モンハン飯   作:しばじゃが

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 神戸の肉まんくっそ旨い。





絶体絶命

 

 

「……イカ焼き」

「はいはい、タレの香り」

「……ベビーカステラ」

「甘い香りですねぇ」

「……たこ焼き」

「何か、タコ小さそう」

「……かき氷」

「うーん、これは氷結イチゴ味でしょうか」

「食い物の匂いにしか反応しねぇじゃねぇかッ!」

 

 ドンドルマの路地で響く俺の声。それが出店の街並みで反響し、人々は何事かとこちらを見る。しかし、今はそれらに反応している余裕などない。

 一方で、様々な色を灯す『導蟲』とかいう生き物。トレッドの持ってきたそれは、痕跡に残された特定の物質や匂いに反応し、それを辿るという生態を有しているのだという。

 しかし、今こいつらが反応するものは、出店に並んだ食べ物の匂いばかり───

 

「シグ、落ち着いてください。この子たちもまだこちらに来たばかりなので、本調子じゃないんですよ……きっと」

「じゃあ早く鼻を慣らしてくれよ! イルルが待ってんだよ!」

「ここは食べ物の香りが蔓延してるのも、原因の一つでしょうね。元々導蟲は、自然界の痕跡ばかりを追ってましたし。知らない匂いが多過ぎるのでしょう……」

 

 困ったようにトレッドはそう言った。

 彼の話では、新大陸調査団とかいう連中はペイントボールを利用しないらしい。その代わりに、この導蟲の性質を利用してモンスターの調査を行うのだとか。故に、自然界の痕跡の匂いを追うことはお茶の子さいさいなのだと思われる。

 しかしこのような市街地で、それも自然界には存在しない匂いが充満しているとなると。それでは彼らも本調子ではいられないのは、無理もないことなのかもしれない。

 

「困りましたねぇ……もう少し、良いものがあればいいんですけど」

「うーん……。この路地って、ドンドルマの深奥付近に位置しててさ、環境的に風通しが悪いんだよな」

「秋風も、あまり通らないんですね。そりゃ、匂いも溜まる訳だ」

 

 風はなく、匂いが溜まる。枯葉なども舞い上がることができず、路地で沈黙し続けていた。

 どこを歩いても、美味そうな香りが鼻を突いてくる。小さな路地だが、出店の数は多く、密度もそれ相応に高い。より濃縮された様々な香りに、俺は思わず顔を(しか)めた。

 ───イルルも、ここを歩いていたのだろうか。あの店主と、出店巡りでもしていたのだろうか。

 俺が、酷いことを言ってしまったから。心ないことを言ってしまったから。彼女も、俺に呆れてしまっただろう。とても傷ついたと思う。もしかしたら、愛想を尽かれてしまったのかもしれない。

 

「イルル……」

 

 ごめんな、ダメな相棒で。

 お前のこと、全部分かったつもりでいた。お互いが理解し合えている、最高の相棒のつもりでいた。だけど、実際は全然分かってなかったんだ。お前が俺のことをどんな風に思ってたか。俺はずっと、勘違いしていたよ。

 でも、でもさ。同時に俺は感じたんだ。お前のことを全然分かってなかったからこそ、もっと。もっとお前のことを知りたい。お前のことをもっともっと知りたくて、たまらない。こんな形で終わりたくないよ。

 ───できることなら、もっと。ずっと。お前と一緒にいたいんだ。

 

「……仕方ない。導蟲が慣れるまで待とう」

「おや? 意外に辛抱強いとこあるんですねぇ……」

「だって、急かしたってしょうがないじゃん。それより、確実に一歩一歩進むことが大切な……ん?」

「うんうん。シグも、ようやく僕の美学が分かってきましたね。そう、それが標的を追い詰めるコツの───」

「……導蟲、反応してね?」

「えっ」

 

 ふと、トレッドの方を見た瞬間。丁度出店街から出つつ、その先の広場へと足を踏み入れた、その瞬間だった。

 突然、ぶわっと導蟲が舞い上がる。その身を照らす光は、先程までのくすんだ色ではない。自信なさげの、弱々しい色ではない。

 ───何とも鮮やかな蛍光色。今までとは段違いの輝きを、その身に灯していた。

 

