モンハン飯   作:しばじゃが

12 / 85



 たまGO! たまGO!





讃えよ丸いゴールデン

 

 

 ざわざわとした、騒がしい人の声。

 狭い路地を超えた裏通りにあるこの家に、微かにとはいえ届いてくる市場特有の喧噪。けたたましい声で商売に花を咲かす音が聞こえれば、その花に止まる蟲のように商売に食い入る客の声も聞こえてくる。

 ――時刻は早朝。大砂漠が日の出の光を浴びて輝き始める時間である。

 

「旦那さん、朝だにゃ」

 

 バルバレの朝は早い。市場というだけあって商品の鮮度を重視するここらの商人たちは、早朝からせっせと行商に営むのである。そしてそれに食いつく客たちも、また少しでも良いものを手に入れようと早朝から動き出す。

 日の光が砂漠に差し込む時には、バルバレの大通りは既に人で飽和しているのだ。

 

「もう日は昇ったにゃ~」

 

 しかし現在バルバレは大砂漠付近に位置する。するとどうなるか。

 答えは簡単だ。砂漠の影響が色濃く出てしまうのである。もっと具体的に言えば砂漠の急激な気温変化を直接(こうむ)ることになる。

 ――つまり早朝のバルバレは非常に寒いのだ。

 

「そろそろ起きて、朝の準備しようにゃ?」

 

 そんな寒い中でも商売に徹する商人や、それにありつこうと(うごめ)く客たちには素直に感心する。こんな寒い朝には、温かいベッドの中でゆっくり惰眠を貪るのが一番だ。もっと言うと、温かい何かがあると良いのだが。温かい枕とか、湯たんぽとか。

 

「旦那さん、起きて……って、何にゃ? 急にボクを掴んで……えっ」

 

 それを求めて両手を伸ばすと、それは案外近くにあった。

 掌から直に伝わる温もり。ふわふわと柔らかく、それでいてサラサラと撫で心地の良い毛並み。その毛並みから漂うふんわりとした花のような香りが、俺の鼻孔を(くすぐ)ってくる。大きさも抱きかかえる事が簡単に出来るほど小柄で、とても軽い。

 一体それが何かは分からないが、その温かいものは案外すっぽりと俺の腕の中に収まった。

 

「にゃ、にゃあ……。だ、旦那さん……寝ぼけてるのにゃ? ボクは枕じゃないにゃあ……」

 

 その温かいものが何か言っているような気もする。それどころかまるでもがくようにバタバタと動き始めるが、それでも俺は腕を離す気はない。思いのままにこの温かい毛並みに顔を(うず)め、秘められた温もりを精一杯感受する。

 

「ふにゃ……にゃあ……」

 

 結局その温もりも動くのを止め、満更でもなさそうな声を漏らした。

 ぬくぬくとした毛並み。心地良い温もり。そんな温かいベッドの中で、俺は再び微睡(まどろみ)の沼の中に身を浸すのだった――――。

 

 

 

 

 

「……さぁ、朝飯食うか」

「旦那さん、もう日は昇り切ったにゃ」

 

 耳を削ぎ落としたジャンボパンを手頃なサイズに薄く切り分け、その中にシモフリトマトやら砲丸レタスやらモスハムやらを挟んでいく。今日の朝食はさっぱりとしたサンドイッチ、と言ったところだろうか。

 しかしイルルはつれない態度でそう呟いてから、そのサンドイッチを齧り始めた。

 

「……もうお昼なのにゃ」

「しかし俺は今目が覚めた。つまり俺にとっては朝なのさ」

 

 どんな極論だにゃ、と彼女は呆れたように小さく吐き、サンドイッチの中からシモフリトマトだけを器用に引っこ抜く。どうやらそれは彼女の好物らしく、口いっぱいに頬張りたいらしい。

 まぁそれはともかく、まだ目が覚め切っていない俺にとってはまだ朝だ。取り敢えずゆっくり朝食を取らせてもらおう。

 

 新鮮さを重視しようと自前の氷結晶ボックスで保管していた砲丸レタスとシモフリトマトはよく冷えており、細胞壁を噛み砕くこの野菜特有の食感を色濃く残していた。

 爽やかな風味にシャキシャキとした食感のレタスと、ジューシーでとろみのあるシモフリトマトの果汁。トマトは果物ではないが、この水分の内包量は果汁と表現する他ないだろう。それらに浸された柔らかいジャンボパンはしっとりとした甘みを形成し始め、それが比較的淡泊な味のモスハムに絡み合っていく。(くど)くなく、あっさりとした味。野菜の風味が強い、フレッシュな味わい。寝起きの体を活気付ける朝食にはピッタシだ。

