真剣で私に恋しなさい! ~Junk Student~ 作:りせっと
この籠手を着けるのはいつ以来だろうか?
少なくとも祖父であり、持ち主であった国吉日向が亡くなってから装着した記憶はない。
しかし……使い方を忘れた訳ではない。むしろこの重量感溢れる籠手が腕に、手にフィットする。
相手は歴戦の英雄……のクローン。これ以上ない敵だ。
少し懐かしい気持ちになりながら戦場に帰還した灯。
目の前には楽しそうな表情を浮かべた覇王が依然と立ちふさがっている。だが相手が覇王のクローンであろうと負ける気は毛頭ない。
「んっは! 随分と立派な籠手だ! ……しかしボロボロで片手だけ、それでこの俺の攻撃が止められるとでも思った……ッか!」
項羽が弾丸のように飛び出す。そして体を捻りながら一撃を放つ体制に移行。
体を捻り、それをバネの如く元に戻すことで威力の跳ね上げる。再度吹き飛ばそうと、戦闘不能にしてやろうと、項羽は目で語っていた。
灯は振るってきた方天画戟に対して、先と同じように打ち落とす構えは……取らず! 自らの顔の横に籠手を装着している腕を動かす……受け止める構えを取った。
方天画戟と籠手がぶつかり合う。物が金属に思いっきり衝突した時に鳴る独特の音が川神学園全体に響き渡る。
だがその後に項羽の目に飛び込んできたのは自分が望んだ光景ではない。むしろ全くの逆。自信を持って放った一撃を綺麗に受け止めている灯の姿が……あった。
「なッ!?」
まさか自らの攻撃が受け止められるとは考えてもいなかった。防御の姿勢を取った瞬間項羽はニヤリと笑ったぐらいなのだ。防御を突き破ってダメージを与えようとしたが、失敗に終わってしまう。と、なれば次にチャンスがまわってくるのは必然的に――――
完全に方天画戟を受け止め切ったと確信した灯は一歩踏み出し間合いを詰める。項羽は身を引こうとするが時すでに遅し。
彼女の胸倉を掴み、そのまま空中へと持ち上げると右足を軸にして項羽の足が地面に着かせないまま回転し始める。
およそ十数回勢いをつけて回転した後、まるで野球のピッチャーのようなフォームで項羽を校舎目掛けて思いっきり投げ飛ばした。
一直線、山なりを描くことなく項羽は校舎に直撃。ぶつかった衝撃で校舎にヒビが大量に入り、壁は凹む。
とんでもない威力で投げられたことは壁を見れば誰もが分かることであった。
「止められるはずがない? ハッハー、面白いことを言った結果がこれだ」
「うわ~……すっごいパワー……」
松永燕は屋上からずっと灯と項羽の争いを見ていた。どちら共、一撃一撃に重きを置いた戦闘スタイル。自分にあのような攻撃がクリーンヒットしてしまったらその時点で勝負がついてしまうのではないか、と考えてしまう程荒々しい戦い。
(項羽も凄いけど、灯くんが着けているあの籠手……)
項羽が壁に突き刺さっている状態のため、戦闘が一時中断している。頭の中でこの戦いの現状等を分析するには持って来いの時間。
灯の籠手。クリスとワン子の様子から重量がまずおかしいということは理解できる。
彼女らは自らの体を鍛え続けている。そのためそこらそこんじょの男よりも力はある。その2人が協力しなければ持ち上げられない程の重さ。まずこの時点で普通の筋力の持ち主じゃ扱いきれないのは明白。
そしてそこまでの重量且つ灯の怪力が混じれば、項羽の方天画戟による攻撃を受け止め切ったことも不思議ではない。
今まで素手の状態で方天画戟を受け止めなかったのは衝撃による手の痺れを嫌ってのことだろうと燕は考える。あの強烈な打撃を受け止め続けては、いくら鍛えていても骨に影響が出てくるだろうし徐々に不利になっていくことも否めない。
何より流石に生身では勢いを全て殺すのは不可能。だから彼も方天画戟に合わせて拳をを打つことで威力を相殺し続けて、打ちあい続けたのだ。
だが装着した今は? 生身ではなくクッションとなるものが出来たおかげで、先のように受け止めカウンターを決めることだって出来る。
(この勝負……分からなくなってきた)
方天画戟と素手のままだったら間違いなく先に倒れていたのは灯だろう。リーチの差を含め項羽に有利な面がたくさんあったからだ。
しかし籠手のおかげで勝敗がどちらに転ぶかが全く分からなくなった。
灯がこの調子でダメージを与え続けることが出来れば間違いなく項羽は倒れる。あの破壊力を何度も何度も受け続けるなど不可能。もしかしたら項羽の体は想像以上に限界が来ているかもしれない。
「ぐ……ッ」
項羽は壁から脱出しグラウンドというフィールドに戻ってくる。
燕の見立て通り、項羽のダメージは相当な物になっている。2回の叩きつけに、メテオスマッシュ、ボディーブローに、そしてこの強引な投げ技。喰らったもの全てが強烈。
しかしそれでも、先に倒れるわけにはいかない。自分は西楚の覇王、項羽だ。最強の英雄がここで負けるわけにはいかないという意地、そしてプライドが奮起し彼女はまだまだ戦える。あの舐めきった男に負ける訳にはいかない。
「そろそろ倒れてくれよー。美女と戦うのは心苦しいんだ」
「ハッ! 性別も超越しているこの覇王に負けはない!」
灯は握り拳に、項羽は方天画戟を握る手に力が入る。そしてお互いに同時に仕掛けた!
