真剣で私に恋しなさい! ~Junk Student~   作:りせっと

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A-2面白かったです、はい。


17話 ~国吉灯、成長する~

 清楚怒濤の説教は李とステイシーが宥める事で鎮圧した。

 

 と言っても実際に宥めていたのは李だけだったりする。清楚から怒っている理由を聞いたステイシーは「お前ロックだなー」と、灯に関心しているだけであり清楚の怒りを沈めるという行為はほとんどしていない。実に性格の差があるメイド2人組なのだ。

 

 

 

 李が彼女の怒りを収めた後、灯にとって助け舟であった李はひったくりの犯人を捕まえに行くと灯たちが来た道を引き返していき、ステイシーはバイクを持ち主に返すと去って行った。

 

 灯が返しにいく……もとい運転すると申し出たのだが、清楚の可愛い顔に似つかないギロリとした視線を浴びて自重した。

 

 

 

 その灯は清楚を途中まで送り届けるため彼女と共に歩き出す。

 

 完全に送り狼になる……と思ったが、さすがの灯も色々と痛い目にあってしまった。なので変な気など一切起こさず、まるで紳士の様な対応で送り届ける。

 

 清楚もバイクでの一件はあったものの、灯と話すことは楽しいので送られる事自体は喜んだ。

 

 

 

 

 

 これらの出来事が約20分前。現在葉桜清楚は1人でマイホームである九鬼極東本部を目指して歩いている最中。そして1人となるといろいろと考えてしまう。例えば……今日灯と遊んだことについて。

 

 

 

(今日は……楽しかったなぁ)

 

 

 

 自分の鞄をひったくられる想定外の事件はあったが、それを差し引いても楽しかった。

 

 

 

 何が楽しかったのか?

 

 まずは灯と話せたことだろう。彼との会話は弾む弾む。そこはナンパばかりしていることから身に付いた女性を喜ばせるスキルが存分に生かされた瞬間だ。

 

 次にケーキが凄く美味しかったこと。さすが一番人気といったところ、思わず同じケーキを追加注文してしまったぐらい。ただカフェ代を全て灯が持った事だけが清楚は気に食わなかった。自分が少し席を外した時に灯が先に会計を済ませていたのだ。今度灯と遊んだときは自分が奢ろうと心に決めている。

 

 後はバイクでチェイスレース出来たのも楽しかった。猛スピードで駆け抜けたあのスリルは忘れられるものではない…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(え? 私何でこの事を楽しいと思ったんだろう?)

 

 

 

 今確かに清楚の心の中で、あの竜巻が通り過ぎた後のように一般人相手に迷惑をかけたバイクスタントを楽しいと感じた。それはおかしい。

 

 

 

(あんな危険極まりないことが楽しいはずがないよ)

 

 

 

 あれは怖かっただけだ、と自分に暗示をかけるかのように言い聞かせる。

 しかし一瞬でも楽しいと感じてしまったことがどうしても気になってしまう。

 

 

 

(もしかして……私の正体が原因で楽しいと感じたのかな?)

 

 

 

 武士道プランの中で清楚だけが誰のクローンなのかを知らされていない。知っているのは九鬼の重鎮達だけだ。九鬼の御曹司である英雄や紋白、川神学園に登校していない九鬼家長女の揚羽ですら知らされていない。

 

 彼女は今まで自分の正体が気になったことは何度もある。だが気になる度に読書をして気を紛らわせていたのだが、この一件で強引に封じ込めていた探求欲が湧き出てきた。

 

 

 

(……ちょっと相談して見ようかな?)

 

 

 

 だがクローン達の育て親である九鬼家従者部隊No.2のマープルに相談しても、25歳になったら教えると言われて終わり。それでは相談する意味がない。だとすると相談する相手は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーむ……」

 

 

 

 清楚と名残惜しくも別れた後、灯は考えていた。内容は清楚の正体についてだ。

 

 美人は怒ると怖い。普段から整った顔立ちをしていて柔和な笑顔を振りまいている女性が顔を歪ませて怒る様子など恐怖でしか仕方ない。

 

 先の清楚から喰らった説教はピタリとそれに当てはまる。美人は怒らしたらダメだと再度認識出来た。

 

 

 

 いや、あの時清楚から感じたのは恐怖とはまた別のもの、威圧感といったほうが正しい。説教する前とバイクに一緒に乗せてくれと言われた時ににじみ出たあの覇気。とても落ち着いた文学少女が出せるものではない、灯が思わずたじろってしまう程。

