「待ってよキリトさん。相変わらず歩くの速いよ・・・」
少し後ろを歩いていた彼女が立ち止まり呟いた。
振り向くと自分の直ぐ後ろを歩いていた筈の彼女は、少し離れた所で下を俯いて立ち止まっている。
「あの時の私にこんな素直な気持ちを言えていたら今とは違う未来があったのかなぁ?」
キリトは彼女が泣いたところなど見たことがない。しかし今の彼女は今にも泣き崩れそうな顔をしている。
「私があの時もっと・・・あなたは浮気をしなかったのかなぁ。」
「だからあれは誤解だって言ったろ?シズク。」
二人を沈黙が支配する。
キリトにとってみれば誤解以外の何物でもないのだが、今彼女にそれを言ったところで彼女がそれを受け入れる訳がないことは誰よりも知っている。何年かかろうが、彼女が誤解を解くまで待つしかないのだ。きがため息を吐くと、シズクもまた一息吐き、両手を頭上にあげる。
するとあげられた両の手の周りが淡い光に包まれ、一瞬強い光を放ったあと光は消え、代わりに両手の上に半透明な黒いヴェールのような物が現れた。
「キリトさん、あなたにこれを差し上げます。」
そう言って彼女は黒衣を手渡す。キリトは手渡された黒衣を見て心臓がドクンと1つ音を立てた気がした。と言うのも彼はそれに見覚えがあったからだ。
それは秘法の中の秘法にして、戦う者にとっては何よりも欲するもの『闇の衣』だった。
キリトは思わず感動のあまりシズクの手を握ってしまうと、彼女は白い肌を薄く染めた。
でもキリトは彼女が闇の衣を渡した理由に気付いていた。彼女は来たるべき闘いの前に衣の能力を見せておくつもりなのだろう・・・勇者に。
「なぁシズク、お前にとってマコトは何だ?」
彼女は驚いた顔をした。自分としてはそれほど変な質問をしたつもりはなかった。でも・・・今自分の目の前にいる彼女は明らかに驚きを見せた。
「キリトさん。あなたもそんな表情をするんですね。」
「顔?俺の顔がどうかしたのか?」
「いえ。自覚が無いのなら良いのですが・・・まぁ、それは良いです。質問にこたえましょう。マコトさんは希望の光です。今はまだ微かに光る程度ですが。」
「あれか?お前が昔から言っていた、この不本意に出来上がってしまった世界の理を越える者。それがマコトだと言うのか?」
シズクは黙ったままだった。それもそうなのだろうとキリトは理解している。ルビス様さえ予測不能に育って言った世界の理は、いつしか創造神の思惑を大きく外れていったのだ。生きる為に糧を必要とし、その為に戦う。そこまでは理解できるし好感ももてる。しかし、成熟した世界は生きる為ではなく、他人のものを得る為に戦う。それは財産であったり技術であったり、愛情であったり信じる者のため。
聞こえは悪く無いが、必ずしも必要のない血が大地に流れるのをキリトも気持ち良くは思わなかった。
そしてそれはキリトの解放した世界の中にもあり、お互いがお互いの『神のため』と称して殺戮を繰り返す人間もいた。当のその世界の神は戦いなんか望むはずもなく、自分が原因で争うくらいなら信仰心なんかいらないと言っていた。
お互いが大切に想う、しかし視点が違うだけで争いを始める生物の本性を見たとき創造の神々は生物の本能に恐れ慄いたものだ。
幾つもの終わらせた世界を見てきた彼女は、いつしか世界の理を崩す者の出現を待望するようになったのも必然なのかもしれない。
キリトはそれが自分でないことを歯痒くおもう。
世界の理を越えるには自分はあまりにも創造神に近すぎるのだ。
「シズク、お前がマコトに何を期待しているのか分からないが俺は俺に与えられた役目を果たす。しかしだ!今回の俺の役目はハッキリ言って不本意だ。何かご褒美をくれないか?」
「は?ご褒美ですか?嫌な予感しかしませんが伺いましょう。」
「俺にとって今回のお役目はハッキリ言えば面白くないってのはお前のことだから分かっているんだろ?そんなお役目だがシズク、お前がこんな衣装を着て応援してくれたら頑張れる気がするんだ。」
そう言ってキリトは懐から布切れを出しシズクにみせる。
「これは・・・どこかの世界で見た制服って言う物ですか?ちょっとだけ安心しました。どんなことをやらされるのかと思いましたよ。まぁ着ませんけどね。」
「え?着てくれないの?」
「着ませんよ!何で恋人でもない貴方にこんな恥ずかしい姿を見せなければならないんですか!」
「ちょっ!俺は婚約者じゃねーか!」
「貴方が浮気した時点で解消に決まっているじゃありませんか!!」
「だからあれは誤解だって。って言うか恋人ならこんな服を着てくれるのか?」
「まぁ、恋人なら考えなくはないですね。」
「危ない水着でもか?」
「あ!!危ない水着でもです!!」
「シズク・・・お前、エッチなヤツだな。ブゴッ!!」
言い切るより早くシズクのハイキックがキリトの顔面を捉え、キリキリと擬音でも聞こえるかのように回転しながら吹き飛んでいった。
「バカ。」
シズクはひっくり返って気絶しているキリトを見下ろして呟いた。
. ◆
「マコト、とうとうここまで辿り着いたんだな。」
教会の奥に通され入った部屋には全身が傷だらけのピサロがいた。ダメージの深さからなのか、既にに魔物になりかけた姿になっていた。全身を巻いている包帯も所々赤く滲んでいるのをみると、ゾーマとの戦闘がいかに激しいものであったかがうかがえた。
そんなピサロを見る俺の表情から察してか、ピサロは苦笑いを浮かべた。
「それにしても毎回おまえには本当に驚かされるな。最初ノアニールで会った時はまさかと目を疑ったよ。次にジパングで再会した時お前は・・・いや、彼女はゾーマの腹心中の腹心である巨龍キングヒドラと魔将バラモスブロスを連れてやってきた。そして今度は彼女の代わりにルビス様を連れてやってきた。」
「やはりロレンスとキョウイチは・・・」
「そうだ。あの二人は大魔王ゾーマの腹心だ。本当はもう薄々気付いているのだろう?その彼等を引き連れていた彼女は・・・いや、これは俺の口から言うべきではないな。マコト、お前が自分の目で確かめるべきだ。」
ピサロの言葉が胸の奥に仕舞い込んでいる部分に深く突き刺さる。本当はそんな予感がしていた。いや、気付いていたけどその事実から目を逸らし、違うと自分に言い聞かせていたのかもしれない。
災厄の訪れと言われたアリアハンの大雪の日に迷い込んだシズク。子供の姿ではあったがいくら記憶喪失と言えど、あの晩にしかも大雪の中1人でいるなど普通考えられない。
ロマリアでまだ見知らぬロレンスを躊躇なくバギで吹き飛ばすなど普通あり得ない。だけどあれでロレンスが死なないことをシズクが知っていたとしたら?
