水をこよなく愛する彼女からしてみれば、川神水に合うおつまみを持ってきてくれる人に懐くのは当然だろう。今食べている定食だって川神水に合う物を選んでいる。いくらノンアルコールだからと言って川神水に合うメニューを置くのはどうかと思うが、何でも有りなのが川神学園の特徴なのだ。

 

 

 

「灯くんはいつも食堂を利用するのか?」

 

 

「遅刻しないで来た時は大体な。俺がお弁当作ってる姿とか微塵も想像出来ねぇよ」

 

 

「フライパンを武器にしてチンピラ殴ってるほうがまだ想像出来る」

 

 

「何も言い返せん……ん? 俺んちにフライパンあったか……?」

 

 

「それは料理しないのレベルを超えてると思う」

 

 

「この様子じゃ皿すらあるか危ういね」

 

 

 

 灯も止まっていた箸が動き出す。3人が仲良くお喋りしながら昼ごはんを食べ始める。しばらくすると食べ終わった者が次々と食堂を出て行って人が減ってくる。中にはそのまま食器を戻さずに、カフェにいる感覚でダラダラと話し続けている生徒もいる。

 

 灯たちもその例に漏れずに食堂に残って3人で話し続けている。するとまた、別の人物が灯たちに近づいてきた。だが彼らはすぐにこの思いを抱くことになる。なぜこの人が川神学園の食堂にいるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、ちょいと邪魔するぜ」

 

 

 

 3人が固まってたわいのない話しをしている中、1人の男が急に話しかけてきた。

 

 だがその男は明らかに只者ではない。まず川神学園指定の制服を着ていない。見た目からして年齢は灯たちよりもかなり上だろう。真っ白なスーツで身を包み、黒いワイシャツに赤いネクタイ。スーツに合わせた白い帽子に口に咥えている葉巻が良く似合っている。左目の横に大きな切り傷が残っているのも特徴の1つだ。

 

 

 

「あなたは確か……」

 

 

「天神館学長の鍋島正だ。よろしくな」

 

 

 

 弁慶の言葉に鍋島が繋ぐようにして自己紹介を終える。突然の大物の登場に義経、弁慶共に驚きを隠しきれない。それもそのはずだ。鍋島はマスタークラスの実力者、そして元武道四天王だった男。既に現役は引退しているが、武人ならば1度は鍋島の名を聞いたことがあるだろう。

 

 

 

 

 

 ただし、灯は誰だよこのおっさん? といった顔をしている。更に言うならばこんなおっさんに義経たちとの優雅な時間を邪魔されたことに対して若干苛立ちも出てきている。正直八つ当たりも良いところだ。

 

 

 

「そう言うお前たちは源義経に武蔵坊弁慶だな?」

 

 

「義経たちを知っているんですか?」

 

 

「あぁ知ってるさ。義経、お前さんの活躍はこっちにも届いているぜ」

 

 

 

 世界的に発表された武士道プラン。当然鍋島が知らないわけがない。現在は教育者として天神館の生徒たちを指導しているが、武道を極めた者として義経たちは非常に興味がある。一度手合わせなどもしてみたいと思っている。が――

 

 

 

「俺も噂のクローンの実力を直に感じたいと思っているんだがな……」

 

 

 

 そう言うと鍋島は目線を女性2人から1人の男性へと移す。義経たちは気になる、とても気になる。だがそれ以上に気になる奴がこの場にいる。

 

 

 

「…………?」

 

 

 

 目があったことで灯は思わず訝しげな顔になる。その表情なんか気にもせず鍋島は話を続ける。

 

 

 

「お前が国吉灯だな?」

 

 

「何で俺の名前知ってる?」

 

 

 

 灯の名は川神にはいろんな意味で広く知られているが、全国で見ると知名度は限りなく落ちる。

 

