真剣で私に恋しなさい! ~Junk Student~ 作:りせっと
九鬼極東本部は現在パニックに陥っていた。
理由は至極単純、葉桜清楚が覚醒してしまった……それだけか? と言われればそれだけなのだが、九鬼にとっては緊急事態。
隠していた清楚の正体が、多くの人間に知られてしまうことはまだいい。しかしクローンの元になった英雄が英雄なだけに必死にならざる得ない。
「何が切っ掛けで目覚めてしまったんだい……」
ボソッと愚痴を洩らすのは九鬼従者部隊ナンバー2のマープル。星の図書館とも称される博学な老婆であり、クローンたちの生みの親。義経たちにとっては母親のような存在である。武士道プランの核を担っている人物なために、この事態がどれだけ大変なことかを一番理解している。
「紋様は九鬼のシェルターに非難させた。次は川神学園を従者部隊で囲む、ゾズマとクラウディオをこちらに回せ」
携帯にヒュームからの指示が飛んでくる。この膨大な気をいち早く察知した彼は文字通り瞬時に紋白を匿い次なる行動に移っていた。この手際の良さと素早い決断力はさすが永久欠番と言ったところだろう。
「学園内には突入させないのだろう?」
「あぁ、あくまで外に出そうになったら取り押さえることにする」
清楚が覚醒した場所は川神学園。九鬼は学園内で起こる出来事には干渉するつもりはない。あそこには暴走した彼女を止められそうな奴が数人いる。その人たちに任せれば大事には至らないと踏んでいる。何より生きた伝説である川神鉄心の存在が大きい。
だが外部へ被害が及ぶようであるならば話が別となる。九鬼が打ち出した「武士道プラン」。その内の1人でも迷惑をかけるような結果を生み出してしまっては世界中からの批判は避けられない。そうなることだけは阻止するために今は必要な戦力を収集している。
ヒューム、マープルが従者部隊をまとめつつ隊を整えている。徐々に落ち着きを取り戻しつつあるが、以前現場は――
「んっはぁ! 力があふれ出てくる……悦楽だぁ!!」
そのパニックを引き起こしている張本人の葉桜清楚は、校庭のど真ん中に立ってあふれ出る己の力がどれほどの物かを確認するかのように手を閉じて開いてを繰り返している。
先ほどまで図書室で本を読んでいた人物とは同じとは思えない。雰囲気、性格、筋力、その全てが葉桜清楚とは別物である。今の彼女は――
「俺は項羽! 覇王西楚である!!」
項羽、中国の歴史上鬼神と謳われた程の大英雄だ。それが清楚の正体。こんなの誰が想像できるというのだろか? 普段の彼女と比べてみたら掠りもしないような人物。どこに文学少女が戦場で暴れてこそ華であった英雄のクローンだと思う奴がいる。
ちなみに図書室は彼女のせいで悲惨な状態となっている。大量の本は飛び散り椅子や机も壁際まで吹っ飛んでしまった。そして「図書室など俺が居るべき場所じゃない」といい図書室を散らかしたまま放置して今に至る。
そして目覚めてしまった最強の武人に突っかかっていく生徒が一人……
「やぁ清楚ちゃん……一体何が起きたんだい?」
「川神百代か……!」
この項羽が放っている圧倒的な闘気の前に全く怯まないのは流石武神と言える。
それどころが彼女は今ワクワクしていた。これほどの気の持ち主……一体どれほど強いのだろうか? 百代を良く知っている人ならば、そんなことを考えているであろうと表情を見れば一発で分かる。
「なんてことはない、清楚の中に眠っていた俺……覇王項羽が目覚めただけ。それだけだ」
「清楚ちゃんの正体が項羽……いいぞぉ! いいぞぉ! 最高だなぁ!」
百代が満面の笑みを浮かる。だが歓喜の表情とは別に、百代も自らが持つ闘気を蛇口を少しずつ捻るようにして出し始める。
それは行動にも出始め、心なしか既にステップを踏んでいるようにも見えた。
