真剣で私に恋しなさい! ~Junk Student~ 作:りせっと
チッタ表通りの狭い道路に2台のバイクが爆走する。
この狭さでは考えられないほどのスピードをどちらも出しており、このままだと事故になってもおかしくない。壁に激突する未来だってある。
「なんだなんだ!?」と歩道をいた何人もの通行人がバイクが走り去った後を見送っているが、運転している当人たちは通行者などに目を向けている余裕は無い。
先頭を走る者は葉桜清楚の鞄をひったくった男。周りに目を向けるよりも自分が逃げ切る事、もっぱら追跡している後ろの2人から逃げ切ることで頭がいっぱいである。
対して後ろの2人組は灯と鞄をひったくられた清楚。灯は目の前のひったくり犯を視線から外さないことに意識を向けており、清楚はバイクから振り落とされないよう灯に必死にしがみついている。前を見る余裕すらない。ただひたすら力込めて灯の背中を挟んでいる。
灯は背中から伝わる清楚の胸の感覚を楽しんでいる……様子はなかった。もっと平和なときだったら柔らかい感触を楽しんでいるだろうがそれよりも重要な問題がある。
「チッ! 差が縮まらんな……」
灯は思わず舌打ちをして愚痴をもらす。さっきから全力で追いかけているのだがひったくり犯との距離が縮まらないことに苛立ちを隠せない。
だがそれも仕方ない。バイクの馬力はほぼ同等。しかし灯側には清楚が後ろに座っていること。それに今でも物凄いスピードではあるが、チッタの狭い道路じゃアクセル全開のフルスピードが出せない。速さに至っては相手も一緒ではあるが差が縮まらない要因に間違いは無い。
(……しゃーないな)
これ以上やっても埒が明かないと、灯はあることを決断する。
「葉桜先輩」
「な! なに!?」
清楚は何とか灯の声をヘルメット越しに聞き取り返事を返す。ただそれでも顔を上げる余裕はなかった。
「先回りするためにこれから裏道走りますんで振り落とされないよう気をつけて」
「こ、これ以上どうやって気をつければいい……キャアアアアアア!!!!」
清楚がこれ以上気をつけようが無いと反論しようとしたが、その言葉は灯の耳に届かない。耳に届いたであろうは清楚の絶叫だけ。
灯は一言伝えた後、右足を軽く上げて力を溜めた後、思いっきり地面を蹴飛ばす。その勢いを利用してさらにハンドルを左に切ることでほぼ直角にバイクを曲げ、チッタ表通りよりもさらに細いチッタ裏通りへと行く先を変える。
入った裏道は表通りと比べてとても整理などされてない道でありデコボコしてる。さらにはゴミ箱等の障害物も散乱してあってとてもスピードを出して直進出来る道ではないが――――
「ホッと!」
灯は上半身に力を入れて前輪を大きく持ち上げる。後輪のみで走ってる状態を作り出し、さらには通るのに邪魔な物が配置されてる場所を飛び越えるため更に力を込めてバイクを宙へと浮かす。それを連続して繰り返すことでゴミをまるでハードルを超えるようにして進んでいく。
「えぇ!? バイクってこんな簡単に跳べたの!? こんな兎みたいにピョンピョン跳べたの!?」
ついに清楚が壊れ始めた。いや慣れ始めたのかも知れない。
「お、先輩少しは余裕出てきたんじゃない?」
「余裕なんてないよ! なんで国吉くんはそんな呑気なの!?」
灯に突っ込みを返せるぐらいには慣れてきたっぽい。
「失礼な! 俺は必死に追いかけてる!」
「わー!! 分かったから前向いて前!!」
「はいはい……そろそろ裏道抜けるな! こっからはアクセル全開ィ!!」
細い細い裏道を跳び抜けて、視界に入ったのは広い道路。急に脇道からバイクが空中に浮きながら飛び出てきた事に通行人が腰を抜かして驚いた。
灯は気にせず清楚は心の中で腰を抜かした人に向かってごめんなさいしていたが……ふと前を見て彼女は目を大きく見開いた。
「く、国吉くん!! これ引かれるよ!!!!」
灯が運転しているバイクのすぐ横に車が向かって来てる。急に出てきたために車のブレーキが間に合わない。クラクションをけたたましく響かせながらドライバーは必死にハンドルを切るもこのままだと衝突する…………周りにいる誰もがそう思い悲鳴が上がりそうになる。
