モンハン飯   作:しばじゃが

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 密着! 育猫旦那24時!
 ……ちなみにやや日記形式です(突然の挿入話)





鍋の中にも三年

 

 

 ―1日目―

 

 とうとう、とうとう雇ってもらったのにゃ。

 片手剣を持った銀髪の男性ハンターさん。名前はシガレットといって、見た目はちょっと恐そうだけど、言動は優しい……のかにゃ?

 今までぶんどりというだけで、通りすがったハンターさんたちからは冷たい眼で見られたけど、この人だけは違ったの。何ていうか、少年のような輝く瞳と言うか……とにかく、変な眼だった。

 

「お前ぶんどりか? ってことはモンスターの食ざ……素材集めるの得意だよな? よし、スカウト」

 

 『食ざ……』と言ったのは、何だったんだろう? 素材ならぬ、食材とでも言いたかったのかな? この時のボクには、旦那さんの意図がまるで分からなかったにゃ。

 ただ、そんなやり取りの後にご馳走になったロールキャベツ。その時に、気付くべきだったのかもしれない。

 

 氷海に降り積もった雪よりも濃厚な白。そんなホワイトソースに包まれたそのロールキャベツは、旦那さん曰くポポの肉とハーブ系の薬草を入れ込んだ、風味豊かな肉とキャベツのハーモニーがウリだそう。その濃厚な香りに、ボクは不覚にもお腹を鳴らしてしまったにゃ。

 

 ダメダメ、このご飯は旦那さんが食べるものなんだと思う。ただのオトモが食べるなんて、それどころかスカウトされて間もないボクがお腹を鳴らすなんて、烏滸がましいし、はしたないにゃ!

 

 なんて自己嫌悪に浸ってたら、旦那さんはボクの分まで皿に盛り付けて用意してくれた。アツアツホカホカで、猫舌のボクにはちょっと厳しかったけど。

 でも、凄く温かかったにゃ。

 

 

 

 

 

 ―2日目―

 

 氷海から時間を掛けて、旦那さんの拠点となる町――バルバレへと訪れたにゃ。大きな商業地であるその町の端、路地裏を何本も過ぎたところに旦那さんの家はあった。一介のハンターらしい小振りの家だったけど、中々風情があるところだったにゃ。

 

「安心してくれ。キッチンだけは綺麗にしてるから」

 

 お世辞にも綺麗とは言えないその家だったけど、旦那さんのその言葉の通り、台所だけは整理整頓されていた。それが何よりも印象的だったにゃ。

 

 その日の夜は、旦那さんが用意してくれた座布団で眠ることにした。旦那さんは「そんなのでいいのか?」って言ってくれたけど、ボクは所詮ただのオトモ。座布団でも贅沢してるくらいにゃ。

 悩むとすれば一つ、旦那さんのいびきがうるさいくらいかにゃ?

 

 

 

 

 

 ―3日目―

 

 朝起きたら何故かタオルケットが掛けられてた。

 もしかして、旦那さんが掛けてくれたの? キッチンで鍋とにらめっこしてた旦那さんは、尋ねてみても返事をしてくれなかったにゃ。

 

 

 

 

 

 ―5日目―

 

 本日は初の、旦那さんとのクエストにゃ。旦那さんの役に立てるように精一杯頑張るのにゃ!

 ……そう意気込んでいったけど、そのクエストは何のこともないただのキノコ狩りだったにゃ。拍子抜けだにゃ。

 バルバレに隣接する遺跡平原という場所が今回の狩猟地。黄金に輝く草が綺麗な、晴々としたところなの。風がとっても気持ちいいのにゃ。

 

 旦那さんといえば、ビンの中に薬草やらキノコやらハチミツやらをいれて、雑に振り回していた。もしかして、いや、もしかしなくても調合をしてるのかな? 

 なんて考えていたら、そんなこんなで完成したそのドリンク。深い深い緑色に染まっていたにゃ。甘いような、酸味があるような。ほろ苦い味もひとまとめにしたその爽やかな飲み物。旦那さんはボクにも飲ませてくれたのにゃ。

 

 

 

 

 

 ―8日目―

 

 今日こそ討伐クエストにゃ。待ちに待ったこの機会、頑張って旦那さんの役に立つのにゃ!

