「————時は来た」
玉座に座すレミリア・スカーレットが厳然とした態度をとり従者らと友に告げる。
その言葉をレミリアより一番離れたところから聴く御言。
一応、彼に与えられた役職は執事見習いなのだが、従者メンバーの中では新参者なので、自重した結果離れたのだ。
「今日、紅い霧が幻想郷を覆う。そうすれば吸血鬼たる私も外でドンチャン騒げるようになるわ」
理由としては下らない事この上ないが、別にたいそうな理由を求めているわけでなし、それに御言としてはこの理由を割と気に入っていた。
自分がやりたいと思った事を好きなよ うに実行に移せる。
それのなんと素敵な事か。
「だけど懸念すべきは博麗の巫女ね。アレは間違いなく来るわよ。これを止めに。
まあこっちもただやられるわけにもいかないし、邪魔はさせてもらうけどね」
そう言ってレミリアは従者らに立ち位置の確認を促す。
とは言っても十六夜咲夜に彼は館内で、紅魔館の門番である紅美鈴は変わらず門番のままという変わり映えのしないものだったが。
「やはり、この身は加入時期的にも門番の方が良いのでは?」
「いやー、御言さん。加入時期とか関係無いですよ。
いつも通り、そう、いつも通りでいいんです。いつも通り私が招かれざる来客を阻む。それだけのことです」
「貴女はいつも寝ているけどね」
「それは言わない約束ですよ、咲夜さん」
「ふむ、そういうものか……」
目の前にいる華人服なのかチャイナドレスなのかいまいちわからない服を着ている赤髪の少女が笑いながら答える。
ただそれを咲夜に突っ込まれてはいたが。
「ま、美鈴の言う事ももっともね。
私はメイドで貴女は見習いとは言え執事。美鈴は門番。
お嬢様にその役目を与えられた以上、持ち場もそうである必要があるの。主命は絶対よ」
「む、それは確かに。
すまなかった。主レミリアの意を蔑ろにしてしまうところだった」
「わかればいいのよ。わかれば」
館内を守る従者たちのコミュニケーションはバッチリなようである。
その様子にレミリアは満足し、計画を始動させる。
「さあ、楽しい1日の始まりよ!」
「ったく……面倒な事引き起こしてくれちゃって、この落とし前はどうやってつけさせてやろうかしら」
物騒な事を言いながら、紅魔館を徘徊しているのは今代博麗の巫女・博麗霊夢その人である。
異変が起こった後、紅い霧が外の世界にも影響を及ぼしかけそうになってから動き出し、暗闇の妖怪、紅魔館の門番と倒していっている。
門番は一人で背水の陣だとかわけのわからない事を吐かしていたが、特に問題はないだろう。
己の勘に付き従ってウロチョロししていたら、一人の少女に出会う。
「あら、魔理沙じゃない。もしかして貴女が異変を起こした原因かしら?」
「そいつは面白い冗談だ。ま、面白いって言ったらこの事態の事だけどな。
こんな面白そうな事、お前一人に独り占めさせないぜ」
自力で飛べるはずなのだが、そっちの方が魔法使いっぽいという理由で箒に跨っている金髪の少女。
名を霧雨魔理沙と言った。
「私は氷の妖精とそれのオマケを退治してきたんだ。そっちは?」
「教える理由がないわね」
「なんだよつれないなー」
軽く会話を交わしながら霊夢は上の方に、魔理沙は下の方に向かう。
別に手分けして探そうなどという考えは一切持ち合わせていないのだが、自然とそうなったのだ。
そうして再びウロチョロすることおよそ数分。
恐らくこの異変を引き起こした奴らの仲間であろう青年が現れた。
黒髪をオールバックにして、切れ長の目をこちらに向けてくる。
身に纏うのは色々あるが、一纏めにして執事服といった感じだろう。
だがそんな事はどうでもいい。重要なのは————。
「あんた、以前どこかで会ったかしら?」
「その身、失礼だとは思うがこの身と相見えた記憶は?」
異口同音。
どうやら目の前の青年も同じような事を考えていたらしい。
霊夢は頭の中で目の前の男と出会っていたかどうかを探るが、そんな記憶は一切出てこない。
だが現に目の前の男から既視感と言うべきか、どこかで見たことがあるような気がしてならないのだ。
「残念だが、この身は記憶喪失というやつのため、その身に会っていたとしてもその記憶がない。
が、感じるものがあったからもしや、と思ったのだが……その反応からして違うようだ」
「私もあんたをどこかで見た気がするんだけど、どこで見たかサッパリ思い出せないわ。
まあ、今考えることじゃなくなったのは確かね」
お互いに距離を開き、臨戦態勢をとる。
臨戦態勢と言っても、今から臨むのはスペルカードを用いた弾幕ごっこ。
ごっこ遊びであるからして、死傷することは少ない。
「この身はスペルカードを三枚使おう」
「律儀にどーも。
