提督と加賀   作:913

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十七話

提督は、脳の半分の機能を停止させながら、もう半分の脳でもって大本営からの命令とそれに対する各提督の発言を聴いていた。

 

彼は別段不真面目ではないが、真面目でもない。考えることは好きだが、それは好きなことに限られる。

つまるところ、彼は怠慢な真面目者だった。

 

(加賀さんは笑わないのかなぁ)

 

常に口を真一文字かへの字に結び、時折困惑やら何やらが見えるものの琥珀色の目は静謐なまま。

声にも感情が乗せられていないし、無駄口を叩く気もないからその内面がちっとも見えない。

 

笑顔を見てみたいというのが、彼女と会ってからの彼の目標とするところだった。

 

(結婚式には、見せてくれんのかね)

 

案外と空気を読もうと努力する彼女のことだから、晴れ舞台では笑顔を見せてくれるような気も、する。

だが、自分は呼ばれないだろう。

 

呼ばれても、心から祝福できるとも思えないわけであるし。

 

そんなマイナス思考を働かせ、提督は加賀を脳内で着せ替えることに専念した。

白無垢か、ウエディングドレスか。どちらが似合うかと聴かれれば、どうだろう。

 

彼女の好みからすれば白無垢だろうし、白無垢姿の彼女を想像することは容易だ。

しかし、女性としてウエディングドレスにも『憧れの念』のような感情を抱いていてもおかしくはない。

 

結論、どちらも似合う。

 

その馬鹿でもわかる結論に達するまで、彼の表情は硬かった。

それは名将と呼ばれるに相応しい謹厳さを守っており、如何にも何か腹案がありそうな感じがある。

 

実際は、出来レースを大真面目に妄想しているだけなのだが。

 

(俺を見る目つきも段々変わってきたし、 あの子も変わってきてんだろうな)

 

着任当初は、僅かに期待している目。

一ヶ月後は、これからのスタンダードとなるジットリとした目。

三ヶ月後は無視で、それから二ヶ月後のレイテの後はジト目に戻る。

南方海域掃討戦での大破進軍を怒鳴りつけてから、時々目を逸らされたりするようになった。

 

(…………もしかして、嫌われているのでは?)

 

好きになる要素がないのに、お前は今更何をほざいているのか。

もう一人の僕ではないが、冷静で臆病かつネガティブな内面の彼がそう告げる。

 

前はそこそこ会話を繋げることができたのに、最近は特に酷い。

具体的に言うと、唐突に黙られたり、じーっと見られたり、視線を逸らされたりと忙しい。

 

秘書官として仕えてくれている時も、ちょっと指とかが触れるだけで思いっきり払われる。

あと、五航戦とか二航戦とか二水戦とか三水戦とかの話をすると、無理矢理話の腰を切られた。

 

(……やなのかな、秘書官)

 

仕事が増えて、嫌いな奴と一緒にいなければならないのが嫌でなくて何なのか。

 

なまじっか真面目で責任感が強いから、彼女は辞めるにやめられないのだろう。というか、これはパワハラではあるまいか。

 

考えるのを止めたいような感覚に囚われながら、彼は振られた問いにきっちりと答える。

 

『無意識パワハラ対処法と擬態を何とかするとは、大本営さん流石っす』と言うような思いが、彼の中にはあった。

 

誰も知らないことではあるが。

 

言うだけ言うと、彼は再び思索の世界へと帰還する。

加賀のことを考えるとネガティブなイメージが凄まじいことになるので、敢えて『陽』のイメージしかないビスマルクのことに思考を変えるあたり、流石の逃げ足だった。

 

(ビス子は何だか大人びたが、相変わらず解り易い)

 

前は少し顔つきが子供っぽかった。あどけない、と言うのかもしれない。

ジトーっとした一部の人種には堪らない目をした加賀とは違い、彼女は若干ツリ目気味。所謂、テンプレートなお嬢様な顔をしている。

 