「……なぁ、トレッド」

「……これです」

「……今度こそ、マジ?」

「今度こそマジです! やっと本調子を取り戻したようですね! これでイルルちゃん探索が捗りますよ!」

 

 嬉しそうにトレッドはそう吠える。自分の持ってきた最終手段が、やっと良い反応を示したのだ。それはきっと、抑え切れない喜びが伴うものなのだろう。

 

「うーん、何だかなぁ……」

 

 だが、俺は少し違和感を覚えていた。

 ついさっきまで、微妙な反応しか示していなかった導蟲だ。それが、突然色を変えた。それも、出店街を抜けた直後に。

 ───これは、本調子を取り戻したというのだろうか。

 

「……あれ?」

「シグ? どうしました?」

 

 ふと、鼻を何かが刺激する。広場の奥から、いつか嗅いだ───いや、飲み込んだ覚えのある香りがする。

 

「……なぁ、トレッド」

「はい?」

「導蟲は、匂いに反応するんだよな? もしかして、嗅いだことある匂いならぱっと反応したりするのか?」

「え? えーっと、どうでしょう……。僕もあまり詳しい訳ではないのですが……うーん」

 

 俺でも、嗅ぎ覚えがあると感じた香り。もしかすると、導蟲も過去に嗅いだことがある香りなのかもしれない。ともすれば、突然反応し出したのも説明がつくような、そんな気がする。

 ───しかし、これは何だ。

 嗅ぎ覚えはある。口に入れたこともある気さえもする。随分と前のことだったと思うけど、それでもとても印象的だった。

 一体、何の香りだろうか。俺の頭は閉じたフタのように、口を固く塞いでしまう。

 

「……シグ?」

「……この臭い、嗅いだことあるんだよ。多分、俺も。何だっけ……」

「イルルちゃんの匂い、じゃないんですか?」

「馬鹿野郎。こんなキツい臭い、イルルの匂いな訳ないだろが。あいつのはもっとふわふわしてて柔らかい匂いなんだ」

「あっ……そ、そうですかぁ……」

 

 若干引き気味にそう返してくるトレッドだったが、今はそんなことどうでもいい。この臭いにこそ、ヒントがあるような気がする。

 いつだっただろうか。思い出せ。思い出せ───

 

 ───淆瘴啖の時か?

 いや、あの時はもっと鉄臭い香りに満ちていたはずだ。ドス黒い血の匂いだった。

 ───オオナズチに会った時か?

 何か、イメージが出てきそうな気がした。でも、違う。これでもないような気がする。

 ───師匠と会って、黒炎王リオレウスに挑んだ時か?

 あの時は、香ばしいタンの匂いしか鼻に残っていない。

 ───もっと前の、バルバレにいた頃だろうか?

 

 タンジアからバルバレに流れてきて、安い住居を介してはギルドと猟場を行き来する日々。下位ハンターとして一から始めて、色んなモンスターを見てはその味を確かめてきた。

 そんな何でもない日々の中、ある日氷海に行って。その時イルルと出会ったんだ。フルフルに襲われていた彼女を、見つけたんだ。

 それからは、いつも食卓にイルルがいた。あいつと一緒に冒険して、狩りをして、モンスターを食べて。それは俺が上位に昇進しても変わらなかった。

 遺跡平原の、火竜の巣。そこからくすねてきた卵を、キャンプでオムレツにした日。そこから帰ってきて、我らの団料理長のところでごちそうになって。その日は、オリジナルのホットドリンクを作ろうと意気込んで。

 ───そうして、初の試飲ということで氷海に持ってきたあの日。

 ティガレックスの討伐依頼を請け負って、勢いよくそのホットドリンクを飲み込んだ、あの日。

 

「……あ」

 

 そうだ。そうだった。この臭いは、あれだ。

 この薬品臭い、鼻に突く香り。俺をあのまま夢の彼方へと送りやった、あの香り───

 

「おーい、シガレット。トレッドさーん」

 

