モンハン飯   作:しばじゃが

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 何とも不可解なサブタイトル。





盗んだハートを噛み締めろ

 

 

 照り付ける太陽。荒涼とした景色。

 まるでありとあらゆるものを風化させんとするその強い風は、この狩猟地を激しく唸らせる。突風により舞い上がった大量の砂は、俺の視界を阻害し、喉に不快な感覚を(もたら)した。

 ここは旧砂漠。熱く乾いた、厳しい熱砂の世界だ。

 

「下から来るぞ! 気を付けろォ!」

「にゃ……にゃにゃっ!」

 

 そんな過酷な環境で行われる狩猟。今回のターゲットは、この砂地を泳ぐ大型の飛竜。一角竜、モノブロスだ。

 奴らは非常に聴覚が発達しており、その研ぎ澄まされた感覚を用いては、地上でうろつく獲物を捕らえるのである。つまり今の俺たちは、正にまな板のサシミウオ。

 直後、奇怪な衝撃音と共に目の前の砂が大量に捲り上げられた。視界が一瞬で砂色に埋まる中、その奥から唸る茶色が迫ってくる。

 

「ちぃっ!」

 

 目測も揺さぶられた今、回避するのは危険だろう。心許ないが、右腕の盾に頼るしかない。そんな判断の下突き出した右手に、不快な衝撃が伝わってくる。まるで集会所に取り付けられた大銅鑼を、腕の中で鳴らされたような。

 それと共に襲い掛かってきた急激な負荷。それに体ごと吹っ飛ばされないよう体勢を低くしつつ、体を腕で地面に縫い付ける。

 

「だ、旦那さん! 大丈夫かにゃ!?」

「あぁ……何とかな」

 

 駆け寄ってくるイルルに応えながら、急いで振り返った。俺を突き抜けて走り去ったモノブロス。第二波の突進が来るのかどうか。それで次にとる手段が変わってくる。

 だが、奴は突進を仕掛けてくることはなかった。ただ憎々し気に俺を睨み、その大きな頭を振りながら持ち上げる。

 直後、まるで鼓膜を突き破るような勢いの大音響が、この広い砂漠で破裂した。一体何が起こったのか? 簡単なことだ。モノブロスが吠えた、ただそれだけである。

 

「……ッ! うるさ……ッ!!」

「にゃっ! ふにゃあぁ……」

 

 しかし奴ら――重殻竜下目角竜上科ブロス科は、飛竜の中でも訳が違う。その声量は非常に鋭く豪快で、聞くものを戦慄させるような咆哮を放つのだ。その衝撃を前に、俺は耳を塞がずにはいられなかった。

 聴覚が人間より優れているアイルーのイルルは、俺よりもっと痛いのだろう。この咆哮力に対抗できる並の飛竜なんて、轟竜ティガレックスくらいなものか。

 奴ら角竜は、休みなく暴れる。咆哮で硬直する相手のことなど、お構いなしに暴れ出す。目の前のモノブロスもその例外ではなく、動けない俺に向けて、その鋭い一本角を光らせた。

 

「にゃあ! しっかりしてにゃ!」

「うおっ……! すまん、助かった!」

 

 奴がその角を引っ下げ、突進を繰り出すその直前に。イルルが、懸命な表情で俺に喝を入れてきた。それが刺激となり、俺を蝕んでいた硬直を霧散させる。俺よりもあの咆哮が響いているはずなのに、苦労かけるな。

 だが、ゆっくりお礼も言ってられない。やっと動けるようになった時には、モノブロスは一直線に俺に向けて走り出していた。その太い両脚が、砂を蹴り上げていく。

 そんな威圧的な光景を流し見しながら、俺は奴の射線から離れようと前転回避。直後、背後から凄まじい量の砂が舞い上がる。

 舞い上がった砂が煌めく中、奴はその角を高々と上げていた。まるで天を貫かんとするその様はとても勇ましく、猛々しい。強靭な両脚に大きな翼。武骨なその甲殻は、奴の好戦的な気性を如実に表していた。

 

「……おっと、見惚れてる場合じゃねぇや」

 