今までの奴は誰一人として言ってないわよ、そんなの。
ってか、少ないわねー。門番は五枚使ってきたわよ?」
「すまぬな。
この身は記憶喪失故、スペルカードにも昨日初めて触れたのだ。
これでも自身に課したノルマは達成しているのだぞ?」
「知らないわよそんなの。
ほら、とっとと始めるわよ」
霊夢は針とお札を取り出し、御言は手を前に出す。
そこからどちらからともなく、弾幕の応酬が始まる。
御言はオーソドックスな球形の弾幕を張り、霊夢はお札と針による弾幕を張る。
霊夢のお札は御言を追尾し、針は直線的だが速い。
対して御言のは本当にただ張っているだけ、芸がない。
始めて1日なのを鑑みれば、しょうがない部分もあるだろうが、それにしても下手であった。
「む……。やはり一日の長はそちらにあるようだ。
出し惜しみをしていては折角考えたのが無駄になるというもの。早速使わせてもらおう。
禊符『あはきはらの産湯』
御言が大仰に腕を広げるが、霊夢から見れば何かが起きているようには見えない。
昨日初めて触れたという言葉に嘘偽りがないのなら、スペルカードの行使に失敗したとも考えられる。
ならばと霊夢は無造作に近づいていき————目の前に急に現れた弾幕を身をよじって回避する。
「あっぶな。一体どういうカラクリをしてんのよ」
勘に身を任せて回避したがどうやら正解だったらしい。
霊夢は御言の使ってきたスペルカードのカラクリを解こうと、距離を置いて確かめる。
すると、見えてくるものがあった。
放たれていたのは黒い弾幕。それらが進むにつれてだんだんと白くなっていたのだ。
弾幕は急に現れたのではない。はじめからそこにあったのだ。
ただ全体的に暗い紅魔館と、御言が着ている服が黒いせいで隠れ蓑になっていただけで。
なるほど、白から黒に変じる様はまさしく禊がれているようにも見える。
「ま、種がわかればあとは楽ね」
そう、スペルカードとなっても霊夢のいた場所めがけて飛ぶ大玉、無作為にばらまかれる小玉、そして霊夢を少しだけ追尾する尖った玉の三種類だけ。
それらが最初は見えにくいだけで、距離を置けば段々見えてくる。
あとはそれを回避するだけ。
霊夢は避けざまに弾幕を放ちつつ、出し切るまで特に何事もなく乗り切った。
「はい、一枚終了」
「む……。割と自信はあったのだがな」
「あんたの弾幕は単調なのよ。一度パターンがわかれば後は誰にでも避けられるわ、あんなもの」
「精進しよう。
さて、では次だ。
泣虫『海原大荒れ 〜高波にご注意〜』」
次に御言が出したのは青い弾幕。
それは上から降り注ぐ雨のような弾幕と、こちらに押し寄せてくる波のような弾幕。それらの合わせ技だ。
雨のような弾幕にしても波のような弾幕にしても、急に向きが変わったり、跳ね上がったりしてくる。しかもタイミングが一定ではない。
先ほどの霊夢の言葉を聞いていきなり変えたのならすごい腕前だと感心するしかない。
だが霊夢はこれをも軽く乗り越える。
「さすが博麗の巫女だ。
ここまで何もないと一泡吹かせたくなってしまうな。
ではこれが最後のスペルカードだ。
豹変『真正のビリー・ミリガン』」
御言が最後と宣言し出した弾幕。
それは赤、青、黄色、白、黒などなど様々な色の弾が放たれていた。
霊夢はこれを見て、先ほど戦った紅美鈴を思い出す。
彼女もまた、色とりどりで美しい弾幕でこちらを攻撃してきた。
これもまた同じようなものかと霊夢は考えるが、すぐにその考えを翻すことになる。
色とりどりの弾幕は突然大玉になったり、方向転換したり、分散したり、消えたりと、色も大き様関係なく思い思いに行動している。
それはまるで、それぞれに別の人格があり、その人格に見合った行動をしているかのようだった。
そのためか、非常に避けづらいことこの上ない。
霊夢は避け続けていたのだが、段々と避けるのが難しくなっていき、ついには弾幕がぶつかろうとしていた。
「ああ、もうっ!
夢符『夢想封印』‼︎」
霊夢はスペルカードを行使する。
霊夢から無数の光弾が放たれ、御言のスペルカードと当たっては爆発し、それを消していく。
そして、ついには御言のスペルカードは使い切られ、御言は敗北する。
「結局やられてしまったか。だが、スペルカードを使わせただけ良しとしよう」
「ホントにね。使う予定なんてなかったのにどうしてくれるのよ」
「それはこの身には関係のないことだ。
さあ、進め博麗の巫女よ。我が主の思惑を止められるものなら止めてみるがいい」
「言われなくともそうするつもりよ。じゃ、またね」
御言は敗者とは思えないほど淡々としており、霊夢もまた勝者とは思えないほど淡々としている。
だがその二人は、なんだか似た者同士に見えるのだった。
スペカ考えるの難しいなあ……