モンハン飯   作:しばじゃが

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タンジア時代が懐かしいです。





生きることは食べること

 

 

 タンジアの港は、その日もにぎやかな喧噪に包まれていた。

 

「へい! 揚がったよ! 今朝の漁は貝がよく獲れたぜぇ!」

「いらっしゃいいらっしゃーい! うちの魚は安くしとくよ!」

「そこのお兄さん! 一晩どう? 休んでかない?」

「女帝エビのロースト、焼き上がったよ! 注文してたあんちゃん、どこだい!」

 

 ロックラック地方で唯一"G級"を取り扱うのは、ここタンジアの港に位置するハンターズギルドタンジア支部だ。それはこの街が地方の要所という他ならない事実である。それ故この街は、人々の往来と船舶の出入りでいつも満ち溢れていた。

 最も活気づいた港――誰もが、海に聳える灯台と共に、この街を誇りに感じている。

 ただ、だからといって良識に満ちた人間ばかりが集まるという訳ではなく。

 

「――あぁ!? おかしいんじゃねぇのかそれ!!」

 

 街の奥の、人々がごった返しになっている中で響く、野太い声。

 

「俺たちは死ぬ思いでクエストをこなしたんだぞ! それなのに、報酬がこの額っていうのはどういうことだ!?」

「ですから、クエスト前にも説明してたじゃないですか! 捕獲した場合に報酬が上乗せされるって」

「いや、聞いてないねぇそんなこと。僕たちは、狩猟さえすればその報酬分がもらえるって話しか知らないなぁ」

「おうよ! ちゃんと狩猟してきたじゃねぇか。報酬満額払えよ!」

 

 二人組の男が、声を荒げていた。

 統一したように、二人とも火竜の防具を身に纏っていた。火竜を仕留めたともなれば、熟達したハンターであることの証となる。それが、彼らの声を大きくさせるのか、彼らは報酬に対する不満を受付嬢へとぶつけていた。

 

「働いたからには報酬を払ってくれないと困るねぇ……」

「詐欺じゃねぇか! ギルドが詐欺なんかしていいのか?」

「依頼書に印を押したことで、契約の内容には同意したってことになるんですけど……! そんなこと言われても、こっちが困ります!」

 

 そう言って反論するのは、おさげにした金の髪と波風のように澄んだ碧い瞳が美しい、受付嬢のキャシーだった。他の受付嬢がたじろぐのに代わり、毅然と主張を退けている。

 丁度、酒場にはギルドマスターがいなかった。彼の不在に乗じて、このハンター二人は言いがかりをつけたのだろう。

 

「おめぇ……何でも言えばそれで通るって思ってんのか? 同意だぁ? 聞かされてねェのに同意っておかしいだろ!?」

「それもこちらはちゃんと説明してます!」

「ふぅん……説明"は"してたかもしれないけどねぇ、こちらがそれを聞けてなかったなら、それは説明と言えないよねぇ。そちらの不手際ではありませんか?」

「そんなこと……!!」

 

 言い淀んだ彼女の胸倉を、声を荒げる大男が掴む。筋骨隆々なその腕に引き寄せられ、彼女は小さな悲鳴を上げた。

 

「屁理屈ばっかこねんなよ、嬢ちゃん……その可愛い顔を、めちゃくちゃにされたくはないだろ?」

 

 暴力と脅しに出たその男に、周囲がざわついた瞬間だった。

 止めるべきか、と躊躇う人の群れを、一人の青年が掻き分ける。

 

 ナルガシリーズを身に纏った白髪の彼は、背の剣斧をカウンター横の壁に立てかけると、一歩下がって理知的に振る舞う男の肩へと手を掛けた。

 

「ん……?」

「邪魔」

 

 振り向かせるように肩を引き、その兜ごと、頬骨に向けて拳を振り抜いた。

 吹き飛ぶ相棒を目で追う大男の、その後頭部に向けて、防具で包んだ足の裏が叩き付けられる。

 

「……後ろ、詰まってんだよ」

「シガレットさん!」

 

 迅竜を模した仮面をつけたその青年を、キャシーは歓喜の表情でそう呼んだ。

 シガレット。タンジアギルドの"上位"ハンター。

 

「ぐっ……てめぇ!」

「いちゃもんつけるなら余所でやれ。ギルドマスターに言え」

「んだと……っ!」

 

 大男は、ためらわず拳を振り上げた。赤い飛竜の籠手が、風を切ってシガレットへと迫る。

 彼は、顔をずらすだけで拳を躱した。右頬を狙ったそれは、彼の頬の横を、肩の真上を通り過ぎる。振り抜いた拳を収められず、大きな隙を見せる火竜装備のその男。冷や汗を垂らすその頭に向けて、シガレットは右手を当てた。

