真剣で私に恋しなさい! ~Junk Student~   作:りせっと

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12話 ~国吉灯、闘う~

 今まで灯はこの川神に来てから無類の強さを発揮していた。

 迫り来るチンピラが何人何十人かかってこようとも全てなぎ倒し不良たちに恐怖を植え付ける。クリスとマルギッテというドイツからやってきた実力者たちを本気を出さずとも撃退。川神百代が遊び半分でどついて来ても問題なく対処。極めつけは若手ながらも精鋭が集まっている九鬼従者部隊10名を10分足らずで全滅。

 

 最後の出来事は一般には知れ渡っていないが、それを差し引いたとしても灯がマジ半端なく強いということは充分に理解出来る。

 

 

 

 

 

 だがその強者である灯が本気を出しても勝てないかもしれない、と周りが思う相手と今彼は向き合っている。

 

 鍋島正。灯と同等に壁を超えた戦闘力を持っている男だ。武道家としては既に引退しているがそれでも腕は錆びついていない。その強さは鉄心は勿論、あのヒューム・ヘルシングからも認められている。

 

 

 

 

 

 だがその男を灯は倒さなければならない。遠い遠い、いつ達成できるかも分からない目標に向かうために。鍋島正と言う男を超えなければ前に進めない。そのために灯は戦う、全力でだ。

 

 

 

「どうした? ここに来て怖気付いたのか?」

 

 

 

 鍋島は鉄心の開始宣言から一向に攻撃体制に入らず、全身の力を抜き棒立ちの灯に向かって1つ挑発をいれる。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 見え見えの挑発に灯は全く応じない。開始直後のまま頭を軽く下げ両手もダラーンッと下げたまま動かない。

 

 鍋島は思わず息を吐く。何か考えがあるのだろうか? それとも集中しているだけか? どちらかは分からないがこのままタイムアップなどという興ざめな結果にはしないはずだ。仕掛けてくるときは一瞬、ならば自分はそれに備えるのみ。

 

 周りも動かない灯を見て「いつ攻撃するんだ?」「このまま時間切れとかないだろ?」などの声が広がっていく。それでも皆、展開がないバトルフィールドから目を逸らさない。

 

 

 

 

 

 膠着状態が続き50秒が過ぎようとしたとき、ついに灯が動き出す。

 

 

 

「……ハァッ!!」

 

 

 

 力抜けた体制から一気に体が流動し始める。右足を軽く引き、引いた足と同じ向きに腰を捻る。その捻った腰をまるでバネが跳ぶかのように元に戻すことで勢いをつけ、体重が乗った右ストレートが上段から放たれる。

 

 鍛えてない人間が喰らったら大真面目に死んでしまうだろう威力を持った一撃。それを――

 

 

 

「……ッ! 良い一撃だ。この手に響いたぜ」

 

 

 

 受け止める。胸目掛けて放たれた拳を右手でガッチリと受け止め、後ろに左手を添えることで威力を相殺する。

 

 灯は止められたことに対し思わず舌打ちをする。余裕な顔をしている鍋島を下から覗き込むようにギョロリッと睨みつけた。どうやら本気で鍋島に攻撃ターンを渡さずに初手で決めるつもりだったらしい。それは受け止めた張本人である鍋島も感じ取れた。

 

 

 

(まともに喰らったらいくら俺でもやべぇな……ほぼ予備動作なしで撃てる威力じゃないだろ)

 

 

 

 鍋島は素直に驚いている。まさか最初の一撃でこれほどの拳が飛んでくるとは思っていなかった。もし直撃していたら踏ん張りきれるかどうか分からないほどの高威力。

 

 だがそのぐらいやってくれなきゃ態々九州から来た意味がない。灯の実力は当初鍋島が予想していたものより遥かに上だ。先の一撃で充分に感じ取れる、それを知ることが出来て良かった。

 

 だがそう簡単に勝ちを譲る気はない。そっちが最初から全力で来るならこちらも同じようにするのみ。

 

