龍気活性を上手く利用したい。
「よっしゃよっしゃ。やっぱ未知の樹海って色々あるなぁ!」
「旦那さん……いつまで探索続けるつもりかにゃ。そろそろ帰ろうにゃあ。もう夜になっちゃったにゃ」
暗闇に包まれた未知の樹海。空には藍色の膜が浮かび、満点の星空が映し出されている。奇しくも正円の満月に照らされた今宵は、未知の樹海も温かな闇を帯びていた。
そんな星空の中で、一際目立つ赤い星。まるで空を泳ぐようかのように輝くそれは、本日も眩しい色を放っている。
「いくらクエストじゃないからって、制限時間もないからって。まさか夜になるまでここにいるなんて。流石のボクもびっくりだにゃ」
「俺もびっくりしたぞ。水源で食材集めてたらイャンクックが乱入したからなぁ。それも二頭」
そんな俺の言葉に、イルルは困ったように髭を揺らす。
俺の背後で沈黙を貫く塊。今や解体され、原形を留めなくなったイャンクック。その一方で原型をほとんど留めたまま、静かに眠るもう一頭のイャンクック。こちらは死してなお、その体を黒く染めているが。
「普通のイャンクックならともかく、狂竜化まで来たのはびっくりだにゃ」
「抗竜石また忘れちまったのが悔やまれるなぁ。素材は剥ぎ取ったけど……まぁ、無理だろうな。でも一頭は食えるから、そっちを食おう」
「……それで、その鍋なのにゃあ。それは一体何にゃ?」
「今回は、パエリアに挑戦してみようと思う」
「パエ……?」
聞き慣れない言葉だったのだろうか。イルルはその意味を察することができず、きょとんと首を傾げた。
パエリア。
それは、豊満な海産物資源を欲しいままにしてきたタンジアの港で栄えた、最も有名な米料理の一つだ。その特徴は何といっても、女帝エビやモガモ貝を贅沢にそのまま使い、それを出汁が決め手のウマイ米と共に炒める。海産物を贅沢に使った米料理なのである。
とはいえ、もちろんそれらを一緒に炒めれば良いという訳ではない。サフランと呼ばれる黄金色の調味料を加え、酒や塩と黄金比率で味を付け。さらには米の一つ一つに芯が残らぬよう、丁寧に炊き出ししなければならない。俺自身も食べたことはあれど作ったことのない、素人では中々手が出せない代物だ。
「タンジアのパエリアは素材の都合で作れないから、今回はオリジナル。未知の樹海風パエリアだ」
「にゃ……? それでイャンクックを使うのにゃ?」
「おう。それとそこの河でとれたエビとか貝もな。さぁ、素材を並べていくぞ」
未知の樹海の一角に、風呂敷を広げていく。滝によってもたらされる水源が静かな音色を奏でる中、その風呂敷の上に今夜の具材たちが舞い降りた。
一つ、メインともなる食材。ウマイ米。
一つ、持参したジャンゴ―ネギ。
一つ、同じく持参した四つ足ニンジン。
一つ、その辺から採取したキクラゲらしき形をしたキノコ。
一つ、この樹海で手に入れたエビや貝などの魚介類。
───そして、先程狩猟したイャンクックの胸肉。
「さて、もちろんイルルにも手伝ってもらうぞ」
「……このまま帰るって選択肢は……」
「ないなぁ」
「やっぱりにゃ……」
少し疲れを見せるかのように、イルルは肉球で目を擦る。その眼にはうっすらと涙が浮かんでおり、やはり疲労の色を差していた。