 全国いや世界にも名を知られている川神百代、源義経らは世界中の対戦者と決闘して勝ちを収めることで自らの名を広めていっている。だが灯は目立った人物と正式な決闘をしていない。名が知られないのは当然だろう。

 

 

 

「俺はマフィアに名乗った記憶はねぇぞ」

 

 

「それは当ってる、俺が一方的に知ってるだけだからな」

 

 

 

 鉄心の弟子だとか、元武道四天王だとか、天神館の館長だとか知ったところでもこの男に関心なんか持てないので先程からテキトーに接している灯。だがその態度は次の一言で一変することになる。

 

 

 

「あと……お前の祖父である国吉日向さんも良く知っているぜ?」

 

 

 

 祖父を知っている? 国吉日向を知っている? この瞬間灯は初めて目の前の男に興味を示した。

 

 

 

「……俺のジイさんを知ってるのか?」

 

 

「あぁ、よーーく知ってる。俺が現役だった頃世話になった」

 

 

 

 漸く目の前の男が自分に関心を持ってくれた、思わず笑みが溢れる。鍋島が今最も気になってる人物は武神の異名を取る川神百代でもなく、武士道プラン筆頭の源義経でもなく、西で名を馳せた松永燕でもない。さっきまでやる気なさそうにこちらを見ていた国吉灯だ。

 

 

 

「日向さんの強さはしっかりと引き継がれているようだな」

 

 

 

 眼球だけを動かして灯の全身を眺める。筋肉の付き方、普段から出ている気の量、これらである程度の強さは理解出来る。そして確信する、この男は文句なく強い。

 

 

 

「交流戦でうちの大将倒したのも納得だ」

 

 

 

 東西交流戦、第3回戦。天神館の大将を努めたのは2年の石田三郎。他者を侮り慢心する癖こそはあるが実力は折り紙付き。簡単には負けないだろうと鍋島は評価していた。だが結果は天神館の負け。光龍覚醒を使用した石田を倒す程の猛者がいたのかと軽く驚いたものだ。

 

 

 

「大将……? あの無駄に自信満々だった奴か」

 

 

「石田はまだ未熟だが光るもんがある。お前に負けてから前以上に鍛錬に身が入ってるしな」

 

 

 

 石田は光龍覚醒を使ったのにも関わらず、灯に一撃も入れることなく無様に負けたことが非常に悔しかったのか、パートナーである島と共に鍛錬の日々を送っている。

 

 このまま強さの覚醒が始まってくれれば館長として、指導者としてこれ以上に嬉しいことはない。才能はあるのだ。是非とも右肩上がりに実力を伸ばしていって、灯がいるステージまで上がってきてもらいたいものだと鍋島は思っている。

 

 

 

 だが灯に取ってそんな話題なんてどうでもいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………なぁ鍋島さん」

 

 

「なんだ?」

 

 

「あんたはこんな世間話しに態々九州から来たのか? そうじゃないだろ?」

 

 

 

 自分が倒した男が今何をしているかを伝えるためだけにこの川神まで来るはずがない。もっと別な要件があってきたはず。灯は真剣な眼差しで鍋島に催促する。とっとと言いたいこと言えよ、と。

 

 

 

「…………そうだな」

 

 

 

 吸っていた葉巻を一度手に取り、1つ息を吐く。ひと呼吸置いた後で相手の目を見て本題を言う。

 

 

 

「お前の実力が知りたい、いっちょ相手してくんねぇか?」

 

 

 

 まさかの決闘の申し込み。思わず義経と弁慶が息を飲む。あの鉄心の愛弟子、天神館の館長が直々に出張って灯に勝負を申し込んだのだ。百代や義経を差し置いて、指名したのは国吉灯という全国で見るとあまりにも無名な人物。

 

 

 

「鍋島さん現役引退してんじゃねぇの?」

 

 

「あぁ、だけど日向さんの孫と聞いたら話は別だ。俺はあの人に一度も勝つことが出来なかった」

 

 