 だが、何か、何かが足りない気がする。味、量、バランスと特に問題ないのだが、何か物足りない。あと一つ、あと一つ何かを加えれば。そうすれば、この一つだけ空いたパズルのようなもどかしさが、消え失せるような気がするんだが。

 

「うぅむ……」

「朝から唸ってどうしたのにゃ?」

「あと一押し、あと一押し何か欲しいな……」

「……? 何を――あぁ、ご飯のことかにゃ……」

 

 唸っても中々思い付かない。寝ぼけた頭ではいくら考えても出てこない。

 小さくオンボロなマイハウスの中で、俺の唸り声とイルルの溜息だけが響いていた。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 昼過ぎのバルバレ。斜めから光を差す太陽に顔を顰めながらも、午前中から全く衰えない人の往来の中に俺は身を投げた。要は買い物である。

 この地方で一番の市場都市と謳うだけのことはあり、バルバレには様々なところから様々なものが集まってくるのが特徴だ。ポッケ村農場やココットキノコ村、モガ養蜂所にドンドルマ市場からも品が届く。

 ついでにいつもお世話になっている向かいの雑貨屋は時折ユクモ地方の商品を扱うこともあり、言わずもがな俺はそこからユクモの品を仕入れている。先日俺が活用したあの巻き簾も、ここで手に入れたものだ。

 ――まぁ、今日は市場の生命線とも言える大通りを彷徨っているわけだが。

 

「あっちぃーなぁ……」

「にゃ、朝の寒さが嘘のようにゃあ」

 

 現在の太陽は頂上から少し傾き、西の空に落ちようとしている。地表と大気の温まりの中に起こるタイムラグから考えると、暑さは今がピークだろう。ましてや砂漠は昼夜の温度差が激し過ぎるため、違和感と疲労感は水増しされているような気がしないでもない。

 

「人も多いし暑苦しいし、さっさと目当ての店に行くとするか」

「にゃあ。どこに向かってるんだにゃ?」

「武器屋だ。ほら、あの奥の」

 

 俺が指差すその延長線上。そこにはゴマすりをしながら客を集めようとする男と、その奥で並ぶいくつもの武器の姿があった。

 新人ハンターが主にお世話になる武器屋。ある程度クエストを(こな)すようになると、ほとんどのハンターは加工屋に入り浸るようになる。が、ここの武器屋はただ安い武器を取り扱っているだけの店ではないのだ。

 

「いらっしゃい、ハンターさん! ……って、何だ。シグの旦那か」

「何だとは何だ、客だぞ俺は」

「あはは、見知った方ならな。旦那なら尚更ってもんよ。……んで、今日は何の御用で? 武器……じゃないよな?」

「あぁ、取り敢えず大通りで話すのはマズい。少し店の奥で話すぞ」

 

 苦笑いを混ぜながらも笑みを隠すことが難しそうな武器屋の主の横を通り、薄暗い武器屋の奥に身を沈める。数多くの武器に囲まれたこの金属臭い店の中で、奥にある適当な椅子に腰かけると、何やら困惑したような表情で、俺の後をついてきたイルルが疑問を露わにした。

 

「旦那さん……。な、何にゃ? 何でわざわざ店の奥へ……?」

「イルル、ここからは極秘事項なんだ。聞かれちゃマズいことを大通りで話すバカなんていないだろ?」

 

 俺の返答が理解できないのか、イルルは可愛らしく首を傾げる。

 そんな彼女の姿を認識した武器屋の主は、不思議そうな顔で俺を見た。イルルが部外者かどうか、嫌疑一色に染まった瞳である。

 

「ん? ……シグの旦那、このアイルーは?」

「安心しろ、こいつは同志だ。話に混ぜても問題ない」 

「にゃっ? ど、同志……?」

「……まぁ旦那がそう言うならそうなのだろうよ。もし違ったのならチコ村の奴に連絡だが、な」

 

 明らかに動揺するように、イルルは震えながら俺と武器屋を交互に見た。その瞳は正に困惑一色。面倒ごとに巻き込まれたと言わんばかりの表情だ。

 そんな彼女の後ろに立つ武器屋の彼は、渋々と納得したように頷いているが、その心の奥底では嫌疑が拭いきれていないらしい。穏やかそうな瞳の奥底で、一種の狂気が爛々と輝いている。

 