 突然目の前に現れた、橙交じりの金髪。リオレウスの鎧を身に纏ったその少女が発破となり、俺の頭を塞いでいたフタは、勢いよく弾け飛んだ。中に溜まった水蒸気が、いよいよ収まり切らなくなる。そんな、激しい勢いで。

 

「分かったあああぁぁぁぁッッ!!」

「うわっ、うるさ……」

「えっ、何、どうしたの」

 

 しかめっ面で耳を塞ぐトレッドと、顔を見るや否や突然叫んだ俺に困惑する彼女───ヒリエッタ。

 しかし、今はそんなことに構っていられなかった。一人ひとりに反応していられなかった。

 

「この臭い、あれだ! 捕獲用麻酔薬だ!」

「えっ?」

「俺それ飲んだことあるもん! めっちゃどぎつかったもん! 間違いねぇよ!」

「え……じゃあ、導蟲はイルルちゃんに反応した訳じゃ、ないんですか……?」

 

 信じていたものが真実ではなかった時。人は酷く絶望する。そう言わんが如く目を見開いたトレッド。ヒリエッタは、話の流れについてこれていないせいだろうか。きょとんと、首を傾げていた。

 

「バッカ! これじゃあ意味ないだろ! イルルの匂いに全然反応できてないじゃんかこの蟲!」

「むっ……むむ。どうしてでしょう……やはりドンドルマでは環境の条件が違い過ぎるのでしょうか」

「あーギルドナイト様がねぇ。天下のギルドナイト様がこんな使えないとはなぁ!」

「あぁん……? 聞き捨てならないんですけど……? 使えないのは、何も出来ずお菓子作りに励む君じゃないんですか?」

「んだとこのハ……は、はんぺん野郎ッ!」

「黙れ爛れた精子が。練り潰しますよ」

 

 互いに苛々が募っていたためか。お互いに腹いせをし合おうと、罵る言葉が加速する。思わず青筋が浮かんでしまいそうになり、トレッドに皺寄せた眉間を向けた。彼も同様に、その細い目を薄く開けては俺を睨みつけている。

 ───そんな中に、おずおずと飛んだか細い声。若干引き気味のヒリエッタが、小さな声を上げた。

 

「あ、あのさ……こんな出店街に麻酔薬の臭いがするなんて、不自然じゃない? ここらで売られてるってのも、ハンターがこんなとこで使うのも変だと思うし。……それより、これがさ……」

「……まさか、麻酔薬を使ってイルルちゃんを捕らえたと……?」

「うん……そう考えるのが自然だと思う」

 

 こんなことは言いたくない。そう言いたげなヒリエッタだったが、確かに彼女の言うことは一理ある。

 このような場所で麻酔薬の香りがするのは、非常に不自然だ。一般の人間やハンターなら、ここで利用する訳がない。モンスターだって、こんな場所には滅多に現れないのだから。仮に現れたとしても、ここ最近ではそんな情報も、痕跡も全くなかったのだから。

 ───つまり、イルルはここで麻酔を入れられた。そうして眠らされたところを、誘拐された?

 

「ってことは、この麻酔の臭いを辿ればいいんじゃないか?」

「うーん……どうやら、臭いが弱いみたいです。もしかすると、投げナイフか何かに麻酔を浸して使ったのか、それとも麻酔弾を使ったのか。どちらにせよ、臭いが弱すぎるようですね……」

「えぇ……」

 

 結局、導蟲は覚えのある香り───つまり捕獲用麻酔薬に反応しただけだった。イルルの匂いに反応したという訳ではなく、なおかつ麻酔薬の臭いも弱いために追跡ができるほどでもない。

 こんなところで、再び壁に直面してしまった。またもや八方ふさがりになってしまうなんて、我ながら情けない。

 

「……とりあえず、お腹空いたでしょ? 肉まん買ってきたから、これ食べて少し頭休めよう?」

 

 宥めるように、ヒリエッタは丸く膨らんだ包み紙を渡してくれた。

 仄かに白い湯気を振り撒き続ける、アツアツのそれ。ずしっと手にかかるその重みから、中にまでぎっしり具が詰まっていることがよく分かる。そんな、何とも魅力的な肉まんだった。