 

 鍋島は何度か日向と戦ったことがある、それこそ国吉日向全盛期の頃に。結果は全敗。ただの一度も勝つことが出来なかった。これが現役時代唯一と言っていいほどの心残りだ。せめて膝の1つもつけたかったが若き頃の自分では力及ばずだった。

 

 その自分が勝てなかった遺伝子を受け継いでいる灯とぶつかってみたい。その気持ちが球技大会の時初めて灯を見て沸々と出てきた。

 

 

 

「勝てなかった代わりに俺を倒して満足したいのか?」

 

 

 

 灯は端正な眉毛を下げる。自分に勝てない相手がいて悔しかったのでその相手の孫を倒して満足したいです。そんな理由で勝負を挑まれたのなら心底幻滅する。その疑いがたった今灯の心に芽生えた。

 

 

 

「そうじゃない、ただ俺は感じたいんだ。俺が勝てなかった男の血を継いだ者がどれくらいの者かと言うことを」

 

 

 

 だが鍋島と言う男はそんな腐った性根は持っていなかった。ただ単に灯の実力を知りたい、自分の体で感じたい、武道家としての好奇心が沸き立ったのだろう。その好奇心が抑えられなくて実際にこの川神までやって来た。

 

 力強い目で灯を凝視する。その目はとても現役を退いている人間だとは思えない。完全に一武道家としての目付きをしている。

 

 

 

 

 

 先ほどの言葉、そして今のこの目を見たら……灯は引くことなんて出来なかった。目を逸らすこともしない。もし逸してしまったらこの勝負から逃げることになる。

 

 

 

「……いいだろう。実力を晒そうじゃないか」

 

 

 

 鍋島から挑まれた決闘を快諾。川神に来て初めて灯は戦う。それもマスタークラスの人間と。灯は自分でも知らないうちに握り拳を作っていることに気づく。

 

 

 

「なぁ……俺の実力が知りたいだけなら普通の決闘をする必要はないだろ。もっと単純でわかり易いルールでやろうぜ」

 

 

「どんなんだ?」

 

 

「もっと純粋な……拳の殴り合いで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は夕刻よりも少し前といったところ。この時間の川神院は修行僧たちが午後の鍛錬に勤しみ汗を流している頃だろう。ある者は体力トレーニングに励み、ある者は技の形を確認していたり、またある者は新技を編み出そうと試行錯誤している。

 

 

 

 

 だが今日は違う。修行僧たちはコンサートの警備員のようにある集団を前に出さないようにと全く修行とは関係ないことをしている。

 

 その集団とは川神学園の生徒たちだ。生徒でない者もチラホラといるが集団の大半が川神学園の制服を着ている。ざっと見回すと50人ほど集まっているだろうか?

 

 集まっている生徒たちには共通点がある。川神百代を始めとして、松永燕に黛由紀江。2年F組の武道3人娘のワン子に京、クリスもいる。2年S組からもマルギッテと義経、弁慶がいる。他の生徒たちも腕に覚えがある者たちばかり。そう武人であるということだ。

 

 勿論、武道とは何の関係もない生徒も数は少ないがいる。ワン子たちとクラスメイトである大和や3年生の京極彦一、武士道プランのクローンながら武道家ではない葉桜清楚などは武人ではない。

 

 

 

 

 

 武道家たちとそうでもない者、皆が川神院内に設置されたバトルフィールドを眺めながら今から始まる試合を待ちわびている。

 

 では今から誰の試合が始まるのか? 腕に覚えのある者が観客として数多く集まり、戦闘を行う場所として川神院が提供されるほどの試合。

 

 

 

 

 

 今、試合の主役たちが階段を上がってフィールドの真ん中に移動していく。既に中央にはこの決闘の審判を勤めるために川神鉄心がいる。鉄心の前に2人の男が立つ。

 

 

 

「ではこれより川神学園……いや川神院にて決闘の儀を行う!」

 