ノアニールで始めて会った筈のエルフのロザリーとの不自然な間。あの無言の会話の中にお互いだけが分かるやり取りがあったとしたら?
人間嫌いのエルフの女王ヒメアがシズクをあっさり招き入れた理由は?
ピラミッドで始めて会った時のキョウイチのあの『お前は!?』のセリフの意味は?
イシスでラーの鏡を叩き割った理由は?
ジパングでヤマタノオロチがシズクを見て驚愕していた理由は?
レイアムランドでオーブが揃っていないのにラーミアの一族が力を貸した理由は?
バラモスがシズクを認識した途端にルーラで逃げ出した理由は?
行ったことが無いはずのマイラへのルーラが使えたそのわけは?
数え上げればいくらでも出てくる。
俺は居心地いいシズクが隣にいる風景になれてしまい、あいつの真実を見ていなかった。いや、見ようとしなかったのかもしれない。
そんな悩める勇者を見てピサロが言葉をなげかけようとしたそのとき、木製の扉を叩く乾いた音とともに、気を遣って二人で話している間、外で待ってくれていたロザリーさんを始めとした仲間達が部屋に入ってきた。
部屋に入るなりツカサやサキはピサロの傷だらけの姿に息を飲む。ロザリーさんは直ぐにピサロの傍に立ち、テキパキと看病を始める。こうやって二人は支えあって生きてきたのかと思うと少し羨ましく思う。
そんな二人の幸せな空気など微塵も読む気のないルビス様が口笛を吹きながらビアンカさんを連れて入室してくると、さすがのピサロもロザリーさんも緊張した面持ちになる。
でも良いのか?世界の全てを創造した女神と言えど、この世界で遊び人のスキルを好んで使っているようなヒトなんだぞ?
だがその遊び人は俺の心配などどこ吹く風の如くズカズカとピサロの傍までよると、笑顔だけは女神の微笑みで
「久しぶりね〜デルピエロくんにエルフの女王ヒメアちゃんの娘さんのロザリーちゃん。元気そうで安心したわぁ〜。」
「「ご無沙汰してますルビス様。」」
満身創痍のピサロを抱き起こし、肩を貸しながら二人は膝をつき頭を垂れ、ルビス様に挨拶をする。
「あの、ルビス様?」
「なぁに〜勇者くん。」
「ピサロは大魔王ゾーマとの戦いで大怪我をおっているので、礼儀とは言え挨拶はキツイのでは?あと彼の種族はデルピエロではなくてデスピサロです。」
「い、良いんだマコト!!」
ピサロの辛そうな姿を見て女神に進言したつもりだが、ピサロとロザリーさんは何故か必死に俺を止めている。
「まぁそれもそうね〜。でもソレ、ゾーマにヤられた怪我じゃないわよね?」
「は?何を言ってるんですか?ピサロとロザリーさんは立派に大魔王ゾーマへ挑んだと言うのに。ルビス様、ちょっとそれは冷たすぎませんか?」
「ま、マコトこれは違うの。これはね、ゾーマにヤられて入院中このヒトが・・・看護師のモンバーバラ姉妹のマーニャとミネアとイチャイチャしていたものでつい・・・って、あれ?皆んなどこに行くの?」
ピサロの痛々しいまでの姿がロザリーさんとの痴話喧嘩によるものと聞いた俺たちは一気に脱力感による疲労がたまり、二人を残してリムルダールの宿屋へと帰るのだった。
.
夜、宿屋のフカフカのベッドに1人入ると、明日はいよいよ大魔王ゾーマとの決戦だと言うのに思い浮かべるのは嫌でもピサロとの会話だった。
ベッドに横たわる俺は飾り気のない天井に手を伸ばし呟く。
「なぁシズク…お前今どこにいるんだよ。」
伸ばした手で掴める物など何もない。そんな俺が勇者だと言うのだから笑っちまうよな。
以前の俺ならきっと逃げ出していたタイミングだよな。
あいつを『姫』と呼び行動を常に共にしていたキョウイチとロレンスは魔物だった。しかもその姿とピサロの話から察するに、ラダトームの文献にあった此処、リムルダールを強襲した三体のゾーマの腹心で間違いないだろう。もし残り一体の黒い鎧の魔神がキリトさんだったら・・・これが何を意味しているのか考えたくもない。
ピサロにゾーマの事を聞いても自分の目で確かめろの一点張り。どちらにせよ明日になれば全てがわかるのだろうか。
勇者がベッドの中で答えの無い考えごとに一息つくと、辺りに甘い香りが立ち込めている事に気が付いた。さっきまでドタバタやっていたツカサとサキも既に寝付いたのか静かだった。と、言うよりも人の気配が全くない。まるで考えごとをしている間に何処か知らない異空間に飛ばされたような、そんな気分だった。周囲の異変を察知しベッドから起き上がろうとしたその時、
トントントン
扉を叩く乾いた音と共に扉は内側に開き、一人の少女が姿を見せた。
「シズク!!」
「久しぶりですねマコトさん。」
現れたのはアリアハンからの幼馴染み、真相の渦中にいるシズクその人だった。
彼女は変わらず女神のような微笑みを浮かべているが、どこか寂し気な表情をしている。まるで初めてアリアハンにやって来たあの時のように。
「シズク、お前どこに行ってたんだよ?」
「・・・マコトさん。少し外を歩きませんか?」
「え?」
「デートしましょう。」
シズクとともに部屋を出ると、不思議な事にそこはアリアハンだった。見間違えるわけがない。16歳までをずっと過ごした思い出の詰まった故郷だ。
眼前に見える酒場はルイーダさんの酒場だ。隣りの道具屋の親父さんは今日も昼間から酒場で酔っ払っていて、奥さんに怒られているのだろうか?
