真剣で私に恋しなさい! ~Junk Student~   作:りせっと

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25話 ~国吉灯の交渉~

「ぐあァァー…………体中痛ッてェ……」

 

 

 

 項羽が鉄心に情け容赦なくとどめを刺されて九鬼に強制連行された後、先ほどまでその覇王様の対戦相手を務めていた灯は保健室で簡易的な治療を済ませて所属するクラスへと戻ってきた。

 

 流れていた血は包帯で止血され、所々に大きなガーゼが貼られている。

 そんな状態で自分の席に戻り、深く腰をかけている様子を見れば分かる。よっぽど疲れている、当然の結果である。

 

 

 

「お前あれだけ攻撃を受けたのに病院に行かなくていいのか?」

 

 

「骨に異常がないから行かなくとも問題ねェってさ」

 

 

「呆れるほど頑丈な体してんのな……」

 

 

「ルー先生と同じこと言うなよ源」

 

 

 

 戦闘が終わり校庭にへたり込んでいる灯に、教師であり川神院師範代でもあるルーが近づき ”気” を用いて診察を開始した。

 灯を救急車等で病院に運ぶか、それとも保健室で事足りるか、それを判断するために。きっと川神院でも怪我をした修行僧を相手に同じことをやっているのだろう。

 

 結果は病院へは行く必要はない。ルーも骨折してないどころかヒビ1つ入っていない体に驚き、そして同時に呆れた。「呆れるほど頑丈な体だネー……」。ほぼ源と同じ言葉を吐いて。

 

 

 

「ルー先生がそういうのも仕方ないと思うわ」

 

 

「生身であれほどの攻撃を受け続けて打撲だけ……って結果はにわかに信じがたいな……」

 

 

 

 ただしっかりと自分の足で歩いて教室に戻ってきて且つ、肩や首を動かして調子を確かめている様子を見ると本当に骨に異常はなさそうだ。問題があるならば動かすこと自体出来ない。

 

 

 

「流石に疲れたわ……てことでお嬢。おっぱいプリーズ」

 

 

「意味が分からん!!」

 

 

「ほら、癒してあげる的な? いやでも癒せるほどの大きさが……悪かった」

 

 

 

 ちょっと厭らしい表情を浮かべながら恒例となったクリスいじりを開始する灯。これに関しては疲れとか打撲の痛みとかは関係ない。いじりたい時にいじるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――こいつ本当にさっきまで戦っていた奴か?

 

 

 

 クラス全員が1つの同じ疑問を抱いた瞬間。

 

 あれほどの激戦を繰り広げ、歴戦の英雄のクローンを相手に一歩も引かなかった男、キリッとした表情は現在欠片も見られず一瞬で築いたカッコいい国吉灯の像が一瞬で崩れた。

 

 

 

「お前を少しでも見なおした自分が馬鹿だった!」

 

 

「お、見なおしてくれたのか? だったら頑張った甲斐があったもんだ。俺嬉しいなー」

 

 

 

 ケラケラと笑いながらクリスの反応を楽しむ灯。なんてことはない、いつも通りではあるが……如何せん先ほどの灯とは余りにもギャップがあり過ぎる。何というか……酷い。

 

 

 

「やはり貴様は自分が更生させる必要があるな!」

 

 

「顔が近いぞお嬢、んで綺麗な顔が般若みたいになってる……イテテテ」

 

 

 

 クリスの両手を灯も両手で受け止める。項羽の時と同じような力比べみたいな体制になる。だが力を込めるのが辛いのか、灯はニヤニヤしながらも若干顔をゆがませ対抗している。痛いというのも満更嘘ではなさそうだ。

 

 

 

「……余計なこと言わなければカッコよかったのにねぇ……」

 

 

「お、ワン子がカッコいいとか言うのは珍しいね」

 

 

「そうかしら?」

 

 

 

 周りのクラスメイトは「ま―た始まったよ」とボヤキながら各々の席へと戻っていく。

 

 

 

 清楚の覚醒、項羽出現という大事件が起こったにも関わらず授業のタイムスケジュールは変わらず、川神学園はこういった事件に慣れ過ぎているのだ。

 

 

 

 

 