 

 

「攻守交代!」

 

 

 

 鉄心の一声で今度は鍋島のターンに移る。灯は体制を立て直し、相手の初手を迎え撃つために若干腰を落とす。目線は鍋島から外さぬように固定。

 

 

 

「今度はこっちの番だな」

 

 

 

 鍋島は右肩を回し始める。軽い準備運動。1分以内に攻撃すればいいルールだ。慌てて仕掛ける必要はない。肩を回した後は首も左右に振る。ゴキッと骨がなる音が鍋島の耳にだけ届いた。

 

 鉄心の宣言から20秒ほど立ったその瞬間――

 

 

 

「川神流……改め俺流! 蠍撃ち!」

 

 

 

 灯と同じく右の正拳突き。だが違うところがいくつかある。灯は上段から放たれた拳だったが鍋島のは下段から迫り腹を狙った拳であること、そして決定的に違ったのは速度だった。灯の拳が遅い訳ではない、むしろ速いほうだ。ただ鍋島の拳のほうが速い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが灯だって負けてはいない。人間とは思えない、獣のような反射速度でその拳を受け止めに入る。

 

 

 

「ッグ……!」

 

 

 

 左手で鍋島渾身の右を止める。

 だが鍋島は手だけで受け止めたのに対して灯は全身を使って拳の勢いを相殺しにかかる。手で受け止め、足で踏ん張り、腹筋で体を支える。

 

 

 

 

 

 その甲斐合って、鍋島の拳は灯を敗北にもたらすことはなかった。だがまともに喰らっていないのに体力をドッと持っていかれた。ここ最近灯は押されるなんてことがなかったので尚更そう思える。

 

 ――これがマスタークラス……懐かしいな――

 このレベルの人物とやりあったのは何年前だったか? そんな考えが灯の頭に一瞬よぎったがすぐに意識を切り替える。次は自分のターンなのだから。

 

 

 

「やるじゃねぇか」

 

 

「攻守交代!」

 

 

 

 鍋島の言葉に続くように攻守交代が告げられる。交代を告げた刹那――

 

 

 

「しぃッ!!」

 

 

 

 鞭がしなるような上段蹴りが鍋島の顔面を襲う。先ほどの時間を目一杯まで使い放った攻撃とは正反対、攻守交代してからまだ1秒も経っていない。完全に一撃を与えるために放った蹴りである。それでも威力は充分に備わっている。

 

 

 

 

 

 そのコンマ単位で撃ち込まれた上段蹴りを鍋島は腰と首を後ろに逸らし必要最低限の動きで躱す。

 

 チップもすることなく空ぶった足の勢いは止まらない。灯は勢いを殺すため軸足を左足から、目標物を捉えることが出来なかった右足に切り替える。そのまま全身を一回転して漸く両足が地面を踏んだ。

 

 

 

「チッ……当たっておけよ」

 

 

「奇襲としては中々だったけどな、俺には一歩及ばん」

 

 

 

 灯は楽に身構えている鍋島を見て思わず苦虫を潰したような顔になる。

 攻撃を仕掛けたタイミングは完璧だったはずだ。鍋島を吹き飛ばすのには充分な破壊力も持っていた。だのに目の前の男は焦る様子の1つも見せていない。それが気に食わない。

 

 表情1つ変わらない鍋島をどうやったら歪めることが出来るか、既に灯の頭の中では次の攻撃のことを考えている。その前にやって来る鍋島の攻撃なんか二の次。――防御? そんなもんは何とかなるだろう――

 

 

 

「攻守交代!」

 

 

 

 再度鍋島が動き出す。先ほどよりも気の出力を上げ、先の一撃よりも強力な物を放とうとしている。

 

 

 

「オッッラァ!!」

 

 

 