灯は体制を低くして間合いに入ろうと突っ込んでいく。方天画戟が飛んできても籠手を持って弾き自らのリズムに持っていく気だ。
対して項羽は今までとは違う構え。振り下ろしたり振り回すのではなく、下から上へ振り上げるように方天画戟を操る。
「んっっは!!」
まるでソニックブームのような波動が、灯目掛けて走る。
灯はそれを左腕で対処しにかかる。籠手を前方に突き出し威力をある程度殺しながら突撃する。体全体が吹き飛ばされるのではないかと言わんばかりに、痛い突風が襲ってきた。だがそれを強引に突破し項羽に近づく。
しかし波動がなくなった時には既に項羽は籠手を着けていない側から方天画戟を放とうとしていた。
「はぁ!!!!」
灯が迎撃しようと右手を動かすが、項羽の勢いに負ける結果となってしまう。右腕を巻き添えにしながら横腹に方天画戟が直撃する。
案の定体制が大きく崩れたが、すぐさま左手を上手く使い綺麗に受け身を取る。
だが項羽は既に動いている。次は上からだ。
兜割りの放つかの如く縦一直線に放たれた打撃。
それも……当たる!
脳が割れるかのような激痛が灯を襲う。一瞬目がチカチカとして気を失いかけるほどの威力。ここで意識をなくしては勝負が決まってしまう。それはいけない、それはダメだ、と自分を奮い立たせ、強引に気を確かにさせる。
振り上げて顎を狙ってくる方天画戟を右肘で力任せに受け止め、そのまま籠手のついた左でストレート! 項羽を強引に引き離す。
好機と言わんばかりに灯が攻め込む。項羽も強烈なダメージを負いつつも意地で耐え迎え撃つ。
最初とは違い、お互いダメージ覚悟の撃ち合いが始まった瞬間であった。
「す、すげぇ……」
「灯も葉桜先輩も一歩も引いてねぇな」
岳人が思わず見とれてしまい、キャップも興奮を隠せない。武術を齧っていない者でさえ魅了する喧嘩のような決闘に見えた。
「何という力任せの撃ち合い……」
「灯くんも葉桜先輩も! 守ることなんか考えてないわ!」
「まるであそこだけ嵐が起きているようだ……」
2年F組の3人武道娘。京、ワン子、クリスも信じられないと言った表情を浮かべながらも視線は校庭に向けたままだ。
単純な撃ち合いながらも威力、破壊力が桁違いな戦い。見逃してはいけないと彼女たちの本能が訴えているのだ。
「何て荒々しい戦いなんでしょう」
『いや、これはちょっと信じらんねぇ……』
黛由紀江が今まで見たことない、自分には出来ない戦い方……簡潔に言ってしまえば優雅さの欠片もない戦闘に驚きながらも目は離さない。2人共剣士ではないが、この試合はきっと自分の糧となるはず。そう信じて見届ける。
「うーん、項羽も灯くんもタフだねん……しかもどちらとも隙がほとんどない……あの2人との対決は避けてのらりくらりと、やるのがベストかな」
燕が冷静に状況を分析する。脳内で自分ならどうするかを考えながら。しかし心の底である気持ちが芽生えているのはまだ燕本人も気付いていない。
「灯くん……凄い!」
「清楚先輩の強さにも驚いたけど……灯やるなぁ」
「あの男は阿修羅か何かの生まれ変わりか? だとしたら警戒しなければならない……」
義経は灯の戦闘能力の高さに驚き、弁慶は戦いを肴に川神水を飲む。与一は全く見当違いなことを考えている、もとい妄想しているのはいつものことだろう。
「いいぞいいぞぉ! あぁ! 私も早く! 戦いたい! なー!!!!」
百代は2人の実力の高さに身震いが止まらなかった。今にも飛び込んで行って自分を交えて戦いたいと、考えてしまう程に。世界にはまだまだ強い奴がいる。地元でそれを感じられるとは思っていなかったことだ。
「ハァ……ハァ……」
「はっ……はっ……」
