おそらく続かない。
思うところがあって二話は消しました。
オーバーロード モモンガは死者の大魔法使いになりました
アインズ・ウール・ゴウン――
かつてユグドラシルで知らぬものはない程に轟いたギルド名だ。僅かギルド員が四一人ながら、世界ギルドランクでは第九位まで上り詰めたこともある有名なギルドである。
モンスターの住居とする大湿地の奥に存在し、ナザリック地下大墳墓の全貌はギルド員しか知らないが、ユグドラシルの全体でみても最大規模の大きさで間違いはない。
――すべては、過去の栄光だ。
頻繁にログインするのはギルド長だけ、他のメンバーはユグドラシルの最終日でさえ一人とも訪れることはなかった。メールで連絡しても返事はない。唯一返信があったのはギルドに席を残しているヘロヘロだけであった。
返信の内容は、一言謝罪と近状の報告(愚痴に近かったが) だ。
ブラック企業の社畜には休みなど無い。
夢を叶えた人間にはアインズ・ウール・ゴウンなど過去の遺物か。
多種多様な現実(リアル) を生きるメンバーに、無理強いはできなかった。いやむしろできない。アインズ・ウール・ゴウンのギルド長のモモンガは現実の世界よりも、ユグドラシルという世界を、ユグドラシルの仲間を愛していたのだから。しかしなにも返答もない彼らのことに不満が過る。
白骨化した頭蓋骨の空虚な眼窩は無機質に掲げられた四一本の旗を見上げた。
どうして捨てることができる?
ここは皆が作ったアインズ・ウール・ゴウンだろう?
なら数分でもいい、最後の日くらいは、サービス終了のユグドラシルくらいは、アインズ・ウール・ゴウンを守ってきた労いが欲しい。
二年間もの間、一人で、守ってきた、必死にアインズ・ウール・ゴウンを維持管理してきた自分には――
「ふざけるな」
モモンガはこみ上げてくる怒りに肩が震えた。ドス黒い、コールタールのような、そんな粘着質な感情だ。
「――ふざけるな! 何故こうも簡単に棄てることができる! 皆が作ったナザリック地下大墳墓だろ!」
怒号が玉座の間によく響く。それと同時に両手で叩いた肘掛から「0」の数字が浮かびあがる。
そこは広く高い部屋だ。ユグドラシルの作り込みは凄まじいもので、声の反響が現実世界のようなゆっくりな響き渡り方だった。
神殿のごとき静謐さと荘厳さを兼ね備えた玉座の間は、雰囲気だけで空気の圧力を全身に感じることができる。
ユグドラシル一、二を争えるであろう精巧な作り込みが、ただ今は虚しいだけだ。
モモンガを支配する激しい怒りの次は寂寥感である。
「きっと、誰だって現実世界が大事なんだ。それは当たり前だけど、寂しいじゃないか。ナザリック地下大墳墓の維持管理が皆を繋ぐ唯一の方法だと思ったのに。結局は自分一人 でサービス終了を迎えようとしている」
ついと眼を逸らした先には女性型NPCだ。純白のドレスを纏った美しい女性の名はアルベド。
ナザリック地下大墳墓の全NPCを総括する身のため、玉座の横に控えることのできるキャラクターだ。
ナザリック地下大墳墓の最奥の守護者はいったいどんな設定だったか、モモンガは記憶していなかった。というよりも玉座の間に来ることは普段しないため、アルベドを目にしたのは久しぶりだったのだ。
いち早くユグドラシルにログインし、四一席が備えられた円卓で待っていたものの、かつてのメンバーが来ることはなかった。そこはギルドメンバーのみに与えられた指輪を持つものが、最初に出現する場所が円卓の部屋だったため、モモンガはじっとなにもせず、ただひたすらに待っていた。しかしもはや誰も来ない部屋に一人佇んでいても仕方が無く、サービス終了にもっとも相応しいであろう玉座の間に移動した訳だ。
だからアルベドが女神の微笑みをモモンガに向けていたとしても、ドッキリとすることはない。一度目だけで十分だ。
「あまり見ないNPCだったからどんな設定か知らないな。ナザリック地下大墳墓のギルド長であるモモンガが最後を迎えるに相応しくない」
アルベドがどんな設定でもモモンガは構わなかった。しかし何も知らぬNPCが側にいて、サービス終了を迎えるのは何か違う気がした。モモンガはひっそりと消えて行きたい気分だったのだ。憤怒の感情と憎悪の感情をナザリック地下墳墓とともに。仲間の旗を穏やかに眺めながら。
だからこそ邪魔はされたくない――
「アルベド、玉座の間の扉の前まで移動しろ」
アルベドは動かなかった。モモンガは無視されたような面持ちになったものの、NPCはそこまで万能じゃないことを思い出した。
「付き従え」
モモンガはアルベドが歩く体制になったのを確認し、背後に付いてくる気配を感じながら扉前まで歩いた。
「待機」
アルベドはじっとモモンガを見つめている。モモンガはアルベドの責めるような視線にたじろいだ。ずっと守り続けていた玉座の間から移動させられて不満そうに見えたのだ。AI――プログラムがそうさせたのか、モモンガの見間違いなのか。
「そんな目で私を見るな」
変化はない。アルベドはただプログラムに沿って動く、いわばマネキン。
モモンガはそんなNPCが自分と重なって見えた。モモンガはまた皆と冒険したり、会社の愚痴を言い合ったり、敵対ギルドの本拠地を攻め落としたりしたかったのだ。
ナザリック地下大墳墓を守護するNPC達も、残された己れと同じく寂しいのではないだろうか。モモンガはアルベドを見て、感情が溢れてくるのを我慢出来なかった。
