モンハン飯   作:しばじゃが

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禍いと飯とは今の間にできる

「にゃあ!」

 

 白い空。白い大地。

 一面雪景色という――よりは、最早凍り付いていると言っても過言ではないほどに染まり切った世界。高い山々からは氷柱が垂れ下がり、深い洞窟からは不穏な風音が鳴り響く。

 そう、ここは凍土。氷海にも勝るとも劣らない過酷な地。絶対零度の世界だ。

 

「ギュアアァ!」

 

 そんな世界に響いたのは、一匹のネコの鳴き声と、巨大な何が切断された音。肉が骨ごと削ぎ落とされ、凍った地面に打ち付けられる。そんな鈍重な音だった。

 それが響いたかと思えば、今度はモンスター特有の猛々しい声と共に、巨体が横転する音が大地を奏でる。その音色は震動となり、覆う氷に(ひび)を入れた。

 

「おぉ、マジかよ!」

「にゃ……き、斬れたにゃ……!」

 

 そう、何のことはない。イルルが投げたブーメランが、目の前のモンスター、ボルボロス亜種の尾を斬り落とした。それだけである。

 ボルボロス亜種とは、この凍土に住まう獣竜種だ。まるで氷で形成されたような強固な甲殻を持ち、強靭な脚力でこの大地を駆け回る。運動能力の高さと危険度の高さはこの凍土に住まうモンスターの中でも上位に君臨し、相応に気性も荒い。

 

「コイツの尻尾は斬りにくいんだ。よくやったな、イルル」

「にゃ、にゃん! 役に立てたなら何よりにゃ!」

 

 獣竜種故の体格、尻尾の位置。リーチが致命的なこの片手剣では、奴の尾を斬ることは些か難易度が高い。段差でもなければ厳しいだろう。

 だが、イルルはそんな尻尾を、巧みにブーメランを用いて斬り落としてしまった。これには俺も驚きだ。

 

「だ、旦那さん! ボルボルが起き上がったにゃ!」

「ん、ボルボロスな」

 

 ご褒美の意を込めて彼女の頭を撫でていると、ついさっきまで幸せそうに耳を揺らしていたイルルが、驚いたかのように尾を立たせた。そんな彼女の視線の先には、荒い息で態勢を立て直す氷砕竜の姿が。

 

「さて、どう来るか……?」

「にゃ……!」

 

 イルルの頭に当てていた手を離し、再び片手剣に手を掛ける。イルルはイルルでブーメランを構え直し、ボルボロスの動きに注視するが。

 奴がとった行動は何ともひょうきんなものだった。自らの尾を斬られ、戦意を喪失してしまったのだろうか。あれだけ荒れていた鼻息も静め、逃げるように俺たちから顔を背ける。俗に言う、移動という奴だ。

 

「……あれれ、随分弱ってたみたいだな」

「にゃー、足引きずってるにゃあ」

 

 ボルボロスはもう満身創痍とでも言わんばかりに唸り、ゆっくりその武骨な足を引きずり始めた。

 方角からして、奴が目指しているのはこのエリア1の東。見るからに脆そうな一角だろう。ということは、おそらく。

 

「にゃ……何するつもりなのにゃ? あっちは壁にゃ……」

「イルル、伏せるぞ」

「にゃ?」

 

 不思議そうに首を傾げるイルル。これから何が起こるのか、全く見当もつかないようだ。俺は奴が一体何をするつもりなのか、昔嫌というほど見てきたから察しがついた。

 しゃがんだまま半身を翻し、イルルの前に立つ。未だ無防備な彼女を両手で覆い、抱き寄せた。そんな突然の行動を不思議に思ったのだろう。素っ頓狂な声を上げては、彼女はその大きな瞳で俺を見上げてくる。

 その瞬間だった。

 

「にゃっ……!?」

 

 突然の轟音、雪崩が起こる音、そして崩れゆく岩。数々の衝撃音が響き渡り、ネコの小さな悲鳴をいとも簡単に打ち消した。同時に巻き上がるのは、まるで波のように飛び交う砂利や木片。

 そう、あの巨体が凍り付いた壁を破壊したのだった。その崩壊の余波が、このエリアを包んでいく。

 

「相変わらず荒っぽいな……」

「にゃ、い、一体何を……!?」

「見れば分かるさ、ほら」

 