 そう意気込んで向かったのは地底洞窟。深い地底に、まるで穴が出来たような洞窟。深い深い大地の底だにゃ。

 ターゲットはテツカブラ。鬼蛙と呼ばれる大柄なモンスターだった。カエルはカエルでも、釣りカエルなんかとは規模もスケールも違ったの。大声で吠え、その太い脚で跳び回る、初めて見るモンスターだったのにゃ。

 初見であろうとなんだろうと、関係ない。頑張って貢献して、旦那さんに認めてもらうことがボクの目的。頑張って、やっつけるのにゃ!

 

「うにゃああ!」

 

 そうして出したのは、調子よく大タル爆弾にゃ。

 武器でちまちま殴るより、爆弾で手痛いダメージを与えれば。いっそあの大きな牙でも折れば、旦那さんはボクを認めてくれるかもしれない。そう思ったボクは、すぐにそれを行動に移した。

 だけど、だけど。それは早計だったとしか言えないだろう。大きくて重い爆弾は、小さくて軽いボクには持って投げるので精一杯で。気付いた時には、遅かったにゃ。投げた時には、もう遅かったのにゃ。

 

 弧を描くように飛んだ爆弾の先には、剣を振り回す旦那さんがいて。

 あとは、言わずもがなにゃ。

 

 

 

 

 

 ―10日目―

 

 旦那さんの家には、ルームサービスがいない。ボクが来る前までは旦那さん一人しか住んでなくて、ルームサービスどころか他のオトモもいないのにゃ。

 

「恥ずかしい話、金が無いんだよなぁ」

 

 旦那さんは、照れくさそうにそう笑った。確かに、見た感じまだ下位の駆け出しといったところで、装備も拠点もあまり豪勢ではない。

 金欠は、ハンターに常に憑き回るものだ。

 前のご主人はそう語っていたにゃ。G級でも、下位でも、それは変わらないのかもしれない。

 

「……なら、ボクはルームサービスもやるにゃ! 旦那さんのお手伝いをもっとしたいにゃ!」

 

 だから、そんな旦那さんの役に立ちたくて、ボクは気付いたらそう宣言してたにゃ。

 この前、テツカブラの時に旦那さんを吹き飛ばしてしまうなんてミスをしたから、余計に……かな。笑って許してくれた旦那さんだけど、ボクはボクを雇ってくれた彼に報いたいのにゃ。

 そんなボクの頭を、旦那さんは優しく撫でた。くしゃっと倒れる耳に触れる手が、少しくすぐったくて。何だか心もこそばゆい感じがしたにゃ。

 

 

 

 

 

 ―15日目―

 

 この日の夜は、嫌な夢を見たにゃ。前のご主人が、失敗したボクを折檻する夢。

 鳩尾(みぞおち)に入った靴の先がとても鋭くて、ボクは何度も嘔吐した。顔から流れるのが涙なのか、鼻水なのか、吐瀉物なのか。もうよく分からなかったのにゃ。

 

 相当(うな)されていたのか、ボクをその悪夢から解放してくれたのは旦那さんだった。目を開ければ、そこにあったのは、毛布にくるまれたボクの体と、心配そうにボクを揺さぶる旦那さんの姿。

 ボクは気が動転して、咄嗟に何度も謝ってしまった。謝らないともっと酷いことされる。そう感じて、旦那さんの姿と前のご主人の姿が混同して、必死にごめんなさいと繰り返していた。

 

 狂ったように謝り続けるボクを、旦那さんは哀しそうに見つめて、そっと抱き寄せてくれたにゃ。ボクをその厚い胸に押し付けて、背中を擦ってくれたのにゃ。何度も、優しく、ゆっくりと。

 

 

 

 

 

 ―22日目―

 

 今日は遺跡平原で、何のことはない採取ツアーをしていた。

 旦那さんが何やらハチの巣を漁っている内に、ボクは疲れに負けてしまった。我慢していたんだけど、ついに少しサボってしまったにゃ。フカフカの草に腰を下ろして、青い空を見上げて。

 

 せめて旦那さんに気付かれないように。旦那さんが採集に集中している間に。そう決めていたのに、旦那さんの採集は思ったよりも早く終わってしまい、ボクに気付いた彼と目が合った。

