真剣で私に恋しなさい! ~Junk Student~ 作:りせっと
大扇島にある九鬼財閥極東本部には様々な施設がある。
作戦会議室をはじめ、武士道プランの義経たちの部屋や、執事メイドの部屋は勿論。個人で所有するには大きすぎる図書館、3ツ星レストランに負けないほどの味を持つ食堂だってある。
その沢山ある施設の中で最も設備が整っているのが九鬼従者部隊を鍛えるためのトレーニングルームだ。世界で最も影響がある九鬼財閥はその分敵も多い。テロリストに狙われた回数も両手数え切れないほどだ。そのテロリスト等から雇い主である九鬼を守るため、トレーニングルームは非常に力を入れているのだ。
灯は今、その九鬼のトレーニングルームにいる。いや、トレーニングルームという割には周りに何もない唯々広い空間だ。その空間の中心に立って腕組みして周りを見る。
灯がいる場所、ここは九鬼財閥極東本部で1番広い場所。従者部隊の演習訓練を行う時に使われる部屋だ。従者部隊同士で集団戦を行うときなど、少々大掛かりなトレーニングを行う際に利用される。
周りを見ると九鬼従者部隊10人が灯を囲んでいる。その従者は若く、実力がある者ばかりだ。
ここで静かだった空間にある声が入る。
「皆さん、準備は整いましたか?」
従者部隊序列3位のクラウディオだ。だが彼はこの空間にはいない、この部屋とは別にある放送管理室にいる。そこからスピーカーを通して自らの声を伝えているのだ。
クラウディオがいる部屋はモニターも完備しており、灯たちがいる部屋の様子は見えている。そこには序列0位のヒュームもおり、2人揃ってこれから行われる演習を見るらしい。
「こっちは準備出来てる」
忍足あずみが代表してクラウディオに連絡を入れる。彼女は九鬼英雄の専属従者であり、従者部隊の序列1位だ。若手のナンバーワンでもあるので、若手の従者たちをまとめる立場でもある。
「いつおっぱじめてもいいぜ」
「ステイシー、しっかり構えていて下さい」
「相手は私たちよりも格上です。気を引き締めて掛かりましょう」
今回の演習に参加するステイシー、李、桐山はやる気充分だ。
ステイシーは何時も通り陽気な雰囲気だが演習が開始されたらスイッチが入るだろう。李は陽気なステイシーを咎めつつも自らの集中力を高めている。桐山もいつもの柔和な笑顔は浮かべておらず、真面目な顔つきで灯を見てる。
「準備万端だ。いつでも開始していいぞ」
灯も準備は整っている、真剣な表情であずみを始めとする従者たちを見続けている。
クラウディオは2人の了承を確認し、ひと呼吸置いた後宣言する。
「それでは、始めたいと思います。演習スタートです」
その言葉は聞いて従者たちは一斉に灯に向かって攻撃を仕掛け始めた。灯はそれを迎え撃つ。
なぜこんなことになっているのか、事の初めは義経たちの歓迎会まで日にちが戻る。
◆
「んで、話ってなんだよヒュームさん」
義経たちの歓迎会が大成功で終わり、今は片付けの段階だ。有志の生徒たちがせっせと会場をかたしている中、灯はヒュームに呼び出され現在外にいた。中からは歓迎会が終わったというのに楽しそうな声が聞こえる。
「お前日曜日暇か?」
灯はその言葉を聞いて一瞬思考が停止した。まさかヒュームから遊びの誘いか? この考えが過ぎったからだ。ただ冷静になって考えてみればこの老人が遊びにさそうとか、そんな馬鹿なことはないだろう。これがマジで遊びの誘いだったらドン引き確定だ、友達いないのかと疑うレベル。
「暇だよ、毎日がエブリデイだ」
「なら丁度良い」
ヒュームは1人で満足そうに笑う。灯はその様子に不安を覚えた。この老人から持ちかけられる話が良い話とは思えないからだ。
「日曜日に序列上位の若手従者たちで演習鍛錬をするんだ。お前その相手をしろ」
「断る」