 思わぬ衝撃に相当驚いたのか、イルルは全身を俺の胸に押し付けては小刻みに震えていた。そんな彼女の背中を撫でながら、そっと轟音の元へ目を向ける。

 あの一瞬の衝撃は、既に消え失せていた。まるで吹雪に吹き飛ばされたかのように、あっさりと。

 

「みゃ……あれ? み、道ができてるにゃ!」

「そそ、実はあの向こうにも道があるんだよ」

 

 俺につられて、恐る恐る顔を上げるイルル。そんな彼女だったが、視線の先にある光景に今度は驚かされていた。

 ただ、凍土の壁が聳え立っていただけの景色。それが、一本の細い道への入り口と変貌していたのである。初めて見るならば、驚くのも仕方がないことだろう。

 

「あの先で休むつもりか。……ん?」

「お、追いかけなきゃだにゃ!」

 

 荒い鼻息と、半ば意識が混濁しているかのような瞳で、ボルボロスは再び歩き始めた。自ら切り開いたその道の先に向けて。

 そんな巨体が去っていく光景。それに見ては、イルルが俺を催促してくる。弱りながらも、逃走を図るモンスター。確かにこれは、ハンターとしては逃したくないチャンスと言えるだろう。

 だが、そんなことはどうでも良かった。今俺の視界を支配しているのは――――。

 

「じゅる……こりゃあ中々上等な尻尾じゃないか……」

「旦那さん、何してるのにゃ!」

「ふっふ~ん、肉焼きセット~」

 

 氷を塗り固めたような、薄い蒼。凍土を凝縮したかのような、透き通った色。そしてそれに包まれた、上質な肉。

 そう、氷砕竜の尻尾。ボルボロス亜種の尾、である。先程イルルが切り落としたそれが、凍土の氷の上で静かに横たわっていたのだ。

 

「旦那さん……旦那さん!? 何で急に肉焼きセット出し始めるのにゃ!?」

 

 ボルボロスといえば、実は尻尾の味が良いとされ人気の高いモンスターであったりする。ハンター自身はあまり食べることはないが、町の料亭などでは普通に使われる、一般的な食材なのだ。

 

「にゃ……追いかけないのにゃ? ゆ、悠長に火の準備をしちゃってるしにゃあ……!」

 

 そして何と、ボルボロス亜種の尾は原種よりも高級な食材として認知されている。

 何故なら、砂原で育つ個体と比べ、凍土で生きる個体の方が美味なのだ。理由としては寒さによって旨みが凝縮されるとか、食性だとか、凍て付いた甲殻が円熟した旨みを作るだとか、諸説は様々だが。

 とにかく、この尾は美味いのだ。

 

「さて、取り敢えず焼きやすい形に加工するか」

「だ、旦那さん……。ぼ、ボルボーは……?」

「ん、ボルボロスか? もう十分弱らせたし、後で良いだろ。それよりも今は尻尾だ」

「にゃ……いや、せめて先に捕獲しようにゃあ。尻尾こそ、後で良いんじゃないかにゃ?」

「何言ってんだ。こんな格言聞いたことあるだろ? "尻尾は鮮度が命"……ってな」

 

 あたふたしながら俺を諭そうとするイルル。そんな彼女に向けて、どこかで聞いたこの格言を押し付けた。何とも響きが美しいこの言葉。俺が好きな言葉の中でも、上位に食い込むクオリティだ。

 そんな格言を披露してはどや顔を決める俺に対し、イルルはどこか呆れたような、それでいて困ったような顔で呟く。その小さな一言は、あっさりと俺の思考を止めた。

 

「ここは凍土だから……自然の冷凍庫だから、あんまり関係ないんじゃないかにゃあ」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 そんなこんなで、無事メインターゲットであるボルボロス亜種の捕獲を済ませた俺たち。

 勿論俺は自分の意志でボルボロスを捕獲したのであって、論破されたとかそういうものではない。先に済ませた方が効率が良いと判断したのであって、そう大した理由ではないのだ。

 とにかく、そんな思いは捕獲用麻酔玉に込めて二発ほどぶつけておいた。

 

「さて、焼くか」

「にゃあ! これですっきり焼けるにゃ!」

 