 左の拳。灯は脚で攻めてきたのに対し鍋島は再度拳で攻めることを選択した。

 だが先ほどの拳とは違う点はある。1つは右から撃たれた物ではなく左からの攻撃。2つ目は狙った場所だ。その場所は頭部。そこは2ターン目の灯と同じだ。当たれば脳震盪は確実に引き起こすような威力。

 

 

 

「ッフン!!」

 

 

 

 それをヘッドバットで受け止める、いや迎撃する。手や腕でのガードは間に合わないと直感で感じたのだろう。ならば頭を使って凌ぐしかない。瞬時にその判断が脳内でくだされ体が反応した。

 

 頭で正拳突きを止め、拳の勢いを全身の筋肉を使って止めにかかる。ズズッっと足が後退したのを感じた。これ以上押されるわけにはいかないと、頭を空目掛けて打ち上げ鍋島の拳を弾き飛ばす。

 

 その際に左足が一歩後ろにいったが、力を入れる場所を全身から左足に集中させることで線を越えることはなかった。

 

 

 

 

 

 これで鍋島のターンは終了、3回目の攻撃する権利が灯にやってくる。だがこちらが仕掛ける前に頭の中で今現在響いている鐘の音を沈めなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この勝負……灯が押され気味だな」

 

 

 

 百代が誰に聞かせるでもなくボソッとつぶやく。だがその声音は自分が思ったよりも大きかったらしい。百代の近くにいた何人かが反応する。

 

 

 

「姉さんそれって……」

 

 

「このままだと灯さんの負けになるでしょう」

 

 

 

 大和がなぜそう思うのかを聞こうとしたが、その問いには由紀江が答えた。由紀江もこの攻防を見て灯が不利と感じ取ったのか、綺麗な顔立ちが少しばかり暗い表情になる。

 

 

 

「この2ターンだけでも灯が受けたダメージのほうが多い」

 

 

「いくら頭で受け止めたと言っても、流石にあれをノーダメージにするのは無理だからね」

 

 

 

 大和の疑問に解説を付け加えるかのように百代と燕が目線は灯に向けたまま話始める。

 その言葉を聞いて大和も灯を凝視する。頭に手を添えていた、軽く頭部を振っている姿も見える。必死に痛みを引かせようとしているみたいだ。

 

 これを見せられてはいくら武道に疎い大和でも灯が不利であることが分かる。それに対し鍋島はまさに仁王立ち、試合が始まる前と変わらない姿がそこにはいた。

 

 

 

「うっわ……痛そう……」

 

 

「今のを防ぎ切ったのは見事だったが……」

 

 

「強引にガードしたからね、その代償は大きいよ」

 

 

 

 F組武道3人娘であるワン子、クリス、京も灯が劣勢であることを感じ取る。

 灯が強いのは知っている。だが灯の相手である鍋島がそれを越えるデタラメな強さを持っているとは予想してなかった。いつもの憎たらしいほど余裕綽々な態度は今は欠片も見られない。強敵を前にして苦しんでいる姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「攻守交代!」

 

 

 

 3ターン目が灯に回ってくる。すぐに攻撃に移りたいところだが……頭で無理やり鍋島の拳を止めたことが原因で頭痛を引き起こしてしまっている

 

 

 

「思った以上にさっきのが効いてるみてぇだな」

 

 

 鍋島の言う通り。正直膝をついたり座ったりして楽な体制を取りたいと思う。だがそれは出来ない。膝を屈してはいけないのだ。

 

 立ったままでも少しずつではあるが楽にはなってきている。それでもまだ痛みは引かない。この状態で拳を奮ったり蹴りを放っても前回、前々回を超えた一撃は放てそうにない。鍋島を倒すにはもっと力を込めて、威力を上げなくてはならないのだ。そのために短い時間ではあるが今は回復に務めるしかない。

 

 

 

 

 

 鉄心の宣言から20秒程たっただろうか? 灯は視界を取り戻し始めた。

 先ほどまでは目を閉じていても瞼の裏で見えるはずのない星が見えていたのだが、どうやらそれは幻覚だったらしい。さらに右手を閉じて開いてと、ロボットの動作確認をするかのように自らの動きをチェックする。手の動きも問題はなさそうだ。ならばと、灯は意識を自らの体から鍋島へと移す。