「あーらよっと!」
だが灯は慌てた様子無く、裏道から出た瞬間さらに深くアクセルを踏み込む。それに比例してかバイクが宙を舞いながらもタイヤがギュルギュルと回る。着地した後、道路にタイヤの跡が残るほどのあり得ない初速で駆け出し始め、車に激突する事無く回避し反対車線へと移動した。
「ふう……危ない危ない。何とか事故ることは避けられたな」
「全然避けられてないよ!」
確かに灯たちは無事である、フゥっと息を吐いて安心している。
だが後ろを見てみるとハンドルを切り、歩道に乗り上げた車が消火管に激突して奇麗な噴水を生み出している。周りはちょっとしたパニックに陥り車は運転不可能な状態に、充分警察沙汰になりうる事故が発生。
これ、ひったくり犯捕まえたら私たちも一緒に捕まるんじゃないかな? と清楚は当然の疑問を抱いたまま灯と共に走り去って行く。
「さて……このままいけばひったくりヤローと鉢合わせるはず」
チッタに比べて広い道路を法廷速度全無視しつつ、車を右へ左へスイスイとよけながら突き進んで行く。この先はチッタと繋がっている交差点に出る道。灯はそこでひったくり犯を取っ捕まえる気でいた。そして展開は灯の描いた通りになる。
「みーーーーッつけた!!」
灯の目に映るはターゲットであるひったくり犯。見つけた瞬間ニヤリと顔を歪める。
すぐ横に付けるため、二度と見失わないために赤信号を華麗に無視して右折。またもクラクションを盛大に鳴らされたが気にしない。
既に灯たちを振り切ったと思いアクセルを緩めている犯人の横にピタリとつけた。
「な…なんでコイツらが!?」
振り切ったはずの2人組が急に現れて自分のすぐ横にいることに驚きを隠せない。すぐさまスピードを上げようとしたが時既に遅し。驚いている隙を付いて灯が攻撃を仕掛ける。
「おっっらぁ!」
男が乗っているバイク目掛けて思いっきり蹴飛ばす。バイクに足跡が残るほどの威力。ひったくり犯にそんな破壊力満点のキックを受け流すことなんか出来ずに体制を崩し――――
「うわあぁぁぁあああ!!!!」
歩道へ大きく投げ出される結果になった。ハンドルから両手が離れてその瞬間、清楚の鞄が男から手放されて空中に投げ出される。
それを見た灯はバイクを器用に操作して鞄の落ちる位置を予測。後ろに座っている清楚本人にピタリと合わせる。
「わっ!?」
スポッと、鞄は持ち主である清楚の手の中に収まった。彼女は驚きながらもしっかりと鞄を握りしめている。奪還成功だ。
「葉桜先輩ナイスキャッチ」
鞄が清楚の元に落下したのを確認し、灯は振り向いて清楚に向かって笑みを浮かべる。非常に子供らしい、ニカっとしている笑顔だ。
自分の鞄が戻ってきたことに加えて、灯の顔につられて清楚も思わず笑顔が浮かんでくる。
「取り返してくれてありがとう」
「中身なんも取られてないか確認してくれ」
そう言われて清楚は鞄を開けて所持品がなくなっていないかヘルメットを外して確認し始める。財布、ある。生徒手帳、ある。教科書類、ある。読みかけの本、ある。特に中身を取られていない。男がバイクを止めて中身を取り出したとかいうことはなかったようだ。
「大丈夫! 全部戻ってきてるよ。それよりも……」
清楚がチラリと目線を灯から外す。目線の先には足跡がクッキリと残った壊れかけのバイクと完全に気絶しているひったくり犯がいる。
「この人どうしよう?」
「放っておこう」
「え? 警察を呼ばないの?」
清楚の疑問は当然。ひったくり犯を捕まえたのだからここは警察を呼んで引き渡すのが普通だろう。一般的に考えて一学生が犯罪者を捕まえる事は中々ないのだが、ここは川神だから至って普通だ。警察もそんなことに慣れているところがある。しかし
「あー……呼んだら芋づる式に俺まで捕まってしまいそうだし」
灯はばつが悪そうに、顔を清楚から背ける。
清楚の鞄を取り戻すために灯がやってきたことを振り返ってみよう。法廷速度無視、赤信号無視、道路交通法違反、車噴水事故を引き起こした張本人。もしかしなくてもひったくり犯よりも重い刑に罰せられそうだ。
「…ってそうだよ国吉くん! 君どれだけ周りに人たちに迷惑かけたと思ってるの!」