即座断りを入れたその表情は絶望的にめんどくさそうだった、実際めんどくさい。何が良くて日曜日に戦わなきゃいけないんだ。しかも若手とは言え従者たちは全て精鋭だ、それを相手取るとか苦痛以外の何ものでもないだろう。そしてこの話、灯に何のメリットもない。
「まぁ話しを最後まで聞け」
断りを入れてくるのは想定内だったらしい、ヒュームは話しを続ける。それを嫌々そうな顔をして聞く。ここで帰っても良かったが、目の前の男がそれを許さなさそうだ。
「謝礼は出す。要はアルバイトだな」
「アルバイトで従者相手取れとかどんなブラック企業だよ」
「お前だからこの話しを持ちかけてるんだ」
一応相手を選んでこのアルバイトの話しを持ちかけているらしい。それなら百代とかもっと戦うこと大好きな適任者がいるし、何よりヒュームが相手すればいいと灯は思ったが
「川神百代が相手だと川神院に申し込みを入れなければならない、正直手間が面倒だ。俺が相手だと演習にならん」
灯の思考を読んでヒュームが先回りしてくる。思わず舌打ちしてしまう、最初から逃げ道が塞がれているようだ。ここに呼び出された時点で灯の命運は決まってしまったのかもしれない。
「はぁ、…………時給は?」
「朝の10時集合で大体午後2時には終わる予定だ。金は3万出そう」
「そのアルバイト乗った。是非やらしてくれ」
こうして日曜日の灯の予定は決まった。
◆
「全員気を引き締めてかかれよ!! 相手はアタイたちより格上だ!!」
10人いる従者の指揮はあずみが取っている。周りもあずみが指揮をとることに納得してるのか、あずみの言うことに耳を傾けつつも灯から目を離していない。目を離したら一瞬でやられる、それを実行出来る奴が相手なのだ。
従者たちは誰1人として灯に対して攻勢に出ようとしない。勝手に動いてもカウンターを喰らって戦闘不能になったら元もこうもない。灯を取り囲みみつつ、様子を見ている。
灯も精鋭10人が相手のため、容易には動かない。相手の出方をじっくりと見るため、開始合図が出た今も初期位置から動かずにいる。だがいつ攻撃がきてもいいよう即座に動ける体制を取る。
「ステイシー!」
「あいよ!」
先手は従者部隊側だ。
あずみの言葉の意味をすぐに理解したステイシーは、武器であるライフルを構え灯目掛けて発射する。あずみの声を聞いてからライフルを構えて狙いを定め、引き金を引くまでの時間はかなり短い、流石元傭兵と言ったところだろうか、鍛錬も相当積んでいるだけでなく場慣れもしている。
灯はそれを左足を後ろに下げ、体を少し動かすだけの必要最低限の労力で弾丸を回避する。ライフルは灯の左後ろから撃たれたので撃った瞬間を見れたわけではない。音を頼りにステイシーの場所を正確に理解し最低限の動きで避けた。
ただ初手を避けられたぐらいじゃ攻撃の手を緩めない。連続攻撃を仕掛けることで灯にプレッシャーをかけていく。
「ッハ!」
李が体をずらした場所めがけて分銅鎖を投げていた。ステイシーのライフルを撃ってそれを避けることまで計算していたらしい。灯の頭に寸分とくるはず分銅鎖が襲ってくる。当たれば脳が大きく揺れ一時行動不能に陥るだろう。
「パターン⊿(デルタ)!! 一気に畳み掛ける!!」
李の動きを見て、あずみが一斉に攻撃を仕掛けるよう命じる。この分銅鎖で仕留められるとは思っていないが、これをきっかけに攻め続ければ、こっち側が攻めの流れをつかむことが出来ると予測したからだ。
1対10という人数差もある。人海戦術という戦略がある様に、1度こちらがペースを掴めばいくら壁を超えた者が相手でもチャンスはあるとあずみは踏んでいる。
ライフル、分銅鎖という間を置かない攻撃に慌てることなく、灯は襲ってきた分銅鎖を左手で掴む。そしてそれを引っ張ることで李をこちら側に引き寄せようと企んだ。
だが李は分銅鎖が掴まれたと分かった瞬間、すぐにそれを離した。暗器をメインウェポンとしている李は体中に至る所に武器を仕込んである。種類も豊富なので1つの暗器がなくなったところで対して問題はないのだ。それよりも灯相手なら近くに引き寄せられ、インファイト戦に持ち込まれる方が危険である。