 

 どうしよう、怒られる。ダメなオトモと思われちゃう。

 

 その瞬間、頭にそういった警報が鳴り響いたんだけど、時すでに遅しだったにゃ。旦那さんはゆっくり僕に近付いて来て、じっくりボクを見下ろした。

 

 叩かれる。そう思って目をギュッと瞑ったら――手は、降ろされなかった。逆に降りてきたのは、旦那さんの腰。びっくりしたボクは、ボクの横で腰を降ろした旦那さんの方へ振り返る。

 だけど彼は、涼しい顔でボクを見て、こう呟いた。

 

「疲れたのか? ちょっと休もうか。……何か食う?」

 

 そうしてもらったこんがり肉。

 程よい焼き加減に塩加減。噛む度に溢れる肉汁に、濃厚で筋のある肉の味。肉汁や脂を上手く使ったタレが、肉の隙間によく染み込んでいた。

 とにかく、とっても美味しかったのにゃ。

 

 

 

 

 

 ―30日目―

 

 今日は久しぶりの狩猟クエストだったにゃ。

 場所は原生林。ボクが流れ着いたチコ村の傍にある、懐かしい場所だ。そこに現れたモンスター、ネルスキュラ。大きな蜘蛛のような姿をしたそれが、今回のターゲットだ。

 

 それは、状態異常の雑貨屋とも言えるモンスターだったのにゃ。乱発する糸に絡まれて、出血毒を孕んだ鋏や睡眠毒をもった針で迫られて。

 何とも恐ろしいモンスターだにゃ。出来るなら、あんまり関わりたくないのにゃ。

 

 でも、旦那さんは果敢に攻めた。いくつもの糸を潜り抜け、飛び交う毒を跳び避けて、そうして片手剣で蜘蛛の細い脚を斬り刻んでいったにゃ。前のご主人にも肉薄するような、旦那さんの手腕。ただの下位ハンターなんかでは収まらない、旦那さんの実力をひしひしと感じたにゃ。

 この人は、本当に下位ハンターなのかと感じてしまうほどに。

 

「イルルッ! 何よそ見してんだ! 前を見ろ!」

「にゃ――にゃっ!?」

 

 声を荒げる旦那さん。思わず見惚れていたボクを一喝する声。その声に反応した時には、もう遅かった。瞬間目に入ってきた、鋏を迫り上げさせるネルスキュラの姿に、ボクの思考と体は止まってしまったのにゃ。

 逃げれない、斬られる。

 

「イルル――ッ!」

「ふみゃあ……っ!?」

 

 ずぶりと体に入り込む鋭い感触と、そこから溢れる水のようなもの。

 それを感じた時には、ボクの体は宙に吹き飛ばされていた。痛みも、感覚も、理解が追い付かない。

 

「チィ……ッ!」

 

 そんなボクの体が落下する前に、旦那さんは舌打ちしながらもボクをキャッチしてくれたにゃ。ギリギリの瞬間、ボクの体に負担が掛からないように。

 

「毒か……! 息が荒い、体温も……!」

 

 毒のせいか、痛みのせいか。

 霞むボクの視界の中で、旦那さんは焦ったようにボクの体を調べては苦い顔をしていた。

 ボクによそ見するなって言っておいて、旦那さんもよそ見してるのにゃ――。

 そんな言葉も口に出来ないボクを抱え、旦那さんはこのエリアから退避し始める。あの蜘蛛の毒牙から、ボクを遠ざけるように。

 

 わざわざオトモのために一度撤退して、解毒薬もくれて、看病もしてくれるなんて。この人は、本当に優しい人なのにゃ。

 ボクは、ボクがこの人が好きになっているのを、何となく自覚し始めていた。

 

 

 

 

 

 ―41日目―

 

 今日は暖かな一日。天気も良くて、でも暑過ぎなくて。心地良い春の陽気が、このバルバレを包んでいたにゃ。暖かくて和やかな風が、マイハウスの中を流れていく。

 バルバレに来てまだ一ヶ月程度だけど、この町もこんなに過ごしやすい瞬間があるのだと、何ともなしに感じていた。

 