 なお2人のやり取りは担任である梅子が来るまで行われた。鞭を華麗に使用してクリスを灯から引き離したその技術は芸術だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって九鬼極東本部。従者部隊の上位ナンバー内で緊急会議が行われている。勿論議題は葉桜清楚の覚醒だ。

 

 

 

「回収は成功した。だが項羽は完全に目覚めてしまったぞ」

 

 

「ここまでの騒ぎになってしまったんだ。もう隠し通せるものでもないね」

 

 

「既に動画サイトにも一連の流れがアップされていますね」

 

 

 

 何時の間に、誰が取ったのか、それは分からない。川神学園内だけの出来事であったのにも関わらず清楚覚醒から戦闘まで、それが動画サイトに公開されている。

 

 動画としてはただ撮影されたものをそのまま上げた物ではあるが、再生数はうなぎ昇り。今から消したとしても既に広がってしまった真実までは如何に九鬼であろうと消せるはずがない。情報世界の恐ろしいところである。

 

 

 

「ここまで来たら項羽の戦闘力を活かして武士道プランを進めていくよ」

 

 

 

 戦闘力が取り柄である項羽。幸運か不幸か、覚醒した場所は川神。武人が多く集まる土地であり、その余り余った強さを活かすには持って来いの場所。プランの軌道修正は充分に間に合う。

 

 脳内でプラン修正案を考えながらアップロードされた動画を見るマープル。

 

 

 

「おや、この男は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灯はゆっくりとコーヒーを飲んでいる。実に美味しい。店で約400円程払って飲む物の数倍は美味しい。相当良い豆を使っているのだな、と予想する。

 そこまでコーヒーに拘りがある訳でもないし、通でもないが、それでも充分に分かる違い。こんな機会じゃなければ飲む機会なんて訪れないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後になったと同時に九鬼極東本部へ強制連行されるという出来事がなければこんな立派な物は飲めなかった。

 

 

 

 

 

 時間は大凡1時間ほど前にさかのぼる。

 灯からすれば肩っ苦しい授業が終わって学園から解放される時間。

 

 今日ほどさっさと帰って寝よう、そう考える日はなかった。重症こそは負わなかったが項羽との戦闘は相当な疲労を蓄積させるには充分なイベント。

 

 義経に技術屋を紹介してもらうことは後にしてもらおう。そう考えS組へ足を運ぼうとしたその時――――

 

 

 

「赤子よ。九鬼に来てもらうぞ。お前に拒否権はない」

 

 

 

 ヒュームが目の前に立ち塞がる。いつも通り有無を言わせないギラリとした目つきで。威圧感を醸し出しながら。

 逃げる術はないし、抗う元気もない。両手をあげて着いていくしか道はなかったのだ。灯は目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

「拉致されるなら金髪爆乳のメイドか黒髪の隠れ巨乳のあのメイドたちが良かったなァ……」

 

 

 

 誰が好き好んで暴力執事に案内されることを望むのだろうか? コーヒーを飲み終わったら窓でも蹴破って帰ろうかと思い始めたところで……

 

 

 

「待たせたね。お前が国吉灯かい?」

 

 

 

 今度は皺だらけのおばあちゃんが登場。何故神様はこう些細な願いをかなえてくれないのだろうか?

 自分が望んでいたのは金髪爆乳メイドか、黒髪隠れ巨乳メイドだ。決して既に全盛期が等の昔に過ぎた老人を待っていた訳じゃない。灯はたちくらみの様な感覚を覚えながらも、気を取り戻して反応する。

 

 

 

「そうだ。俺が灯、よろしく。おばあちゃんは?」

 

 

 

 まるで孫が遊びに来たました、そんな軽い態度で接してくる灯に対し思わず頭を抱える老婆。

 

 

 

 

 

 だがそれと同時に少し懐かしい気持ちになっていた。

 

 

 

「……はぁ、ほんっと日向にそっくりだねアンタ」

 

 

「んー……俺のジイさん知ってるのか?」

 

 

「あぁ知ってるさ。嫌という程にね」

 

 

 

 昔の話だ。しかしいつどのように出会ったかを鮮明に思い出せる。それほどインパクト溢れる出会いであったし、印象が強い男であった。

 

 

 

 だが今はそれを語る気はないし語る必要もない。

 

 

 

「申し遅れたね、私はマープル。従者部隊のナンバー2さ」

 

 

「そのナンバー2のおばあちゃんが俺に何の用?」

 