灯、項羽ともに肩で息をしている状態。
彼は頭から血を流し、体中がミシミシと音を出して今正に砕けていってるのではないか、という感覚に襲われている。
彼女は血こそは流していないが、体を動かすのが億劫と思ってしまう程の打撃を受けてしまった。今、間違いなく受けた場所は痣だらけになっているだろう。
しかしお互い眼はギラギラとしており、戦意は喪失していない。
「……国吉灯、ここまでやるとはな……」
「ハッ……惚れてもいいぞ……」
「んっは! その気概は褒めてやろう……だが!」
項羽が鉛のように重い腕に強引に力を込め、方天画戟を持ち上げ頭上で振り回す。
「これでトドメだ!!!!」
ダメージは相当受けているはずなのに、最初に放ってきた威力と遜色ない一撃を撃つ。この状態でも高威力の攻撃が放てるその実力、英雄のクローンに偽りなし。
項羽が頭上で自らの武器を振り回しているのを見て、灯も力を込め自慢の拳に加えて祖父の形見である籠手と共に返しにかかる。
アッパーと兜割り。本日最大の衝撃が2人を襲い、それは学園全体にも伝わる。直接当たった訳でもないのに一階の窓にヒビが入った所もあるほどインパクト――――
2人の動きが止まる。ビリビリと体は震えているが互いに力は緩めない。そして変動が起きた。もう1つ。ヒビが入った物が……
灯の籠手に亀裂が入った。どんどん広がっていく……まるでビルが解体されていってかのような感覚。それは限界を迎えた瞬間であった。
――――勝った!
項羽は確信した。正直灯の武器は本当に厄介な物だった。並みの者、並みの籠手だったら方天画戟の前に一溜りもなく散っていったはず。
だがこの男の桁外れの怪力に、桁外れの重量があったからこそ、ここまでやりあえていたと彼女は考える。
それを失った今、勝ちは揺るがない! 思わずにやけてしまう。
しかしそれは隙を生み出してしまう。勝機だと思った瞬間が相手からすれば最大の好機になってしまうことだってある。今正にそれが当てはまってしまった。
灯は壊れた籠手に未練を感じない。すぐさま次の行動に移る。項羽を打ち取るために……再度胸倉に手を伸ばし――――掴み取る。
「ふん!」
強烈なヘッドバット。以前は項羽が繰り出したが、今度は逆に返されてしまった。
目に星が浮かぶ。行動が停止してしまう。万全の状態であるならば一瞬で立ち直ったのかもしれない。しかし今、この疲労困憊の体ではすぐに意識を戻すのは不可能であった。
「ドロー1」
彼女の耳に入った灯の声。それに反応して視界が開く。目に入ってきたのは紅い風を纏っている右脚。それが――項羽の腹目掛けて突き刺さる。
回し蹴り――――
項羽が校舎目掛けて吹き飛んでいき、壁に激突しても勢いは止まらない。壁を突き破っていき、様々な物に激突しながらも盛大に飛んでいく。けたたましい騒音が止んだ時には灯は校庭に座り込んでいた。
「くあァー……キッツ……」
相当のダメージを受けてしまった。思わず気が緩んで座り込んでしまう程の。本当はすぐにでも寝たいぐらいなのだが、校庭のど真ん中では寝心地が悪い。
空を見上げた後、項羽を吹き飛ばした方向へと視線を向ける。我ながら何とも豪快に決めたものだ。校舎に大きな穴が空いてしまったではないか。
灯の頭上から大勢の生徒の声が聞こえる。聞きなれた声も混じっていれば初めて聞くような声も混じっている。多くの生徒がこの戦いを見ていたのだ。
声援に答えなければエンターテイナー性に欠ける、何よりカッコ良くない、などど無駄なことを考えつつ反応しようと立ち上がろうとした……その時――――
「……はー参ったな…………あれ喰らって立つのかよ」