隣りをみると、ご近所のおばさんが犬を散歩させていた。振り向けば自分の生まれ育った生家だ。親父も俺も旅立ってしまい、今はたった一人になってしまった母さんは元気にしているだろうか?
扉を開けたら母さんは今も笑顔で迎えてくれるだろうか?
しかし扉を開けてしまうとシズクとのこの時間は終わってしまうような気がした俺は家の扉を開けることなく先を歩くシズクを追いかけた。
街ゆく懐かしい人々に挨拶を交わしながら二人辿り着いた場所は、二人がよく遊んだり将来を語りあった思い出の場所、教会の裏手にある小高い丘の上にある大きな木の下だった。
二人は腰を下ろす。彼女の座る場所に布をひいてやると、彼女はそっと微笑んだ。
「マコトさん、なんか雰囲気変わりましたね?勇者っぽくなりました。」
「そうか?自分ではあまり実感がないんだけどな。」
「懐かしいなぁ。よく二人で陽が沈むまで沢山遊びましたよね。」
「あぁ。あの頃は本当に何をしていても楽しかったな。」
彼女は満面の笑みを浮かべた。それから俺たちはとにかく話をした。楽しかった話や悲しかった話。まるで二人の共通の時間を取り戻すかのように、二人は『勇者』だとか『魔王』だとかまたは『神と呼ばれる存在』だとか関係無しに、只の幼馴染みに戻り止め処もなく話をした。
その後、彼女に手を引かれるままに゛旅の扉゛を越えたその先には見た事もないような煌びやかな装飾や音楽を伴って動くアトラクションとか言うのにも沢山乗った。やがて陽が傾き始めた頃、彼女は手を差し出した。
「マコトさん、踊りませんか?」
彼女がそう言うと、何処らかともなく懐かしい音色が聞こえてくる。シズクの手をとり二人で音楽に合わせ踊り始めると、不思議なことに二人の周りの全てが輝きはじめ、二人はゆっくりと大空に舞っていく。それはとても暖かく、ユッタリとした時の流れの中で幸福感に包まれていた。
しかし楽しい時間というものは、どんなに望んでも永遠には続かない。やはり俺は勇者で、世界の人々は今この瞬間も魔王の討伐を俺に一欠片の希望として託しているんだ。
「シズク、もう良いよ。もう十分に楽しめたよ。・・・大事な話があるんだろ?」
「・・・マコトさん。」
彼女は瞳を閉じて深い深呼吸をすると、再び俺の方を見た。その瞳は今迄見てきたどの瞳よりも決意と言うか、何か真剣に伝えようとする意思のようなものが強く感じられる瞳だった。
「マコトさん。もう薄々勘付いていると思いますが、次はキリトさんがマコトさんの前に現れます。今のマコトさんからは真の勇者の力を感じます。もう人を超えた神の力を得たと言う事は、あのオバサン(ルビス)にもう出会ったと言う事ですよね?」
もしかしなくても創造神のルビス様をオバサン呼ばわりするシズクは、一つ一つ言葉を選ぶように、それでいて俺に大事な事を伝えるかのように話を始める。
「ハッキリ言ってしまいますが、マコトさんが神の力を得た今でもキリトさんには遠く及びません。彼は剣技だけでいえば既にゾーマにも匹敵します。」
「しかしシズク、ルビス様は創造神はこの世界では一億分の一の力しか出せないと言っていたんだぜ?あれは嘘だというのか?」
「いえ、それは本当です。ですがあのオバサン(ルビス)は例え力の制限をうけたところでメラ一つで世界を火の海に変える力を持っているのですよ?それに匹敵するキリトさんです。」
「そんな相手に俺が勝てる訳がないじゃねーか!一体どうしたら・・・」
「大丈夫です。あのヒトは戦闘マニアです。あからさまに勝てる戦いをツマラナイと感じています。きっと油断しているはずです。そこでマコトさんにこれを預けます。」
そう言ってシズクは懐から小さなオーブをだした。
「それは?」
「これは光の玉と同じ効果を持ちながら相手にメッセージを伝えるものです。名前はまだありませんが…そうですねぇ思い出の鈴と名付けておきましょうか。」
「思い出の鈴?」
「いいですか?キリトさんは剣技もそうですが、特筆する点は闇の衣です。闇の衣は光を屈折させる事で相手に幻覚を見せ、あたかもダメージを受けていないかのように見せるものです。マヌーサと違う所は、誤魔化す幻覚と違い本人は確かにそこに居る事です。相手に違う姿を見せたり、その本人の周りの空間をねじ曲げる不可視の布、それが闇の衣の正体です。これを撃ち破るには強烈な光を発する光の玉しかありません。この光の玉と同じ効果をもつ球体をキリトさんの至近距離で使えば必ず彼は大きなスキが出来るはず。そこを一息に攻めてください。」
「シズク、お前はいったい…」
「私は…。いいですか?絶対に忘れないでくださいね?必ずキリトさんを倒して…
段々とシズクの声が離れて行く。違う、俺の意識が引上げられているんだ。
俺を起こそうとする声が聞こえてくる。
凄い勢いで遠ざかっていくシズクをみると、彼女は優しく微笑んでいた。声はもう届かないが最後に言った言葉を唇の動きら読み取るとそれは
次はゾーマ城で会いましょう
だった。
激突する二人の勇者
.