 

「……アンタも礼儀って奴を知らないようだね」

 

 

「強制的に拉致ってきた奴らに礼を使う必要はないだろ」

 

 

 

 コーヒーカップを片手にしかめっ面を浮かべながら突っかかっていく。どれだけ自分が負傷していようと、いくら相手のホームに足を踏み入れているだろうと、その態度は変わらない。そのままコーヒーカップを口元に持っていき一息つく。

 

 そのふてぶてしさにマープルは1つため息。これだから最近の若者は……と言いたそうな様子だ。

 

 

 

「は、大層なことを言うね。項羽を覚醒させた張本人だと言うのに」

 

 

「何を言う。美人の願いを1つ叶える切っ掛けを作っただけだぞ? あと俺にエスコートしてほしいなら50歳程若返ってくるんだな」

 

 

 

 実際に正体を知りたいと言い出したのは清楚であり、灯はその手助けをしただけ。それは紛れもない事実だ。

 

 問題はそれがどれだけ大事に守られてきたものかをいう事を知らなかったというところだろうか。知っていたとしても、葉桜清楚という美人に頼まれたら喜んで協力しそうではあるが。

 

 

 

「その図々しさ……日向の生き写しを見ているようだよ」

 

 

「風貌が全然違うし俺のほうがイケメンのはずだ」

 

 

「私からすればアンタらはそっくりだよ」

 

 

 

 姿かたちではない、雰囲気が似ているのだとマープルは感じる。人を喰った態度なんか呆れるほどにそっくり。

 マープルは1回目を閉じてジッと物事を考えるような様子を見せる。

 

 灯はそんな老婆に興味なんか抱かず、更に1口コーヒーを啜る。ちょうどカップの中が空になった。

 

 

 

「まぁいいさ。もうアンタに用はないよ。とっとと帰りな」

 

 

「…………ハッ? 俺を呼んだ理由を聞かせろ」

 

 

「特にないね。しいて言うなら問題を起こした張本人の顔が見たかったのさ」

 

 

「そうかい、老人ホームに入ることをお勧めするぜ」

 

 

「おあいにく様、まだまだ現役さ」

 

 

 

 カカッ、そんな笑い声をあげながら灯の元から去っていく。どうやら本当に顔が見たかっただけらしい。大した会話をすることなく部屋から出て行く。

 

 

 

 灯は思わずコーヒーカップの取っ手を握りつぶしそうに……いや、握りつぶした。高いカップであるとかそういうのは全く考えてない。

 疲れ果てている中、顔が見たかっただけという理由で強制的に連れてこられて、そしてもう用は済んだから帰れという理不尽さに腹が立つのは普通だろう。

 

 

 

「話は終わったようだな」

 

 

 

 マープルが去ったと思ったら今度は連行した張本人、ヒュームが灯の目の前に現れる。

 疲れ果てているところにまた疲れそうな人物が来てしまった。どうやら今日はツいていない日らしい。灯は眉間に寄せていた皺をさらにこれでもかと寄せる。めちゃくちゃ嫌そう、めんどくさそうな表情をしている。

 

 

 

「今から貴様が望んでいる人物に会わせてやろう」

 

 

 

 対してヒューム、そんな灯の態度を気にする様子は全くない。相変わらず一方的に言いたいことだけ伝える糞爺だ……と灯は思う。

 

 だが望んでいる者に合わせてくれる……その一言を聞いて灯の脳内にはある人物が浮かぶ。

 

 

 

「……もしかして金髪巨乳のメイドか隠れ巨乳のメイドか!?」

 

 

「…………ついてこい」

 

 

 

 灯に視線を合わせることなく、来た道を戻っていくヒューム。どうやら灯が言った人物ではなさそう。

 だが着いていかなかったらそれはそれで厄介なことになりそうだ、目の前に居る執事はそういった老人なのだ。

 

 

 

 目的の人物とやらは検討も付かない。自分に有益なことである事を信じながら、体に鞭を打ち力を込めヒュームの後をついていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(国吉灯…………本当に日向そっくりだよ…………)

 

 

 

 マープルは部屋に思った後、灯との会話を思い出して――――笑っていた。それは決して不敵な笑みでもない。従者部隊ナンバー2には似合わない、非常に柔らかい笑顔で。

 