 突進から、ちょうど俺の背後で角突き上げを繰り出したモノブロス。

 その突き上げは、角から察すれば分かるように、非常に恐ろしい威力を有している。だが、実はこの行動、足元ががら空きだ。揺れる鎚のような尾には注意が必要だが、脚に張り付いて戦えば特に問題ないのだ。

 そんなわけで、俺は左手の片手剣を振り回して奴の脚を集中攻撃するのだが、当然奴も無抵抗ではない。うざったそうに低く唸り、張り付く虫を払いのけんとその尾を大きく回し始めた。

 

「ちっ! 危なっ!」

「ふにゅあっ!?」

 

 その高速回転は、遠心力も相まって非常に恐ろしい威力を持つが、これも尾の回転に合わせて脚に張り付いていればそうそう当たることはない。その大きな尾は地を擦るように回るため、咄嗟の判断が必要にはなってくるが。

 そして尾が地を擦れば、当然砂も舞い上がる。そうして撒き散らされた砂を、イルルは大量に被っていた。さっきの変な声はそれが原因か。

 

「ふにゃっ、口の中がザラザラするにゃあ……」

「元から猫舌でザラザラなんだから大丈夫だろ」

「にゃ! 心外だにゃ! ボクのはもっと……けふっけふっ」

 

 砂が喉にまで入ったのか、イルルは急に咳き込み始めた。放っておくと被弾しかねない。そう思うや否や、体は動き出していた。

 毎度お馴染みの体術でモノブロスの尾を飛び避けて、咳き込むイルルを両腕で抱え込む。そうして転がるように彼女ごとモノブロスから離れ、やっと一息。

 

「だ、旦那しゃん……」

「あー……まぁ取り敢えず回復に専念しときな」

 

 彼女を優しく下ろしてから、再びモノブロスに相対する。後ろから響く穴を掘る音を聞き流しながら、再び腰に携えた片手剣を引き抜いた。

 一方の奴は、張り付かれたことが相当ストレスだったのか、今度は地面に潜り始める。荒々しく砂を掻き分けて、その逞しい翼を地に埋めていく。

 

「させるかよっ!」

 

 それを黙って見逃す手はない。奴が潜り切るその直前に、音響弾が収まった右手を振り回す。遠心力に従って手を離れたそれは、丁度尾の先まで砂に埋めた奴の真上で炸裂した。

 すると奴ほど強烈ではないものの、精神を掻き乱すような鋭い音が鳴り響く。

 

「ヴオオォォォッ!?」

 

 奴らは地に潜る時、音で獲物を探す。そのため、地中に潜った時はただでさえ強力な聴覚をより研ぎ澄ますのだ。

 そんな中であの嫌な音を鳴らされた暁には、あいつのように砂から顔を出してもがき苦しむのも分からないでもない。

 

「さぁさぁ、(なぶ)ってやるか……!」

 

 無防備に頭を曝け出す奴の、その目の前で。俺は片手剣を激しく振るう。左手で剣を、右手で盾を。斬撃と打撃を織り交ぜたその乱撃は、確実に奴の角に傷を入れ、脳を揺さぶった。

 だが、ようやく落ち着きを取り戻したのか。モノブロスはその大きな翼をはためかせ、普段は行わない飛行によって埋もれる体を砂から掬い上げる。

 しかし、そう易々と逃がすものか。

 

「落ちて来な!」

 

 滞空中の奴の目の前に。懐から取り出したあれ(・・)を放り投げた。

 素材玉と光蟲を調合することで出来るそれ(・・)は、モノブロスの目の前でその身を大きく引き千切る。その瞬間、砂漠を一筋の閃光が駆け巡った。そう、閃光玉だ。

 右手の盾でその強烈な閃光を遮った俺は、特に影響もなく次の行動の準備にかかる。しかし目の前で、モロにその閃光を浴びたモノブロスは。

 

「やったぜ、ビンゴォ!」

 

 そんな俺の叫びを掻き消すように、衝撃音と呻き声、そして大量の砂が舞い上がった。

 強烈な閃光を浴びたために、平衡感覚を失ったモノブロスが落ちてくる。ただそれだけなのに、その副次効果は非常に派手なものだ。片手剣は盾があるから特に影響ないが、防ぐものが無い武器では些かやり辛いのかもしれない。