疲れているのは、俺も同様だ。しかし、どうにもこうにも腹の虫が鳴ってたまらなかった。折角美味しそうな怪鳥を手に入れたのだから、それを使って料理をしたいのだ。
「とりあえず焚火を作って……ネギやキクラゲ、肉を食べやすいように切り分けてくれ」
「にゃあー。旦那さんは、どうするのにゃ?」
「ここにサフランはないからな。折角だから特製の味付けにしちゃうぜ」
剥ぎ取った狂竜化怪鳥の素材とは別に、俺のポーチを重くしている原因。そのポーチを埋める数々の調味料を並べ立て、ボウルへとそれを注ぎ始める。
要は味付けだ。未知の樹海風パエリアにするために必要なもの。それをボウルへとまとめていった。
この水源から溢れる麗水を沸騰させたもの。
持参した、ドンドルマの料理酒。
イャンクックの身を使った出汁に、採取した樹海貝の身を使った簡易オイスターソース。
そこにみりん、醤油、胡椒、そして豆板醤といった調味料を混ぜていき、一心不乱に掻き混ぜる。麗水を主体としているため、それはどこか汁っぽい。しかしその濃厚な茶色は、月明かりを優しく反射するほどの輝きがあった。随分濃い色になってしまったが、香りは不思議と穏やかだ。
「旦那さん、火ついたにゃ。あと、お肉とかも切れたにゃー」
「おぉ。相変わらず器量がいいな。じゃ、鍋に油敷いて今切った奴と米を炒めてくれるか?」
「分かったにゃん」
諦めたかのようにせっせと鍋に具材を投入し始めるイルルの傍ら、俺は海老の殻を剥いては貝の殻をこじ開けた。
じゅう、じゅうと。途端に湯気が舞い上がり、そこから随分と良い香りが溢れ出す。肉の脂が弾ける音と、それによって震えるお米の音。ネギの鼻を突くような香りと、肉の脂の深い香り。それらが混ざり合う、何とも贅沢な香りだった。
「イャンクック、良い香りだなぁ。あぁ楽しみだ」
「旦那さん結構怪鳥の肉は食べてそうな気がするんだけどにゃ」
「あー。そういえば、ユクモ村目指す時の船で出されたな。まぁ、あれはセルレギオスに邪魔されちゃったけど」
「にゃあ……そういえば、そんなこともあったにゃぁ」
どこか遠い目でそう呟いて、イルルは鍋を掻き回し続ける。その横で、俺は四つ足ニンジンへと手を掛けた。
先が四つに分かれたそれを切り崩し、切り込みを入れては上から包丁を下ろしていく。おおよそ一センチという幅の狭い感覚で切り刻んでいけば、ニンジンは小さな立方体の集まりとなっていった。そう、俗に言うみじん切りである。
「……良い感じに焼けてきたにゃ」
「お、いいじゃん。そろそろ煮詰めてもよさそうだ」
見ればジャンゴ―ネギは香ばしい飴色へと姿を変え、キクラゲは油を吸って煌めくような黒色へと変貌していた。溢れる肉の脂は、いよいよこの満点の星空のようで、焼き加減も充分なものだと思われる。
そんなイルルが炒めていた鍋に、俺はこの特別調合した調味料を垂れ流す。脂を吸って若干黄色に染まったウマイ米。そこへ、濃い茶色が降り注いでいった。
「さて、あとはエビと貝を並べてっと……」
「にゃ~。これは、結構凄いにゃ。凄く美味しいものになる予感だにゃ」
調味液で浸っていく米の中に、エビと貝を落としていく。