かつて日本にいた時の彼女は、予想外の事態や戦力に明らかにビビり、震度二程度の地震に慌てまくって鎮守府中の窓を―――真冬だと言うのに―――片っ端から開けまくった挙句提督の私室にドアを蹴破りながら逃げてきたりしていた。

 

ところが今となっては、戦艦に相応しい風格と貫禄がある。

地震に強くなったかはわからないが、もう予想外の事態や戦力に見舞われてもビビることはあるまい。

 

要は、前のビス子は落ち着きがなかったのだ。

 

脳内でのみ使用している愛称で久しぶりに会ったビスマルクのことを思い返しつつ、周りの反応を待つ体勢から発言を切り上げる方向へと転換。

大本営へのおべっかを使いながら席に座る。

 

軍閥化の疑いを持たれているこちらとしては、少しでも従ってる風な態度を取らなければならないのだ。

 

そんな風に気を配る自分を他所にやり、ドアを破って突っ込んできたビス子の慌てっぷりを思い返していると、やけにリアルな破砕音が目の前から響く。

 

茫洋と光る二つの眼に、死体と見紛うばかりの青白い肌。

長い黒髪に、盾と砲が複合されたような黒い艤装。

 

技のタ級と対をなす強者、戦艦ル級こと、力のル級。

仮面ライダー一号・二号の異名に沿って名付けられたその渾名は、この二種の戦艦の特徴をよくよく表していた。

 

タ級は、装甲や回避などの一部のステータスが高い。

ル級は、火力が高い。

 

(何故ここに居るんだ?)

 

驚くことも忘れ、ただただ疑問に感じる彼の神経は、やはり修羅場を潜り抜けてきただけあって太かった。

鈍いだけとも言うが、泊地ALの長門提督こと南部中将以外の提督が皆中腰になったり悲鳴を上げたりしているところを見ると、彼は如何にも大物に見える。

 

別に、意識したのではないのだが。

 

両手で一つずつ持った盾型の艤装から構えられた砲門が自分の方を向くのを感じ、彼は思わず声を上げた。

 

「ほぉ、死ぬか」

 

直前に迫った死を前にした、重厚な精神性を感じさせる泰然さ。

それを目にし、『喪わせてはならない』とばかりに彼を突き飛ばそうとした横浜提督の方に『要らん』とばかりに手をやり、戻す。

 

発射される。

 

そう確信した途端、割れた壁から『ナニカ』が湧いた。

 

「!?」

 

ふらふらと、恰も『撃墜寸前ですよ』と言わんばかりのたこ焼き型艦載機。

本来味方であるべきソレが、ル級の目をピンポイントで撃ち抜いたのである。

 

提督を狙おうとしたら機体の制御が利かなくなり、墜落する時に反転してしまって『偶然』フレンドリーファイアを起こした。

 

誰もが疑いの余地なくそう思う墜ち方をしたたこ焼き型の艦載機は、軽い音を立てて爆発四散する。

 

それと時を―――つまり力のル級の目に照準が合わさった時を―――同じくし、飛来した鉄製の重厚なドアがル級の頬を張った。

 

叩いた、という生優しさではない。それは正しく『張った』という表現がしっくりくる。

 

「Admiral、無事!?」

 

「ああ」

 

飼い主が事故にあった直後の犬のような、或いは落馬した後の馬のような。

そういう類の健気な従順さを感じさせるような慌てっぷりで駆け寄ってくるビスマルクを目にし、提督は静かに、謹厳さを守って答えた。

 

本心は、『ビス子様、有り難うございます!』と言うようなものだったのであるが。

 

「ヤッテ、クレル」

 

眼から青い血を流しながらも立ち上がり深海棲艦からポツリと、人語が漏れる。

 

誰もが驚くであろうその光景を眼にし、一陣の風がル級へと吹いた。

 

灰色の風。

一際目を引く見事な金髪を靡かせながらも、見る者にそう形容されたのは彼女の纏う服が濃い灰色であるが故だろう。

 

実戦という修羅の巷を潜り抜けてきた者のみが持つ超反応は、扉を蹴破った後に停止しても衰えというものを知らなかった。

 