目を開けると視界に映るのは、心配そうな顔で俺の顔を見下ろしているピサロと、身体を揺さぶるツカサの姿だった。
「大丈夫かマコト。だいぶうなされていたようだが。」
「本当焦ったぜ。お前を起こしに来たら苦しそうにしていたからよ〜。」
「夢か。」
俺は気付かないうちにリムルダールのベッドで眠りにおちていたようだった。ふと顔に生暖かいものを感じ拭って見ると透明な液体が拭き取れる。そのとき始めて俺は自分が泣いていることに気が付いた。
シズクとのあの時間は夢だったのだろうか?まだ覚醒仕切らない頭で考えるが答えなどでない。
ツカサとピサロの顔に安堵の色が戻ると、俺はベッドから身体を起こし宿屋の外で待つ女子達の所へ行こうと起き上がる。ふとベッドの中で手に触れた物があった。見ると小さなオーブ。シズクがキリトさんとの戦いで使うように言っていた思い出の鈴とか言っていたものだった。
いったいどこまでが夢でどこからが現実なのだろうか。
マコトは大事なもの゛思い出の鈴゛をてにいれた。
その時だった。街全体をいや、アレフガルドを丸ごと包み込むほど巨大な魔力を覆った。魔力にたいし敏感に反応した自分には凄まじい不快感と、全ての視界が赤く染まる様な感覚に捉われる。
「こ、この力は!!」
元魔王のピサロも同様する桁違いの魔力だった。
周囲の異変を感じとり外で待つ仲間のもとへ急ぐと、いつも口笛吹いてプラプラしている遊び人ルビス様も、この時ばかりは流石に笑っていなかった。
「この力はキリちゃんよ〜。勇者くんは大魔王ゾーマを倒さなければならないし…、仕方ないわね〜息子(キリト)の不始末は私が…。」
「いえルビス様。きっとキリトさんは俺との戦闘を待っているはずです。そしてこれは避けては通れない道なんです。」
「勇者くん…。貴方、本当に勇者みたいよ?素敵な男子になったわねぇ〜。」
なんか色々と滅茶苦茶なルビス様の発言にツッコミを入れたい所だが、今はそれどころでは無い。俺達は魔力の中心、リムルダールの広場へと急行する。
街の広場
噴水の中に立つキリトさんの像、その前に彼は1人で待っていた。いつも俺に勇気を与えてくれた彼の笑顔、今は勇気だけではなくほんの少しの恐怖も感じる。
「キリちゃん〜。一応聞くけど貴方、ここで何をしているの〜?」
「ル、ルビス様…」
「嫌ね〜ルビス様だなんて他人行儀な呼び方。いつも言っているでしょう?私の事はママと呼びなさいと。」
「…お、お母様。」
「ん〜まぁ今日の所はそれで妥協してあげるわ?で?貴方は、いえあなた達はこの世界で何をしているのかママに聞かせてちょうだい。」
「すみませんが例えお母様と言えど今それを言うことはできません。あいつとの約束ですから。そして仮にも真に剣を教えた身。出来るなら一対一での戦いを希望したい。」
そう言ってピサロとロザリーさんの方を見るキリトさんは、明らかに彼等を威嚇している。そんなキリトさんを見ていたルビス様は
「キリちゃんなら私を除いた全員を纏めて相手にしたって余裕でしょう?あなた何を企んでいるの〜?」
「お母様が戦いに参戦出来ないのは知っていますから…それに俺はマコトと戦いたい。」
ルビス様が戦えない?戦わないではなくて戦えないとキリトさんは言う。その意味を俺が考えていると、意外にもそれに応えたのはルビス様本人だった。
「昔…まだ世界がこんなに無かった時代ね、一度だけ私達創造神が争った事があったの。本当に些細なケンカで幾つもの世界を滅ぼしてしまったの。世界を変える力を持つ、各世界の神魔に勇者。それに対して私達は嫌でも多くの世界を巻き込んで滅ぼしてしまうの。キリちゃんは正確には創造神では無いけど、戦闘に関しては同等の力を持っているの。だから私は例え世界が闇に閉ざされていても戦うわけにはいかないのよ。」
少しだけ寂しそうな笑顔でルビス様は内心を打ち明けてくれる。だからルビス様はゾーマとの戦いを避けていたんだと改めて思い知る。
「キリトさん。そこまで俺を弟子として見ていてくれたのは嬉しいよ。だけど俺にはキリトさんと戦う理由がない。」
「理由ならある。マコト・・・俺の許婚の名はシズクだ。」
やはり。
考えたことが無いわけではなかった。同じ日に出逢った二人が全く関係ないとは思わない。
俺は意を決して剣を抜き一歩前に出た。
「みんな今までありがとう。でもここは1人でやらせてほしい。」
「マコト、ルビス様の話を聞いて無かったのか?この男には、ここにいる全員でかかっても勝てない相手だぞ?1人で勝てる訳がない。ここは全員で戦い僅かな希望にかけるべきだ!」
ピサロがもっともな意見で1人で行く俺を引き止めようとするが、それを止めたのは何とロザリーさんだった。
彼女は俺の代わりにピサロに愛する者の名前を出された以上引くことが出来ない俺の心情を話し、無理矢理ではあるが彼を納得させてくれた。
ルビス様も
「まぁキリちゃんにも考えがあるんじゃない〜?」
と空気より軽い励ましの言葉をかけてくれる。
こうして嘗て憧れた勇者との戦いが始まった。
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ーーーーー
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二振りの剣をキリトさんが構えると、先程の戦闘以上にプレッシャーが俺を包み込む。
くる。
キリトさんの二振りの剣による必殺のあの技が。
頬を伝う汗が顎を伝いポタリと足元に落ちたその瞬間、キリトさんの体は淡い光の帯を残すような高速で間合いを一気に詰めてくる。右手の剣が俺の左から襲いかかり、それと同時に右方向からも斜めに斬りかかってくる。偶然だった。
俺の持つ王者の剣が右方向からの攻撃を受け流し、左からの攻撃は勇者の盾が軌道をそらす。初撃を反応できていたわけではなかったが、何とかやり過ごせた。
初撃を躱されたキリトさんは若干体制を崩しながらも、そのまま残り14撃を繰り出す。
流石にこれには全く反応が出来なかったのだが、体制を崩していたのと、王者の剣と同じ神々の素材によりできている光の鎧が、何とか致命傷になることを防いでくれたのだ。
とはいえ、今の攻撃を完全に防げたわけではない俺は早くも全身から生暖かい血が流れ出している。
「よく躱したなマコト。」
どこか嬉しそうに笑うキリトさんは、やはりまだ本来の力なんか出してはいないのだろう。
地上から二人の戦いを見守っているビアンカは笑顔で初撃を防いだマコトを見て喜びの声をあげる。
「確かに偶然が重なったとは言えあのキリト様の必殺技を防ぎましたよ彼。」
「ビアンカちゃん?可哀想だけどアレは本当のキリちゃんの必殺技じゃないわよぉ〜?本当のキリちゃんのあの技は、両手とは別に魔力で剣を操り、同時に16本の剣から繰り出される相手の360度全ての方向から繰り出される256連撃よ〜?恥ずかしいからあまり言いたく無いけれど発動してしまったら私でもアレは防げないわ。アレが破られた事は永い刻の中でただの一度だけよ?」
「に、256連撃⁉︎じ、じゃあやっぱり…。」
「えぇ。本来はいくら勇者の力を覚醒させても勝てる相手ではないわね〜。でもキリちゃんは勇者くんを気に入ってるみたいだし、何より私には戦いと言うよりは勇者くんを特訓してるように見えるのよね〜。」
ルビスの言葉を聞き、再び上空でもはや次元の違う戦いを繰り広げる二人をみて
「キリト様がマコちゃんを特訓?……アレが?」
どんどん体力を削られていくマコトの姿を見てビアンカは首を傾げるのだった。
このまま戦い続けていれば負けるのは明白だった。キリトさんは何故かトドメを刺すことはせず、こうやって定期的に距離を保ち、まるで俺の剣技を鍛えるかのように感想的言葉や助言までつけている。
この距離は俺に休憩どころか、ベホマによる体力の回復の時間まで与えているのだ。それをキリトさんが気付いていないわけがない。
やはり俺は遊ばれているのか?