 そしてマープルの手にはある1枚の写真……写っているのは若かりし頃のヒューム、マープル、クラウディオ、そして……国吉日向。マープルの大切な思い出であることは間違いないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高い絵画や壺が置いてある廊下を歩きながらヒュームについていき、ある部屋に入る。

 

 その部屋は今までの雰囲気とはまるで違う物であった。大量のコンピュータが所かましと設置されており、設計図があちらこちらに転がっている。

 

 

 

「九鬼の開発部屋だ。貴様武器を直したいのだろう」

 

 

「あァそうだ。義経ちゃんに頼んでいたんだった」

 

 

 

 項羽と戦う前でこそ原型をとどめていたが、今では粉々になってしまい本当の鉄くずになってしまった。

 

 今日は紹介してもらうことを延期するつもりだった。そして拉致されたときに完全に諦めしまっていたが思わぬところで良い方向に物事が転がった。しかも意外な人物の案内で。どういう風の吹き回しだろうか? 灯はいぶかしげな表情を浮かべて考えるも答えは出ない。

 

 対称にヒュームは開発部屋に入っても歩くスピードを緩めない。既に目指す場所を決めているかのように、ずかずかと迷いなく進んでいく。

 

 

 

 部屋の一番奥へ到着。そこにはある男が机に広げている1枚の紙としかめっ面でにらめっこしていた。時折ペンを走らせたり、隣に置いてあるコンピューターのキーボードを叩いたり。非常に集中している様子だ。

 

 

 

「あの男が技術屋だ。あとは貴様が交渉しろ」

 

 

 

 そういうとヒュームは来た道を戻り始めた。どうやら紹介してくれるわけではなく、案内だけをするつもりだったらしい。

 

 勝手についてこいと言って、後は勝手にしろと捨て吐くあの糞執事に、灯はドロップキックの1つや2つかましてやろうと思ったが、そんなことしたら技術室が色んな意味で崩壊してしまうのでグッと我慢する。

 

 

 

 意識をヒュームからにらめっこしている男性へと移す。集中が未だ途切れていないのか? 灯の存在に気づいていないようだ。

 

 

 

「ちょっと失礼」

 

 

「…………ん? 僕に何か用かい?」

 

 

 

 レスポンスが随分と遅い。声をかけてからも数秒は目の前の紙と向き合っている。

 

 

 

 男の格好は如何にも専門職についていますっといった服装だ。耳に鉛筆をかけて、青い繋ぎ作業服。腰には作業道具が大量に入っているポーチをつけている。

 

 そんな男を灯は見たことがある。

 

 

 

「あ、この前駅前のパチ屋にいたおっさんじゃないか」

 

 

「……あ! 僕の隣の台で馬鹿勝ちしていた少年!」

 

 

 

 どうしようもない場所で既に面識がある2人であった。

 

 

 

「台が悪いっていって変えた後はどうだったんだ?」

 

 

「それがさぁ~……僕が打つ台全てがハマっちゃってさー……財布の中身が空っぽになっただけで終わったよ……」

 

 

 

 2人の切っ掛けはこんな感じ。

 

 灯が駅前のパチンコ屋でその日は運よく大当たり、笑いが止まらない状態でいた。そして偶然隣に座っていた技術屋の男が声をかけたのだ、「凄い当たってるね―」と。本当にちょっとした世間話をするつもりで。

 

 灯も気分が良いためその世間話に乗ってくる。これが負けている時で機嫌が悪かったら会話のキャッチボールすら成り立たなかっただろう。

 

 

 

 対して技術屋の男は余りに当たらず、途中に台を変えて勝負を挑んだようだが……残念な結果に終わってしまったようだ。

 

 

 

「おっと、まだ名前を言ってなかったね。僕の名前は松永久信」

 

 

「国吉灯だ……あ? 松永?」

 

 

 

 ふと灯の頭にある1人の少女が浮かぶ。非常に明るく短い期間で川神学園の人気者になった納豆信者の女子生徒。

 だが川神は広い、同じ名字が被っただけだろうと少女の姿を頭から消そうとしたが……

 

 

 

「国吉くんのその格好、川神学園のものだよね? だったら松永燕って子知ってるかな?」

 

 

 

 世間は灯が思った以上に狭いものだったらしい。

 

 