 凍土の最奥で安らかに眠る奴をしっかり見届けてから、俺たちはゆっくりキャンプまで戻ってきた。当然、あの大きな尾をしっかり担いで、だが。

 クエストが成功したことへの安心感か、イルルは落ち着いた笑顔を見せてはそう呟いた。キャンプの椅子に腰かけては、安堵の鳴き声を一つ上げる。

 

「取り敢えず……邪魔な甲殻を剥がして、焼きやすい形に仕上げないとな」

「にゃ、一体どうするのにゃ?」

「剥ぎ取りナイフとデイズアイを使って、いつもの生肉サイズに加工するよ」

 

 凍り付いた甲殻は、火属性の片手剣『デイズアイ』の熱で溶かし、そこから斬れ味抜群のレギオスナイフで斬り込みを入れる。右手左手に収まったそれぞれの刃物を丁寧に振るい、太く大きなその尾をじっくり加工していく。

 熱によって溶かされた氷を、ナイフでゆっくり剥がす。不必要な部分を削ぎ落としていけば、その下で眠っていた肉がゆっくり顔を出し始めた。

 

「お、青緑色の外殻だ。もう少しだな……」

「にゃあ……何だか、旦那さんいつも以上に丁寧だにゃ」

「当たり前だろ。コイツの調理は骨が折れるんだ」

 

 元々ボルボロス亜種の調理は、素人がやれるものではない。不用意に刻もうとすれば、表面の氷と内部の肉が混ざり合い、その味を著しく悪化させてしまう。これを調理するには、ゆっくり氷を溶かしながら、それを丁寧に尾から落としていくという精巧な作業を要求されるのだ。

 それこそ、本来ならこんな場所ではなく設備の揃った厨房などでやるべきなのだが、所詮無い物強請(ねだ)りだろう。それにやはり、獲れたてが何より旨いのだ。

 

「だけど、今のところ上手くいってる。もう少しだ」

「にゃー。何気に凄いにゃ、旦那さん」

 

 感心するイルルの声を聞きながら、再び意識を集中させる。外殻が見えてきたなら、いよいよゴールも目前だ。氷の鎧を引き剥がして、外殻を削ぎ落としていけば、旨みの宝庫――氷砕竜の肉が見えてくる。

 

「にゃあ……ボ、ボク、肉焼きセットの準備するにゃね」

「……ん、頼む。ついでに焚火のとこでフライパンも熱してくれないか?」

「にゃ? フライパンかにゃ? もしかして本焼きの前の下準備的なあれかにゃ?」

「そうそう、それそれ」

 

 何かやれることはないか、という顔でそう言ってくれるイルル。そんな彼女の、細かい要求に快く応えてくれる姿に感謝しながら、俺は最後の仕上げにかかった。邪魔な氷を全て溶かして落とし、食べれない外殻を肉から剥がしていく。この作業も、ただ力尽くで引き剥がすと肉まで大きく損傷してしまうため注意が必要だ。

 ではどうするか? 答えは単純、外殻と肉の隙間にナイフを這わせ、斬り裂いていけば良い。

 

「……何か、果物の皮むきみたいだ」

「そ、そんなもんなのかにゃ? ……にゃ、フライパンオッケーにゃ」

「お、助かる。ナイスタイミング」

 

 丁度フライパンが十分温まった段階で、俺の方の加工も完了した。

 青緑の美しい外殻が、音を立てて雪に落ちる。固く重い、その枷を外された氷砕竜の肉。凍土の白い日差しを浴びて、薄く煌めくその桃色に肉に、俺は思わず舌なめずりしてしまった。

 

「旦那さん、涎! 涎が垂れてるにゃ!」

「じゅる……すまん。さて、じゃあ内皮をフライパンにつけてっと」

 

 銀色に輝くそのフライパン。薄く油が敷かれたその表面に、俺は随分小さくなった氷砕竜の尾を押し付けた。肉が焼け、油が弾ける音が凍土に鳴り響く。同時に溢れる、肉の鼻を刺激する香り。あぁ、良い香りだ。

 

「ざっと八分ほど。それくらいうっすら焼こう」

「にゃ、そうすると美味しくなるのかにゃ?」

「何か料理本にそう書かれてたから……詳しい理由はよく分からんが」

「にゃ……結構ざっくばらんなのにゃ」

 