 ふとそんなことを考えたものの、目の前で呻くモノブロスを見て気を取り直す。今はとにかくコイツを料理することだけを考えよう。それも美味しく、二重の意味で。

 そんな思いを顎に込めて、手にした片手剣の柄を咥える。そうして、自由を得た両手でロープを手繰り寄せた。

 

「取り敢えず、爆弾かな」

 

 砂に埋まったロープが呼ぶのは、巨大な火薬の塊。砂を掻き分け、その身を転がし、もがくモノブロスの前へと躍り出る。呻く奴の鼻っ柱に、その大タル爆弾Gがそびえ立った。

 非常に重いそれだが、狩猟時間の短縮のためには欠かせないものだ。ましてや火力の低い片手剣ならなおさら、である。

 エリアの隅に置き、隙あらば手繰り寄せるのは中々の重労働だが、メインターゲット達成を早める、つまり実食までの時間を早めるのならば丁度良い食前の運動だろう。

 そんな大タル爆弾Gは、この砂漠に再び閃光を(もたら)した。それも今度はシャレにならない爆風も添えて。どれくらいシャレにならないかというと、モノブロスの象徴とも言えるその一本角をあっさり折ってしまうほどだった。

 

「グオオォォォッ!?」

 

 痛みに反応して、大きく頭を振るモノブロス。それに伴って散らばる破片を、奴は不思議そうに眺め始めた。

 まさか、自らの誇りとも言える角が折られるとは思っていなかったのだろう。反射する欠片と、鼻先の虚無感が奴を包み込み始める。

 

「……怒った」

 

 重苦しい重低音。それがモノブロスから滲み出ていると気付くまでには、そう時間が掛からなかった。

 体勢を低く、威嚇するように。荒々しい鼻息が砂を舞い上げる。

 一本角が折れたはずなのに、そのプレッシャーは大して衰えていない。それどころか、口から漏れる黒々しい息がより恐怖感を煽ってきた。

 

「……良いね。(タマ)の取り合いはこれくらい緊張感あるくらいが丁度良い」

 

 怒り状態に陥ったモンスターは、形振(なりふ)り構わなくなる。コイツの場合は、音響弾のショックも無視するほどだ。故に音響弾を構えていても、意味ないだろう。ここは武器一筋で攻めるのが吉だろうか。

 

「グオオォォォ……!」

「良いぜ……来い、来いよ!」

 

 俺の挑発に応じるように、奴は再び地を蹴った。怒りに任せたその運動神経は驚異的な伸びをもたらし、先程までとは比べ物にならない速度を見せつける。

 砂塵舞うその一撃は、回避した俺の横を通り過ぎてもなお止まらず、接触した巨岩を簡単に破壊した。直撃したらこの防具とはいえ、ただでは済まないだろう。

 

「ひゅぅ、あっぶねぇ……」

 

 転がって体勢を立て直し軽く一息つく。

 一度肺の中の空気を取り換えながら再び片手剣を握りしめ、いざ攻めんとしたその時、突然目の前の砂が盛り上がった。もこもこと何かが懸命に砂を掻き分け始め、ひょっこりと可愛い顔が現れる。

 

「ふみゃあっ」

「……何だ、イルルか」

 

 ヤオザミでも乱入してきたのかと思いきや、先程退避したイルルが戻ってきただけだった。

 全身をふるふると震わせて、絡みついた砂を撒き散らすイルル。そんなコイツに呆れていれば、視界の端で再びこちらに向けて走り出すモノブロスの姿が()ぎる。

 自らを狙う人間を、そのオトモであるアイルーをまとめて蹴散らそうと、あの武骨な頭が牙を剥いた。

 

「……っ! イルル、準備しろ!」

「ふにゃ!? ……にゃっ!」

 

 俺の声に慌ててイルルは反応するものの、モノブロスはもう目前まで迫っている。何というスピードか。平常時はどれだけ手を抜いているのやら。

 それはそうと、このままでは俺もイルルも弾き飛ばされる。何とかここを切り抜けないと。

 あれを使うしか、ないか。

 

