提督と加賀   作:913

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三十一話

「先ず今回の作戦は国家の威信を賭けたものであることを、諸提督には認識していただきたい」

 

「ほう、これはこれはまた大仰な表現を用いたものです。小官の耳と脳が未だ正常に機能しているのであれば確か、軍令部長殿と作戦本部長殿は先のミッドウェイへの大遠征に於いても、好き放題に伸びた戦線の縮小も計らずに案の定負け、結果として迫る敵複数艦隊が向かっている時もレイテで何方かが身を張っていることも知らずにのうのうと仰られた筈。国家の威信とはそう何回も賭けることができ、なお且つ負けても払わずに済むものでしたかな」

 

細い眼を不敵に見開き、泊地ALに第一戦隊以外の殆どの戦力を残してきた南部中将が皮肉げに呟く。

南部中将が有能ながら極めて皮肉げな物言いをすることは周知の事実であった。

 

「……大仰かも知れぬ。が、国家権力が反乱軍に負けたとあらば示しが付かんのだ」

 

「どうせ我が国の政柄を握る有能な大臣方が情報封鎖で何とかしてくれますよ。軍令部長閣下と作戦本部長閣下に置かれましては確かに作戦の重要さを誇示する必要は有りましょうが、肩に力を入れすぎてもなんにもいいことは有りはしません。楽に行きましょう」

 

大本営に対して陰影使い分ける愚痴と批判を溢す加賀を『皮肉屋』だなと思い、南部中将に対しても『皮肉屋』だなと思う本人もまた、真実だけに極めて皮肉たっぷりな発言をしている。

 

その口調に厭味ったらしさや反応を楽しむような意思がなく、ただ周りの緊迫した参謀・提督等からガスを抜こうとしているような語調なだけに、彼の皮肉は痛烈だった。

最も、彼に政府に対する不満がないとは言い切れないから、無意識の皮肉という訳ではないであろう。

 

「北条中将、口を謹んでいただきたい。情報封鎖など、民主主義国家たる日本がすべきことではありませんぞ」

 

「いや、失言でした。本当にそうなら良いんですがね」

 

今度は口調の端に皮肉を滲ませ、提督は軍帽を人差し指で弄んだ。

彼は、己と南部中将の旗下の艦隊を抜きにした国防に必要不可欠でないだけの余剰艦隊を集結、樺太に駐留する反乱軍に艦隊決戦を挑もうとして先制攻撃としての夜襲を喰らって手痛く敗退させられたことをすでに掴んでいたのである。

 

南部中将も掴むとまではいかずとも察知はしていた。

別に彼は誰彼構わず皮肉を撒き散らすような性悪ではない。報道規制どころか情報封鎖をしているくせに今更どの口が『国家の威信を賭ける』だのと口にするのかということにおかしみを覚えたからこそ、そう言ってのけている。

 

まあ、自らの同胞であり戦友である彼が、これほどまでには鮮やかな皮肉を披露して己の腹筋を全力で殺しに来るとは思っていなかったが。

 

「……諸提督等の展望を、お聴きしたい」

 

遂にはその皮肉に対して述べる舌を持たずに黙りこくる軍令部長の跡を引き取るようにして作戦本部長が場を作る。

これでこの場は穴の空いた壁であるお偉方へ皮肉という名の陳情を通す場では無くなった。

 

各提督が、型に嵌められたような意見を次々に述べる。

発言をしている彼等は揉み消された敗戦の際にも立ち会っていた提督であり、つまるところは復仇の念に駆られていた。

 

それは己の駒を失った喪失感であり、戦友を失った喪失感であり、何よりも己の立場が危うくなったことに対する危機感だと言える。

 

どうしようもないが、彼等も得体の知れない化物に対抗できる見栄えのいい兵器を側に置き、自衛できる特権階級のような職をみすみす失いたくは無かった。

最悪、大本営から監察官と言う名の代行者が送り込まれることもあり得る。

 