 俺の回答に少し呆れたような声を漏らすイルル。

 そんな彼女だが、立ち昇る肉の香りは十分に感じているようで、その表情は満更でもなさそうだ。至近距離で浴びる俺は勿論、口角が上がり行くのを抑えるので精一杯である。

 

「さて、ここで味付けもしようかな。イルル、ポーチからビンを取り出してくれるか?」

「にゃ、分かったにゃ。……これかにゃ?」

 

 ベースキャンプの隅で(うずくま)っていた俺のポーチから、イルルは一つビンを取り出した。光を浴びて輝くそれは、今回のために用意したモガ塩とモガモガーリック、そしてハーブ系の薬草を我流黄金比でブレンドした調味料だ。

 

「おう、センキュ―。さて、これらをじっくり染み込ませるか」

「ふにゅ、良い香りだにゃ~」

「さながら、ガーリックハーブってな」

 

 薄い桃色の肉に、薄茶色の焼き目が見えてきた頃。そのタイミングで、油が気泡と化すフライパンの上に。その上でじっくり身を躍らせる肉に。俺は静かに、ビンの中身を振り掛ける。

 途端に、香りに変化が起きた。純粋な肉の香りの中に、ニンニクの風情ある香りと、薬草の上品な匂いが混ざり始めたのだ。食欲を否応なしに促進させるその香りに、俺は思わずにやけてしまう。

 

「うんうん、良い感じだ。さて、イルルよ。肉焼きセットの準備もそろそろいいか?」

「にゃ、火の準備は完了だにゃ。熱をしっかり貯めてるにゃ」

「よしよし、助かるよ。そろそろそっちに移る時間だしな」

 

 調味料をしっかり染み込ませたその肉。じゅうじゅうと景気の良い音を立てるそれを、俺はそっとフライパンから摘まみ上げた。

 肉から突き出た骨掴み、肉焼きセットへと静かに移し変える。熱を十分に貯めた肉焼きセット――アツアツなそれは、仕上げにはピッタシなのだ。

 

「さて、あとはこんがりこんがり焼き上げるんだが……イルル、肉焼きセットのハンドルを回してくれないか?」

「にゃ、ボ、ボクがにゃ……? 旦那さんはどうするのにゃ?」

「デイズアイの火を上から当てる。さながらオーブンのように、周りから十分に熱しようと思うんだ」

「にゃ、にゃるほど……。分かったにゃ!」

 

 

 

 

 

 元より熱に弱いその肉質。それを、まるでオーブンのように熱で囲い、その表面から中の芯までしっかり熱を通す。滴る肉汁は氷のように煌めいて、溢れる香りは肉の匂いも調味料の風味もひとまとめにして。

 そうして、どんどん焼き上がっていく氷砕竜の尾。桃色だったはずのそれは、既に品の良い焼き目に彩られていた。

 

「こんがりこんがりこんがりにゃ~、ウルトラ上手に焼っけるかにゃ~」

「む……そろそろ良さそうだ」

「にゃっ! ウルトラ上手に、焼けましたにゃ~!」

 

 先程フライパンで焼いた時よりもさらに時間を掛けて、じっくりじっくり火を通したその肉は、気泡と化していく脂を奏でていく。匂いにしても、見た目にしても、もう完成と言っても差し支えないだろう。

 イルルはイルルで、ご機嫌そうに歌っては、焼き上がったその肉を装備披露するかのように高く掲げた。

 

「うんうん、芳醇な肉の香りにニンニクやハーブの上品な匂い。良い感じだな」

「にゃ、旦那さん。早く食べようにゃ!」

 

 レギオスナイフを取り出しては、焼き上がったそれを均等に切り分ける。その際見えた肉の断片もよく火が通っており、肉の層にはどこかとろみのある肉汁がたっぷり滴っていた。

 待ち切れないと言わんばかりに目を輝かせながら俺を急かすイルルに、切り分けた骨とそれについた肉を渡し、俺は俺で残ったもう一つのこんがり氷砕竜の尾を持ち上げる。半分に切り分けられていても、どこかずっしりとした重量感のようなものが感じられる。自らが大型モンスターであったことを主張しているような、そんな重さだ。

 

「よっしゃ、いただきます」

「いっただきますにゃ!」

 