エビ、貝、エビ、貝とその魚介類を交互に並べていけば、イルルは幸せそうに頬を緩ませた。元々魚介好きの彼女のことだ。目の前のエビと貝を見ると、やはり嬉しくなってしまうのだろう。もし俺がタンジアギルドとの揉め事がなければ、是非ともあの港に連れて行ってやりたいものだが───
つくづく、俺の過去の行いが悔やまれる。
「……旦那さん、どうしたのにゃ? そんな苦い顔をして」
「……いや、何でもないよ。それより、後はフタをして煮込もうか」
「にゃ! どれくらい煮込めばいいのにゃ?」
「そうだなぁ。ざっと二十分くらいかなぁ」
懐から砂時計を四つ取り出して、それを一列に並べた。
一つずつ、順番にひっくり返す。そしてそれを四つ目まで終えた時、この鍋は丁度良い炊き上がりになっている───
砕竜の重殻の熱伝導性を考慮した、完璧な計算だ。これでこのパエリアは、未知の樹海の旨さを凝縮した唯一無二の味となるだろう。
「それじゃ、ちょっと待ってようか。イルルも少し休みな」
「うにゃ~。じゃ、そうさせてもらうにゃあ」
どすりと、焚火の前に腰を降ろす。その横でイルルが横になり、俺の右腿に頭を乗せてきた。寝心地はそこまで良くないだろうに、俺の足に頬ずりしてはゴロゴロと喉を鳴らしている。相変わらず物好きな奴だ。
何てことを考えながら、俺もそっと上半身を後ろに倒した。そうして大地に仰向けに寝転んで、満点の空へと視線を移す。
五分、といえどそれは結構時間が掛かるものだ。それまで星空を眺める、というのも悪くないだろう。
「……今日も綺麗な空だなぁ」
白色であったり、はたまた橙色であったり。この空に輝く星は、様々な色を見せていた。一つ一つが懸命に自分の存在をアピールしているような、そんな輝きだ。その眩しさが何とも健気で、美しい。
ふと、目に付いた赤い星。一際目立つ流れ星だ。それはまるで、いつぞやに見た流星のように。赤い軌跡を描いては、この藍色の空を静かに切り裂いている。
「……ん?」
───ただ少し、いつもと違った。
空の遠く彼方を走っている。それは間違いないだろう。しかし、少しずつその大きさを変えていっているような。そんな錯覚を覚えたのだ。
妙だ。氷海や遺跡平原で見た時よりも、少し大きくなっている気がする。その輪郭線を少しずつ太くしていくような、そんな風にも見えた。
「……えぇ? 疲れてんのかな」
手甲を外したグローブで、乱雑に自分の目を擦った。疲れのあまり涙が潤んで、視界をぼやけさせる。そんなことはよくあるのではないだろうか。
何て思いながら涙を拭い、もう一度空を見上げた。
───光の帯は、確実に大きくなっていた。
「え───ちょっと、ちょっと待て……」
そうだ。過去に見たそれとは、見え方が違うのだ。
今まで見てきたものは、地平線の彼方を目指す赤い流星だった。しかしそれは、今はまるで地平線の彼方など目指してはいない。一心に、その身をこちらに向けて大きくしている。
───つまり、こちらに向けて飛んできている?
「……イルルッ! 危ない!」
「にゃっ!? にゃ───」
ハッと意識を改めて、イルルを、そして鍋を庇うように身を伏せた。その突然の俺の行動に、イルルは驚きのあまり体中の毛を膨らませる。
そうして続けざまに飛んだ彼女の声。それは、俺の耳に届くことはなかった。
──────ッッッ!!!