李、分銅鎖に気が向いていることを好機と睨んだのか、灯に更なる追撃が襲ってくる。今度は遠距離からではなく近距離からだ。
「ッフ!!!!」
桐山が灯の顔面めがけて回し蹴りを放つ。目線も意識も分銅鎖に集中している、これはヒットするだろう。桐山は勿論、何人かの従者でさえそう思ったが
「フンッ!」
灯は右手で桐山の右足首を、蹴りの勢いに負けることなくガッチリと掴む。そのまま自らの頭上で桐山を振り回した後、床に思いっきり叩きつける。叩きつけた瞬間まるで太鼓を叩いたような音が響き渡ったことから威力は想像できるだろう。人1人を片手で軽々と持ち上げ振り回す、弁慶にも負けず劣らずの凄まじい怪力だ。
「グハッ!?」
受身を取ることも許さず、床に叩きつけられた桐山は思いっきり咽る。桐山は意識が飛びそうになる中、立ち上がろうと全身に力を入れるが体は思った通りには動かない。これは戦闘不能だろう。
桐山を叩きつけると同時に手に持っている分銅鎖も手から離す。灯は分銅鎖なんて使えないし、持っていても邪魔なだけだ。
まだ桐山に意識があるので追い打ちをかけようかと灯は迷ったが、追い打ちをかけてる間に更なる一手が来ると予想し、目線を桐山から放す。予想通り次の攻撃は目の前に迫っていた。
「ロックンローール!!!!」
ステイシーの手には最初のライフルではなく、両手にマシンガンが握られていた。弾丸の雨が真っ直ぐ降り注いでくる。それと同時に2人の従者が後ろから迫ってきてる、挟み撃ちだ。
この弾丸の中に突っ込んで行くのは無謀、そう考えステイシーに行くのは諦め2人の従者に狙いを定める。
灯は右足に力を込め、ステイシーがいる方向とは逆側に走る。2人の従者に即座に近づき右手で執事服の襟を握り、手首を捻ることで襟で首を絞め相手の行動を縛る。その体制を作ったまま弾丸が降り注ぐ方へと向けることで弾丸から守る盾とした。
もう1人の従者は灯の胸目掛けて突きを繰り出してくる、が、それよりも灯が左足で前蹴りを鳩尾に決めるほうが早かった。
1人は腹を抑えたまま蹲る、これで戦闘不能だろう。1人はさっきから弾丸を喰らい続けて意識がなくなりそうになっている。模擬弾で死傷の可能性は無いとはいえ相当痛そうだ。
そのまま人を盾にしたまま、痛い思いをせずにステイシーに近づいていく。ステイシーは打ち続けても無駄だと判断しマシンガンを撃つことを中止する。灯に当たらないことで中止したのか、同僚の従者が可愛そうだと思って中止したのかは分からないが。
マシンガンによる攻撃が止んだことを確認し、掴んでいた従者を思いっきりステイシーに投げる。
「え、こっちに来んなよ!!」
向かってくる従者を受け止めるどころか叱つし後ろに引くことで直撃を避ける。今1番ボロボロなのは間違いなく投げられ倒れている彼だろう、完全に意識を失っていた。哀れなり。
ステイシーが慌てているときも従者は手を緩めない。
4人が灯を囲みこむように迫ってくる。四方から同時に仕掛けることで、誰かが反撃を受けても灯に確実に一撃与えることが出来ると睨んでの行動だ。
これは非常にタイミングが重要になるが、灯に迫ってくる4人は同じスピードで向かって来てる。この4人に連携は問題ない。
4人がギリギリまで灯に近づいた瞬間、灯は体を捻りながら飛ぶ。近づいてくるのを待っていたかのような、狙い済ましたような綺麗な跳躍。
体を床に向け両手両足が花火が開く様に4人に放つ。それぞれ顔、首、顔、胸に両手両足が直撃する。顔、首に拳と足が命中した従者は1撃で沈む。胸に当たった従者は3人のように膝をつくことはなかったが、それでも大ダメージだ。胸を押さえつつヨタヨタと足が縺れつつ後退している。それにトドメをさすべく灯の左腕が腹を狙う。この従者に避ける余裕も術もない、直撃だ。