それは必ずしもその特権階級から追われることと同義ではないが、幾ばくかの忍耐と緊張を必要とされるものであった。

人間、一度手に入れた物を失いたくはないのである。

 

「一条大佐は如何に思われるか」

 

だいたい予想通りだとばかりの満足げな笑みを浮かべる―――つまり、彼もまた地位が危ういのであろうと感じさせる作戦本部長の水を受け、一条中佐は見解を述べた。

 

「敵艦隊は我が艦隊より士気・練度・数量に勝ります。ここは如何にして負けぬ戦いをするか、ということに終止すべきかと」

 

「つまり君は何が言いたいのかね?」

 

「戦うことに厭は有りません。反乱軍には罰と言う名の鉄槌を下さねば規律が空洞化しますから武力で以って圧すのは小官の望むところですが、やり用を考えなくては勝てないであろうと思います」

 

流石に、これまでの提督が言ってきた『盛大に、正式に、正当に戦いましょう』というような漢字を使えば十五文字程度しか掛からないものではない。

 

具体的な作戦を立て、それに従って勝機を得るべきタイミングまで耐え凌ぐ。

 

これは作戦本部長の意に叶うことであり、一時的に怪しくなった彼への『忠誠心』項目の評価をアップさせるものだった。

 

「では、南部中将は」

 

「おお、てっきり意見は求められんものだと思っていたのだがな」

 

「ご冗談を。重鎮御二方の献策は最後にしていただかないと、後継の案の芽が出ぬと思っただけでしかありませんよ」

 

「なるほど、では私からはこう言われるが良いだろうな。『他の方々の宜しいように』、と」

 

どうせ意見などは求めていない姿勢だけの者に語る舌などありはしない。

言外にそう臭わせた南部中将の言葉が終わると共に、帽子をくるくると回している提督の元に一斉に視線が向く。

 

「北条中将は、如何に」

 

「私は臆病者なので、マトモに戦わない事を策の一つとして出したいと思います」

 

「これだけの艦隊を集結させて起きながら、貴重な燃料を溶かすだけの結果に終わらせようということか?」

 

「勘違いしないでいただきたい。私はマトモにやらないと言っただけに過ぎません」

 

自分の意思を汲み取ってくれる加賀ならばこう考えるだろうな、と。

自分の型に載せるタイプであるビス子に反したスタイルを取る今は居ない秘書艦に思いを馳せ、帽子を手から離した。

 

「我々は、所謂雑軍。寄せ集めです。指揮系統は軍令部長殿、或いは作戦本部長殿が一本化なされるとしても、どうしても現場での連携に齟齬が生じ、その齟齬は戦術レベルの誤差となり、遂には戦略レベルの狂いとなって我が軍を鞭打つでしょう」

 

「雑軍は敵も同じではないか」

 

「それはそうでしょうが、伊勢提督の艦艇は、大湊警備府の預りとなっていたことを考えると主力となっている旧大湊警備府所属の艦艇とのある程度の面識・共同作戦の機会あったと考えられます。

我々も面識が全くないとは言えませんが勿論同一の鎮守府で訓練を積んだわけではないですし、現に貴方方は演習においてただの一個艦隊でしかなかった我が艦隊に敗れておいでだ。残念だが、連携においてさほど期待を持てるとは思えません」

 

あの鮮やか過ぎる負けっぷりは、皆の記憶に新しい。

鮮やか過ぎて恨みや無念さすら抱けないほどに、物の見事に翻弄されたのだ。

連携においてさほど期待を持てるとは思えないという言葉が優しく聞こえるものであるということは、他ならぬ本人達が一番骨身に染みてよくわかっている。

 

「では、どうするのだ」

 

「この際、各鎮守府の艦隊を以って個々の独立した戦力となします。そして、猟犬が熊を追い出すような形で敵艦隊を燻り出すのです」

 