しかし俺はここで負けるわけにはいかない。
俺はあいつと約束をしたんだ。
俺は全身の体力回復のベホマに使う魔力を止めた。
そして地上で俺の戦いを見届けてくれている仲間達を一瞥する。
「みんな…ごめんな?」
心の中で呟くと、先程まで体力回復や攻撃力倍増のバイキルト、防御力を高めるスカラも全て解き、盾を背にすると両手で王者の剣を握り、それを天に向かって伸ばす。
雪を降らしているアレフガルドの黒く分厚い雲の隙間から稲光りが漏れる。大きな地響きを伴い複数の竜巻きが縦に延びた蛇のように踊り狂っている。
天に向かって突き出された王者の剣の刀身が眩い光を放ちはじめると、上空に帯電していた稲妻の力が王者の剣に集まってくる。
地上で余裕のある顔で二人の戦いを見ていたルビスの顔から笑みが消えた。
「ちょ、ちょっと勇者くん。その技はゾーマまで使ってはダメとあれほど!!」
「スゲーなマコトのヤツ。アレは何て技なんすか?ルビス様。」
ルビスの表情の変化に気付かないツカサは、刀身に稲妻を集めていく勇者の姿を見ながらルビスに問う。
「アレはギガスラッシュよ。私達、創造神を唯一神界レンダーシアに還す力を持った現状最強の技よ。但しアレは術者の全魔力と全生命力を必要とする最後の切り札なの。」
「ぜ、全生命力って!?」
「そう。あの技が繰り出されたら勇者くんは間違い無く死ぬわね。しかも全生命力も使い果たすから生命力の残りに作用するザオリクも効かない。勇者くん一体何を考えているのかしら……。」
ルビスの話しを聞き、地上で見守る者達は息を飲み勇者の戦いへと視線をむけた。
「マコト、ギガスラッシュは生命を使った最後の切り札ってことは知っているだろう?俺に今使って良いのか?」
「キリトさん。あんたに出し惜しみして勝てるとは思えない。全力でぶつからなければ師に対して申し訳ないからな。」
「そうか。じゃあお前の全力、俺に見せてくれ。」
どこか嬉しそうな笑顔でそう言うと、キリトさんの身体全体を青白い炎のようなものが覆い、これまで遥かに超えるプレッシャーが俺を襲う。アレフガルドどころではない。全宇宙と言っても良いほどの濃い魔力が全てを覆っていく。彼の背後の何もない空間が歪みだし、水辺の波紋のようなものが14箇所現れ、その其々の波紋の中心からは剣の柄の部分が現れた。
そしてキリトさんが更に魔力を上昇させると、両手に持ったものと併せ16振りの剣をキリトさんはもつ。そのどれもが王者の剣に匹敵する神剣なのは一目見ただけで判る。
俺は既に複数のギガデインの電撃を纏わらせた王者の剣に更に魔力を込める。キリトさんもまた奥義を超えた神技でくる。ならば俺も最強の技で迎え撃つべきだ。例え生命が尽きようとも。
静かだった。
不思議だった。目の前には凄まじいばかりの魔力を尚も高めていくキリトさんの姿は、すでに異形の魔神と化している。きっとアレがキリトさんの正体なのだろう。そんな絶望的なまでの魔神を見ているというのに、何故か俺の頭の中は静寂そのものだ。
シズク、お前だけは生きて欲しくて残して来たけど、やはり最後だと思うともう一度お前と会いたかったな。結局俺はお前に何も伝えられないヘタレだったよ。
そう言えば夢の中でお前は何て言っていたっけな。
そうだ。確か闇の衣がどうとか、光を屈折させて目の前の見える全てを歪めて見せるだとか。あとは確か思い出の鈴で……!!
そうだ!!このギガスラッシュでキリトさんに一矢報いる方法をシズクは授けてくれていたんだ!
僅かな希望が胸の奥で輝いた。そう思うと身体の奥底から力を感じる。
そんな俺の心境を読み取ったようにキリトさんは更に魔力を上げた。一体どこまであがるのか…。普段無造作に降ろされた髪は、上昇する魔力に押し上げられるように逆立っている。夜空のような漆黒な瞳は魔力を帯び深緑の色を彩っている。そんな姿になったキリトさんの全身が光り輝くと、キリトさんは今までと比べ物にならない速度で斬りかかってきた。
スターバーストストリーム!!