 

 

 

(あの威圧感は文化系のクローンではないなァ……そもそも武士道プランだろ? 清少納言とかは明らかにベクトルが違う)

 

 

 

 清楚を含むクローン4人組は武士道プランと評されて川神学園に入学してきた。武士と文化人ではジャンルが異なる。3人が源氏シリーズで統一されていて且つ武人。清楚も同様に武人であると考えていいだろう。

 

 今まで灯にとって清楚が誰のクローンであるかなどはあんまり興味がなかった。誰であろうと可愛ければそれでいい、可愛いは正義なのだから。

 だがこんなことを経験してしまうと少しは気になってくる。清楚ちゃんマジ清楚とは納得出来ない。

 

 

 

(ちょーっと調べてみっかな)

 

 

 

 少し浮世離れしているところもある彼女と話すのは灯にとっても楽しかった。美人とお茶するのがつまらない訳が無い。このお茶会は是非共続けて行きたいと思っている。

 

 彼女と話す機会を再度作って会話の中に正体を探れる内容を交えて聞いてみようと、灯は葉桜清楚の正体に興味を持ち始めた。

 

 

 

(とりあえず……研究熱心なあのお方に聞いてみるか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てことで燕先輩。目星ついてんでしょ?」

 

 

「話の脈略が何も見えないよ」

 

 

 

 時は翌日、場所は屋上。灯は昼休みになると同時に、燕と接触するため屋上に足を運んだ。到着して周りを少し見渡すと案の定お昼寝しようかという彼女を予想通り発見。今に至る。

 

 

 

「葉桜先輩の正体だよ。常日頃から泥棒猫のように色々な人を研究していらっしゃる勤勉家で優秀な燕先輩ならもう正体見破ってるんじゃないのかと思ってな」

 

 

「人のことを貶しながら持ち上げるって中々出来る事じゃないね」

 

 

「事実だろ? 俺が戦っていた時も熱ーい視線を送っていたじゃん」

 

 

 

 灯は鍋島と戦った時に燕がジーッと目を離さずに観察していたことを知っている。あの時周りに誰がいたかぐらいは把握している。

 

 

 

「灯くんのカッコイイ姿を目に焼き付けておこうかと思って」

 

 

「そりゃ光栄。惚れた?」

 

 

「全然」

 

 

「バッサリ切られた……泣けるぜ」

 

 

 

 燕に振られたことで思わず顔を手で隠すも冗談で問いかけたものに対しての回答だ。手の下では軽く笑っている。

 

 それに対して燕は顔には出さないが内心苦い表情を浮かべた。

 

 

 

(思った以上に鋭いなぁこの子……)

 

 

 

 意外に灯は頭も回る、燕は心の中で舌を巻く。ただの変態じゃないなと、灯の評価を改めた。実際戦うとき以外はただの変態なのだが。

 

 

 

「おっと話が脱線してしまうな、彼女は誰のクローンなのよ?」

 

 

「大体の目星はついてる……けど」

 

 

「けど?」

 

 

「ただじゃ教えられないかなー」

 

 

 

 ニヤリと、不適な笑みを浮かべながら答えを言わない。燕は灯に2度も手玉に取られたことを忘れてはいない。そんな彼女が簡単に灯の要望に答える訳がなかった。

 

 

 

「……条件は?」

 

 

「納豆30パック買ってくれるのなら教えないこともないよん」

 

 

「30パックかぁ……いやそれ以前に納豆が嫌いな俺にとっては難題か……」

 

 

 

 燕が出した交換条件には応じられそうに無かった。納豆が食べられない灯が30パックも購入する訳が無い。残念なことだが交渉は決裂。

 

 

 

 

 

 ただ燕は交渉が決裂したことよりも――――

 

 

 

「え? 灯くん納豆嫌いなの?」

 

 

 

 納豆が嫌いだということは聞き逃せない。というか許せない。燕の商売人として、納豆小町としてのプライドに火がついた瞬間だ。この男を納豆の虜にしてみせる……!!