「───ふぅ」

 

 奴の全身が俺を潰すまで物の数秒。その短い時間の中で、俺は小さく息を吐いて左腕を背後へ回す。

 そのまま体勢を低め、奴の首の下を目掛け軸合わせを行って。

 

「はッッ!!」

 

 接触するその瞬間。俺は左手を解放した。

 極限まで力を溜めた筋肉は、圧倒的な運動エネルギーを生み出し、その解放に準じるまま弧を描く。それに伴うように体は一回転し、遠心力まで左手の刃は上乗せされた。

 まるで俺の周囲を薙ぎ払うような軌跡。それは我武者羅に突進してきたモノブロスの頭を弾き飛ばし、それどころか軸を合わせたその首下を大きく斬り裂いた。亀裂のように走るその傷は、黄色の砂漠を紅く染め上げる。

 

「ハッ、ざまぁみやがれ……!」

 

 片手剣を代表する狩技、ラウンドフォース。俺が放ったその技は、ベルナ地方でそう呼ばれている。

 極限まで筋肉を酷使することで、圧倒的な勢いの回転斬りを放つこの技。火力は申し分ないが、如何せん負担も大きい。俺の左手も若干痺れており、しばらく使い物にならなさそうだった。とりあえず右手の盾で何とかするしかない。

 

「にゃーっ!!」

「うおッ!?」

 

 左手と右手を相談させ、右手の盾を構えようとしたその瞬間。背後からイルルが急に飛び出し、モノブロスの懐に潜り込んだ。

 怯むモノブロスはイルルに反応出来ずにただ驚きの声を上げ、一方の彼女はそんなものもお構いなしに、手にした王ネコ剣ゴロゴロで俺が作った傷をさらに抉る。それも一切の容赦なく。

 

「グオォォォッ!!」

 

 悲鳴に近い声を上げたモノブロスは混乱したのか、もしくは不利だと判断したのか。慌てて砂の中に潜り始めた。一心不乱に両翼を振るい砂を掻き分けていった。

 そんなことをしたら余計その傷痛みそうな気がしないでもないが、敵から退避するのは最優先事項だろう。砂煙を上げながら砂中を潜行して逃げる奴の姿が、そう感じさせた。

 

「……逃げたか。いや、逃がさんぜモノちゃんよ」

「……だ、旦那さん……」

 

 サッと取り出した砥石で片手剣を研ぎ上げながら、モノブロスの逃亡方向を確認する。見たところ退、避したのは旧砂漠の北。岩壁に囲まれたエリア10か。少し狭い場所だが、罠なり何なり駆使すれば問題ないだろう。

 問題なのは、先程突進したイルルが何故か動揺し始めたことだ。振り回した王ネコ剣ゴロゴロと、その先についた何かを見比べては、ふるふると震えている。

 

「どうしたんだ? 何かあったのか?」

「……ぶ、ぶんどりをしたんだにゃあ……」

「お、何だ? 何が獲れたんだ?」

 

 何に動揺しているのかと思ったら、ぶんどりをしただけか。それだったら特に動揺することも震えることもない、はずなのだが。コイツは一体何を獲ってきたんだ?

 そんな疑問を胸に、俺は彼女の持つ剣の先に視線を滑らせた。そうして映りこんで来たのは、ドクドクと唸る赤黒い塊。幾つもの管を付けた筋肉の塊だった。

 もしかして、いや、もしかしなくても。

 

「モ、モノブロスハート……にゃあ」

「……マジかよ……」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 バルバレの日常とも言える喧噪。

 人やネコの声が入り混じった往来は毎度の如く商売が活発で、競りで盛り上がっている店もあれば値切りに苦しんでいる店もあった。

 そんな騒がしい日常と壁を挟むマイハウス。狭い路地裏にあるこの家は、その往来とは少し離れているために、喧騒を煩わしく思うことはそうそうない。

 そのマイハウスで、俺はせっせと囲炉裏を熱しては大量の灰を積もらせていた。

 

「……旦那さん、どうするんだにゃ? そんなに灰を用意して」

「いやな、折角イルルがモノブロスハート獲ってきてくれたんだ。だったら食わなきゃだからな」

 