 

 

 厳粛な声が川神院に響き渡る。先まで騒いでいた観客たちが一瞬で静まった。

 

 

 

 

 

 決闘をするのは国吉灯と鍋島正。誰がこの2人が戦うと予想しただろうか。鍋島は随分と前に現役を引退しているし、灯に至っては川神に来て真剣に戦うのはこれが初めてだ。

 

 

 

 

 観客が集まった理由は灯が戦う――これに尽きる。普段から彼を知っている人たちは想像が出来ない光景だ。

 

 今まで灯が力を奮う時はムカつくチンピラたちを殴り飛ばす時がほとんどだった。例外としてはアルバイト、他にもクリスとマルギッテの決闘は受けている。が、それは彼女たちに押しに押されて渋々受けたものであり、開始の合図が流れてからも嫌そうな顔を作ったまま戦っていたのだ。

 

 

 

 

 

 だが今はどうだろう? まず顔つきは嫌そうではない。実に真面目な表情を浮かべて、端正な顔を変に歪めることなく身構えている。何より目が違う。今から獲物を刈り取るかのような鋭い目。髪の色と同じ茶色の瞳が戦う意志を見せている。

 

 

 

「灯くんの真剣な顔……初めて見たわ」

 

 

「うん……国吉があんな顔するなんてビックリだ……」

 

 

「いつもの様子とはまるで違う……」

 

 

 

 クリスの言う通り、今見ている彼女たちのクラスメイトはテキトーでグータラな国吉灯ではない。武人国吉灯だ。

 

 

 

「漸くだ……漸くあいつの本気を見ることが出来る……ッ!」

 

 

 

 百代は興奮を隠しきれなかった。いくら自分がせがんでもまるで相手にしてくれなかった灯が、自分とではないがマジな決闘をしてくれる。相手が鍋島なので手加減は出来ないだろう。

 

 

 

 

 

 相手がマスタークラスの実力を持っていると誰であろうと決して加減することなんか出来ない。加減した瞬間、自分より格下が相手でも一瞬で狩り取られるからだ。なので常に手を抜いている灯は本気を出さざる得ない。

 

 百代はなぜ灯の相手が自分ではないのかと悔やむ。灯が1年生の時から目をつけていたのでその思いは尚更だ、だがここは見れるだけでもよしとしようと自分の中で無理やり折り合いを付ける。

 

 

 

「では始める前に、この決闘は少々特殊なのでそれについて確認しておこうかの」

 

 

 

 灯が鍋島との戦いを承諾した際にある1つの提案をした。それを今鉄心が説明する。

 

 

 

「まずこの決闘はターン方式で行われる。自分の攻防がはっきりしとると言うことじゃ。そして両者とも決められた線より後ろにいってはならん。攻撃側は相手に拳じゃろうが蹴りじゃろうが一撃放つ。その一撃が耐えられたり、避けられたりしたらターン交代。相手に攻撃の権利が移行する。それを決着が付くまで繰り返す。敗北条件は一撃もらって倒れるか、膝をつくか、決められた線から出てしまうこと。そして自分のターンになったら相手を1分以内に攻撃すること。1分以上経っても攻撃しなかったらその時点で敗北。以上の4つじゃ。」

 

 

 

 この灯の提案を鍋島は昼休みのときに聞いたが文句は全くない。このルールはベタ足インファイト、両者の殴り合いだ。先に力尽きたほうが負け。何ともシンプルなルール、今時珍しいくらいの男気を持ち豪快な性格である鍋島の好みにどストライクなのだ。

 

 

 

「灯くんは勝てるのだろうか?」

 

 

「今回は相手が相手だからね……さすがの灯も厳しいんじゃないかな」

 

 

 

 義経は是非とも同じ学び舎の友に勝ってもらいたいと思っている。だが弁慶の言う通り、相手が相手だ。何時も通りヘラヘラしている余裕はない。もしそのような態度で戦ったら一瞬で決着がついてしまう。