「それはともかく、最近はどうだ? ボスから何か回ってきているか?」

「いやぁ、ナグリ支部で少しゴタゴタがあったってくらいか? 特にこれといったことは回ってきてねぇぜ」

「どうも天空山の方は生態系がおかしなことになっているとかいう噂もあるしな、ボスも忙殺真っ最中かもしれん」

 

 この前霞ヶ草のおひたしを作った後くらいからか、どうやら天空山のモンスターに異変が起こったらしく奇妙な現象が度々報告されているらしい。『山を黒い風が覆った』とか、『モンスターが瘴気に侵された』とか。それでギルドからも調査が入り、シナト村の方も多忙の極みなのだろう。

 それと、我らの団も今シナト村を訪問しているらしい。それも多忙の要因の一つかもしれない。

 

「んで、早速本題に入りやしょう。わざわざこの小汚い店にまで出向いたってことは……シグの旦那、俺の求めてやまない例のブツを……?」

「あぁ、そうだ。今日はお前の依頼に応えようと思ってな」

「マジかよ……! やったぜ。それじゃ早速、詳細を話すとするか。ちょっと待ってな……」

 

 昂ぶる気持ちを抑えられないように上がる口角を何とか手で押さえるものの、それでも抑えきれないように微かに肩を震わす武器屋は、そう言って店の奥へと姿を融かしていく。

 どうやら何かしらの道具を取りに行ったらしい彼が消えたところで、イルルは動揺を隠せないまま体を震わせた。まるで体についた水滴を払う様に。

 

「旦那さん……一体何の話にゃ? ボスとか例のブツとか、ボクにはさっぱりだにゃ」

「イルル、ちょっといいか」

 

 困った様に首を傾げる彼女をそっと抱き上げ、まるでひそひそ話をするかのように彼女の耳を俺の口まで近づける。ほんのり伝わる彼女の温かみと柔らかな匂いを感じながらも、そのふさふさとした耳に向けて俺は小さく呟いた。

 

「これは完全極秘事項だ。絶対に他言するな。何も見なかったと、外ではそういうことにしておくように」

「にゃ……まさか、旦那さん……良くないことを……!?」

 

 イルルは、その大きな瞳を見開いて俺を見た。

 まるで信じていたものが崩れ去るような、絶望感と喪失感を思わせるようなその瞳。微かに震えながら俺の瞳をじっと見て、何かを言おうとして、でも言葉にならなくて。もどかしさを噛み締める様に、イルルは顔を歪ませた。

 

「待たせたな旦那……って何してるんでぃ?」

「いや、何でもない。んで? 何を取っていたんだ?」

「あぁ、これさ。遺跡平原の地図だ」

 

 店の奥から姿を現した彼が持ってきたのは、何のこともないただの遺跡平原の地図であった。ハンターならいつも目にする、支給品ボックスに詰められているそれ。

 それを小さな机の上に大きく広げた彼は、地図に描かれた平原の北東あたりを強調するように筆で印をつけ、俺に顔を向けてくる。先程抑えられそうになかった笑みはいよいよ荒ぶる金獅子のように拘束の仕様がなさそうだった。

 

「このあたり。このあたりに、あいつがいるんだ。世にも珍しいあいつが今現れてるんだよ……!」

「そうか、とうとうこの時期が来たんだな。よし分かった、行ってこよう。表向きは採取ツアーで良いよな?」

「ギルドの中にも組織の人間はいるからな。連絡を回しておくよ」

 

 クエストを依頼者がギルドを通してハンターに伝えるには、それ相応の時間が掛かる。緊急クエストのような事態が深刻なケースは話が別だが、今回の様な分類のクエストは必ず後回しにされてしまうだろう。

 ならば表向きは採取ツアーとして出発し、裏ではギルドの職員と工作して例のブツを持ち帰る。この方法がベストだろうな。

 

「旦那、気付かれないようにこっそり後ろからドスリ、だぜ?」

「分かってるって。俺を誰だと思ってるんだ?」

「シグの旦那……いや、『卵シンジケート』のナンバー4、シガレット。健闘を祈るッ!」

 

 武器屋の野太い声が、この小さな部屋の中で木霊した。

 その声を俺は背中で聞きながら適当に手を振って応えておく。その一方で、終始不思議そうな顔をしていたイルルは困ったように、鳴き声を一つ上げた。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 谷を抜ける風特有の耳に残る音。それが脳を掻き乱すように俺の耳から通り抜けていくが、敢えてそれを無視しつつ岩陰の奥で例のブツを持つ標的を見定める。