 

「さっきそこの出店で買ってさ、シガレットの家にひとまず戻ろうとしてたんだけど……ね」

「そう……か。……ヒリエッタの方は、何か収穫あったか?」

「……ごめん」

「……いや、こっちこそ……ごめんな」

 

 申し訳なさそうに目を伏せるヒリエッタ。そんな彼女を前にして、俺の心は痛みを訴える。きっと、彼女もドンドルマを必死に探し回ってくれていたのだろう。若干、目の下に隈が浮かんでいるのが、それを如実に物語っていた。相変わらずのお人よしだが、今はそれが俺の心を痛ませてくる。

 導蟲を使った手も駄目だった。次の手を考える時間が必要である。そのためにも、腹ごしらえをしなければ。気付けば、昨日から何も食べてない。結局あのカスタードも、味見すらしてなかった。

 

「……いただきます」

 

 包み紙を開けてみれば、途端にむわっと香りが溢れ出す。紙で出来た密閉空間の中で、溜めに溜めたこの香り。生地と肉の香りを濃縮した、何とも味わい深い香りだった。

 生地は、真っ白ではなかった。肉まん特有の白く張りのある生地には、うっすらと色がついている。それは黄色なのか、茶色なのか。何とも判断しにくい色だった。そう。例えるなら、魚の煮付を作る際に乗せた紙が、煮汁を吸って染まったかのような、そんな色。

 それが、ふわりと俺の口内に舞い降りる。もちもちと言うよりは、ふわふわだろうか。見た目は張りがあるものの、食感は随分と柔らかい。逆に言えば、弾力性はやや薄かった。それがまるで歯の隙間を塗りたくるように、口内へと染み込んでいく。

 

「……ん?」

 

 不思議なことに、生地に味があるのだ。肉まんの生地といえば、ほとんど味がないのが特徴だ。故に肉と口の中で混ぜ合わせることが、一番の醍醐味とも言える。しかし、この肉まんはどうか。出汁を充分に吸ったかのような、そんな深い味が広がってきた。甘みと旨み。控えめながらもそれらに満ちたこの味は、生地特有の味のなさなど見る影もない。

 その奥から出てくるのは、ぎっしりと詰まった肉。甘い出汁で丁寧に蒸かしたその肉には、切り身となったドスシイタケやオニオニオンなどが溶け込んでいる。嚙み応えのある脂身部分をよく利用した肉のようで、噛む度にかりっとした歯応えを歯に残していった。それが、より鮮明に柔らかい生地との色を分ける。そのギャップが、食欲を加速させた。

 

「……美味しいですね、これ」

「ね、生地もとっても甘くて美味しい。……あ、そういえばル-シャの分もあるんだけど、あの子は今どこにいるの?」

「彼女なら今シグの家でカスタードを作ってますよ」

「えぇ……何やってんのよ……」

 

 呆れるような声を吐くヒリエッタ。そうして、また一口肉まんを(かじ)る。トレッドも、自らを落ち着かせるように肉まんを咀嚼し続けていた。

 肉と生地を、口の中で混ぜ合わせるのが醍醐味。それは、生地に味がついていても変わらない。どころか、その生地の風味がより一層肉の旨みを加速させる。噛めば噛むほど、風味が重なっていく。

 ───こんな美味しい肉まんが、家の近くで売られていたなんて。俺は知らなかった。本当に、知らないことばかりだ。

 

「……これも、イルルに食べさせてやりたいなぁ……」

 

 ふっと漏れたそんな言葉。

 それを聞いては、そろそろやばそうだと言わんばかりに、二人は眉を曲げる。ひそひそと、何かを話し出しては、憐みの視線を投げかけてきた。

 しかし、今はいちいち反応している余裕はない。ただ、イルルが恋しい。それだけだった。

 何となく見つめた、広場にあるベンチ。導蟲が反応した、年季の入ったそのベンチ。日の光を浴びては妙に白く光るそれを、俺は何となく見つめていた。

 風が吹かず、埃の溜まったこの広場は、風の鳴き声すら上げることはなかった。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 旦那さん。