 

 

 

「それは松永納豆で納豆嫌いを克服しなきゃねん! 松永納豆はそこらへんの物とは味も品質も違うから是非食べてみて! 絶対好物になるから!」

 

 

 

 すぐさま懐から納豆を取り出して慣れた手つきでかき混ぜ、灯の口元へと持って行く。その準備速度は神技といっても差し支えない。思わず灯の顔を引きつってしまうほど。勿論顔が引きつったのは納豆を近づけられたことも関係している。

 

 

 

「い、いやーとりあえず今はいいかなー。納豆嫌いの克服はまた今度ってことで……」

 

 

 

 女性に食べ物を食べさせてもらえるという最高のシチュエーションも、それが納豆であるとなれば灯にとっては魅力ゼロ。ご遠慮願いたいぐらいだ。

 

 納豆を手にした燕から距離を取るように、目を離さず一歩一歩ゆっくりと後退して屋上からの脱出を試みる。

 

 

 

 だが逃がさないと言わんばかりに燕も灯が一歩後ろに下がるごとに一歩前進して距離を再度詰める。

 

 

 

 

 

 そして……燕に肩をガッチリと掴まれる。

 

 

 

「箸と納豆を片手で持つとか随分器用だな……てか何この握力!? 俺よりあるんじゃない!?」

 

 

「フフフ……この納豆を食べるまでは離さないよ」

 

 

 

 彼女の艶やかな顔を見て灯は心底やってしまったと、地雷を踏んでしまったと後悔する。

 

 結局灯は清楚の情報を何一つ得ることなく、自分はやっぱり納豆が嫌いだという事実の再確認しただけで昼休みが終わった。

 

 加えて燕は思ってもいなかったやり方で借りを返したと言えよう。納豆を食べさせるという一仕事を終えた彼女には輝かしい笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜、森が揺れた。地震が起きてる訳ではない。何かを例えてる訳でもない。真剣で森全体が揺れているのだ。しかもここ最近毎日続いている。といってもこれは天変地異の前触れでもなく、災害が起きる訳でもない。

 

 

 

 

 

 では何が原因で森に振動が走っているのか? その答えは――――

 

 

 

 

 

 

「ッしゃぁ!!」

 

 

 

 釈迦堂刑部が目にも止まらない高速の殴打を繰り出す。並の武人ではこれを捌くことなんか出来ずにそのまま戦闘不能に陥るだろう。そんな苛烈な拳の嵐を

 

 

 

「シィッ」

 

 

 

 目の前の男、国吉灯は軽々と捌ききる。全ての拳を弾き飛ばしている訳ではない。的確に急所を狙ってきている攻撃のみをはたき落とし、他の牽制とも取れる攻撃はタフさに物を言わせて受けきっている。

 

 そして釈迦堂のラッシュの合間を抜って……高速の左を横腹目がけて放つ。

 

 

 

「ちぃッ……!」

 

 

 

 結果は直撃、釈迦堂は殴打のラッシュを中断。横腹からダメージが響いているが、それでも回避行動を取らねばならない。この後に来るであろう必殺の一撃だけは避けなきゃならないからだ。

 

 

 

 釈迦堂の予想通り、灯は右腕を大きくテイクバックして一瞬だが力を溜めに入っていた。そしてコンマ数秒後に顔面目がけて右ストレートが唸りを上げる。

 だがその右は釈迦堂が瞬時に体を反転させる事で空振りに終わった。

 

 

 

 

 

 

 森に激震が走っている理由はこの2人が戦っているからだ。両者共に強さの壁は超えている。一部の場所だけに地震らしきものが起きても、それは不思議なことではない。

 

 

 

 ここ最近釈迦堂と灯は毎日組み手稽古と称してぶつかり合っている。毎日戦っていればお互いの戦闘スタイルはある程度理解してくる。灯の右を避けられたのも慣れが大きい。先の左は相手を怯ませ、次に放たれる本気の一発を当てるために撃ったものだ。

 

 ただ灯のジャブの威力は他の者とは一線を画している。

 

 

 

(毎度思うが……牽制の威力じゃねぇな)

 

 

 

 釈迦堂だからこそ今の左ジャブを耐え右の強打から逃げることが出来た。

 

 ある程度のタフさがなければジャブ1回貰っただけでK.Oされたボクサーのように踞ってしまう。

 

 それほど灯の火力は並外れて高い。壁を超えた者の中でも間違いなく上位に居座る。小技の1つでもまともに喰らってしまっては体力、気力ともにごっそり持っていってしまうのだ。そしてここ最近の鍛錬で体のキレを取り戻してきたのか、桁違いの破壊力が更に跳ね上がっている。

 

 

 

 

 

 だが当たらなければ何の意味もない。再度釈迦堂のターン。半転した勢いを利用してお返しだとばかりに灯の顔目がけて裏拳を撃つ。この軌道とタイミングなら直撃間違いなしだと確信したが

