「それじゃ河野、気ぃつけて帰れよ。」
「えー河野さーん、もう一軒行きましょ~よぉ!」
「すまんなぁ、金山!
明日は横須賀でひゅうがの一般公開があるから、先にドロンするぜ。」
「出た出た海自好き。
ほんとよく行くわ。」
「また写真見して下さいよ?」
「わかったわかった、ほんじゃお先に失礼します。」
金曜日の夜、ほろ酔いの男は笑顔で手を振る。
河野 豊 29歳 独身。
世間ではアラウンドサーティ、通称アラサーと呼ばれる世代。
就職先は大手ではないものの、保険事業者として働いている。
後輩にも恵まれ、上司にも恵まれ、順調に会社の中堅となる人材へと成長していた。
プライベートでも交際歴2年の彼女もいる。
そして彼の趣味と言えは海上自衛隊の艦艇を撮ること。
この週末は本来何倍にもなる体験航海の参加権が当たり、当選日から今日までとても楽しみにしていた。
ほろ酔い気分もあり、鼻歌交じりで歩く。
順風満帆…まさにそのとおりの人生だ。
時間は夜の11時40分、大通りからアパートへ続く坂道をスマホ片手に登る。
メモ帳の[用意したリスト]に目を通す。
「カメラ積んだし、帽子も用意したし…お金はおろした!
あとは服とガソリン…ガソリン高ぇからなー
もっと…こう、タケコプターとか瞬間移動とか出来たらなー…?」
ふと足元にコツんと何か当たる。
それは次々と上から下へ…
「りんご…?」
「あぁ…すみません…。」
坂の上にはおじいさん。
先ほどまでいなかったような…。
スマホいじってて気づかなかったのか…?
しかもベタな事に紙袋からりんごをこぼし、坂道をゴロゴロと落ちていく。
「う わ ほっと!」
怪しくふらつく足を動かし、何個か拾ったり足で止めたり…。
全ては無理だったが目に見えるりんごは何個か拾えただろう。
「あぁ…ありがとう…。」
「いえいえ、あんまり取れませんで…あっ!」
再び1つ転げ落ちる。
なんとか取ろうと追いかける。
怪しい歩調は遂に崩れ、転がりそのまま大通りへ。
「痛った!
なんてこっ」
言い切る前に絶命した。
彼はトラックに轢かれ、そのままこの世を去った。
死因は脳挫傷。
トラックに轢かれたのも酷かったが、その後に電柱に頭から激突した方が酷かった。
「お、おい!
お兄さん…お兄さん!
きき 救急車!」
トラックの運転手は、手と口を震わせながら119番を押す。
救急車と消防車が到着し、応急処置を施していく。
だがこの怪我だ…もう助かるはずは無いが最善を尽くし、近くの病院へと搬送していった。
「いかん…大変な事をしてしまった…。」
固まっていた老人はどんどん顔が蒼くなる。
そしてうっすらと消えていった。