 

 

 

「さぁ、早く来い。まだまだやれるだろう?」

 

 

「言われなくても……いらねぇ心配すんな」

 

 

 

 灯はまだ戦える、たった1回頭部で鐘が響いただけ。それで戦闘不能になるほどやわな鍛え方はしてない。

 

 タイムアップまで残り半分切ったあたりで灯は仕掛けてくる。右ストレート、右ハイキックときて次の攻め方は――

 

 

 

「ッダラァ!!」

 

 

 

 左の中段回し蹴り。今まで胸、頭と狙ってきて次に狙うのは右脇腹。左からなぎ払うような、三日月を線を描くような綺麗なミドル。まともに直撃すれば肝臓に当たるためまず悶絶する。それに加え灯が放ったミドルだ、衝撃で骨を砕き右に大きく飛んでいく物。

 

 鍋島もその危険性は分かっている。だからこそ全力で防ぎにいく。

 

 

 

「フッ! ツゥ……ッ!」

 

 

 

 右腕で狙ってきた箇所をガッチリとガード。さらに勢いに負けないため両足をタコの吸盤のように地面にピタリとくっ付ける。力を込めなければ勢いに負け吹き飛ばされてしまう。

 

 灯のミドルが直撃した瞬間全身に衝撃が走った。全身の骨に電流が流れるような感覚に襲われる。それでも耐える。ここで体制を崩し膝をついてしまったらその時点で負けになってしまう。

 

 

 

 

 

 結果は防御成功。左足の勢いが殺された。鍋島は右腕を外側に大きく広げ、先ほど灯がやったように相手の足を弾き飛ばす。だがこの攻撃を受けて鍋島はあることを確信。そして恐怖した。

 

 

 

(さっきから攻撃力が半端じゃねぇ……)

 

 

 

 合計で三撃放たれ、内二撃を鍋島は受け止めている。その二撃とも威力が想像の範疇を超えている。唯一回避した上段蹴りもおそらく破壊力抜群。

 間違いなく攻撃力だけなら鍋島を上回っている。まともに喰らったりしたらその時点でゲームセット、戦闘不能に持ち込むだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがそれを考慮しても鍋島は負ける気がしなかった。

 

 

 

「攻守交代!」

 

 

「これで終わりにしてやるぜ!!」

 

 

 

 攻守交代、即座に鍋島は仕留めにかかった。鍋島がこの試合初めて足を振り上げる、フロントキックだ。通称前蹴りともいえるこの技は直線的軌道を描く蹴りのため相手までの距離が近い。迅速に技が出せる利点を持っている。速度を重視した技といえるだろう。

 

 

 

 

 

 それをマスタークラスの人間が、鍋島が撃てば速度と威力を両立した技へと変貌を遂げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが――灯に直撃した。

 

 

 

「グッハァ……ッ!?」

 

 

 

 両腕でガードしようとしたが間に合わず腹のど真ん中を撃ち抜かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鍋島が負ける気がしないと思う理由がここにある。

 

 灯は防御意識が薄すぎる、攻撃のことしか頭にないのだ。だからこそあの威力を保ち続けているのだと思うし、それが悪いとは言えない。攻撃は最大の防御という言葉があるように戦闘において攻めというのは非常に重要だ。

 

 だがその言葉もしっかりと守れる力があるからこそ言えることである。戦闘に置いて自分のペースに持っていく、奪いには機を待つ必要がある。決して守備をないがしろにしてはいけない。

 

 

 

 

 

 だから灯のその攻撃意識をもう少しだけ防御に回せば更に良い武人になると鍋島は思った。意識1つ変えるだけでも効果はしっかりと表れる、強くなれるのだ。

 

