魔理沙が時々、体を乗っ取られてしまう物語 作:冷水
ミナミは夢を見ていた。
「ねえミナミ、物語に存在している英雄――は、どうしてあんなに強くなれたのかな」
「――、突然どうしたの?」
「――――では――、そ――」
所々が聞き取れなくて、ノイズが掛かったように思い出すことができない。
ミナミの魂が覚えている記憶はほんの断片で、それがとても大切なことだったのだと訴えてくるのだが、体の記憶は既に失われてしまっている。
----
「私は、最強の魔法使いになりたい」
場面は移り代わり、ミナミは一人でそう言葉を呟いていた。
そこでは魔術儀式を行っていて、自分に対して誓約を課す為のおまじないをかけていた。
言葉、記憶、己の信念を魂に刻み込むという、効果も定かではい自己暗示のような魔術である。
「私は、最強の魔法使いになるんだ」
ある戦争により―――が命を落とし、それから数年して世界は一見して平和になった。
それでもミナミは幼かった日に、大切な人に先立たれ、それを間近で見ていることしかできなかった過去の自分を克服し、強くなってもう二度と誰も失わなくてもいいようになりたいと考えていた。
強くなれば英雄――と同じように、全てを守り通せるようになるのではないかと考えていた。
記憶には所々もやが掛かったようになっていて、名前などは霞がかかったように思い出すことができない。
----
『……っは!』
ミナミはいつの間にか、魔理沙の首にしがみついたまま、眠っていたらしい。
気付くと魔理沙に連れられて、ミナミは神社から移動していて、どこかの洋館に来ていた。
突然何も考えられなくなっていて、気付いたら眠りに落ちていた。
派手な色の魔法使いが何か話していたような気もするが、既に興味すら薄れてしまい、それを気にすることはなかった。
カビ臭い図書館に入ったあたりで、魔法の気配をまとった少女の姿を確認できた。
ゆったりとした服を着て、大きめの本を広げながら読書に没頭している少女だった。
魔法使いを見ると、ミナミは対抗心から喧嘩を吹っかけることが往々にしてある。
アリスのときはそうだし、逆に霊夢には魔力とは違う別の力を感じたので、特に気にすることもなかった。
『あ、また私の体を!』
アリスと霊夢が付き添い、三人(+幽霊)は紅魔館の図書館に入った頃だった。
霊夢は面白半分、アリスはミナミを魔理沙の体から追い出すために、パチュリーに会いに来たところだった。
「また別の魔法使いがいるのね、面白そうじゃない」
魔理沙の体を借りたミナミは、魔理沙の体を乗っ取っていた。
それを見たアリスは、自分に攻撃してきた幽霊がまた魔理沙に乗り移ったのを察する。
アリスは魔理沙の肩を掴み、自分の方へ向くように力を込めて引っ張った。
「貴女ね!さっき私に攻撃してきたのは」
「あら、無防備な魔法使いさん……貴女に興味はないわ」
「……喧嘩なら安く買い叩いてあげるわよ」
「貴女、弱そうだし興味ないわ」
「む、人に取り憑いているだけの幽霊が…………。そんなことより、魔理沙に体を返しなさいよ」
「私に勝てたら出て行ってあげてもいいわ」
ミナミは素っ気無く答えながら、アリスの手を振り払い、図書館で本を読んでいる魔法使いの方向へ歩き出していく。
アリスは己の言葉が軽く流されていることに不快に思いながら、ふつふつと怒りを積み重ねていく。
霊夢はその様子を薄く笑いながら見ていて、霊視すると、霊体の魔理沙がミナミの周りで抗議の声を上げている様子を楽しんで見ていた。
『おい霊夢!あいつを止めてくれよ!』
「面白そうじゃない。それに私に関係ないわ」
『博麗の巫女だろ?ルール違反は取り締まろうぜ』
「別に納得できないなら必ずしもスペルカードで決めなくてもいいのよ」
『……』
その言葉を聞いて、今度は魔理沙が絶句してしまった。
確かにスペルカードを使えないほど弱い妖怪や人間は、このルールの適用外として暗黙の了解がある。
たしかに納得していない者もいるが、それらを物理的に強制する抑止力が、博麗の巫女だろうとも思っていた。
「そこの魔法使いさん、私と勝負しない?」
「……」
本を読んでいる少女こと、パチュリー・ノーレッジは魔理沙に気付いた。