 旦那さんに会いたい。

 ただ、ただ。ただただ旦那さんに会いたいのにゃ。

 

「……旦那さん」

 

 何となく、名前を呼んでみる。

 でも、それに応える声はない。当たり前だよね。だって、ここに旦那さんはいないんだもん。

 ひとしきり騒がしくなった店主さんたち。それ以外には、ボクの首輪から伸びた鎖が軋む音しか聞こえない。目の前は薄暗く、外の光も感じないにゃ。ただロウソクが淡く光っているだけで、今外は夜なのか、昼なのか。それすらも分からない。

 店主さんは、明日と言っていた。でも、外の時間なんて分からないから、今が昨日なのか今日なのか、それとも明日なのか。全然、全然分からないのにゃ───

 

「……話し声が、一人増えてるような気がするにゃ……」

 

 もしかしたら、それがあの解体人というものなのかもしれない。だとしたら、もう今日は明日になっていて。それはつまり、ボクはもうすぐ解体されてしまうということで。

 そう考えるだけで、心が締め付けられるように痛む。尻尾が立ち上がらない。毛がぶわっと膨らんでしまう。

 

「怖い……怖いよぉ……」

 

 ボクの体は、あの人たちにバラバラにされてしまうの?

 あの人たちに好き放題されてしまうの?

 あの訳の分からない楽器にされてしまうの?

 ───まるで、モンスターみたいに。

 

 今まで、深く考えたことはなかった。モンスターを武器や防具にすることに、特に疑問を抱いたことはなかった。だって、それが当たり前だったんだもの。ボクが生まれる前から、みんなそうやって生きてきたのだから。

 だけど、いざ自分が解体される側になると、ボクの心は情けなくしぼんでしまう。

 

 モンスターたちも、こんな気持ちだったのかな。ハンターを見るとすぐ襲ってくるのも、自分がバラバラにされないために必死だったからなのかな。

 料理も、一緒にゃ。ボクたちは生き物をバラバラにして食べている。装備を作るのと、何も変わらない。そうしなきゃ、生きていけないから。

 ───今なら、あのモンスターたちの気持ちも分かるかもしれない。

 怖い。とっても怖いの。人間って、こんなにも怖かったんだ。

 

「にゃあぁ……旦那さん……旦那さん……っ」

 

 おかしいよね。それでも助けを求めてしまうのは、旦那さんなの。彼も人間なのに、ハンターなのに。人と並ぼうとするなんて烏滸がましい。そんな風に罵られても、やっぱりボクは彼のことを求めてしまう。だって、ボクは貴方のことが好きだから。

 その大きな手で撫でて欲しい。

 温かい声で、ボクを甘やかして欲しい。

 眠くなったボクをそっと抱き上げて、ベッドで寝かしてくれる旦那さん。隣で横になって、静かに布団をかけてくれる旦那さん。あの「おやすみ」と言ってくれる、貴方の優しい顔が、今は何よりも見たい。

 

 ───ボクは、いつから旦那さんのことが好きだったのかな。

 初めて認識したのは、凍土で淆瘴啖に会った時だと思う。旦那さんが死んじゃうかもしれないと思った時、ボクはこの人のことが本当に大切なんだと気付いたの。

 でも、ひょっとしたらもっと前からなのかも。大鍋をお風呂にした時や、モノブロスをホイル焼きにした時。グラビモスをシチューにした時かな。それとも、初めて布団に入れては抱き締めてくれた、その時かもしれない。ずっとずっと、好きだったのかもしれないにゃ。

 

 でも、ごめんなさい。ボクは自分に自信がなくて、勇気がなくて。ずっと本当の気持ちを言うことから逃げてました。

 アイルーが人間のことを好きになるなんて。人間の男の人を愛してしまうなんて、本来ありえないんだもん。この想いを伝えたら、きっと旦那さんは困ってしまう。ボクは、避けられてしまうかもしれない。もしかすると、嫌われてしまうかもしれない。そう思ったら、とてもじゃないけど言えなかった。