 だが今回はこれで決まったはずだ。また鍛えなおしてから自分に挑んで来てくれと、鍋島は望んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし灯は耐える。体がくの字に曲がり、よたついて後退したものの線上で踏みとどまる。

 

 鉄心は審判としてラインオーバーしていないか目を光らせてチェックする。これはライン上、踵が1ミリすら出ていないのでセーフだ、それと同時によく踏みとどまったと灯の耐久力の高さに感心した。

 

 

 

「よく耐えたな、完全に決まったと思ったんだが」

 

 

 

 灯はまず線上から足を移動させ間違っても失格にならないために場所を初期位置へと戻す。

 

 だが体制はくの字のまま、手で蹴りが入った腹を抑えてるところを見ると相当効いているようだ。頭も下げ目線も地面を向いたまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その様子を見れば武道に関係ないものでもわかる。この勝負灯の負けだ。あのままだと次のターン灯の攻撃は大したものは撃てないはず。ボロボロな状態では満足な技を出せない。何より体力に差が付きすぎてしまった。

 灯は先の一撃でヒットポイントを半分以上持っていかれたはず。対して鍋島は今だノーダメージ、ピンピンしている。

 鍋島の圧勝で幕を降ろすことになりそうだ。

 

 

 

 観客の何人かは勝負は決まったと目を伏せている。灯の健闘を讃えるかのように慰めの目を向ける者だっている。所詮この程度の実力だったのかと心の中で馬鹿にしてる者だっているだろう。

 

 灯と親しい者とクラスメイト達はこの結果に信じられないといった表情を浮かべていた。川神学園最強の男、学園全体で見ても五指に入るであろう腕前の持ち主が完敗するなんて思っていなかった。

 

 鉄心を含めた川神院関係者たちはまた年季を重ねてから挑めばいいと、これは仕方がない結果だと考えてる。

 

 

 

 

 

 皆が灯の勝ちの目はないと確信している中、本人は昼休みのある出来事を思い出していた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「灯が決闘を受けるなんて珍しいね」

 

 

 

 鍋島が満足そうに食堂を去った後、一連の流れを見ていた弁慶が話しかけてくる。

 

 弁慶がそう疑問に思ったのも無理はない。灯と出会ってまだ1か月も立っていないが、その短い期間だけでも彼は百代とマルギッテから勝負しろとせがまれてる姿を何度も見ている。そして挑まれる度に逃げている姿も確認済みだ。その灯が今回初めて決闘を承諾したのだ。

 

 

 

「あぁー……まぁな」

 

 

 

 灯には珍しく歯切れの悪い答え方だ。

 

 

 

「なに? 気まぐれ?」

 

 

「気まぐれではないんだなこれが……あのおっさんは目標を達成するために立ち塞がっている壁、いわば過程だ」

 

 

 

 鍋島は灯が一番倒したかった祖父を知っている、戦ったこともあると話ていた。その結果鍋島は負けた。その負けた相手が灯に勝負を挑んできた。ならばそいつを倒さなければ目標が達成できないではないか。

 既に国吉日向は故人だ、故人を超えるためにはこのようなやり方を重ねていくしかない。だからこそ逃げるわけにはいかない。そして勝利をもぎ取りに行く、こんな過程の段階で負けてしまってははっきり言ってお話にならない。

 

 

 

「弁慶だってあるだろ? ここはやらなきゃいかんってことが。義経ちゃんを守るとかさ」

 

 

 

 弁慶は主である義経を尊敬している。とても可愛くて真面目だけどどこか抜けてるところがある主、弁慶に取っては守る対象だ。義経を守ることは何よりも優先されることであり、絶対に遂行しなければならない。灯が言った通りやらねばならぬことだ。

 

 

 

「まぁ他にも川神水の確保とかちくわの確保とか。あと蒲鉾の確保とか……色々あると思うが」

 

 

「その例えじゃピーンて来るものも来ないよ」

 

 

