真剣で私に恋しなさい! ~Junk Student~   作:りせっと

30 / 31
第3章 塵屑の激動
28話 ~国吉灯、立つ~


 当時の思いでだァ?

 

 そうだなー……思い出の言葉では片づけられないほど濃い3年間を歩んできたと思っているが……やはりあれだな、あの時に出会った女を口説くのは骨が折れた……

 

 ん? それは聞きたいことじゃない? 贅沢言いやがって、だからお前はモテないんだよ。俺みたくモテてかっちょいい男にならなきゃ損……

 

 あーはいはい分かった分かった。そう急かすな早漏。ストレート決めるためにはジャブが必要不可欠だろ?

 

 俺はそんなめんどくさいことしないがな。

 

 さて……どっから話すかなァ……

 

 

 

 鉄心が大会開催の宣言および大会名を口にした瞬間、川神学園は大いに沸いた。

いや、地元のテレビ局を通して宣言した現場はリアルタイムで放送されるので、この川神市以外でも騒がれているだろう。

 

 

 

 鉄心ははっきりと口にした。若手で今一番強い奴を決めると。

 

 

 

 その言葉を聞いて血気盛んな川神学園生徒が騒がないはずがない。なにより自分がナンバー1だと思っている輩が反応しないわけがない。

 

 

 

「いいぞぉ! いいぞぉ!!」

 

 

 

 川神百代はこの宣言を聞いてから高ぶる気持ちを抑えられていない……抑える気がないのだろう。目だけ見ても生気が満ち溢れていることは誰が見ても確認出来る。

 

 

 

「ふっは! 天下統一をするには丁度いいではないか!」

 

 

 

 項羽も百代と一緒で目がキラッキラしている。自らが掲げる目標、武力での天下統一を実現するにはこの大会はうってつけだ。

 

 

 

(これは松永の名を知らしめる大チャンス……ッ!)

 

 

 

 この2人とは対照的に松永燕は心の中でしたたかに笑っていた。表情には出さない。松永と言う名声取り戻すために、世界中が注目するであろうこの大会で優勝すれば名は一気に広がる。それこそ武道家で知らない者はいないと言われるほどに。それを確実に手の中に入れる必要がある。準備は怠らない。

 

 

 

 各々野望を胸に抱え、ただ観戦するだけ……いや、生で観戦したら血肉が騒ぎ立つことが確信出来るほど迫力がありそうな大会の開催が発表された中、灯は何ともつまらなさそうな顔をしながら顎を親指で触っている。怪訝な表情を浮かべながら鉄心を睨みつけている。

 

 

 

(なーんで予感がドンピシャで当たるんだよおい)

 

 

 

 ふと夜に頭をよぎった天下一武道会の開催が現実になってしまった。直感が良く当たる……とは自分では思っていないが、驚きを隠しきれないのがリアルなところ。

 

 

 

(……ただこれで今自分がどの位置にいるかがはっきりする)

 

 

 

 この大会の結果は現在の強さはどの位置にいるのかが明確に判明する。格付けされるのだ。

 

 

 

(この大会で優勝出来れば……)

 

 

 

 ――――クソジジイに少しでも近づけるだろうか

 

 

 

 故人に追いつくことは不可能だ。現時点でも超えているのか、足元にも及ばないのかが分からない。

それでも結果を出せば近づいていると少しは実感出来るかもしれない。

 

 

 さっきまでの様子はなりを潜め、不敵な笑みを浮かべ始める。灯の代名詞ともいえる表情。

 

 

 

「騒ぎたくなる気持ちは分からんでもないが、まずは大会の概要を説明するから静かに」

 

 

「ハイハイ、まだ話しは途中ダヨー」

 

 

 

 ルーの仕切りの一言により周囲は徐々に、波が広がっていくように静かになっていく。

 

 

 

 完全に静かになるのは待たずに、マイクを使って後ろまで聞こえるであろう静けさになったことを確認してから、鉄心は大会名を宣言した時とはガラッと雰囲気を変えて、陽気な様子を見せながら概要を話し始めた。

 

 

 

「さて、話し始めようかのう。大会は2週間かけて行う。参加資格は30歳未満の武道家じゃ」

 

 

 

 2週間。これは今まで川神市で開かれている大会の中では最長である。そこから導き出される答えは川神史上過去最大規模になるということだ。

 

 毎年行われる川神院が主催の武道会が1日で終わるので、それと比べれば一目瞭然。

 

 そして若手のトップを決める大会のため、必然的に年齢の参加要件は出てくる。

 

 

 

「大会の流れは予選、本戦、決勝ブロックと進んでゆく。最後の決勝ブロックに残れるのは……4人じゃ」

 

 

 

 4人という数字が示された瞬間、静かになったばかりの生徒たちが再度騒ぎ出す。

 

 全国……いや世界の若き武道家の中から選りすぐり、精鋭4人が選ばれることに奮えているのか? 4人しか残れないという事実を知って焦ってなのか、それは参加することを既に決意している者、迷っている者、傍観を決めている者で各々反応が違う。

 

 

 