そしていつもと違う口調に疑問を持ちつつも、怒りから無視を決め込んでいた。
それは先日に本を盗まれた事もあるし、今は本を読んでいたい気分だという理由もあった。
引きつった笑顔を浮かべつつも、魔理沙(ミナミ)はパチュリーの読む本を取り上げ、無視できないように挑発をする。
「ねえ、少しはこっち見るくらいしてもいいんじゃない?」
「……今はスペルカードで遊ぶ気分じゃないのよ」
「スペルカード?」
「……何、貴女はスペルカードも分からなくなってしまったの?」
『スペルカードはこの幻想郷での一般的な決闘方法だぜ』
魔理沙の解説を聞きつつ、先のアリスとの戦いを振り返ると、カードのようなものを出していたことを思い出した。
「それって、どんな決闘方法?」
魔理沙の方に向き直り、ミナミは魔理沙にそれを問う。
『自分の技を非殺傷の弾幕ゲームに置き換えて、弾幕に当たったら負け、もしくは技を避けきったら勝ち。負けたら降参して相手の要求を一つ呑むというルールだな』
「そんな生ぬるいもので、私は戦いたくなんかないわ」
パチュリーは魔理沙の行動を不審に思いながらも、見えぬ誰かと会話している魔理沙の様子を訝しむ。
次いで聞こえてきた言葉に「実践の魔法で自分に勝てるとでも思っているのか、この人間は」と考えていた。
「貴女みたいな見習い魔法使いが、種族魔法使いであるこの私に対して、実戦で勝てるとでも思っているの?」
その言葉を聴き、ミナミは「乗ってきたな」と内心で笑みをつくる。
もちろんそれは顔には出さず、好戦的な態度で挑発を繰り返す。
「ええ、そういったのだけど。貴女の耳は節穴なのかしら?」
「……なるほど、アリスが”魔理沙が変になった”と言っていたけど、頭がおかしくなってしまったのね」
「おかしいのは相手の実力も見極められない、貴女の目なのではなくて?」
ぶちっと、堪忍袋の緒が切れる音を、魔理沙(本人)は聞いた気がした。
『おいミナミ、勝手はよせよ。悔しいがパチュリーの魔法使いとしての腕は本物だ。記憶も無いお前が、何言ってるんだよ』
ミナミは魔理沙の方を向き、魔理沙にだけ聞こえる音量で呟いた。
「例え記憶が無くなろうとも、魔法に関することは魂が覚えている」
一言、強い瞳で魔理沙を睨む。
「私は最強の魔法使い。それを証明したいだけ」
「そこに誰がいるのかは分からないけど、覚悟だけは伝わってきたわ。今日は調子もいいから特別に相手してあげる」
「ここじゃ狭いし、場所は外でやりましょうか?」
「ええ、そうね。私も本が傷つくのは嫌だからね」
その様子を見ていたアリスと霊夢は、あの動かない図書館が外へ出ることに驚いていた。
ミナミという魔法使いがどれほどできるのかは知らないが、幻想郷でもトップレベルの魔法使い相手で、勝負になるのかと心配にもなった。
だが仮にもあのアリスを1秒で無効化したと聞いていた霊夢は、もしかしたら良い勝負になるかもしれないとも考えていた。
---
その様子を見つめる瞳が4つあった。
霊夢の行動を観察するのが好きな妖怪で、ストーカーまがいの事をしている八雲紫というスキマ妖怪。
そして、誰かが屋敷に来た気配を感じて、図書館に赴いていたフランドール・スカーレットという吸血鬼である。
神社から様子を伺っていた八雲紫は、状況こそ理解しているものの、形式的には仮にも人間(魔理沙)からスペルカード抜きの真剣勝負を要求したからには、間に入って仲裁ということもできない。
例えば紅美鈴が時々人間の拳法家の勝負を請け負っていて、殺しこそしないものの実戦勝負をしているからという理由もある。
それに、あの動かない図書館であるパチュリー・ノーレッジが、魔理沙を殺すまでやるとも思えない。
一応は知識人であり、少し抜けたところもあるが、数少ない常識人でもあるのだから。
一方のフランドール・スカーレットは、なんだか面白いことになってきたと思いつつ、知らない幽霊が魔理沙に憑いているのを悟っていた。
吸血鬼ではあるものの、一応は「悪魔」の類であり、そういう感覚には鋭いというのもある。
もしパチュリーに勝てるのならば、自分とも遊んでもらおうと考えていた。
そして、フランドールは誰にも気付かれないようにそっと図書館から出ると、皆の後を追い日傘を差しながら外へ出て行った。