これで4人はK.O、残りはあずみ、ステイシー、李である。3人はバラバラに挑んでも勝ち目がないとふみ、距離を取りつつ集合する。演習が開始されたからまだ10分もたっていない。
3人は灯の底知れなさに若干の恐怖を覚えつつ、目の前にいる武人をどう倒すか必死に頭を働かせていた。
余裕のない従者陣に対して灯は非常に余裕そうだ。集まった3人を鼻で笑いながら見つめる。
「さぁ、次はどうする? 特攻でも仕掛けてくるのか?」
見え見えの挑発にあずみは奥歯を強く食い縛った。目の前にいる相手はヘラヘラして非常に憎たらしい。あれだけ従者を一斉に向けてもあっさりと対処される、それもほぼ全員が一撃で沈んでいる。憎たらしい理由だけは他にもある。学園では主である英雄をキンピカなどと無礼に呼ぶなど、これは完全に私情だが。
「は、お前相手に特攻なんか仕掛けてられるかよ!!」
その瞬間あずみは6本にクナイに手を伸ばす。そのあずみの行動を見てか、李も同じクナイを手に、ステイシーはマシンガンを手にする。
今までどんな攻め方も対処されてきたのだ。クナイやマシンガンなどいまさらだろう。だがそれでも牽制ぐらいにはなる、どんな小さな隙でも作ることが大事だ。わずかな勝ち筋を何とか手に引き寄せようとする。
一斉に遠距離から仕掛けようとしたその時、地面が大きく揺れた。揺れた理由はすでに3人とも理解出来ている。目の前に余裕綽々で佇んでいる男が原因だろう。
灯はあずみが動いたのを見て瞬時に、自らの足で地面を思いっきり叩いたのだ。これを震脚と呼ぶ。日本武道では踏鳴(ふみなり)と呼ばれている、が人が大きく揺らされるほどの震脚は3人とも初めて見た。
震脚を起こし3人にわずかな隙が出来る、それを見逃さない。踏み込んでいる右足に再度力を込め、あずみたちに一気に近づく。
「!!!! ック!?」
気づいたとき、李の腹に拳が埋まっていた。全身から力が抜け、手からクナイが離れる、そして膝をついてしまう。これで彼女も戦闘不能だ。
「李! ……!? グァア!!」
ステイシーはここで李を気にしなければ良かった。気にしなければ、この一撃は反応は出来たはずだ。だが気にしてしまったが故に彼女のわき腹に左足が入っている。
李とステイシー、これで2人も同時にこの演習から脱落。残りはあずみだけだ。
「忍足流! 剣舞五連!!」
だがあずみは演習に参加している従者で最も強い。李とステイシーがやられても動揺せずに2人に攻撃した隙をついて自らが持つ最強の技を放つ。
灯に二刀流から振るわれる連続斬撃が襲い掛かってくる。このタイミングでは流石に後退しても左右にスウェイしても避けることが出来ない、5連撃を受け止めるしかない。だが灯は素手だ。いくら殺傷性がない小太刀でも当たれば痛いし、あずみほどの腕ならば殺傷性が無いとは言えある程度は斬れてしまうだろう。それをあずみは確信していた。
だが―――
あずみが望んでる音は耳には届かなかった、まるで金属と金属がぶつかったような音が広い空間に響き渡る。それも5撃とも全て似たような、金属音が響く。とても腕と小太刀がぶつかった音ではない。
あずみは目を見開いた。なぜならば灯の手にはマシンガンが握られていて、それで小太刀を受け止められていたからだ。
そのマシンガンは非常に見覚えがあるもの、ついさっきも見たような気がする。金髪のアメリカンガール、ステイシーが愛用している物だ。
「お前っ……! いつの間に!!」
「手癖が悪くてすまんな」
ニヤリ、してやったりと笑みを浮かべながら奪い取ったマシンガンをあずみに向ける。その様子は非常に楽しそうだ。まるで子供が初めて見るおもちゃで遊ぶような雰囲気、ただ楽しいのは灯だけだろう。
「ゼロ距離発射ぁぁぁあああああああ!!!!」
即座に照準を合せ引き金を引く。灯に大きな振動が襲ってくるがビクともしない。