 そう、昨日のモノブロス狩猟クエストで、何とイルルはモノブロスハートをぶんどってきたのだ。

 まさかまさかのモノブロスハート。つまりは心臓(ハツ)だ。ガーグァやファンゴのハツは食べたことあったが、モノブロスは一度もない。一体どのような味がするのか? 実食して確かめる他ないだろう。

 

 

 ――知ってます? シグさんっ。砂原にはディアブロスが住んでるんですけど、あれって食べられるらしいですよ! 残念ながら、人間の舌にはあんまり合わないそうですけど。それにそれに、ドンドルマの管轄内ではモノブロスっていう別の角竜が生息しているんだとか。そっちの方は、一体どんな味がするんでしょう……?

 

 

 ふと、以前聞いた言葉が蘇ってきた。海の風に紛れて聞いたあの言葉。熱く語る"彼女"のあの言葉。

 彼女が言っていたモノブロスの肉、それが目の前にあった。奇しくも、バルバレでその興味を追求することができてしまったようだ。生憎、彼女は不在なのだが。

 そんな物思いに耽る俺には気付かずに、イルルはため息をついた。やれやれと言わんばかりに首を振る。揺れる尻尾から、彼女が戸惑っているのは明白だ。

 

「やっぱり食べるんにゃ……。それにしても不思議にゃ。ぶんどった後もモノブロスはピンピンしてたにゃあ」

「ん……そうだな、結局あの後も狩猟続行だったからな。……案外モノブロスにとって、心臓は生命維持に携わっていないのかもしれない」

「にゃ?」

 

 人間に腎臓が二つあるように、モノブロスには心臓が複数あるのかもしれない。それとも、モノブロスの心臓は血液を送る役目ではなく、生命維持には関わっていないとか。怒った時の変わり様から、運動を司る何かの機能でしかないとか。

 まぁ、考えていても仕方がない。そういうことはギルドのお偉いさん達がやることだ。ハンターがやるべきことはただ一つ。モンスターを狩って、食べる。これだけだ。

 

「……今回はホイル焼きにするつもりだ」

「モノブロスハートを、にゃ?」

「あぁ。丁度良いことに、砂漠付近の村でインセキホイル売ってたからな」

 

 そう言いながら、ポーチからその銀紙の筒を取り出した。

 旧砂漠の洞窟には、落下してきたらしい隕石が鎮座している。『隕石の大塊』と呼ばれる脆くも貴重な材質のそれは、溶かして固め直せば優秀な素材となるのだ。

 そんなこんなで作られたのがこれ、インセキホイルだ。保温性の高いこの素材だからこそ、ホイル焼きには打って付けなのである。

 

「にゃあ……。用意が良いにゃ」

「料理は準備が大切だぞ? これくらい当たり前だ」

「昨日の帰りの竜車でせっせとハートの下処理をしてたのも……」

「あぁ、まさにそれだ」

 

 ハツは余分な脂肪や血管、スジなどがついているためそのまま食べるには適さない。丁寧に不必要な部分と切り分け、塩をまぶして水に付けて置いておくなど、それなりの処理が必要なのだ。

 さらに今回は塩麹をまぶし一日寝かしてある。きっと味の深みも段違いだ。逆に言うなら、美味いものを作るには適切な下準備が欠かせないという訳だ。

 また、料理全体として見れば、部屋の奥で温めているアレも準備の一つと言えるだろう。

 

「イルル、奥の鍋で温めているアレを持って来てくれ」

「にゃ? これかにゃ?」

「そうそう、それ」

 

 ネコ用ミトンを渡しては、イルルにその鍋の中身を持って来てもらう。彼女が不思議そうに覗き込んだその鍋の中には、じっくりと蒸されたユクモニンニクが一つ。

 蒸かされて、ニンニクの独特の香りとその中に潜む仄かな甘い匂いが俺の鼻を擽った。間近で感じているイルルならなおさら、だろうが。

 

「ふにゃ……ニンニク?」

「そうそう。それを持って来てくれ。……あ、あとそこの籠に入ったレアオニオンも」

 

 ニンニクの風味を生かし、レアオニオンを引き立て役とする。そんな仲間に囲まれたこの料理の立役者、モノブロスハートは一体どのような味になるのだろうか?