「武器の使用については基本全て認める。しかし重火器に関しては弾はゴム弾に代えさせてもらう。流石に安全を考えたらそこだけは守らんといかん」

 

 

 

 飛び火で弾丸が観客に当たる……なんてことがあってはその場で大会は中止だ。当日は対策を練りに練って万全にはするが、万が一……ってことがある。必要最低限、仕方ないことである。

 

 

 

「大会のエントリー期間は本日の16時から7月いっぱいまで。短い期間ではあるが、大会運営等を考えると8月始まる前までに出場選手を知っておかないと間に合わんのじゃ」

 

 

 

 規模を考えたらあまりにも急な知らせでこのエントリー期間。即決即断出来る人なら問題ない。日本に住んでいる人たちもまだ対処出来る期間である。

 

 ただ世界規模でやるには余りにも期間が短いのだ。大会の規模を大きくすること自体が急ピッチで決まったことなので、仕方ないことではあるが鉄心はそこを怪訝に思ったのだろう。

 

 

 

 しかし武の総本山のトップの発言は大きい。世界だろうとどこに住んでいようとも、集まるべき強者は集まる。それほど大きく心配していないのが本音だ。

 

 

 

「さて……大まかな概要は以上かの。あとはスポンサーである九鬼からお知らせがあるそうじゃ」

 

 

「ここからは私、ヒューム・ヘルシングが大会についての補足させていただきます」

 

 

 

 鉄心の話終わると同時に、九鬼財閥を代表する執事であるヒュームが壇上に立ち説明を引き継ぐ。音1つ立てずに瞬間移動したかのように現れる光景は川神学園では見なれた物である。

 

 

 

「今回の闘神トーナメント、想像出来るかとは思いますが過去最大規模の武道大会となります。よって! その規模に合わせた豪華賞金を我々、九鬼から準備させていただきます」

 

 

「賞金?」

 

 

 

 ピクリと灯の耳が反応する。今まで大会やるよーっと言う宣言を耳にした後は鉄心の説明をぼんやりと聞いていた。が、賞金という言葉を聞くや否や、体制事態は変わっていないが耳がダンボになっている。

興味がマシマシになっていることは誰が見ても明らかだ。

 

 

 

「優勝者には……1億! 出させて頂きます」

 

 

「イチオクッ!!??」

 

 

 

 灯が思わず口にする。完全に声が裏返っており、目も見開いている。

 

 

 

「反応しすぎだろ……」

 

 

「いや! 夢がある金額だぜ大和! 1億だぞ1億!」

 

 

 

 現金な反応を見せる灯に思わず呆れる大和だが、灯と同じ反応を見せたのが風間だ。

 

 優勝賞金1億なんて言われたら、この男が反応しない訳がない。一般人では絶対に手にすることが出来ない。夢がある金額という風間の表現も間違いではない。

 

 

 

「2位とベスト4に残った者には優勝賞金には届きませんが、相応の金額を準備させていただきます」

 

 

 

 ヒュームの発言に川神学園の熱気は最高潮になる。1位には及ばないが2位、ベスト4にも充分過ぎる金額が渡ると予想しているからだろう。

 

 

 

 

 

 

 だがこの熱気は次のヒュームの言葉で一気に静まり返ることになる。

 

 

 

「この賞金に目がくらんで参加すると決意される方もいることでしょう。ただこれだけは伝えておきます……」

 

 

 

 ヒュームは淡々と話をとめることなく続ける。今日一番騒がしい光景になることは予想していたのだろうか? 

 

 

 

 

 

 一呼吸置き、鋭い眼光をより一層鋭くして、威圧感のある声で――――

 

 

 

「――――半端な覚悟で参加される方は後悔することになります」

 

 

 

 ざわつきが一瞬で鎮まった。それはヒュームの威圧感によるものなのか、それともその言葉の重みが原因なのか、分からない。これも聞いている者に寄って変わってくるものだ

 ただ、騒がしい川神学園の校庭は一瞬で静まり返った事実は変わらない。

 

 

 

「んッ……」

 

 

「…………」

 

 

「フンッ……」

 

 

 

 松永燕は思わずつばを飲む。先ほどまで心の中でほほくそ笑んでいた余裕な雰囲気があっという間になくなった。

 

 川神百代は瞬き一つせずにヒュームを見る。

武神と呼ばれているがまだ越えなければならない壁はある。その壁の威圧感に当てられたのか? それとも雰囲気にのまれたのか? それは本人じゃないと分からない。

 

 項羽はヒュームに負ける劣らずの鋭い眼光で壇上を睨みつけながら鼻を鳴らした。

自分よりも強そうなオーラを出している老執事が気にいらないのだろう。彼女が1番分かりやすい。

 

 

 

 現在の川神学園代表する武士娘ですら思わずだまってしまう。その光景はある種異常だ。

 

 

 

 

 

 

他の生徒らもまるでここが真空空間であるかのように息を止めている。全員言葉を失っている、余裕がある生徒なんて見渡す限りいない。先ほどのテンションが高かった様子はどこにいったのだろうか?

 

 

 

(一億……ッ! イチオクッ……!! 1億円ッ!!!)