 そのまま、地面へと叩き付ける。勇猛なレウスヘルムの後頭部が、嫌な悲鳴を上げた。

 

「ひっ……」

 

 相棒が地に伏せてしまい、理知的な男はたじろいだ。

 彼に挑もうとはしない。この男も、彼の噂はよく知っているのだから。痛む頬を押さえながら、淀む心を言葉に変える。

 

「シガレット……! いつもいつも、暴力に訴えるのか君は……!」

「いちゃもんつけるお前らとどっちがマシだ?」

「酒場で騒ぎがあれば、いつも君が全員殴り倒す……! 殴れば全て思い通りになるとでも思ってるのか!」

「どうでもいいけど俺もクエストの報告をしたいんだよ。早くどけ」

 

 そういう彼の左手には、乱雑に握り締められた依頼書があった。

 至極真っ当なその理由に、男はたじろぐものの――白髪の彼の後ろから現れた糸目の男の言葉に、反論する機会も奪われる。

 

「僕も、同じく待ってるんですよ。早くどいてくれませんか?」

 

 フロギィ装備のその男は、たかがフロギィと侮ることなかれ。見覚えのないその衣装は、G級ハンターであることの何よりの証明であった。その背に担がれるライトボウガンも、また上位のそれとは異なる。その事実は、火竜の男にのびた相方を担がせる十分な理由になった。

 

「く、くそっ……」

「いちゃもんつけるからですよ。依頼を全て達成できなかったのに報酬をよこせだなんて、反吐が出る」

「…………」

 

 バツが悪そうに立ち去る背中に向けて、そう吐き捨てる糸目の彼を、シガレットはじっと見つめる。

 まるで印象のない男だった。またすぐ忘れるだろう、彼はそう思った。

 

「ふぅ~、全く困ったもんですね。いやー、助かりました! シガレットさん、トレッドさん!」

「いえいえ、礼には及びませんよ」

「依頼書。処理頼む」

 

 キャシーの言葉に、トレッドと呼ばれた糸目の男は柔和に応える。

 一方のシガレットは、依頼書を彼女に突き付けたまま踵を返した。

 

「え~、もう行っちゃうんですか? 報酬の計算とかは……」

「任せる。また同じような依頼が来たら連絡してくれ」

「ぶー。愛想ないんだから~」

 

 剣斧を背負い直し、雑踏に消えるその背中。それを見ながら、キャシーは不満げに頬を膨らませた。

 トレッドと呼ばれた男は、同じようにシガレットの背中を見る。

 

「随分、人相手に慣れている様子ですね、彼」

「そうですね~。元々港町なんで荒っぽい人が多いんですけど、中でも彼が一番ですね。喧嘩魔ですよ、喧嘩魔」

 

 いつも荒っぽいんだから。

 と、か細い声で付け加え、キャシーはどこか上の空の様子で言葉を区切る。

 

「……あんなに慣れているのは、珍しい。面白そうな人だ」

 

 トレッドは、そう言いながら笑った。

 屈託のない表情だった。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 海は夕陽を浴びて、橙色を帯び始める。

 水面にはきらきらと反射するいくつもの光を波に浮かべ、それを穏やかに陸地へと贈っていた。

 夕方になれば、漁に出る船は一隻もおらず、多くの漁師は酒と食事に明け暮れていた。一方のハンターは、夜に姿を現す獲物に向けて、武器を研ぐ。

 このタンジアの酒場には多くの人がごった返しになり、随分とにぎやかな風が吹いていた。

 

「…………」

 

 そんな喧噪に背を向けて、酒場に隣接する『シー・タンジニャ』の一席を陣取るシガレット。

 きらめく水面を眩しそうに見つめながら、骨についた肉を噛み千切る。

 

 

 ――復讐にかられてんのか、お前は。

 

 ――モンスター相手に復讐だぁ? それこそお門違いって奴だ。

 

 ――恨み恨まれなんて考える生き物は、人間くらいだろうなぁ。

 

 ――ハンターやるってんなら、そういう感情を切り離せ。じゃなきゃ話にならん。

 

 

 師匠の言葉が、彼の頭の中で反響していた。

 長年過ごした獣人の集落を後にし、師匠とも喧嘩別れのような形で、彼はこのタンジアの港にやってきた。

 一匹のモンスターを追い求め、とにかく目の前の獲物を狩る毎日。気づけば、彼は上位ハンターになっていた。例のモンスターの目撃情報は、未だ挙げられていない。ただの恐暴竜として処理されているのだろうか。恐暴竜自体の討伐依頼もあまり多くはないため、彼は空回る日々を送っているのだった。