「今日は暖かくていいなぁ……」

「ほんとにゃ。ぬくぬくで幸せだにゃ~」

 

 今日は狩りには行かず、マイハウスでゆっくりしよう。

 旦那さんはそう言って、この日の当たる一角でくつろぎ始めたにゃ。ボクもそれには賛成で、彼の横に座っては彼の脚に尻尾を乗せてみたりする。旦那さんは特にこれといった反応は示さなかったけど、嫌そうな顔もしなかった。

 

「みゃあ……」

「あー、昼寝しそう……」

 

 ボクも旦那さんも、眠たげに瞼を擦る。

 何気ない瞬間だけど、何だかとっても幸せだと思えるにゃ。ふがふがといびきをかく旦那さんの声も、微睡の中に消えていったにゃ。

 

 

 

 

 

 ―49日目―

 

 天空山。高地にあって、それでいて不安定な場所。景色もほとんど灰色に色褪せていて、少し息苦しい場所だ。そんなところに現れたリオレウス。最も代表的な飛竜とも言えるそれが、今この場所に飛来している。

 今日のクエストは、リオレウス一頭の狩猟。つまり、目の前のアイツを仕留めることが、今回の任務にゃ。

 

「にゃーっ!」

「おっ……おおっ!」

 

 そんなこんなで旦那さんと一緒に戦って、どれだけの時間が経っただろう。疲弊に疲弊を重ねたリオレウス。その弱々しい尻尾に向けて突撃したボクは、あまりにも拍子抜けした感触を手に受ける。

 ざっくり肉に切り込みを入れよう。そう決めて突進したんだけど、どうやら入れすぎちゃったようだにゃ。肉に受け止められる感触に構えていたものの、それは来なかった。代わりに来たのは、宙に投げ出されるような奇妙な感覚。

 

「ナイス! ナイスだイルル!」

「にゃっ!?」

 

 旦那さんのその声と、ボクの背後に響く何かの落下音。それを耳で反芻して、ボクは一体何をしたのか理解した。

 尻尾を斬った。

 もしかして、ボクがこの手で斬っちゃったのにゃ?

 

 一方で旦那さんはガッツポーズ。ボクの行動を褒め称えてくれる。レウスはレウスで、戦意を喪失してしまったのかな。何とも哀しい仕草で、ゆっくり僕たちから離れ始めたにゃ。

 

「おぉ……立派な尻尾だな。食えそうだ」

「た、食べるのにゃ!?」

 

 前から薄々感じていた旦那さんの料理癖。

 そう、旦那さんは、時々依頼内容をすっぽかして料理に専念してしまう、困ったハンターさんだったのにゃ。今日もまた、逃げるレウスには目もくれず、火竜の尻尾を切り身に変えてはステーキにしてしまった。

 肉の繊維が際立ったその食感と、塩胡椒で仕立てたシンプルな調味量。元々がカルビなどの赤身を思わせる濃厚な肉だけに、シンプルな味付けはよく合っていた。肉の甘みと塩の味、そして胡椒の風味が混ぜ合わさる、何とも奥深い味。噛む度に口の中にじゅわ~って広がるのが、もう堪んないのにゃ!

 

 ――あれ? ボクたち、何で尻尾食べてるんだったかにゃあ?

 

 

 

 

 

 ―54日目―

 

 久しぶりに、また嫌な夢を見た。

 まるで嵐の中に投げ出されたかのように、荒れ狂う海。その中で揺れる船と、その船に()し掛かる黒い影。目の無い顔を向けては、高らかに吠える。

 黒い靄のような瘴気をたくさん撒き散らすその姿は、凄く、凄く怖かったにゃ。

 

 嵐の海に舞うのは数々の影だった。

 応戦する、前のご主人。

 恐れ(おのの)く船員。

 必死に食らい付くボク。

 まるで慟哭のように、黒く吠える巨影。

 転覆し始める船――――。

 

 

 

「――にゃっ……夢かにゃ」

 

 ボクがこの地方に流れるまでの、最後の記憶。ご主人と散り散りになる前の、最も新しい記憶。あまり思い出したくない、忌々しい記憶。わざわざ夢でまで見せられるなんて、ボクの脳みそは意地悪なのにゃ。