空気が張り裂けるような、凄まじい轟音。
それはまるで、耳の奥に滑り込んでは反響するように。強烈な耳鳴りを発生させては、さながら大銅鑼のように大気を打ち鳴らした。
ビリビリと、空気が震えている。音、という範疇には収まらないその震動。それと同時に激しい衝撃波が巻き起こる。暴風雨にも負けない旋風を引き起こし、それはそのまま未知の樹海へと襲い掛かった。
燃え上がる、赤い炎。いつぞやに感じたような、身体から立ち昇るオーラ。
銀色に光るそれは、月の光を反射して。されどそこに、鮮血のような色を差していて。
衝撃によって抉れた大地。そこから噴出するその赤い何かによって、銀色に輝く体に、薄い赤を燈していた。
「……何だ、こいつ」
最初に見えたのは、まるで手のような形をしたそれ。指先を森へと向けては、そこから赤い光を噴出している。逆に手の甲は鋭い槍を思わせるような、そんな形だった。
しかし、それだけが全貌ではない。その突然墜ちてきたものの姿が、徐々に見え始める。次第に粉塵が散っていき、同時にその姿を鮮明にしていって───
細く鋭い頭部。そこに輝く、冷たい碧眼。銀色の鱗に包まれたそれは、どこか生物感のない異質な輝きに満ちていた。あの手に見えた何かは、どうやらこの生物にとっての翼に当たるらしく。その銀色の背中から一対、天を穿つように伸びている。その下には四本の足が生え、細く長い尾が大地を撫でるように音を立てた。
落ちてきたのは、流星───などでは、ない。まるで見たことのないモンスターだったのだ。
「にゃ……にゃ……何、あれ……」
腕の中のイルルは、怯えるように身を震わせていた。休息の時間を、突然の衝撃と共に訳の分からないものに邪魔されたのだ。驚くな、という方が無理があるだろう。
幸い、俺とイルルが踏ん張ったおかげで背後の鍋は無事だった。しかし軽い砂時計は全て吹き飛ばされ、今や見る影もない。安くはない品だったが、流石にあの衝撃には耐えられなかったのか───
「……ッ!」
不意に、奴がこちらを見た。じろりと、その冷徹な碧眼を俺の方に向けてくる。
瞬時に構えた俺の頬。そこに、嫌な汗が垂れる。
まさか、狙いは俺の背後の鍋だろうか。あまりにも美味そうに見えて、ここに降りてきてしまったのか。いや、それは考えにくい。確かにこのパエリアは、モンスターでも唸るような良い香りを出しているが───
グツグツと、焚火の火に煽られてはその身をさらに焦がすパエリア。炒めていた時のからっとした香りとは違い、オイスターソースと豆板醤を込めた深く濃厚で、刺激的な香りへと変貌している。その湯気も、煮込み特有の厚く重いものへと昇華していた。
そんな香りだが、流石にこのモンスターが飛んできた超上空にまでは届いていなかったと考える。もっと、もっと何か。もっと別の何かが、奴をこの場所にまで飛来させたのだと思うのだが───
不意に、奴が歩き出した。そうして、動かなくなったイャンクックへと手を掛ける。ふんふんと鼻を鳴らしては、その肉の塊の様子を窺っていた。
「……あいつまさか、イャンクックを食いに来たのか……?」
「にゃ……そ、そうなのにゃ? そ、それなら良かったにゃ……」
「良くない! 良くないぞ全然!」
「にゃっ!?」
イルルを膝から降ろし、俺は腰のテオ=エンブレムを抜刀した。そうしてそのまま、肉を物色する奴の下へと走り出す。
「漁夫の利なんざ認めるかよ! あれは俺の肉だ! 渡さねぇ!」
「だ、旦那さん!?」
「イルル、お前は鍋の方を見ててくれ! 絶対に守れよ!」
「そ、そんにゃあーっ!」
泣きっ面にランゴスタ。そう言わんが如く、彼女は半泣き状態で剣を構え出した。
そんな彼女を背後に、俺は目の前のモンスターへと肉薄する。イャンクックにまたがるその腹に向けて、腰から抜いた勢いのままに。この橙色の刀身を振りかざした。
その衝撃に、奴は勢いよく首をこちらに向ける。そうして少し後ずさり、大きく喉を震わせた。
「キイイィィィィッッ!!」
「……ッ! うるせぇよ!」
金切り音とも言える、その咆哮。金属の中で反響させた鳥の声とでも形容すればよいのだろうか。なんて思うほどけたたましい声だった。張り裂けるように、大気が牙を剥いていた。
かと思えば、奴は突然前へ出る。牙も爪も、俺に振りかざすなんてことをせず。しかし奴は、前に出た。
「……がっ……!?」
突然襲い来る、その衝撃。
上から何か落ちてきた。それは理解できた。しかし、それが何かは、吹き飛ばされなければ分からなかった。
───翼?
