提督と加賀   作:913

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七話

彼の鎮守府は、恐ろしく平和だった。

 

索敵の名手である千早隊が鎮守府近海の索敵に赴き、潜水艦隊が哨戒と敵の補給線を切断しに行っている。

にも関わらず、今まで近海の警備にあたっていた駆逐艦は久しぶりに授業に勤しみ、非番の軽巡は街へと繰り出していた。

 

戦艦が居ないこの鎮守府に於いて最大の砲火力を持つ重巡は一応有事に備え、非番の軽空母は昼間から酒盛り。

 

三ヶ月かけて補強されてきた敵再建艦隊を粉微塵に叩き潰したこともあり、どこか浮かれたような気分が蔓延しているような事実は否定できないだろう。

 

だが、そんな中に居ても常と変わらない仕事をこなす者達は存在していた。

 

「提督、ヒトフタマルマル。昼食の時間です」

 

「あと少しで終わるから、飯はその後で」

 

所謂ホワイトな職場である彼の鎮守府は、一部がこなすブラックな量の仕事を漂白剤として保たれている。

 

出撃するにも、書類が要る。

開発するにも、書類が要る。

泊地を潰すにも、書類が要る。

艦娘を休ませるにも、書類が要る。

 

何をしようが書類が要るのが、大日本海軍独立任務艦隊―――南方鎮守府の実情だった。

これに忙殺され、提督は娑婆に出られない。外に出たらフレンドリーな移民の外国人のお姉さんが居るのに、出られない。

 

深海棲艦によって占領された土地に住んでいた元々の国民は一人残らず殺されている―――らしい。現に死体こそ見つかっていないものの、滅ぼされた国の民は忽然と消えていた。

 

そういうところは仕方ないので、大日本領になっている。

アメリカもやっていた。イギリスもやっていた。ドイツもやっていた。

 

この世界で力を持つ四カ国が公然とやっている以上、抗議することなど出来はしない。

 

第一にする者が居ないのである。

 

そして、世界中で枯渇しつつあった資源は、深海棲艦が発生してからと言うもの急速に再生しつつあった。

 

問題はその資源地は深海棲艦によって占領されないと再生しない上に、占領された土地を奪い返さねば確保できないことであろう。

 

領土を拡大するのは当然となり、対人戦でないが故に罪悪感もない。

皮肉なことに、停滞して萎んでいくだけだったこの世界は異形種との戦争で文明を破壊されたことによって活性化しつつあった。

 

失われた技術はある程度取り戻され、領土も増えて資源地も得る。

人は血を流さないし、国家的に見れば深海棲艦様様とすら言えた。

 

「終わったぁー!」

 

「お疲れ様でした」

 

一昔前までは極論を言えば、工廠がなくとも艦娘は鋼材・燃料・弾薬・ボーキサイトの四種を素養のある者―――提督と呼ばれる者に捧げさせ、一晩寝かせればできる物でしかなかったのである。

 

後はそれを操れる人を確保して特攻させれば、追い詰められても最悪何とかなるのだ。

この思想の全盛期、艦娘は石垣でもなければ堀でもなく、ただの弾だったといえる。

 

が、そういう事を繰り返すと付近一体で建造ができなくなることと、艦娘が死に続けた激戦区で深海棲艦が湯水のように湧くことが判明。現在は自粛ムードにあった。

 

無論、完全に止めたわけではない。進むに連れて練度の高い艦娘が要求されることがわかったが故に肉弾を壁にぶつけ続けて突破する。

このような方法が時代遅れとされただけでしかなかった。

 

あと、提督が寝てる最中に艦娘に殺されることが頻発した。

何故寝ている最中であったのかは察してもらうとして、これは正直政府にとっては痛く、直々に『腹心くらい作っておけ』との有り難い命令が下る事になる。

 

嘗て一時代を築けるほどに隆盛を極めた『肉弾を壁にぶつけ続けて罅入ったら更にぶつけて無理矢理突破』という日本軍の伝統芸能は廃れた。

 

なくなったわけではない。

 

繰り返しになるが、なくなったわけではないのである。『やるなら国民にバレないようにな』と言われただけで。

 

初期は大事にされ、生産方法がわかってきた中期は肉弾と粛清、現在は初期と中期の半々。

このブラックな業務を強いられている提督は初期組にあたった。

 

「加賀さーん」

 

「はい」

 

提督に配布された名状しがたいノートパソコンのような何かを弄くりながら、提督は情けなさを前面に押し出して加賀を呼ぶ。

彼の艦隊は中期に起こったビックウェーブに乗っていないだけあって、空母以外の練度もそこそこ高かった。

 

主力空母四隻は何れも練度八十を超えており、艦載機も索敵用の彩雲(千早隊)、制空用の烈風改(志賀隊)、爆撃用の彗星(江草隊)、雷撃用の流星改(村田隊)らに代表される、かつてのエースの名を冠したエリート部隊で固められており隙がない。

 

練度は五十を超えてから上がり難く、下手をすれば練度一から出撃千回を超えても七十に行かないことを考えれば、主力四空母たちが初期から黙々と戦っていたが故のアドバンテージだと言える。

 

常に旗艦を張る加賀の九十九、赤城の九十一、蒼龍の八十三と飛龍の八十四。

所謂四天王めいた主力四空母が、戦艦が居ないこの鎮守府の主力だと言えた。

 

「栄転、断ったらしいね」

 