流石のあずみもゼロ距離からマシンガンの引き金を引かれてはどうしようもない。持っている小太刀で弾丸をはじき飛ばそうとするも間に合わない、全弾命中する。
「ちっ……ぐっぁ!!!!」
大きく吹き飛ばされて床を転がる。
しかしまだ意識はある、戦闘不能に陥るほどのダメージはマシンガンで与えることが出来なかった。その理由はあずみがいつも着用している鎖帷子だ。これのおかげで直接弾丸を喰らうことはなかった。それでも衝撃は防ぎきれない、結果吹き飛ばされることになった。
「ちっ……くしょー」
直ぐ様体制を立て直し前を見る、1丁のマシンガンが無造作に投げ捨てられている。確かあの位置は灯が引き金を引いた所……だがそこに灯はいなかった。
「!? 上か!」
気配を察知し上を見る。そこには腕を振りかぶりながら自分に迫って来る灯の姿。気づくのが遅かった、既にここまで迫られていたら今の自分では防御することも避けることも出来ない。つまりこの演習、従者部隊の負け、チェックメイトだ。
悔しい気持ちと苛立つ気持ちを抱きながら、あずみの意識は失われた。
「そこまで! 演習は終了です」
クラウディオの声が演習が始まる前と同様にトレーニングルームに響き渡る。ただ始まる前とはだいぶ状況が違う。立っているのは灯のみ。従者たちは気絶しているか蹲っているか、どちらにしろボロボロな状態な者がほとんどだ。
「まさかこうもアッサリと負けてしまうとは」
クラウディオはここまで圧倒的に負けると思ってなかったようだ、この現状に思わず目を伏せてしまう。
「1から鍛え直しだな……」
ヒュームもクラウディオ同様、いやそれ以上に呆れてしまう、これだから若手には任せておけないと。
せめて灯に一撃でも与えられれば評価が変わったかもしれない。この演習は”壁を超えた者を相手にどう立ち向かうか”これを目的として行われた。
川神には武士道プラン等が影響してこれからも数多くの人間が出入りする。その中に柄が悪くて強い人間がいたら川神市民に被害が出てしまう。勿論それらの人間はヒュームなどの百戦錬磨の男が対処する。だがもしヒュームなどがいない場合のことを想定して行われたのがこの演習。
その結果は灯に何も出来ずにやられてしまった。これでは演習にはならない。
だがそれほど壁を超えた者は別格の強さを持っているのだ。百代は言わずもがな、手からビームが出せる異次元の人間。黛とて刀で鉄を切り裂くことが出来る。ヒュームは鮪を武器にして数多くの敵を殲滅出来るほど。灯もそのクラスに到達している。
そして今回、灯に依頼したのは従者たちにいつもと違う人間と戦わせるためだ。ヒュームが相手ではいつもの鍛錬とさして変わらない。百代が相手ではただ単に百代の欲求を解消するだけで終了する、黛は恐らくこの依頼を受けてくれない。消去法で選ばれたのが灯だったのだ。
「ただやはり、マスタークラスの人たちはデタラメですねぇ」
「ふん、オレから見ればあいつも赤子よ」
「あなたはいつもそう言う」
ヒュームの誰でも赤子扱いには慣れたものだ、笑いながら受け流す。それよりも1つ気になることがある、いや出来た。
「国吉様、一体何をなされているのですか?」
灯は李とステイシーのそばに寄って、ステイシーの顔を見て胸を見る。その後李の顔を見て胸を見る。またステイシーを見る、これを下唇を噛みつつ悩んだ表情をしながら繰り返している。
「いやだって、これはどっちにするか迷うじゃん?」
「勝者は誰か1人を持ち帰っていいなんてルールはないぞ」
戦っている時は真面目だったのに、と思わずため息をつくクラウディオ。
こうして演習1回3万円のアルバイトは幕を閉じた。
◆
予定していた時間より遥かに早い時間に演習は終わった、現在13時過ぎ。灯は報酬をもらった後、これを使って豪勢な昼飯を取ろうかと考えながら出口を目指して長い廊下を歩いていると
「あ! 灯くんだ!」
「あれ? 本当だ」