項羽が左に右に振れながらも校舎の中から出てくる。手に方天画戟はない。灯が回し蹴りを決めた時に、手放してしまったのだ。
なので彼女の武器こそは灯の目の前にある。それでも項羽は立ち上がって相手を目でしっかりと捉え、向かってくるではないか。
「……相当……効いたぞ」
「俺も精神的に効いたわ」
項羽がまだ戦意を失っていないのならば自分が戦わない訳にはいかない。灯も武器を失ってしまった、ドロー1の影響で右足も物凄く重い。ダメージを喰らった場所よりも重く、力を込めることが辛い。それでもここで引くわけにはいかないのだ。
お互い満身創痍。決着はすぐに着くだろう。勝者がどちらかになるかが問題。それを決めるべく両者が体に鞭を打ちながらも攻撃態勢に移ろうとした…………が
「両者そこまでじゃ!! 決闘を中止せよ!!」
川神学園の持ち主、川神鉄心の一喝が入る。
「……川神鉄心、俺の邪魔をするつもりか」
ギロリと、視線の先を灯から鉄心へと向ける。敵意むき出しで見るが鉄心はそれを軽く受け流す。今のこの状態で見られても何の怖くもないのだろう。いや、この男に怖いなんて言葉はないのかもしれない。
「2人共暴れすぎじゃ、学園を壊すつもりか?」
壁を越えた者同士が激突した後の戦場は凄まじい光景になっていた。
グラウンドは抉れている。校舎に穴は空く。倉庫が1つ壊れる。窓も割れている場所だってある。はっきり言って学園としては悲惨な状態になってしまった。ヤンキーの軍団が抗争がし合ったのではないかと疑ってしまう程の。
川神院総代としてではなく、学園長の立場として戦闘は許可出来ない。
「これ以上校舎が壊れたら修理費が馬鹿にならん」
止めた理由は何とも現実を見せつけられるものであった。
「俺は覇王だぞ! 豪いんだぞ! そんな理由で止められると思ったか!」
だがそんな理由を聞かされて止まる項羽ではない。
ターゲットを灯から鉄心に切り替える。まずは鉄心にトドメを刺してから灯へ、と思ったのだろうか? だが今の項羽が百戦錬磨の老人に挑んでも……
「元気がまだあるようじゃな……顕現の参・毘沙門天!」
勝てるわけがない。コンマで現れた超巨大な足に踏みつぶされてしまう。そして……遂に項羽は力尽きた。声をあげることもなくグラウンドに横たわる。本当に限界間近だったらしい。
「国吉、お主はどうする?」
「相手勝手に潰しておいてどうするとか聞かれてもなァ……」
灯は両手をあげながら再度グラウンドに座り込む。彼も疲れ果てている。これ以上戦うのは勘弁なのだ。決着が着かなかったことに納得いかない所もあるが、かと言って鉄心に挑んでは項羽と同じ道を歩むことになる。
「項羽は回収してゆくぞ」
「後は九鬼にお任せください」
突如現れた……いや、校門前で構え続けたいたヒュームとクラウディオが項羽を担いで去っていく。
このまま項羽を学園内に放置してはいけない。起きた瞬間どうするのかが目に見えているからだ。学園相手に八つ当たりか、鉄心か灯目掛けて突撃か、想像出来ることだ。
「それにしても国吉、お主頑張ったのぅ」
「決着つかずだけどな。誰かさんの所為で」
「ほっほっほ、学園の修理費はきっちり請求しておくからの」
「それだけはヤメロォーーーー!!」
国吉灯VS覇王西楚。決着つかず。
こんばんわ。りせっとです。漸く一区切りつけました。この後に考えている展開のためにこのような結末で書かせて頂きました。
その考えている展開にたどり着けるのかですって? それは言ってはいけないことです(目逸らし)
感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見等をいただければ幸いです。
それではよろしくお願いします。