 

「……一体、いつになったら」

 

 なんてぼやいていた、その時だ。

 

「君、一人? リノプロスの卵運搬の依頼に興味ない?」

 

 若い女性の声が響く。

 かと思えば、それに続いて防具の擦れる音が二重、三重になって鼓膜を逆撫でした。

 

「俺らのパーティー、一枠空いててさぁ。お、君は剣斧使いか。珍しいな!」

「一緒にやろ! 報酬は山分けでさ!」

 

 三人組のハンターが、彼の背後に立っていた。卵運搬の依頼書を突き付けながら、その中の二人がまくし立てる。

 矢継ぎ早なその言葉が、彼を思考の海から無理矢理引き上げた。

 遮られたも同然のシガレットは、彼らと視線を合わせることすらしない。何か返す訳でもなく、海を見ながら肉を噛む。

 

「……えと、あのー……」

 

 最初に声をかけた女性が、おずおずと再度話し掛けるものの、シガレットは答えなかった。

 

「……なんだよアイツ!」

「無視ね……。感じ悪いな~」

「ほっとこうぜあんな奴。他の人探そうぜ」

 

 誘いを無下にされては憤慨する二人。

 一方で、黙っていた三人目のハンターは、シガレットの姿をじっと見て、思い出したかのように口を開いた。

 

「……アイツ、もしかして"左目潰し"じゃないか?」

「え? あれが……?」

 

 その言葉に、シガレットは若干眉を動かすものの――生憎夜闇と彼の揺れる前髪によって、三人組のハンターに気付かれることはなかった。

 

 左目潰し。

 タンジアで活動するハンターにとっては、有名人だった。

 報酬もリスクもまるで省みず、ただ憂さ晴らしのようにモンスターを殺すハンター。毎回、強迫観念染みた様子でモンスターの左目を潰すことから、そう呼ばれていた。

 特定の誰かと組むことはない。一人でも、成り行きでできたパーティーでも、彼の態度は変わらない。彼が考えていることは、モンスターを仕留めることだけ。実力はあるが、近寄りがたい。おまけに手が早い。多くのハンターは、彼に近づこうとはしなかった。

 

「……危ない雰囲気の奴ね」

「同じように、不穏な奴らに利用されてるって噂も聞くぜ」

「どういうこと?」

「アイツを連れてけば楽して仕留められるって、報酬稼ぎに利用しようとする奴がいるとか何とか」

「……そんなのに、釣られるの?」

「モンスターを仕留められさえすれば、何でもいいんだってさ。行こうぜ。俺たちの関わる相手じゃない」

 

 そう言って、三人組は雑踏の奥へ消えていった。

 シガレットは、何一つ構うことなく、肉を食べ終える。残った骨は、そのまま海へ投げ捨てた。

 そんな彼の横に、勢いよく腰を下ろす男が一人。長い太刀を背負った、無精髭を生やした男だ。

 シガレットは、その男の姿から目を逸らすように、迅竜の面で顔を覆う。

 

「よーゥ、左目潰しくん」

「……誰だお前」

「オイオイ、もう忘れちまったのかァ? 前の温暖期? もっと前? 一緒に狩りに行ったじゃねェかよ」

「忘れた」

「手厳しいねェ……」

 

 そう言いながら、彼はギルドカードを懐から取り出した。

 シガレットは小さな溜息をつき、その手を払いのける。ハンターネームすら、見なかった。

 

「いらねぇ」

「そうか……また一緒に仕事をしたくてなァ、ロックラックから来たんだぜ? 交換としとくと色々楽だぜェ?」

「お前がいてもいなくても関係ない」

「……じゃ、逆に言えば今回も引き受けてくれるってことでいいかい?」

 

 下卑た笑みを浮かべる彼に、シガレットは少々の沈黙を向けた。

 過去に、狩りに同行した相手かもしれない。多くのハンターは兜を被っているため、顔が見えないことが多いのだ。そのため彼は、同行者の顔をいちいち記憶しない。

 とはいえ、狩りの依頼があるならば彼はそれにすがりたかった。何かを狩っていなければ、おかしくなりそうだから。焦燥感と強い強迫観念が、彼の思考を支配していた。

 

「……獲物は?」

「おッ、受けてくれるのか! 嬉しいねェ」

「獲物は何だ」

 