 

「……美人な娘さんをお持ちで」

 

 

「あ、知ってるんだ。いやーほんと僕には勿体ないぐらいの良い娘だよ」

 

 

 

 松永燕のスペックは相当高い。高い戦闘力に頭の回転も早い。それはまだ短い付き合いの灯も充分に理解出来る。だからこの親が言っていることは間違っていない。単なる親ばかの発言ではないことは納得だ。

 

 だが……この親父は決してスペックが高いようには見えない。パチンコ打ってる姿を見てそれは確信出来る。というよりも灯は直感で感じ取っていた、この松永久信という男は自分と同じダメ人間な所があると。

 

 

 

「っと燕先輩の話の前にだ、これを見てくれよ」

 

 

 

 話を切り替えガチャリと、頑丈に袋に入れられた籠手具足であった物を机の上に置く。一見だらしない親父に見えるが実力が何よりも重要な九鬼に雇われているのだ。きっと技術屋としては、開発屋としては優秀なのだろうと強引に言い聞かせる。

 

 

 

「えっと……これは……鉄くず?」

 

 

「惜しい、あってるが違うんだ。鉄くずっぽく見えるが一応…籠手と具足。久信さん、あんたにこれの修理を頼みたい」

 

 

 

 持ち主が言わないと正体が分からないぐらいボロボロになってしまっているのだ。原型も留めていない。唯一原型をとどめていた物も本日寿命を迎えてしまった。

 

 

 

 久信は灯の言葉を聞いて信じられなさそうに中身を1つ1つ確認していく。どう見てもこのままリサイクル業者へ回収行きの鉄の塊。所々錆びているし塊にヒビが入っているもある。

 

 それでも1つ1つ丁寧に確認して行ったら籠手と具足であることを久信は確認する。職業上様々な金属などを見続けてきた男だからこそ正体が把握出来たのだ。

 

 

 

 しっかりと見ていったうえで、久信が出した結論は――――

 

 

 

「うーん……これを完璧に戻すのは無理だね」

 

 

 

 灯が望んでいたものではなかった。

 

 

 

「久信さん、俺が燕先輩にちょっかいかけてるからって冗談は無しにしてくれよ」

 

 

「君に聞きたいことが山ほど出てきたんだけど……うーんとね、まず金属が古くなりすぎていて元に戻したとしても形だけになっちゃうと思うよ」

 

 

「あァ? ……また壊れるってことか?」

 

 

「そうだね。だからこの武器の修理は無駄になる可能性のほうが高いかな」

 

 

 

 灯が生まれる前から、祖父である日向が現役の頃から、使い続けていた武器なのだ。如何に当時優秀な技術屋が作成したとしても、どんなに丁寧に手入れをしたとしても、寿命が来るのが当然かも知れない。

 

 そんな長い期間使い続けていたものが項羽の攻撃が耐えられるものがなく、見事に天寿を全うする結果となった。

 

 

 

「……正真正銘のガラクタになってしまったか」

 

 

 

 灯に言うとおり、元に戻らない籠手と具足は完全な塵となった。

 思った以上に冷静である灯。恐らく自分自身限界があると感じ取っていたところもあったのだろう。今日専門職に言われて諦めがついた……と言ったところだ。

 

 

 

「ならちょうどいい。貴様専用の武器を作るんだな」

 

 

「……ヒュームさん、あんたは暇人なの?」

 

 

「口には気をつけろ赤子よ。それにいつ俺がこの部屋から出て行ったと思っている」

 

 

 

 ついさっき去って行ったと思っていたヒュームが気付いたら灯の背後に立っていた。はっきりいって神出鬼没すぎる。

 ヒュームの言葉を聞くに、灯と久信の会話を聞いていたのだろう。

 

 

 

「項羽との戦いを見てわかった。貴様に日向の武器は使いこなせない」

 

 

「こんなガラクタを使いこなせる奴がいるのなら見てみたいものだ」

 

 

「直せないと聞いて凄い手のひら返しだね……」

 

 

「国吉灯、お前は日向と比べると上背も体格もない。完璧に使いこなせないのは必然だ」

 

 

 

 国吉日向、川神鉄心、ヒューム・ヘルシング、この3人の中で最も体格に恵まれていたのは日向だ。190センチ、102kgと聞けば、どれだけ武人向けの体型をしていたか想像しやすいだろう。

