真剣で私に恋しなさい! ~Junk Student~ 作:りせっと
「おーおー嫌な時期になってきたなァ」
灯は椅子に腰をかけつつ、足を自分の机の上に乗っけるという最高に行儀悪い体制で周りを見渡している。ちなみに椅子に座っている時の大凡7割がこの姿勢である。
いつもの2年F組の昼休みときたら……お弁当を食べつつ世間話に花を咲かせる者、お弁当を食べつつ筋トレしている者、お弁当を食べつつ愛の言葉を囁く者、つまりは何とも平和な雰囲気に満ち溢れている。
だが今はそれらの光景に、お弁当を食べ終わったら勉強する者が追加されてきた。
落ちこぼれのF組がペンを握る時期といったら1つしかない。そう期末テストである。如何に成績下位の連中が多いクラスでも、中には優秀な生徒もいる。ほんの一握りなのだが。
「まったくだ、俺様もこの時期が1番嫌いだぜ」
「テンション下がるわよね~」
灯の言葉に賛同したのはいわゆるお勉強出来ない組。別名テストオワタ組である。
2人共眉間に皺を寄せて少々、いやかなりげんなりとしているよう。2人共知力よりも物理破壊能力が高いのが特徴だ。
「毎回思うけど何故ワン子と岳人が入学試験で合格したのが不思議で仕方ない件について」
「岳人は裏口だし、ワン子は俺が徹底的に教育したからな」
幼馴染にも裏口と言われる岳人。
彼はこの川神に土地を持っており、それを川神学園に貸している。それが大和や源、まゆっちなどが住んでいる寮だ。
そのためか、テスト前になると毎度のようにテストを金で買える、等の皮肉を言われるのがお決まりの流れになっている。こんな身も蓋もないことを言われるのは勉強しない岳人が悪いのだが……ちょっとかわいそう。
ワン子は入学するために必死で勉強した。それはもう勉強した。ペンを走らせる手が止まると蠅叩きが容赦なく襲ってくる環境で。常に半泣きながら勉強した思い出は決して彼女は忘れないだろう。
「はー土地で点が買えたらどれほどいいことか」
「いやー……お尻を蠅叩きで叩かないで―……」
ワン子が急に震えだした。どれほど恐怖だったのだろうか、蠅叩き教育。だが効果は実証済みである。
「灯、お前は勉強してるのか?」
「一体どこのどいつが俺にテストの点数を期待してると言うんだ?」
「フーフフ、なら自分の点数の高さを見て驚くがいい」
灯が勉強してないと悟ったのか、クリスはちょっと上機嫌になる。優越感という奴だろうか?
彼女は真面目だ。だからこそ、しっかりと勉強しているし、勉強を欠片もしていない奴に負けるわけがないと思っているのだろう。
「うわーお嬢が良い点数取ってる姿は想像出来ねぇ」
灯が意地悪そうな顔つきでいつも通りクリスを馬鹿にしにかかる。行儀悪さも相まって憎たらしさは倍増。
「む? それはどういうことだ?」
「いやだってお嬢アホだし……」
「アホ? 貴様自分のことをアホと言ったのか?」
「365度、どっからどう見ても阿呆だろ?」
「何だと……ッ!? ……ん? おい、1周は360度だぞ」
「お! よく気がついた。正直そのまま気付かんと思っていたんだ。お嬢、俺の想像の上をいったな」
「う……うぐぐぐぐぐぅ……ッ!」
クリスの綺麗な白い肌がだんだんと赤に染まっていく。流石の彼女もここまでくれば馬鹿にされていることに気づく。
灯のこの舐め腐った態度が気に喰わないのと同時に、この男に馬鹿にされるのが悔しくて仕方ないのだ。
そしてクリスは戦闘を含めて1回も灯に勝ったことがない。戦う内容は主に口喧嘩なのだが……一度くらいこの灯をギャフンと言わせたい。塵屑を見返してやりたい……そう思ってるのだが、その願いが叶った試しは今の所ない。今後叶うかも未定である。