 シガレットの問いに、その男は笑う。

 コイツの顔も、またすぐ忘れるだろうとシガレットは思いつつも、嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

 

「……ベリオロス、さァ。場所は凍土だ。同行者は、俺と、アンタと……あと二人」

 

 そう言って、彼は握った拳から親指をすっと差し出した。

 後ろに向けて差されたその先には、ガタイの良い男と、華奢な女が立っている。

 どうも、土砂竜の鎧で全身を覆ったその男に誘われてきたらしい。クルペッコの装備に身を包んだ彼女は、身の丈ほどある笛を背負い、ぎこちない様子でシガレットたちの様子を窺っている。

 

「ハンマー使いの旦那は俺の仲間。つい昨日この港に来たばかりさァ。で、あの子はまだまだ新人。なるべくベテランが、守ってあげた方が……良いだろォ?」

 

 そう言って、彼は兜を被る。ラギアシリーズに身を包み、二人の方へと歩き出した。

 シガレットもまた剣斧を背負い、立ち上がる。立ち上がりながら、仮面の奥で口を開く。

 

「……俺は」

「分かってる分かってる。モンスターを殺す、だろォ? 頼むぜェ。あの子の手助けは、俺たちがやるからよ。何なら一人で気兼ねなく戦ってくれよなァ~」

「…………」

「さ、印を貸してくれ。書類の手続きは俺たちがやっとくからよ」

 

 ハンターたちが成り行きでパーティーを組み狩りに出る。

 タンジアでも、どこのギルドでもよく見られる光景だった。

 

 ――どうせ、同行した奴の顔も、すぐ忘れてしまうだろう。

 

 シガレットは何の気もなしにそう思い、クエスト受諾の印鑑懐から出す。それを、顔も見えない男に向けて、ためらいもなく渡すのだった。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 頬が、熱い熱を帯びる。

 どろりと溢れ出たそれは、まるでトマトソースのようだと、どこか他人事のように感じていた。

 目の前で銃を向ける彼の前では、そう思わざるを得なかった。

 

「……よく避けましたね」

「てめぇ……殺す気――」

「えぇ殺す気ですよ。もちろんね」

 

 続く発砲は、背から引き抜いた剣斧で防いだ。

 火薬の爆ぜる音に続き、甲高い音がこの地下空間で反響する。

 

「今話した通りですよ。僕の探し続けていた最後の一人。皮肉にも、まさか君だったなんて」

「……は?」

「あの時は、僕も他の依頼で砂原に行っている最中でした。まさかあんなことになってるなんて、思いもしなかった」

「ちょっと待て! 何で俺が……!」

「君は自分の利益のためだけにパーティーを組んだ。そのパーティーで、彼女は――リンは死んだんですよ!」

 

 火薬が弾ける。

 剣斧に、鋭い刺突が届く。

 

「死んだ……いえ、殺された。惨い話ですよ。最後にはギギネブラの餌にされてました。君たちに、君たちに……っ!」

「俺……が? だったら、何で! 何で今になって! お前のことだから、調べてたんじゃねぇのかよ!」

「おかしいと思ったんですよ。何故リンが殺されたクエストの受注記録が残ってないか」

「……あ?」

「記録がないから、僕は一つ一つの状況証拠を手掛かりに犯人を探し当てるしかなかった。君やイズモの手を借りたのも、そのためです」

「そう、だったのか……?」

 

 記録がない?

 クエストは誰が受注したか。誰が参加したか。そういうことは、ギルドが書類を保管し、管理している。問い合わせれば、その足跡を確認することができるはず。

 それができないのは、何らかの理由で書類が紛失した時だ。事故で焼失したか、はたまた不正な行為によって書類をなかったこと(・・・・・・)にされたか――――。

 

「君ですよ、シグ。君がいたから。君が指令も無視して勝手な行動をし、ギルドカードを抹消されたから。君を法的に拘束するために、ハンターとしての記録を抹消されたからですよ」

「……な……」

 

 淆瘴啖が出た。

 その情報を聞いた俺は、ギルドの指令もキャシーの声も無視して、猟場へと向かった。船が出せないから、アイルーを買収して赴いた。

 結果タンジアでは対処できない事案であるという汚点を残し、さらに危険な行動をさせないためにと、俺のこれまでの記録を全て廃棄された。勝手に狩りに行かないように。新人が、誤って俺を送り出さないように。

 だから俺は、タンジアを離れざるを得なくなったんだ。

 