. ◆
目の前の弟子が王者の剣を天に掲げ力を溜めている。あれは間違いなくギガスラッシュだ。何度も見てきたルビス様が勇者に与える必殺の奥義。
いつの世もどの世界においても魔王を倒した後の勇者は、その人を超えた力から同じ人間に疎まれ畏れられ、そして殺されていく。社会的にだったり生命そのものを奪われたり。
そこで創造の神であるルビス様とゾーマ様は考えた。勇者の役割を魔王討伐までとし、その後はその世界を導く神とすることを。同じ人間に殺されるくらいなら魔王との戦いで相討ちとなるのが一番だとルビス様は悲しそうに言っていた。
ギガスラッシュは本来、まだ世界を創り始めたばかりの頃に創造神が魔王の役割を演じていた時の、人間の勇者に負ける為に編み出された技。俺も何度か魔王を演じた時に何度も喰らってきた。
正直わざと負ける戦いは得る物が何もない。いつしか俺自身も同等以上の存在がないことに絶望し無感情になっていった。
そこで俺はもう一人の創造神である神龍に相談をもちかけると、意外な答えが返ってきたのだ。
神龍にもし勝てたなら、どんな願いも一つだけ叶えてやると。
それからの俺は来る日も来る日も神龍に挑み、やがて小さな小さな勝利を収めた。
そんな俺に神龍は一つの世界の解放に向かう様に指示してきた。殺伐とした世界、アインクラッド。
そして、そんな世界で勇者の役割をしていた時に彼女とは出会った。彼女は大人しい性格だが、その戦闘能力は桁違いの強さだった。たった二人のパーティだっが彼女との戦いに於ける相性は驚く程に合っていた。ゾーマ様やルビス様に鍛えられた俺の剣技に全く引けを取らない彼女とのパーティ、驚く程に早く魔王を倒し世界を解放に至った。
魔王との戦いには全く満足できなかったが彼女と供に戦かった日々の記憶だけが神界レンダーシアに帰ったあとも微熱のように俺の中に残った。
それからと言うもの、俺は解放したその世界に何度も足を運び彼女に会いに行った。最初はその大人しい性格から何度も足蹴に通う俺を警戒している節のあった彼女も数年も経てば信頼関係が生まれる。
魔族の脅威の去ったその世界は闘技場が進化していった。相手を殺すことは許されないが、闘技場は賭博の娯楽として楽しまれていた。
正体は隠していたが勝って当たり前の闘技場に参加することは無かったのだが、根っから戦いを好まない彼女が無感情な俺を心配したらしく、何と彼女が闘技場に参加した。彼女との戦いなら……少し興味を持った俺も参加した。
予想通りと言うか当たり前と言うべきか決勝戦は彼女との戦いだった。
俺は正直少し怖かった。俺と背を合わせて戦える彼女だが、直接戦い勝ってしまえば彼女への興味を全て失ってしまう気がした。
「キリトさん。手加減したら怒るからね?」
「分かっているよ。最初から飛ばすからお前も手は抜くなよ?」
しかし開始早々に俺は考えを改めた。剣と剣が重なる度に大きな轟音と凄まじい衝撃波が会場の至るところで起こる。
「まさか俺の剣が押されるなんてな。」
「無敵の勇者様もその程度ですか?」
「へっ!抜かせ。簡単に負ける気はないぜ?」
俺は考えを改め、16振りの剣を異空間より召喚する。魔力を十分に上げ彼女を見据える。ここまで俺を楽しませてくれた彼女。最悪死なせてしまったら魂を俺はレンダーシアに連れて帰るつもりだった。
「いくぜ?スターバーストストリー……?」
「エ……」
「エ?」
俺が光速で彼女との間合いを詰めようとすると彼女は既に彼女の半透明の刀身は凄まじい魔力が帯びており、それを天空に突き出すように構えていた。
「エクスカリバー!!!」
「な、何だとぉぉぉぉ!?」俺の悲鳴と俺自身を向けられた切っ先から襲い来る魔力の渦に飲み込まれ俺は意識を失った。
「キリちゃん簡単に負けちゃったわね〜。」
次に気付いた時、ルビス様が俺の顔を覗き込みながら微笑んでいた。
そのルビス様の背後に苦笑いをしている彼女がいた。彼女が何故レンダーシアに?俺が驚きのあまり声を失っていると彼女は恥ずかしそうに洋服を脱ぐかのように闇の衣を脱いだ。
闇の衣には光の屈折により別なものを映す幻覚のような力があるとは聞いていたが、まさか彼女の正体はーーーー
「マコト。この本来のスターバーストストリームを防げるか?たったの一度しか破られた事のない神技だ」
光速で真との距離を縮めるなかで真を見ると、彼は覚悟を決めた強い眼差しで真っ直ぐにギガスラッシュを俺に向かい振り切ってきた。
巨大な魔力と魔力の衝突。この世界では大きな制限を受けるにしても本来なら相手になる筈がない。例えマコトが勇者の覚醒を果たして神となった今も。そもそも神と創造神との間には埋められない壁がある。そんなことはシズクだって分かっているはずだ。にも関わらず彼女に、マコトにギガスラッシュを使わせる事をお願いされた。使えば生命を失うというのに。
マコト、あの幼かった少年が立派になったものだ。
その時俺は思ってしまったんだ。このままマコトを死なせてしまうには惜しいと。もしかしたらこの土壇場で俺を過ぎったこの感情さえシズクの手の内だったのかもしれないな。
俺は攻撃する事をやめ、稲妻を刀身に纏わらせたマコトのギガスラッシュを12本の剣で受け止める。
マコトの王者の剣を含めた全ての剣と、俺とマコトの魔力がぶつかり合ったその瞬間、マコトの頭の冠に着いた青いオーブが眩い光を放つ。それは昼間のないアレフガルド全てを包むのではないかと言うほどの強烈な光を放ち、その光はシズクから授かった俺の闇の衣を打ち消していく。