 まず一口。焦げ茶色が美しいその表面に、歯を喰い込ませた。

 最初にやってくるのは、焼かれたことによって生まれたその表面の感触。内皮かと思われるその食感はパリッとしており、しかしどこかもちっともしていた。まるで柔らかな皮を、お焦げが丁寧に包んでいるような、そんな感触だ。

 そんな第一ステップを乗り越えた先には、とうとう本番とも言える骨周りの肉が俺を待っていた。中までよく焼けたその芳醇な層。肉と肉が重なる贅沢なその層に、俺は一心に(かじ)りつく。

 これは、思った以上に固い。いや、固いという表現では些か語弊があるかもしれないが、とにかくそれくらい力強い感触をしているのだ。いつか食べたグラビモスのせせりにも負けない、強い感触。軟骨とまでは流石にいかないが、砂肝に近い強さだと思う。

 噛めば噛むほど、その肉厚な食感を楽しめば楽しむほど、肉汁と、それに伴った氷砕竜の味が口の中で溢れてきた。見た目と、肉汁の量にしてはややあっさりとした味。想像よりも、淡泊な味わい。それが、この肉の特徴だった。よく円熟した旨みではあるものの、食感と比較すれば微妙にインパクトの薄い味である。

 だがそれも、かえって好都合だ。主張し過ぎない味は、逆に言えばよく調和する味ということ他ならない。つまり、下準備で染み込ませたあの調味料の味はしっかり残っているのである。

 

「……ハーブの香りとニンニクの風味が、しっとりと肉に絡んでいくなぁ。それでいてあんまりくどくないのも好印象だ」

「塩であっさり味付けしたのも良かったにゃあ。程よい塩味が、肉の味を加速させるにゃ」

 

 はぐはぐと肉を頬張っては、イルルは嬉しそうに顔を上げた。彼女としては、今回の料理に満足いっているようだ。満面の笑顔がそう物語っている。

 俺? 俺はなぁ、確かに美味しいとは感じるが、もう少し改善できたのではとも思ってる。少なくとも、さすらいのコックさんが調理した氷砕竜の尾と比べれば、まだまだ味が劣っているだろう。

 

 

「うーん……まぁこんなもんか。料理は奥が深いな、ほんと」

「旦那さん、いまいち満足いってない顔にゃ」

「まぁな。……こうなったら、捕獲した個体バラシて研究してみるか……?」

「や、やめてにゃ! クエスト失敗になっちゃうにゃ!」

 

 

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『ボルボテール丸焼き:ガーリックハーブ風』

 

・氷砕竜の尾      ……一本(要加工)

・我流調味料

  ・モガ塩

  ・モガモガーリック

  ・薬草(ハーブもの)……各種適量

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、耳が張り裂けそうになるくらいの轟音が響いた。

 

 崩された壁をさらに粉砕するような、慈悲を感じさせない破壊音。重いものが闊歩する、大地が軋むような足音。そして、その音に溶けるように聞こえてくる、生物特有の唸り声。

 その唸り声が、突然弾けた。自らを主張するかのような、特大の咆哮音へと変貌したのだった。

 

「にゃっ!? ……にゃ、何? 今の……」

「この声……」

 

 その突然の声に、イルルは恐怖と驚愕を混ぜ合わせた顔で身を震わせる。本能的な恐怖感を煽るような、精神を掻き乱されるような、そんな声だ。彼女のような反応も仕方ないだろう。

 だが、俺はこの声に聞き覚えがあった。村の、故郷での最後の記憶に。タンジアギルドでの最後の狩りで。まるで油汚れのように、未だ消えない嫌な記憶の奥底にねったりと絡みついた、あの怒号。

 不意に、以前耳にしたトレッドの言葉が脳を過ぎった。

 

『……それで、あのモンスターを見失ってしまったんですよ。――君の探し求めてた、アイツがね』

 

 雨に濡れたユクモ村で、アシラーメンの香りに包まれて。掠れるように漏れた、彼の言葉。憂うような、困ったような。そんな口振りで、彼は確かにそう言っていたのだ。

 つまり、まさか。

 

「にゃ……? だ、旦那さん、どこ行くのにゃ?」

「……確かめに」

 