ちなみに大和、京の2人も「よく気付いた」とクリスの成長に胸打たれていたことを記載しておこう。
クリスが地団太を踏みつつ今にも噴火しそうなこのタイミングでお客さんが現れた。
「こんにちわ、灯くんはいるだろうか?」
「ちーっす」
「やぁ義経ちゃん、弁慶」
灯は頭の後ろで組んでいた両手を崩し、右手を挙げて自分がいることをアピールする。クリスからは既に視線を外し、F組にスタスタと入ってくる彼女らへと合わせた。
「技術屋に灯くんのことを話したぞ。とりあえず明日にでも持ってきてくれと言ってた」
「オッケー、後は俺と話しをしてからってとこか。……テスト前で悪いが義経ちゃん、明日俺を案内してくれないか?」
「勿論、義経が責任を持って案内する」
「流石! 出来る女だ、思わず惚れちゃいそう」
「えぇ!?」
思わず顔が少し赤くなる義経。灯にとってこの程度のセリフ日常茶飯事なのだが、未だ義経はこう言うのに抗体がないよう。非常に純粋なのが可愛いところだと灯は思っている。
その悪ふざけを粛清するかのように伸びる手が灯の目に映る。
「主をそんなに揄わないでくれないかな?」
「待て落ち着けよ弁慶ちょっとしたジョークだジョーク」
灯の顔が弁慶に握りしめられ大豆のような形に変形し始めた。軽快な声とは裏腹に、掴まれてる手の奥では冷や汗で一杯だ。
パッと離されたことで灯は心底安心した。弁慶にアイアンクロー喰らうとか洒落にならないことだ。それこそ生死の行方は全て彼女が握っているような気分になる。
「まぁとにかく、明日は頼むわ」
「あ、灯くん……顔が元の形に直ってないのだが大丈夫なのか!?」
「大丈夫だよ義経、灯と私は仲が良いからね」
「そうそう、仲良いから大丈夫……」
こうやって美女と関われて且つ仲が良いとまで言われるのは灯に取って非常に喜ばしいことだ……しかし今この瞬間は心から喜べない。理由は勿論、顔が若干変形しているからだ。
だがここでまた変なこと言ったら再度アイアンクローが飛んでくるのは目に見えている。あえて何も言わないのが正解だ。
「そ、それでは義経たちは戻ろうと思う。灯くん、また」
「明日、お土産忘れないでねー」
義経は少し動揺しつつ、弁慶は気楽な様子でF組を去っていく。
「灯、1つ聞いていいか?」
「何だ?」
「自分と義経、雰囲気が似てるのに何故ああも接し方が違う?」
「……似てる……? お嬢、お前疲れているのか?」
「どうゆう意味だ!!!!」
灯が本当に心配そうな目でクリスを見る。思わず熱があるか計ろうと手を伸ばしたぐらいに。
ただその行動は彼女に取ってはいたく気に入らなかったらしい。灯の手を弾き飛ばし反論する。
灯とクリスの言い争い。いつも通りの光景を止めるクラスメートはいない。皆呆れた様子で彼らを一目見て、そして興味をなくす。
勉強していた者も再度ペンを握って集中しなおそうと構えなおし、それ以外の者も思い思いの行動へと移る。今日も2年F組は平常運転です。
◆
放課後、灯は1人でフラフラとチッタ通りを歩いていた。
川神学園の生徒たちはそろそろテストが近い、ということで直帰する者が増えてきて遊びに誘い辛くなってしまっている。
そう言ったことに無縁であるワン子は大和に強制連行されてしまう。調教師が手に持っていた布団叩きに怯えつつ、後を着いて行くその姿はドナドナを思い出させるには充分なものであった。
岳人は「この時期はスポーツジムに籠るのが俺様のジャスティス」とか言って足早に学園を去って行った。ようは机に向かいたくないから現実逃避してくるわってこと。
風間に至っては登校すらしていない。年中どこかを駆け回ってい自由人はこの時期になるとその動きがさらに活発になる。ここまで吹っ切れていると逆にすがすがしく思える。