「ふふっ、笑っちゃいますよね……。犯人捜しのために雇った君が、実はその犯人だったなんて。君のせいで、捜査が余計に難航してたなんて」

「……じゃあ、今になって、なんで俺だって……」

「アスマが、口を割りました。あっさりとね。前のあのガタイのいい男……そうそう、自分の便で窒息死したあのお笑い物。今思えば、彼は本当に何も知らなかったのかもしれませんね。主犯はやはりアスマ……それは間違いないでしょう」

「……アスマ……」

 

 あの下卑た笑みが脳裏に浮かぶ。

 思い出すだけでも忌々しい。

 

「それからは、タンジアに戻って資料の山とにらめっこですよ。他の全ての受注記録を漁って、空白の記録を探し出す。そしてそれが、以前聞いた君の狩りの記録と概ね一致した。アスマの言ったことは、信憑性が高かった……」

「……それで、お前、そんな顔に」

 

 痩せこけた頬に隈だらけの目。

 不眠不休で限界な状態であることは間違いない。まるで死人が歩いているかのようだった。

 

「リンの仇……関わった奴らはみな殺す。僕はそう決めて、この数年間生きてきたんです」

 

 そう言って、彼は銃を握る手に力を込めた。

 

「……だったら、俺に手を貸さず放っておけば良かっただろうよ」

「僕が、殺すんです」

 

 大気が弾ける。

 銃弾の衝撃で、俺の両手から剣斧の柄が逃げた。

 銃弾の威力は高くない。精々、人体に穴を空ける程度だ。それを使って対モンスター用の武器を弾くとは。力の入れにくい部分を、的確に撃ち抜いたのか。流石トレッドとしか言いようがない。

 しかし今は、その正確な射撃が恐ろしかった。

 

「……チッ!」

 

 四発。四発だ。

 奴の銃はこれで四発撃った。

 見たところ、コルム=ダオラの機構が流用された銃らしかった。以前トレッドが使っていたものは火打石を用いた単発式の銃だったが、今目の前にあるものは、あのレンコンのような物体が銃身に埋め込まれている。

 回転式連発機構、という奴だろう。形状からして、装填数は恐らく六発だ。残りは、おそらく二発。

 

「ッッらァッ!」

「……! 君は……ッ!」

 

 後ろに逃げたところで、逃げられるような相手じゃない。

 俺がここを切り抜けるには――――。

 

「前に出るしかっ、ねぇんだよッ!!」

 

 鎧を身に纏っている今、一番無防備なのは頭だ。

 GXハンターアームの左手は、まるで盾のように分厚い装具が用いられている。それを頭の前に掲げながら、トレッドに向けて走り出した。

 

「くっ……!」

 

 轟く二発の銃声。焦ったトレッドが引き金を引いた。

 銃口の位置を見た。トレッドの目線、腕の位置。それらから、射線を予測する。

 

「いッ!!」

 

 左腕に、とんでもない衝撃がかかる。まるで肩ごと後ろに弾け飛んでしまったかのような、そんな衝撃だ。

 左腕でも、防ぎきれなかった。装甲を割った鉛弾が、俺の左目横を切り裂いている。感覚を失いつつあった左目が、無理矢理叩き起こされた。

 

「……ふっ、ぬううぅぅッッ!!」

 

 トマトジュースが溢れ出す。

 だけどまだ、走れる。

 

「シグ……ッ!」

「らああぁぁッ!!」

 

 残弾は――ゼロだ。

 空の薬莢を溢すトレッドに向けて肉迫し、俺は残った右手を振り抜いた。

 

 やせ細った彼の体が、まるで枯れ木のように舞い、骨の床へと転がり落ちる。

 まるで手応えのない感触だった。

 

「……いってぇ」

「ぐ……くそ……っ」

 

 垂れる血を拭い、トレッドの方へ歩み寄る。

 頬を赤く腫れ上がらせた彼は、痛みに呻きながらもその身を起こした。フラフラと、今にも倒れそうだった。

 

「シグ! 僕は君が……許せない!」

 

 色白のやせ細った拳。

 力ないその拳が、空を切る。

 

「リンが死んだところに同行してたというのに、何も知らずのうのうと暮らしていたことが! 何も知らないまま、僕に加担していたことが!」

「……俺がアスマと狩りに行ったとしても、俺は殺害に加担なんかしてねぇぞ!」

「それでも……何もしなかったんだ……!」

 

 懐に潜り込んだ彼の拳が、俺の顎を擦った。

 

「うっ……!?」

 

 避けようとしたが、避けれなかった。疲労困憊といえど、彼もまたG級ハンターだ。その実力も折り紙付きだった。

 

「奴らと、罪のない彼女を襲った奴らと同罪……同罪なんですよ!」

 