 居ても立っても居られない、とはこのような状況で使うのだろうか。

 頭の隅でそう思いながら、俺はキャンプを後にした。慌てて追いかけて、困ったように声を掛けてくるイルルにも一切振り返らずに。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 ベースキャンプに隣接するエリア1。先程まで激戦を繰り広げた、開けた土地。

 

 そんな白い凍土の世界は、(おびただ)しい量の赤で染められていた。鮮血が荒々しく飛び、肉片やら氷の塊が無残に舞い散っている。そしてその中心に、荒い鼻息で肉を抉る巨大な影が一つ。

 黒と緑と紫を混ぜ合わせたような、狂気的な体色。幾重にも重なって伸びる、不気味な牙。細くも力強い二本の脚に、極太の悍ましい尾。どこも傷だらけの、あまり見つめていたくない表皮。

 見る者を戦慄させるその影が、先程捕獲したはずのボルボロス亜種――その頭殻を貪っていた。

 

「にゃ……な、何あのモンスター……」

「……イビルジョー。まさか、本当に?」

 

 そのあまりに異常な姿に、流石のイルルも普段からふさふさな尾をさらに毛を逆立たせながら二、三歩後ずさった。一方の俺は、こちらに気付いて振り返った奴の顔を見て。

 見て、思考が停止した。左手で握っていた筈のデイズアイはゆっくりと零れ落ち、浅い雪の層に突き刺さる。

 ――そう、突き刺さっているのだ。奴の片目に、その左目に。龍を滅する片手剣、封龍剣【絶一門】が。

 

「にゃ……だ、旦那さん?」

「……まだ、そこに……。親父の――――」

 

 獲物を見定めるように、隻眼に色を燈す恐暴竜にも。俺の異変に気付き、恐る恐る顔を覗き込むイルルにも。目に映る光景が全く頭に入ってこない。それどころか、まるでフラッシュバックのように俺の記憶が湧き上がる。

 

 潰された左目。

 そこに突き刺さる、封龍剣【絶一門】。

 俺が刺した、その片手剣。

 かつてそれを握っていた、大きな手。

 その手ごと飲み込んだ、棘の山のようなあの口――――。

 

 

 

 

 

 そんな、思考と記憶に飲み込まれそうなその瞬間。妙に甲高く、それでいて骨のある奇妙な音が鳴り響いた。

 巨竜の骨を用いた、ギルドが有する特注の角笛。その厳かな音色が、この凍土を波のように覆っていく。

 

「……この音――こ、これ、強制撤退命令の音色にゃ!」

「───チッ……」

 

 凍土から、俺の頭の中まで。音速で駆け巡ったそれに、俺の意識は無理矢理引き戻された。

 一方で、その音のコードを認識するや否や、イルルは慌てて俺の手を握り締めた。

 

「だ、旦那さん! 逃げるにゃ!」

「……あぁ、分かったよ」

 

 吹雪に霞む凍土の空。その上で、チカチカと灯りを燈す影がある。ギルドの古龍観測号が、ご丁寧にこの状況を観測しているようだった。

 その気球を包む吹雪もいよいよ荒れに荒れ、同時に地団太を踏むイビルジョーのその衝撃に、凍土を覆う氷は体に罅を入れ始める。

 戦おうにも戦えない状況、まさにそれだった。

 

 内に湧き上がる感情を、燃え滾る戦意を。マグマのように煮える殺意をも。

 この理不尽な状況に唾を吐き捨てながら、処理し切れない思いを無理矢理全て飲み込んだ。自分に言い聞かせるように、抑え込むように。

 

 懸命に俺を引くイルルの手を握り締め、俺も奴から背を向ける。そうして、割れる大地を踏み締めた。氷に突き刺さったデイズアイも置き去りにして。

 

 




 

何故かこの話が次話のコピーとなり替わっていた件。ハーメルン運営さん何とかしてください←


バックアップとってなかったらもうモン飯書くの辞めてたね、うん! 
禍いと飯とは今の間に出来るというのは、災難は飯が炊きあがるぐらいの短い間にでも起こるため日頃からの注意が必要という戒めのことわざです。今回にピッタリだと思い、特に改編することなく採用しました。

ではでは。閲覧有り難うございます。

四十三さんからイラストいただきました。シガレットさんとグリードR。くそ格好いい。

【挿絵表示】

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