灯もおとなしく家に籠って勉強するタイプではないので何か面白いことはないか、美女美少女は落ちていないかを徘徊している最中。ようは灯も普段と変わらず、何時も通りに行動しているってことだ。
そして……美少女を発見することに成功。
(ん……あの今時珍しく落ち着いていて且つ自転車を持つその姿でさえめちゃくちゃ清楚な佇まいを醸し出している川神学園在住の女性は……)
まぎれもなく葉桜清楚である。だが彼女は今非常に焦っていて、更に困った表情を浮かべていた。なぜならば何ともガラの悪そうな男2人に絡まれているから。このご時世、中々見れないモヒカンが特徴的な2人である。
「おねーちゃん、俺たちと遊びに行かない?」
「絶対楽しませるからさぁ」
時代錯誤した髪型をしつつも何ともテンプレなセリフを吐きつつ清楚に迫っていく2人。
灯からは野郎たちの背中しか見えていないがきっとゲスな顔をしてブサイクなのだろうと勝手に想像する。
――ここは颯爽と俺参上を決めて先輩にカッコいい所を見せるかぁ。
下心を隠す気ゼロで清楚を助けるために動き出そうとする灯。しかしその瞬間別の何かが動き出した。
「キタネェ手で触ろうとしてんじゃねぇクズどもがぁ!」
非常に流暢ではあるが人間が出したとは思えない声が大きく響き渡った。
当然男2人は驚くが更に驚く。何せいきなり怒声をあげた自転車が襲いかかってきたのだから。
自転車が前輪と後輪を高速回転させて急発進猛スピードをあげる。1人に体当たりを決め、それをモロに喰らった男は大きく吹き飛ばされる結果に。
「な! ちょ! えぇ…………この自転車……ッ」
もう1人の無事である男は何が起こったか分からない様子であったが、仲間がやられたと理解し敵打ちだと言わんばかりに自転車相手に襲いかかろうとする。
が、それを今度は自転車の隣に居るか細い手の持ち主が阻止する。
「え……えーーい!」
意識が自分に向いていないのを好機ととらえたのか、清楚は男を思いっきり突き飛ばしにかかる。気づくのが遅れた男は大した力はない、軽く踏ん張って反撃……と考えていたのだが。
「ぐわぁああああッ!?」
踏ん張る所か大きくぶっ飛ばされて地面をドラム缶のように転がってしまう。先の自転車に轢かれた男よりも十数メートル遠くに吹き飛ばされて、ちょうど灯が立っている手前で止まった。
灯は今起きた出来事がにわかにも信じられずにいたが、横たわっている男が白目をむいて気絶しているのを見てしまったらこれは事実だと認めざる得ない。
「あ……国吉くん……」
難が去ったからか、清楚も灯に気付いて頼もしい自動防衛機能がついている自転車を押しながらこちらに近づいてくる。清楚も「今の見ちゃった?」と言わんばかりの何ともばつの悪そうな表情をしていた。
それに対して灯もどんな反応をすればいいか悩んでいた。直接感想を言うのはダメだ。彼女の表情を見るにあまり見られたくなかったのは予想がつく。ならばお茶を濁すか? 目の前で見てしまったこの状況をどう濁せというのだ。
清楚と目線合わせずにうーんと悩んでいた。額を指で叩きながら悩んでいた。
彼女が灯の目の前に到着した。灯が取った行動は――
「…………やぁ、葉桜先輩。こんな所で会うなんて奇遇だな」
「見なかったことにした!?」
◆
「それで先輩。相談とは?」
場所を移して今は喫茶店。以前2人が入った喫茶店とは違い清楚と自転車が2人組みを突き飛ばした位置からさほど離れていないところに腰を落としている。
チェーン店なので立地条件も良いためか、川神学園の生徒や大学生らしき人も数多くいる。
あの後「国吉くん今時間大丈夫? 相談したい事があるんだ」と清楚からお願いされてしまった。どんなに物凄いかつ信じがたい出来事を起こした後とは言え、彼女の誘いを断る訳もなく今に至る。