「よし、予定変更。守護者総括には仕事をしてもらわないとな」
といっても、ナザリック地下大墳墓の管理システムにアクセスし、守護者達を呼び出すだけなのだが。
「マスターソース・オープン」
ナザリック地下大墳墓の一日の維持コストやどの階層にどんなモンスターがいて、数と種類までもが分かり、大雑把だがいくつもの管理が行える。
半透明の窓が浮かび上がり、モモンガは空中の板を操作した。
「ナザリック地下大墳墓のギルド長、モモンガの最後は皆の子供に見送られながらがいいだろう――そのくらいの我儘、許してくれますよね」
○
「これは凄い光景だ」
しかし玉座の間はナザリック地下大墳墓では最奥の部屋、いくら広大な空間だとしても全てのNPCが集結できる訳ではないので、各階層の守護者を呼び出した。それだけでは玉座の間がスカスカな気もして、やはり領域守護者も呼ぼうか迷い、結局は主だったナザリック地下大墳墓を守護する者を全て集結させてしまったのだ。
名誉ある王座の間に一般のモンスターは似つかわしくないが、やはり見栄えを重視したかった。本来自動POPするモンスターなど王座の間に相応しく無いが、これは最後の日を飾る必要なこと。ナザリック地下大墳墓の支配者たるモモンガには支配下のしもべに傅かれるのは最も重要なのだ。
「怒るかなあ。怒るだろうなあ。でもいいじゃないですか。皆がいなくなってもナザリック地下大墳墓の維持管理は私一人で行なってきたんですから。ギルド長の特権ですよ、これは」
自分に言い聞かせるように呟くモモンガも、己れの最強装備で玉座に大儀そうに座っている。最強装備――すなわちギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンも手にしていた。各ギルドに一つしか所持できないギルド武器は円卓の部屋に飾られていたものだ。ギルド武器の破壊はギルド崩壊を招くため、アインズ・ウール・ゴウンでも安全な場所で保管されていたのだが、モモンガはサービス終了のここにきてギルド長の権力を手にしたくなってしまったのだ。
ギルドを象徴する杖こそ、モモンガにとって輝かしい過去を彩る全てといっても過言ではない。モモンガの特性に合わせて作られたそれは、アインズ・ウール・ゴウンの最盛期を思い出させる結晶。
後ろめたさはあったものの、最後くらいは思い残しのない記憶にしたい――ただそれだけのため、モモンガは大事にしていたギルド武器を掴みとった。
「そういえばアルベドの設定はどうだったかな」
わくわく気分で王座の間にNPCを集めたが、メンバーの吟味に時間を取られてしまって時間も少なくなっていた。
ささっとコンソールを操作してテキストログの閲覧する。
「うげ、タブラさんってそういえば設定厨だった」
膨大な情報量をした文字の雪崩が降り注いできた。長文な文章にモモンガは顔が引きつる思いだった。
「うわー、凝りすぎ。読む時間が無いけど、どうしようか…… 」
しかし開いた以上腰を据えて読み始めるがつらつらと斜め読みになり、最終的には頭文字読みという感じで一気にスクロールしてしまう。
ようやく設定の最後が「ちなみにビッチである。」と、表示されたときは流石のモモンガもリアルでは間抜けな顔をしていた。
ビッチと、いくらなんでも酷いのでは?
モモンガはナザリック地下大墳墓の守護者の頂点がこれでは…… 、と設定したタブラに申し訳ないと思いつつ、ビッチ設定を変更した。
再度入力したのは「モモンガを愛している」だ。なんて自分は馬鹿なんだろう。モモンガは再度入力し直そうか迷ったが、サービス終了間近ではこれを咎める人もいないことを悟って、このいたずらを残した。
ギルドメンバーが一人でもこの場にいたら、モモンガもこのようなことはしなかっただろう。
「そうだよな、みんな、来ないのだから」
視線をずらし、天井から垂れている大きな旗を数えて行く。全部で四一本の、ギルドメンバーの数と同数の旗。
「俺――たっち・みー――四獣天朱雀――」
名前を呼び終わるのに時間はかからなかった。全てモモンガの脳裏に友人達の名前が記憶されていたから、迷うことはなかったのだ。
「そうだ、楽しかったんだ……」
なのに――
「楽しかっただろ? 俺?」
だから――
「楽しかったはず」
――――こんなにも苦しくなる。
「ちくしょう! なんで誰も来ないんだ! 楽しかったはずだろ! 皆で作り上げたナザリック地下大墳墓はこんなところで朽ち果てるはずが無いんだ! 俺は待っていたんだぞ!」
激情のあまりコンソールからゲームを休止させる注意が浮かび上がる。モモンガ、いや現実世界の鈴木悟が感情の激流に呑まれようとしていた。
「くそ! くそ! なんで終わりなんだよ! 勝手過ぎる! なんで棄てられるんだ!」
玉座で喚き悲しむ骸骨をNPCだけが聞いている。何も反応しない。彼らはプログラムによって行動するのだから。
しかし、何故か、彼らからは生きたものの気配を発している。平伏してモモンガの指示を待つ間は身動きのしないNPCが、モモンガの本音を聞いて震えている。
「俺は仲間とともに、ナザリック地下大墳墓の栄光を偲び、終わりくるユグドラシルを迎えたかった! 楽しかった過去を思い出を語り合い、苦楽をともにした仲間の未来を祝いたかった!」
だというのに!