「はい」

 

彼女には、栄転の話が来ている。と言うより、初期から居た六隻にはこれで全員来たことになる。

主力四空母プラス木曾と鈴谷。この六隻は練度で言えば全世界から見ても頭一つ抜けていた。

 

主力四空母は上記のとおりだが、木曾も練度八十一、鈴谷は八十。

 

大本営が各地の鎮守府で強権を持つ提督達の反乱対策に直属の戦力を集めていることを考えれば、声が掛かるのも当然な練度。

そして、百戦どころではない戦いを経て磨きあげられた『ネームド』と呼ばれる艦載機達。

 

まず木曾と鈴谷に声が掛かり、二航戦の蒼龍飛龍に声が掛かり、赤城に声が掛かり、それで軒並み断られて加賀に来た―――らしい。

 

と言うよりは、この加賀提督は一般的な提督がやる『大本営の勧誘に対して応じないようにする』するというような戦力保持を一切しようとしないから、艦娘に直接届けられる系の事例に関しては自然と疎くなっている。

 

彼は別に『寂しい』と言う感情がないわけでない。

が、大本営に行った艦娘は悠々自適なVIP待遇で迎えられていることを知っているが故に、敢えて引き止めないのだ。

 

「勿体無いね。栄転ってのは全艦娘の憧れでしょ?」

 

「別にそういう訳ではありません」

 

提督は陰気で卑屈な癖に、意外と人を恨まない質なので忘れているが、大本営は一回六隻プラス一人を殺そうとしているのである。

 

それが練度が上がったからと言って誘ってきたとしても初期の六隻の脳裏にはよぎる感情は、

 

 

どの面下げて来ているのか?

 

 

と言う怒りが先に立っていた。

 

というより、その厚顔さを真に怒るべきは素質があるからという理由の徴兵で強制的に巻き込まれた末に殺されかけたことを忘れている提督なのである。

艦娘は戦わねばならないが、彼は別にそういう訳ではないのだから。

 

時々六隻の前で『大本営も悪かったと思ってるんじゃないかな』と言っているあたり、彼女等が殺されかけたことは忘れていないらしいが、完全に自分のことは彼の頭から抜け落ちていた。

 

「なら、どういう訳?」

 

「……あなたは、その」

 

外面的には、鉄のような無表情を保ちながら。

内面的には、心臓と乙女心に早鐘打たせながら。

 

加賀は、俯きがちに声を絞り出す。

 

「私が一緒に居ないと、すぐに負けてしまいますから」

 

「そりゃまあ、そうだな」

 

苦笑しつつ自身の戦下手を認めた提督は、笑っているが故に気が付かなかった。

加賀の顔が凄く乙女らしい表情に変わったことに、気が付かなかったのである。

 

「だから、ずっとあなたを支えてあげます」

 

「…………」

 

押し倒してやろうか、と。

耳まで真っ赤にしながら俯いている加賀から目を逸らしながら、提督は一人心の中で呟いた。

 

こういう時折見せる曖昧な言動と、その曖昧さに気づいている為に出る初心っぽい可愛さが自分の魅力だと勘付いているのかいないのかはわからないが、どちらにしても確かなことは、殺人的な破壊力を持っているということであろう。

 

「それは、どういう意味で?」

 

「…………知りません」

 

からかい気味に真意を問えば、大抵彼女はそっぽを向く。

この時もその例外ではなく、それはいつもの性格的な不器用さ故の曖昧な言動―――だと少なくとも彼は捉えていた―――であることの証左であるように見えた。

 

実際のところ彼女の曖昧さは素直になりきれず、突き放したくもない為にほんの少しだけ本音を出し、重ねて本意を問われるとそっぽを向くと言ういつもの行動による。

 

要は、今まであたかも『仕事以外であなたに対して含むような感情はありません』とでも言うべき態度をとってきた自分がいきなりそんな痴態を見せるのは恥ずかしい、という感情の発露だった。

 

「……じゃあ、今後とも秘書艦としてよろしくね」

 

「無論のことです」

 

例え恋が破れても、尽くしたいという気持ちが変わるわけではない。

秘書艦としての、恋してしまった女としての献身と忠誠は彼が他の娘に懸想しようとも変わるものではないだろう。

 

そうなった時を考えるだけで胸が張り裂けそうになるし、目の前の景色が色褪せ始める。

だが、それが彼の幸せならそれを守りたい。

 

守った末に少しでも自分が彼の記憶に残れば、それだけでよかった。

 

彼女の愛は、非常に献身的なものであろう。だからこそ、関係が一向に進まないとも言えるが。

 

「……加賀さん?」

 

提督はそんな彼女の纏う、思考に引き摺られた暗い雰囲気を察した。

何か自分が粗相をしでかしたのではないかという可能性が、『秘書艦としてよろしくね』と言った後だけに彼の脳裏を激しく掠める。

 

元々明るさとは縁遠い暗く、自虐的―――或いは身の程を知り過ぎている性格であるからか、この辺の機微の予想の暗さには一貫性があった。

 

「……はい」

 

「あの、秘書艦が嫌になったら誰かに漏らす感じでもいいから、言って。俺も無理させる気はないからさ」

 

「嫌ではありません」

 

本人的には慌てて、提督的には大きく頭を振り、加賀は自身に纏わりつく暗さを払拭する。

 

この二人が完璧に意思を通わせるには、相当な時間が掛かりそうだった。


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