「うん……私の正体のことなんだけど……」
清楚が若干話辛そうに、だけど聞き取りやすい声で相談し始める。賑わっている中でも充分に聞き取れるあたり声質が良いのだろう。
「今までずっと文化人の英雄だと思っていたんだ……清少納言とか紫式部とか……だけど」
九鬼から正体は25歳ぐらいになってから教えると言われて、それまでは本を読み勉強せよ。その指示に従って幼少の時から黙々と本を読んできた。読書は大好きなのできっと文化人タイプの英雄なんだと思っていた。
「あなたも見たでしょ? 文化人にしてはちょっと力があり過ぎるような気がして……」
「あり過ぎるどころか有り余ってるとも言えるな」
しかしここ最近妙に力が溢れてくるのを清楚は感じていた。灯とバイクツーリングというスリリングな体験も怖いと思うのではなく楽しいと感じてしまい、今までの自分では考えられない感情が生まれた。
決してそのことが力があふれ出ると思うようになった切っ掛けではないが、変だと自覚するには充分過ぎる出来事。
「大の男を十数メートル突き飛ばす時点で普通じゃーない」
「うぅ……だよね」
女性が大人の男を力一杯突き飛ばしたところでせいぜい2,3メートル動いて終わり、と言うところを清楚は10メートル以上もぶっ飛ばしてる。投げ飛ばした訳でもない、ただ力任せに押しただけでこの距離を叩きだすのは異常。一般人が出来ることではない。
「やっぱどっかの武人なんじゃないか? 本好きの戦える英雄なんてのも探せばいるだろうし」
「うー……そうかなぁ?」
そんな英雄いるのかなぁ? そんな疑問を覚えつつテーブルの上に置いてあるケーキを一口。灯はコーヒーを一口含む。ケーキは美味しい。だが悩んでいる最中なので嬉しい感情は生まれるもののそれを表情に出せないでいた。
「今のままじゃ正体なんて探れないな……色々と、ほんっと色々と聞かせてもらいますかァ」
「……国吉くんに相談したのは間違いだったかな?」
目の前の男の不敵な笑みを見て、清楚は選択を謝ってしまったのではないかと思い始めた。だが相談を持ちかけたのは自分であるし、ここまで来たのだから聞かれたことはなるべく答えよう。そう決心したが……
――今までで何か武道やってたとかは?
――ううん、たまに義経ちゃん達に付き合う程度で本格的にはしてないよ
――読書以外で趣味とかは?
――それなら体を動かすこと
――その髪飾りに意味は?
――特にないかな? 気がついた時から好きなんだよね、ヒナゲシ
――バストサイズは?
――確か……82のC……ってあれ?
――今日のパンツの色は?
――いや、あの、ちょっと国吉くん?
――あー先輩意外に黒とか似合いそうだなー
――え? いや、その……
――先っちょだけ、先っちょだけだから
「ちょっと! それ私の正体探るのに必要ないでしょ!?」
やはり相談する相手を間違ってしまったようだ。清楚の不安はものの見事的中。
「ふーん……」
灯は悩む。それこそ真面目な顔をして、脳をフル回転させて考える。
ふざけた質問をしすぎたせいか、清楚に喫茶店内にも関わらずド突かれそうになり、極めつけは清楚の自転車が暴言を吐きながら突っ込んできた。
灯たちが座っていたのは喫茶店の出入り口に近い位置だったので、そこまで被害はでなかったのだが……非常に目立ってしまう。しかしそこは川神、奇妙なことに慣れている人が多いのだ。今は落ち着いて変な視線は向けられてはいない。
これだけやられては少しは真剣に考えないといけなくなってしまった、ので灯は遊び心を捨てて脳を働かせ始めた。
その甲斐あってか灯の頭に1人の英雄が浮かぶ。だがそれは……
(えぇ~いや……これは……なぁ)
自分が出した答えを信じられずにいる。なぜか?