 そう考えると勝手に滲み出てくる涎を手の甲で拭きながら、イルルが持って来てくれたレアオニオンを受け取った。朝市に買ってきたコイツは鮮度抜群だな。

 

「あれにゃ、旦那さんはユクモ地方の物が好きにゃ?」

「……確かに塩麹といいニンニクといい、ユクモ風ではあるな」

 

 イルルにはニンニクの皮を剥いてもらい、その間に俺はレアオニオンを薄くスライスする。その分業中に、イルルがそう尋ねてきた。

 言われてみれば、確かに俺はユクモ村のものをよく料理に使っている気がする。ユクモニンニクに生姜、大豆など、思い返してみれば色々使っていた。まぁ、大陸的に見れば、故郷(・・)に近いために何となく愛着があるから、かもしれないが。

 まぁ、そんなことはどうでもよく。

 

「イルル、ニンニク出来たか?」

「出来たにゃ、こんな感じで良いかにゃ?」

 

 肉球と爪を器用に活用し、イルルは丁寧にユクモニンニクの皮を剥いてくれた。

 その十分な出来に満面の笑みで頷いてから、インセキホイルの中にモノブロスハート、ユクモニンニク、レアオニオンを入れていく。最後に幻獣バターを入れ、隙間なく包み込めば完了だ。

 

「さて、ではこれをアツアツの灰の中に入れて蒸し焼きするぞ~」

「……そのためのインセキホイルなのにゃ、なるほどにゃあ」

 

 囲炉裏の中で大量に積もった白い灰を、さながらあのモノブロスのようにスコップで掻き分ける。そうして窪みを作り、その中にこのモノブロスハート入りインセキホイルを包ませた。

 時間としては、二十分かそこらだろうか。十分熱を保ちながら蒸し焼きにしなければならない。火の調整には注意が必要だな。

 それにしても、だ。

 

「……しかしまぁ、ウチに設置された調理道具も微妙なものばっかだな、そういえば」

「にゃあ。年季が入っているというか、味があるというか……」

「つまりオンボロというわけだ。……そこでだな」

「にゃ?」

 

 話を改めるように、イルルの方を向いた。イルルもそれに合わせて、俺の目を真っ直ぐ見つめてくる。彼女の青く大きな両目に俺の姿が映り込んでいた。

 考えるような、期待をするような。少し不安を感じているような。

 自分の表情だというのに、そこに秘められた色は自分でもよく分からなかった。

 

「近いうちに引っ越そうと思う」

「にゃあ、引っ越す? どこへ?」

「────ドンドルマだ」

 

 ドンドルマ。

 それは、この周辺地域の中でもとりわけ都市機能が発達した、文明の中枢とも言える都市だ。様々な武器がそこで開発され、同時にモンスターの生態について詳しく調べる機関も設置されている。そして大老殿、つまりハンターズギルドの総本山がある。

 とにかく最高レベルの都市と言っても過言ではない。地域の特性上モンスターの襲来に遭いやすいのも特徴だが、あの都市にはG級というランクまで用意されている。そのため、モンスターの撃退も容易いものなのだ。

 

「にゃ……ドンドルマ……」

「やっと旅費が貯まったからな。そろそろギルドカードの更新ができるし、それにG級許可証も受け取れそうなんだ」

「そうかにゃ……そうだったにゃ……」

 

 許可証とは、大老殿への立ち入りが許されたハンターのみが持つ証。G級ハンターである証明そのものだ。

 このバルバレでの功績によって俺はG級昇格の条件を満たし、あとは発行するだけなのだが、紆余曲折があり俺は金欠に悩まされており、ドンドルマに行けないでいた。つまり発行出来ていないのだ。

 まぁ紆余曲折というか、食にこだわりすぎるあまりクエストの失敗が多いことが主な原因なのだが。

 そんな俺だが、この前のモノブロス討伐を経てやっと安定した旅費を手にすることが出来た。これでやっとドンドルマに行くことが出来る、のだが。

 