 顎を揺らされて体勢が崩れた俺に、トレッドは馬乗りになる。

 まるで子どものように叫びながら、彼はその白い拳を振るった。頬骨に、拳が響いて酷く痛む。

 

「君はアスマと同じだ! 周りを顧みず、自分の欲望のままに生きる! 反吐が出る!」

「アイツと同じだ!? ふざけんな! 俺がやるのは他人を貶めることじゃねぇ! 肉を無駄にしない方法だ!」

「ハッ! 弔いとでも言うのですか? 下らない……そんな君たちの身勝手さに、リンは!!」

「うるせぇ!!」

 

 拳を振り抜いた。右の拳で、奴の左頬を再度打ち込む。

 息も絶え絶えだったトレッドの手が、緩む。

 

「……っの……っ!」

「少し落ち着けこの野郎!!」

 

 再び握られた拳を左腕で受け流し、がら空きの腹へと右手を叩き込んだ。

 流石のトレッドも、動きが止まる。吐き気を催したように沈黙する奴の腕を振り払い、その顔を見上げた。

 本当に、死にそうな顔だった。

 死体がかろうじて息をしているようだ。

 こいつ、本当は。もしかしたら。

 

「トレッド」

 

 だから俺は、拳を収めた。

 そのまま、仰向けの状態で彼に向けて語りかける。

 

「……確かに、俺はそこにいたのかもしれない。何も干渉しなかった。何もしなかったから、お前をこうしちまった……のかもしれない」

 

 涙ぐんで頬を押さえるトレッド。

 彼に向けて、まとまらない思考を繋げ続ける。

 

「……悪かったよ。俺は結局、自分の利益のためにお前を利用してただけだったのか。淆瘴啖を追うために……。お前の気持ちに寄り添ったことなんて、一度も無かったな」

「…………」

「俺は、そのリンって奴が死んだことすら知らなかった。G級に上がった頃に、ギルドナイトとしてやってきたお前に話を持ち掛けられてからだ。まさか同じクエストの中で死んでたなんて、今初めて知った。そんな奴がのうのうと生きてたんだ。お前の気持ちも、分からないでもない」

 

 馬乗りになっていたトレッドを、突き飛ばす。

 身を起こして、へたり込んだ奴の前でもう一度立ち上がった。義足が骨を踏み、耳障りな音で軋む。

 

「俺もそうだった。淆瘴啖を殺してやりたくてたまらなかった。アイツが今も好きに寝て、好きに食ってると思うと、いてもたってもいられなかった。他の何かを痛めつけてないと、おかしくなりそうだった。トレッドも……そうなんだろ」

 

 問い掛けると、彼はギリッと歯を食い縛った。

 

「あの時の君が……僕はたまらなく好きでした。リンを失ってからしばらくして、G級に上がった君を見た時、僕と同じだと直感した。復讐者の目をしていると気付きました」

 

 そう言いながら彼は立ち上がり、俺の胸倉の布を掴む。

 様々な感情が渦巻いた目をしている。良いも悪いもごちゃ混ぜにした目。

 

「なのに……なのに君は、達観したように淆瘴啖を見つめ直した。いつの間にか、僕と違う目をしていた。何故……何故!? 何故、そうも許せるんだ!? 僕は、僕はとても、許すことができない……! できないんだ……っ」

「……許した訳じゃ、ないさ。復讐が悪いとは言わないよ。それだけのことをされたんだから、それを返すだけ。復讐して心が晴れるなら、すればいい。ただ――」

「……ただ……?」

 

 嗚咽と震えを押し留めるトレッドが、縋るように俺を見た。

 

「ただ、それを目的にして生きるのはダメだ。それしか考えなくなったらダメだ。他の何もかもが見えなくなっちまう。ふとした瞬間に飲んだ回復薬グレートの味が、空腹を感じて齧ったこんがり肉の味が、全部全部分からなくなっちまう」

 

 シー・タンジニャの飯を味を思い出せと言われたら、俺は正直、鮮明に思い浮かべることができない。

 あの頃食べていた肉の味も、魚介の旨みも、何もかも分からない。ただ固く乾燥した携帯食料の味だけが、舌の奥で燻るだけだ。

 

「……そうなったらもう、人として終わりだよ。何もかも楽しくなくなって、やっと復讐を遂げたら……空っぽになっちまう。俺はお前に、そんな風になってほしくないんだよ」

「……空っぽ……」

 

 トレッドは、その言葉を反芻するように口にした。

 ひょっとしたら、今の自分の姿に立ち返っているのかもしれない。水面に映る自分の顔が、酷くやつれているのに気付いたのかもしれない。

 