そう。奴の、その鋭利な銀色の翼。それが、今度はこちらを向いていた。あの赤い光を飛ばす指先が、こちらを向いているのだ。
まさか、アレを叩き付けてきたとでもいうのだろうか。
「……くっそ! 調子に乗んなよ……ッ!」
体に纏わりつく違和感を感じながらも。痛みで軋む頭に、吹き出る血を無視しながらも。
受け身をとって、再び奴へと駆け出した。
───すると、その翼の向きが突然変わる。今度は、あの鋭利は先端を俺の方へと向けてきた。一体、一体何を───
「……おぅッ!?」
瞬間、飛び出したそれ。僅か一秒も満たない速さで伸びたそれは、俺の眼前へと肉薄する。寸でのところで体を捻ったため、何とかそれを躱すことは出来た。
───出来たのだが、隙だらけな避け方をしてしまった。
「旦那さん!」
「ぐっ……ッ!」
突き出された左翼。俺が躱したその隙を拭うかのように、今度は右翼が飛び出した。それはそのまま、乱雑に着地する俺の腹を穿つ。
ガルルガXメイル。その頑丈な造りもあってか、幸いそのまま肉まで裂かれることはなかった。しかしその刺突の威力は凄まじく、俺の体はそのまま宙に投げ出される。
───そこへ合わされる、あの指先。その掌のような翼が、再び俺の方を向いていた。燃え上がるような赤い色が、俺に狙いを定めるかのように引き絞られる。
そう認識した時には、俺の視界は弾け飛んでいた。
◆ ◆ ◆
「いっつつつ……」
「だ、旦那さん……大丈夫なのにゃ?」
「ま、まぁ何とか……。イルル、まだ俺に触らない方がいいよ」
「にゃ?」
反転し、地面を抉り取った視界。激しい衝撃波と身を引き裂くような痛みを受けては、俺の体は大地に穴を開けたようだった。
一方の、奴。身体を起こした頃には、奴の姿はもう見当たらない。イルルが言うには、イャンクックの身を四肢で挟み、背中の羽で飛び立ったそうだ。まるでグラビモスのブレスのような、そんな勢いだったと。彼女は遠い目をしながら語っていた。
───それにしても、この感覚。俺の体を蝕むこの感覚は、淆瘴啖の時のとよく似ている。どこかで感じたような、とは思っていたが───
「……これ、龍属性だな」
「にゃ?」
「龍属性が俺の体に滞留してる……。うえぇぇ頭いってぇ……」
「だ、大丈夫なのにゃ……?」
「あー、まぁ。慣れてるし。ほっときゃそのうち大気に溶けるから、まぁ大丈夫だろ。それより、あの鍋は無事か?」
「にゃ、大丈夫にゃ。あの子、この鍋には全く興味を示さなかったにゃ……」
「へぇ……それはまぁ、不幸中の幸いだなぁ。……でも、イャンクックは持って行ってしまったと」
「にゃー。狂竜化していた方を、だけどにゃ……」
そう。イルルの言う通り、なくなったのは狂竜化したイャンクックの方だった。
この未知の樹海に現れたイャンクックは二頭。しかし、正常な個体は俺が解体してしまった。原型のまま残っていたのは、狂竜化して痛んだ方のイャンクックなのだ。
それをわざわざ、あのモンスターが持って行ってしまったという。一体何を考えているのだろうか。
「……旦那さん、鍋の方はどうにゃ?」
「……これ、丁度良い感じ。何だよあいつ、まさか時計の代わりをしてくれたってか?」
龍属性の浸食を防ぐと言われている、ウチケシの実。それを幾つか摘まみながら、俺は鍋のフタを開けた。
渋く、辛く、不思議な刺激臭のするその味。抵抗感のないその感触は、噛む度にその果肉を頼りなく潰していく。そんな、何とも食べ甲斐のない味だった。
一方、そのウチケシの実の不味さを打ち消すような、魅惑に満ちた香り。フタを開けるや否や、その鍋からやっと解放されたと言わんばかりにそれは溢れ出た。