「お前の事情も知ってる。嫌だったら拒否してくれていい。良いハンター紹介してやるし、ぽかぽか島で暮らしても……」

「……何で、ドンドルマなのにゃ?」

 

 戸惑いながら、ためらいながら。それでもなお、イルルは俺に問いを投げかけてくる。

 どうしてドンドルマを目指すのか。自分が行きたくないという気持ちより、俺自身のことを知りたいというような、そんな瞳だ。何となくだが、そう感じた。

 だから俺は、その心に応えるように、胸の内から言葉を投げる。今まで彼女が踏み込んだことのない、俺の深い部分を。

 

「……探してるモンスターがいるんだ。そいつに会うには、ドンドルマが最も都合がいい」

「にゃあ……。旦那さんは、どうしてもドンドルマに行くのにゃ?」

「あぁ。俺はそのためにこちらの地方に来たと言っても過言じゃないからな。まぁすぐに答えを出せとは言わない。ゆっくり考えてくれ」

 

 俯いて悩むイルルの頭をそっと撫でながら、俺は静かに灰の様子を眺め始める。

 沈黙と、火が燃える音と、鼻孔を刺激するニンニクと肉の香りだけがこの空間を支配していた。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「そろそろ良いかな?」

 

 火の様子を眺めること二十分。

 よく熱された肉の香りが、灰の中から懸命に顔を出していた。その香りの周りを漂うように、ニンニクや塩麹の香りもまた主張を始める。香りから判断するに、もう食べても良さそうだ。

 スコップで灰を掻き分け、アツアツのインセキホイルを回収する。十分に熱されたそれはとても素手では触れないが、ミトン越しなら問題はない。

 そうして丸められたホイルを剥がしていくと、漂う香りはさらに厚みを増した。ホイルの中で凝縮された香りが、今解放される。

 

「あー、めっちゃ良い香り……」

「にゃあ、美味しそうにゃ!」

 

 イルルもその香りに思わず口角を上げていた。心なしか尻尾も揺らしているようで、料理を前に心が昂ぶっているのが分かる。

 それは俺も同様で、早くアツアツのそれを箸でつつきたくて堪らなかった。だがあと一手間。刻んだまだらネギと七味を加える。これで仕上げだ。

 

「さぁ、完成だ!」

「にゃ、いただきます!」

 

 密閉空間で芯まで熱されたモノブロスハート。赤いその身からは煌めく様な脂が滴り、それを彩るように乗った麹や七味が食欲を刺激する。

 漂う肉の香りとニンニクの匂い。そしてその中で眠る溶けた幻獣バターも、うっすらと目を覚まし始める。香りを鼻で頬張るとでも言うべきか。矛盾しているようだが、この香りの素晴らしさを表現するにはその言葉が相応しいように思える。 

 だが、香りだけではない。最も肝心なのはその味だ。

 ということで、早速箸で摘まんだそれを口の中に放り込む。口いっぱいに広がるその豊かな香りだけでも美味しく感じそうだが、本領はまだまだこれからだった。舌に乗ったその身からは芳醇な脂がじっくりと染み出し、肉の旨みを広げ始める。

 まだ噛んでいないのにこれなのだ。そう、噛んでみればそれは想定以上。心筋は筋繊維が細いため、肉厚でコリコリとした食感が特徴的だ。

 モノブロスハートもその例外ではなくその抜群の歯触りを俺の口の中に刻み、同時に溢れ出る脂が口の中を染め上げていった。その量の割に(くど)くはなく、思った以上に淡泊な味わい。

 内臓でありながらも、臭みが少ないのが特徴的だろうか。同時に温めたニンニクやレアオニオンの風味が、臭みを上書きしているのかもしれない。仕上げとして加えたまだらネギや七味のピリッとした辛さも良いアクセントとなり、顎を動かすのを飽きさせなかった。

 

「美味しいにゃあ……」

「そうだな、これは美味い。マジで美味い」

 

 イルルは内臓の独特な風味が若干苦手なアイルーだが、そんな彼女もこんなに笑顔で食べる事が出来るのだ。ニンニクやレアオニオンを加えたのは正解だったな。匂いにも、もちろん味の面でも。