それはこの葉桜清楚という人物からは大きくかけ離れている、かすりもしなさそうな歴史上の人物であるからだ。
「国吉くんどうかしたの?」
眉毛をハの字型にし眉間にしわを寄せ、自分に視線を向けていない灯の態度に清楚はほんの少々の心配と疑問を覚える。
それと同時に普段の灯とは随分とかけ離れている様子を見て珍しい、そう素直に彼女は思う。
「…………葉桜先輩。暇がある時に中国史を……三国志よりも少し前か、その辺読んでみぃ?」
「え? それって……!」
「いやーこんなにも自分が信じられないとはねぇ」
悩んでいる顔から一瞬にしていつものヘラヘラとした憎たらしい表情に戻る。両手で後頭部を支えるように組み、椅子に体重をかけ天井を見上げる。どうやらシンキングタイムは終了らしい。
「私の正体……分かったの?」
「確信は持てない、第一候補見っけってところか。後は先輩が感じ取るだけ」
「感じ取る……?」
「自分の正体書かれている文を読んだら何かこう……思うところが出てくるか閃くでしょ?」
非常にテキトーな様子に清楚は本当に思い浮かんだのか? と不安を覚える。ただ今この現状、自分で考えるのは限界があるし、灯の意見以外に特に実行出来る行動もないため近いうちに図書室で中国史を探してみようと彼女はそっと決意した。
「そろそろ出るか、俺としてはこのままお持ち帰りしたいとこだがグッと我慢しよう」
欲望をさらっと口にしつつ、灯はテーブルの上にひっそりと置かれている伝票を手にしようとする。
だがそれを阻止するかのように清楚の手が伸びて灯の手首をつかむ。
「今回は私が払うよ!」
とてもはっきりとした口調で、凛とした空気を出しながら灯が支払うのを止めにかかる。以前知らない内に彼が支払っていたのをずっと心に止めていたのだ。
だが灯も「んじゃごちっす」とか言えるわけがない。美人に奢らせるとかそれは灯の紳士道に反するものがある。
「美人に払ってもらう訳にはいかないんで」
「前回奢ってもらったんだからそうはいかないよ、私の面目を潰さないでくれる?」
だが清楚も一歩も引こうとしない。灯の手首をグッと掴んだまま離す気配がないのだ。
「……はー。分かった、今回はごちそうになるわ」
「ふふ、ありがとう」
灯の言葉を聞いて清楚は彼の手首を離し、灯は彼女に伝票を手渡す。それを微笑みながら受け取る清楚。
彼女は唐突にある雰囲気を漂わすことがある。逆らう気力を奪っていくような、反論ひとつ許さない、そんな雰囲気。
彼女自身から様々な話を聞いて、それに加えてこのオーラ。
灯は自分の予想が当たっているのではないかと思う反面、通学用バックから可愛らしい財布を取り出して支払をしている彼女を見てそれは考えにくい……と、妙なスパイラルに入ってしまっている。
(こんな可愛らしい先輩があの脳筋英雄ゥ? ないない……いや、でもなー……)
「ねぇ国吉くん」
「うーん…………あ、何?」
「今日も楽しかったよ、後相談に乗ってくれてありがとう」
「おぉ、先輩の相談なら年中無休で受けつけよう」
「ふふっ、ありがとう。そうだ! 今度から国吉くんのこと名前で灯くん、って呼ぶね」
「いや、ここは灯ちゃんかご主人様かハニーと呼んでくれても……」
「灯くんで」
「……ついに流されるようになってしまったか」
「私のことも清楚って呼んでくれる?」
「呼び捨て希望!? これは喫茶店から始まる恋物語が……ッ!」
「いいかげんにしろよこのタコ助がぁ!!」
「今良い感じなの見てわかるだろ!? チャリは黙ってろ! サドル引っこ抜くぞ!」
喫茶店を出たところで人間2人と自転車1台が話している光景は非常に滑稽なものであった。
ちなみに灯VS清楚のチャリは灯が自転車をゴミ捨て場に投げ飛ばそうとしたところで清楚に止められてバトルは終了となった。如何に九鬼カスタマイズの自転車だろうと灯には勝てなかったようである。清楚の自転車……スイスイ号がしょんぼりとしているように見えたとは清楚談である。
◆
翌日の昼休み。清楚は昼ごはんも食べずに図書室に籠っていた。
手にしている本は……中国史。小説等の文学を好む彼女からしてみれば珍しい本を呼んでいる。
歴史書を手に取る理由はたった1つだ。自分の正体が書かれている可能性があるから。清楚は灯の言葉を信じて、3年S組所属にも関わらず、貴重なテスト前の昼休みに勉強をせずに黙々と本を読み進めている。
普段よりも読むスピードを上げて、何時もよりも更に本に集中して、小説に比べたら圧倒的に分厚い中国史を読む進める。読んでいる所は昨日言われたポイント、三国志の前。
読み進めていく中、彼女は少し思い出した。前にも中国史を読んだ記憶がある、だがその時はある部分を読もうとしたその時に九鬼の従者に止められたのだ。
それは確か――
(確か……項羽と劉邦……だったっけかな?)