 山に囲まれた、この小さな泉。付近にネコの巣があるこの泉で、ゆっくりと水を飲む奴――丸鳥、ガーグァ。鳥竜種竜盤目鳥脚亜目真鳥下目丸鳥科に分類される奴は臆病な性格が特徴的な、ただ丸い鳥。とはいえ、それだけではない。実は、奴らは非常に良質な卵を落とす。

 それも武器屋が唸るこの時期は、組織の中でも崇拝の域に達するまでの極上卵――俗に言う金の卵を落とす個体が現れるのだ。比較的大柄で、立派な(くちばし)を持ち、野太い鳴き声を放つ個体。俺の目の前で水を飲むアイツは、この条件の全てに当てはまっている。

 

「旦那さん。……もしかして、あれのことにゃ?」

「シッ、静かに……騒ぐなよ。物音を立てたらチコ村支部の、あの刑に遭わすからな……!」

 

 幸いこちらは風下で、奴にはまだ気付かれていない。そして水辺の岩場のおかげで俺は身を隠しながら奴に近付くことが出来る。これは願ってもないチャンスだ。いや、むしろ願ってやまないチャンスか。

 

「いいか、イルル。俺が行くからお前はここで待ってろ。音を立てるなよ」

「だ、旦那さん……かつてない程目がマジにゃ……」

 

 呆れるような彼女の呟き。いつもなら気の利いた返しを考えるものだが、生憎今回はそんな余裕がない。血走る瞳と脈打つ心臓を理性で抑え、周りに聞こえるのではと感じるほど荒れる鼓動を押し殺し、ただ一心に脚に力を込める。

 水溜まりは避けて、枝は踏まないように。物音を立てずに、岩場に身を(ひそ)めつつ、確実に奴との距離を縮めていく。

 

「落ち着け、落ち着けよ……俺……」

 

 過度の緊張で視界が赤く染まり始めた。一種の幻覚のような、不思議な感覚が俺を支配する。奴との距離はほんの数メートルなのに、まるで永遠に縮まらないような。そんな一種の不安感に、押し潰されてしまいそうだ。

 一歩、また一歩。永遠と錯覚しそうなその大きな一歩を、俺は懸命に踏み締めていく。踏み締めて、踏み締めて。奴にじっくり近付いて。

 極限の状態は案外あっさりとなくなるものだ。永遠など存在しない。今俺の目の前に存在するのは、俺に気付かずただ水を飲み続けるガーグァだけだった。

 

 とうとう、とうとうこの瞬間がッ!

 

 乾いた俺の口の中に大量の唾液が染み出し始める。まるで干上がった土地に雨が降るように、乾き切った俺の精神は一筋の光明を感じその身を奮い立たせた。

 あとは、蹴りだ。たった一発の蹴りで全てが終わる。さぁ、準備は良いか? ゆっくり、ゆっくりと右脚を上げて――――。

 

「……そぉいっ!」

「グァッ!?」

 

 光に照らされ反射する水滴。

 力のままに蹴り上げた脚に付着していた泉の水は、放物線を描くように宙を舞う。その軌跡を置いていくように昇り詰めた俺の脚は確実にガーグァの尻を捉え、不快な肉の感触を残した。骨と骨が擦り合うような感覚が肉越しに伝わってくる。

 それと同時に水面が跳ねた。響くのは、物体が水面に落下した時特有の、あの鈍重な音。音の発生源に視線を滑らせてみれば、そこにあるのは太陽の恵みを全身全霊で吸収するかの姿。俺たちが崇拝してやまない、ありのままの生命の姿。

 

「――出た。……金の卵だ!!」

 

 黄金色に輝くその卵殻は太陽の光を眩く反射して。湧き出る麗水に身を浸すその姿は見る者を魅了して。

 極限状態を乗り越えたその先にあったのは、黄金の結晶。生命の神秘の代名詞を取るような、信仰を集めることすら容易に出来そうなほどの神々しさを持つ光。

 

「にゃっ、ほんとに金色にゃ!」

「グァッグァッ!!」

 

 大きな瞳を驚きの余り限界まで見開かせるイルルは、衝動に身を任せるように飛び出しては卵の近くに駆け寄ってきた。

 一方で俺とイルルの存在を認知したこの卵の主は、狼狽える様に鳴き喚いては転がるように逃げ始める。自分の産んだ卵も省みず、ただ一心不乱にその細い脚を動かしていった。それと同時に周りで共に水を飲んでいた他のガーグァも異変に恐れ、雄叫びを上げながら走り始める。