モモンガは守り続けてきた。
皆の帰りを待つために。
楽しめる環境を維持するために。
無駄だった。
全て無駄だった。
彼らは仲間だというのに。
裏切られたのだ。
俺も創造されたNPCも残されて。
「棄てられたのだ……!」
感情が振り切れる程の心の揺れが、何故か沈静化される。気持ち悪い。抑制される。何が起こっている。抑制される。
モモンガは両手を肘掛に叩きつけようとしたが、何を苛立っていたのかがわからない。
感情の赴くまま激情し、ナザリック地下大墳墓とともに棄てられたことを嘆いたはずなのに。
( ……なんだと)
苛立ちや焦燥感を確かに感じてはいるが、それが全て発散されることはない。それが不愉快でもあり、しかし冷静な部分では異常事態に対しての動揺が思考を阻害することを理解している。
「モモンガ様! 私は決して貴方の側を離れません。決して、決して!」
知らない女の声だ。返答を求めていなかった言葉が返されたのにモモンガは呆気に取られた。
そしてその発生源を探ったとき、唖然としてしまう。
NPCのアルベドがモモンガを抱き締めたのだ。
「至高の御方に触れる失礼をお許しください。罰を与えられても構いません。しかしモモンガ様が消えてしまうのを黙って見過ごすわけには行かないのです! どうか、どうか!」
「…… は、はあ?」
自身に触れ合う感触、鼻腔を擽るいい香り、モモンガには理解の範疇を超えたところに行き着いた。
なにがなんだかモモンガにはわからずとも状況は変化していく。
「モモンガ様にご無礼でありんすぇ! 羨ましい」
「アルベド今すぐに離れたまえ!」
「モモンガ様に失礼でしょう!」
「ソノ非礼許セヌ」
「ぼ、僕だってモモンガ様と…… 」
守護者一同、守護者総括であるアルベドに向けて怒りを表すが、その実、至高の御方であるモモンガを第一に心配していた。
それを尻目に、モモンガは抱き締められた感覚に、懐かしいと哀愁のような感情を持った。
モモンガの中身、鈴木は独身だったし、恋人もいない。
抱かれるというのは安心する、モモンガはアルベドの柔らかい身体に心が安定した。
みっともない有様だったが、今はギルド長のモモンガ、情けない姿は見せられない。
「アルベド、私は大丈夫だ」
もとより、居場所はここにあったのだから。
現実世界(リアル)のモモンガは孤独だった。その孤独を埋めることができたのは、ひとえにギルドの仲間たちのおかげなのだ。
モモンガには現実でも理想(ヴァーチャル)でも関係ない。総て貰ってきたもので現実(リアル)を補完していたモモンガは、この世界こそが居場所。
ユグドラシルこそ、故郷、理想の世界。
彼ら(ギルメン)は故郷を棄て、現実へ帰った。
それ自体悪いことではない。しかし、彼らには戻ってきてもらわないといけない。モモンガはユグドラシルこそ帰る場所なのだ。帰る場所は一つでいい。
だからこそ、彼らは帰らせなくてはいけない。
この世界に。
「緊急事態だ! 王座の間に集めたのが裏目になった! 守護者はここに残れ。領域守護者及び他のしもべどもは配置されていた階層に戻り、侵入者の警戒を最大限に引き上げろ」
モモンガはこの緊急事態に対し、信用できる者を見極めた。ナザリック内は階層ごとに転移することを禁止しているため、転移可能な指輪を授けなければいけないと考えたのだ。モモンガの脳は冴え渡るほど良くない。ならばこのナザリックの支配者を補佐する者を選び抜かねばならない。
候補はたっち・みーさんの作製したセバス・チャン、そしてモモンガが設定を塗り替えたことで信用できるかもしれないアルベド。
「アルベド、私を愛していることに偽りはないな?」
モモンガはアルベドが演技をしているようにはみえなかった。設定に縛られるのならば、利用する。
仲間の娘をいいように使うことに、無いはずの胃が痛みを発した。
書くの久々だし、推敲さえしてないけど、読んでくれてありがとう。