 

 

 

 

 

 それを灯は獣の様な反射神経で躱す。上半身だけを必要最低限後ろに逸らすことで裏拳も空振り。その反動で生まれた隙を決して見逃さない。

 

 左手で釈迦堂の肩を掴んでそのままヘッドバット。頭蓋を破壊するかのような威力。

 

 

 

「グッアァ!?」

 

 

 

 その破壊力はさすがの釈迦堂でも耐えられるものではない。体が大きくぐらつきそのまま地面に倒れる。

 

 倒れたのは好機だ。そのまま追撃をかけには……行かない。

 

 

 

 灯は釈迦堂が立ち上がるのをギラギラとした目つきで待つ。これはあくまで稽古なのだ。本番の試合や決闘ならば間違いなく追い打ちをかけただろうが、鍛錬でそこまでやる必要はない。

 

 

 

「どうした? 早く立てよ? ハリー」

 

 

 

 非常に憎たらしい灯の態度を見て釈迦堂は奮起しようとするが、予想以上に頭部に受けたダメージが大きい。思ったように体に力が込められない。この時点で本番ならば決着だ。

 

 

 必死に立とうとしている中、釈迦堂は約数日前の灯と今の灯を脳内で比べる。

 

 

 

(コイツ……完全に動き方を取り戻したな……ッ)

 

 

 

 組み手を始めたばかりの灯は今と比べてどこか動き方が鈍いところがあった。鍛錬初日の灯だったら先の裏拳は直撃していただろう。

 

 だが現在はどうだろう? 体のキレはどんどん研ぎすまされていく。最初から高かった火力は更に底上げされた、それこそ釈迦堂をほぼ一撃で戦闘不能に陥らせるほど。錆びついていた牙が光る牙に戻ったのだ。

 

 

 

 釈迦堂が川神院の破門されておらず、基礎鍛錬を続けながら自分を高めていたのなら未だこの組み手は続いていただろう。だが今の彼は基礎をやっておらず、成長が止まっている。既に牙を研ぐのをやめてしまってる。

 

 

 

 

 

 悲しいことだが今の灯にはもう着いて行けない。

 

 

 

「ハハッちぃっくしょー……お前……短い期間で強くなりすぎなんだよ」

 

 

 

 釈迦堂は笑いながら、されど悔しそうに灯に話しかける。腕にゆっくりと力を込めて体を起こし、体制を立て直して胡座をかく。

 

 目の前の男が座ったのを見て、組み手は終了だということを感じ取る。灯は体から力を抜き構えも解いた。

 

 

 

「ひたすら実践という脳筋トレーニングが実を結んだか」

 

 

 

 灯自身以前よりも体が軽い……いや、体が思った通りに動くようになった。灯の祖父である日向とトレーニングしていた時、手にしていた感覚が完全に蘇る。

 

 一週間も経っていないのにここまで動けるようになったのは釈迦堂との鍛錬が濃密だったこと、そして基礎鍛錬を怠らずにやってきたことが大きい。

 

 

 

 釈迦堂は元川神院の師範代。師範代クラスの男が弱いはずがなく、そして人に教えることが下手糞な訳が無い。ひたすら実践するという何も考えてない様な鍛錬も、この結果を見れば実践不足だった灯にとって非常に適しているものであった。

 

 効果的なトレーニングに加えて基礎トレーニングも欠かさずこなしていた。となれば、短期間で昔と同じように動けるようになるのは不可能ではない。

 

 

 

「腐っても鯛……いや師範代か」

 

 

「チッ…鍛えてやったのに誠意の欠片もねぇな。まぁーこれで俺の役目は終了だ。約束通り、豚丼50杯とろろ付きで奢ってもらうぜ」

 

 

「体ボロッボロな癖に豚丼食う体力はあるのか、現金な奴」

 

 

「体動かした後豚丼食うと筋肉つくんだぜ?」

 

 

「それおっさんの持論だろ?」

 

 

「食べるのも修行ってやつさ」

 

 

 

 そのまま2人は梅屋へと足を運ぶ。

 

 

 

 

 

 これで釈迦堂とのトレーニングは終了。灯は間違いなく強くなった。

 

 そして強くなった事が、川神にある大きな波を引き起こす切っ掛けとなる。




 作者としては感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見等をいただければ幸いです。
 また、マイペースな更新が続きますがよろしくお願いします。

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