「「うおぉぉぉぉ!!!」」
男と男の、師と弟子の、同じ女を愛した者同士の意地と意地が重なりあったその瞬間だった。
『キリトさん……』
その時シズクの声が頭の中で聞こえたかと思うと、マコトの額のオーブからシズクが現れた。青い光を纏ったシズク。その姿を見たとき、それが思い出の鈴による幻影だと直ぐに分かった。
『キリトさん…貴方がこれを見ているという事は、きっと私はその場にはもういないのでしょう。キリトさん私ね?貴方が無気力で無感情になっていく様を見ているのが辛かった。あなたはいつも私達の前では笑顔でいてくれたよね?私ね貴方が私達のように心で泣いていることに本当は気付いてた。でもあなたはいつも私に平気だと、自分も辛いくせに励ましてくれたよね?私本当に嬉しかった。ありがとう。そんなキリトさんに私どうしても伝えておきたい事があるんです。』
全ての剣と魔力を持ってギガスラッシュの魔力を打ち消している俺に幻覚のシズクはーー正確には録画された彼女は瞳を曇らせて俯きながらに話しかけている。目の前のマコトはギガスラッシュに生命を吸われはじめているのか、全身から血を滲ませている。間も無くマコトも限界のようだ。
『キリトさん……マコトさんを死なせたらブチ殺しますよ!!!』
「へ?」
録画のシズクが俯いていた顔を上げると、虹彩の消え失せた瞳をしていた。マコトと戦い負けて死ぬか、マコトに勝ってシズクに殺されるか正にどちらを選んでも死しかない。この思い出の鈴はまさしく死への招待状に思えた。
「ぐはぁっ」
俺は血を吐いて力が抜けた瞬間、俺の魔力で稲妻の魔力を霧散させた気の抜けたギガスラッシュが俺の心臓を貫き、マコトと共に地上へと真っ逆さまに落ちていった。
. ◆
「ここは?」
ビアンカさんの腕に頭を抱えられながら意識を取り戻した俺は辺りを見回している。
まだ自分が何故生きているのか理解出来ていないようすだった。
「マコト、お前の勝ちだ。」
胸から流れ出る血を抑えながらキリトさんが意識を取り戻した俺の側に歩いてくる。明らかに致命傷だというのに彼は笑っていた。
キリトさんの横に立つルビスも俺に微笑み
「ギガスラッシュをまさかここで使うとは思わなかったわぁ〜。でも、凄いじゃない。例え出来レースだとしても、大いなる厄災と言われるキリちゃんに勝つなんてね〜。」
「大いなる厄災?」
「そうよ〜。キリちゃんは……私達の息子は、大いなる厄災、神命をエスタークと言うの。」
俺がエスタークに勝った?違う。最後あの瞬間にキリトさんの行動は明らかに不自然だった。何故か攻撃を途中でやめ、ギガスラッシュの魔力の霧散に力を使ったこと。シズクから渡されたオーブが輝いたとき、キリトさんの真っ青な顔と、直後の剣が刺さる前に血を吐いて気絶していたこと。
そもそもキリトさんは最初から俺に勝つ気があったのだろうか?
そのキリトさんの体は薄く青白い光に包まれている。息子と言うだけあって普段遊び人のようなルビス様もこの時ばかりはキリトさんの側から離れようとしない。
と思いきや、痛い?ねぇ痛い〜?とか言いながらキリトさんの胸の傷をチクチクやっている。
「ル、ルビス様。ちょっともう時間がないのでマコトと話をさせて下さい。」
「ママでしょ!」
意地でも母と呼ばせようとするルビス様はキリトさんにひっついて放さない。どんだけ息子が好きなんだよアンタ。
お母さんと呼び何とか女神を宥めたキリトさんの体は益々光が濃くなっていく。
「マコト、お前にゾーマ様との戦いの前に伝えておかなければならない事がある。今、万を超える魔物の軍勢がラダトームを目指して進行中だ。ラダトームは優秀な魔法使いを育成する学園都市となってはいるが、やはり人間。いずれラダトーム城は陥落してしまうだろう。それを聞いてお前がどのような判断をしたとしても俺はお前を悪くは思わない。しかしもしお前が1人でゾーマ様に挑むようなことがあったのならこれだけは覚えておけ。ゾーマ様と戦うなら見えるものが全てと思うな。案外賢いお前のことだから、ある程度の覚悟はしているのだろ?良いか?自分の直感を信じろ。」
「キリトさん。一緒に来てはくれないんですか?創造神同士が戦えないのは知っていますが、一緒に居てくれるだけでも……」
俺の悲痛な願いにキリトさんは笑顔を見せることで応えた。それは幼い頃に見た勇気を与えてくれるあの笑顔だった。
「俺がお前に教えるものはもうなにもないさ……」
キリトさんの体を覆う光が強く輝くと、まるでガラスが砕け散るかのように、無数の光に粒子となってアレフガルドの夜空に舞い散った。
ルビス様は螢の光のような粒子が夜空に舞い上がる様子を眺めながら
「キリちゃんは私にとっては息子同然なんだからちゃんとケリをつけなさいよ〜?」と小さな声で呟いていた。
「大丈夫よ〜?勇者くん。キリちゃんは私達とほぼ同じだから、死はないの。昨日も話したけど、どうしても今すぐにキリちゃんが必要なら、彼への愛を力の限り叫べば彼は召喚って形で再びこの世界に舞い戻れるわよ〜?何ならキリちゃんへの愛を叫んでみる〜?」
膝をつきガックリと肩を落とした俺を優しく声掛けたのは意外にも遊び人…じゃなかった。ルビス様だった。キリトさんへの愛を力の限り叫べば復活?