「にゃああぁ~。良い香りだにゃあ!」
「……出汁も全部米が吸ってる……お焦げも良い感じに出来てる。完璧じゃん、あいつ」
「にゃー、運が良かったか悪かったか分かんにゃいにゃ」
「いや、悪かっただろ。俺痛い目みたし、砂時計どっかいったし」
パエリアの香りを存分に嗅いで、幸せそうにイルルは顔を緩ませる。そんな彼女と軽口を交わしつつ、俺は紙皿にパエリアをよそっていった。薄い紙を通して、その魅惑的な温かさを俺の掌に伝えてくる。
その皿に、スプーンを添えて。ピンと尻尾を立てたイルルに、本日の一品を手渡した。未知の樹海風パエリア、完成だ。
「色々あったけど、何はともあれってな。いただきまーす」
「いただきますにゃ!」
パッと肉球を合わせては、勢いよくパエリアをぱくり。そうしてもぐもぐと顎を動かしては、イルルは目尻をとろんと下げた。逆に口角は大きく上げて、長い髭を
そんな可愛らしい相棒を見ながら、俺もパエリアを口に入れる。さて、この出来栄えはどうだろうか。
瞬間舌を照り付ける、豆板醤の深い香り。生憎タンジアの港のような様々な香辛料を手に入れることは出来なかったため、市販の豆板醤に甘んじてしまったが───しかし、それがインスタントオイスターソースや怪鳥の出汁とよく合っていた。双方、味に深みを出すアクセントである。そこに、豆板醤の辛さと甘さが差し掛かる。それが旨みを引き立てて、結果味の深みを重ねているのだ。
そんな味付けを充分に吸い取ったウマイ米。事前に炒めておいたそれは、パラリパラリとした食感に溢れている。しかし、噛んでみればその食感は一転。もっちりと柔らかい、炊き上げた米の食感を贅沢なまでに歯に練り込んできた。噛んで、味を染み出して。再び噛んで、またその味を楽しんで。そのような味覚の応酬に、俺の顎は堪らなく震えてしまう。時折顔を出すお焦げの食感と、控えめな苦味がまた旨い。パリッと音を立てては、よく焼けた米の渋い香りを引き出してくれる。それがまた良い刺激になって、より一層俺の食欲を掻き立てた。
投入された具材はそれぞれ、非常に豊かな味わいを醸し出す。パラパラに炒めたジャンゴ―ネギは噛むと甘い汁をじゅわっと溢れさせ、キクラゲはカリカリとした歯応えのある食感を顎に刻んでいく。エビは小振りながらもプリプリとした食感をもたらし、貝は甘い脂を舌に塗りたくっていく。そんな蕩ける食感が、これまた米によく合っていた。
「ふにゃあ、美味しいにゃあ……」
「……うんうん。怪鳥の肉も良い感じだな。歯応えもあって、脂も甘くて。柔らかい鳥皮の部分を貝と合わせても旨いや」
「にゃー。色んな味の組み合わせができるのにゃね、これ。とっても美味しくて、楽しいにゃ!」
「エビと米ってのも最高だ。堪らん……!」
甘い怪鳥の脂を楽しみながら、また一つ米を口に入れる。そこにエビを投入すると、強靭な繊維を絡めたようなエビと米のもちもちさが合わさって、顎の感覚が非常に豊かになる。
未知の樹海風とはよく言ったものだが、言ってしまえば有り合わせの素材で作ったただの米料理だ。シー・タンジニャのシェフたちに言わせれば、これはパエリアではないと言うかもしれない。
しかしタンジアの力を借りずとも、未知の樹海の力だけでもこれほどの味を作り出せる。俺はそれを、声を大にして言いたい。
「そういえば、イルル。猫舌は大丈夫か? 結構アツアツだけど」
「にゃー。ふぅふぅ冷ましてるから大丈夫にゃ。旦那さんこそ、頭痛はもう大丈夫なのにゃ?」
「おう。いつの間にか抜けてたわ。頭もすっきりしたし」
「良かったにゃあ。大事にならなくてよかったにゃ~」