 

 

 

 ただ1人。国吉灯は瞳を小判にしながらヒュームの言葉を聞いているようで右に流していた。彼の耳に残っているのは1億という単語だけだろう。雰囲気にのまれている様子は全くない。いつも通りだ。

 

 

 

「若手の中の1番を決める大会ですので、苛烈な戦いになるのは今からでも想像出来るでしょう。そのことを……充分頭で理解した上、覚悟を決めて参加の申し込みをお待ちしています」

 

 

 

 普段使わない丁寧な敬語。ヒュームを知っている人から見れば異様な光景だったかもしれない。そんな丁寧かつ棘が溢れている言葉使いでヒュームは喋ることは喋ったのか、目を伏せる。

 

 

 

 あとは各々で判断してくるだろう。俗物で実力が伴っていない輩はこれである程度は淘汰出来た。必要なのは本物の豪傑。次世代の中心を担う者がこの大会できっと、いや絶対に現れるだろう。

 

 

 

「全体朝礼はこれで終了じゃ」

 

 

 

 鉄心の一言で生徒たちは教室に戻っていく。

 

 最初から参加しないと決めている生徒らは威圧感に負けて足取りが重い者、興奮を取り戻して誰が優勝するかを誰が参加するか分からない状態で既に予想する者。

 

 参加するか迷っていた人たちはヒュームの言葉を受けて降りることを決意したように見える者もいれば、今でも迷っている者。様々だ。中には参加を決めている者もいるだろうがそれは数少ないことは言うまでもない。

 

 

 

「…………犬、お前は出るか?」

 

 

 

 クリスが校庭から教室に戻る途中で沈黙を破った。彼女の足取りは重そうだ。何より雰囲気、見た様子から迷いが見て取れる。

 

 

 

「……出たいけど……あぁ言われるとねぇ……」

 

 

 

 猪突猛進のワン子も今回は流石にしり込みしている。

 

 いつもなら真っ先に参加を表明しているだろうが、今大会はレベルが違うと言う事を流石に理解しているのだろう。

自分よりも強い奴がごろごろ出てくる。その人たちと戦いたいが、手も足も出なかったらどうしよう。そんな迷いだ。

 

 

 

 

 

 覚悟を決めろ……その一言が頭にこびりついている。

 

 

 

 

 

 そしてクリスとワン子は同じ理由で迷いを抱いている。それを感じ取ったからクリスはワン子に尋ねた。どうするのかと。

 

 

 

「今回の大会はいつも以上に危険なものになると思う。ワン子、クリス、無理しなくてもいいんじゃないかな」

 

 

 

 京がクリスとワン子を宥めるように、諭すように話しかけている。心から心配しているかのように見える。実際そうなのだろう。今大会は規模が圧倒的に違う、年齢制限こそあるが世界中の強者が集まるのだ。

 

ワン子とクリス、そして京。

 

 3人共ある程度……いや、川神学園の中でも実力はあるほうだ。

しかし、今大会でいいところまで行くのか? と尋ねられたら自信を持って首を縦に振ることは出来ないだろう。

 

 

 

「灯くんは……参加するの? ……ってあれ?」

 

 

 

 ワン子がつい先まで自分の横を歩いていて、目がドルマークであることに思わず呆れてしまった灯に、参加の有無を尋ねようと右を向いてみるとその姿はなかった。

 

 

 

 思わず後ろを振り向くとそこには灯ではなく、説明のために壇上に立っていたヒュームの背中がワン子の目の中に映る。

 

 

 

「国吉灯、貴様は強制参加だ」

 

 

「ふむー…………この前のイベントに参加してもらう約束ってやつか?」

 

 

「そうだ」

 

 

 

 武器の援助を貰う為に九鬼のイベントに参加してもらう。これが約束の中身だ。

 

 ヒュームの言葉に思わず苦笑い。ただ、瞳がぎらぎらと輝いており、ついさっきまで浮かべていたドルマークは完全に消えている。

 

 

 

 

 

 この目を見てヒュームは確信した。

 

 

 

「危険な大会に強制参加させるってスポンサー失格じゃねェ?」

 

 

「これは貴様と俺との約束だ。問題ない」

 

 

「けーッ……性格悪いジジイだな……勝手にエントリー登録しておけ!」

 

 

 

 参加の意思表明を明確に見せてヒュームの横をすり抜けて教室へ向けて早足で歩き始めた。

 

 ヒュームは満足そうに主の元へと移動し始め、灯は早足の速度維持したまま歩いている方角の途中にいたワン子たちがいる集団の元へと突っ込んでいく。

 

 

 

「ワン子ちゃん、その質問の答えだが俺は参加だ! 強制的にだけどなァ!」

 

 

 

 ワン子とクリスの間に割り込むように歩き、それぞれの左肩と右肩を1回、小気味良い音を鳴らすことを意識しながら叩いたように見えた。律儀に立ち止まることなく、ただワン子へキチンと解答して2人の間をかけていく。

 

 

 

 国吉灯、闘神トーナメント参加決定。エントリー第1号。

 




えー……何もいいません。すみませんでした。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。