 

「グア―ッ!!」

「……旦那さん、どうするにゃ? 放っておくのかにゃ?」

「あぁ、別に親まで狩ってもそんな……いや、待てよ? ガーグァの肉で親子丼……」

 

 ガーグァ特有の筋の細い、噛み応えのある鳥肉。ファンゴなどと比べると比較的淡泊なその味を、卵の濃厚な味ととろみが包み込む。それをモガモガーリックで味付けてココットライスに絡めた日には、俺は死んでも一片の悔いがないだろう。

 

「親子丼、素敵な響きだな」

「……現実的に考える一家皆殺しにゃ。無慈悲過ぎる料理にゃあ」

「この世は所詮弱肉強食。これもまた自然の摂理だろ」

 

 イルルの憂いを聞きながらも、逃げ惑うガーグァに向けて武器を抜こうと、奴らが走る山岳の方へ振り返る。一番最後尾で走っている太ったガーグァ。アイツで良いだろう。

 とはいっても、卵を放っておくことは出来ない。取り敢えず、イルルに運んでもらおうか。

 

「イルル、お前はこの卵をキャンプまで持って行ってくれ」

「にゃ? ボ、ボクがにゃ?」

「あぁ。絶対に、落とすなよ? 落としたらどんぐりロケットで空の彼方だからな」

 

 ドスを利かせる様な声でそう念を押すと、イルルは少し怯えながらも「分かったにゃ……」と了承してくれた。

 まぁ俺は彼女の腕前を信頼しているからこそ卵を預けることが出来るのだし、そこまで心配する必要はないだろう。今俺がすべきこと、それはあのガーグァを狩って立派な親子丼に仕立て上げることだ。

 

「じゃ、任せた。俺は早速アイツを確保してくるよ」

「にゃ、いってらっしゃいにゃ」

 

 手を振る彼女に背を向けて、俺は脚に力を込める。そうして逃げ惑うガーグァまで距離を詰めて、腰に付けた片手剣を抜き放った。風を斬るように唸るその斬撃が、ガーグァの羽を切り裂こうとするその瞬間。

 ――異変は、起きた。

 

「……にゃっ!? だ、旦那さん! 危ないにゃ!」

「え――――なっ!?」

 

 突然飛来した黒い影。赤黒い甲殻に身を包んだそれは、豪快な音を立てながらこの狭い谷間に飛来した。そのまま一直線に、脚についた鋭い爪で俺が狙っていたガーグァに襲い掛かる。

 強靭な翼。毒気を含む液体を滴らせる爪。厳つい甲殻に鋭く青い瞳。その姿は天空の王者と謳われるあの飛竜、リオレウス。

 ――のはずなのだが。

 

「……!? 何だコイツ……何かが違う……!?」

 

 俺とてリオレウスと対峙したことは何度もある。だが、俺が今まで見てきたリオレウスとは少し違った。

 焦げたような色で染まる甲殻。赤熱化するように勇ましい鱗。俺が今まで見てきたリオレウスは、ここまで黒く染まった甲殻を持っていなかったはず。

 それに翼の模様も何かが違う。まるで炎の揺らぎのような、奇妙な模様。

 リオレウスの力を象徴するような、見る者を戦慄させるような。その見たことのない迫力に、俺は思わず生唾を飲み込んでしまう。

 

「ゴアアアアアァァァァァァッッ!!」

 

 瞬間、大銅鑼を打ち鳴らしたかのような衝撃が、大気を震わした。音の爆弾というべきか――並のリオレウスとは違う圧倒的な声量が、この狭い空間を反響させる。

 俺もイルルも思わず耳を塞ぎ、鋭い爪で押さえつけられながらその怒号をモロに浴びたあのガーグァは、何とそのまま息絶えた。

 

「……コイツ。コイツは、何かやばい! イルル、早く卵を持って逃げろ!」

「にゃ、にゃにゃ! だ、旦那さんは!?」

「俺のことは良いから! さっさと行け!」

 

 慌てて卵を抱えるイルルを急かしながら、俺は剣を構えて奴に対峙した。イルルに気付かせないように、俺に注意を引き付けるように。

 重い卵を懸命に運び始めるイルルと、俺に向けて敵意を露わにするリオレウス。その鬼気迫る迫力に、俺の中で少し恐怖感が芽生え始める。

 だが、こんなところで震えてはいられない。何とか奴の注意を引き付けて、イルルを逃がさねばならないのだから。

 