 そんなことを考えながら、頭を起こす。ぼやけた視界に入ってきたのは、何だか変な顔をした旦那さんだった。またもや(うな)されていたようで、旦那さんが心配そうにボクを覗き込んでいたみたい。また心配をかけてしまったのにゃ。

 

「大丈夫か……?」

「ん、みゅぅ……」

 

 寝ながら、涙でも流していたのかな。旦那さんが親指でボクの目元を擦ると、何だか濡れたような感触が走る。

 気付けば、ボクの体はまだ震えていた。まだ、あの時のことを怖がっているみたい。

 

「ふにゃ……っ」

 

 どうしよう、震えが止まらない。目元が滲んでくるのを抑えられない。旦那さんに心配かけたくないのに、身体が恐怖に負けそうになる。寂しくて、苦しくて、とっても怖くて。ボクはもう、どうしたらいいのか分からないのにゃ――――。

 

「……よいしょっと」

「みぃ───にゃっ?」

 

 ふと、身体が浮くような感覚がボクを支配した。いや、違う。本当に浮いている。

 旦那さんに、抱っこされてるんだ。目前に、旦那さんの顔が迫っていた。思わず、素っ頓狂な声を上げてしまったにゃ。

 

「だ、旦那さん……?」

 

 動揺するボクの声にも答えずに、旦那さんは静かにボクをベッドへと下ろした。そうして、ボクごと布団で包み込んでは、彼はゆっくり横になる。

 これは、ボクも一緒に寝ても良いってことなのかにゃ?

 

 あまり語らなかった旦那さんだけど、その大きな手でボクを抱き寄せてくれた。始めこそ緊張したものの、言葉に出来ない安心感がゆっくりゆっくり広がってきたにゃ。旦那さんのいびきも、あんなにうるさく感じていたいびきも、今は無いと逆に不安になってしまうにゃあ。

 

「旦那さん……ありがとにゃ」

 

 掠れるような声が、この寝室の中で木霊した。旦那さんのいびきに溶け込むように、そっと。

 

 

 

 

 

 ―61日目―

 

 あれから、いつも寝る時は旦那さんの横に居させてもらってる。

 いつも旦那さんの顔を見て眠り、その顔を見ながら彼を起こす。旦那さんの温かい(ふところ)に今日も収まっていたい。

 そして、朝は眠たげな彼におはようと声を掛けるの。毎朝彼の顔を覗き込むことから、一日が始まるのにゃ――――。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 走馬灯。

 今まで感じていたのは走馬灯だろうか。何気ない日々が瞼の中で、まるで星の輝きのように光っては消えていく。動かない体を前に、俺はその感覚を眺めているしかなかった。

 ――だけど、どうして。どうしてアイルーの鳴き声が。彼女の声が聞こえるんだろう。

 今ここにはいないはずなのに。彼女が――イルルが眠ったのを確認して、凍土に出てきたはずなのに。

 それなのに、どうして。

 

「旦那さん! 大丈夫かにゃ!? しっかりしてにゃ!」

 

 あれから毎日、目を覚ませばイルルの顔があった。彼女の可愛らしい顔が俺の視界を覆っているところから、俺の一日は始まるのだ。

 そんな彼女の顔が、今目の前にある。マイルームでも、ゲストハウスでもない。凍土というこの寒々しい世界の中なのに。イルルは、俺の目の前にいた。

 

「……イル……ル……?」

「待ってにゃ、今回復笛を吹くにゃ!」

 

 俺の傷を見ては青い顔をした彼女は、懐から緑の紋様で彩られた笛を取り出した。

 高らかに響くその笛の音は、ゆっくりと俺の体に染み込んでくる。じっくりと、身体が癒されていくのを感じた。何だか、少し安心する。

 いや、待てよ。そんなことより、どうしてコイツがここにいるんだ?