「飯だ、トレッド。まずは食わないと。何かするのは、その後だ」

「……飯?」

「旨いものを食べると、人は気持ちが前に向くもんさ。一旦飯にしようぜ」

「旨いもの……が、なんだ……」

 

 俺の胸倉を強く引き、彼は拳を振り上げた。

 

「どうせ死んでしまうなら、旨いものを食べたって意味ないじゃないか!!」

 

 ――リンとタンジア鍋を食べる約束をしてたんですよ。彼女、あれが好きだったんです。

 と、懐かしそうに話していたトレッド。まだ俺と組んだばかりの頃にそう言って、しかし彼自身は一度も手を付けなかった。彼の時間は、あの時既に止まっていたんだろう。

 だから俺は――――。

 

「ふんッ!」

「うあっ!?」

 

 頭突いた。

 その不健康な頭に向けて、俺の石頭を思いきり叩き付けた。

 やせ細った彼の体は、勢いのまま背後へと崩れ落ちる。

 

「馬鹿野郎!! どうせ死ぬからこそ、それまでに旨いもんをたくさん食っとくんだろうが!!」

 

 額を押さえる彼は、酷く弱って見えた。あの機然としたトレッドの姿はなく、ただ悲観している少年のような姿だけがそこにある。

 彼の時間は、あの時止まってしまった。それだけ、彼は変わらなかったのだろう。純粋なまま、ここまで汚れてしまったのだろう。

 

「……くそぅ……」

「あん?」

 

 彼のか細い声が耳に届く。嗚咽交じりの、今にも途絶えそうな声だった。

 

「くそ……くそっ、くそぉ……。こんなに、辛いのに……こんなに苦しいのに……。それでも、何で腹は減るんだ……」

「トレッド……」

 

 分からないでもない疑問だ。俺も何度か、そう考えたことがある。答えが出なくて、辛くてたまらなくて。

 今なら分かる。とにかく食わねば。生きることとは、食べることだ。食べるから、人は生きるのだ。

 

「食えよ」

「……?」

「俺の夜食のために一個取っといたんだが……やるよ」

 

 彼に差し出したのは、深緑の葉に包まれた一つの握り飯。キャンプで作った俺の間食だ。狩りの衝撃に耐えられるようにと、フルフルのなめし革でさらに上から包んでいたのだが、それが功を奏したようだ。握り飯は、握ったままの姿を残している。

 鼻と口の前に差し出され、彼は耐え切れなくなったように大きく深呼吸した。少し、頬が綻んだようにも見える。どこか安心したようにも見える。そうして、覚束ない両手で、俺の手からその握り飯を受け取った。

 バナナの葉の香りを吸った米の良い匂いが、俺の鼻にまで伝わってくる。

 もう辛抱たまらない。そんな様子で、トレッドは握り飯を口にした。

 

「……!!」

 

 口にしたそれを咀嚼し、彼の動きが止まる。細めを見開いて、その細い肩を震わしていた。

 それから、もう一口。さらに一口。続けざまに米を口に含み、咀嚼を続ける。どこか涙ぐんでいるような、そんな風にさえ見えた。

 米の柔らかな食感に、噛めば噛むほど溢れてくる旨み。炭水化物特有の、脳を直撃するその旨みに彼は耐え切れない様子だった。

 

「……っ」

 

 米に包まれた中身が顔を出す。その一片が米と共に彼の口の中に入り込み、塩だけではない握り飯の深みを生み出した。

 俺がキャンプで作った握り飯は二つ。一つはサシミウオの切身を入れて、先ほど雑炊にした。さて、今トレッドが食べている握り飯に入れたのは何だったかな。

 

「……すっぱい……でも……」

「でも?」

「……美味しい……」

 

 ウメと呼ばれる実を干したもの。塩漬けして、赤紫蘇を加えて数日干したもの。酸味を強く蓄えており、それが米の塩味とよく合うのだ。

 ユクモ地方でよく見られるものだが、どうもベルナ村はユクモ村との交易が盛んらしく、雑貨屋に売られていたものを見つけたのは幸運だった。肉と合わせても、意外と旨い。肉の腐食を遅らせてくれる効果もある、まさに縁の下の力持ちだ。

 トレッドは、米とウメを合わせて頬張っている。酸味に少し眉をへの字に曲げ、しかし後から続いてくる米とウメの融合した味わいに舌鼓を売っているようだ。あのとろりとした果肉が、米の食感と合うのだろう。ウメが現れてから彼の食べる速度は上昇し、あっという間に平らげてしまった。