「お前の好物ばっかなはずだが? まぁとにかく、ここは引けないし負けられない」

 

 

 

 何時も通りの軽口を叩きつつも何かが違っていることを弁慶はおぼろげながらに感じ取る。この男から引けない、負けたくないなどの言葉が出てくるとは想像も出来なかった。

 

 

 

「似合わんこと言ったがそう言うことだ」

 

 

 

 灯は1つ弁慶の頭を軽く撫でて食堂を後にしようとする。時計を見ると午後の授業が開始されるホンの少し前だ。弁慶は灯と共に食堂を出ようとはせずに、思わずその後ろ姿を眺めていた。義経は灯の後ろをトコトコとついて行っている。

 

 

 

「義経は応援するぞ。頑張ってくれ! 灯くん!」

 

 

「おぉ義経ちゃんが応援してくれたら余裕だ」

 

 

 

 義経の声が聞こえて弁慶は我に帰った。走って追いかけたりはしないが見失わないように後に続く。なぜ見とれてしまったのかは分からない。ただこの男がいつもと違って見えたのは紛れもない事実だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そうだ…………俺は負けてなんかいられねぇんだ――

 

 

 

 体は? 動く! 足は? 蹴れる! 手は? 殴れる! 眼は? 見える!

 

 …………本当に大丈夫か? 先の攻撃で確実にダメージは蓄積しているぞ? それでも目の前の相手を倒せるのか?

 

 そんなのは関係ない! ダメージを負ってるからなんだ! 敗北は許されない! 過程なんかで躓いちゃ話にならねぇ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灯の瞳の色が変わる。変わった瞬間鉄心の攻守交代の声が聞こえた。これで灯に4回目のターンが回ってきた。

 

 

 

「いやー……舐めてた」

 

 

「あん?」

 

 

「正直ここまで強いだなんて考えてもいなかったんだ」

 

 

「そりゃこっちのセリフだ。流石日向さんの孫といったとこか」

 

 

「今だピンピンしてる人が言っても説得力ゼロだっつの」

 

 

 

 淡々とした会話が続いてる間も灯は腰を曲げ、頭を下げて地面を向いたまま。

 鍋島はあれだけ綺麗に決まって耐えただけでも立派だというのに、しゃべる気力があるのかとそのタフさに舌を巻いた。

 

 

 

「んぁ?」

 

 

 

 ふと灯が体制はそのまま、右腕だけを肩と同じ高さまで上げた。

 何を仕掛けてくるんだ? 何を狙っているんだ? 鍋島には灯が何をしてくるか全く想像がつかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただある一言が鍋島耳に入った。

 

 

 

「……ドロー1」

 

 

 この一声がトリガーになったのか、灯の右腕がだんだんと赤くなっていく。

 まるでターボエンジンが徐々に動き出すかのように、熱くなっていくかのように、赤くなっていく。色が変わっていくにつれに気が膨れ上がり、蒸気すら出始めた。人体から蒸気が出る、ありえないことだが右腕から出ている煙はどう見ても水蒸気にしか見えない。

 それが灯の右腕を回転しながら風を作っていく。

 

 

 

「赤い……風……」

 

 

 

 誰が言いだしたのか分からない。それでもこの例えは的を得てる。

 右腕を中心としてまるでドリルのようにスチームがゆっくりと回転している、それが腕の色を取り入れて赤く染まっていく。

 

 

 

「な……何だあれ!?」

 

 

「この私ですら何が起こっているか分からないぞ!?」

 

 

 

 舎弟の質問にも答えることが出来ない。百代は世界中の武道家たちと戦ってきた。勿論その中には奇妙な技を使う奴が多数いて彼女を楽しませてくれた。そんな数多くの技を見てきた百代でさえ、灯の現状を説明することが出来ない。予想がつかないのだ。

 

 

 

「なにあれ!?」

 

 

「一体……何が起きているんだ!?」

 

 

「まゆっち、どうなってるか分かる?」

 

 