 

「イルル……お前、なんでここに……」

「みぃ、実はボクは寝たふりしてたんだにゃ。だって旦那さん、いつもと様子違ったんだもん……っ」

 

 少し体を起こして尋ねてみれば、腰の装備をギュッと握るイルルはそう絞り出した。

 凍土でイビルジョーと遭遇してから。そして村に一時的に帰還してからも。

 どこか上の空といった俺の様子に疑問を抱き、彼女はずっと様子を見ていたらしい。寝たふりもして、俺とイズモが話をしているところにもこっそりついて来ていたのか。

 

「グルルル……」

 

 何故いないはずの彼女がここにいるのか。この予想だにしない状況に対する説明がやっとついた。

 ついたのだが、そうゆっくりとしている場合ではない。少し怯んだだけで、俺を狙うイビルジョーはまだそこにいるのだ。いや、この場合、餌が増えたとでも感じているのだろうか?

 

「……だ、旦那さんをいじめるにゃ! 今度はボクが相手だにゃ!」

 

 そう言っては、イルルは勇ましく前へ出た。俺から離れ、ジリジリとイビルジョーとの距離を縮め始める。

 奴が自分に集中するように、俺を庇うように。

 

「イルル……ダメだ、逃げろ……!」

「旦那さんは、旦那さんは……! ボクが守るのにゃ!」

「グルゥ……ヴォオオアアアアァァッ!!」

 

 震える手で武器を握り直しては、イルルは襲い来る牙とぶつかり合った。武器と牙が擦れ、火花が飛び交う。凍土を彩る激しい光に、溢れ出る龍のオーラとイルルの持つ王ネコ剣ゴロゴロの青い雷が混ざり込んだ。

 力で圧倒的に勝るイビルジョー。一撃でももらえば、命の保証はない。そんな恐ろしい挙動の一つ一つを、イルルは危うい動きで躱していく。

 

「うにゃーっ! でっかく行くにゃ! 巨大ブーメラン!」

 

 大地を焼く龍のブレスをその地に潜るように躱したところで、イルルは懐から巨大なブーメランを何丁も取り出した。

 一つ一つが、普通のブーメランの二倍三倍もあるそのブーメラン。威力も当然倍である。

 

「喰らえにゃー!」

「ゴァッ……ヴォオゥッ!?」

 

 炸裂する強烈なスパーク。飛び交うブーメラン一つ一つは、吐息を漏らす奴の顎へと直撃した。

 これまでのやりとりでガタがきていたのだろうか。そのスパークこそ龍のオーラにかき消されたものの、ブーメランの勢いだけは止まらない。

 まっすぐ、一直線に。弧を描きながらも飛び込んだそれは、軋むような耳障りな音と共にその牙を砕いたのだ。

 

「……や、やったのにゃっ!?」

 

 その思いがけない手応えに、イルルは顔を上げた。それが彼女の闘争心に火を付けたのか、再び多丁のブーメランを撒き散らす。目に強い意志を燈しながら。

 突然現れた一匹のネコが、自らの牙を折り砕いたという事実。それが相当癇に障ったのか、一方のイビルジョーはその血走った右目を爛々と輝かせ、一心にイルルを睨み始める。未だ上手く立ち上がれない俺なんて、もう眼中にないようだ。

 

「こっち、こっちだにゃ!」

 

 イルルとしては狙い通りだったのか。奴を誘導するように、俺から距離をさらに離していく。奴も奴で、それを追うように首を動かしては、忌々しそうな声を漏らしていた。

 ダメだ。何だか嫌な予感がする。そっちに行くな――――。

 

「イルル……よせ……ッ!」

 

 やっと剣を支えに立ち上がった俺。だけれどそれに精一杯で、声にまで力が回らない。掠れるようにしか出なかった声は、イビルジョーの重苦しい足音にあっさり飲み込まれてしまう。

 一方でイルルは、ブーメランの弾幕を展開しては必死に応戦していた。絶え間なく襲い来る奴の肉弾がそのブーメランを何度も弾き飛ばし、その度に新しいブーメランを投入していく。

 

「にゃっにゃっ!」

「グルル……」

 

 一見すれば、イルルがイビルジョーを翻弄している。彼女が優勢である。そう見えた。

 だが、本当にそうなのだろうか? 猛攻を受けながらも、何かを企むように輝かせるその赤い瞳は一体何を狙っている?