 突如、奴が俺に向けて走り込み――その口から溢れる炎を大きく吹かせた。まるで油が注がれた火炎のように燃え盛るその火は、俺が今まで見てきたリオレウスの炎とは違う。溢れんばかりのその熱に、目測を誤った俺はあっさりと吹き飛ばされた。

 

「――がっ……!?」

 

 体に付着した火の粉は泉の水が消してくれる。おかげで大した損傷はなかったものの、今の一撃だけでこのリオレウスの実力を垣間見てしまったような気がする。

 そんな俺に対し、奴は悠然と飛び上がっては再び口の中で光を溜め始めた。リオレウスが得意とする空中からのブレス。ここら一帯を、焼き払うつもりか。

 

「ちっ……当たるかよそんなもん!」

 

 弾ける水と、破裂する炎。

 それらを掻い潜りながら全て避け、その一瞬の隙を突くように懐から閃光玉を取り出した。飛竜の平衡感覚を狂わすほどの強烈な光。それを、口の中の熱を振り払う奴の目の前へ。

 

 その直後、この狭い谷の中で強烈な閃光が炸裂する。リオレウスもリオレイアも、セルレギオスも。滞空を好む飛竜を容赦なく叩き落とすその閃光が奴の眼に直撃したのだ。これで奴は耐え切れず落ちてくるだろう。そうして出来た隙に爆弾を叩き込めば良い。

 そう、思っていた。

 

「ガアアァッ!」

「……ッ!? 嘘だろ!?」

 

 閃光玉で落ちるのはあくまでも並の個体であって、ここまで強靭な個体には通用しない。

 そう証明するがの如く、奴はあの強烈な閃光をものともせず滑空し、俺に向けて突進を図ってきたのだった。咄嗟のことだったが何とか躱した俺は、もう一度イルルの様子を窺う。

 上手く逃げ切ったのだろうか。彼女の姿はもう見えず、ただ卵の重みでやや陥没したネコの足跡だけが残っていた。

 

「ふぅ……。後は如何にコイツを引き付けておけるか、か」

 

 今の俺の装備では、コイツには太刀打ち出来ない。

 これまでのやり取りでそれが分かった気がする。挑み続けたところで返り討ちに遭うのは目に見えているだろう。だったら問題になるのは、イルルがキャンプに辿り着くまでの間に如何にコイツを引き付けていれるか、だ。

 

「イルル……なるべく早くしてくれよ……!」

 

 唸るコイツの目の前で乾いた声が漏れる。

 コイツさえ、コイツさえ乱入してこなければ、今頃俺たちは無事キャンプに辿り着いて、竜車に乗ってバルバレに戻って、美味しい美味しい親子丼を舌鼓(したづつみ)していることだろうに。

 そう、コイツさえ――コイツさえ現れなければ。そう思うと、腹の中から奇妙な感覚が込み上げてきた。

 何だろう、この感覚は。怒りだろうか、それとも憎しみだろうか?

 

 

 ――グギュルルル……。

 

 

 

「……あぁ、腹減ったなぁ」

 

 そうか。そうだった。

 俺の腹からこみ上げるのはただの空腹。されど、空腹。食事の邪魔をされた俺は、ただただ腹が減っているんだ。

 何故腹が減っている? それは、目の前のコイツに邪魔されたからだ。

 どうすればこの感覚から逃れられる? 目の前のコイツを何とかしなければ、始まらない。

 

「そうだ……どけ、どけよこの野郎……!」

 

 空腹か、もしくは飢餓感か。

 腹の内から込み上げるこの衝動的な感覚に、俺は体の全てを委ねた。まるで血走った獣のように。死に物狂いで暴れる竜のように。――飢え喰らう“餓狼”のように。

 揺れ動く視界の中でリオレウスはその首を(もた)げ、突如凄まじい勢いで火炎を大地に擦り付ける。それと同時に大地は溶岩が染み出るように赤く染まり、融解するかの如くさらに赤の染まりを広げていった。

 その衝撃を躱した俺は、霞み揺れる視界の中で剣を振るい、同時に熱を享受する。極限の状態の中で、弾けるような巨大な爆発が俺の視界を震わして。

 凄まじいほどの熱と、ただただ狂おしい飢餓感が最後まで俺の感覚を支配していた。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 気付いた時には、俺はあの武器屋の中にいた。武器屋の奥の、乱雑に並べられた椅子の上で、薄い毛布に包まれながら横たわっていたのだ。ところどころに包帯が巻かれた体は、少し軋むものの、そこまで問題はない。