「私もさっぱり検討がつきません……」

 

 

『赤い腕とかどこのエクソシストだよおい』

 

 

 

 周りが一斉に騒ぎ始める。灯の敗北と決めつけ試合に興味を失いかけていた者がありえない光景に目を疑う。

 

 

 

「とんでもない技を隠し持っていたものだな、つくづく私を楽しませてくれる奴だ」

 

 

「すごい……っ!」

 

 

 

 京極は観察していた甲斐があったと、灯の赤き風を纏った腕を見て満足そうな顔をして目を伏せた。

 

 葉桜は純粋に好奇の目を向けている。九鬼という強い人物がわんさかいる場所でも肌の色が変わるまで己を強化する者はいなかった。色々な人物を見て育った葉桜でさえこのような出来事は見たことがない、驚くのは必然だ。

 灯を見ている途中で葉桜は体に何とも言えない違和感を感じた気がしたが、それも興奮しているだけだろうと大して気にしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 観客が様々な反応を見せる中、不気味なほど冷静に分析している者がいた。

 

 

 

(まさか……あんな奥の手が残っているとはね。恐らく筋肉のリミッターを全て外した……いや? 筋力を膨張させたのかな? どちらにせよ更に攻撃力が跳ね上がった)

 

 

 

 燕の推察は的を得ていた。

 

 

 

 

 

 灯は現在右腕の筋力の全リミッターを解除している状態だ。

 通常人間は持っている筋力の2割ほどまでしか力を引き出せない。2割以上引き出してしまうと筋細胞が大ダメージを受けてしまい超回復が間に合わなくなってしまう。百代などの鍛えてる人間は2割が3割、4割と出せる力が増えていったりはするがそれでも10割全ての力を出すなんてことは不可能なのである。

 

 

 

 だが灯はそれを可能にした。制限を解除することで正真正銘100パーセントの力を発揮することが出来る。この瞬間を置いて灯はワンパンチで全てを破壊できると言っても過言ではない状態になった。

 

 

 

 

 

 リミッターを外し終わった灯は顔を上げターゲットをキッと睨みつけて攻撃体制へと移す。右足を引き、左足は軸足としてガッチリと固定。左手で鍋島の胸部をロックオン、赤い風を纏った右腕は大きく引いた。

 

 

 

「……狙い撃ちか? 殴る位置が知られるぞ?」

 

 

 

 鍋島はこの状況になっても冷静さを失わない。確かに目の前の男は驚嘆に値する行動を起こした。とんでもない一撃を放ってくることも予想出来る。それでも狙ってくる位置さえ分かればいくらでも防御のしようがある。

 

 

 

「そんなもん分かってる……ガードするならしっかりしろよ」

 

 

 

 それは百も承知。防御出来るもんならやってみろと自信満々な灯を見て、鍋島は気を両腕に集中させる。

 ここが正念場となる。これを凌いで再度ターンが変わればダメージを負っている灯には王手がかかる。

 

 

 

 

 

 ついに攻撃が来る。右の正拳突き……というにはあまりにも不格好。ただ単に力任せに人を殴り飛ばそうとしているようだ。ゲームセンターなどに置いてあるパンチングマシーンにて記録を狙って思いっきり殴るようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでも――

 

 

 

「な……!?」

 

 

 

 今日初めて鍋島の顔が歪む。ガード何て関係ない。防御ごと突き破ってくるような一撃。辛うじて奮った拳は見えたが、今まで通りに対処しようとしていたらガードは到底間に合わなかった。

 

 拳は左腕に直撃。その瞬間ミシミシッと骨が軋む音が鍋島の耳にはっきりと届いた。気を回し、鍛え上げた自慢の腕が吹き飛ばされる。

 

 

 

 それでも鍋島は堪える。腕から足に気を回す。線さえ出なければいいのだ、踏ん張るしかない。

 

 

 

「うおぉぉぉぉおおおおおお!!」

 

 

 