だんだんと封じられた記憶が蘇ってくる。今開いているページをある程度すっ飛ばして項羽と劉邦が書かれている章を開き、そして目を通した。
ふと、清楚の目が動かなくなった。本を捲る手もピタリと止まってしまった。彼女が読んでいる部分は項羽と劉邦であまりにも有名な一文。
「力は……山を抜き…………気は世を蓋ふ……」
垓下の詩。自分でも気付かない内に清楚はその詩を声にしている。まるで誰かに操られているかのように……
か細く、消え入るような声ではあるが、それでも文章を読むことを辞めない。いや、辞めれない。すでに彼女の体は何者かが支配しているようだ。
ここは図書室。どんなに小さな声でも目ざとくその声を聞きつけて誰が喋ってんだと見に来る生徒たちが数人。この時期勉強している生徒が多く、どんな小さな声でも邪魔だと思う輩がいるのだ。
だが集まる頃には全ては終わっていた……いや、始まった。
「虞や…虞や…奈を…………若何せん」
瞬間、図書室から爆発が起きた――
「灯、お前昨日葉桜先輩とデートしていたらしいな」
「耳に入るのが早いな。どうだ羨ましいだろう」
「あーー!! どうにかしてコイツ殺せねぇかな!!」
岳人が灯を睨みつけて地団太を踏んでいる。それをドヤ顔かつ蔑んだ目で見る灯。なんてことはない、モテナイ男の何時も通りの嫉妬を勝者が見下しているだけだ。
「しかし相変わらず節操ないな、いい加減誰かと付き合ったりしないのか?」
「金髪で巨乳で美人で且つ、ヒモになることを許してくれるなら今すぐにでも結婚を申し込むね」
「そりゃ永遠に無理だ」
あまりにも現実からかけ離れている夢を持つ塵屑にあきれ果てる大和。だがこんな男がナンパ成功率が高く、ある程度モテているのはやはり顔なのだろうか?
それが答えであるならば同じ男として納得できない所がある。大和だってモテたいかモテたくないかで問われればモテたいのだ。
「紐? になりたいって、灯くん変なこと言うわねぇ」
「純粋なワン子ちゃんが眩しい……」
「だけどこれはこれで将来が心配になってくるね」
修行一筋のワン子がヒモの意味を知らないのはある意味必然だったのかも知れない。
ただ昼休み中も絶え間なくダンベルを上げている姿が、灯の言うように眩しい姿であるのかは疑問を覚えるところではある。
「灯……貴様はそれでいいのか?」
「超高校級のヒモになる、その思いは変わらない……ッ!」
「ダメだこの人何とかしないと」
クリスが灯に突っかかっていき、師岡が呆れながらも話にツッコミを入れる。
なんてことはない、日常風景である。
「お嬢は惜しいんだよなー後バストサイズが2カップほど大きくなれば……いや、期待するのは辞めよう。ハァ……」
「そのため息はなんだー!!!!」
灯の胸倉をクリスがつかみにかかろうとしたその瞬間――
「「「「!?」」」」
大きな気の爆発を感じ取る。ある程度武術に精通しているのであれば、これが如何に桁はずれな物であるかも同時に。武術を嗜んでいなくても、直感でこれはやばいことが起きたと思えるほどの。
クリスは体中が強張り、ワン子もダンベルを上げ下げする手が止まる。普段落ち着いている京ですら目を大きく見開いてこの気の正体は何かを探ろうとしている。
当然灯も驚かない訳がない。何時も通りに足を机に乗っけ、椅子を傾けながら座っていたため盛大に後ろにすっ転ぶ嵌めになった。だが体制を立て直そうともせずに何が起きたかを予想する。
そして思い当たることが1つ……しかも自分がトリガーになってしまったのかも知れない。
「…………マージーでー?」
どうも、皆様お久しぶりです。りせっとです。
なぜこんなに投稿が遅れたのかと言いますと……まぁモンハンとポケモンが原因ですね。仕方ないね。
少しは以前のペースを取り戻せるよう頑張っていきたいと思います。
私としては感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見等をいただければ幸いです。
それではよろしくお願いします。