提督と加賀   作:913

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三十五話

「敵は士気が高く、味方は士気は低い。敵は根拠地に近く、味方は遠い。その上数にも劣るときた」

 

玩ばれてクタクタになった帽子をぽんっと頭に載せ、提督は真ん中の画面を切り替える。

 

戦術ホログラム。一艦隊を単位として様々な陣形の変容によって形を変えて表示し、距離までを縮尺によって表示してくれる憎いやつであった。

 

「ビスマルク、艦隊の配列は?」

 

『最左翼に第六艦隊、左翼部に第七艦隊、第八艦隊。中央最先鋒に第一艦隊、中盤は第二艦隊、第三艦隊、後衛は第九艦隊。四・五・十艦隊が右翼を構成し、最右翼を第十艦隊が守っているわ』

 

「ちょうど真反対ってほど露骨でもないが、ほとんど反対って感じか……これは連携は無理そうだな」

 

『私たちは中央よりの左翼。第十艦隊は最右翼。連携は中央部悉く粉砕されないと難しいわね』

 

紡錘陣と言うべき三角形の―――と言うよりは敵軍の砲弾の雨に向かって左翼・右翼の計六艦隊を布代わりに張り、中央部四艦隊を骨にし計十艦隊による傘を差しているような感じになる。

本来は第九艦隊が最先鋒であったが、進軍途中に無理矢理陣形を改変。第九艦隊を後方に押し込み、シャッフルしたような感じで第一・第二・第三艦隊の順で敵に相対することになっていた。

 

「我が艦隊は、どうかな」

 

『変わりません。元々期待するところは薄いですから』

 

艦隊を直接動かしている矢矧の報告を聴き、提督は大きくため息を吐く。

 

『て、提督?矢矧、何かお気に触ることを―――』

 

「いや、君は何も悪くない。これはこちらの問題だ」

 

わたわたとクールで凛々しい和風美人とでも言うべき美貌を戸惑いと動揺に染めた矢矧の言葉を遮って楔を打ち込み、納得させて通信回線を遮断。

常に冷静沈着な矢矧でも慌てることがあるのか、と変に驚きながらも頬肘を付いた。

 

(期待するところは薄い、か。本格的に拙いなぁ、これは)

 

大本営のその後の言い訳も見苦しかったし、その言い訳に一々突っ込まずに交信を切った敵も見事。

 

己の解釈を与えるのではなく、自ら考えさせることによって、植えつけた不信の種に水をやる。

 

誰が考えたかは知らないが、いやらしい謀略だった。

 

『あの、提督。敵雷撃機を中心とした一編隊が接近しています。どうなされますか?』

 

「直掩機を前方に回して警戒。対空戦闘を準備しなさい」

 

『はいっ』

 

まだ僅かな遠慮がある矢矧のいつも通りに綺麗な敬礼を見送り、思考を打ち切る。

 

何で艦娘を粗雑に扱い、己の欲望の為に利用するような輩の為に戦わなければならないのかは、わからない。

それを黙認し、己に回してくるようにと物品を買うような気軽さで『購入』する政治家の失脚を防ぐ為に戦わなければならないのかも、わからない。

 

わからないが、ここは民主主義国家ということになっていた。

軍事的叛乱に拠る政権の樹立を許す訳にもいかないし、前例を残すのもよろしくないだろう。

 

「震電改の出撃用意を」

 

戦艦の六割が南部中将に、航空母艦の七割が北条中将に率いられ、那須隆治退役中将は戦艦の四割と航空母艦の二割を保持していた。

 

現在のところ、航空戦力は北条・那須・連合軍・南部である。

 

その航空戦力は充分にして過大とは言えないが、連合軍を相手にするには充分な練度と数を持っていた。

 

『出撃準備、完了しました。順次発艦・邀撃させますか?』

 

「いや、味方が勝手に発艦させている。同士討ちを防ぐ為にも止めておこう」

 

『了解しました』

 

飛鷹の白制服の袖が振れ、回線が切れる。

作戦本部長からの回線はないから、大方練度の低い艦娘が単艦隊で戦う時と同じような感覚で発艦させたのだろう。

 

「もうこの統制の無秩序さはどうしようもない。我が艦隊の航空戦力は邀撃に徹しよう」

 

『それがいいと思うわ。同士討ちで貴重な搭乗員を失いたくは無いもの』

 

戦術ホログラムが示す右翼方面の部隊に蟻が木を食っていくような有り様でポツリポツリと穴が開けられていき、何艦かが轟沈したことが明確にわかった。

 

「どうかな」

 

『航空戦ではドッグファイトが発生。混戦に持ち込まれ、同士討ちで賑やかになっているようね』

 

雷撃機が魚雷を投下する音と爆音が断続的に響く。

 

『決して良質とは言えないバックグラウンドミュージックですな、北条中将』

 

「南部中将」

 

『失礼。どうにも性分でして』

 

いきなり通信回線に割り込んできた皮肉屋の口をつぐませ、提督は僅かな溜め息とともに悪びれない南部中将に応対した。

 

「通信をするには、するだけの理由があろうと見受けますが?」

 