「ほぅ……この俺と戦いたいという姿勢だな。何たる無知な奴」
対照的に項羽の表情からは笑みが消える。
彼女の頭の中には清楚を相手にして色々と体をこねくり回された記憶がある。つまりはめちゃくちゃ纏わりつかれた思い出があるのだ。
それが気に喰わない。覇王にそのようなことをするなど万死に値する。
「貴様は覇王自らが叩きのめす必要があるな」
「へぇー叩きのめす、この私を?」
「手内にしてやろう…………だがそれは後でだ。命拾いしたな、川神百代」
「後……?」
「あぁ、しばし首を洗って待っているがいい」
どうやら今の項羽には目の前に立っている百代よりも、今この場にいない誰かのことが気になっているらしい。最優先事項はその人物を探しだすこと。
その人物を探し始めようと、百代から視線を外そうとする。
だが百代はお預けが守れるような忠犬ではなく、狂犬の部類に入る人間である。みすみす戦闘するチャンスを逃そうとはしない。
「ここでお預けとかないわー……ってことで相手してくれよー……なぁ!」
百代がついに……いや、我慢なんか出来るわけもなく動き出した。
一歩踏み出しただけで瞬時に間合いを詰め、己の拳が項羽に届く位置へと移動する。そして自慢の、必殺の拳が容赦なく放たれた…………が。
「覇王の言葉が分からぬか馬鹿もの!」
百代の一撃に項羽はしっかりと反応。彼女の拳を手のひらで難なく受け止める。
その時点でクラスからその光景を見ていた生徒たちは驚きを隠しきれなかった。川神百代のパンチを受け止める――それが如何に凄いことかを理解しているからだ。
当人もここまで簡単に止められるとは思っていなかったのか、驚いてしまい瞬時呆けてしまう。そんな様子を最強の英雄は見逃すはずがない。
受け止めていない逆の手を握りしめ、そのまま腹目掛けて打ち出す。カウンターが綺麗に成立した。
「ぐっ!?」
百代はそれをモロに喰らってしまい、校庭を超低空飛行することになってしまう。その人間弾丸ライナーは校庭の端にある校門に激突することで漸く止まった。川神学園のグラウンドは広い。その広いグラウンドのど真ん中から端まで吹き飛ばすそのパワー。まさに覇王。そう周りに思わせるには充分な出来事である。
「んっは! 暫くそこでジッとしてるがいい!」
好き放題やってくれた百代に天罰を下したことに気分を良くした項羽は今度こそ完全に彼女から視線を外し、校舎全体を眺めるよう見る。恐らくお目当ての人物を探しているのだろう。
そして……項羽にしっかりとした笑顔が浮かんだ。
「見つけたぞ! さぁ出てこい! 国吉灯!!」
「おっと……ご指名入りました―」
◆
項羽覚醒の際にあふれ出た気の量に驚きを隠せず、椅子から盛大にずっこけてカッコ悪い姿を教室で見せていた灯。
だが百代とのやり取りの時にはしっかりと体制を立て直し、窓におっかかりながら一連の様子を興味深く見ていた。
そして今、校庭から項羽の呼び出しがかかる。非常に凛とした声であり学園中に響き渡っているだろう。当然今いるF組のクラスメートの視線も灯に集中する。
そして灯の答えは当然――
「美女からの呼び出し、これは行かないと」
それがどんなに危険そうであろうとも、灯は女(美女美少女限定)の誘いは一部を除いて断らない。それが彼のルールなのだ。
灯は窓に足をかけ、グラウンドに飛び出そうと全身に力を込めようとする。
「待て!」
だがそれに待ったの声がかかる。思わず力を込めるのを一度停止して、目だけで声を発した者を確認する。
「大丈夫なのか灯?」
「大丈夫って何がだよお嬢?」
「何って……相手は間違いなくお姉さまクラスの実力を持っているのよ!」
「あの様子だとそのまま戦闘だって有りうる!」
クリスとワン子だ。あのグラウンドの真ん中に立っている奴は間違いなく異常な戦闘力を持っている。それは武術をやっている彼女たちならば充分に感じ取れるものだ。