「どうする〜?」
「いえいいです。俺そんな趣味ありませんから。」
何となくサキの方から舌打ちが聞こえた気がするが、キリトさんは自分達の世界に帰っただけで消滅した訳ではないのなら良い。そのうちにまた逢えるさ。何故か俺はそんな気がした。
「で、どうするの?ラダトームのことは?」
さすがは異世界とはいえエルフのロザリーさんだ。頭の回転が早い。キリトさんの魔物の軍勢の話を聞いてしまった以上無視できないようだ。
そのロザリーさんは相方のピサロが魔王とはいえ今は療養中だ。万を超える軍勢の相手は今は部が悪い。
ルビス様は万物の神である以上、どちらかに味方するなんて出来ないだろう。
人間の姿に化ける力がまだ溜まらないキョウイチは無理だろうし……
それならいっそ……
「ゾーマ城には俺が一人でいく。ピサロにロザリーさん。ツカサにサキはラダトームを守ってくれないか?」
「ダメだ。俺はおまえと行くぞ。先程のあの自分の生命を粗末にする戦い方をするお前を一人では行かせられない。」
「ピサロがもう一度ゾーマのとこに行くなら私も行くわよ?」
ピサロとロザリーさんは俺と行くことを希望する。
「別に俺とサキだけでも良いぜ?」
「そうよ?私達夫婦だけでちゃんとラダトームを守ってみせるわ。だからアンタ達はゾーマをお願い。私達も確かに強くなったけど、今の戦いを見て思ったの。もう私達にどうこう出来る相手じゃないって。」
シズクと共に滅茶苦茶やってきたサキと、いつもポジティブだったツカサが自ら後方支援に回るという。
「ツカサ、サキ。二人とも絶対に死ぬなよ?」
「あぁ。お前もな!」
俺とツカサはガッチリと握手をかわす。
そして最後まで俺たちに付いて行くと言ってきかないビアンカさんをルビス様がゾーマ城の入り口までよ〜?と妥協案で納得させると、ついに俺たちは最後の地、ゾーマ城へ向けて最後の旅路に向かうのだった。
次回
最終回『勇者の挑戦』
終幕
真っ暗な道無き道を歩いている。自分達のレンダーシアへの帰り道だ。
いつもなら特に何も思う事ないこの道も、今日ばかりは少しばかり寂しく思えた。
自分の初めての弟子は大丈夫だろうか?ラダトームは?いや、アレフガルドは救われるのだろうか?もう自分には何も出来ないと思うと胸が詰まる。
そんな考え事をしながら歩いていると、背後に眩い光の渦が現れる。
「見送りに来てくれたのか?シズク……。これで良かったんだろ?」
「はい。本当にごめんなさいキリトさん。」
最近よく着ている僧侶の姿ではなく、今日は白銀の長い髪を優雅に揺らしながら、白いドレスを纏っている。キリトにとって見慣れた本来の姿。
「ここはごめんなさいではなくて、ありがとうだろう?」
「はい。ありがとうございます。」
彼女は満面の笑顔を見せてくれた。キリトはその笑顔を見ると、この勝つことの許されないこの茶番劇も妙にやって良かったと思えた。
◆
目の前を一人歩く後ろ姿。
私はもうずっと永いこと彼のこの背中が好きだった。この広い背中で護られてきた想い出の数々。私はつい飛び付きたくなる衝動を何とかとどめる。
いつからだったろう。胸の奥で揺れている小さな光。風が吹けば消えてしまいそうな淡い光は、今ではとても暖かい。かつてこの光は目の前を歩く彼に与えられたものだったが今は……。
「見送りに来てくれたのかシズク」
そう言ってはにかむ彼の笑顔を見ると胸が締め付けられる。私はかつて愛したこのヒトに酷い事をしている自覚はあったのだから。
そう。私は彼を愛していた。
寝ている彼の顔を突くと、少しだけ小さな唸りを上げる彼。そんな時だけ見せる少し幼い表情。
彼のベッドに潜り込み、彼の背中に抱き着いて眠ると、言葉に出来ない程の安心感に包まれ眠ることができた。
そんな彼と、私は永遠に一緒に愛し合っていけると何の疑いを持たずに共に歩いて来た。
そんなある日のこと、いつものように彼のベッドで一緒に寝ていたとき、彼は後ろから私を抱き締めてきた。彼に聞こえてしまうのではないかという程大きな心臓の鼓動。何度抱かれても飽き足らないこの幸福感。私は向きを変え彼の唇を求めようとすると、彼は静かな寝息を立てて眠っていた。
「なんだ…ただの寝相だったのか。少し残念。」
私はいつものように彼の顔を突くと、彼はくすぐったそうに笑い、
「やめろよ〜…アスナぁ〜……ウヘヘ…」
彼はニヤニヤと笑いながら私の身体を抱き締めた。
ズガァァァァァァアン!!
私は寝ている彼の顔に思い切りパンチを喰らわした。
突然の衝撃に目を覚ましたあとも困惑している彼は、何が起きたのか全く分かっていない。
「…アスナさんって誰ですか?」
「へ?」
「アスナさんって女の名前を呼びながら私を抱き締めるな!この浮気男ー!!!」
「ち、違っ!アスナは……」
「煩い黙れ!この変態!!」
その後彼を顔の形が変わるまで殴り続けて以来、私とキリトさんは今も微妙な距離間のままだ。
マコトさんに戦い方を教えてほしい。
私の願いを、本当は嫌なくせにやり遂げてくれたキリトさん。私もずっと胸の奥に引っかかるモノを出して一度ちゃんと話しをしてみよう。
「帰る前に教えてくれませんか?私とアスナさん、どちらがキリトさんにとって大事な女(ヒト)なんですか?」
「だからそれは誤解なんだってば。アスナは俺が解放した世界でやっていたアニメのヒロインなんだよ。」
「は?アニメ?」
「そうだよ。魔王を倒す道すがら何と無く見たアニメにハマっちゃってな?そのアニメにお前ソックリなヒロインが出てくるんだよ。それがアスナだ。」
「ってことは?」
「そうだよ。アスナは現実にいるわけじゃない。二次元ってやつだ。」
「なっ!何で早くそれを言わないんですか!!」
「お前が俺の話を聞かなかったんだ!」
全く……どれだけこのヒトは残念なんだろう。じゃあ私は今までいもしない相手にずっと怒っていたと言うんですか?
私は深く息を吐くと、胸の奥のつかえがスーっと消えていくのを感じた。
「じゃあ大事なのは……」
「シズク、お前に決まっているだろ!」
「キリトさん……。」
頬が熱い。きっと私顔が赤いんだろうな。彼は両腕を広げている。今すぐあの胸に飛び込みたい。でもそれは恥ずかしすぎる。二つの間逆な気持ちが私の中でグルグルしている。でもそんな私の心に気付いてるかのようにキリトさんはニコニコと微笑みながら相変わらず腕を広げている。
もう……キリトさんは……
「あの……。」
「どうした?シズク。」
「いえあの…。あ!アスナ!!」
「え?どこどこ?って、あ……」
彼は恐る恐る私の方を振り返る彼は青ざめている。
私は右足に力をこめて彼の顔面にハイキックをくらわした。
彼はキリキリと擬音をともなって回転しながら吹き飛び、ひっくり返っている。
はぁ……本当に残念なヒトだ。
私は天を仰ぎ
「ケリ、ちゃんとつけたよ。」
と呟いた。
「いやシズク。それはケリをつけたんじゃなくて蹴りを入れただから……。」
彼は一人ボソボソと呟きながら気を失うが私は何も聞こえなかったことにした。
ーーーー続くーーーー
次回は土曜日の予定です