 

 

 

「灯さんは打ち勝つ自信があるのでしょうか?」

 

 

「殴り勝つ自信があるからこそ、こんな提案したんだろうな」

 

 

 

 風間ファミリーの最大戦力である由紀江と百代。2人揃ってこの勝負がどう転ぶかを予想する。だが灯の実力が明確には分からないのでこの時点でどっちが有利なのかは分からない。

 

 

 

(灯くんと戦うことはないだろうけど……それでもしっかり調べて置かないとね)

 

 

 

 燕は牙を研ぐ。彼は積極的に戦うタイプではないし、今の時点では戦うことにはないだろう。だがこの先どう転ぶか分からない。分からないからこそ情報収集は怠らない。この試合、瞬きをしない勢いで見るつもりだ。

 

 

 

「国吉があんな真剣な顔をするとはな」

 

 

「珍しいことなの?」

 

 

「珍しい何てものじゃないぞ。あんな顔は今まで見たことがない」

 

 

「み、見たことがないって……いつもの国吉くんはどんな様子なんだろ?」

 

 

 

 京極は灯が1年生の時から知っている。勝手気ままに動き回る問題児は人間観察が趣味である彼に取って非常に興味深く思えた。その観察対象がまた新たな面を見せてくれたのだ、だから人間観察はやめられない。京極は密かにそう思った。

 

 葉桜は京極の付き添いという形でこの川神院に訪れ、試合を見ることになった。正直灯とは今まで話したこともないので、格好いい男の子だなぁ、ぐらいにしか出てくる言葉がない。この試合を通して少しでも灯がどんな人間か知れたらいいな、と思っている。

 

 

 

「では両者前へ」

 

 

 

 灯と鍋島が同時に前に進む。2人の距離は1メートルもない、この間合いでは防御することも攻撃を避けることも難しい。だがこの勝負、その間合いを保ち続けなければならない。

 

 前に踏み出した2人の後ろに線が引かれる。立ってる位置からこちらも1メートル程の離れた場所に引かれた。大きな後退は己の敗北を意味する、正しく防御不要の決闘だ。

 

 

 

「先攻後攻はコイントスで決めるか?」

 

 

「いや、お前が先攻でいいぜ」

 

 

 

 鍋島は灯に先攻を譲る。このルールは先攻有利だ。先にダメージを与えることは相手の攻撃力を下げることにも繋がる。それを鍋島が理解してないはずない。だが……鍋島の様子を見る限り、これは油断ではなく余裕の表れだろう。スーツのポケットに手を入れたまま目で相手を威圧している。

 

 

 

「ハッ! 初手で勝負決まるぞ?」

 

 

「おもしれェ! やれるもんならやってみな!」

 

 

 

 互いに自信満々。負けることなんか微塵も考えてない。

 

 

 

「なら遠慮なくいただこう」

 

 

 

 先攻は灯。不敵な笑みを浮かべ指を鳴らして初手の攻撃に備える。本気で1ターン目の一撃で決めるつもりだ。

 

 

 

 

 

 日向との戦い敗れた鍋島。祖父である日向を超えることを目標としている灯からすればこの人は超えなければならない相手だ。己の目標を達成するため、ここで負けることは許されない。

 

 

 

 

 

 後攻の鍋島もポケットに入れていた手を抜く。手加減は一切しない、攻撃を防いだら全力で倒しに行く。

 

 

 

 

 

 

 自分が勝てなかった男の血を継ぐ者、その実力が見れることが純粋に嬉しい。自分を超えてくるならそれで良し。だが鍋島は一切負ける気はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人が準備出来たのを確認。そして――

 

 

 

「いざ尋常に!! 始めぇ!!」

 

 

 

 国吉灯VS鍋島正。試合が開幕した。

 




 作者としては感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見等をいただければ幸いです。

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