『何、右翼方面の被害状況を報告してやろうと言う親切心ですよ、北条中将』

 

轟沈が七、大破が四、中破が二。小破が九。

 

一個艦隊十二隻を三セット連ねた三十六隻からなる右翼集団は、その戦力を大幅に減らされている。

そのことが良くわかる報告に、北条氏文はこめかみに手をやって少し揉んだ。

 

「で、内訳は」

 

『無傷の我が艦隊を除いた右翼集団は、規定通り戦艦・空母・重巡が二隻ずつ居りました。撃沈七隻は軽巡・駆逐に集中しておるようです』

 

日本海軍の一艦隊は、後期型と言われる艦娘が主力となるにあたって戦力が落ちた為、駆逐艦五隻と軽巡一隻のワンセットと戦艦・航空母艦・重巡洋艦を二隻ずつのワンセットを組み合わせて編成されている。

 

彼の艦隊は『旧制度上の二艦隊が統合』されたものなので軽空母二隻と戦艦一隻、重巡洋艦四隻と軽巡洋艦一隻、駆逐艦が八隻の計十六隻。

南部中将の艦隊は見かけ上従っている風を出すことを好む彼らしく、『戦艦四隻、航空母艦二隻、重巡洋艦二隻、軽巡洋艦二隻、駆逐艦二隻』の変則編成での十二隻。

 

「……少し、待ってくれるかな」

 

『ええ、構いませんが』

 

右翼集団に意識を巡らし、己の情報処理能力を越したことによる頭痛に苦しみながらも海域全体を俯瞰し、スキャン。

左翼集団と右翼集団がそれほど離れていないことが、彼の異能を使うにあたってのデメリットを軽減させた。

 

「雷撃機は去ったか?」

 

『たった今。三分の一ほどには撃ち減らしましたが、こちらも相当に落とされました』

 

「十分以内に潜水艦が来るので、対潜警戒を怠らないことです。護衛艦を減らしたのか、敵を減らしたのかはこの際問題ではないでしょう。駆逐艦・軽巡洋艦に集中したことに着眼点を置くべきです」

 

まるで事務でも報告するような語調で予想を述べ、提督は僅かに眉を顰める。

 

「まさか対潜装備を持たせていないということはありませんよね?」

 

『我が艦隊は持っている。他は艦隊決戦のことしか考えておらんようでな』

 

「なるほど……」

 

その旨を伝えるべく回線が切られたが為にブラックアウトしたスクリーンを見て、また溜め息をつく。

 

彼の顔には、色濃い疲労が見えていた。

味方の不準備と、敵の周到さ。潜水艦と言う通商破壊作戦にしか使われていなかった艦艇を長駆させ、対空戦闘をしていたが為に上に意識の行っていた艦艇を水中から仕留める嫌らしさといったら、ない。

 

「慚減邀撃は防衛側の特権とはいえ、中々どうして敵も周到なものだ」

 

『Admiral。こちらも対潜戦闘を用意させる?』

 

「いや、いいだろう。これまで見たところ、敵の狙いは右翼集団らしいからね」

 

『敵の狙いは大型艦艇の内のどれかしら?』

 

「二次大戦で撃沈された空母の死因を集計すると三十八隻のうち潜水艦による戦没艦は十六隻、水上艦による戦没艦は二隻、艦載機による戦没艦は十五隻、陸上機による戦没艦四隻、事故一隻になる。潜水艦が狙うのは、航空母艦ではないかな」

 

龍の眼は描けるが龍全体は描けないビスマルクの出番は、まだ早い。

此方もただ雷撃機にやられていたわけではないし、反攻のための雷撃戦・爆撃機を発艦させていた。

 

だが、帰る場所を無くせば幾ら勇戦しようと艦載機は虚しく海底に突撃するしか他に手がなくなる。

 

「やられなければ、いいのだがね」

 

呟いた言葉が空気に溶け切る前に、ブラックアウトしたスクリーンを矢矧が占めた。未だ緊張感と遠慮が取れないが、その顔には呆れと虚しさがありありと浮かんでいる。

とてもではないが、良報であるとは考えられない顔だった。

 

「矢矧、いやに不景気な顔じゃないか。どうかしたのかな?」

 

『……対潜警戒は無用、と。それよりも未だ対空戦闘に備えるべしとのことです』

 

「そうか……まあ、そうなるだろうとは考えていたさ」

 

『あまり気落ちなさることはありません。どのみち対潜装備もないのでは警戒したところで装備の不備という失態は取り返せるものではないのですから』

 

艦隊を運動させることにかけては右に出るものがない矢矧が言うからこそ、その信憑性があるとは思える。しかし、その艦隊運動で所在不明な潜水艦の位置をあぶりだしたことを知っている以上は『はいそうですか』とは言えない。

 

「いずれこの応急修理音と航行音が空母からの爆発音に変わるんじゃないかって考えるのは、ひやひやものだな」

 

対空戦闘に意識を割きながらも、妖精たちは自分たちが所属する艦を一瞬でも長く生き残らせるための応急修理を専念していた。

 

この杞憂と味方艦載機の惨敗が知らされるのは、敵艦隊と接触する十数分前のことである。


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