 声を張り上げ無理やりにでも耐えようとする。足に力を込めすぎたのか、地面にヒビが入った。攻撃をもらってないはずの足まで痛み出してきた。力を入れすぎた影響か? はたまた灯の拳が全身に響いたのか? それは分からない。

 

 

 

 

 

 その甲斐合ってか、ラインを越えることはなかった。鍋島は耐え切ったのだ。灯のターンが終了する。

 

 

 

「こ、攻守交代!」

 

 

 

 鉄心が灯の雰囲気に圧倒されたのか? それともあまりの破壊力に驚いているのか? 若干言葉が詰まりつつも鍋島の番だと告げる。

 

 

 

(……すげぇモンもらっちまったなぁ)

 

 

 

 先のターンで決められなかったことを後悔した。そう考えたのと同時にこのターンで決められなければ間違いなく鍋島は負ける。そう思わせるのに充分過ぎる拳を貰ったのだ。

 

 

 

「これが最後だ! 行くぜ!」

 

 

 

 灯は今だ赤い風を吹かせながら、鍋島を睨みつけ立っている。さっさと攻撃してこいと眼で訴えている。

 ならばその挑発に乗ってやろうではないかと、鍋島は己の拳を振りかぶった。今日1番の大技を、数々の武道家を倒してきた一撃を灯に放つ――!

 

 

 

「俺流!! 富士砕きぃ!!」

 

 

 

 元は川神流禁じ手富士砕き。強烈な正拳突きであり鍋島が最も信頼を置いている技でもある。どんな硬い岩ですら粉々に砕いてしまうような絶大な威力持っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを灯は生身で受け止める。ガードが間に合わなかったわけではない。ガードしなかったのだ。防御しようとした様子が全く見れず己の肉体1つで完全に鍋島の拳を止めた。

 

 

 

 鍋島は思わず目を疑った。おかしい? さっきまではふらつくなり後退するなりのアクションがあったはずだ。だがなぜ今は微動だにしていないのだ? ダメージは確実にあるはず。

 ふとここで鍋島にある仮説が浮かんだ。今の灯はアドレナリンが出まくっている状態。例えるならランナーズハイのように気分が高揚している状態。出なければ筋肉のリミッターを外すこと何て出来ない。

 

 

 

 

 

 だとしたら――

 

 

 

(精神が肉体を超えたか……)

 

 

 

 いくら激痛が体全体に走ろうが頭で痛みを感じ取らなければ、それは痛みにはならない。間違いなく鍋島が放った”富士砕き”は効いているだろう。ダメージは確実に入ったはずだ。だがそれを表に出さない。

 

 

 

「攻守交代!」

 

 

 

 鉄心が宣言した瞬間、灯が再度紅腕を振りかざす。

 

 先ほど辛うじて見えた拳が完全に目視出来なくなった。当然鍋島のガードが間に合う訳がない。いやガードが間に合ったとしても意味がなかっただろう。全てを破壊するようなボディブローが炸裂――ついに鍋島に渾身の一撃が入った。

 

 

 

 

 

 結果大きく吹き飛ぶことになりバトルフィールドからも出てもその勢いは止まらなかった。

 

 壁に激突して漸く鍋島の動きが止まる。壁が大きく割れているからその威力はある程度は理解出来る。

 

 

 

 壁にぶつかった瞬間、鍋島は意識を失った。意識がなくなる直前まで思っていたことは……――見事だ、国吉灯――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灯の赤い腕が元の肌色に戻っていく。蒸気も薄れていき右腕を取り巻いていた赤い風が止む。戻っていくにつれ荒い息遣いの音が川神院内に響き渡った。

 

 

 

「勝者!! 国吉灯!!」

 

 

 

 だがその息遣いも鉄心の勝利宣言。その後遅れてやってきた観客からの大きな歓声で全く聞こえなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灯は両手を大空に飛び立つように広げ、握り拳を作ったまま天空に向かって吠えた。

 




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