「馬鹿な、主戦力まで釣ってくるにせよ、射程の長い戦艦からすれば各個撃破が容易。景気の良い的でしかないではないか!」

 

「マトモに戦わない、と言ったでしょう。旧大湊警備府の艦艇は重武装な戦艦が主力。快速な駆逐艦・軽巡洋艦で以って艦隊を編成すれば逃走のみならば容易なはずです」

 

僅かな怒気を発して席を立った軍令部長を、加賀めいた感じのする他者を落ち着かせるようなのんびりとした声が諌める。

謂わば彼は加賀ならばこうするかな、程度な考えを披露している気でしかなかった。

 

即ち、己の想像したものを原文として音読するような調子で読むことが可能だったのである。

 

「敵が乗ってくるとも限らんだろう」

 

「確かに。ですが、作戦本部長殿は大事なことを忘れられておられるようだ」

 

「何?」

 

疑問を表情に貼り付けたような作戦本部長を諭すように、提督は常のはっちゃけた感じとは違う相変わらずの落ち着かせるような声で次なる言葉を紡いだ。

 

「敵は資源を新たに得られない。詰まるところは手持ちの分しか物資がない。我らは本土から潤沢な補給を得ることができます。極論ですが、我らはただ艦娘に燃料弾薬の補給と食物による栄養摂取を充分とした上でただのんべんだらりとアヒルの昼寝の如く居るだけでいいのです。熟した果実が落ちる如く敵の戦力は潰えるでしょう」

 

「つまり、貴官は敵は早期決着の為に出てこざるを得ない、というのだな」

 

「はい。無論敵は無能とは程遠い実戦派の那須退役中将ですから、襲撃の周期を読み取っては逆に近海に一個戦隊を以って伏兵となし、退路を経たせることで各個撃破をなそうとするでしょう。しかし、それはこちらもできることです」

 

敵艦隊の偵察を密にし、周期が読まれたと仮想されるタイミングを機にこちらも全艦隊を出撃させ、包囲を敷くように進撃させる。

 

「無論、包囲が成功することはないでしょう。しかし、下手をすれば包囲されるという恐怖と資源が刻一刻と減っていくことに対する心理的抑圧、それに対して何もできない己に対する苛立ちなど、様々な心理効果が見込めます。

その時に降伏を促すもよし、艦隊決戦を挑むも良し、です」

 

「向こうから夜襲を仕掛けてくることは、有りはせんか?」

 

「敵の那須隆治退役中将は先ほど述べたように名だたる名将。同じ手が二度通用するなどという甘い予測を取るまい、という警戒の裏を書いてくることも十分に考えられますが、こちらが備えていればそれに寡兵であたる愚は冒さないでしょう。何せ、全軍で夜襲というものはできることではありませんから」

 

戦史上では黒木為禎が師団丸ごとこの『大軍での夜襲』を敢行しているから一概にないとは言い切れないが、それは今話すべきことではない。今回の献策の狙いはあくまでも国民にばれないようにとの軍部・政治家連中の意志を汲み取って『隠密裏に対処できますよ』と示してやらねばならない。

軍属ではあるが、彼は艦娘と艦娘を戦わせたくはない。本音を言えば敵の備蓄を浪費さしめるための出撃すらもやりたくはなかった。

 

だが、艦隊決戦となれば戦わざるを得ない。

 

そのような私情と『戦力保全』という全体的な目標のために、彼は『彼の意志に沿っているであろう加賀の思考』を洞察し、柄でもなく直々に発案したのである。

 

「閣下、それはあまりに閣下らしくない案だと小官には見受けられますが!」

 

「うん?」

 

「彼のレイテにてなされた戦術の巧妙さを以て敵艦隊を撃滅するべく案を練られるべきだと、考えます」

 

この言葉が聞こえた時、彼はつくづく思った。

 

加賀を連れてこなくてよかった、と。

 


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