いや、武術をやっていない大和や岳人、モロ等だって「アレヤバクナイ?」ぐらいの漠然とした程度には感じ取っている。
極めつけはあの川神百代にカウンターを決めて校庭の端っこの校門まで吹き飛ばしていることだ。激突した校門はその衝撃で無残な瓦礫になってしまった。
長年百代を近くで見続けている風間ファミリーはそれが如何に凄いことであるかを認識している。
如何にF組最強である灯でも勝てるのか……無事でいられるのか……そんな不安がクリスとワン子からありありと見える。いや、クラス皆から心配されている。
だがそんな不安な気持ちを払拭するかのような、不安? そんなの無駄だと言わんばかりの喰った態度、普段の雰囲気を灯は全く崩さない。
「おいおい何だその目は?」
窓にかけている右足をそのままに、体をクラスメートがいるほうに捻り不敵な笑みを披露する。
「まぁ見とけってお嬢、ワン子ちゃん、以下F組諸君。たまにしか見られない、俺のカッコいいところをな!」
そう言い切るとクラスの皆からの返事を待たずに、右足に力を込め大きく跳躍する。フワッと浮いたと思ったらそのまま急降下。
ちょうど校庭の真ん中よりも少し外れている場所に置いてあるお立ち台に綺麗に着地した。
2年の教室は全て3階にあるのだが、そんな高さなどもろともしない。振動こそ走ったがそんなので行動不能になるほど灯はやわな鍛え方をしていないのだ。
「おい、俺を見降ろすとはどうゆうことだ?」
お立ち台に立っていることで必然的に項羽を見降ろす形になる。どうやら彼女はそれが気に入らないらしい。灯を見つけたときとは打って変わって再度不機嫌そうな顔になる。
「小さいこと気にすんなよ覇王ちゃん。まさか本当に項羽が正体だったとはなァ」
不機嫌そうな項羽を灯はフフン、と笑いながら軽くいなす。気をされている様子は一切見られない。
「んで、俺を召喚した理由は何だ?」
「おぉそうだ! お前のおかげで目覚めることが出来たからな、褒美をやろう」
「褒美だァ?」
「そうだ! 覇王からの礼、ありがたく受け取るがいい」
ドヤ顔でお礼をあげる言ってくる項羽に灯は素直に喜べなかった。
これが清楚からの申し出であったら今頃物凄いテンションが高くなっていただろうが今は彼女であって彼女ではない。なので大した期待は出来ないと踏んでいるからだ。
そしてこの高圧的な物言いに態度、次に何を言うかは大体想像出来た。
「灯! 貴様を俺の部下にしてやろう。ありがたく思え」
「この展開全力で予想出来たわー……断る」
あまりに予想通りの言葉を吐いたことに対して呆れ顔になる。そしてその誘いに対しての答えも決まっている。NOだ。
その返答に項羽は納得が出来ない様子だ。否、断られるとも思っていなかったようである。
「何? 俺の礼がいらないだと?」
「いらんでしょ。女の子が上に乗ってくるのは大歓迎なんだが……誰かが上に立つってのは気に入らないんだよなー。やっぱり縛られるより縛りたいじゃん?」
カラカラとした言い方、本気なのか冗談なのかが少し分かりづらいところがある。しかし言ってることは恐らく嘘偽りないことなのだろう。さらりと自分の欲望をポロリと漏らすあたりが灯らしい。
ちなみに如何に美女でも断る誘いがこの「俺の下につけ、私の物になれ」宣言である。ようはまだ1人の女性に収まるつもりはないですってだけの最低の思いから生まれたものだ。
そしてそんな態度にイライラが積もったのか、項羽が再度動き出す――
「この無礼者がぁ!!」
項羽が跳んだ。灯が立っているお立ち台目掛けて、膝を前に突き出しながら。飛び膝蹴り。あの百代を端までぶっ飛ばす程の力を持っている者の飛び膝だ。相当な威力を持っているのは言うまでもない。