「ほう……あの門を掻い潜ってきたのか」
源氏3人組みに出会った。
義経は笑顔を浮かべながら、弁慶は普段と変わらない様子で、与一は気だるそうに灯に近づいてきた。
「おー源氏3人組。ここに住んでいるんだったな」
「灯くんは何故ここにいるんだ?」
義経が疑問に思うのは当然だ。この九鬼極東本部に限らずだが、九鬼財閥のビルは九鬼の関係者以外が入ることが許されない。一般人は九鬼のお偉い人達が許可しないと入れない仕組みになっている。大財閥だからこそセキュリティをしっかりしなければならないということだろう。
そして灯は関係者ではない、何故ここに入れたのかが分からない。
「アルバイトだ」
「アルバイト?」
思わず義経が首をかしげる。人材の宝庫である九鬼家が何故アルバイトを雇ったのか、そのアルバイトの内容は何か、義経には2つの疑問が浮かんだ。
「ちょいとヒュームさんに頼まれてな」
「あー、それはご苦労さま」
弁慶はその執事の名を聞いておおよそ、アルバイトの内容を理解したようだ。何ともめんどくさそうな顔をしている。
「私なら絶対にやらないね」
「だろうな、働いた俺をその体で労わってくれ」
「ん、こう?」
弁慶はゆらりと灯の背後に周り、左足を灯の左足に絡めるようにフックした。そして左腕を巻きつけ背筋を伸ばす。この体制は……
「コブラツイストは望んでいない!!」
綺麗なコブラツイストの完成である。手加減もしてるしクラッチも決めてないが灯には焦りの表情が出てくる。弁慶の力で決められたらとても耐えられたものじゃないだろう。
灯が焦ってるのを見て満足したのか、弁慶は軽く笑いながら技を解く。
「くそ……っ! 労わるどころか痛めつけやがって」
灯は弁慶を恨めしそうに見る、それを弁慶は先ほどと同じく笑いながら受け流した。これ以上言っても無駄なので、1つ息を吐いて気を取り直す。視線を義経へと移した。
「んで、義経ちゃん達はこれからどこに行くんだ?」
「義経たちはこれから昼食を食べようと思ってたんだ。灯くん、良かったら一緒に食べよう」
「ご一緒していいのか?」
灯は今回こそアルバイトという名目で九鬼財閥のビルに入れたが基本は部外者だ。これ以上内部を歩き回っていいのだろうか? そこが疑問だ。
「ここまで来たんだし、食堂に行っても追い出されないと思うからいいんじゃない」
「おぉそうか! 美人2人とランチが出来るなんて付いてるぜ」
一人暮らしのため休日は大体1人で昼食を作って食べてる灯にしてみれば、このお誘いは非常にありがたいものだった。追い出されるかも、という心配も義経たちが許可してくれることで解消される。
何より学年を代表する美少女と美女と昼食が取れる、これは一般男子生徒からしてみればお金を払ってでも体験したいことだろう。
「与一のことを忘れないで欲しい」
「与一はオプションだ」
「どんなポジションだよ!」
「私に川神水を買ってくるポジション」
「完全にパシリじゃねぇか!!」
源氏3人と合流し足を出口から九鬼の食堂へと向ける。九鬼の食堂から出される料理は絶品であるだろう、灯は胸を踊らせてゆっくりと歩いていく。アルバイトから始まった休日は、義経たちと合流後の昼飯、そしてそのまま義経たちと遊ぶという非常に充実したものだった。
次回予告
日曜日に暴れた結果、さらに猫っかぶり貧乳メイドの忍足あずみからの視線を浴びるようになった国吉灯です。視線を浴びるならもっと色っぽいものを浴びたいものだ、モモ先輩とかマルギッテとか弁慶とか。巨乳はジャスティス。何時も通り、だらけ部で美人にお酌してもらいながらおつまみを食べていたらヒゲ先生からの依頼が来た。内容を聞く限り荒っぽい出来事を対処して欲しいってことだ。美人が絡まなさそうだから断りたがったが……報酬ががが。
次回、国吉灯頑張る。
注>内容は変更される可能性があります。
感想、評価、誤字脱字報告、お待ちしています。