 それでもちゃんと伝えようと勇気を出したけど、空回ってしまったのも、ごめんなさい。手紙、結局完成させられなかった。旦那さんに渡すこともできなかったのにゃ。

 伝えようとして、頭が一杯になっちゃって、旦那さんと喧嘩しちゃって。本当に、本当にごめんなさい。

 

 もう、我儘は言わないのにゃ。

 旦那さんの言うことはちゃんと守るし、自分の気持ちを知ってほしいなんて子どもみたいに泣いたりしない。

 貴方の隣にいたいなんて言わないにゃ。ルームサービスでも雑用でも、何でもいい。旦那さんの邪魔はしないようにするから。貴方の世界の、本当に端っこでもいいから。そこで生きることを許してください。貴方を見ることのできる範囲で生きることを、許して欲しいのにゃ。

 ───もうボクには、旦那さんしかいないから。

 

 

 

 

 

「……さて、始めようかァ」

 

 うずくまるボクに向けて、聞いたことのない声が飛んでくる。腫れた目を向けると、ロウソクとは比べ物にならないくらい眩しい光。ユラユラと揺れる炎を呑み込んだカンテラが、この暗い部屋を照らしていた。

 その光に当てられた、見覚えのない影。ユクモ風の衣服に身を包んだ男の人が、ボクの前に歩み寄ってきた。

 

「ようネコちゃん。俺がお前の解体人だ。君はイルルちゃんで合ってるかィ?」

「…………」

「ふっ。全く、お高くとまっちゃってェ。毛並みがいい子はプライドも高いんかねェ」

 

 無精髭を蓄えたその人は、深く刻まれた皺を曲げながら、不敵な笑みを溢している。

 服の上には黒い髪を、頭の高い位置でひとまとめにしていた。大柄でも小柄でもないその体に背負うのは、これまた長い太刀。それを眩しいカンテラの光で照らしながら、鋭い目でボクをじろりとみる。

 その目は、店主さんと一緒だった。ボクを道具としか思っていない、人間の怖い色。思わず、尻尾が膨れ上がる。

 

「俺はアスマってんだ、よろしくな。……じゃ、ちゃっちゃとやっちまうかねェ」

 

 そう言うと、奥から男の人が三人現れる。一人は店主さん、もう二人は同じくシャドウアイをつけた、大柄の男の人。剃り上げたそのスキンヘッドが、カンテラの光を淡く灯していた。

 そんな彼らが、勢いよくボクを抑えつける。慌てて抵抗しようとしたけれど、首輪と鎖のせいで逃げることができない。爪を振るおうにも、彼らのアームガードを裂くことはできなかった。

 

「離して! 離してにゃっ!」

「どうどう、そう暴れるなって」

「さぁネコちゃん、まな板にいこうねぇ」

 

 まな板。スキンヘッドの人がそう呼んだのは、彼らが運んできた木製のテーブルだった。

 ───鼻を抉るような、血の臭いがしたにゃ。それどころか、そのテーブルにはドス黒く染まった赤色がこびりついている。死の香りが、より一層濃くなった。

 

「……っやだ! いやっ、いやにゃあっ!!」

 

 怖い。怖くてたまらない。あそこで、一体どれだけのアイルーが悲鳴を上げたんだろう。そう考えただけで、ボクの頭は真っ白になった。

 体中から水分が溢れ出る。

 呼吸がおぼつかない。

 動悸が収まらない。

 

 でも、大人の男の人の力はとっても強くて。旦那さんのような、優しい抱き上げ方じゃない。ボクの手足をきつく握って、暴れないように持ち上げてくる。体中がとっても痛いのにゃ。

 

「お願い……やめてっ、やめてよぉ!」

「何をバカな。こんな金になること、やめる訳ないだろぉ?」

「オラ暴れんな! 手ぇ出せ、手っ!」

 

 ろくな抵抗もできないまま、ボクはテーブルに押さえつけられた。胸を押し付けるその手が、とっても痛い。骨が軋む。息ができない。

 そうして力が抜けたボクの手足を、店主さんがベルトで縛り上げる。右手につけられたベルトは、そのままテーブルの足に括りつけられたロープと繋がっていて。同様に左手、右足、左足にそれぞれ別のベルトが喰らい付いた。