 そしてその体格に合わせて作ったのが今は鉄くずと化している籠手と具足。体格が祖父に比べてたら劣ってしまう灯は如何に鍛えようとも完璧に使いこなせるはずがない。持ち主はあくまで国吉日向なのだ。灯に合わせて作った訳じゃない。

 

 

 

「どっちにしてもこれが単なる鉄くずになった以上、新たに作るしか道はないわけだ。久信さん、製作を頼めるか?」

 

 

「いいけど……お金はしっかり貰うよ」

 

 

「……おいくら?」

 

 

「うーん……どれだけの物を求めるかによって値段も変わるとしか言えないんだけど……」

 

 

「材料費も込みでざっと100万といったところか」

 

 

 

「じゃあな」

 

 

 

 ヒュームが提示した概算を聞いて踵を返して技術室から出ようとする灯。部屋を出ていくことに一切の迷いは感じられない。2人に背を向け歩きだそうとしたところを……

 

 

 

「おい」

 

 

「ふざけてんのか!? 万年金欠マンの俺が100万とか用意できるわけないだろう!? パチンコ麻雀競艇競馬! 全て勝てっていうのか!? それとも臓器でも売るのか!?」

 

 

「全部ギャンブルで稼ぐって辺り、君は中々のダメ人間だね」

 

 

 

 普通に考えたら学生が100万という大金用意できるわけがない。それこそギャンブルで馬鹿勝ちし続けない限り不可能だ。だからこそ灯が言ってることは間違いではないかもしれない。

 だが良い物を作るにはお金がかかる。これもある意味必然、この値段も妥当なのかもしれない。

 

 

 

「まぁー待て赤子よ。項羽を止めてくれた礼だ、資金援助をしてやろうじゃないか」

 

 

「え? マジで?」

 

 

「大マジだ」

 

 

 

 パアッと一瞬で輝いた笑顔を浮かべる灯。本当に渡りに船っといった様子だ。だがこの時、相手がヒュームじゃなければもっと望んだ展開になったかもしれない。

 

 

 

「だが1つ条件をつけさせてもらう。100万全ては項羽を止めただけでは釣り合わないからな」

 

 

 

 一瞬で心底絶望したかのような表情になった。上げて落とす、現実は無常である。思わず1つ舌打ちする。

 

 

 

「嫌なら援助自体なしにしてもいいだぞ?」

 

 

「ケチくせェ爺だな……」

 

 

 

 思わず本音をこぼした。

 

 

 

「ほぉ……」

 

 

「分ーかったよ。話だけでも聞かせろ」

 

 

 

 ヒュームの威圧に負けたわけではないが、このまま文句を言い続けても話は平行線をたどるどころか、乱闘に発展しそうなためとりあえず話だけでも聞いてみる。

 学園に続いて技術室まで壊してしまったらいよいよ持って借金地獄突入だ。最悪鮪漁船に乗せられるかもしれない、それだけは避けなければならない。

 

 

 

「何、難しいことは言わん。この後開催される予定の九鬼のイベントに参加してもらうだけだ」

 

 

「もしかして、九鬼主催の合コン…」

 

 

「貴様蹴り飛ばされたいか?」

 

 

「ユーモアがないから今でも結婚できねェんだよ…………いいぜ、参加してやろうじゃないか」

 

 

「決まりだな」

 

 

 

 どうせこの前にやった演習みたいなものか、と予想して引き受ける。あれぐらいで100万を負担しなくてもいいなら安い物だと考えたのだろう。

 

 

 

「ということだ久信さん、資金は九鬼持ち。よろしく頼むぞ」

 

 

「いいけど……僕も他の仕事があるし、すぐには出来ないと思うけどいいかい?」

 

 

「構わん。1番良い物を頼む」

 

 

 

 ヒュームがニヤリと笑う。この時灯は老執事が浮かべた笑いの意味は理解出来ていなかった。理解しようともしなかった。

 

 これが後に川神でも歴史に残る程の一大イベントに巻き込まれることになってしまったことをまだ知らない。




こんにちわ。りせっとです。何とか月1更新は維持できました……話自体は全く進行していないとかは言ってはいけないことです(目逸らし)

感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見等をいただければ幸いです。

それではよろしくお願いします。

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