物凄いスピードで迫ってくる項羽を灯が迎え撃つ。彼女の膝が後少しで顔面に直撃するかのところでこの男も動き出した。
項羽の膝を両手の握りこぶしで上下から挟む。灯の筋肉が唸りをあげる。受け止めた瞬間軽い衝撃波が生まれ全身に震えが走る。だがそれでも力負けはしない。挟んだ際に引いた右足を軸にして強靭な筋肉を働かせる。
そして完全に受け止める。勢いを殺しきったことを確信し、更に両腕を大きく前に押し出すように弾き飛ばすことで項羽をお立ち台には上がらせずにグラウンドへと戻す。
「…………貴様にはこの覇王の力を味あわせてやる必要があるな」
地上へと戻され未だ見降ろされたままの項羽は灯を闘志むき出しで睨みつける。怒りに呼応してか、先よりも気が更に放出されているかのように見える。
「もっと違う物を味わいたかったんだけどなァ……」
膨れ上がった闘気を前にしても灯は一歩も引くつもりはない。教室から飛び出してきたときと同じ態度を貫いたまま、項羽を見つめる。
戦いを開始するゴングはならない……それでも2人は激突するのは目に見えていた。
かに思えていたが。その前に上から何かが落ちてくる。そしてそれは灯の隣に着地した。
「何清楚ちゃん奪おうとしてるんだよ」
川神百代だ。清楚の一撃から簡単に立ち直り今は既にピンピンしている。いや、間違いなくダメージはあった。だがそれはとっくに回復しているかのよう、現に百代は今無傷である。
「いやーだって? 清楚先輩……今は項羽か、その人からご指名頂いたらさーそれに答えないといけないじゃん?」
項羽は百代が戻ってきたことに驚かず、一目チラっと見て視線を灯に戻した。どうやら今興味があるのは灯。自らの力を見せつけたいのは彼らしい。
「ホラ、項羽からも熱々な視線を感じるし……ここは譲れよ、モモ先輩」
それでも項羽と戦いたいと百代は反論しようとする。先に彼女に突っかかっていったのは自分である。トップバッターは私だと主張しようとする。だがその言葉を口にしようとした瞬間あることに気付いた。
(こいつ……眼が真剣じゃないか)
いつの間にか彼の纏っている雰囲気が変わっていた。おちゃらけた、チャラチャラしているオーラは飛び散っている。いつ変わったか? きっと跳び膝を受け止めた時にスイッチが入ったのだろう。
話し方は何時もの彼と変わらない、不敵な笑みも普段と一緒。だが決定的に違うものがある。それが眼。刀の先端のように鋭く相手を見つめる眼。
それは武術を嗜んでいる奴なら感じ取れる……今の国吉灯はやる気だ。
項羽と灯、お互いがお互いを闘志むき出しの眼で見ている。ここに百代が乱入しては2人からしてみれば興ざめだ。
もし自分が真剣勝負を前に第三者の邪魔者がはいったら冷めてしまう。今は百代がその第三者の立場になってしまったのだ。
「…………あーあ、清楚ちゃんを灯に取られて、清楚ちゃんに灯を取られてしまったか」
「機会に恵まれないだけだろ、女運も男運もないんじゃないのか?」
「この美少女に向かって何て事を言うんだ! …………私の期待を裏切るなよ?」
そう言うと百代はお立ち台から場所を移す。納得はいかないがここは引くべきだと、武人としての判断を下した。
心がまだまだだと言われている彼女だが、一度冷静になればこのような考えも出来る。常時このような判決が出せるかと言われたらそうではないのだが……ようは戦闘衝動が抑えられるか否かの問題。今の彼女はまだ抑えられたらしい。
大和たちがいるF組に瞬時に移動し彼らを驚かすものの、何時もの事だと彼らはすぐにグラウンドへと視線を戻した。
国吉灯 VS 覇王西楚 開戦――
私としては感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見等をいただければ幸いです。
それではよろしくお願いします。