 

 

 

 

 

「……良い食いっぷりだったよ」

「……僕としたことが」

 

 はっと気付いて口を腕で拭い、頬についた米を取り除く彼。

 その不健康さは握り飯一つじゃ変わらないだろうが、精気が幾分か戻っているような気がする。

 

「……君には敵いませんね。覚悟を決めてきたはずなのに、結局僕にはできなかった。僕も、その程度の人間だったのかもしれない」

「あのまま俺を殺してたら、きっと、自分も撃っただろ?」

 

 そう問い掛けると、トレッドは思いつめたように眉間に皺を寄せる。

 分かりやすい反応だった。

 

「……自分の手で、俺を殺したかったって?」

「……そうですね」

「俺思うんだけど、殺すチャンスはたくさんあったんじゃないか? あの骨の龍と戦ってる時も、その前の淆瘴啖と戦ってる時も」

 

 骨の龍と戦っていた時はトレッドを味方と思って接していたし、淆瘴啖と戦っていた時はトレッドの存在すら認識していなかった。

 殺そうと思えば、いつでも殺せたはずだ。

 

「そうしなかったのは、トレッドが俺を殺そうとしないでくれたからじゃないのか?」

「……それ、は……」

「踏み止まってくれたんだと、俺は信じたいな」

 

 一瞬だけ、トレッドと目が合った。

 後ろめたそうだったが、どこか憑き物が落ちたような、そんな目をしていた。

 

 彼は立ち上がる。覚束ない足取りで立ち上がり、放置されていたヘビィボウガンを担ぎ上げた。

 

「……もう一度、よく考えようと思います。自分の身の振り方を」

「そうか」

「それでも、もし君が許せなくなったら……僕はもう一度、君を殺しに行きます」

「それは勘弁願いたいんだけど」

「……だから」

「……だから?」

 

 少しだけ振り返り、しかし目を合わせないまま彼は言う。

 

「……それまで、死なないでくださいよ」

 

 返事を待たぬまま、彼は跳ぶ。腕から伸びたワイヤーが、高所の骨に巻き付いて彼を引き上げた。

 そのまま、彼の姿は見えなくなる。天井に空いた穴の向こうへ、夜明けを思わせる藍色と緋色の織り交ざる空へと消えていく。

 

「……死ぬなよ、か」

 

 ハンターは、環境の調和を保つだとか、生態系のバランスを調整するだとか、耳触りの良い言葉で濁されがちだ。

 だが、実際には生き物を殺す仕事である。そしてそれは、自分が死ぬ可能性も大いにあるということだ。だから、俺が彼に次会う時まで生きている保証は何一つない。

 

「じゃあそれまでに、旨いもんを鱈腹食わないとな」

 

 明日、俺は死ぬかもしれない。

 一分後、俺は死んでいるかもしれない。

 だから俺は、旨いもんを食べる。いつ死んでもいいように、いつ死んでも後悔がないように、一回一回の食事に全力を注ぐんだ。

 生きることとは、食べることである。

 今は、果てしなくそう思う。

 

 

~本日のレシピ~

 

『シガレットお手製握り飯』

 

・高原米       ……100g

・ウメ(干したもの) ……1個

・塩         ……適量

 






トレッド強く生きて。


こうして二人の復讐譚は終わりです。
モンハン飯を書き始めた頃に、「なんか闇の深いキャラほしいな」と思って即興で生み出されたのがこのトレッドさんでした。シガレットのルール無視行動を支える、法を犯すギリギリな人たちの首魁、それがトレッドさん。話を深めるほど彼に関するバックボーンも増えていき、「あ、これは何も触れずには終われないとこまで書いてしまったなやばい」と思い、彼に関するシナリオを考えていき――気付けばこんなドロドロしたお話になっていた。辛い。
もうちょっと、飯だけに特化したお話にすればよかったかなと思う反面、オマージュ元のダンジョン飯のように群像劇というか物語が動いていく感じも書きたいという思いもあったんですよね。創作は何に重きを置くか、それを書く前からしっかり決めておくべきだと痛感させられます。モンハン飯は思い付きと惰性で話をだらだら続けていってしまったので……フルコースのつもりがいつの間にか闇鍋になってました。笑えねぇー!!でもダンジョン飯ファンの方ならば、前回今回とどこをオマージュしてるかはきっと伝わるはず。「あのシーンだな」と思ってもらえたら幸いです。
それではでは。閲覧ありがとうございました。
あ、残してたイカは次回食べます。はい。
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