 嫌な予感は、ゆっくりと――しかし確実に、確信へと変わっていく。

 

「グルルラァッ!」

 

 不意に、奴が凄まじい速度で首を伸ばした。隙間を縫うような、隙を狙ったかのようなそんな一閃。そんな狡猾な一撃を、イルルは危ういながらも剣で弾く。瞬時に構えた咄嗟のガードで、体を守っていた。

 だが、そんな束の間の安心感も瞬時に霧散する。こちらが本命だと言わんばかりに、イビルジョーはその体を一回転させたのだ。弾かれた勢いをそのままに、周囲一帯を薙ぎ払うようなその衝撃。ガードの反動に耐えていたイルルには、到底避けられるはずもなかった。

 

「にゃっ――――」

 

 小さなネコの鳴き声は、一瞬で消えた。

 すぐに凍土に溶けたその声。そしてその代わりのように響いたのは、小さな体が大地に身を打ち付けながら転がっていく音。

 

「……あ……ッ!」

 

 転がるように、滑るように。そうして止まった彼女の体。一瞬で全身打撲に持ち込まれ、苦しそうなネコの呻き声が漏れてくる。不思議な加護があるとまで言われたキリンUネコシリーズでさえ、紙のようだった。

 

「み、みぃ……なぁぁ……」

「……イルル、イルル! おい、しっかりしろ!」

「ヴォオオオオォォ……」

 

 消えゆく彼女の声とは裏腹に、イビルジョーは満足そうな声を漏らす。

 そうして、ゆっくり彼女に近付いては、その厳めしい右脚で彼女の体を踏み付けた。捕食するために、逃がさないように。

 

「みゃあっ! ……ふ、ふにゃあぁぁぁ……!」

 

 その超体重に押し付けられ、彼女は悲痛な声を上げる。痛みからか、恐怖感からか、彼女は完全に戦意を喪失しているようだった。両手両足を震えさせ、怯えるように歯を鳴らす。まるで悪夢に魘されていた時のような、弱々しい姿だ。

 そんな彼女に向けて、恐暴竜は無情にも顎を向ける。その小さな体を引き裂かんと、悍ましい口を思いっきり開いて――――。

 

 

 

 

 

 

「……っっさせるかあああぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

 気付いた時には、剣を構えていた。気付いた時には、左手で持ったレギオスナイフで、剣斧に付けられたビンを斬り裂いていた。

 直後に溢れ出るビンのエネルギー。まるで噴射機構のようなそれは、ガタガタと剣斧を震わせる。刀身が破損するくらいに、荒々しく。

 それを押し付けるように背後に回し、そのまま属性を解放した。

 

「イルルを……離せッ!」

 

 瞬時に溢れ出るそれ。押し上げられる体。急回転する景色。縮まる距離。

 要は、ビンのエネルギーを噴射させた掟破りの猛ダッシュだった。着地も受け身も考えない、命知らずな荒業。刀身が剥がれ、内部構造が剥き出しになり、ついには根本から二つに割れる。七星剣斧が、俺の背後で弾け飛んだ。

 だけど、そんなことはどうでもいい。今はイルルに迫る毒牙さえ、振り払うことが出来れば。

 

 

 

 

 最後に見えたのは、泣き腫らした目を驚いたように開かせるイルルの顔。そして、恐ろしい勢いで牙を振り下ろすイビルジョーの姿だった。

 気が遠くなるような、一瞬の痛みが俺に伸し掛かる。明転と暗転を繰り返す知覚と視界の中で、俺は意識が沈んでいくことが分かってきた。

 ただ一つ、感覚が消えていく左脚に、違和感を覚えながら――――。

 

 

 

 

 






本日のレシピは、今回はお休みです。


発酵しそうなサブタイですね。そして突然の挿入話(らしきもの)という。しかも三年どころか二ヶ月くらいしかないし。ツッコみ所満載というか、まとまりがないというか……お目汚し申し訳ない。

さて、何とかここまで漕ぎ着けることが出来ました。モンハン飯ストーリーの大きなターニングポイント。……一体どうなってしまうんでしょうか。二人は無事なのか。
こうやってストーリーを盛り込むと、飯テロ度が下がってしまうのが困りものですよね。ほどほどにしようと思います。だけれど、因縁のモンスターってやっぱり憧れるじゃあないか! ←結果読者の期待を裏切る物書きの屑。
ではまた次回で!

……シガレットさん、実はいびきがうるさいのです。

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