視界を音の発生源に固定し、鉄十字の勲章を首輪型の艤装から外して手元に発生させた小銃のような艤装ので以って、正確に敵の深海棲艦を狙い撃つ。

 

ビスマルクの艤装は、この室内で展開し切るには巨大に過ぎた。

 

彼女の艤装は腰から臀部にかけてを守るように二門の副砲を備えた第一装甲と、そこから発展された形に四門の主砲を備えた第二装甲によって構成されている。

第一装甲は細身の身体から僅かな隙間を開けて設置されている為、それほどの大きさはない。精々軽巡クラスの艤装であり、充分室内でも見動きが出来るほどの物だった。

 

しかし、船首を思わせるような鋭く尖ったデザインからなる、第二装甲。これが曲者である。

まず、船首ように上向きに尖った艤装はいい。これもまた、それほどの大きさはない。

 

長門や陸奥といったビックセブンの艤装と同じくらいの、室内で行動可能な、自重気味な大きさだった。

では、何が不味いのか。論を交える必要もない。

 

『砲塔』である。

 

デカイのだ。異論を挟む余地のないほどに、それは実際巨大なのだ。

彼女の艤装は、比較的忠実に再現された船首を思わせるパーツが左右両サイド共に前方に突き出している。

そして、その船首型艤装の出発点である腰から臀部にかけての艤装から上に伸びる形で背中におぶる様に船尾も備えられていた。

 

その船尾の中央部から二本の砲塔を支える為の腕が伸び、更に船首の中央部からも二本の砲塔が伸び、これまた巨大なX状の艤装を構成している。

 

縦にも横にも長い。そして、可動域が異様に広い。あと、分厚い。

ドイツの誇る大戦艦らしく、彼女の艤装はなんの洒落もなく鉄の塊だった。

 

故に彼女が艤装を付けたまま室内でふらつくには習得が容易ではない『一部』のみを展開するという技術が必要とされるし、防御力と攻撃力を引き換えに被弾率も高くなる。

 

元になった戦艦が長門よりも27メートルほど長い船体を持つが故の巨大な艤装は、諸刃の剣であると言ってよかった。

 

部分的には硬いし、脚は速いし、火力は強いが、当たりやすいのである。

 

「Feuer」

 

まるで秘事を呟くように、ビスマルクは発声した。

手に持った10.5センチ連装高角砲から発射された豆鉄砲のような極小の玉は、ル級の不可視のシールドバリアに阻まれて地に転がる。

 

もとより、このような火力に乏しい武装で傷を与えられるとは思っていない。

だが、発射と共に空いた腕で押し込んでいけば、どうだろうか。

 

それが僅かな火力でしかないとはいえども、前へ前へと攻めていくことが可能なのだ。

 

「ギソウヲ、マトワナイトハナ」

 

嘲笑するような声を上げ、戦艦ル級は主砲をゆっくりと稼働させる。

阿呆か馬鹿のように近々距離まで詰められては、彼女の主砲での迎撃は不可能。しかし、相手は力の源である艤装の本体を纏っていない。

 

一撃を加えれば、脆い人間のように崩れることは必定だった。

 

(ここらでいいわね)

 

肩から突っ込むようにして押し込んでいたル級を前蹴りで飛ばすことによって距離を取る。

ビスマルクが下した判断には、『外に出たからという』根拠があった。

 

尤も、敵からすれば『諦めた』、或いは『下手を打った』というような解釈になる。

艤装とは通常、専用の装置を持って保管・管理。大本営の認めた出撃時に必要に応じて装着させられるものだった。

 

彼女は、謂わば新米の深海棲艦である。見慣れないこの金髪碧眼の艦娘もまた、その例外ではないと考えた。

 

艦娘は、奇襲に弱い。

 

それが横浜鎮守府と相対している深海棲艦の常識であり、艦娘たちを束ねる提督の悩みの種だった。

 

故にル級は、優れた速度で照準を合わす。

避けても、提督たちがいる鎮守府に向かう。避けなれば、死ぬ。

 

究極の二択を迫る砲弾が、ビスマルク目掛けて放たれた。


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