ハッと、清楚も今までの経緯を思い出す。彼女の顔から笑顔が消え、代わりに怒りという感情がわき出てくる。
そんな清楚を見てヤバイと感じた灯が話を逸らしにかかる。
「まぁまぁ…落ち着いて先輩。周り見て周り」
灯に言われて清楚はふと周りを見渡す。なんと通行人がぞろぞろと集まってきているではないか。今は気絶しているひったくり犯に皆の目がいっているが、このままだと自分たちも変に注目されてしまいそう。
「……んもぅ!」
清楚も注目を浴びるのは嫌だと感じたのか、ヘルメットをかぶり直し再び灯が運転するバイクに飛び乗って走り去って行った。今度は無茶な速度は出さず法廷速度を守って。勿論清楚の怒りをこれ以上買わないためという理由も含まれている。
「はぁ……あのままだと遅かれ早かれ警察は来るな。道中にて呼んでる奴だっているかもしれん」
はっきり言って灯たちは非常に目立っていた。2ケツで爆走、どちらも川神学園の制服を着ていておまけに灯は今もノーヘルでバイクを運転している。追いかけている時は速度が出ていたため顔ははっきりと見られていないだろうが……それでも目立つもんは目立っている。
だがそれよりも、灯には警察を呼ばれたら困る最大の理由があった。
「国吉くんどうしてそんなに警察の人に会いたくないの?」
「俺バイクの免許持ってないし」
「………………え”!?」
清楚は耳を疑った。今運転している彼は今なんて言った? バイクの免許を持っていない……と言ったのか? この意味を理解した瞬間、清楚の頭はサーっと冷えていく。
「免許とかいうちっぽけなカードよりも大切なのは運転する技術だと思うんだよ。免許持っててもめちゃくちゃヘタクソな奴だっているしな。それよりかは技量が伴っているかで判断してもらいたいもんだ。そもそも……ん? 先輩?」
灯は体に振動を感じたので軽く後ろを見てみる。自分にしがみつきながらも、顔を下を向けながらプルプルと震えている清楚が目に入った。どうしたんだ? と思ったが次の瞬間――――
「国吉くん!!!! バイクを今すぐ止めなさーーーーーーい!!!!」
清楚は激怒した。これ以上ないくらい激怒した。彼女の火山が噴火した。
「…………あの……葉桜清楚先輩?」
「止めなさい」
「…………はい」
有無も言わさない様子を感じ取り、アクセルを緩め始める。同時に路肩へとバイクを止める。スピードがゼロになると清楚はバイクからゆっくりと降りた。
「国吉くん、バイクから降りて座りなさい」
「へ!? 下はコンクリ……」
「座りなさい。正座しなさい」
「……」
なぜかは知らないが圧倒的な威圧感を醸し出している清楚の前に逆らう気力が出ずに、非常に怯えた様子でバイクを降りてゆっくりと正座する。
「まったく国吉くんは! 確かに私の鞄を取り返そうとしてくれたのは嬉しいよ。だけど、それでもやっていいことと悪いことぐらいは判別出来るよね? 日本はバイクを運転するのに免許が必要不可欠なんだよ。それを知らない年齢でもないでしょ? 18歳以上なんだから。まさか免許も持たずにあそこまで堂々と運転するとは想像もしていなかったかな。今回の件でどれだけの人に迷惑をかけたのか国吉くんは理解している? 通行人を引きそうになる。消火管は暴発させる車事故を引き起こす。迷惑の限度を超えているよ! ねぇ国吉くん聞いてる? しっかり私の目を見て話を聞いてよね。そもそも……」
しばらくしてこの事件を耳にした九鬼の従者である李とステイシーが清楚のもとに駆けつけてみると……そこに広がっていた光景は土下座している灯と仁王立ちしながら灯に指を指して説教している清楚であった。
「……なんだこれは?」
「……さぁ? 何があったのでしょうか?」
灯&清楚 VS ひったくり犯。勝者 "葉桜清楚" のみ。
こんばんわ。りせっとです。相も変わらず清楚の口調が掴めませんでした。変だと感じたら今回も遠慮なく突っ込んでください。
これからもこれぐらいの更新ペースになると思います。
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