 予想を裏切らない――いや、良い意味で裏切る勢いのこの旨さ。モノブロスと、こんな美味いものを持って来てくれたイルルに感謝しながら、俺はひたすら食に徹する。

 

「イルル」

「にゃ、何にゃ?」

「こんな美味いの持って来てくれてありがとな」

「……うにゃあ。どういたしましてにゃ!」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「ふぅ、食った食った」

「美味しかったにゃ~」

 

 狩猟時間に捉われない、優雅な食事のひと時。

 狩猟地で食う飯にはそこで食べるこその美味さや良さがあるが、たまにはこうしてゆっくり食べるというのも乙なモノだ。

 俺とイルルはすっかり完食。お粗末様でした。

 

「さて、そろそろ片付けるか……」

 

 食事を終えたのなら後片付けもまた重要。気怠いことには気怠いが、これを済まさねば次回の食事には移行できない。料理したものとして必要不可欠な行為の一つだ。

 ということで、早速近くにあったインセキホイルを素手で掴んだ、のだが。

 その行動は早計だったとしか言いようがない。

 

「……? ――アッツっ!?」

「にゃ!? 旦那さん!?」

 

 触ったそのホイルはまだかなりの熱を内包しており、軽く摘まんだ俺の指先をうっすらと焼いた。そこからじんわりと、嫌な痛みが込み上げてくる。

 どうやら、このインセキホイルはかなりの保温効果があるらしい。保温に優れているとは聞いていたが、まさかここまでとは。流石は隕石。未知の物質なだけある。

 

「だ、大丈夫かにゃ? 火傷にゃ?」

「あ、あぁ。まぁそんな大したことないよ……」

 

 小さな両手で俺の指先を抱えるイルルは、その火傷を見ては哀しそうに目を伏せた。

 何もお前がそんな顔をする必要はないだろうに、と心の中で思う俺を余所に、イルルはその肉球で優しく包む。そして火傷の具合を確認し、何か決心するように、伏せていた目に光を灯らせた。

 

「……筆頭オトモさんが言ってたにゃ」

「あん? 筆頭オトモ?」

「……傷は舐めておけば早く治るって」

「は――ちょっ!?」

 

 何を血迷ったのか。イルルは、俺の火傷の部分をそっと舐めた。猫舌のザラザラで舐められたらもっと痛いじゃないか。そう思っては襲い来るであろう痛みに思わず身構えた、が。

 その痛みはこなかった。代わりにやって来たのは、まるで包み込むように優しい、滑らかな感触。ゼラチンのような、俺の想像以上に柔らかなものだった。

 

「イルル……お前」

「旦那さん、痛みは……少しは引いたかにゃ?」

「……あぁ、大分マシになったよ」

 

 空いている方の手でイルルの頭を撫でながらそう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 昨日はザラザラとか言ったが、改める必要があるかもしれない。

 それにしても、筆頭オトモはどんな持論を持っているのか。確かに唾つけときゃ治るとか言うが、実際そんなもんじゃないだろうに。

 

 だがまぁ、嬉しそうに微笑むイルルを見ていたらそんなこともどうでも良くなってきた。

 こうしてゆっくり、準備もちょっと後回しにしてゆっくり食事の余韻を楽しむのも悪くない。後片付けまでが食事とも言うし、それをちょっと長引かせて、こうして食事の時間を多くとるのも悪くないなと、そう思った。

 

 

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『モノブロスハートのホイル焼き』

 

・モノブロスハート     ……300g

・塩麹           ……適量

・ユクモニンニク      ……1個

・レアオニオン       ……120g 

・幻獣バター        ……18g

・まだらネギ        ……少量

・七味           ……適量

 




 

インセキホイル(笑) 初めはメテオホイルにしてたんですけど、何かモンハンらしくない。デンセツコインとかありますし、インセキホイルの方が良いかな、と。……どうなんだろ、これ。

イルルちゃんは猫舌らしからぬ柔舌を持つという裏設定を無理に出して変なことになった第10話でした☆ そしてさり気ない伏線投入回でもある(ボソッ 
ではまた次回で!
 
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