 何とか身を起こし、掌についた火傷を見ながら俺は少し息を吐いた。

 

「――負けたのか、俺は……」

 

 全く見たことのないリオレウス。

 特異中の特異な個体だったのか、あそこまで力を付けた個体など聞いたことがない。天空山で狩った奴も、孤島で狩った奴も、あそこまで桁が外れた強さなど持っていなかったが。

 

「……旦那さん、起きたのにゃ?」

「シグの旦那、大丈夫か? アンタがそんなになるなんて珍しいぜ」

 

 横から掛けられた突然の声。

 振り返れば、何とか無事だったらしいイルルとこの店の主の姿があった。心配するようにイルルは俺の傍まで寄ってきて、少し潤わせた瞳で見上げてくる。見たところ火傷も怪我もなさそうで、何とかキャンプに戻れたようだ。

 

「イルル……大丈夫か? 怪我は――」

「ボクは大丈夫にゃ、それよりも旦那さんは……」

 

 俺の怪我を見ては少し声を震わせて、イルルはおずおずと口を開いた。

 しかし、そんな彼女の言葉は突然鳴り響いた別の音によって遮られる。低く唸るような奇妙な音。

 

「……あ」

 

 俺の、腹の音だ。

 あまりにも空気の読めない俺の腹に、イルルは唖然と口を開き、俺は少し溜息をついた。口元を抑える武器屋からは、笑い声が漏れている。

 

「にゃ……」

「す、すまん……」

「ハハ、やっぱ旦那らしいな。ほれ、取り敢えずこれを食いな!」

 

 空気の読めない腹で申し訳ない、という気持ちを込めながらイルルの頭を優しく撫でると、武器屋の彼は何やら輪切りにされたものが乗った皿を手渡してきた。

 そこに乗っているもの、黄金色に輝くような気高さを持つ黄身と、誠実さを象徴するような純白の白身。間違いない、ゆで卵だ。

 それも今まで見てきたガーグァの卵とは決定的に違う、非常に上質な卵。

 

「これは……まさか――」

「このネコちゃんが持って来てくれたんだぜ、ありがとよ」

「にゃ、にゃあ……」

 

 照れる様に髭を震わせたイルル。そんな彼女の頭を撫でながら、武器屋の彼はざっくりとした経緯を話してくれた。

 どうやら彼女は無事卵を納品することが出来、その後ネコタクで運ばれてきた気絶中の俺と合流して、早々にネコタクチケットを使って戻ってきたらしい。まぁつまるところ、彼女のおかげで依頼は達成出来たということだ。

 言いたいことはたくさんあるが、取り敢えず、俺は自らの空腹を抑えることが出来ない。震える手で、目の前に佇むその(かぐわ)しい卵を摘まみ、そっと舌の上に落とした。

 

 芳醇という言葉と濃厚という言葉。

 それらが手を組み合って共存するような、そんな奥深い味を秘めた黄身。茹で具合が丁度良いのか、少し半熟的な部分を残しながらも形を残すその食感は、舌の上でゆっくりととろける様だった。唾液と混ざる事でその内に秘めたとろみを目覚めさせ、如何にも卵らしいこのほんのり甘く温かい味を舌に塗り始める。

 それと同時に口の中を転がるのは、白く滑らかな白身。つるんとしたその独特な柔らかさは、少し顎に力を込めるだけで崩れてしまう。そんな繊細な感触を歯で楽しめば、おそらくその身に振りかけられたであろう質の良い塩味が効いてきた。やや淡泊過ぎて味という面では少し弱い白身を後押しするような程よい塩味が、口の中で転がる白に色を加えていく。

 そんな二つの味は喧嘩することなく絡み合い、俺の舌を、喉を、胃袋を。優しく、温かく、包み込むように。正に生命の神秘とも言える卵、その素晴らしさを突き詰めたような味が俺の虚無感を埋め尽くした。

 

「――――美味い……」

 

 武器に付いたスロットが埋まり、その装備の性能を向上させることが出来たような。そんな多幸感というべきか、空いた部分を埋める事が出来る感覚。

 それを感じた頃には、俺の口は勝手に動いていた。「美味い」というたった三文字の言葉。しかし何事にも替え難い、非常に尊い言葉――――。

 

「いやぁ、シグの旦那とネコちゃんのおかげだよ。ありがとな二人とも!」

「……あぁ、イルルが持って来てくれたからな。本当に有り難う、イルル」

「にゃあ……ど、どういたしまして、にゃあ……」

 