 ようやく押さえつけられていた手が離されて、ボクは荒く息を吐き出す。喉が熱い。ガラガラと、嫌な感触が走っている。でも、そんなことには気を回していられなかった。

 両手両足が縛られている。身動きができない。

 ───逃げられない。

 

「……じゃ、俺は見張りの方いっとくぜ」

「あぁ、頼んだぞ」

 

 スキンヘッドの片割れが、おもむろに踵を返しては壁の方へ歩いていく。よく見ればそこには壁に備え付けられた梯子があって、彼はそれを登っては上層に上がっていった。

 一方で、満足気に頷いていた店主さん。ご機嫌な様子で鼻を鳴らしては、ボクの頭を荒く掻き回す。

 

「これからもよろしくな、イルルちゃん」

「……はぁっ、はぁっ……にゃあぁ、これ、から……?」

「これからもお世話になるつもりって言ったろ? いい三味線になってくれよな」

「う、うぅぅ……やだ、やだぁっ! 嫌っ、いやだよ、旦那さん! 旦那さんっっ!!」

 

 もうなりふり構っていられなかった。恥も外聞もかなぐり捨てて、ボクは大声を上げた。自分の力ではどうしようもできない。大好きな人に、助けを求めるしかできない。

 ───その人は、ここにはいないのに。

 

「はははァ、おかしな奴だ。ここにはお前の主人もいない。お前はもう、俺たちの商品なのさァ」

「商品なんかじゃないっ! ボクはアイルーにゃ! 楽器になんてなりたくないのにゃあ!」

 

 必死に叫ぶボクだけど、この人たちはどこ吹く風で。スキンヘッドのおじさんは、後ろからボクの頭に布を被せてきた。

 

「うるせぇネコだなぁ……これでも被ってろ」

「ひっ……やだっ、やだよぉ……」

「おぉ、いいじゃないか。何も見えないってのは、それだけで充分恐怖だからなァ」

「おうおう、静かになっちゃって。じゃ、アスマさん。さっさとやっちまいやしょうや」

「よしきた。ほんじゃァ、パパッと剥いじゃおうかねェ」

 

 真っ暗。真っ暗な世界。

 目を閉じていても、開けていても真っ暗な世界にゃ。例え目の前が見えたとしても、そこにいるのはあのおじさんたちで。本当に真っ暗な世界だった。

 

 ───もう、ダメにゃ。

 

 せめて、最後に。最後に、旦那さんに会いたかった。あの優しい笑顔に触れて、わしゃわしゃと撫でてほしかった。

 

 旦那さん。

 

 ごめんね、旦那さん───

 

 何か重いものが落ちてくる。そんな鈍い音が響くのを感じながら、ボクは何も映さない目を閉じた。

 

 

 

 

 ────人のように重いもの。そう、あのスキンヘッドのおじさんくらいの。それが奇声を上げながら、落ちてくる音。

 

 






 神戸の肉まん、マジで旨い。


 商店街にあったんですけどね、ほんとに美味しいんですよね。生地に味があるとここまで変わるのかって感激しましたもん。肉まん嫌いだった同行者も、「これはいける」と絶賛してました。機会があればまた行きたいもんですねぇ。

 さて、そんな肉まんですが、レシピは謎ですし多分企業秘密でしょうし、本日のレシピは今回もなしです。ていうか、多分次回もなしです。ちょっとストーリー性を入れ過ぎると飯テロが難しくなる。何というジレンマ。でもこのシーン書きたかったからなぁ。
 とあるモンハン作品で私がむちゃくちゃにリスペクトしてるものがあるんですが、少しそれに似通った展開になってしまったかもしれません。既視感を覚えた読者様もいらっしゃるかも。その時は……すいません!

 さて、次回は……「完成! 極上の三味線!」
 再来週もまた見てくれよな!(GKU)

 グレーテル様からイラストをいただきました! ヒリエッタちゃん。しかも新装備。この鎧の姿を描いていただいて、もう感無量です(`・ω・´)

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