安心したように頬を綻ばせるイルル。そんな彼女に微笑みかけつつ、俺はスプーンを置いては右手を閉じたり開いたりした。
俺の体を蝕んでいた龍属性エネルギー。それはもう見る影もなく、いつも通りの俺の手があった。あの忌々しい頭痛も消えている。淆瘴啖を彷彿とさせる、あの鼻を焼くような臭いも既に霧散していた。
「……結局、アイツは何だったんだろうなぁ」
「分かんないにゃ……。でも身体つきからして、飛竜……じゃあないような気がするにゃ」
「そうだな。四本の脚に一対に翼……もしかすると、もしかするかもしれないな。アレは」
「結局、狂竜化したイャンクックを全部持って行かれちゃったけど……。でもまぁ、大きな怪我がなくて良かったにゃ」
「おっと。全部、じゃないぜ? しっかり剥ぎ取ってるんだからな」
憂うように、されど安心したかのように。イルルはそう呟いた。
そんな彼女に向けて、俺はポーチから肉の塊を取り出す。何も、全ての肉をあの謎のモンスターに奪われた訳ではない。少量とはいえ、イャンクックから肉は剥ぎ取っていたのだ。喰えるかどうかはまた別の課題、ではあるが。
───なんて思っていたのだが。
「……あれ?」
「にゃ? どうしたのにゃ?」
ふと、そこから舞い上がる香り。
狂竜ウイルスに感染した肉特有の、グズグズになった刺激臭。酸味のような、渋味のような。そんな鼻を突くような香りを放つのが、狂竜肉の特徴だ。
───しかし、これは。
このイャンクックの肉は───
「……イルル」
「にゃ?」
「前言撤回だ。むしろ、ラッキーだったかも」
「……にゃ、にゃあ……?」
その溢れんばかりの、肉の良い香り。さながら活性化したかのようなその肉の輝きを前に、俺は静かに微笑んだ。
何を言っているのか分からない。そう言わんばかりに首を傾げるイルルに向けて、俺は静かに言葉を繋ぐ。これからの、指針となるであろうその言葉を。
「───イルル。あのモンスターを追うぞ。ひょっとしたら、アレが淆瘴啖を美味しくできる……かも」
「…………にゃ……?」
~本日のレシピ~
『未知の樹海風パエリア』
・樹海の麗水 ……300cc
・ドンドルマ製料理酒 ……40cc
・簡易怪鳥ガラスープ ……30cc
・簡易オイスターソース ……大さじ2杯
・みりん ……大さじ3/2杯
・醤油 ……大さじ3杯
・塩 ……適量
・胡椒 ……適量
・豆板醤 ……スプーン2杯
・ジャンゴ―ネギ ……1/3本
・樹海キクラゲ ……20g
・四つ足ニンジン ……1/4本
・樹海エビ ……6匹
・未知の樹貝 ……4匹
・ウマイ米 ……4合
・怪鳥胸肉 ……60g
久々にどでかいレシピ(`・ω・´)
今までチラチラ空を飛んでいたけれど。とうとう、満を持してXXのメインモンスターの双璧バルファルクくんの登場でした。正直XXの購入を決めたのはこの子がでかかったのが結構ある。BGMが素晴らしく、戦っていて楽しい。純粋に時々遊びたくなる、とても良いモンスターだと思います。
そんな新モンスターが引っ下げてきたスキル:龍気活性。私が注目したのはそれでした。痛んだものを龍気で纏い、活性化させる……(意訳) それがあれば、龍属性でぐずぐずになった肉を活性化させれるんじゃね? 猪の肉が豚よりも臭くクセが強くなるのは、血抜き処理が不十分でその血の味や臭いが残ってしまうから、という見方もあります。封龍剣と臭いイビルの龍属性器官で作られたドロドロ龍属性を、新鮮なバルクの龍属性で浄化しちゃおうぜ!
……なんて、今後の指針が明らかになった回でした。シガレットたちの冒険はこれからだ───!!
閲覧有り難うございました。