 恥ずかしそうに尻尾を揺らし、イルルは少しぎこちないままに微笑んだ。

 そんな彼女の様子を見つつも、俺は確信する。イルルにはれっきとした才能がある。ぶんどりの、伝説の卵をもぶんどれるという才能が、な。

 

「さて、組織幹部の俺からの推薦だ。イルルを我ら組織の一員に推薦したい」

「……みぃ?」

「おぉ、それは良い! 俺も賛成だぜ、シグの旦那!」

「ふにゃ!? にゃ、にゃ……っ!?」

 

 俺の発言に首を傾げるイルル。その一方で武器屋は、満面の笑みで頷いて賛成するようにガッツポーズを決めた。当の彼女は、いまいち何が起こっているのか分からずあたふたしているが。

 最近の組織には、大きな行動に出ることが出来る人材が少ない。蔓延的な有能構成員不足だ。だからこそ今回は、その問題の解消のためにイルルをここに連れてきたのだが、俺の目にやはり狂いはなかったな。

 

「まぁ、また俺からボスに話を付けるとして……今は卵を楽しむとするか」

「そうだな! 酒とかつまみとかも持ってくるぜ!」

 

 いそいそと忙しない様子で武器屋の彼は店の戸棚を漁り始める。

 卵の美味に酔い痴れる俺の隣で、ただ一人置いてけぼりなイルルは、まるで魂が抜けたようにボーっとしていた。

 

「……一体何がどうなってるのか、訳分かんにゃいにゃ……」

「まぁ知らない内によく分かってくるさ。……そして卵の魔力に侵されるだろうよ」

 

 どうしようもなさそうに座り込む彼女にそう声を掛けながら、また一つ卵を摘まむ。

 濃厚芳醇な旨みと卵白の透き通るような味。薄く散りばめられた程よい塩味のハーモニー。

 やはり卵は最高だな。単体でも美味いし、他の料理との適応力も群抜いている。ジンオウガ亜種の適応力も目じゃないだろう。肉料理にも、サラダにも、米料理にも、もちろんパンにも。

 

「……あっ」

「どうしたのにゃ?」

「昼間感じた、あの足りないもの。アレを埋めるにはこれしかないかも……」

 

 朝ご飯にフレッシュなモスハムレタスサンドと濃厚な卵サンド。朝から爽やかで、味も良く栄養価も高い朝食を取ることが出来れば、それはそれは良き狩猟生活を営むことが出来そうな。

 取り敢えず、まとめ切れない言葉を何とか形にするならば、『卵こそ最強ッ!』ってところかな。生命の神髄よ、どうか大空へ――ってそれじゃ孵化してしまっているじゃないか。

 まぁ、孵化したら孵化したで美味しいから、卵はやはり最強ということか。

 

「やっぱり、卵は……最高だなッ!」

「にゃあ、何だか面倒なことに巻き込まれたってことだけは分かったにゃ……」

 

 

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『フレッシュサンド』

 

・ジャンボパン    ……2枚(耳は除く)

・モスハム      ……2枚程度

・シモフリトマト   ……輪切り1つ

・砲丸レタス     ……葉2~3枚

・ベルナバター    ……適量

 

 

『特製卵サンド』

 

・ジャンボパン    ……2枚(耳は除く)

・ガーグァ卵     ……お好みで

・ベルナマヨ     ……適量

・砂糖        ……適量

・塩胡椒       ……適量

 






久しぶりの更新です。


しばらくベルナ地方へ食レポに行っておりまして、一時的に戻って参りました。今回はタイトルから結構工夫してみたんですが、どうだったかなぁ? あの組織のことが少し明らかになりましたね、実質ハンターを穀しにかかっているあの悪名高い組織が。
食レポの経験を活かし、クロスらしい要素も入れてみたつもりです。シガレットさんの極限状態はもちろん獣宿し【餓狼】がモチーフ。武器はちょっと違うけど。でも双剣って片手剣からの派生ですし、盾も上手いこと使ったら双剣みたいに出来そうな気がする。無印か何かのあのバグじゃないけど。ブレイドダンスのようなラッシュが出来るんだったら片手剣も鬼人化しちゃおうぜ。
とまぁ、そんな私の呟きはどうでも良いとして、卵の良さは伝わったのでしょうか? 伝わってたら嬉しいし、伝わってなかったらもっと精進します。ではでは。


シガレットの愛称でシグさん。この愛称を使わせたくて、彼の名前はシガレットになったのです。ついでに元ネタはハガレンのシグさん。シグさん好き。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。